【ネタ】猫とメイドと   作:真昼

1 / 2
プロローグは5000文字ぐらいを予定していたんですが、長くなってしまいました。


猫とプロローグと

◆ プロローグ猫 始 ◆

 

 吾輩は猫である。名前はまだ無い。

 

 日本人ならほとんどが知っているようなセリフで現在の私の状況を簡潔に表してみた。

 

 つまりどういうことか、気づいたら猫になっていた。この有名なセリフの続きのように、気づいたら生まれており、目も開かないのでまるで暗い所にいるようだった。勿論生まれた場所も把握出来ないでミーミーニャーニャーと鳴いていたわけだ。

 周りには私の兄弟達がいるようだ。私は周りのモフモフ達に負けないように、まだ開かない目で母親の母乳を吸っている。これは本能なのだろう。このままでは猫の本能に負けてしまう、必至に人間でいた頃を思い出し理性を保つ努力をする。

 

 それにしても、母乳とはかくも美味しいものなのか。

 

 たくさんの母乳を吸って満足した私はそのまま眠りにつこうとした。出来ればこれが胡蝶の夢であるようにと願いながら……。

 

 残念ながらすぐに寝る事は叶わなかった。

 

 寝ようとしたら、一匹のモフモフが私の上に乗っかってきたのだ。「どいてーどいてーボクにも飲ませてよー」とばかりに。

 

 いくら相手が生まれたばかりの子猫であろうと、こちらも生まれたばかりの子猫なのだ。乗られてしまえば勿論重い。私はモフモフに向けて、仰向きになりながらも「重いよーどいてってばー」と気持ちを込めた猫パンチを繰り出す。生まれたばかりで力が入らないのパンチというより撫でたに近いかもしれない。しかし目が見えずとも、それがじゃれ合いの合図となったかのように私の周りのモフモフ達は一斉に群がってくる。「ボク達もまぜてよー」といったようにミーミーニャーニャー鳴きながら。

 

 誰かが私の顔を舐めてくる。お返しとばかりに私も必死に舐め返す。正直いって本能に押されっぱなしのようだ。私の上に乗って母乳を飲んでいた子猫もそのじゃれ合いが楽しそうだと本能で理解したのか参加してくる。

 

 小さいモフモフがじゃれ合ってる姿を前世の私が見たら、きっと口元を綻ばしてほんわかした気持ちになったに違いない。ただ、現実の私は必至であった。「えい! えい! ボクが上に行くのー」「上はボクのー」とばかりに非常に殺伐とした展開が繰り広げられていたのだ。

 悲しい事に人間の理性を持つ私も勿論それに参加している。参加を拒否すれば一番下になって押し潰されてしまうのだ。「負けないよー、とりゃー」とばかりに私は上を目指す。そうして白黒灰色の毛玉たちがじゃれ合っていると母親猫が「こらこら、喧嘩しないの」とばかりに私たちを一匹ずつ丁寧に舐めてくる。そして、じゃれ合いに疲れた私たちモフモフ軍団は気づいたら寄り添いながら眠りについていた。

 それから、毎日母乳を飲むときだけは殺伐とした戦争が起きるのだ。

 

 二週間程たった。気づいたら私は目が見えるようになっていた。どうやら今までの出来事は夢ではないようだ。私は畜生道に落ちてしまったのだろうか……。不幸である。

 

 目が開いてから母親を見ると、ターキッシュアンゴラっぽい猫のようだ。私は猫に余り詳しくないが、友達の家で自慢された猫と似通っている為、そのように見当づけた。母親はかなりの美猫である。つまり私もこのまま育てば美猫になる将来は約束されているのではなかろうか。もはや、人間に戻る事は半分以上諦めた私がそこにいた。

 

 それから一ヶ月程経ち、私は毎日元気に兄弟のモフモフ達とじゃれ合っている。「今日は負けないよー」「たまには上に行かせてよー」「だーめ」といったように。人間の思考をもつ私でも本能に逆らうのは非常に難しいようだ。また、私たちはとうとう乳離れの時期になった。「もうケンカはやめようねー」「そうだねー」「戦いは悲しみしか生まないよねー」その日、モフモフ同士の悲惨な戦争は終了し、モフモフ停戦条約を結ぶことになった。これは、外から見ればただの乳離れをしたということだが、私たちモフモフにとっては大きな一歩となるだろう。

 そこに母親猫が餌を持ってきた「よこせーよこせー!」「もらったー!」「ボクのエモノ―!」停戦条約は一日も経たずに解除され、再び戦争が始まった。悲劇は繰り返されるものなのだ。歴史が証明しているように。

 

 

 二ヶ月経った。私たちが暮らしているのはイタリアのベネチアのような港町だった。路地裏や桟橋などを母親に連れられて散歩する。すると、母親はこの港町でも人気の美猫だったようで町民や漁師の方にすごい気に居られていた。おかげで母親は常に餌に困らず、母乳もいっぱい出ていたし、私たちも餌に困ることが無かった。おかげで私たち子猫はすくすくと育っていった。

 

 そして、人間の理性を持つ私であったが、街の人達の様子を観察することで、ある事に気づいた。なんと、人間の言葉がわかるのだ。これは非常に大きい発見であった。前世は日本人であったのに、イタリアのような場所で外国人の様な姿の人達の会話が聞こえるという摩訶不思議な現象であったが……。さりとて、私にとって不利なことがあるわけでもなかったので深くまでは考えていなかった。せいぜい会話を聞くたびに「不思議だなー」と首を傾げて耳をピコピコと動かすだけだ。

 

 そんな大発見からちょっとして、さらに驚くべき発見があった。それは母親猫に連れられて、初めて港近くをお散歩している時だった。

 

 ある若者が船に乗り、この港から旅立ちかけている所だった。何人もの人が若者に別れの挨拶をしている。頑張れとかの激励も聞こえてくる。

 

「絶対に、無事に帰ってくるんだよー!」

 

 若者の母親らしき人物が手を振りながら、若者に声をかけている。若者もその言葉に笑顔で手を振りながら答える。

 

「ああ! 絶対にハンター試験に合格して、プロハンターになって帰ってくるよ!」

 

 この言葉に私は尻尾をビーンと立たせて「今、なんて言ったの!?」と耳を曲げながら顔を傾けた。そんな私の挙動不審な姿を見かねたのか母親猫が「うぅん? どうしたのぉん?」と妖艶に私を見つめてくる。兄弟たちも「なんか面白いの見つけたの?」「なになに!? なんかあったの!?」とじゃれあってきた。そんなじゃれあっている間に船は出向して港から去って行ってしまった。先ほどの会話は聞き間違いだったのだろうか。私はじゃれあいながらも首を傾げていた。

 

「アイツなら大丈夫さ! きっとハンター試験に合格して無事に帰ってきますよ!」

 

 先ほど出港した船を見送りに来ていた人達の会話が聞こえてきた。どうやら聞き間違いではなかったみたいだ。私が今生きている世界は HUNTER×HUNTERの世界なようだ。つまり異世界である。私は思わず「しかもHUNTER×HUNTERとか……漫画の世界かよ!?」と裏猫パンチを誰とでもないエアな空気にツッコミを入れる。

 そんな大発見の後、溜息をつきつつ、猫耳をぺたーんとしおらせていると、私が落ち込んでいると思ったのかモフモフ軍団が突撃してくる。「どうした? どうした?」「落ち込んでるの? 慰めてあげるよ!」「遊ぼー遊ぼー!」道行く人などお構いなしに、じゃれあい遊び始める私たち。

 

 

 黒と灰色の毛玉達が白の毛玉である私とじゃれあっている姿は、見た町の人達を思わずほんわかさせる程の威力である。母親猫はそんな風にじゃれあっている私たちを横目に、集まる見物客に対して接客を開始して餌をねだり始める。

 

 この港町で母親猫はアイドル的存在なようだ。近寄ってきた人達に撫でられ、母親猫も愛想よくサービスをする。伸ばしてきた指を舐め、気持ちよさそうに目を細めて足にすり寄っていく母親猫のテクニックに人々は次々にノックダウンされていき、魚や鳥肉など豪華な貢物を渡していく。次々と道行く人達にすり寄り、体を触らせ、愛想を振りまいていく母親猫……、なんという悪女(猫?)なのだろうか。

 

 そんな母親猫の仕事ぶりに感化されたのか、横でじゃれあっていた私を除くモフモフたちも母親猫の真似をしていく。それは母親猫のプロフェッショナルな姿と比べて、なんともつたない愛想の振り方だろうか。しかし、将来十二分に美猫への成長を期待出来る子猫たちの可愛らしい姿に人々は次々に魅了されていく。

 

 考えてみて欲しい。

 

 可愛らしい子猫が足にすり寄り、上を向きながら首を傾げ、手を伸ばせば精一杯舐めてくる姿を。撫でられれば、気持ちよさそうにミーミーと鳴き、目を細め、首を押し付けてくるその姿を。

 

 そんな母親猫と子猫たちが営業魂を見せる傍らで、私はその輪には入れずに居た。その接客姿を見つつ、私は素晴らしき人間だった頃の理性を働かせる。

 

 この魅了セールスは一見上手くいっている。しかし、この港町の縄張りは本来は母親猫の物なのだ。この母親猫が開拓した、この港街の人達は私たちに餌をあげる習慣が母親猫のおかげでついている。しかし、私たちが成長したら、勿論独り立ちせねばならない。その時は今居る私たち兄弟は全てライバルになるのだ。無論、それだけではない。この港町に女王として君臨する母親猫でさえ、ライバルとなるのだ。状況如何によってはこの縄張りから出て行かねばならない。新たな場所で新規の顧客を手に入れる事は非常に大変に違いない。

 

 

 なにより、私たち子猫は母親猫から狩猟の仕方等を一切習っていないのだ。

 

 

 いや、むしろこの接客業が母親猫にとって狩りなのかもしれない。正直言って野良猫のくせにセレブな猫たちなのだ。かくいう私も餌で今まで困った事が無いところを見ると、他の地域でハングリー精神旺盛に生きる猫たちと比べてサバイバル能力なんて皆無に違いない。

 

 私はその場に座り込み「もう、どうすればいいのさー」と尻尾をビタンビタンと左右に振り、耳をピコピコ動かせながら頭を抱える。

 苦悩する私に母親猫は「もう、今日はどうしたのかしらぁん?」と私の顔を愛情たっぷりに舐めてくれる。その素晴らしき親子愛に魅了されたのか、町の人達はお賽銭のごとく、餌を置いていく。どうやら母親猫のパフォーマンスに私は巻き込まれたようだ。

 

 

 そんな苦悩する私に突如天啓が下りる。

 

 

 私は突如として上を向き、耳をピンと立てて、キリッとした表情で決意する。

 

「家猫になろう!」と。

 

 家猫、それは不特定多数にちやほやされない代わりに、安定した餌と老後まで安心設計を備えた、猫界の公務員。いや、住む家によっては真のセレブな猫になることだろう。

 

 決意を固め、吹っ切れた様子の私に「もう大丈夫そうねぇん」と最後に一舐めして、接客に戻る。私は周りに置かれた餌をモシャモシャと食べながら尻尾をゆっくり振り、これからの事について考える。その置かれた餌の美味しさに思わず人間としての理性が吹き飛びそうになりながら、一生懸命今後の事について考える。題目は「いかに家猫になり、セレブ猫になるか」である。

 

 母親猫のあまりにもすごい営業テクニックに今日の大発見を忘れかけていたが、町の人の会話で今日この世界がHUNTER×HUNTERの世界ということが分かった。HUNTER×HUNTERは連載と休載の狭間をゆらゆらとしながらも掲載を続ける、ある意味伝説的な漫画だ。連載と休載を繰り返している為、連載期間は巻数と比べ物にならない程長い。私も前世の子供の時はよく読んでいた。

 せっかくのHUNTER×HUNTERの世界なわけだし、まずは念を習得するべきだろうか。正直、念を習得するまでに老成しそうではある。しかし、当てはある。実を言うと、生き物から立ち昇る靄っぽいものは前々から見えていたのだ。前世で猫は霊感があるとか言われてたなとか考えていたので、今まではてっきりそれの類かと思っていた。まさか、だだ漏れのオーラだとは考えつかなかった。

 

 流石に無理やり精孔を開けるのは無理だろう。実は母親猫は操作系念能力猫かと少しばかり期待してしまったが、オーラはだだ漏れであったことを思い出す。あのテクニックぶり、愛されぶりは素であるようだ。まったくもって恐ろしい。

 

 ならば、瞑想をして自然に精孔を開けるしかない。この修行はせいぜい母親猫の庇護にある間だけになる、タイムリミットは独り立ちまでの期間だろう。あと半年程だろうか、精孔を開ける期間としてはかなり短いのかもしれない。しかし、だからといって諦めるわけにはいかない。私の目標はセレブ猫なのだ。ちなみに狙っているのは操作系念能力猫だ。愛くるしい瞳で飼い主をメロメロにするのだ。そういえば、私の性格は理屈屋でマイペースであった、そんな気がしてきた。これは勝てる!!

 

 私がそんな考え事から意識を戻すと、私の体は宙に浮きプランプランと揺れていた。どうやら考え込んでいる間に、母親猫と子猫たちのサービスタイムは終了していたようだ。私は首根っこを母親猫に咥えられて、持ち運ばれている。

 

 その咥えられている状態が面白いのか、子猫たちが「えいえい!」「揺れてる揺れてるー」「面白いねー」とばかりに次々と猫パンチ(小)を加えていく。揺れている原因はこれのせいであった。私は「もう、やめてよー」と尻尾をフリフリと必死の抵抗をするも、兄弟たちは「尻尾も揺れてるー」「揺れてるねー」と尻尾にまで猫パンチ(小)を加える始末だ。このお遊びは巣に戻るまで続き、私は心を折らずに必死に尻尾で抵抗し続けた。おかげで帰る頃にはぐったりと心身ともに疲れてしまった。

 疲れたからといって、すぐに寝るわけにはいかない。時間は有限なのだ。思い立ったが吉日とばかりに瞑想を開始するが、疲れていた為かすぐに寝落ちするはめになった。

 

 念とは、生物の肉体の精孔という部分からあふれ出ている、オーラとよばれる生命エネルギーを、自在に操る能力のことであり、技術である。オーラ自体はどんな生物でも生きているならば持っている。

 念を習得する為には、まず普通に生きている時には閉じているはずの精孔を開けることから始まる。精孔を開けると、普段は少量漏れているだけのオーラが噴き出す。これは蛇口からチョロチョロ漏れている水が、栓を開けることで大量に出てくるのを想像すればわかりやすい。

 次にあふれたオーラは生命エネルギーであるため、そのまま放置してしまうと衰弱死するはめになる。そこで、オーラを体の周りに留める纏という技術を使う必要がある。ここからが念であり、念能力者と呼ばれる部類に入る。

 つまり、念を習得しようとするには、まずは精孔を開けなければいけない。開け方は二つある。他者がオーラを刺激させ、無理やりこじ開けるか。オーラの存在を感じてゆっくり開けるか。

 

 いくら人間としての理性と知性溢れる私であっても、見た目は猫である。他者がわざわざ精孔を開けてくれることは、まず無いだろう。ならば自力で開けるしか道はない。幸い猫としての特性かオーラ自体は見えているのだ。

 次々に進化していくとはいえ昆虫にさえ、たかが知性を持った蟻ごときに念は習得できたのだ。知性を持った、しかも哺乳類である私に念の習得が出来ない筈がない。そんな気持ちを持って瞑想に励む。

 知識があるからといって、簡単に開くものではない。期間は独り立ちするまで、それまでに出来なかったら諦めよう。そう決意して瞑想に取り組む。

 

 

 そんな事を考えていた時期が私にもありました。

 

 何ということだろうか、三日目で精孔が開き、そのまま纏が出来てしまった。

 

 猫だからだろうか。人より野生に近いからすぐに開いたのだろうか。疑問は尽きない。まさか、人以外の生物は簡単に精孔を開けることが出来るのではないだろうか。しかし、不思議では無いのかもしれない。文明的にも、単純な人間の能力的にも、この世界は前世の世界より優れている。なのに、未だに未開の地がたくさんあるのだ。前人未到の地には念を習得した野生の生き物がうじゃうじゃしているのかもしれない。

 

 恐ろしいことである。私はそんな所に絶対に行かないと誓おう。

 

 纏を習得したなら、次は絶という技術である。実を言うと絶に関しては、私は最初から出来た。生まれつき出来た。これは、猫という生きるために狩猟を本質とする動物だからだろう。私だけでなく、私の兄弟たちも出来るのだから間違いないだろう。絶を使ってかくれんぼするのだ。作中でも獣が獲物を捕まえる為に自然と覚えるという記述があった。

 

 ただ、今までより少しだけ集中が必要になった。きっと、今までは精孔から漏れてる分だけ閉じれば良かったのだが、全開の状態から閉じる必要になったということだろう。出来る事には違いないのだが。

 

 纏、絶と次々にマスターしてしまった。ズシに謝りたくなってくるものである。もしかしたら私は1000万匹に一匹の才能を持った猫なのかもしれない。もしくは寿命の違いというものもあるかもしれない。人の寿命は80歳ぐらいまでだが、猫は普通15歳程度だ。6倍近く差があるのだ。6倍速く習得してもおかしくは無いだろう。

 

 このように、私は大いなる人間たる知性を持って念の修行の為にじっとたたずんでいた。そんな私を母親猫が「この子はこの頃どうしたのかしらぁん。今日の狩り(営業)に出かけるわよぉ」とばかりに、私の首根っこを咥えて巣から連れ出していく。

 

 これではまるで引きこもりな私を母親猫が外に連れ出しているようではないか。なんだろうか、セレブ猫になる前に引きこもりなニート猫になる手前の状態なのだろうか。このままではいけないと思った私は「もう、一人で歩けるよー。だから離してー」と体をクネクネ、尻尾をフリフリ、猛アピールをかけていく。まさに前世であった時の母国の秘奥、遺憾の意を表明するが如くだ。

 

 このように日本国の最終兵器まで出した私のアピールはさぞ効いたことだろうと、咥えられながらも鳴き声をミーミーと母親猫の方に向けて「どう!? 離してくれるよね?」と鳴く、さらには見れないだろうが目も潤ませる。

 母親猫はそんな私の猛アピールに「そんなこと言ってぇ、またボーっとしちゃうでしょぉ?」と私の体をシェイクする。「わわわ!? やめてやめて! 大人しくするからー!」残念なことに、母親猫にどうやら通じないようだ。

 

 無念。

 

 私はその後静かにし、咥えられるままにプランプランといつもの営業を行っている場所まで連行されるのであった。

 

 最近の私はこういう扱いが多く、我らがモフモフ軍団も見慣れて来たのか「あ、まただー」「またプランプランしてるね」「今度はボクもー」といったように母親猫の後を大人しく歩いている。初日のような過激なスキンシップはもうこりごりなので、素直にありがたいと思う事にする。

 

 いつもの営業の場所まで着くと、猫たちは思い思いにサービスを開始する。私も念の修行を開始することにする。そんな孤高な私にも町の人たちは優しく、エサを置いていってくれる。その時は、感謝の意を込めてニャーと一声鳴くようにしている。むしろ、簡単にはなびかない私をどうにかこうにかしようとする変わり者も多い。

 

「くっ、今日も鉄壁は崩せないか!」

 

「俺の持ってきたのは市販の中でも美味しいと言われるキャットフードだ! この勝負もらったな!」

 

「甘いわね! 私なんて、今日獲れたばかりの新鮮な魚だよ。この子がこの魚が大好きなのは調査済みよ!」

 

 残念ながら、人間の会話を聞き取ることが出来る私に隙は無かった。そんな下心丸出しの餌にそう簡単に引っ掛かりはしないのだ。だが、相変わらずこの魚は赤身と脂肪のバランスが良くて美味い。感謝の意にもう一声だけ鳴いておくことにする。ニャー。

 

「これでも、ダメなんて……。これはもう、長期戦を覚悟するしかないわね」

 

「そうだな。だが負けない!」

 

「次こそ、俺は……俺たちはあの子の白くてふっさふさな毛を撫でてみせる!」

 

 まるで、漫画やアニメなら集中線をもって表現されるかのように決意をする変わり者たち。私はそんな変わり者たちを横目に念の修行を開始するのであった。

 

 纏、絶と次々と習得した私の次なる目標は練と呼ばれる技術だ。これは、体内でオーラを練りこんで、精孔から通常時の纏より力強いオーラを生み出す技術なのだ。

 私は目を閉じ、体の中に渦巻くようにオーラを練り込みため込む。そこからカッと目を開き、耳と尻尾をピンと立たせ「いっくよー」とばかりにミィーと雄々しく勇ましく、そして力強く鳴いた。その瞬間、体内に溜め込んだオーラを一気に放出する。

 

 私は少しばかり急ぎ過ぎたのかもしれない。

 

 纏を習得してからまだ日が浅い私に、強く練られたオーラをタイミング良く纏で留めることなど出来はしなかったのだ。力強く練り込んだオーラは一瞬で拡散し、残った私はそこで息も絶え絶えの状態でミウゥと、か細い声で鳴きながら突っ伏してしまう。

 今日は絶を使いつつ大人しく寝るとする。これは不貞寝では決してない。絶を使った体力回復であり、絶の修行なのだ。

 

 

 それから数日、やっとの思いで私は練られたオーラをタイミング良く纏で留めることに成功した。失敗してしまうと、その日一日は絶の修行になることが辛かった。練に成功した時、私は毛を逆立て、尻尾ピーンと立ててニャァアアアと叫び鳴き。心の中でこう念じていた「クリリンのことかぁ!!」と。私は前世であった時から常々思っていたのだ。「練をしている時とスーパーサイヤ人って似てるよねっ!」

 

 その日から纏と練の修練の日々が始まった。

 

 纏と練が揺らぎなく出来るようになり、私は最終ステップに入る事にした。つまり、発である。私は母親や兄弟たちが営業という名の狩りを行っている最中に打ち捨てられた瓶を発見する。中には雨の影響か既に水が溜まっており、そっと口で葉を乗せると事に成功する。後は練を行えばいいだけなのだが……。どんな現象が起きるかわからない。それを見られてはいけないだろう。私は変わり者たちがチラチラと覗いているのに気が付いていた。仕方がないので、ニャーと鳴きつつ変わり者たちの方へ向かう。

 

 近づきニャーと一声鳴いて、餌をねだる。今までこんなことをしなかった為、変わり者たちの目は驚きに満ちている。私から近づいてきたことに感激したのか、変わり者たちは次々に餌を置いていく。

 

 私は餌を食べる。そろっと手が近づいてくる。サッと避ける。餌を食べる。手が近づいてくる。サッと避ける。二、三度これを繰り返した。周りから流石鉄壁という声が聞こえてくる。気にせず餌を食べる。そこまで触りたいのだろうか。しかし、考えてみればわからないでもない。私の毛は念の影響だろうか、兄弟や母親猫と比べてもフッワフワなのである。「こんな良い毛なら周りの人間たちも放っておかないわよぉ。勿体ないわぁ」と、この毛は兄弟や母親猫にも大人気で、羨ましがられている。寝る時は私の周りで兄弟たちが集まってくるのには最早慣れた程だ。

 

 発もある事だ。仕方ないので少しだけ触らせる事にした。「べ、別に餌に釣られたわけじゃないんだからねっ!」と少しだけだ。

 

「とうとう……この日が来た!」

 

「耐えがたきに耐えた日々も終わるのね!!」

 

「ふっわふわだよ……。何て素晴らしい手触りなんだ……」

 

 泣くほどのものなのだろうか。しかし、撫でられるのも存外と気持ち良いものがある。それでも私は意思の力で「も、もう終わりー!」と終了させる。

 

 変わり者たちの魔の手から逃げ延びた私は念のために絶を行い、水が溜まっている瓶に再び足を向ける。瓶は何事も無かったようで、後は練をすればいいだけである。念の為にもう一度だけ周りを注意して誰も見ていないことを確認する。

 

 誰もいなかったので、発を行う。ついに私の系統がわかるのだ。系統によっては私のセレブ猫計画に大きな一手となる。操作系よ来いと念じながら練を行う。

 

 そして、瓶が消えた。

 

 そこには一匹寂しく練をしている猫が居た。

 

 あ、ありのまま今起こった事を話そう。

 私は自分の系統を知る為に、水見式を行っていたと思ったら、気づいたら瓶が消えていた。

 な、何を言っているのか解らないと思うが。私にも何が起きたのか、解らなかった。

 頭が如何にかなりそうだ。

 催眠術だとか、超スピードだとかそんなチャチなものでは断じてない。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったようだ。

 

 これは……、葉っぱが動いて消えたと考えるわけにはいかないだろうか……。そうか、ダメか。

 

 私は特質系のようである。原作の猫っぽいキメラアントも特質系だった。そうか、猫は特質系なのか。

 

 特質系はどんな念にすればいいのか、正直考えるのが困る。他の系統はある程度わかりやすいのだが。よく解らないので、私は思うままに念を作る事に決めた。

 

 まず、私はセレブ猫になりたい。これは私がお金を持ってても余り意味がない。私を養ってくれる飼い主様がお金持ちでないといけないのだ。第一候補だった、元々お金を持っている人を操作して飼い猫になるのは難しいかもしれない。いや、隣り合った系統であるので出来るかもしれないが、効果は薄くなるだろう。もし、途中で捨てられてしまったら目も当てられない。猫と言えば青い未来の猫型ロボットも連想したが、如何せんあれは具現化だろう。これも難しいと言える。

 

 そこで、私にぴきーんとニュータイプのような感覚が走る。お金、猫。私は前世の宝くじ売り場を思い出す。そう、招き猫のチャンスセンター。つまり、招き猫。福猫。

 

 私にぴったりでないか。幸運や金運を飼い主に呼び寄せたりする能力。確か右手を上げて招けば金運が上がって、左手を上げれば人を招くのだ。他にも猫の色で色々効果が違ったが今は置いていて良いだろう。思い立ったが吉日。私は発を作りにかかる。

 

 

【幸運招く白猫(スーパーラッキーキャット)】

 

 右手にオーラを込めて招いた場合。お金や物品等、目に見える形での幸運を招き寄せる。

 左手にオーラを込めて招いた場合。人の縁や努力が実る等、目に見えない形での幸運を招き寄せる。

 

 招きよせる幸運は込めたオーラに比例し、能力を使った時点で込めたオーラは消費する。

 飼い主が近く(半径5m)に居れば、幸運は飼い主に。居なければ幸運は自分自身へと招く。

 

 制約

 ・発動する前に招き猫のポーズを取って、3回手で招いた後で一鳴きしなければいけない。

 ・能力を使ってから一時間以内に、再度能力を使ってはならない。

 ・一日に五回以上使ってはならない。

 ・一日に使えば使うほどオーラの燃費が悪くなっていく。(比例の直線の傾きが下がっていくイメージ)

 

 誓約

 ・招き猫のポーズを取らずに能力を発動すると、能力は発動せずにその日は一日中絶の状態となる。

 ・一時間以内に連続で能力を使用した場合、込めたオーラに比例する不幸を招く。

 ・一日に五回以上使ってしまえば、その日に消費した全てのオーラに比例する不幸を招く。これは一日に消費したオーラであり、能力以外で消費したオーラも含める。

 

 これぐらいで良いだろうか。そこまで、厳しい制約ではないが、誓約の方は少し重めにすることで調整をしてみたのだ。

 

 私は作った能力を皆の営業の時間に合わせて使ってみる。今回は右手を使う。クイクイクイッ、ニャー。

 

 その日はいつもの変わり者たちだけでなく、まさに大漁と言っていい程の餌が私の目の前に積まれることとなった。目の前の貢物を見て私はこの能力が成功したことを確信する。兄弟たちに対して無駄に勝ち誇ってしまった。ニヤリとな。

 

 それから毎日、能力を上手く使いこなす為に修行を繰り返した。修行と言っても周りから見れば「最近、ボーっとしすぎー?」「遊ばないのー?」「一足先に大人になちゃったー?」といったように呆けているように見えるのだが。

 

 

 徐々にだが、親無ばれの時期が近付いている。かすかに残る猫の本能がそう囁いている。たまに兄弟は一匹ずつ営業をしに行くほどだ。私もそろそろ飼い主様を探さなければいけない時期なのかもしれない。

 

 

 私は先に一匹巣立ちととして旅立とうと決心する。私が率先して巣立ちしないと、他の兄弟も中々巣立ちしない可能性がある。これは兄弟たちの中で一番大人と思われている私の義務なのだ。

 

 

 今から行う事で私の今後を左右することになるだろう。普段は右手を使って能力を扱うが今日は違う。左手を使い、私にとって見えない幸運、縁や絆という類の物を呼び寄せる。

 

 

 港町の人通りが多い所で私は【幸運招く白猫・左手Ver】を使う。

 

 オーラは今の段階で込めれるだけ込めた。正直に言えば込めすぎた感もある。多少なりとも疲労が私を襲うがそんな事でダウンするわけにはいかない。今は時間を割けていられないのだ。

 

 私は人通りをずっと見つめている。私をセレブ猫にしてくれる未来の飼い主様を見つける為に。

 

 

 私が【幸運招く白猫・左手Ver】を使ってから30分程経った頃だろう。港町に似つかわしくない服装の人物が現れる。

 

 周りとは確実に雰囲気が違うのがわかる。

 

 そして、まだ距離があるのに関わらず私と眼が合い、見つめ合う。そのまま、その人物は此方へ一直線に歩いてくる。見た目は十五歳ぐらいだろうか。ついに、私の手前まで来た。

 

「……一緒に、来ますか?」

 

 そう私に語りかけた。

 

 今、周りからの視線が私とこの人物に集中している。この港町では猫に話しかけることは珍しくない。では何故ここまで視線を浴びているか。それはこの人物、いや彼女の格好が完全にまで『メイド服』だったからだ。

 

 私には一目で人間性を見抜ける力は無い。しかし、私は私の能力を信じる。このメイド服の彼女が飼い主になる事は私にとって幸運なことなのだ。

 

 私はニャーと一声鳴いて、彼女へ飛びつく。飛んできた私を彼女は危なげなく抱きとめる。

 

「あら、思ったより人懐っこいのかしら? ああ、でもこの子の毛、ふわふわで気持ちいい」

 

 どうやら、互いに了承を得たようだ。笑顔で私の喉をウリウリと撫でてくる。私は改めてこれから宜しくとばかりに目を細めてゴロゴロと喉を鳴らす。

 

 私の能力は成功したようだ。彼女は十分に美少女と呼べる程の容姿を誇っている。そして、何より念能力者だ。このHUNTER×HUNTERの世界で裏社会の深みに嵌らなければ、基本的に念能力者は強者として部類される。そして何より金持ちに違いない、そう信じている。メイド服なのかは気にしない。

 

 すると、彼女の周りには今まで私の家族として過ごしてきた猫たちが居た。「ついに、行くのかしらぁん? 頑張るのよぉ」とばかりに妖艶に鳴く母親猫。「行っちゃうのー?」「またねー!」「いいなー、がんばれよー」と別れの挨拶をする兄弟たち。

 

 私も「みんなー、行ってくるよー」と尻尾をフリフリしながらニャーと鳴く。私は先に巣立ちするという決意を兄弟たちに、今まで育ててくれた感謝を母親猫に込めて。

 

「ん? もしかして母親と兄弟なのかな? この子、貰って行っても良いですか?」

 

 メイドの尋ねに、母親猫は了承とばかりにニャーと一声鳴く。そして兄弟たちを引き連れ家へ戻る。兄弟たちはチラチラ私を見ているが、角を曲がった為に見えなくなった。

 

 これで、本当にサヨナラだ。今までの色々な感情を込めて、鳴く。

 すると、姿は見えないが私の鳴き声に返事をするように遠くから鳴き声が聞こえてきた。

 

 それが聞こえた私は改めて新しき飼い主様の方へ「もういいよー」と向いて鳴く。

 

「別れは済んだ?」

 

 やはり、わざわざ待っていてくれたようだ。良い飼い主様(メイド)に拾われたものだ。私は飼い主様に感謝を込めて、顔をスリスリとくっつける。

 

「そう、良い家族みたいね。じゃあ行きましょうか」

 

 やはり、飼い主様はこの港町の住人ではないようだ。ここから、きっと私は外の世界を見るのだろう。そう感慨深く感じ入っていた。

 

「でも、流石は私ね。念を覚えている子猫と会えるなんて。やっぱりオリ主だからかしら?」

 

 

 ……ナニをイッテイルのだ? このメイドは。

 

◆ プロローグ猫 終 ◆




長くなってしまった結果、二話に切りました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。