幼馴染の凛ちゃんがうざすぎる   作:nao.P

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その9 凛とジャム

 

「わわわっ! あーあ!こぼしちゃったんだにゃあ!」

 

と凛は言った。

 

朝っぱらから騒々しく凛はバタバタと動き回っていた。

 

「ねえねえナオくんナオくん!」と凛は目の前にいるのに俺の名前を二回呼ぶ。

 

「なんだよ」と俺は歯を磨きながらそう答える。

 

「あのね! 実はね! ジャムこぼしちゃったんだにゃ!」

 

「見ればわかる」

 

台所の食卓で凛は手に食パンとバターナイフを持ち、ビンの容器に入れられたイチゴジャムを塗っている最中のことだった。

 

凛は大量にすくったジャムをぼたぼたとこぼし、それだけには飽き足らず挙句にビンをひっくり返していた。

 

床に広がるイチゴジャムは血みたいだと思った。

 

「付け過ぎなんだよ」と俺はたまらず、言う。

 

「凛、頑張ったんだもん!」と凛は体一杯に動かして弁明した。

 

両腕を真っ直ぐに突き下ろして悔しそうに「がんばったの!」と繰り返す。

 

何をどう頑張ったらビンがひっくり返るんだ、と思った。

 

幸い、凛の制服やスカートにはジャムは付かなかったので俺はホッとする。

 

「セーフ! セーフなんだにゃ!」

 

「いやアウトだから」

 

「とりあえずお掃除するにゃ!」

 

「いいよ。あいつが食べてくれるから」と俺は犬を呼んだ。

 

「代わりになんか塗ってくれ」

 

「えっと、マーマレードにブルーベリー!林檎に桃!なんでもあるにゃ!」

 

「なんでもいい」と俺は答える。

 

「じゃあ桃! 今日の凛の気分は桃さんなんだにゃ!」

 

と凛は棚からビンを選び取った。

 

さっきは確か、今日の気分はイチゴジャムなんだにゃ、と言っていた気がする。

 

「サービス精神はいいから、普通に塗ってくれ」

 

「まかせておくにゃ!」と凛は言ったがどうにも不安だった。

 

その間に俺は洗面所へ行き、歯を濯いで顔を洗った。

 

…………。

 

今日も凛は俺を起こしに来たのだった。

 

本気で俺を無遅刻にするもりらしい。

 

俺は夜中までゲームに没頭しているので、酷く眠くて起きるのを拒むが

 

「だったら凛も一緒に遅刻するもん」

 

などと駄々をこねられるので俺は仕方なく起きていた。

 

 

髪に適当に整髪剤を付け終わりそれなりの格好をしてから台所へ戻ると、凛は満足そうな顔を浮かべて俺に食パンを差し出した。

 

「上手に塗れたんだにゃ!」と凛は胸を張る。

 

えっへん! と言った感じだ。イチゴジャムをひっくり返した失態は今の凛には既に無い。遠い過去の記憶に消えていた。

 

「ご主人様、いただきますを忘れていますよ?」と凛は言う。

 

「うるさい」

 

「じゃああげないかなー? 凛がコレ食べちゃうんだよ? ん? いいの?」

 

「いただきます」と俺は言う。

 

「よろしいでしょう」と凛は言う。何様なんですか。と俺は思った。

 

ピーチジャムの塗られたパンを頬張ると鼻腔一杯に甘い香りが広がった。

 

 

「そう言えばナオくんって、どうして音ノ木選んだの?」

 

急に凛はそんなことを言ってきた。

 

音ノ木とは音ノ木坂学院のことに他ならない。

 

「近かったから」と俺はパンを食べながら、そう答える。

 

「それだけ?」

 

「他にどんな理由があるんだ。あんな廃校寸前の学校」

 

「んーとね……」と凛は珍しく少し間を置いて宙を見てからこう言う。

 

「凛と、かよちんが音ノ木選んだから、ナオくんも選んだのかなーって」

 

「…………。」

 

口に入っている分を飲み込んでから俺は答える。

 

「そうだよ。って言ったら?」

 

「だったら嬉しいにゃー」

 

と素直に凛は嬉しそうな表情をして答えた。

 

どうしてそんな素直に話せるんだ、と思う。俺は少しひねくれているな、と思った。

 

「そんな訳ないよ。近ければ家でそれだけゲームしたり本読んだり出来るし。それだけ。」

 

「そっかー。なーんだ」と凛は言った。

 

「お友達が選んだからって理由で同じ高校を選んじゃダメって先生言ってたもんねー」

 

「…………。」

 

俺は何も答えずにパンを口に運んだ。

 

 

「ところで、パンどう? 美味しいにゃ?」

 

と俺がパンを食べる様子を凛は凝視してきた。

 

どうなの? 凛の作った手料理の味は?

 

そんな感じだ。

 

言っておくがパンにジャムを塗っただけだ。

 

俺は仕方なくうなずく。

 

すると「凛もひと口! 食べたいにゃー」と言った。

 

「これは俺のだ」と抗議をするが「誰が作ってあげたのかな?」との質問に俺は泣く泣く食べかけを渡してしまう。

 

凛は戸惑うことなく「いただくにゃ!」と言って渡された食パンにかぶり付いた。

 

俺が口を付けた部分とは反対側から食べるかと思いきや、凛はそのまま食いかけの所を食べたので、俺は一瞬思わず声が出そうになった。

 

「ん……。ん……。」と言って凛は美味しそうに食べる。

 

頬についたジャムを凛は舌を伸ばしてペロリと舐めた。

 

「んにゃ!」とか言っている。

 

はした無いがそれを見て悪い気はしないので俺は何も言わないでおく。

 

「ん〜! さすが凛の作ったパンだにゃ」

 

いや、だから作ってはないだろう、塗っただけだ、と心の中でツッコミを入れる。

 

と、返ってきた食パンは、凛の食べた後がしっかりと残されていた。

 

どうする。悩んではいけない。

 

俺も、戸惑いを見せない様にそれをすぐに口へと運ぶ。

 

間接キス。と頭の中で何かがぐるぐると回る。

 

凛と間接キス。

 

味は、ピーチ味。

 

凛を見る。凛の唇を見る。凛と目が合う。

 

「ん?」と凛が言う。どうしたの? そんな感じだ。屈託の無い表情。

 

なんだか腹が立つ。気にしているのは俺だけだろうか、と思う。

 

悔しい。どうして幼馴染の凛なんかにこんな感情を抱いているのだろうか。

 

牛乳を手にとって、俺は誤魔化す様に視線を外し、一気にそれを飲んだ。

 

「わあ! 綺麗に食べたね! 床がピッカピカにゃ!」

 

丁度よくノブナガが床にこぼしたイチゴジャムを全てたいらげて「わん!」と一鳴きしていた。

 

「いい子だにゃあ」と凛は犬に対して猫言葉で話しかけ頭を撫でた。

 

その隙に俺はパンを急いで食べ終え「じゃあ行くか」と席を立つ。

 

「うん! 今日も元気に行っくにゃー!」と凛が言った。

 

「ねえねえナオくんナオくん!」と凛が二回俺を呼ぶ。

 

「なに?」

 

「今度は晩御飯も作ってあげるんだにゃ」

 

「カップラーメンはいらないからな」

 

と俺は釘を刺しておいた。

 

 




ありがとうございました。

ちょこちょこ割烹も書いていこうかなって思ってるのでよかったら。

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