【ネタ】猫とメイドと   作:真昼

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本当に不思議です。何故こんなに長くなったのか。


メイドとプロローグと

◆ プロローグメイド 始 ◆

 

 セラフィーナが自分自身を自覚したのは3歳の頃だった。自覚したというのはどういうことか。セラフィーナの記憶には自身がまだ経験したことのない筈の記憶があったのだ。それから、一年経ち記憶が徐々に鮮明になってくると、この記憶が前世のものだと何となく直感的に理解出来た。

 

 セラフィーナはこの前世の記憶の事を家族に打ち明けるべきか、打ち明けないべきなのか、いつも一人で迷っていた。感情ではすぐに打ち明けたかった。しかし、前世の知識からそんな事言う子供が居たら精神病院に連れて行かれるかもしれない、という危惧を持っていたのだ。

 結局、セラフィーナが家族に前世の事を打ち明ける事は無かった。

 

 彼女の家族はそんなセラフィーナのおどおどしている姿を見て、この子は大人しい引きこもりがちの子なんだなと解釈して、優しく接して愛してくれていた。セラフィーナは幸せだった。

 勤勉で優しい父に、厳しくも包容力のある母、少しやんちゃだけれども妹思いな兄。家族は皆、互いの事を思いやり慈しみ持つ。そんな何処にでもある平凡な、けども間違いなく幸せな家庭だった。

 

 セラフィーナが4歳になってから暫く経ち、ハンター協会という言葉をテレビで知った。その言葉を知って、ここが前世の記憶でいうところの漫画の世界だった事に気づいた。

 だからといってセラフィーナの生活が劇的に変わる等、そんな事は一切無かった。漫画の世界と一緒だとしてもセラフィーナには関係が無かったのだ。優しい家族と毎日過ごす。彼女にとってそれ以上の幸せは他に無かった。

 

 前世の記憶、特に漫画の記憶に関しては常に鮮明に引き出すことが出来た。その為、今が原作から13年前ということもわかった。本当にこの世界が漫画の世界なのか、一応確かめる為図書館の電脳ページで色々なものをめくる事にした。

 

 最初に調べたのは調べやすい有名人ということでネテロ会長についてだ。めくってみるとネテロ会長は既にハンター協会の会長についていた。これで、この世界は漫画HUNTER×HUNTERの世界に限りなく近い世界だということが確定した。まだ漫画の世界と同一としなかったのは、これだけならもしかしてセラフィーナが無意識のうちに聞いた記憶だったという可能性もあるからだ。

 

 次いでセラフィーナが電脳ページでめくったのは、調べにくい人物ジン=フリークスについてだ。ハンターのページでハンターの人名リストで検索をかける。すると、第267期の合格者として出てきた。この世界では秘匿されていないのか、それとも時期ではまだ極秘指定人物になっていないのか、どちらにせよ電脳ページの極秘会員に登録をしていなかったようだ。ただ、普通の一般家庭である家でジン=フリークスというハンターの名前を無意識でも聞く機会は間違いなく無いだろう。それほどまでに、ハンターという世界は現実から遠いのだ。

 

 これで漫画の世界であることは確定した。それでも何かをどうこうするつもりはセラフィーナには無い。単に確かめたかっただけだったのだ。

 今の生活はセラフィーナからすれば十二分に満足出来るものであった。優しい家族と共に暮らして、いつかは恋もするだろう。一緒に愛を育んだ男性と結婚して、子供を育て普通に生きる。そんな何処にでもいる夢見る少女であった。

 念については少しだけ使ってみたい気もしたが、修行なんてするのは面倒くさい事もわかっている。そもそも戦う必要が無い、ただ普通に生きていくセラフィーナにとって無用のものだ。

 

「セフィ―、何調べてるんだ?」

 

「お父さん、んーとハンターについて調べてたの」

 

「ハンターか。お兄ちゃんが将来なりたいとか言ってたなぁ」

 

「お兄ちゃん、ハンターになるの?」

 

「ハハハ、そんな簡単になれるもんじゃないんだよ。お兄ちゃんのは憧れみたいなもんだ。よし、そろそろ帰るぞー。お母さんが家で待ってるからなぁ」

 

「うん、お腹ぺこぺこー」

 

「今日はセフィ―の好きな、ジャポン風料理だって言ってたな」

 

「本当!? 楽しみ!」

 

 家へ帰る際にセラフィーナを肩車をしてくれる父親。いつもより格段に高い視点に喜ぶセラフィーナ。少しだけセラフィーナを脅かすために頭を揺らす父親。びっくりして思わず父親の頭にしがみ付くセラフィーナ。

 

 漫画の世界だとしても、この幸せは偽物じゃないし作り物でもない。セラフィーナにとってハンターなんてテレビや物語の中の遠き世界のことだった。

 

 

 

 そんな幸せは呆気なく終わりを迎えた。

 

 

 

 セラフィーナが五歳になった頃、留守番をしていた兄妹の元へ電話が掛かってきた。その電話を取ったのは兄だった。まだ小さいセラフィーナは一人で留守番している時以外は電話を取らせてもらえないのだ。電話が終わった兄は笑顔でセラフィーナにこう言った。

 

「父さんと母さんは少し遠い所に出かけることになったってセフィー。帰ってくるまで良い子に待っていようね」

 

 それを聞いて、最初は何で兄妹を連れて行ってくれなかったのかとむくれた。次に絶対にお土産をせがんでやるのだと心の中で誓った。それからしばらく経っても両親は中々帰ってこなかった。

 兄はセラフィーナに両親は少し旅行に行っただけだからと言い聞かせた。そして、俺とセラフィーナが良い子にしていればすぐに帰ってくるよと。

 

 ある時、近所のおばさんたちの会話で優しかった両親は交通事故に逢い帰らぬ人となったことを知った。

 セラフィーナは両親が死んだ事を知らないふりをした。兄に対しても素直に頷いて、良い子にして待ってると言った。

 

 そこからは早かった。

 

 五歳のセラフィーナと十歳の兄。子供二人で生きていける程この国、いや世界は甘くなかったのだ。両親の遺産は親類がハイエナのように貪り、早々に家も失った。兄と共に孤児院へと駆け込んだが、人数を理由に門前払い。せめて、妹だけでもという兄の訴えは届かなかった。

 

「……行こう。セフィ―。二人で幸せになろう」

 

 孤児院から去る時に兄が結んだ手には力が籠っていた。セラフィーナもギュッと握り返し頷いた。この時二人は絶対に幸せになってみせると誓ったのだ。兄はこんな境遇でも決して泣かなかった。いや泣いていたのかもしれない。ただそれをセラフィーナには決して見せなかった。兄は常に笑顔を絶やさなかった。兄も泣きたくて叫びたくて仕方がない筈なのに。

 

 兄妹の苦しい流浪の旅が始まった。

 セラフィーナは前世の記憶がある。前世で言うなら大学に入るぐらいの知識はあった。しかし、知識は知識なだけであって経験ではない。こんな境遇を解決しうる力をセラフィーナはまだ持っていなかった。

 

 毎日が辛くて苦しい生活だ。それでも優しくて笑顔が素敵な兄と生活出来るだけで、セラフィーナは嬉しかった。むしろ孤児院に自分だけ入らずに良かったと思うぐらいには。

 

 住む場所も無く、ただ転々と夜風をしのげる場所を探して移動を繰り返す。そんな日々が半年程続いた。

 

「セフィ―! 今日は兄ちゃん食べ物いっぱい貰えたよ!」

 

「ほんと!? やったー」

 

「兄ちゃんもう少ししたらちゃんと働けるから、セフィ―にも美味しいもの沢山食べさせてやるからな」

 

 そうして、セラフィーナの頭を撫でてくれる。生活は苦しくて辛いけど、兄の優しい笑顔を見るとそれだけで幸せだった。この時、兄がどうやって毎日の食べ物を手に入れてくるかを知らずにいた。

 

 家族を失った今、兄がセラフィーナの世界の全てだった。

 

 兄が帰って来るまでは一人で留守番だ。ひっそりと隠れるように裏路地か貧民街でも人通りの少ない所に縮こまっていた。留守番の暇な時間を過ごすには前世の読書した記憶が最適だった。なんせ鮮明に思い出せるのだ。

 この前世の記憶のおかげで算数なども一人で勉強が出来た。特に漫画やパソコン関係の本の知識は多く記憶していることもあり、記憶を思い起こしていると時間が経つのが早く感じられるのだ。セラフィーナの前世は勉強よりも漫画やパソコンに興味が多かったようだ。

 そうやって時間を潰して兄を待つのがセラフィーナの日課だった。

 

 

 ある日、隠れている場所のあるスラム街が騒がしかった。普段は静かなところなのに、とセラフィーナは顔だけ覗かせて様子を伺う。一人で出歩いてはダメという兄の言いつけをきちんと守っているのだ。少しずつ怒鳴り声が近づいてくるのがわかる。

 

「オイッ! マテやガキィ!」

 

「そっちから追い込め!」

 

「今日という今日は逃がせねぇぞ!!」

 

 耳を傾けていると聞こえてくる怒声。どうやら喧騒の正体は捕り物のようであった。巻き込まれては適わない。そう思ったセラフィーナは頭を引っ込ませようとした。いつものように兄が帰ってくるまで静かに隠れていようと。

 すると隠れる直前、兄がこちらへ走ってくる姿が見えた。セラフィーナは思わず身を乗り出して、お日様のように破顔する。今日はいつもより帰ってくるのが早い。いつもより兄と多く一緒に居られる、そう思った。

 

 しかし、セラフィーナが見た兄の顔はいつもの優しい笑顔ではなかった。

 

「セフィー! 隠れてろ!!」

 

 兄が切羽詰った表情で怒鳴り声をあげる。この生活が始まって以来、いやその前を含めても兄に大きな声で怒鳴られた事は無かった。セラフィーナは反射的に身を竦ませ、急いで頭を引っ込めて隠れる。

 

「こっちから声が聞こえたぞ!」

 

「そこの裏路地だ!!」

 

 先ほどの喧騒の正体だった人達がセラフィーナ達が居る場所へ向かってくるのがわかる。何故かその人達の事が無性に怖くて体が震えた。セラフィーナは自身の震えを少しでも小さくなるようにと膝を抱き、体を縮こませる。少しでもこの怖い時間が終わるようにと、目を瞑りながら。

 

 すぐに兄が優しい笑顔でセラフィーナを迎えに来てくれる。そう信じて疑わなかった。

 

「ほら、セフィーもう大丈夫だよ。出ておいで」

 

 そう優しい声で話しかけてくれると。

 

 

 外からは誰かを殴る音や何かを蹴るようなぐもった音が聞こえてくる。セラフィーナは必死に外から響いてくる音を聞かないようにする。前世の記憶を思い起こして、集中する事で怖い現実から逃避する。

 

 主人公は父親を探し出すために、故郷から夢と希望に溢れながらハンター試験を目指す。向かう途中では共に試験を受ける仲間達と出会い、試験では強敵や親友との出会いが待っている。そうして、難関である試験を仲間と共に潜り抜け、とうとう合格を果たす。それから、強制的に連れ戻された親友を迎えに、親友の実家へと赴く。主人公は親友を無事に奪還する事が出来て、仲間たちとは再会を約束して別れる。仲間と別れた主人公は強敵と戦う力を身に着ける為に、親友と共に天空闘技場の最上階を目指す。最上階を目指す途中で念という技術に出会い、習得する。念の技術を磨きながら、ハンター試験で出会った強敵と再び相まみえる。その後、天空闘技場から離れた主人公とその親友。向かったのは主人公の実家。そこで一休みすると、叔母から父親の残した箱を授けられる。そこに入っていたのはとあるゲームに関係するものだった。そのゲームを手に入れる為、主人公達は四苦八苦する。途中、仲間の仇に会う等ハプニングが続くもゲームをプレイする権利を手に入れる。ゲームの中で主人公達は新たな師匠と出会い修行を行っていく。このゲームは主人公を強く育てる為に父親が残した物だった。そして、次々に現れる強敵に悪戦苦闘しながらも、過去に戦った強敵や新たな仲間と共に戦い抜く。遂に主人公達はゲームクリアを果たし、その特典として父親に会える可能性のあるアイテムを手に入れる。そのアイテムを使って向かった先には父親の弟子にあたる人が居た。

 

 ここで、記憶は止まっている。時間は大分経ったのだろう。セラフィーナが耳を澄ましてみても、外はいつもの静寂に包まれていた。兄はまだ帰ってこないのだろうか。

 気になったセラフィーナは隠れていた場所から少し顔を出し、辺りを確認する。近くには誰もいないようだった。

 

 隠れていた場所から外に出てみると、もうすぐ夕暮れ時に差し掛かる時間だった。すでに夕焼けのせいで、スラム街は真っ赤に染まっていた。いつもなら兄はこの時間ぐらいに帰ってくる。今日は少しだけ帰ってくるのが遅いのだろうか。

 

 兄が帰ってくるまで、大人しく良い子にして待っていよう。良い子にしているのが兄との約束だ。そう思って先ほどまで隠れていた場所へ戻ろうとした。その時、ふと目に入る物があった。何だろうと思って目を凝らす。

 

 夕暮れ時の為だろう、それは赤色と黒色のコントラストが映えていた。

 

 それはボロボロの人形のようだった。

 

 捨てられたのだろうか、そう思って人形に近づく。

 

 近づいてみると、意外と人形は大きかった。

 

 夕焼けに照らされて、ポツンと寂しそうに落ちている人形に近づいていく。

 

 ぼろきれを纏った人形……、それは兄だった。

 

 兄だとかろうじて判別出来る顔。有り得ない方向に曲がっている腕。

 

 赤と黒のコントラストは夕焼けのせいではなかった。赤色は血で染まっている所、黒色は血が乾いている所なだけだった。

 

 兄がそんな所に寝ているのが不思議でさらに近づく。

 

「お兄ちゃん、そんなところで寝てると風邪引くよ?」

 

 声を掛けて、揺さぶってみる。兄の反応は無かった。

 

 兄は息をしてなかった。

 

 

 死んでいた。

 

 

 

 わけがわからなかった。

 何で私だけ、幸せになれないのか。

 

 

 漫画のようにスリルとロマンに満ち溢れた生き方じゃない。

 

 ただ普通に生きたかっただけなのに。

 

 

 

 兄の前で膝を抱きながら座り、そんなことを考えていた。気づいたら夜も過ぎ、朝がやってきていた。お腹が鳴った。兄が帰ってこなかった為、昨日から何も食べていなかったのだ。お腹が鳴った事を何処か遠くのように感じた。

 

 ―――このまま、こうしてたら優しい皆の所へ行けるのかな? 

 

 思考が死へと傾き始める。

 

 兄がセラフィーナの世界の全てだった。なら兄が死んだ今、セラフィーナの世界は終わったに違いない。

 

 

「お嬢ちゃん……、そいつは兄ちゃんか何かか?」

 

 急に誰かから声をかけられた。セラフィーナの知ってる人じゃないだろう。もう知ってる人は皆いないのだから。

 

 立つのも億劫で、顔だけ声のした方へ向ける。そこに居たのはホームレスのような姿をした男性だった。男に対して小さく頷くと、その男はセラフィーナに近づいてきた。

 いつものセラフィーナなら知らない人が近づいてきた時点で逃げていた。しかし、今のセラフィーナは何もする気が起きずに、座ったまま見知らぬ男が近づいてくるのを見続ける。男が近づいたと思ったらセラフィーナの頭に手を乗せた。いつも撫でてくれた兄の優しい手つきとは全然違った。

 

「弔ってやろうな。このままだとカラスに食われる」

 

 そう言って男は兄を担いで行ってしまう。兄を連れて行かれると困るのでセラフィーナも立って男を追いかける。男と共に近くの河川敷まで来た。河川敷の奥の誰も来ないような森の近くまで赴き、森の入り口で兄だった物を埋葬した。

 

 森の獣に掘り返されてないようにしっかり土を被せる。森近くにあった棒切れをそこに一本刺して、倒れないようにした。普通の人からすれば墓でも何でもないような物だったが、セラフィーナからすれば立派な墓だった。作った墓を見て少しだけ満足した。

 

 兄の墓の前に膝を抱いて座り込む。兄をきちんと埋葬出来たからだろうか、今まで流れなかった熱い滴が頬をつたう。これが涙だと気づいたのはしばらく経ってからだった。

 

 泣けるんだという驚きと、兄が死んだ事に対してきちんと泣けたという安堵から、セラフィーナの心の中はグチャグチャに混ぜ合わさる。感情が揺れ動かされ、その影響かさらに多くの涙が零れ落ちる。

 

 どれくらい泣いただろうか。元々僅かだった体力は涙と共に流れ去り。セラフィーナはゆっくりと緩慢な死へ向かっていた。

 

「嬢ちゃん、別れは済んだか?」

 

 声がした。ホームレスのような男はまだ居たようだ。どうやらセラフィーナと兄の別れを邪魔しないように静かにしていたようだ。

 

「嬢ちゃん、一人なら俺と一緒に来な。死んだ兄ちゃんの分まで生きなければダメだ。兄ちゃんもきっとそれを望んでいるさ」

 

 セラフィーナには男がどういう人物か見抜けるほどの経験は無い。それでも、兄を埋葬してくれた分ぐらいは信じても良いかもしれないと思った。男が言ったように、セラフィーナが生きていく事を兄が望んでいるというぐらいは。

 

 セラフィーナは一つ頷いてから立ち上がり、男の後を付いて行く。

 

 

 ホームレスの様な男はホームレスでは無かった。驚くべきことに、しっかり家を持っていた。セラフィーナが家族と暮らしていた時とは比べ物にならないぐらい小さい家だった。それでも路上の隅っこなどで暮らしていた頃より断然マシであり、セラフィーナは久々に家というものでぐっすりと寝ることが出来た。

 

 セラフィーナの体力が戻ると、男は仕事を手伝えと言ってきた。

 

 男の職業は泥棒だった。

 

 優しい家族と共に暮らしていたり、平和な前世の記憶を持っているセラフィーナにとって、泥棒とは当たり前のように悪い事だった。倫理観から男に泥棒は悪い事だと言った。言った瞬間セラフィーナは男に殴られた。

 

 何度殴られても、セラフィーナは男の言う事を聞かなかった。泥棒は悪い事であったし、兄には良い子で居るように約束したのだ。体の痛みから何度も負けそうになる。それでも兄との約束をセラフィーナは守りたかった。

 

 男に殴られるのがセラフィーナにとって日課になっていった。

 

「ったく、頑固だなぁ。生きるためには仕方ないこともあるだろう!!」

 

「それでも……、悪い事をしちゃダメなんだよ」

 

「何でそこまで悪い事に拘る!!?」

 

 ある日、男が何故そこまで悪い事をしたらダメなのか尋ねてきた。セラフィーナはそれに素直に応える。

 

「お兄ちゃんとの……、約束だから。良い子にしてるって約束したから……」

 

 それを聞いた男は、呆れた顔をする。

 

「おめぇ……、兄ちゃんが何してたか知らねえのか?」

 

「お兄ちゃんは私に毎日優しくしてくれた」

 

「ちげぇよ……。おめぇに食わせる食べ物をどうやって持ってきたかってことだ」

 

「毎日、色んな人から分けて貰った」

 

 セラフィーナは言い切った。これ以上男と話したくなかった。何か大事な、信じてきた物が壊れる予感がして。

 

「……おめぇの兄ちゃんはここらの界隈でも、色々やっていた。盗みをな」

 

「うそだっ!!」

 

「嘘じゃねぇ! 毎日毎日盗んでいやがった! しかも、今まで盗みなんてしたことねぇガキだったのか知らねえが。盗むのは金銭じゃなくて、いつも食料をな。しかも店先に並んでる所からだ!」

 

「……嘘だ。嘘は悪い事なんだよ!!」

 

「……明日だ、明日仕事を手伝わなければここから追い出す」

 

「……」

 

 聞きたくなかった言葉を聞いた。薄々とはわかっていた。孤児院でさえ、子供を見捨てるような国だ。そんな毎日毎日食料を恵んでくれる人が居るだろうか。

 経験は無くとも、前世の知識を持ってたセラフィーナは感づいていた。感づいていた上で、見ないフリをしていた。セラフィーナにとって優しい笑顔を向けてくれる兄は正義のヒーローだったのだ。その幻想を壊されたくなかったのだ。

 

 けれども男が言った言葉で幻想は壊された。

 

 次の日、セラフィーナは男の手助けをした。兄もやったことなのだと免罪符にして。

 

 

 それから半年。最初の頃は男が盗みを働いている間の見張りや、盗みの対象の気を逸らすという手助けを行っていた。暫くしてからは男から盗みのやり方を学び、一人で盗みを行えという男からの指示を受けて、一人で盗みを行うことも増えてきた。

 

 男の盗みは証拠を残さないようにして、特定されないようにする泥棒としては当たりごく普通のやり方だった。兄はどうどうと店先から物を盗んで、逃げ切るという形だったらしい。目の前で盗んでいたのだ、店員からは顔を覚えられた。だからこそ、いつも転々と移動し続けていたのだ。そして最後は逃げ切れなくなった。

 

 

 一人で盗みを行えるようになってから、さらに半年。セラフィーナは七歳になっていた。

 

 ある日、男の家の前に見知らぬ黒服を着た人が数人立っていた。男が扉を開け、ペコペコと何時に無い程の低姿勢であいさつを行う。

 

「いやー、お待ちしてました。マランツァーノ一家の方ですね。汚い家ですが、どうぞお入りください」

 

 そうして、男は家に黒服達を引き入れる。男の家にズカズカと入ってきた黒服達がセラフィーナを一瞥する。

 

「コイツがそうか?」

 

「はい、そうで御座います」

 

「そうか。約束の金はこれだ」

 

 黒服達から男の前に小さいスーツケースが投げ渡される。投げられた衝撃で開いたスーツケースの中にはジェニーの札束が入っていた。セラフィーナが今まで見た事のない程の額のジェニーだ。

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 男は散らばったジェニーをかき集めながら、黒服達に礼を言う。

 

 そうしてセラフィーナは男にマフィアであるマランツァーノファミリーへと売られることになった。

 

 セラフィーナは男に売られた事にショックは覚えていなかった。数少ない経験で、期待すると裏切られると学習したからだ。兄を埋葬してくれた時に男が言った兄の分まで生きる事が兄の望み、セラフィーナが信じていたのはそれだけだったのだ。

 

 

 黒服達に連れて行かれた場所は邸宅だった。

 

「ああ、君がセラフィーナか。今まで辛かっただろうね。私はアルバート=マランツァーノだ。これからはココが君のお家だよ。仲間たちも居る、仲良くしなさい。……この国はね、こんなにも孤児が多いのに、子供たちを救う対策をせんのだ。そういった子供たちを私は少しでも救おうとしていてね。ああっと詰まらないことを話したね。さぁ、お入り」

 

 そう優しい言葉を掛けたのは四十を少し過ぎたぐらいの男だった。どうやら、このマランツァーノファミリーのボスらしかった。優しい言葉だったが、何故かセラフィーナの心には響かなかった。今でもセラフィーナにとって世界は兄であり、兄が望んでいたから生きている。兄の為にも生きて幸せになる。それだけであった。

 

 邸宅は今まで世話になった泥棒の家より、そして薄らいで来た記憶の中にある家族と一緒に住んでいた家より大きく広かった。

 

 邸宅の中に入った後、セラフィーナはすぐにお風呂に入れられた。久しぶりに入ったお風呂は本当に気持ちよかった。そして着せられた服も今までみたいな悪臭がするようなボロ布ではなくて、ふわふわの柔らかい生地だ。着ているだけで今までのボロ布とは違うと理解できる肌触りだ。

 

 着替え終わった後、アルバートと同じ境遇だと紹介された子供たちと一緒に食事をした。出された食事は家族で暮らしていた時なら普通に出ていたような物だった。しかし、今のセラフィーナにとってそれはとても豪華なご馳走に見えた。

 食事を始めるとセラフィーナの感情を無視して涙がこぼれた。どうやら、セラフィーナが思っていたより彼女は飢えていたようだった。頭の片隅で冷静に考えていた。そんな事を考えつつも、体は別人のように動いて食事を続けていた。食べている間は涙を流し続けた。

 

「今まで本当にひもじい思いをしてたんだね。食事はたっぷりと用意しているから、ゆっくり食べなさい。ここには食事を奪うような人なんて誰一人居ないのだから」

 

 涙を流しながらも食事の手は休まないセラフィーナ。そんなセラフィーナの様子にアルバートは感極まった表情で語りかけてきた。セラフィーナはそれを何処か一歩引いた場所から見ている気分だった。勝手に食べている自分の体と、それを見て何か感極まっているおじさん、そんな認識だ。まるで他人事のようだった。

 

「私は仕事があるから、ここに毎日居る事は出来無いが。私がここに居る時はいつも一緒に食事を取ろう。仕事もなるべくここで出来るようにするからな。そうだ、忘れていた。セフィー、君は今から私たちの家族だ。これからはセラフィーナ=マランツァーノと名乗りなさい」

 

 ここ最近でセフィーと呼んでいたのは兄だけだった。兄以外にセフィーと呼ばれたのは何年ぶりだろうか。両親が居た二年前の頃かもしれない。家族の家名は既に忘れてしまった。優しかった顔さえ覚えていればよかった。

 セラフィーナは食事を一旦休めて顔を上げアルバートを見つめる。そして、アルバートの言葉に素直に頷いた。

 素直なセラフィーナを見てアルバートは気を良くしたのか、笑顔でこちらも頷きながら食事を再開した。

 

 

 マランツァーノファミリーで過ごすようになったセラフィーナの日課は将来の仕事に備えて色々な勉強や訓練をすることだった。

 集められた孤児は全員、マランツァーノファミリーに就職が決まっているようなものだった。セラフィーナを除いた孤児達は皆、アルバートの役に立ちたがっている為に率先して修行を行っていた。

 

 孤児たち全員の手や足に重りを付けられて体作りを常時行っている。午前中は体術の基礎訓練をする。午後からは座学だ。

 屋敷内に教師が居て、それに習う。しかし、セラフィーナは既にこの年で習う程度の座学は既に熟せている為、また唯一の女の孤児だった為、メイドの見習いとしての勉強をすることになった。本来、綺麗好きだったセラフィーナにとってメイドの仕事は苦ではなく楽しく、やりがいがあるものだった。

 

 そうして体作りの為の重りを付けながら、格闘技の基礎訓練やメイドの見習いをすることでセラフィーナは前世の記憶では考えられないような体に鍛え上げられていく。

 

 一年経つと重りの重さは一つ当たり5kgにまでなっていた。また、座学の方もセラフィーナは次々と先に進み、この世界の情報の取り扱い方を習っていった。勿論その間もメイドの見習い修行は続いていた。

 

 そうして、体術の基礎訓練をきっちりと学んで孤児たちで組手を行うようになった。他の孤児たちと違いセラフィーナは前世の記憶を持っている。その為か人を殴るという行為は全く慣れないものだった。

 力は他の孤児たち……、マランツァーノチルドレンたちと同じ程度はあるものの、格闘技の組手では全敗街道をまっしぐらに走っていた。

 

 さらに一年が経ち、セラフィーナは九歳になった。重りはついに10kgまで重くなった。身長が縮まないか心配になった。

 体術の訓練も一通り終わった。今度は銃器の取り扱いについて習うようになった。体術については完全にドべだったセラフィーナだったが、銃器については他のチルドレンより才能があったようだ。勿論、前世で銃を撃った事は無い。

 

 その様子を見た教師が、銃器について次々とセラフィーナに教え込んでいく。教師にとってもセラフィーナの格闘技の才能の無さは呆れ果てるものだったようだ。格闘の才能が無いならば折角銃器の才能があったのだ、長所を伸ばすべきだと考えたのだろう。

 

 セラフィーナに銃器の才能があるとを知ったアルバートはセラフィーナに武器の手配などを教え込むようになった。元々、チルドレンの中では唯一情報等に携わるセラフィーナだったが、今回のことで完全に将来は後方支援および指揮を取らせるつもりのようだった。

 

 セラフィーナの才能は基本的には銃器類>刃物類>格闘技といった感じで、武器を使うことに長けていた。教師にも長所を伸ばせと指示された為、セラフィーナもそれに従い武器を扱う術を伸ばしていった。教師にから銃器を扱う為に必要な立体視力や動体視力、予測力が良いのだろうと言われた。

 

 ゴム弾を使ったチルドレン同士の模擬戦では最早負ける事は無かった。未だに格闘技の試合では誰にも勝てないという、何とも言えないアンバランスさを際立たしていたが。

 

 体も成長期に突入し、重りは一つ当たり20㎏まで増えた。両手足に一つずつ、腰に一つ付け、合計で100㎏だ。常識で言えば動く事さえ困難な領域へ突入した。セラフィーナは何処か作り話を見ているような気分で自身の体を見る程だ。本当に漫画の世界みたいだなと。

 

 気づけば十歳になり、セラフィーナはマランツァーノファミリーの情報操作を取り扱うようにまでなっていた。勿論訓練ではなく、組織の利益を上げる為の情報操作だ。

 

 

「羨ましいなセフィーは」

 

「いきなりどうしたの?」

 

 格闘技の練習中にチルドレンの一人がセラフィーナに声を掛ける。

 いきなり羨ましいと言われても正直困る。羨ましいと言われる心当たりが無いわけでは無い。ただセラフィーナからすれば、指示されるままにやっているだけの事なのだ。好きでやっているわけでもない。もし代われるのなら代わっても別に構わない。その程度だ。

 

「アルバート様の仕事に携われるれなんて、さ」

 

「なんなら代わりましょうか?」

 

 考え事をしていた為に思わず本音が出てしまう。念の為、相手の顔を伺うと笑っていた。どうやら相手は今の発言が一種のジョークだと受け止めてくれたようだった。嫌味だと思われずに済んで、少しだけほっとするセラフィーナ。訓練や勉強の時間を考えるとチルドレンたちと一緒に過ごす時間はとても長い。現在はチルドレン同士は孤児という同じような境遇もあって仲は良好なのだ。そこに態々亀裂を入れる必要は無いだろう。

 

「流石にセフィーの代わりは難しいさ!」

 

 言葉を投げかけつつ、拳を打ち放つ。今は格闘技の練習中だった。あわてて、拳をいなす。

 

「それでも! いつか、アルバート様を俺自身が守れるように……なる!!」

 

 決意と共に放たれた拳はセラフィーナの胴の寸前で止められており、組手の勝敗が決まったことを告げる。

 

「私こそ、格闘技に関しては皆が羨ましいけどね。いくらやっても上手くならないし」

 

「セフィーは格闘の才能無いからなぁ。銃の腕前は俺たちを圧倒するのにな」

 

「私は素直に皆の後ろで援護でもしてますよー」

 

「ハハハ、頼むぜリーダー」

 

「はぁ、いつから私がリーダーになったんだか」

 

「頭良いから仕方ないだろ。俺たち馬鹿なんだからよ」

 

「しっかり、勉強してよね。……脳筋にはならない事を祈ってます」

 

「アぁ……、何人かなりそうだからなぁ」

 

「はぁ……、私はそろそろメイドの手伝いをしに行きますね」

 

「オッケー。おーい! そろそろセフィーは戻るらしいんだ! 後で良いからそっちにソッチに混ぜてくれなー!」

 

「そういえば、話が変わるんだけど。アナタはどういう経緯でここに来たの?」

 

 セラフィーナは去り際にふと思いついたことを聞いてみた。

 

「ん? そういや、皆昔の事をあまり話さないよな……。俺の場合は別に有り触れてると思うぜ? 親が突如、交通事故にあってな。それからはもう悲惨だった記憶があるよ。泥水をすすって生き延びてたからな」

 

「……そ、うですか。つまらない事を聞いちゃいましたね」

 

「おう、気にすんな! 俺たちゃ皆、似たような境遇だし、アルバート様に拾って頂いただけ運がいいしな!」

 

「似たような境遇……?」

 

「ああ、あいつらも確か親を交通事故で失ってんだよ」

 

「そう……、本当に似たような境遇。私も似た感じだしね」

 

「そっか。やっぱりお前も似たような経験をしてるのか。でも、だからこそ俺は皆を信じられるよ! 苦しい時を知ってるからな」

 

「ええ……」

 

 ―――本当に……、少し似すぎじゃないですか……? まるで仕組まれたかのように……。

 

 セラフィーナは改めて知った事実に……、何かが繋がったような気がして、ゾクリと背筋が凍りつく。まるでセラフィーナの周囲だけ、空気の温度が急激に下がったようにさえ感じられた。

 

「ん? 少し顔色悪いぞ。俺たちより忙しいんだから、休める時に休んどけよ。んじゃ俺は行くからよ」

 

「はい……、大丈夫です。練習頑張ってくださいね」

 

 そう言ってセラフィーナは彼を送り出す。いつもより上手く笑えない。どうしても表情にぎごちない様な違和感がある。

 

 ―――私は今、上手く笑えているのでしょうか……?

 

 セラフィーナは踵を返して性急に邸宅へと向かう。勿論、メイドとして走ったりはしない。そしていつも彼女が使っている情報端末を急いで立ち上げ、操作をし始める。

 途中であった人達に疑わしく思われていないだろうか、普段通りの表情を作れているだろうか。今のセラフィーナには自信が無かった。いつもの彼女には有り得ない程、心臓がドクンドクンと激しく鳴り響いている……。

 

 

 周りに監視の目等が無い事を改めて確認して、情報を次々に調べていく……。

 

 

 そして、見つけてしまった。いや、突きとめてしまった。

 

 マランツァーノチルドレン……、いやチルドレン計画の実態を。

 

 これはマランツァーノファミリーが仕組んだ十年越しの計画だった。徐々に勢力を広げつつあった若きマフィアのボス、アルバート=マランツァーノ。アルバートが裏の世界で伸し上がれば伸し上がるほど、周りには敵が増えていった。忠誠を誓っている部下たちもいつ裏切るとも分からない。そこでアルバートは思いついた。ならば裏切ることが無い部下を育てればいいと。

 

 まず初めにある程度裕福な一般家庭の家族の夫婦を交通事故と見せかけて暗殺する。そして殺した夫婦の子供に救いの手が伸びないように、裏から色々な所へ圧力をかけた。路頭に迷う子供たち、今まで幸せだった子供たちにとって自分の力で生きていくのは非常に困難だ。

 幸せから最底辺へと急降下。勿論それで子供たちが死なれて困るので、国の最底辺であるスラム街のさらに底辺の住人達に声をかける。一年程子供を育てれば莫大な金をやると、最低限四肢が無事に生きていれば良いとだけ伝えて。

 そうして、子供たちは何とか生き延びるも、暮らしは超極貧生活だ。毎日が飢える日々に間違いない。

 

 そんな暮らしが続いて夢も希望も無い中で、孤児たちにアルバートは優しく救いの手を差し伸べる。

 精神的に参ってた上に、極貧生活を送ってきたのだ。子供たちはインプリンティングのようにアルバートを尊敬し崇拝し忠誠を誓う。そして、今までの極貧生活とはまったく違った生活をさせることで、さらに洗脳教育のようにファミリーへの忠誠心を育ませる。

 

 こうして裏切らない部下の完成だ。一から育て上げる為、時間も掛かる上に費用も掛かる。それでもアルバートからすれば些細な出費であり、自身はさらに上へと伸し上がると野望を抱いているのだ。

 気の長い計略だが、きちんと育て上げれば裏切らない絶大な戦力になるだろうとアルバートは考えていた。事実、チルドレンからは崇拝の視線を投げかけられ、セラフィーナが情報という分野で一定の成果を上げるようになっている。

 

 これがマランツァーノチルドレンの正体だった。他にも詳しいことは調べてたら湧くように出てくるだろう。計画自体を概略すればこのような物だった。

 

 

 

 調べ終わったセラフィーナは、蒼白になりつつも速やかに調べた情報の痕跡を消しにかかる。

 今までは兄の分も生きるというだけで、惰性のように目標も無い生活を送ってきた。しかし、急遽ここにきてやるべきことが見つかった。マランツァーノファミリーに復讐する。それはセラフィーナの心にストンと綺麗に収まったような気がした。

 

 けれども、まだ力が足りない。もし今すぐにセラフィーナが反乱を起こしたとしても、すぐにファミリーから鎮圧されるだけだろう。兄の分も生きるという誓いにがある以上、マランツァーノファミリー全体を敵に回しても、セラフィーナが生き残る為には完全にファミリーを潰せるように成らなければいけない。少しでも潰し損ねてしまったら、それからは考えられないほどの報復が待っている事が簡単に予測できる。

 そして、この事は他のチルドレンにも打ち明けて話す事は出来ない。彼らは既にインプリンティングが終了しているようなものだ。セラフィーナがアルバートに叛意を抱いていると彼らが知れば、すぐにでもアルバートに密告されてしまうだろう。復讐はセラフィーナ一人だけで成し遂げねばならなかった。

 

 

 

 今までのセラフィーナは訓練や修行は怒られない程度に手を抜いてきた。仕事なども言われた事や指示された事を熟す程度のヤル気しかなかった。しかし、今は違う。復讐という明確な目的が見つかったのだ。

 それからのセラフィーナは今まで以上に訓練や修行に真面目に取り組み始める。そして、仕事もいつも以上に成果を果たし、徐々にマランツァーノファミリーの中枢に食い込んでいった。

 

 今までは、前世の記憶をセラフィーナ自身に有効に使うことは殆ど無かった。暇を潰すための便利な道具程度の認識だ。しかし、これからセラフィーナは復讐の為に前世の知識を最大限に利用していくことに決めた。そして、色々な知識があるその中で、何よりも重要なのは念についてだろう。

 

 セラフィーナにとって念とはあってもなくても別に困らないものだった。兄の分まで生きる、これぐらいしか今までのセラフィーナには生きる価値を見出していなかった為だ。

 もし、ファミリーから念を習得しろという指示が下れば習得していただろう。ただし、指示もされていない中で、わざわざ習得する必要性を感じていなかった。しかし、今は違う。今までにない程、セラフィーナは少しでも力が欲しいのだ。ならば、この世界の力の象徴とも呼べるべき存在の念を習得することは、セラフィーナの復讐への近道としては最たるものだった。

 

 記憶によると念を習得するには無理やり起こすか、ゆっくり自力で起こすかとのことだ。勿論、セラフィーナは後者を選択する。マフィアのツテを頼れば、無理やり起こすことも可能に違いない。しかし、セラフィーナが動いたと思われるような痕跡を残したくはない。当たり前だが復讐は感づかれてはいけないのだ。ほんのわずかな疑念でも持たれるような行動は慎むべきだった。

 

 

 漫画の主人公のように、四六時中修行をする時間が取れるわけではない。訓練やメイドの仕事、情報を扱う仕事等やることが多いのだ。セラフィーナが本当に自由に行動出来る時間はせいぜい就寝前の二時間だけだった。

 それでも、今まで空っぽのようだった心というエンジンに復讐という名のガソリンを注ぎ込まれたのだ。執念と言えるかもしれない。就寝前の二時間というわずかな時間や睡眠時間を削って無理やり時間を作り、仕事と仕事の僅かな合間を利用してオーラを感じとっていった。

 

 遂には精孔を開いて纏を習得することに成功する。掛かった時間は一ヶ月だった。

 

 そうして、念に目覚めると今までわからなかった事も見えてきた。今まで訓練をつけてくれていた教師は念能力者だった。その為、自分の部屋以外ではオーラは垂れ流しでいることを心掛けた。精孔が開いている為、前よりは垂れ流しているオーラの量が増えている事には気づかれるかもしれないが、纏を習得しているとまでは思われないだろう。

 そうして、漫画の知識を頼りに地道に基礎を固めていく。確実に復讐をこなせるように、セラフィーナは焦らない。ゆっくりと牙を研ぎ続けていく。

 

 寝る前に毎日練及び堅を行い、力尽きて眠る毎日が続いた。付けていた重りは、気づけば一つ当たり35kgまで増えていた。堅を就寝前の二時間を超えて継続出来るようになってから、初めて水見式を行った。セラフィーナの系統は具現化系だった。復讐者は具現化系という決まりでもあるのだろうかと、思わず考えてしまった。

 ただ、主人公の仲間と違い、理想は放出系だった。セラフィーナが得意な銃器類と一番相性が良いのは放出系だからだ。放出系から最も離れている系統の具現化系だったのは皮肉なのだろうか。

 

 具現化と言われてセラフィーナが思いつくのは銃器の類いだったが、一概に銃器と言ってもどれを具現化すればいいのかはすぐに決める事が出来なかった。その為、発に関しては先送りにすることに決め、先に念の応用技を修行をすることにした。

 格闘が苦手なセラフィーナにとって円と周は必須事項だと言えた。放出系が相性悪いとは言え、銃弾を周することさえ出来れば、セラフィーナにとって非常に戦力強化になる言えるからだ。

 

 また具現化の参考にする為と、セラフィーナ自身の戦力強化の為、今まで以上に色々な銃の類いを扱うよう努めた。銃器だけに留まらずに手榴弾からスタングレネード、果てはロケットランチャーやハンドミサイルまで。それらについてもセラフィーナはチルドレンの中では最も上手く扱えると共に、これだと思えるインスピレーションを感じるまでは残念ながら至らなかった。

 

 漫画の知識では具現化系統の修行法が記載されていなかった為、変化系統の修行を参考にして修行を試行錯誤で行っていく。変化系統の修行に念で数字を作っていた為、平面ではなく立体的な図形を念で形作る修行などを行ってみた。さらにその立体図形をくるくると回転させることで操作系の修行にならないかな、とか思いつつセラフィーナは色々と実験を繰り返していった。

 

 

 

 念の修行に明け暮れる日々を過ごし、セラフィーナは十二歳になっていた。

 

 いつも通りに念の修行を終え、就寝する為に毎日着用しているメイド服から寝巻へ着替えようとした時だ。邸宅の正門がある方向から銃撃音が聞こえてきた。何が起きたか把握する為に、急いで準備を行い自身の部屋から飛び出す。

 

「何が起きたかわかりますか!?」

 

「い、いえ……。私たちも大きな音にビックリしまして部屋から出てきたばかりなのです」

 

 セラフィーナは部屋の近くに居たメイドの同僚たちへ、何が起きたか問いただす。しかし、メイド達も混乱しており事実の把握は出来なかった。この時間は邸宅の住人はほとんど起きていない。起きているのは深夜当番のメイドか、正門近くにいる護衛ぐらいだ。セラフィーナも念の修行の為に睡眠時間を削っていなければ寝ていたことだろう。

 

「侵入者かもしれません……、すぐに他のメイドたちを起こして来てください。私たちは食堂へ向かいましょう。食堂なら私たち全員が入りきります。食堂までは私が護衛をしますので」

 

「は、はい。ありがとうございます、セラフィーナ様」

 

 未来の幹部候補であるセラフィーナは他のメイドより立場が上だったので、すぐに指示を出して避難誘導を行う。流石に邸宅の住人すべてを起こしている時間は無い。せめて非戦闘員だけでも先に避難するべきだと判断した。護衛の責任者だけは起こして事情を説明し、セラフィーナはメイドの誘導へと戻る。

 食堂へメイドを誘導している際も、外からは銃撃音や破壊音が聞こえてきた。そして、セラフィーナがメイドたちと共に食堂への避難が完了した時、邸宅のほんの近くで轟音が聞こえた。ここまで来れば流石に他の者たちも起きてくる。

 

「メイドたち、非戦闘員はすでに食堂の方へ避難を完了させました」

 

「了解した。セラフィーナは引き続き食堂で待機。メイドたちを護衛していろ」

 

「わかりました」

 

 メイドたちは食堂の角へ固まらせて待機させる。そして、流れ弾が飛んでこないように扉を閉める。

 

 ついに邸宅の入り口の扉が破壊される音が聞こえた。

 

 扉を閉めていることで目視が出来ない為、セラフィーナはつたない円で外の状況を知ろうとする。邸宅は銃撃の嵐だった。止まない銃撃は襲撃者が生存している事を表している。十中八九、襲撃者は念能力者だろう。そして、その予想は裏切られなかった。セラフィーナの円に念弾がかする。襲撃者は何故か応戦しながらも邸宅を破壊するように動いていた。

 

 そして遂に、メイドたちが集まっている食堂にも念弾が飛ばされてきた。着弾した念弾の威力は凄まじく、一瞬にして食堂が半壊にまで陥った。扉を貫通してきた念弾に直撃したメイドたちは体の至る所を吹き飛ばされる。確認するまでも無く、間違いなく即死だろう。直撃はせずに原型が残っているメイドたちも念弾の余波で吹き飛ばされ殆どが絶命していた。数は少ないが偶然にも生きていたメイドたちも衝撃で気絶していた。

 

 セラフィーナは円で察知した後、咄嗟に回避と堅を行った為、余波で吹き飛ばされたものの辛うじて生き延びていた。もし、直撃をしていたら間違いなく命は無かっただろう。一緒に吹き飛ばされたメイドたちに埋もれながらもセラフィーナは絶を行い、念弾による破壊で見晴らしが良くなった食堂から入り口の方へ目を向ける。

 

 襲撃者は二人だった。ゆっくりと邸宅の大広間を歩いている。外に居た者達は既に息絶えている事だろう。

 

「な、なんだ!? まだ、仕留めていなかったのか!!?」

 

 いくら眠りが深かったとしても、邸宅をボロボロになるほど破壊されたのだ。その激しい轟音に、流石に邸宅の主であるアルバート=マランツァーノも慌てて奥の部屋から出てきた。そして邸宅の現状を見て、慌てた表情から愕然とした表情へと変化させる。

 

「お主がアルバート=マランツァーノかの?」

 

「き、きさまらは!?」

 

「ん? ワシらか? ワシはゼノ・ゾルディックという者じゃ。こっちはシルバ=ゾルディック。いつもならここで名刺でも渡すんじゃがの、今回はお主がターゲットなんでの」

 

「伝説の暗殺一家!!? な、何故私を?」

 

「依頼されたからに決まっておろうに」

 

「……アルバート様!! お逃げください!!」

 

 話を遮るように誰かが叫ぶ。偶然生き残っていたのだろう、ボロボロの姿をしたチルドレンの一人がゼノに拳銃を向けようとする。そして、向ける事のないまま頭部を失った。

 

「親父、少し話が長いぞ」

 

 チルドレンの一人は静かに崩れ落ちる。ゾルディック家二人の周りには既に死体が散乱していた。他のチルドレンたちもあそこで既に物言わぬ屍の仲間入りをしていることだろう。

 

 セラフィーナは全身から汗が吹き出しつつも、必死にオーラがこぼれない様に身を潜める。

 

 今までにセラフィーナが見た事あった念能力者は訓練を付けてくれた教師だけだ。見ているだけで押し潰されそうなプレッシャー。教師とは違う本物の強者。圧倒的だった。

 

 

「ま、まて!! 依頼料の倍額払う! それならお前らも問題ないだろう!?」

 

「依頼が無くなるのは、依頼主が撤回した時と死んだ時だけじゃて。さて、話はもうええじゃろ? こいつも新しい子供が生まれたばかりで、早く帰りたがってるんでの。ワシもさっさと帰って孫に会いたいんじゃ」

 

 そう言うだけ言って、ゼノはアルバートの後ろに一瞬で移動する。その手にはドクンドクンと動き続けている赤い物体が握られていた。

 

「ぇ? ……あれ?」

 

 何が起きたのか全くわかっていないアルバート。アルバートからすればゼノが一瞬で目の前から消えただけに見えただろう。そうして、胸の痛みにようやく気付き、そのまま崩れ落ちた。

 

 呆気なかった。

 

 セラフィーナがこの二年間、全霊を込めて向かってきた目標は目の前であっさりと奪われてしまった。絶対に自分自身の手で殺したかったわけではない。修行を行っても無理だったなら、情報を操作して周りから潰させようと思っていたからだ。それでも、こんなに呆気なく終わるとは思っていなかった。復讐で満たされた心が再び空っぽになる。

 

「隠れているのはわかっている」

 

 空虚な状態のセラフィーナにシルバがメイドの遺体の山に目を向けたと思った瞬間、念弾を放ってくる。ばれていたのだ。全力で絶を行っていたのに。

 

 セラフィーナはメイドたちの遺体の中から脱出する。理由はわからないが手加減して放ったのだろう。じゃなければ死んでいた。

 

「子供か」

 

 戦っても勝てない。今までの人生の走馬灯が頭の中をよぎる。家族が皆居て、幸せだった時の情景だ。優しい兄の顔を思い出す。すると泡のように次々と記憶の底から思い出されていく。幸せだった時、辛かった時、どんな時でも優しかった兄の事を。

 

 

 ―――私は……! 生きなきゃいけないんだ!! 考えろ!! この場から生き延びるにはどうしたらいい!!

 

 

 セラフィーナが心の中で絶叫しながらも、どうすればこの場を抜け出すことが出来るか考え始める。頭の中は物凄いスピードで回転していき、いくつものシミュレートが行われていく。そして、結果は全てにおいてデッドエンドだ。

 

 ―――漫画の様な物語だったら私は生き残れるのに!! ……そうだ、この世界が漫画なら? 漫画の世界の通りならゼノは無駄な殺しはしないんじゃ? この世界が漫画と一緒なら生き残れるかもしれない!!

 

「……私を殺しますか?」

 

 意を決してセラフィーナはゼノに向けて口を開く。

 

 

 ―――漫画なら! ゼノが漫画と一緒なら!!

 

 

 心の中で叫びながら、祈り続ける。顔を強張らして返事を待つ。それとも単に死を待っているだけなのか……。そして、ゼノが口を開いた。

 

「ワシらは快楽殺人者じゃない。ターゲットが死んだ以上それ以上のことはせん。今回は依頼主が「依頼料を倍額にするからなるべく派手に」と言うから、ここまで派手にやったまでじゃしの。お主こそボスをやられたんじゃろ? 敵討ちはせんのか?」

 

「……私の家族はそこの男に殺されましたので、わざわざ敵討ちをする義理なんてございません。むしろ殺す為の準備をしていたぐらいですから」

 

「そうか、そりゃ悪かったのう。ふむ、代わりと言ってはなんじゃがワシの名刺でもやっとこか? 住所と電話番号が載っとる。もし他に殺したい奴がおったら三割引きで請け負うぞ」

 

「……有り難く頂きます」

 

 

 

 そうしてセラフィーナに名刺を渡し、ゾルディック家の二人は邸宅を後にした。二人が完全に見えなくなると、セラフィーナは思わず腰が抜けて座り込んでしまう。

 とんでもない威圧感だった。いつのまにか顔だけでなく、全身が強張っていたのだ。二人が見えなくなって、やっと体が強張りから解放され、ようやく体が自由に動くようになってきたのだ。そしてセラフィーナは突如、何とも言えない衝動に駆られた。顔を俯かせて、全身を小刻みに震わせる。

 

 

「フッフフフ……、アッハハハハハッ!! 生き残った!! 生き残ったよ、お兄ちゃん!!」

 

 

 突如上を向き、堪えきれなかったように笑い出し叫ぶ。

 ここまで口を開いて笑ったのは、生まれて初めてかもしれない。何が可笑しいのか、自分自身でも理解出来ないまま、狂ったように笑い続けるセラフィーナ。

 

「ハハハッハハ……、……そっか。私はオリ主なんだ。だから……、生き残れたんだ」

 

 突如ピタッと笑うのを止めて、セラフィーナはポツリと呟いた。前世の知識にあった一つの単語に、セラフィーナは今の自分の境遇を当てはめる。

 復讐という原動力が無くなり、今までにない窮地に立ち、精神的に極限まで追い込まれたのだ。そんなセラフィーナの心にオリ主という単語はカチッと嵌った気がしたのだ。

 

 

 

「もう、ここには用が無いや。これからどうしようか。オリ主なら原作を見るべきかな」

 

 そう呟くと、ボロボロの邸宅の奥の部屋へと向かう。邸宅の一番奥の部屋だった為、その場所は他と比べると比較的無事だった。そこは死んだアルベルトの部屋だった。アルベルトの部屋から金目のものを物色する。有り難かったのはアルベルトが現金を金庫で閉まっていた事だ。金庫は周で覆ったナイフで斬り開ける。そこにあったジェニーを詰め込めるだけリュックに詰め込む。

 次に向かったのは情報端末がある部屋だ。部屋は物が落ちたりして、少し荒れていたが端末と回線は無事だった。そこからセラフィーナは国のデータ機構に侵入し、自身が二ヶ月前にここの場から出奔して、国籍を変えたことに情報を書き換えた。流石に名前が登録されている国際人民データ機構にまで侵入し改ざんする事は出来なかった為、名前はセラフィーナ=マランツァーノのままだったが。

 死体の偽装まではしなくても問題ないだろう。メイドたちは悲惨な状態になっている為、一人居なくなっても誰も気づかないだろう。

 

 準備を終えて、セラフィーナは邸宅を後にする。向かう先は天空闘技場だ。

 今持っているお金が全てである以上、何かしらで稼がなければ生きていけない。情報屋を開いてもいいかもしれないが、設備が無い。その上、新規参入の情報屋は信じられにくい。そんな苦労をするならば、天空闘技場に行った方が普通に稼げるだろう。

 

 

 

 いくつかの飛行船を乗り継ぎ、天空闘技場に着く。目の前には天を突くかのような巨大な建造物。頂上を見るには首を上へ傾けなければいけない。これほどの建造物でも世界第四位であり、世界にはこれより高い建造物があるから驚きだ。天空闘技場からは、随分と長い行列が伸びていた。天空闘技場の高階層から覗けば、さも蟻の行列のように見えるに違いない。

 

 セラフィーナは受付を済まして、一階の観覧席のような場所で自分の番号が呼ばれるのを待つ。待っている間、周りからは野次が飛ばされる。しかし、ある意味では野次が飛ばされるのも当たり前なのかもしれなかった。

 ここに集まっている者達は全て、腕に自信があり体格の良い者たちばかりだ。そんな中でまだ子供と呼べる容姿をして、さらに女の子だ。天空闘技場では間違いなく異物であることは間違いない。セラフィーナの格好もそれを助長させる。セラフィーナが持っている服はメイド服しかなく、マランツァーノファミリーから抜け出してきた今もそれは変わっていない。

 セラフィーナの瞳は茶色で髪の色も前世の漫画の知識にあった、とあるメイドに似ていて青みがかった灰色だった。わざわざ容姿を考えるのが億劫だった為、漫画を参考にして髪型も真似をしており、赤いリボンでツインテールに結んでいる。ただ、メイド服のスカートは漫画のものよりもロングだが、これは支給していたものをそのまま来ていた為だ。

 

 そんな恰好の少女がむさ苦しい猛者の聖域にいるのだ。周りからすれば違和感が極まりなかった。野次を飛ばすのも頷けるものだ。

 セラフィーナもそのことについては気づいていたので、野次に一々相手せず無視を決め込んでいた。

 

 しばらく待ってから、自身の番号が呼ばれてリングへと向かう。セラフィーナの相手は巨漢の男だった。ケンカは得意そうだが、格闘術を習っていたという雰囲気では無い。

 始まると、先手必勝とばかりに詰め寄る。そして鳩尾に重たい一撃を入れて悶絶させる。格闘が苦手な為、訓練の意味もかねて念は使わない。それでもセラフィーナの一撃で巨漢の男はそのまま気絶する。マランツァーノファミリーで鍛えられた五年間は無駄では無かったのだ。

 

 

 

 それからセラフィーナは順調に階を登って行く。格闘戦がいくら苦手でも素のスペックが段違いなのだ。その性能差を生かして登り詰めていき、念願の個室部屋を獲得する。ホテル暮らしも快適なものだったが、自身の部屋が貰えてメイドとしての習慣や自由に掃除などが出来るのはセラフィーナにとって落ち着く心持ちだった。

 150階にまで到達すると、とうとうセラフィーナの単調な攻撃では通用し辛くなってきた。武術の熟練者が多くなってきた為だ。ポイントを取られ、TKOになって負けるのだ。ポイントを取られ続け負けるか、セラフィーナのラッキーパンチが当たって相手が沈むか。リングではそういう戦いになっていた。

 

 昨日今日と上手く連勝を重ねて170階まで来たセラフィーナ。実践というものを経て、少しずつ相手の攻撃にも慣れてきたのだ。今日の相手はセラフィーナと同じく、天空闘技場では異色の選手だった。銀色の毛に、ネコ科を思わせる眼。セラフィーナよりさらに年下な子供であった。

 

 

『さぁ、皆様大変お待たせいたしましたー! 本日は天空闘技場の中でも注目の一戦です!! なんと、この170階で子供同士の戦いなのです!』

 

 実況が大きな声を上げ、それに呼応するかのように観客たちが盛り上がる。150階以上になれば、戦いもどちらかと言えば素人向けから玄人向けへと変わってくる。観客の層もよりマニアックな者達に変わってくるのだが、今日は異色の同士、子供同士の戦いということでいつもより観客動員数は多いようだった。

 

『二人とも子供ですが、侮ってはいけませんよー!! キルア選手は現在八歳という年齢ながら、既に150階まで来てから一年半という高階層常連組の選手の一人!! 高階層の選手と互角に戦い合います! その小柄な体格で巨漢の選手達をなぎ倒す様はまさに圧巻!! その戦う姿に既にファンも大勢いる模様です!!』

 

 キルアの紹介に観客席から声援の声が上がる。

 

『対する、セラフィーナ選手も負けてはいません!! 可愛い女の子だと思って油断していると痛い目みるぞー、男どもー! 戦い方はまだまだ他の選手達には及びませんが、勝利した試合は全て一撃!! あの細腕の何処にそんな力が眠っているのかー!? チャーミングな容姿と裏腹に、当たればタフな選手さえ一発で沈めてしまいます!! そしてぇ! 何より際立つのはメイド服! そう、メイドさんです!! まさに天空闘技場の中で最も異色と言える選手。こちらにも当然沢山のファンが付いています!!』

 

 セラフィーナの紹介も終わり、ギャンブルスイッチが押される。投票の結果は高階層常連ということもあり、倍率ではキルアが優勢だ。

 

『それでは! 3分3ラウンド、ポイント&KO制 始め!!』

 

 ポイント&KO制とはクリーンヒット、クリティカルヒット、ダウンという三つから成り立っている。攻撃を決めた選手にそれぞれポイントが与えられ、先に10ポイント得点を挙げればTKOとなり勝ちとなる。勿論、その間に続行不可能なダメージを与えてもKO勝ちとなる。より多く攻撃を与えればいいという単純なルールだ。

 

 セラフィーナはキルアに向かって詰め寄り、ラッシュを開始する。

 

 最近の戦いでセラフィーナが掴んだコツは何よりも攻め続ける事だった。拳の物量戦、そうすることで相手からの攻撃を封じるのだ。また、相手から攻撃してきた時もお構いなしに攻撃する。相手が攻撃に転じた時が一番こちらの攻撃が通る為だ。

 

『ラッシュ! ラッシュ! ラァァァァッシュ!! セラフィーナ選手が猛攻撃を仕掛ける!! キルア選手防戦一方かぁ!!?』

 

『おぉっと!? セラフィーナ選手の猛攻撃を掻い潜り、ここでキルア選手がセラフィーナ選手の鳩尾にクリーンヒットォ!! しかし!! セラフィーナ選手、クリーンヒットを貰いながらも、相打ち狙いで重たい一撃をキルア選手へ叩き込むー!』

 

『キルア選手その一撃で吹き飛んだぁ!! これは決まったかー!!? いや、キルア選手平然とリングへ戻ってきましたー!! セラフィーナ選手の一撃を貰いながら復帰した選手は、キルア選手が初めてです! ポイントはクリティカルヒット&ダウンでセラフィーナ選手が優勢だぁ!!』

 

 セラフィーナは目を開いて驚いていた。キルアのタフさにも驚いてはいる。しかし、一番驚いているのは別の事にあった。キルアはセラフィーナの一撃が入ろうとした瞬間、セラフィーナとは逆の方向へ飛んだのだ。その為、セラフィーナの一撃は完全には入りきらなかったのだ。勿論、並みの選手ならそれでもダウンしてしまう一撃だったが。

 

 ―――驚きました。この年でなんて実践慣れをしているのでしょう。流石は物語の主人公達の一人と言ったところでしょうか……。

 

 セラフィーナは目の前の人物が漫画の登場人物である事は気づいていた。まさか、天空闘技場で会うとは思っていなかったが。

 

「ててて。アンタ、うちの豚君なみの怪力だね」

 

「よく言いますよ。後ろへ飛んで受け流したじゃないですか」

 

「ソレ! 完全に受け流したと思ったのになぁ、チクショー。でもまぁいいや。これからは何もさせないけどねっ!」

 

『今度はキルア選手が仕掛け始めるー! 先ほどの一撃を警戒したのでしょうかー!!? 見失う程のスピードでヒット&アウェイを繰り返すー!!』

 

『鮮やかです! キルア選手の見事な動きにセラフィーナ選手ついていけませーん! 技術では、やはりキルア選手に軍配が上がったかー!! クリーンヒットを積み重ねて行きます!! そしてここでゴングがなったぁー!! 試合終了です! 息つく暇もない見事な試合でしたー! 観客の方も大満足でしょう!!』

 

「ふぅ、アンタとはもうやり合いたくないなぁ。コッチの攻撃でダメージ通ってないでしょ?」

 

「ええ、まぁ。でも痛いことは痛いですけど」

 

「あんだけ喰らって、それだけで済むのかよー。もうアンタとは戦わないと思うからいいけどさ。そろそろ、オレはここ卒業しようと思ってるし」

 

「あら、そうなんですか? どうして、ここにずっと居たんですか?」

 

「んー、実家よりこっちの方が飯が美味しいんだよね。好きな物食べれるしさ」(何よりコッチの飯は毒が入ってないし、な)

 

「食べ物ですか。でも、好き嫌いは良くありません、大きくなれませんよ? きっと愛情込めて作って下さっていると思いますし」(毒入り料理はやはり美味しくないんでしょうか。そもそも毒入り料理は愛なのかはわかりませんけど)

 

「好き嫌いって言っても限度がなぁ……。まぁいいや、じゃねー」

 

「はい、そちらもお疲れ様でした」

 

 

 リングから退場するキルアを見送るセラフィーナ。原作に登場する人物たちの力は想像していたより、断然上なようだった。

 今の段階では単純な身体能力ではセラフィーナが上を行っている。念の経験でも先へ進んでいる。そもそもセラフィーナは僅かな修行時間にも関わらず、念は一ヶ月で開花したのだ。主人公達が一週間で開花すると予想されていたことから、念の資質でもそう劣らないはずだ。

 しかし、戦闘という分野だけに関しては違った。圧倒的にセンスが劣っていたと思わず自覚するほどだ。一撃を貰ってからギアが入ったのだろうか、戦闘のキレが徐々に上がっていくのが実感できた。まさしく、戦う為に生まれてきたような圧倒的な才能だった。

 

 ―――きっと、実戦でかつ念を使ったら普通に勝てたでしょうけど。けども、それは私が念を知っていただけのことですね。彼と私が同い年だった場合、間違いなく負けてたのは私でしょう。私が年上だから先に進んでいる。ハァ、優位性はこれだけですか……。溜息がつきたくなりますね。まぁでも、先に進んでいるなら追い付かれないようにすればいいだけですね。

 

 セラフィーナは身を、心を引き締める。今までは単純に勝てば良いと思っていた。だから相打ち覚悟の攻撃も出来た。しかし、それではダメなのだ。相手の攻撃を読み、見切り避けるようにしていく。自身の器を少しでも広げる為に。

 

 

 

 そうして、遂にセラフィーナは190階を突破し200階へ到達する。天空闘技場へ来てから一年経っていた。

 セラフィーナは毎回90日の戦闘準備期間をフルに使っていた。その間は念の修行に時間を使ったり、短期契約のアマチュアハンターとして色々活動を行った。

 勿論危険な仕事は請け負わない。特に、博物館の護衛や古物展の護衛などだ。もしも、幻影旅団などと鉢合わせてしまったら目も当てられないからだ。そもそも、年齢的な問題で護衛の要望欄ではじかれるのだが。

 

 短期契約の仕事ではメイドの技能から急遽ハウスキーパーが必要になった邸宅へ新しい人を雇うまでの繋ぎの仕事や、念や銃の腕前を発揮してアマチュアハンターのサポートをすることが多かった。

 特にアマチュアの美食ハンターからの評判は中々に良かった。基本的に料理は出来ることから仕込みや下ごしらえ等を手伝ったり、銃の腕などからちょっとした危険地域の護衛に呼ばれるのだ。アマチュアの美食ハンターはハンターというより食通に近い。プロの美食ハンターが発見した食べ物を追いかけたりするのだ。おかげで、色々な物を食べさせてもらった為、セラフィーナとしてもアマチュア美食ハンターとしてもWIN-WINの関係が築けていた。

 

 そんな中、天空闘技場の対戦成績は二勝一敗。200階以降では武器の持ち込みがOKとなる、一応受付の人に銃器類を持ち込んでもいいのかと聞くと許可された為、堂々と持ち込んだ。

 確かに、念能力者には弾丸でダメージを与えるのは困難かもしれない。しかし、それは卓越した念能力者に限る。さらに、銃弾を周で覆っておけば威力は段違いになるのだ。周までしとけば纏では防げない。練や堅を使っていたとしても、能力者の腕前によっては貫けた。

 

 200階クラスでは銃の腕前が良い人が居ない。そもそも190階までを突破しないといけないからだ。その為、ほとんど銃器を持ち込む人は居ないのだ。だからこそ銃の対処は疎かな選手が多い。地道に念の基礎から応用まで鍛えているセラフィーナに堅を使わない念能力者はある意味カモだった。

 負けたのは不戦敗の一回だけ。アマチュア美食ハンター共に密林へ出かけて、美食を謳歌していたら密林から帰ってくるのに時間が掛かってしまったのだ。

 

 

 

 セラフィーナは十四歳になり、ついに具現化する能力を一つ思いついた。そもそも出来るかは賭けであったが、漠然と出来ると感じていた。

 

 セラフィーナは幼少時に家族と暮らしていた家に今でも未練があった。泥棒の男と一緒に暮らしていた家も、その前の惨めな生活から家に住めると思っただけで感激したものだった。そして、マランツァーノファミリーで生活した時は快適であった。

 つまりセラフィーナにとって帰る事が出来る家というものを心の何処かで常に欲していたのだ。今住んでいる、天空闘技場はあくまでも仮の宿だ。家ではない。天空闘技場で過ごす日々からその思いは強くなり、アマチュアハンターの人達が帰途へ着く際に何処か嫉妬した。

 

 ならば、自身の念能力でいつでも帰って来れる家を作れば良い。今は帰りを待ってくれる人が居なくても。

 

 そして、その思いから完成させた。

 

 

【理想の邸宅(クワトロ・レジデンス)】

 ちょっとした邸宅に匹敵する程の大きさを誇る念空間を作り上げる。また、念空間へ繋がるドアを具現化する。

 

 

注意事項

・最初に存在するのは基本的に部屋だけであり、家財道具などは全て現実空間からの持ち込みとなる。トイレや光源だけはある。

・電気や水、ガス等は通じていない為、必要なら持ち込まなければいけない。

 ゴミや下水は異空間へ捨てる事が出来る。

・念空間に入る際に扉を具現化した場所にマーキングがつき、出る際はマーキングからセラフィーナの円の範囲にドアを具現化する。

・セラフィーナの潜在オーラの10%を念空間の維持に使う。潜在オーラが増えれば部屋を広くしたり出来るが10%のオーラは永遠に帰ってこない。

・空中にドアを作る事は出来ない。

・セラフィーナだけが入れる部屋と客人も入れる部屋の二種類がある。セラフィーナだけが入れる部屋は扉が閉じている間は時間が止まっている。扉を開けたら時間は通常通り進む。セラフィーナ限定の部屋は入ると、練をした時と同量のオーラが消費される。

 

 

制約

・念能力者以外の一般人にドアを具現化する瞬間を見られてはいけない。出る際はドアのドアスコープから外が覗けるので確認してから出る。

・念空間内で死に直結する戦闘行為はしていけない。

・精神が極度に不安定の場合、発動してはいけない。(寝起きや泥酔等)

・メイド服を着ていないドアを具現化してはいけない。

 

誓約

・念能力者以外の一般人に能力発動の瞬間を見られていた場合、ドアは具現化せずに発動に必要なオーラの五倍を消費する。

・殺し合いを行った場合は異空間へ飛ばされ命を落とす。

・精神が不安定の時に発動すると、一時間は絶となる上に全身に激痛が走る。

・メイド服を着用せずにドアを具現化すると、メイド服に着替えるまで練の二倍のオーラを消耗していく。

 

 

 能力を使って最初に出来たのは泥棒の家のように小さい部屋だった。その後、部屋を広くする為、色々な制約と誓約や注意事項を付けたりすることで、やっとそれなりの大きさまでになった。今は広めの家、小さめの邸宅と言ったところか。

 

 発を完成させたセラフィーナは天空闘技場や他の仕事で稼いだお金をつぎ込み、家財道具や生活に必要な物を次々に買っていく。お金はあるのでなるべく質の良いものだ。電気や水道は無理だったがガスはボンベを持ち込む事で使えるようになったので、十分だろう。水さえ持ち込めば料理も出来る。

 

 こうして、セラフィーナにとって帰ることの出来る家というものが出来上がった。

 

 

 戦闘には全く使えないが、どんな場所からでさえ家に帰る事が出来るのだ。セラフィーナにとってはこれまでにない程、素晴らしい念能力だった。

 

 

 そう思っていた。天空闘技場にヒソカが現れるまでは。

 

 

 

 セラフィーナがもう少しすれば十五歳になる頃。天空闘技場での試合でヒソカと当たってしまう。セラフィーナは混乱した。まだ原作の二年前になっていないのに、何故居るのだと。ヒソカが現れる前には天空闘技場を去ろうと考えていたのだ。しかし、よく考えればカストロとの戦いが二年前なだけであって、ヒソカはその前から居る可能性があったのだ。セラフィーナにとって痛恨のミスだった。

 

「くくくっ♠ 格闘のメッカなんて言うから楽しみにしてたんだけど、ちょっとがっかりしてたんだよね♥ ちゃんと、美味しそうなのもいるじゃないか♣ 200階で最初に戦うのが君だなんて、ボクは運が良い♦」

 

 ヒソカの言葉と同時にオーラが増える。そのオーラを見た瞬間、ゾワッっとセラフィーナの背筋に怖気が走る。どう考えても勝てない、勝とうとも思えなくなる。

 

「私は運が悪いですよ、本当に」

 

 ヒソカのオーラは嫌な感じというものを通り越して、怖気が走るレベルだった。自身を常に叱咤して、心を強くしてなければ簡単に呑まれてしまう。

 

 試合は凄惨なものだった。弾丸は撃ち尽くすものの、当たったのは一発だけ。ヒソカに太ももを撃ちぬいただけだった。当たった弾丸によってクリーンヒットを得たが、結果は10-1とダウンも奪えずに終わった。なんとか生きているだけでも儲けものだった。

 

『な、なんということでしょう!!? 200階クラスでも強者として名高いセラフィーナ選手が手も足も出ませんでした!! ヒソカ選手、圧倒的!! 強すぎるぞー!! というか、セラフィーナ選手生きているのかー!!?』

 

 

 なんとか生きてるよ、と言いたいとこだったが。ダメージが深すぎて言う余裕も無い。ヒソカがトランプを使わずにいてくれたことが幸いだった。お陰さまで四肢の欠損も無い。タンカで運ばれ医務室で寝かされる。そこでセラフィーナの意識は落ちた。

 

 目覚めた時、近くに怖気の走る顔を持った人が居た。思わず、ヒッと悲鳴を上げてしまう。しかし、今は体がズタボロで逃げられない。

 

「酷いな、悲鳴をあげることはないじゃないか♥ 気分はどうだい?」

 

「お陰さまで、一週間もすれば快調へと向かうと思います」

 

「そっか、それは良かった♣ 満点とは言えないけど、君も中々美味しそうだからね♠」

 

 ―――そんな、気持ち悪い事をにっこりと言わないで欲しい。でも、これなら今殺すって感じでは無さそうかも。……助かった?

 

「セフィー、君は基礎から応用までしっかり出来ていたけど♥ 発はまだなのかい?」

 

 愛称で呼ばないで欲しい、と本気で思いながらセラフィーナはこの場を生き残る為に素直に話すことに決めた。嘘がばれて殺されたら堪ったものじゃない。

 

「ありますけど、私の念は戦闘用じゃないんですよ」

 

「へぇ……♣ どんなのか、見せて貰ってもいいかな?」

 

 目を細めながら、拒否は許さないというように聞いてくる。全身が痛む中、心は平常に落ち着かせ【理想の邸宅】を発動させる。ドアを開けて、ヒソカを中に案内する。ヒソカの提案はある意味丁度良かったのだ。【理想の邸宅】へ逃げ込めれば、戦闘行為は一切できない。とりあえず助かる事になる。

 

「これは中々の能力だね♦ だからメイドさんなのかな? んー残念♥ これじゃあ戦闘に向かないか♣」

 

「ええ、戦闘には一切向かない能力です。ただ、ここに居る間は戦闘行為をすると良くない事が起きますのでご注意ください」

 

 戦っても面白くないぞ、と全力でアピールする。だからと言って、ここで殺したら被害を受けるぞと牽制もする。今はここを乗り切ること、かつヒソカの興味を失わせることが第一なのだ。

 

「ああ、そういう能力なのか♠ んーますます残念だな♦ セフィー、君はここに長いんだよね?」

 

「ええ、それなりには長いと思いますよ」

 

「ここで楽しみがいのある選手♣ 教えて貰えてくれる?」

 

「楽しみがいがある選手ですか……、フロアマスター直前のディアス選手とヒャッシキ選手がまだマシと言ったところでしょうか。正直、今の天空闘技場でヒソカさんを楽しませてくれる選手はいないかと……」

 

「そっか、アリガト♣ そうだね、ボクが居ない時に美味しそうな選手が現れたりしたら、ボクに連絡をくれないか? 教えてくれたら、殺さないでいてあげる♥」

 

「わかりました。そういう選手が居たらご報告いたします」

 

 ―――なるほど、殺さない代わりに生贄を差し出せということですか。……全力で差し出しましょう!! とりあえず、カストロが来たら即効で教えれば良いだろうか?

 

「これボクのホームコード♦ ここに連絡してくれればいいよ♥」

 

「こちらが私の携帯番号とホームコードになります」

 

 そうして名刺を渡し、ヒソカと別れる。何とか乗り切れたと、医務室に戻って体を休める。セラフィーナにとって今回の戦いは、死にそうな目にあったり目を付けられたりと散々なものだったが、収穫もあった。まず、このままではやはり念能力者上位には歯が立たないということ。そして、周をした弾丸ならヒソカにもダメージを与えることが出来ること。

 

 ―――やっぱり、この世界で生きるには自衛の力って大事かも。メモリが残っているようなら何か作ろうかしら。作るならやっぱり銃器類かなぁ。一応、周をした弾丸はヒソカにも通じたし。後は弾切れを起こさないようにってとこかな。問題が山積みだよー。

 

 セラフィーナが思っている通り、弾切れさえ起こさなければもう少し善戦も出来ただろう。そもそも、天空闘技場では弾切れを心配して積極的に撃てないのだ。もし弾切れの心配が無ければ牽制の弾やフェイントの弾等、戦略が色々と増えるのだ。

 

 そこまで考えていると急にピンッときた。

 

 

 一週間ほど体を休ませてから、一ヶ月程【理想の邸宅】へ引きこもる。闇市で偶然手に入れた神字の本。1億ジェニー程したが、しっかり効果は出ているので高い買い物ではない。そして、念を込めながらゆっくりと念の補助をする神字を【理想の邸宅】の部屋の一つに描きこんでいく。

 

 そうして描きこんだ部屋に今まで集めた銃や新たに買い集めたものを、その神字の部屋に詰め込む。

 

【スカートの中の武器庫(メイド・イン・ヘル)】

 【理想の邸宅】の一室にある武器をコピーして具現化する。具現化できる距離は自身の半径10m+円の範囲。

 念のかかったものはコピー出来ない。

 

制約

・腰より下(地球の中心側)に具現化しなければいけない。

・具現化する瞬間を誰にも見られてはいけない。

 

誓約

・腰より上に具現化しようとした場合は、能力は発動せずにオーラだけ消費する。

・具現化をする瞬間を見られたら、能力は発動せずに具現化に必要なオーラの5倍を消費する。

 

 神字で補助しているせいか、意外と早く完成することになった。試しに売ってみても本物と違和感ないように思える。これでセラフィーナにとって一番の問題点であった弾切れという事態には陥らなくなった。むしろ、色々な銃を取って代わって使える為、凡庸性が増えた。

 

 また、キルミーという人物が販売していた一品もの品。細いがかなり丈夫な補助アーム、六本セット。商品紹介では、『これを使えばどんな銃でも操作することが出来る補助アームです。かなり丈夫に作られているので、どんな悪条件化でも使えます。ただし、操作する為の配線を入れ忘れたので操作することが出来ません』

 

 これを作った人は天才なのか馬鹿なのか。アームの先は銃を扱えるように、繊細な操作が出来るようだった。しかも、紹介にある通りかなり丈夫である。しかし、操作が出来ないのであれば宝の持ち腐れにすぎない。仕方ないので届いたアームに神字を描きこむ。

 操作系は特質系を挟んだ先にあるものの、ある程度使えると信じてやってみたが思った通り動きはぎごち無いもののアームは操作出来た。

 前世の漫画の一つを参考にして、このアームをヴァルキリーアームと名付けた。これは単にアームを操作しているだけなので、念能力ではない。むしろこれを操作することで操作系の念の修行にもなる。

 アームに銃を持たせて撃ってみる。問題なく操作出来た。ただ、命中精度は腕で撃つよりは悪かったが、これは仕方がないだろう。

 

 

 自衛用の能力が出来た。また、【スカートの中の武器庫】を作った時に、もう一つ副次的に出来た能力があった。

 

【メイドの嗜み(メイド・イン・ヘブン)】

 【理想の邸宅】内にある道具をコピーして具現化できる。

 具現化出来る距離は自身から半径10m。

 

制約

・具現化した道具で人を傷つけてはいけない。

 

誓約

・具現化した道具で人に害した場合、被害者の倍のダメージを加害者が受ける。

 

 【スカートの中の武器庫】を作っている最中に出来上がった能力だ。その為、能力も派生的な物になっている。ただ、この能力も意外と使い勝手が良い。テーブルセットからテーブル、果てはベッドまでコピーして具現化出来る。

 

 

 これで、発は3つになった。【理想の邸宅】【スカートの中の武器庫】【メイドの嗜み】どれもピーキーな能力ではあるが、きちんと性能は発揮している。当分はこれで十分だろう、そう思って一息つけるセラフィーナ。気づけば十五歳になっていた。

 

 そして、ついにカストロが現れた。これを確認する為、1階や50階から100階をしょっちゅう見に行っていたのだ。すべてはヒソカに殺されない為に。

 

「もしもし。ヒソカさん、今お時間大丈夫でしょうか?」

 

『うん? セフィーから電話を掛けてくるなんて珍しいね♥ 時間は大丈夫だよ♦』

 

 そう、度々ヒソカからは食事のお誘いを受けていたのだ。逆切れで殺されたら堪ったものじゃないので、セラフィーナもお誘いだけは受けている。他人からの目にも慣れた。

 

「そう、かもしれませんね。ヒソカさんのお目に適うだろう選手が現れました。カストロというお方です。まだ、念は獲得していない模様ですが、虎咬拳の使い手で才能が溢れる選手です」

 

『……へぇ、アリガト♥ もし、そのカストロっていうのが美味しそうな果実だったら、このお願いは無かったことにしてあげる♣ 勿論殺さずにね♠』

 

「わかりました、いつぐらいに来られますか? カストロは多分ストレートで200階まで上がってくると思われますが」

 

『そうだねぇ♥ 明後日の午後には着くかな♣』

 

「わかりました、お待ちしております」

 

 ―――申し訳ありません、カストロさん。でも、貴方はどうせ目を付けられることになったでしょう。漫画の原作でもそうでしたから。

 

 自分はオリ主なんだと、心の中で言い聞かしセラフィーナは電話を切る。

 

 

 

 ヒソカが天空闘技場に再び現れる。カストロは既に100階に到達していた。100階クラスの戦いをヒソカと共に観戦するセラフィーナ。とても周りの視線が痛かった。しかし、ここを乗り切れば、精神的に色々と解放される。そう心を叱咤して、我慢する。

 

「彼かい?」

 

「ええ、彼がカストロです」

 

「ククク、遠くから見ただけでわかるよ♠ 彼はきっと才能溢れる使い手になる♣」

 

 その瞬間ヒソカから怖気が走るようなオーラが吹き出る。一斉に周りの観客者もヒソカとセラフィーナの近くから逃げる。セラフィーナは自分はオリ主だから大丈夫、オリ主だから大丈夫と心の中で唱えながらヒソカのオーラを我慢する。

 

「ああ、ゴメンね♦ 戦う姿を想像して、思わずイキそうになっちゃった♥」

 

「え、ええ。大丈夫です。それではこれで宜しいでしょうか?」

 

「うん、アリガトウ♥ 正直ここまで美味しいそうな果実を見つけてくれるなんて思ってなかったよ♣」

 

「それでは、先に退出させて頂きます。少しヒソカさんが興奮していて、居づらいので」

 

「クククッ♣ 君も言うようになったね♥ ああ、約束だから殺したりはしないよ♦」

 

「ありがとうございます。それでは」

 

 

 そうして、天空闘技場自体から逃げるように去るセラフィーナ。カストロが居る限り間違いなくヒソカは天空闘技場に留まるだろう。ヒソカが去るまでとりあえず旅行にでも行こうか、とセラフィーナは適当に乗った飛行船で考える。

 試合まで、どうせ二ヶ月近くあるのだ。たまには仕事ではなく、ブラブラしよう。そう決めた。

 

 

 

 一ヶ月ほど、気分次第で行き先を決めて旅をする。この世界は色々と不思議なものがあるのでそれだけでも十分に楽しめた。

 

 そして、とある港町。そこでセラフィーナは纏をしている子猫と出会った。

 

 

◆ プロローグメイド 終 ◆




5000文字予定⇒猫編が長くなるやべぇ!?⇒メイド編さらに長くなった!!?⇒40000で収まらねぇ!!⇒二話に切る New ←今ここ

チビチビ書いてて、最後に一気書き上げようとしたらこんなんになったよ。

まさか、他のチラ裏作品より長くなるなんてOTL


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