是非マメフェス1を聴き直してみてください
都内某所にあるレコーディング用のスタジオ。
そこに集まったのは、自分とμ'sメンバーの計10人。自分以外が全員女の子でしかも可愛いという状況に正直胃が痛くてたまらないが、ここはぐっと堪える。
海未や真姫にレコーディングの案を話したのは数週間前。そして先日、μ'sはラブライブ!の地区予選に出場し『ユメノトビラ』で無事突破、ますます勢いに乗っている。
そんな彼女たちの活動を部外者である自分が手伝うということで、断られるとも思っていたのだが、案外すんなりとメンバーの了承が得られたようだ。
「ということでレコーディングを手伝わせてもらう茅野悠人です、よろしくお願いします」
「緊張してますね」
「ガチガチね」
「おいそこ2人、うるさいぞ」
慣れない状況に、ついつい緊張してしまう。そんな俺をここぞとばかりにからかう海未真姫コンビ。……ぶっちゃけこの状況ではありがたいが、これは決して言ってはいけない。
「話は聞いてると思うけど、高校2年生で海未と真姫の知り合いです」
「穂乃果とことりちゃんも何回か会ったことあるよ! そうだよね、茅野くん!」
はいはーい、と挙手しながらアピールする高坂は、さながら尻尾を振るワンちゃんのよう。
こんなことを言ったら、さすがの彼女も怒っちゃうかな……?
「では、悠人と初対面の人は簡単に自己紹介しましょうか」
海未が自然と場を仕切ってくれて、一安心。
せっかくの9人とのお付き合いだし、挨拶は大事だよな。
「では、1年生からいきましょうか」
「はい!1年の星空凛です!好きな食べ物はラーメンだにゃ!」
「同じく1年の、小泉花陽です。 好きな食べ物は白いご飯です……!」
何故か好きな食べ物を教えてくれた、1年生の2人。
えっと……彼女たちのことはなんと呼ぼうか。
普通なら、個人的には後輩だし苗字か名前の呼び捨てなのだけど。
高校生同士ではなく、スクールアイドルμ'sのメンバーとそのお手伝い、という関係だとすれば。
「よろしくね、凛ちゃん、花陽ちゃん」
「「はい!」」
元気に頷いてくれた2人。
高坂みたいに元気いっぱいの凛ちゃんと、ちょっと内気な花陽ちゃん。
アイドルだし、名前にちゃん付けが妥当なのかな、と思ったからこれで良いよな?
「それでは、次は3年生ですね」
「絢瀬絵里です。わざわざ今日は私たちのために、ありがとうございます」
「東條希です。絵里ちは堅そうに見えてお茶目なところもあるんよ、よろしくなぁ」
「ちょっと、希!」
綺麗な金髪の絵里ちゃんと不思議な関西弁の希ちゃんは、動画を見て知っていたけどやっぱりスタイル抜群だ。……年上をちゃん付けで呼ぶのは若干抵抗があるけど、仕方ない。
「絵里ちゃん、希ちゃんでいいですか?」
「えぇ、大丈夫よ」
「希、でもええんよ?」
「それは流石に恥ずかしいですよ……」
年上の2人……というか希ちゃんにからかわれ、タジタジだ。
なんというか、色気のせいなのか、ちょっと緊張してしまうな。
「そう言えば、僕は希ちゃん推しなんですよ」
「「――――!」」
緊張状態と、場を和ませようとしてカミングアウトをしてみた瞬間、背後から謎の不穏な空気が。何かマズイことを言ってしまったのだろうか……。
「あ、あはは……ありがとうなぁ」
さっきまで落ち着いていて余裕たっぷりだった希ちゃんも、どこか焦った様子で苦笑い。
一体何が何だか分からず、助けを求めて海未に視線を送ると、ただただニコニコ笑っていて逆に怖い。隣の真姫は真姫で目を細めている。残りのメンバーは俺と同じく状況が掴めていないみたいなので、ここは無理やり気にしないことにした。
「あとは、にこですよ」
ニコニコ顔のままの海未が怖いけど、それは後回し。
初対面でまだ自己紹介をしていないのは、あと一人。ツインテールが特徴の小柄な子だ。
「にっこにっこにー♪」
「?!」
「あなたのハートににこにこにー♪笑顔届ける矢澤にこにこー♪」
「??!!」
「にこにーって覚えてラブにこー♪」
目の前の少女は、満面の笑顔を浮かべながら、独特のポーズを決めて自己紹介をしてくれた。まさにキャピキャピとしたアイドルの鑑のような自己紹介。
しかし、あまりのインパクトにその内容はほとんど入ってこなかったが。
後ろの方では凛ちゃんが「あぁ、そっちで行くのかにゃー」とか言ってるけどどういうことだろう?
「えっと……」
「にこちゃんのことは矢澤でいいわよ」
「何でよ!!」
真姫の発言に、食い気味に突っ込む矢澤……じゃなくてにこちゃん。
多分、こっちがにこちゃんの素なのだろう。
「にこちゃん、僕の前では素でいいですよ」
「えぇ~、素ってどういうこと~? にこにー分かんな~い」
……一瞬イラッとしたのは置いといて、あくまでもにこちゃんはこのキャラを貫きたいらしい。
最初は面食らってしまったものの、彼女のアイドルとしての意識の高さが垣間見える。
「キャラまでしっかり作るなんて、にこちゃんはすごいんですね」
「だ、だから~、何のことか分からないにこ」
「にこっち、照れてる照れてる」
「はぁ?そんなことないわよ!!」
……もう少し、にこちゃんはキャラを保てた方が良いのかもしれないな。
◇◇◇
今回レンタルしているこのレコーディングスタジオには、主に3つの部屋がある。
1つは、レコーディングルーム。その名前の通り、ボーカル録りをするための部屋である。
2つ目は、さっきまで顔合わせをしていたロビーのような部屋。10人の大所帯でも比較的くつろげるくらいの広さを持っていて、レコーディングルームの音声を聴くことも出来る。
そして3つ目は、コントロールルーム。レコーディングに関する音声やエフェクト等のバランスを調整したり、それらの編集をしたりするための部屋だ。
各部屋の間にはガラス張りの防音扉があり、直接肉声でのやりとりは出来ないが、レコーディングルームとコントロールルーム間ではマイクを介したやりとりが可能となっている。
「本で見たけど、やっぱりツマミだらけね」
「正直これは面食らうな」
現在、コントロールルームにて真姫と絶賛録音の準備中。この日のために2人とも書籍やネットで勉強はしてきたが、やはり実際の機材に触れると緊張してしまう。
プロのアーティストのPVやレコーディング風景等で見たことのあるような、フェーダーと呼ばれるツマミが沢山付いたミキサー。普段はお目にかかれないような、巨大スピーカー。これらを使いながら、レコーディングを進めていくことになる。
とは言え、今回は一人ずつ録音していくので、それほど大変な作業にはならないはずだ。
「悠人先輩、ここのフェーダーはどうすれば……」
「ん、ちょい待ち」
元々は俺が一人でやろうと考えていたのだが、今後μ'sがレコーディングを何回もするなら真姫が出来た方が良いと思い、このような形になるに至った。勉強熱心な真姫だけあって、色々と調べてきているようだ。
「ここはこの後声出しする時まで0で大丈夫だよ」
「了解、ありがと」
真姫の手伝いもあってか、想像していたよりも順調に進みそうだ。
◇◇◇
「それにしても、真姫ちゃんと海未ちゃんに男の子の知り合いがいたなんて」
「凛、それはどういう意味でしょうか……」
「にゃにゃ?!」
ただ今、悠人と真姫が録音の準備をしているみたいなので、それ以外の私たちは自由時間です。それぞれ発声練習をしたり、ウォーミングアップをしたりしていたのですが、何やら凛が失礼なことを言っているような気がしました。
「凛ちゃん分かるよ!穂乃果も最初そう思ったもん!」
「穂乃果まで…… 私のことをなんだと思っているのですか」
「だって海未ちゃん、男の方なんて破廉恥です!とか言ってそうだし~」
「わかるにゃ~」
何やらひどい言われようです。……確かに、中学のときにクラスで男の方と話すことなんて、業務連絡くらいしかありませんでしたけど。
「はいはい、発声の続きしますよ」
「うわ~ん、海未ちゃんがなんだか大人になっちゃったよ~」
穂乃果や凛は勘違いしてそうですが、男の方の知り合いなんて親族以外には悠人しかいませんよ。とは言え、あまり追及されても大変なので無理やり切り上げます。
「かーよちん!何見てるのー?」
「ぴゃあ! り、凛ちゃん?」
「へぇ~、あっちの部屋は機械がいっぱいで難しそうだね」
「そ、そうだねぇ」
いつものように凛が花陽に飛びつきます。花陽が見ていたのは、悠人たちのいる部屋でしょうか。凛の言う通り、専門の機械がたくさんあって大変そうです。
「なんだか真姫ちゃんと茅野センパイ、仲良さそうだにゃ」
凛の言葉につられてつい、悠人たちに視線を向けてしまいました。部屋の中には、大きな機械のそばで作業をしている悠人と真姫の2人。……ここからではよく見えないですが、2人の距離はかなり近いように感じます。
「凛ちゃん!邪魔しちゃだめだよ?」
「かよちん、何か知ってるの?」
「そそそそんなことないよ!花陽は何も知らないよ!」
確かに、向こうには仲睦まじそうにも見える2人。
……例の、モヤモヤした感覚が胸の中に現れます。ですが、もう原因は分かっているので大丈夫です。ちょっと寂しいだけですから。
「そうです、あんまりジロジロ見てはいけませんよ凛」
「はーい」
花陽が何か知っていそうだったのは気になりますが、今はそんな場合ではありません。
さぁ、せっかくのレコーディングですから頑張りますよ!
◇◇◇
今回レコーディングを行うのは、『Mermaid festa vol.1』。『ユメノトビラ』を録る案も出たが、地区予選の時の映像が比較的音質の良い状態でアップされているので、別の曲を録音して上げた方が宣伝効果が高いだろうということになった。
今までにアップロードされている曲とは一風変わった曲調であるため、μ'sの音楽性の幅を示すという意味でもこの作戦は上手くいくと考えている。
さて。事前に真姫から貰ったパート分けの情報によると、この曲はほとんどが9人全員でのユニゾンで、時々ソロパートが挟まるといった具合。そしてユニゾンの部分をメインに、ハモリを入れるようだ。
『うわあ、緊張するなぁ~』
トップバッターは、μ'sの2年生組で海未の幼なじみの高坂。曲やこちらからの指示を聞くためのヘッドフォンを装着し、レコーディングルーム内でソワソワと辺りを見回している。あのヘッドフォンからはその他にも、リズムキープのためのクリック音を聞くことも出来る。
「それじゃ高坂、早速行ってみようか」
『……ちょっと気になったんだけど、なんで穂乃果だけ名前呼びじゃないの?』
向こうの部屋のマイク越しに、思わぬ言葉が返ってくる。
そういえばそうだった。今日が初対面のメンバーは名前にちゃん付けで呼ぶことにしたけど、以前に会ってる高坂と南は、苗字呼びだった。……だって、あの時はアイドルとお手伝いじゃなくて、高校生同士の感覚だったんだもの。他意はないぞ。
「それじゃ穂乃果ちゃん、行ってみよう」
『うん!お願いしまーす!』
◇◇◇
『ふぅ、緊張した~!』
「いい感じだよ、穂乃果ちゃん」
――驚いた。映像で見ていた時から穂乃果ちゃんの歌の上手さには気付いていたが、まさかここまでとは。リズムもバッチリだし、
結局、持ち前の歌唱力のお陰で穂乃果ちゃんの主旋律の録音はあっという間に終了した。
『えへへ、ありがとう!』
「そしたらこのまま、ハモリの方も行ってみる?」
『はーい、頑張ります!』
◇◇◇
「それじゃ穂乃果ちゃんはこれで終了、お疲れ様!」
『ありがとうございました!疲れたよ~』
穂乃果ちゃんはハモリパートの方も難なくクリア。何回か音程が主旋律と混ざってしまってNGになったくらいで、こちらもあっという間の収録となった。
「穂乃果ちゃんって、思った以上に歌上手いんだな」
「そうね、私も最初は驚いたわ」
こちらからレコーディングルームへ伝わる音声を切りながら、真姫に話しかける。真姫はと言うと、本を片手に機材をチェックするなどしており忙しない。
「これは真姫も負けてらんないんじゃない?」
「別に、勝負してるわけじゃ……」
「……そうだった」
作業中の真姫から、至極まっとうな返答。こうしている今も、録音したての穂乃果のデータをPCのソフト上でいじっている。
「でも真姫も相当上手いから大丈夫だよ、俺が保証する」
「……ありがと」
我ながら恥ずかしいことを言ってしまったが、それでも呟くような小声で素直にお礼をしてくれる真姫。残念ながら、角度的にここから真姫の顔をうかがうことは出来ない。
出会った日にしたセッションや、泊まり込みで曲作りの手伝いをした時のことを思い出す。ピアノが本職のイメージがあるが、真姫は歌唱力も兼ね備えており、ハスキー目な歌声が心地よかった記憶がある。
「悠人先輩、穂乃果のデータはこれで大丈夫そうです」
「よし、じゃあ次の準備に入ろう」
今日はこれから海未や真姫も含めたμ'sの歌を、間近でくり返し聴けると思うと楽しみで仕方がない。ファンからしたら垂涎モノだろう。俺もファンなんだけど。
さぁ、残り8人も全力を尽くして録らねば!
そんなことを考えながら、ふとロビーに通じるガラスの防音扉に目を向けると、花陽ちゃんがキラキラした目でこちらを見ていた。目が合うと彼女は小動物のようにビクッとした後、視線を逸らした。
一体どうしたんだろう、花陽ちゃんもレコーディング作業に興味あるのかな?
ついにμ's全員とご対面してしまいました。
次回に続きます。