ラブライブ! その旋律は誰がために   作:米津

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#30 呼び方とお土産と

 

 

 

 暗転していたステージの中央に、スポットライトが灯る。

 そこにいたのは、ウェディングドレスを模した純白の衣裳を纏った一人の女の子。

 明るい髪色でショートカットのその子は、少し照れたように笑顔を振りまいている。

 

 会場の彼方此方から飛び交うのは、彼女に対する黄色い歓声。それに応えるように、ひとつひとつ言葉が紡がれていく。

 

 そして、最後に言い放たれたメッセージ。

 それは少し慣れないような素振りで。だけど、何かが吹っ切れたようで。

 

 

 

 

「それでは、一番かわいい私たちを、見ていってください!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 都内某所で開催のファッションショー。

 音ノ木坂学院のスクールアイドル、μ'sがライブをするということで来てみたが、今までに見たことのないような会場の雰囲気だ。

 

 周囲は当然、女子、女子、女子。

 こんな機会でもなければ、ファッションショーの会場に足を踏み入れることもなかったに違いない。

 

 そして、初めて体感したμ'sの生ライブ。

 ファッションショーに合わせた形のパフォーマンスだからか、今までの楽曲・パフォーマンスと比べると大人しめのものではあった。とは言え、これまでは画面越しにしか見ることが叶わなかったものを、生で見ることが出来ただけで今は満足だ。

 

 それはそうと。

 

 

 ……

 

 

 …………

 

 

 

 

 分かってるんだ。

 この空間に男子高校生が一人、ぽつんと佇んでることの異様さは。

 

 こういう時ほど自意識過剰になるもので、俺の身体の至る箇所に視線の矢が突き刺さっているような気さえする。

 

 

 この状況、あの時に似ている。

 

 

 μ'sのことを知り、海未と再会するために音ノ木坂学院まで行ったあの日。下校する女子生徒で賑わう校門に突撃したあの時のことは思い出すだけで胃が痛い。

 あの時は自意識過剰でも何でもなく、たくさんの女子生徒たちの視線が俺に釘付けだったに違いない。

 

 ……物は言いようだ。

 

 そんなことを考えている場合ではない。この状況をやり過ごすことに尽力しなくては。

 とりあえず、スマートフォンをひたすらスワイプ。既に最新状態になっているSNSを無駄に更新しまくっている。当然、特に新しい投稿が読み込まれるでもないが、そこは問題ではない。

 どうする? どうするよ俺?!

 

 

「悠人……先輩?」

 

 

 ふと舞い込んできた、救いの手……じゃなくて声。

 もう何度も耳にしている、少し鼻にかかった声に安心感が募る。

 

 声のする方向へ振り向くと、そこには先程までステージに立っていた真姫、にこちゃん、希ちゃんの姿が。孤独の淵にいた俺はたった今救われたみたいだ……

 

 

「女神様だ……」

 

 

「えっ……?」

「わあ、女神様だなんて嬉しいにこ♪」

「ふふ、よくわからんけど歓迎されてるみたいやね」

 

 

 思わずねぎらいの言葉も忘れて変なことを口走ってしまった。真姫はひたすら困惑し、にこちゃんは今日はキャラ作りが保てている様子。希ちゃんは相変わらずの懐の深さ。

 

 

「……」

 

 

 真姫、悪いのは俺だけどその訝しげな顔はやめてくれ……

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「海未ちゃん!そろそろ飛行機の時間だよー?」

「わ、分かっています! ですが……」

 

 

 早いもので、予想外のハプニングで延長になった修学旅行も、もうすぐ終わり。そんなわけで、今は帰りの飛行機の時間までの自由時間♪ ことりは穂乃果ちゃんと海未ちゃんと一緒に空港のお土産売り場にきているのですが……

 

 

「むむむ……」

 

「ことりちゃんことりちゃん!このままじゃ穂乃果たち乗り遅れちゃうよ~!」

「さ、さすがにそれは大丈夫だと思うけど……」

 

 

 まだ時間はあるよと予定表を見せてあげると、ホッとした様子の穂乃果ちゃん。それにしても今の状況、まるで穂乃果ちゃんと海未ちゃんが入れ替わっちゃったみたいです。

 

 

「そんなにお土産で迷うなんて、海未ちゃんひょっとして……」

「……?!」

 

 

「食べたいお菓子が有りすぎて迷ってるんだね!」

「穂乃果と一緒にしないでください!」

「あはは……」

 

 

 穂乃果ちゃんは相変わらずみたい♪

 もしかしたら…… いや、もしかしなくても、今の海未ちゃんが迷ってるのって……

 

 

「穂乃果ちゃん、あっちに野生のちんすこうがいるみたいだよ♪」

「えっ?! どこどこ~?」

 

 

 ごめんね、穂乃果ちゃん。ちょっとだけ海未ちゃんをお借りします♪

 

 

「茅野くんのお土産は決まった……?」

「ひゃあ?! 急に耳元で話しかけないでください! それに誰も悠人のお土産だなんて!」

 

「違うの……?」

「それは……! 違わ……ない……ですけど」

 

 

 モジモジと顔を真っ赤にしながら、珍しくか細い声で打ち明けてくれる海未ちゃん。

 可愛いっ……♪

 

 

「でも、これは普段お世話になっているからで! ……ほら、μ'sのメンバーと同じです!」

「うふふ♪ そうだね~」

「むぅ、信じられてない気がします」

 

 

 何も聞いてないのに、必死で弁解してくる海未ちゃんはやっぱり可愛い♪

 ちょっぴり心が痛いけど、たまになら良いですよね……?

 

 

「それで海未ちゃん、どんなのをあげたいの?」

「……何か、形に残るものと言うんでしょうか。そういった物が良いのですが……」

 

 

 ポツリポツリと呟く海未ちゃんは、とっても真剣です。思わずことりも息を飲みます。

 

 

「形に残るもの……そしたら、ここにあるアクセサリーとか置物かな?」

「はい。私もそこまでは決めていたのですが、どうも絞れなくて」

 

「う~ん。……海未ちゃんは、そのお土産を茅野くんにどうして欲しい?」

「そうですね。……せっかくなので、ずっと持っていてほしいです」

 

「うんうん。じゃあ、身に着けてくれるのと部屋に置いてくれるの、だったら?」

「それは、身に着けてくれた方が…………あっ」

 

「ふふ、決まりだね♪」

 

 

 どうやらあげるものは大体決まったみたいです♪

 売り場ある色んなアクセサリーを眺める海未ちゃんは、何だか楽しそうです。

 

 それにしても、こんなに真剣に考えてくれるなんて、茅野くんは幸せ者だなぁ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「いいのか? 俺が入っちゃっても」

「別に、気にすることないわ。それに、悠人先輩はもう”関係者”、でしょ?」

「それはそう、なんだけどさ」

 

 

 3人の女神たちに救われた俺は、μ'sメンバーの楽屋へと招待されてしまった。真姫が言った通り、レコーディングを手伝ったから一応関係者ではあるんだけれども、俺なんかが行っていいのかと二の足を踏んでしまう。

 

 

「せやせや。それに着替えとかはもうみんな済んでるから、気にしなくてええんよ」

「良かった……これで社会的に死ぬことはなさそうですね」

 

 

 俺と真姫の前で先導してくれている希ちゃんが愛嬌たっぷりの声で補足してくれる。希ちゃんの隣のにこちゃんは「恥ずかしいにこ~」とか言ってるけど、彼女のキャラにもそろそろ慣れてきた。

 μ'sメンバーが一人の男子高校生を連れている図はよろしくないと思ったが、ファッションショーという場所柄、μ'sに明るい人は多くないようで助かっている。もしμ'sファンが大量にいたとしたら、抹殺されかねないからな。

 

 

「それで……どうだった? 生のμ'sは」

 

 

 隣の真姫が、恐る恐るといった様子で今日の感想を訊いてきたので、言葉を選びながら返す。

 

 

「今日のはライブというよりは、コンサートって感じだったね」

「まぁ、コンセプト的におとなしい感じにはなったかも」

 

 

 これまで動画で見てきたμ'sは、アップテンポの楽曲が多く、ダンスも動きが多かった。それと比べると、今回は楽曲もダンスも抑えめのパフォーマンスだったと言える。

 

 

「でも、アウェーの会場なのにみんな堂々とやってて良かったんじゃないかな」

「ありがと。……2年生が来れないってなった時はどうなることかと思ったけど」

 

「まさか、台風で帰ってこれなくなるなんてな」

「えぇ。……その様子だと、知ってた?」

「ん。風の噂でな」

 

 

 音ノ木坂の修学旅行中も海未とは時々連絡し合っていたので、聞いた時は驚いた。修学旅行が延長なんて部外者からすると羨ましいが、当事者は色々と大変だったに違いない。

 

 

「ふふ、随分と激しそうな風の噂やんなぁ」

「着いたにこ♪」

 

 

 気が付くと、ひと気があまりない場所にいた。どうやらμ'sの楽屋に着いたようだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 μ'sの楽屋に招待されたはいいのだが、肝心のメンバーはファッションショーの主催者と話があるとか言って早々に部屋を後にしてしまった。2年生組を除いた6人が使っていたそこそこ大きな部屋も、こうなるとより広く感じてしまう。

 

 そして――

 

 

「…………真姫は行かなくてよかったのか?」

「……たぶん」

 

 

 何故か真姫だけがこの部屋に残り、謎の二人の空間ができあがってしまっていた。

 いや、俺が一人にならないようにっていう配慮らしいんだけど、どこか腑に落ちない。

 

 

「きょ、今日はいい天気ね……ですね」

「……そうだな」

 

 

 …………

 

 

「さ、最近どう?……ですか?」

「……まぁ、ぼちぼち?」

 

「…………」

「…………」

 

 

 なにこれ?? 真姫さん??

 ものすごく他人行儀だし慣れない敬語を無理に使おうとしてるし、一体何がどうなってるんだ……

 

 

「……明日は冷え」

「まだやるのソレ?」

「ゔぇえ……?!」

 

 

 いい加減調子が狂うのでオカシな真姫をなんとか止める。真姫は真姫で「何で止めたの?」みたいな顔をしている。

 

 

「ひょっとして、アレ? 二人っきりで緊張してるの?」

「?! そ、そんなわけ無いでしょ~!」

 

 

 変な空気に耐えられず、ついつい真姫をからかってしまった。変な敬語が無くなったし、成功なのだろうか。

 

 

「でも顔赤くない?真姫ちゃん?」

「んなっ……気のせいよ! 先輩の気のせい!」

「いやいや、赤くなってるよ真姫ちゃん」

「~~!バカ!」

 

 どうやら、よそよそしい真姫はどこかへ行ってくれたみたい。その代償かは知らないけど、後輩に罵られてしまったけど。

 

 

「ごめんごめん、やり過ぎた」

「……まったくもう。別に良いけど」

 

 

 俺の謝罪の言葉に、頬を膨らませて唇を尖らせる真姫。なんだかんだしっかりしたこの子にも幼いところがあるよなぁ。

 

 

「だけど…………その、ちゃん付けはやめてよね?」

「悪い、嫌だった?」

 

「何か、子ども扱いされてるみたいだから……」

「そっか、気を付けるよ」

 

 

 真姫の意外な注文。おふざけのちゃん付けが気になってしまったようだ。海未と真姫以外のメンバーはちゃん付けなんだけど、感じ方は人それぞれなのかもしれないし、真姫呼びに戻ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、真姫さんで」

「そういう事じゃないのよ」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「穂乃果!どこに行ってたんですか!」

「えへへ、野生のちんすこう探しに夢中で、つい……」

「まったくもう……」

 

「それでね、野生のちんすこうなんだけど、いいとこで逃げられちゃって……」

「本当にいたの穂乃果ちゃん?!」

「本当に、ってどういうこと?」

「あっ……何でもないのよ何でも」

 

 

 東京へ帰る飛行機までもう少しってところに、ようやく穂乃果ちゃんが帰ってきました。野生のちんすこうの件はことりにもよくわかりません……

 

 

「それで海未ちゃん!お土産は決まったの?」

「へっ?!……えっと、決まったのですけれど……」

「おぉ!見せて見せて~」

 

 

 穂乃果ちゃんの勢いに押され、海未ちゃんはさっき決めたアクセサリーの方をゆっくりと指さします。

 

「あれ?お菓子じゃないの……?」

 

 穂乃果ちゃんらしい反応に、思わず海未ちゃんと顔を見合わせて苦笑いを浮かべてしまいます。

 

 

「だけど、可愛いねこれ!」

「えぇ、そうでしょう?」

 

 

 褒められた海未ちゃんはどこか嬉しそうに答えます。

 

 

「それで、これは誰のお土産なの?!」

「そ、それは……」

 

「ねぇねぇ、だれだれ~?」

「えっと……」

 

 

「あっ、分かった!アクセサリーといえば絵里ちゃんだよね!うんうん!」

「あはは……」

 

 

 穂乃果ちゃんの無邪気な質問に困り顔だった海未ちゃんですが、少しホッとしてる様子です。穂乃果ちゃんのあまりの勢いに対する海未ちゃんの苦笑い、もうひとつ頂きました♪

 

 

「そ、そんなことより飛行機です!急ぎますよ!」

 

「あぁ海未ちゃん待ってよ~!」

「あはは……」

 

 

 

 

 





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