真姫の曲が完成して数日が経った夜。
日課の勉強をしていると、机の端に置かれたスマートフォンが鳴動した。
この振動……電話かな?
単なるメールやメッセージではなさそうだったので確認すると、画面には『園田海未』の文字が。アプリでメッセージのやりとりはちょくちょくしているが、通話は初めてかもしれない。
「もしもし?」
『夜分遅くにすみません』
夜分遅く、ってまだ20時なんだけどな……。 海未らしいけど。
「電話なんて珍しいね、どうしたの?」
『……えぇと、その』
「……うん」
珍しく歯切れの悪い反応。とりあえず続きを促してみる。
『用事がなくては、電話しちゃダメでしょうか……?』
「海未……?」
『……って、やっぱり今のはナシです! 忘れてください!』
帰ってきた反応は、予想外のものだった。
慌てて訂正する海未は、ひょっとしなくても紅潮しているに違いない。
海未の口から急に飛び出した一言。
内容ももちろんビックリしたけど、気になったのは、声。
普段に比べ、若干低めのトーン。
その奥にあったのは……寂しさか、不安だろうか。
高坂や南には敵わないが、海未とはそこそこ長く友達をやってるから分かってしまう。
すぐに訂正が入ったけど、きっとそれは虚勢だ。
忘れろと言われても、到底ムリな話だろう。
「海未だったらいつだって良いよ」
『悠人……ありがとうございます』
自分でも不思議なくらい、自然に出て来た言葉。
もしかしなくても恥ずかしい台詞を口走ってしまったが、これでおあいこだろう。
幸い海未も動転していてそれに気付いていなさそうだ。
「どういたしまして。 ……今日は、μ'sの練習だったの?」
『えぇ、平日はほぼ毎日です』
「そっか、やっぱり運動部は大変だ」
『慣れてしまえば、そこまで大変なことではないですよ』
気恥ずかしさからか、世間話へと話題をシフトさせてしまう。
海未の声のトーンが少し戻ったのが気のせいじゃなければいいのだけれど。
◇◇◇
『……今日、真姫の新曲の仮歌を聴きました』
「うん」
他愛もない会話をしばらくした後。
本題、だろうか。 一呼吸置いた海未が話し始める。
『音源を聴いて驚きました、あのギターは悠人の音ですよね?』
「そうだよ、真姫から聞いたのか?」
『いえ……曲を聴いてすぐ分かりました』
「マジか、すごいな」
ピアノとボーカルの裏で鳴っているアコギで、分かってしまったらしい。
何というか、背筋がムズムズとするような恥ずかしさを感じる。
それと同時に、嬉しさも。
『ふふ、昔聴かせてもらっていたギターですから、簡単でした』
「そっか……なんか照れるな」
中3の夏、何度か
勉強の合間に、部屋で弾いていたのは鮮明に覚えている。
『曲は、……真姫と一緒に作ったのですか?』
「いや、ほとんど全部が真姫だよ。 俺は少しだけアイデアを出して、出来たものを演奏しただけ」
『そうだったんですね……』
作った時の状況を思い出す。
確かに、曲を作ったのはほぼ真姫だ。俺がしたのは、ちょっとしたきっかけ作りだけだった。
「ごめん、海未」
『えっ? 何のことでしょう……?』
「別に海未を仲間はずれにした訳じゃないんだ」
『…………だから、何のことですか』
「さっきから、声がちょっとだけ寂しそうだったから」
『ッ……』
「……って、勘違いだったらごめん」
つい、憶測をべらべらと喋ってしまった。ちょっと変なのは、俺の方なのかもしれない。
『……ずるいです』
「えっ?」
『顔も見ていないのに気付いてしまうなんて、悠人はずるいです』
「海未……」
どうやら、幸か不幸か勘違いではなかったらしい。
『分かってはいたんです。作曲のことなら、悠人と真姫の2人でやるのが一番いいと。分かっていたんですが、どうしても心のモヤモヤが晴れなくて……』
何かが溢れだすように、海未は続ける。
『自分でもそのモヤモヤの理由がわからなくて、苦しかったんです。 理由もわからないのに、心がキュッと締め付けられるみたいで。このまま放っておいたら、何か悪いことをしてしまいそうで、作詞にも手が付けられなくて……』
きっと辛かったのだろう、溜まっていたものが一気に放出されるかのように言葉が紡がれる。
押し寄せてくる海未の感情に、俺はしばらく相槌を打つのも忘れて耳を傾けていた。
『でも、今はそれが少し分かった気がします……。 さっき悠人が言ってくれた通り、寂しかったのが理由かもしれません』
「……そっか」
『それに、不思議と今は、モヤモヤもどこかへ行ってしまいました。
だから……悠人、ありがとう』
「っ! そんな、お礼言われるようなことは……むしろこっちが謝らないといけないのに」
『そんなことありませんよ、やっと謎が解けたのですから』
まるで憑き物が落ちたかのように、穏やかに話してくれる海未。電話越しにも、微かな笑みを浮かべている様子が目に浮かぶ。
寂しい思いをさせてしまったのは俺なのに、あろうことか耳にしたのは海未からのお礼。
しかも、普段はいつも敬語のくせに、”ありがとう”って……
……ずるいのは、海未の方じゃないか。
「海未の中で解決できたのなら、俺も嬉しい」
動転した気持ちを悟られないように、いつも通りの自分を装う。
何というか、悔しいし。
『これで、作詞にも集中できそうです』
「おう、西木野先生渾身の一曲だから頑張って」
『ふふ、今夜は筆が進む気がします』
本当に元気になったらしく、自信満々の海未。このまま無事に書ききって、μ'sの持ち曲の一つになってくれれば俺としても嬉しい限りだ。
「海未の歌詞、すごく好きだから期待してる」
『……っ!きゅ、急に恥ずかしいこと言わないでください!』
「うるさい、さっきの仕返しだ」
『さっきのって何です!全然話が読』
これ以上ほじくり返されてもちょっと困るので、通話終了のボタンを押す。
すぐにまた通話がかかってくるが、応答とは逆の方向に指をスライドさせる。
着信。
拒否。
着信。
拒否。
何度かネット回線を通じた押し問答を繰り返すと、ようやく諦めたのか海未からの着信は途絶えた。
その代わりに、メッセージが一件。
『園田海未:次会ったときは覚えていてくださいね?』
冗談とも、怒っているともとれる文面。おそらく、前者。
というか前者であって欲しい。
……ごめん、海未にドキドキさせられたなんて言えるわけないんだ。
◇◇◇
「新曲、完成したわよ」
こんにちは、μ'sの南ことりです♪
放課後、真姫ちゃんに連れられて私たちメンバーが来たのは音楽室。
この間のかっこいい新曲に、ついに海未ちゃんの歌詞がついたみたい。
詩も含めて完成した時の、いつもの恒例行事です。
海未ちゃんと真姫ちゃんが、私たちだけのために歌う、小さな演奏会。
席に着いた私たちに歌詞を配る海未ちゃんは、いつも通りちょっと恥ずかしそう。
いつまで経っても慣れない海未ちゃん、可愛いなぁ♪
一方真姫ちゃんは、海未ちゃんとは反対に自信たっぷり。
ピアノの前に腰掛けて、これから演奏する準備も万端、といった感じです。
「かよちんかよちん、この曲名なんて読むにゃ?」
「あはは……英語だもんね」
「ふふん、凛もまだまだね!」
「えー!じゃあにこちゃんは読めるの?」
「あ、当ったり前じゃない!」
凛ちゃんたちは、いつも通り楽しそうです。
絵里ちゃんがパンパンと手を叩いて注意を集めると、海未ちゃんが話し始めました。
「時間がかかりましたが、やっと歌詞が完成しました。パート分けや振り付けのことも考えながら、聴いてみてください」
そう言うと、海未ちゃんと真姫ちゃんがアイコンタクトを取ってタイミングを合わせます。
そして、ピアノの前奏とともに曲が始まりました。
◇◇◇
海、波、人魚。
最初の仮歌のイメージ通り、夏らしい言葉が散りばめられた歌になっていました。
そこに、海未ちゃんと真姫ちゃんのクールな歌声がとてもマッチしていて、素敵です♪
「かっこいい!かっこいいよ海未ちゃん!」
「ハラショー! 歌詞が入って情熱的な感じが強くなったわ」
曲が終わるとすぐに感想を伝える穂乃果ちゃんと絵里ちゃん。
他のみんなも、想像以上の出来にびっくりしているみたい♪
「アイドルらしい曲になりそうね。 海未、ナイスよ!」
「なんだかラテンな感じやね~」
親指をグッと立てるにこちゃん。
自作の振付なのか、希ちゃんも身振り手振り動かしてて可愛い!
もう一度、歌詞の書かれた紙に目を向けます。
真夏の、情熱的な曲だからかな?
恋。
愛しさ。
抱きしめて。
今までの海未ちゃんの歌詞にはなかった、恋愛にまつわる言葉がたくさん入っています。
二番の歌詞なんて、見てると恥ずかしくなってしまいそうです……!
この曲の歌詞は、どうやって生まれたのかな?
やっぱり、作曲者の真姫ちゃんからの要望?
海未ちゃんは読書家だから、恋愛小説を参考にしたのかな?
それとも……
「海未ちゃん海未ちゃん」
「ことり……?どうしましたか」
おいでおいでと手招きして、海未ちゃんの耳元でそっと囁きます。
「……!ちっ違います!こ、ことりの勘違いです!!」
「えぇ~、そうかな??」
「これはただ真姫の曲と、この間読んだ小説に影響されて……!」
……ふふ♡
『Mermaid festa vol.1』
この曲に、海未ちゃんは何を思ったのでしょうか♪
その答えは、海未ちゃんのみぞ知る、みたいです。
あくまでも“pure”☆“pure”
小悪魔でもピュアピュア、ことりちゃんです。
ここ数話で作っていた曲はご存知、マメフェス1でした。
心のモヤモヤに対して自分なりの結論を出した海未ちゃん。
今後それはどうなっていくのでしょうか。
それでは、また次回。
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