ラブライブ! その旋律は誰がために   作:米津

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#07 海色少女の思い出 その二

 

 

「その…………明日、うちに来ませんか?」

 

 

どういうことなんだ。夢だと思いたいけど現実のようだ。

 

落ち着け悠人。まず状況を整理しよう。

 

 

 

①園田さんの家に誘われる

②以上。

 

 

 

なるほど、わからない。園田さんはおずおずとこちらの様子を窺っている。

とりあえず何か返さなくては。

 

 

「えっと、俺が、園田さんの家に?」

 

「はい。実は明日、両親が日舞の公演で関西の方に行ってしまって……

 なので、もしよければうちで勉強を教えてくれないでしょうか」

 

 

ん?ご両親が関西……で、園田さんの家にってことは……二人きり?

 

あぁ、なるほど。二人きりね、二人きり。

 

 

 

ええええええええええええええ!

 

 

 

状況がわかったことで余計に何が何やら分からなくなってしまう。

 

ただひとつ分かるのは、これが現実であること。

そうだ、こうしている今も園田さんは俺の反応を待っているのだ。

 

 

 

……何1人で変な方向に考えを膨らませてるんだ。

 

園田さんは、ただ純粋に集中できる環境で勉強を教えてもらいたがっているだけなのに。

だったら、その思いを無碍にしないのが、俺の役目じゃないか。

 

 

「……やっぱり何でもないです!ごめんなさい、忘れてくださ――」

「いいよ、勉強しよう!」

 

 

「でも……茅野くん、困った顔をしていました」

「いや、ちょっといきなりでビックリしただけだよ、大丈夫」

 

 

 

こうして、二人っきりの勉強会の開催が決定した。

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

翌日

 

待ち合わせ時間の30分前、早くも(くだん)の交差点に着いてしまった。

昨日はつい、何ともないという風に約束をしてしまったものの……

 

 

「やっぱり緊張するよなぁ」

 

 

やはり、思春期の男女が家で二人きりというシチュエーションは、色々と心臓に悪い。

もちろん、園田さんの気持ちや信頼を裏切るようなことはだめだし、するつもりもないが。

 

 

さて、待ち合わせ時間までどうやって時間を潰そう――

 

 

「茅野くん」

 

 

その必要はなかったみたい。

 

 

「まだ30分前なのに、早いのですね」

「なんか、家を出る時間間違えちゃったみたいで……はは」

 

 

そわそわしちゃって無駄に早く家を出てしまったなんて言えない。

 

 

でも園田さんだって早いじゃないか、そう言おうと思ったところで、気付いてしまった。

 

 

私服――土曜日だから、当たり前なんだけど。

 

 

今まで塾で会ってたときは、園田さんはいつも制服を着ていた。

だから、私服姿を見るのは初めて。

 

何というか、園田さんらしい落ち着いた、品の良い服装だ。

 

 

「どうしたのですか」

「いや、私服なの初めて見るなぁと」

 

「そういえば、私服で会うのは初めてですね」

「うん、似合ってると思うよ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

自然と漏れてしまった感想に、園田さんは顔を真っ赤にしてしまう。

不覚にも、可愛いと思ってしまった。いや、整った顔立ちなのは元から知っているけど。

 

 

いかんいかん、今日は煩悩とはおさらばしなければならないのに。

 

少しぎこちなさを残したまま、園田さんの家へと向かった。

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「どうぞ」

「お邪魔します……」

 

驚いた。

実家が日舞の家元というのは聞いていたが、立派な日本家屋に圧倒されてしまう。

 

中に入ると、これまた内装も立派で、木材の香りが鼻孔をくすぐる。

しばらく廊下を歩くと、園田さんの部屋へとたどり着いたようだ。

 

 

「では、お茶をお持ちしますね」

「ごめんね、お構いなくー」

 

 

案内されたのは、6畳ほどの和室。

想像していた通り、かなり綺麗に整理整頓が行き届いている。

 

勉強用と思われる机や、よく整理された本棚。ふすまの向こうは押し入れだろうか。

 

部屋の中央には、ちゃぶ台のような低い机と座布団2枚が敷かれている。

今日のために用意してくれたのかもしれない。

 

 

座布団に座ると、申し訳ないと思いつつも、部屋の中をいろいろと見てしまう。

 

 

意外だったのは、可愛らしいぬいぐるみがいくつか置いてあることだ。

しっかり者の園田さんにも女の子らしいところがあるのかもしれないと思うと、微笑ましい。

 

 

 

「お待たせしました」

 

 

しばらくすると、園田さんがご丁寧にお茶とお茶菓子を持ってきてくれた。

お礼を告げると、園田さんも向かい側に座る。

 

 

「落ち着いた部屋だね」

「あんまり、ジロジロ見ないでくださいね?」

 

 

ごめんなさい。さっきまで見てました!

 

 

「うん。でも、園田さんもぬいぐるみとか好きなんだね」

「あ、あれは、幼なじみの趣味なんです」

 

 

すかさず訂正する園田さん。でも、それをきちんと飾るあたり律儀だよなぁ。

俺も何かプレゼントしたら喜んでくれるかな?

 

 

 

「それでは、はじめましょうか」

 

 

鞄から勉強用具を取り出すと、いつも通りお互いの勉強を開始した。

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

静かな室内に、園田さんが走らせるシャープペンシルの音が響く。

 

カリカリ。

 

カリカリカリ。

 

 

 

 

 

 

……集中できない。

 

普段と環境が違うからか。

 

 

いや、どう考えてもこの二人きりの状態のせいだろう。

 

いつもと違って隣同士ではなく向かい合わせだし。

部屋全体から園田さんの品の良い和の香りがするし。

 

園田さんのものなのか、この家のものなのか、あるいは両方か。

 

 

 

これはよろしくない。気合いを入れねば。

 

 

バチン!と両手で頬を叩き、集中力を高める。

 

 

「……?! 大丈夫ですか?」

「ごめんね、集中したかったんだ」

 

 

色々と今日は試されている気がする。色々と。

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

「……だから、ここのx座標を適当に文字で置くと……」

「なるほど!求めたい長さが文字で表せました」

 

 

やはり園田さんは、他の教科に比べて数学に苦手意識を持っているようだった。

でも、基本はしっかり出来ている。だから、方法やコツさえ教えてあげると、理解がとても早いので教え甲斐がある。

教えることで自分の理解も深まるし、一石二鳥だ。

 

 

一方で、国語はさすがの出来栄え。むしろこちらが教わることもしばしば。

お互いに教えたり教わったり、とても実りのある勉強会だと思う。

 

 

「そろそろ、一旦休憩しましょうか」

「そうだね、ちょっと疲れた」

 

 

用意してくれたお茶菓子を口に運び、ゆっくりと味わう。

これまた上品な味わいで、口の中にこし餡の程よい甘さが広がる。

 

 

「そういえば園田さんは、志望校とか決めた?」

「私は、音ノ木坂学院を受けようと思います」

 

 

音ノ木坂学院――塾のある場所からも近い、歴史ある伝統校だ。

でも、園田さんだったらもっと上の高校にだって十分行けるはずだ。

 

 

「茅野くんが何を言いたいか、大体わかりました」

「えっ、口に出てた?」

 

「いや、そういうわけでは。……音ノ木坂は、母の出身校でもあるんです」

 

 

どうやら完全に考えを読まれていたらしい。

ちょっと失礼だったかな?

 

 

「それと、幼なじみ3人で一緒に、音ノ木坂に通うと決めてるんです」

「そっか、それなら納得」

 

 

今までも何回か話に聞いていた幼なじみ、相当仲が良いんだなぁ。

小学校の途中で東京に引っ越してきた自分としては、羨ましい限りだ。

 

 

「あとの2人も、ちゃんと入学できそう?」

「……それが問題なんですよね」

 

 

困った笑顔を浮かべる園田さん。幼なじみの子は少々マズイらしい。

 

 

「1人は多分大丈夫なんです。問題はもう1人……穂乃果という子なのですが、

 どうもやる気が出ないみたいで」

「なるほど、穂乃果ちゃんか」

 

「ちなみに、この和菓子のお店の子が、穂乃果なんですよ」

「そうなんだ!美味しかったとぜひお伝え下さい」

 

 

和菓子屋の娘、もしかしたら園田さんみたいに和、という感じの子かも。

案外それとは違う雰囲気かもしれないけど。

 

 

「だから、私がたくさん勉強して、穂乃果に教えないといけないんです」

「そっか、偉いね、園田さんは」

「ふふ、褒めても何も出ませんよ」

 

 

幼なじみの話をしている園田さんは、とても楽しそうで、普段より饒舌かもしれない。

きっと、深い絆で結ばれた、切っても切れない仲なんだろうなぁ。

 

 

 

~~~

 

 

 

結局あの後、勉強したり、おしゃべりしたりで気づけば日が沈みかけていた。

園田さんのご両親は夜には帰ってくるようなので、そろそろ帰ったほうが良さそうだ。

 

 

「今日はありがとう、勉強もできたし楽しかった」

「いえ、こちらこそ本当にありがとうございました」

 

 

広い玄関で靴を履きながら、お礼を告げる。

一時はどうなることかとも思ったけど、終わってみれば本当に楽しかった。

 

 

 

「それじゃあ、また今度ね、園田さ――」

 

 

 

 

「海未……です」

 

 

「えっ……?」

 

 

「海未、と呼んでください」

 

 

 

 

 

 

「……また今度ね、海未」

 

 

 

 

「はい、ゆ……悠人」

 

 

 

 

「照れるなら、やめればいいのに」

 

「照れてなんかないです!名前で呼ぶ方が、親しい感じがすると思っただけです!」

 

 

「それもそうだね、じゃあまた」

 

「はい、さようなら」

 

 

こっちまで照れくさくなって、園田さん……じゃなくて海未の家を出た。

薄暗かったけど、海未の顔が赤かったのは見間違いじゃないはず。

 

この日、2人の関係が、ほんの少し変わったと思う。

もちろん、良い方向へ。

 

 

 

今日はありがとう、海未。

 

 

 

 


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