こんにちは、μ'sの小泉花陽ですっ!
ただいま放課後のアイドル研究部の部室。
テーブルの真ん中には、音楽プレーヤーの曲を流すためのスピーカーが置いてあります。
さっきまで恒例のミーティングをしていたんだけど、真姫ちゃんの新曲が完成したみたいなので、これからみんなでそれを聴くみたいです。
……新しい曲のテーマが決まったの、確かつい最近だったよね?
花陽は作曲とかしたことないけれど、きっとこの早さはすごいんだなぁと思います。
そう言えば……真姫ちゃんが見知らぬ男の方と仲良さそうに歩いていたこと。
結局、誰にも話していないままです。
本当にビックリしたし、真相が気になるけど、ここはグッと我慢です!
「かよちん、穂乃果ちゃんみたいなポーズしてどうしたの?」
「おっ、花陽ちゃんもファイトに目覚めたんだね!」
「な、なんでもないよぉ!それより早く聴こう?」
どうやらグッと我慢してるのがポーズに出ちゃっていたみたいです。
うぅ、変に思われちゃったかなぁ?
「それじゃ、流すわよ」
「今までにない感じの曲、楽しみやんなぁ」
そう言うと真姫ちゃんは、いつものクールな顔で音楽プレーヤーを操作します。
もうすぐ真姫ちゃんの曲が聴けると思うと、とってもワクワクです!
きっとこれは、花陽以外のみんなも同じはず。
みんなで囲って新曲をせーので聴く、この瞬間がたまりません。
~~♪
一瞬静かになった後、スピーカーから曲が流れ始めました。
難しいことは分からないんだけど、これは『
海未ちゃんの歌詞より先に出来た曲だから歌はラララで、伴奏も簡単な感じだから、そう呼ぶみたい。
……
…………
今回の曲のテーマは、『今までにない感じの曲』。
新曲は、まさにその通りの曲で、さすが真姫ちゃん!って感じです。
今までのμ'sにない、真夏の感じで、切なくてカッコイイ系の曲です!
ピアノと……ギター、かな?
シンプルな伴奏と歌だけなのに、情熱的な感じがひしひし伝わってきます。
もう花陽の頭の中には、真夏の夕暮れ、浜辺で踊るPVが見えましたっ!
そうそう、アイドルとこういうアツい曲との組み合わせは意外と良くて、平成初期に一世を風靡したあのグループの初期のシングルでも…………あれ?
そこまでは語らなくていいって?
むぅ、ここからがいいところなのに……
――ハッ!
小泉花陽、取り乱してしまいました……
ついついアイドルの話になると我を忘れちゃうのは、当分治りそうにないです……
「……どうかしら」
いつのまにか、真姫ちゃんの新曲の『仮歌』が終わっていました。
反応を待つ真姫ちゃんは、やっぱり髪をクルクルいじりながら、ちょっとだけ心配そうです。
「すごくカッコイイにゃ!!」
「凄いよ真姫ちゃん!穂乃果もう踊りたくなっちゃったよ!」
真っ先に感想を口に出したのは、凛ちゃんと穂乃果ちゃん。
目をキラキラと輝かせてる2人に、真姫ちゃんもホッとしてます。
「情熱的な感じ、歌ったら気持ち良さそうだし、いいと思う!」
「せやね、新しいμ'sって感じ!」
元生徒会の2人も、仮歌の出来に思わず笑顔がこぼれています。
「いつもと違うアイドルソングで、いいと思う……!」
「なんか、大人な感じだよね♪」
「そうですね、歌詞も負けないように頑張らないといけませんね」
花陽とことりちゃんと海未ちゃんも、思ったことをみんなに伝えます。
海未ちゃんは何やら目をつぶって……歌詞でも考えているのかな?
「みんな、喜んでくれて何より……まぁ当然だけど」
あっ、真姫ちゃん照れてる。
自信満々な顔だけど、ほんのり顔が赤っぽくて、可愛い!
「あとは……にこちゃん?」
そう言えば、にこちゃんはまだ仮歌を聴いてから何も口に出していません。
そんな部長は、目を閉じて腕組みしています。
「……」
にこちゃんの発言に、思わずみんな注目します。
「真姫………………良いじゃない!」
「「「おぉ~」」」
一瞬ビックリしたけど、にこちゃんもどうやらご満悦!
笑顔で親指を立てて、グッと胸の前に出してます。
「今までのμ'sにない曲調であって、決してアイドルらしさも失ってない……でかしたわ!」
「なんか、今日のにこちゃん説得力あるにゃ」
「ちょっと!それじゃいつもは無いみたいじゃない!」
「その通りじゃない」
「ストレート?! いくら良い曲書いたからって言っちゃいけないこともあると思うんだけど?!」
「まぁまぁにこっち、どうどう」
「にこは動物じゃないわよ!!」
「にゃーにゃー」
「チュンチュン(・8・)」
「……何よ!やらないわよ!」
「「「じーっ……」」」
「にっこにっこ……だピョン♪」
「寒いにゃ」
「何でよ!!」
にこちゃんのお陰で(?)部室が一気に賑やかになって、いつものμ'sって感じです!
新しい曲も出来上がったし、何やらいい感じです!!
「そういえば、真姫ってギターも弾けたのね、知らなかったわ」
思い出したように、絵里ちゃんが言いました。
……言われてみれば、今までの仮歌は全部ピアノと歌だけだったかも。
「と、当然じゃない。それくらい簡単なんだから」
「おぉ、真姫ちゃんさっすが~!」
「ぐぬぬ……」
真姫ちゃん、やっぱり凄いなぁ。
きっと曲の雰囲気によって仮歌でも楽器を使い分けてるんだね!
花陽も練習、頑張らないと!
◇◇◇
スランプを乗り越え、やっとの思いで作り上げた新曲。
みんなの反応は、上々だった。
――よかった。
自信はあったが、周りが評価してくれるかどうかは別の話。
アイドルに詳しいにこちゃんや花陽の反応も良さ気だったし、一安心ね。
「真姫」
ふと、海未から声がかけられる。
てっきり、みんなもう屋上に向かったと思っていた。
「新曲、真夏のジリジリした暑さという感じで良いですね」
「ありがと。歌詞、浮かびそう?」
「えぇ、おかげさまで」
律儀にまた感想を言ってくれる海未。
渾身の一曲に、どんな歌詞が付くのかと思うと今から楽しみでしかたがない。
「音源のギターは、悠人ですよね?」
「……えっ?」
さっきは何とか誤魔化したつもりだったけど、海未は気付いていたみたい。
尋ね方が疑問形というよりも確認に近いあたり、自信があるのかしら。
「良く分かったわね、その通りよ」
海未だったら、隠す必要もないので正直に話す。
それにしても、どうしてわかったのかしら……
「簡単ですよ、昔から聴いている音なので」
「へ、へぇ。 流石は昔からの友達なのね」
いつもの柔和な笑みを浮かべ、自信満々で答える海未。
昔から聴いている音、か。
このシンプルな一言に、海未と悠人先輩の間にある絆を感じる。
「ふふ、そう言われると何か照れくさいですね」
でも、音楽に精通してるわけではない海未が、あれだけ自信を持ってギターの音の主を当てるなんて。
これは、そうそう簡単ではないはず。 ……なんだか悔しい。
……えっ?
いま私、悔しいって思った?
何が?
昔からの友達の演奏を、言い当てる。ただそれだけのことなのに。
気づかぬうちに一瞬浮かび上がってきた感情。
何よこれ……
「真姫?」
いけない、ぼうっとしていたみたい。
「な、なんでもない。 練習に行きましょ?」
「真姫?! そんなに急がなくても……」
誤魔化すように、海未の手をとって屋上へ向かう。
「歌詞、楽しみにしてるわ」
「それはいいのですが、そろそろ手を……」
「もしかして海未、照れてる?」
「なっ、照れてません!周りの視線が気になるだけです!」
「誰もいないし、そんなこと言って、顔赤いわよ?」
「真姫が変なこと言うからです!」
海未って、やっぱりからかい甲斐があるわね。
律儀にツッコんでくれるから、ついつい色々言いたくなっちゃうのよね。
お姉さんモードのときとのギャップが、また余計にね。
……お姉さんと言っても、1ヶ月しか離れていないのは秘密。
そうね、さっきのはきっと、何かの間違い。
それか、何かの勘違いだわ。
さて、練習頑張りましょ。
◇◇◇
夜、自室にて。
できたてホヤホヤの真姫の新曲を聴きながら、机に向かっています。
昔から使っている勉強机で、ノートを開いたこの状態がいつもの作詞環境なのです。
メンバーの感想通り、夏を感じさせる曲調。
夏と言っても、爽やかな曲というよりは、ジリジリとした、灼熱。
テーマ通り、これまでにない雰囲気の、良い曲です。
冒頭からずっと鳴っている、ギターの音が、その感覚を増長させます。
……真姫は驚いてましたが、本当に簡単なことです。
中学3年生の頃、何度も隣で聴かせてもらったギター。
仮歌の最初の数秒で、悠人の音だと知るのには十分でした。
まさかその頃から聴いていたものが、μ'sの曲の一部になるなんて。
仮の音源とは言え、何か運命的なものを感じます。
これは、とても嬉しいことです。
一度途切れかかった、悠人とのつながりが再び架かって。
それどころか、私の大切なμ'sとも関わりを持ち始めて。
私の周りの世界が、少しずつ大きくなっていく。
……なんて言ったら、少し大袈裟ですけれど。
だけど、どうしてでしょう。
嬉しいはずなのに、手放しで喜べない自分が心のどこかにいます。
あの音源があるということは、真姫は悠人と一緒に作曲をしたということです。
わざわざ録音のためだけに悠人を呼ぶとは考えにくいですし。
つい最近私と3人で会うまで、面識のなかった2人なのに、ビックリですね。
……ッ。
また、どこかで味わったことのある、胸の奥がモヤッとする感覚。
音楽に詳しい悠人が真姫の作曲を手伝う、自然なことじゃないですか。
真姫にとっても、μ'sにとっても、いいことだらけです。
それなのに、今日の放課後にみんなで音源を聴いてから、同じことばかり考えてしまいます。
私は真姫の前で、普通でいられたでしょうか。
平静を装ったつもりですが、少し不安です。
何となくですが、真姫に気づかれてはいけないと第六感が告げています。
ふふ、この言い方だと、まるで希みたいですね。
歌詞を書くために持っているペンは、さっきから止まったまま。
私の頭の中をよぎる得体の知れない感覚に、どうしていいのかわかりません。
このままでは、作詞どころか、日常生活にも影響がでてしまってもおかしくありません。
「悠人……」
気が付くとこぼれていた、彼の名前。
そうしたところで、どうなるわけでもないのに。
そんなことは分かっています。
分かっているのですが……
それでも、悠人なら、どうにかしてくれるかもしれない。
すがるような、一縷の思い。
気が付くと私は、携帯電話を取り出して、通話ボタンを押していました。
お読みいただきありがとうございます。
次回、『海色少女の思い出 その三』、お楽しみに!
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あまりにもボリュームが少なかった2話に、少しですが加筆修正を行ったので、ご報告まで。
いつも通り、感想評価もお待ちしております。