東方妖火煉   作:超絶暇人

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付喪神は古くから日本で言われる『物に宿る神様』を指したもの。ところで、その付喪神に当たる煉とこころ、そしてもう一人……

さてさて、今回のお話は、そんな三人の物語


五話 ライターと仮面と鈴蘭と

「びゃあ゛ぁ゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛!!!」

 

 奇声を発しながらメロンを口に運ぶ煉の姿が其処に有った。煉からすれば初めて口にする味で、余程美味しかったのか、満面の笑みから繰り出された咆哮に()しもの霖之助も無言で驚いていた。

 

 煉は霖之助の買い物に人里まで付き添っていた。何か目星い物が無いか品物を観察している時、お店の主が御厚意で今朝採れたばかりだと言うメロンをくれた。

 

 買い物を終えた二人は早速帰ってメロンを食べようと言う事で、急ぎ足で香霖堂まで戻り、霖之助は包丁でメロンを6等分にした。さぁいざ頂きます、煉がメロンの果肉に歯を立てた直後が、今である。

 

「霖之助さん! んまいよコレぇ!!」

 

「甘いのか旨いのかわからないが、とにかく良かったよ」

 

「あ、そうだそうだ!」

 

 ふと煉はメロンに貪りつく状態から何かを思い出したように顔を上げた。種を取られて半楕円状にへこんだメロンの切り身を手に取って一口齧り付いたところで、霖之助は鼻で返事をする。

 

「ん?」

 

「霖之助さん! 私、友達が出来たの!」

 

「友達か、良かったじゃないか」

 

「うん! でね? 今日その友達と遊びに行くんだ♪」

 

「そうか、気を付けて行くんだよ。どうせなら御弁当も作っておこうか?」

 

「良いの!? 霖之助さんやっさすぃぃ!」

 

「キミが此処に住む以上、僕はキミの保護者だ。僕の話にも共感を示してくれる時も有るし、正直今までに無い程キミが来てから日々が過ごし易い。だからこれはホンの御礼に過ぎないよ」

 

 メロンを一切れ食べ終わった後、霖之助は微笑み混じりに席を立って店の奥に入って行った。煉は、霖之助のそんな、隠し事の一切無い言葉や表情(かお)に微笑みを返して霖之助を待った。

 

 暫く後、煉が自分のメロン三切れを食べ終わってから少しして、霖之助は御飯の温もりを帯びた弁当箱を布に包んで煉に渡した。煉は受け取った弁当箱を革製のショルダーバッグに荷物と一緒に詰め込んで陽気に出掛けたのだった。

 

 

「────何か変な事に巻き込まれなければ良いんだが……」

 

 

 それは、凶兆を指し示す霖之助の言葉だった────

 

 

 

 

 

「おーい! 不思議t、えっと、ココローン!」

 

 人里の入り口前で佇む秦 こころに、煉は渾名(あだな)で呼び掛けた。しかも一個を言い掛けて止め、二個目の渾名で呼んだ。これまで『不思議ちゃん』と呼ばれていた彼女が、新しい『ココロン』なる渾名で呼ばれた事に仮面(ひょうじょう)を猿の面に変えた。

 

「あ、あの……その呼び方は?」

 

「良いでしょ? 名前が入ってるし、呼ぶ時に差異は無いし呼び易いし」

 

「あぁぁ……はい、まぁ。そうですね、良いと思います。煉さんの呼びたい様に呼んで頂ければ」

 

「じゃ決まりね! 改めてよろしく! ココロン♪」

 

 煉の様子を見るに、普通の名前で呼ばれる事は到底無いと覚ったのか、煉に対してこころは自身の名前を諦めた。そんなこんなの中、こころは煉の今日の目的を思い出す。

 

「煉さん、今日はピクニックだそうですが、一体何処へ行くのでしょうか?」

 

「それはね────まだ何も決めてないんだ!」

 

 唐突、こころは一瞬だけ両足の力が抜け、前のめりに倒れそうになった。幸い一瞬で抜けた力は一瞬で元に戻り、倒れる前に踏み止まる事が出来た。そのこころの様子を見て、煉は何故か喜んでいた。

 

「それ知ってる! 『ズッコケ』ってヤツだよね! 相手の素っ頓狂な言葉に対して『ツッコミ』じゃなくてつんのめる事でおもしろくするって言う」

 

「わ、私はそんなつもりは無いのですが、体が勝手に……そうか、これが『ズッコケ』。良い発見です、相手の素っ頓狂な言葉や下らない冗談でいつも転げそうになって居たんです、これが『ズッコケ』だったとは……」

 

「でも一応宛が無いワケじゃないんだよねぇ。今から初めて行く場所に赴くよ、行こうココロン!」

 

 煉はこころの言葉を無視して手を引っ張り、意気揚々と歩き出した。こころがまるで凧の様に引っ張られながら到着した場所は、目前で隆々と聳え立つ大きな山だった。

 

 こころには何となく見覚えがあった、この山は確か、『彼の女の子』が住むという、そう、『地霊殿』と言った場所が近いとか……。曽て彼女が体験した希望の面捜索に関した時、途中で出会った緑髪の少女が言っていた。

 

「妖怪の……山」

 

「おん? ココロン御存知?」

 

「あ、いや────煉さんと出会う前に、緑髪の女の子と出会いまして、その時に彼女が口にしていた名前でして……」

 

「へぇぇ妖怪の山かぁ……良いね、モロに私達のホームグラウンドって事じゃない! 宛先は此処だよココロン! さぁ行こう!」

 

「こ、此処なんですか!?」

 

 再び凧の様に煉に引っ張られるままにこころは妖怪の山へと入って行くのであった。しかし何故宛先がこの『妖怪の山』なのか、それは時を遡り、関連を見出せば自ずと気付く答えだ。

 

 暫く走った末に煉はやっと歩きに切り替え、妖怪の山の景色を今一度見直しながら山中を彷徨(ほうこう)し始めた。こころは未だ仮面を猿のまま、少々不安そうに山中の周囲を見渡していた。

 

 と、突然、煉とこころは空気を押し出して且つ風を切る翼の羽撃き音を耳に取り入れた。二人は音の聴こえた方向へと視線と共に全意識を向けて音の正体を肉眼で捉えんとする。

 

「おや、これはこれは、煉さんじゃないですか。何をなさってるんです? こんな所で」

 

 其処に現れたのは、いつかの時、煉の取材で香霖堂に訪れた射命丸 文であった。音の正体が射命丸だと判るや否や、煉は笑顔で手を振り出し、手招きもして文と距離を詰めた。

 

「おーい! アヤヤ! こっちこっち! おいでー!」

 

「はいはい何でしょう? それと、『アヤヤ』とは?」

 

「愛称みたいなモンだよ。私達これからピクニックに行くんだけど、特にこれと言って名所も知らなくてさ、そこでアヤヤに良い場所教えてもらおうかなぁと思って此処に来たの!」

 

「何とそうでしたか。いや上の命令で『山に見た事の無い二人組が侵入して来たので様子を見に行け』と走らされまして、一体誰かと思ったら、まさか煉さんだとは。同じ妖怪だとわからないので、上も色々と危惧しているのでしょう……ところで、そのお連れの方は、もしや……?」

 

 自身の愛称と山に来た理由を二重で捉えて返事をすると、自らの上司に関しての話を少しだけ口にして、ふとこころを見て煉に問い掛ける。どちらも新顔である事に変わりは無いが、こころに至って『件』の事も有ってか、少々知られている模様。

 

「初めまして、秦 こころと申します。貴女の事は常々噂で伺ってますよ。なんでも嘘の記述で有名だとか」

 

「う、嘘!? 嘘なんて私書いてませんよ! まぁ、話を盛る事は多少有りますけど……」

 

「冗談ですよ。最近徐々にのし上がって来ている中堅だとかで、他の新聞社も焦る程目覚ましいらしいですよ」

 

「ほ、本当ですか! いやぁ何だか照れますねぇ、我ながらよく頑張って来ましたよ、えぇ。あ、スポットですね? 人里以外となりますと、この山内の滝か、向日葵畑ですかね」

 

 この『妖怪の山』、と呼ばれる山には、人が踏み入らない事から、原初から存在する環境がそのまま残っている。山内の滝は別名『玄武の沢』と言い、煉達の今居る位置からかなり近い場所に在る。

 

 続いて向日葵畑は、無数に向日葵が生えている土地。幾ら世界広しと言えど、見渡す限り向日葵だらけの草原など此処以外には無いだろう。煉達の今居る場所から真反対にあると言う。

 

「滝の方は見てても仕方が無い気がするなぁ」

 

「そうですか? 静かに水の音を聴くのもなかなか乙ですよ。それに向日葵畑の方は季節が季節ですので、少しばかり殺風景だと思います」

 

「そうかぁ。ねぇ、ココロンはどっちが良いと思う? 滝か向日葵か」

 

「────私は、向日葵が良いと思います」

 

「お、決まったね」

 

「そうですか、少しばかり残念ですね。まぁ良いでしょう! 向日葵畑はこの場所から反対に真っ直ぐ進んでください。多少入り組むでしょうが、煉さんなら大丈夫でしょう。では私は今から上司に報告をしなければいけないので、これにて。ピクニック楽しんでくださいね!」

 

 煉達は射命丸に手を振り、彼女が飛び去る姿を見送った。射命丸の姿が見えなくなると二人は手を振るのを止め、振り返って麓へと下り始めた。と、煉はふとしてこころに先ほどの話について問い出す。

 

「ところでさ、さっき言ってた新聞云々って本当の話? そんなにココロン情報通だったの?」

 

「そんなワケはありません、多少話に乗っかり、多少話を盛っただけです」

 

「え、なにココロン嘘吐いたの?」

 

「嘘じゃありません、仮に嘘だとしても文さんには優しい嘘だと思います」

 

 こころが仮面をお爺さんの顔の面に変え、煉の方を向くと、煉はこころの顔を無表情で凝視していた。仮面を翁から瞬時に大飛出と言う仰天の面に変え、直後に煉が徐々に表情を笑顔にしていく。

 

「そんな嘘吐きの悪い子には……火だるま追っかけっこの刑だぁ!」

 

「ひぃぃ!?」

 

 突如煉は自身の背中をまるでポケ○ンのヒ○アラシの如く発火炎上させ、少し悪い顔をしながらこころを全力で追いかけ出した。嫌な予感を察知したこころも煉が走り出すと同時に全力で逃走を開始した。

 

「どうだぁ! この日の為に編み出した『燃える放課後ライフ』! おもしろい?」

 

「おもしろくありません! と言うかそもそも意味がわかりません!」

 

「えぇそう? 一応『ガッコウ』の"放課後"と放火魔の"放火後"を掛けたスペルカードなんだけど」

 

「結局よくわかりませんよ! それに遊ぶにしても物騒過ぎます!」

 

「えぇい強情な、大人しく捕まれば直ぐ終わるってのに!」

 

「何がですか!? そんなワケのわからない状況が具現化したかのような煉さんに捕まったら絶対碌な事になりませんよね!?」

 

「足の速さで私に勝てると御思いかなぁ? 笑止ッ!」

 

「話を聞いてください!」

 

 そんな騒がしくも楽しいげな追いかけっこは3分弱続き、こころの方が先に草臥れてしまった。それに追いつき、煉は笑顔でこころの肩を叩くと『つーかまーえた』と口にして追いかけっこの幕を閉じた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ッ、煉さんッ、疲れないんですかっ!?」

 

「いや、疲れを知らないだけなのかもねー。それに私ココロンより強いしっ」

 

「それは純粋にっ、傷付きますっ……」

 

「ごめんごめん。ちなみにココロン、着いたよ」

 

 仰向けに倒れ込んで息を切らすこころは、煉が向く方向を見ようと首をゆっくり横に振る。そこには向日葵の花では無く、雑草のみが生い茂る、射命丸の言う通り確かに殺風景な場所だった。

 

「文さんの言う通りでしたね。如何しましょうか煉さん?」

 

「問題無し、折角来たのだし何か堪能しないとね」

 

 煉はこころを引っ張り起こし、向日葵畑と思しき場所へと足を踏み入れた。こころも後を追って敷地に踏み込むが、如何言う事だろうか、幾ら季節外れと言えど、向日葵の残骸一輪くらいはあってもおかしくはない筈なのに、それすらも無い。

 

 それどころか、殺風景に入り混じって見た事の無い様な花が煉達の視線に映った。見るとその花は白く、下を向き、逆に太陽を避けてるかの様な、明らかに向日葵では無いものだった。

 

「何この花?」

 

「この花は、確か……煉さん! 今直ぐその花から離れてください!」

 

「どったの?」

 

「その花は鈴蘭、全草に毒を持つ花です! 触るのは勿論、花粉を吸うのもダメです!」

 

 そう、この白い花の名は"鈴蘭"。根から花まで全てに毒を持つ事で知られる。また、薬草としても名高いが、その毒は迚も強力で、取り扱いは(フグ)と同様に気を付けなければならない。

 

 しかし何故、向日葵畑に鈴蘭が咲いているのだろうか?

 

「誰なの? あなた達」

 

 唐突に誰かの声が聞こえ、煉とこころは声の方向を揃って向いた。声は幼く、実に可愛らしい声質だが、その言葉には二人に対する敵対姿勢が見受けられた。

 

「う?」

 

「え?」

 

「誰なの、と聞いてるの」

 

 

 果たして、彼女の正体は────

 

 

 

 

 

 

 

続く




鈴蘭の如く可憐で、鈴蘭の如く強く、されども幼く、儚い……

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