上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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レベルなんて、どうでもいいことじゃない。


無能力者〈じゃくしゃ〉

 

「あ~。暑いですわねぇ~」

「そうだなぁ……御坂は良くこんな中で寝られるもんだ」

「zzz」

 

 水穂機構病院の待合室。

 大脳生理学の専門家である木山春生が、介旅初矢の詳しい検査をしている間、御坂と上条と白井は待合室で待っていた。

 御坂は昨日の疲れが出たのか座ったまま寝てしまっている。

 

 だが、時は7月20日。夏休み初日の夏真っ盛り。

 そして――。

 

「昨晩大きな落雷があったそうで……ここ周辺の電気設備が異常をきたしてエアコンが使えないそうですの。自家発電によって医療機器などの最低限の電力は賄っているそうですが……」

「……………………そうか。自然災害じゃあしょうがないな。うん」

 

 上条はその“天災”の発生源が目の前の眠れる少女ということは知っているのだが、本人の尊厳の為、口にしないことにした。遠い目をしてやり過ごす。

 

「………ところで上条さん」

「ん? どうかしたか?」

「上条さんは木山先生とはお知り合いですの?」

「ああ。といっても、前に一回パトロールの時に会っただけだけどな」

「……お姉さまも知り合いのようでしたが」

「たまたま木山先生と会ったときに御坂とも会ったんだ。それで三人で木山先生の車を探すことになった。ほんの数日前のことなんだけど、偶然ってあるもんだなぁ」

 

 白井は冷たい目で「そうですか……偶然……たまたま……」と呟いている。なんか怖い。

 

「……そういえば、初春の見舞いに行かれたそうですわね。佐天さんからアイスおいしかったとお伝えくださいと言付けがありましたわ」

「なんだ? その場でもお礼くれたのに律儀だな。そう何度も言わなくていいのに」

「……この間、縦ロールさんをご自宅に招かれたそうですわね。食蜂さんが悔しがっていましたわ。……自分だっていつも一緒にいるくせに(ボソッ)」

「偶然出くわして、食蜂に用事があって暇そうにしてたからな。一緒に夕飯でもどうだって誘ったんだ。……ん? 最後の方なんて言ったん「なんでもありませんの」そ、そっか」

「……そういえば、介旅の事件の時も、初春とお姉さまと佐天さんとデートしていたそうですわね。楽しそうで羨ましいですわ」

「ば、ばっか、あれはデートっていうか……元々はカバンちゃんを服屋に案内してて! 佐天達に会ったのはほんの偶然で!」

「……………」

「し、白井?」

 

 おかしい。絶対におかしい。

 最近、自分だけ絶対的にイベントが少ない気がする。

 

 同僚の初春や付き合いが自分よりも長い食蜂や縦ロールならまだしも、自分よりも明らかに付き合いが短くて接点の少ない御坂や佐天に後れをとっているのはどういうことだ?

 

 くっ! 全ては目の前のこの男!

 事件が起きる度に首を突っ込み、挙句の果てに女の子とのフラグ建築と共に事件を解決するから性質が悪い。

 まぁしかし、上条がいくらフラグを立てようと、自分は『風紀委員(ジャッジメント)』の同僚というかなり有利なポジションにいる為、焦ることはないと心がけてきたが、さすがにこのままでは不味い。

 

 今朝も凄い勢いで御坂は同行の許可を求めてきた。

 この憧れの人も上条のことが好きなのは薄々察してはいたが、これまでは必死で自分で否定して意地でも認めまいとしていたのに。

 昨日、二人の間に何かあったのだろうか?

 

「上条さ「おっと終わったみたいだな」……そうですわね」

 

 木山がこちらに向かってくる。

 どうやら診断が終わったらしい。

 

 白井は一度強く目を瞑って、雑念を頭から追い出す。

 

 切り換えろ。恋愛のことは今は二の次だ。

 

 自分は、風紀委員(ジャッジメント)なのだから。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「ん~」

「……ん?」

 

 御坂が目を覚ますと、眼前に唇を突きだしている白井の顔があった。

 とりあえず殴っといた。

 

「お、お姉さまひどいですの~」

「普通に起こせないのかアンタは!」

「起きなかったではありませんか~」

「アンタも見てないで助けなさいよ!!」

「いやぁ~邪魔しちゃ悪いかなぁ~と上条さんなりに気を使って」

「普段信じられないくらい鈍感のくせに、使わなくていい場面で気ぃ遣ってんじゃないわよ!!!」

「君達、まだいたのかね」

 

 三人のお約束のやり取りを、汗だっくだくの木山が遮った。

 

「ええ。ちょっと木山先生に聞きたいことがありまして」

「……ああ。まぁ、構わないよ。彼の診断結果は既に院長に伝えてきたから、しばらくは余裕があるからな」

「ありがとうございま……す……?」

 

 というと木山は「それにしても暑いな……」と言いながらおもむろにシャツをまるで自宅にいるかのような気軽さで脱ぎ始めた。――“脱ぎ女”の本領発揮である。

 

 その手つきは躊躇というものが微塵もなく、あっという間に上半身が大人な黒のブラのみの状態になる。

 決して豊満な胸を持っているわけではないが、木山は十分に魅力的といえるスレンダーなスタイルの持ち主だった。綺麗な白い肌がその魅力を際立たせる。中高生のような子供には出せない、どこか妖艶な大人の魅力を醸し出していた。

 

 そして、元々年上好きを公言していた好きな女性のタイプ「寮の管理人のお姉さん(代理でも可)」の上条。

 木山への質問事項を脳内で整理するのに必死だった彼は、木山のこの特性がすっかり頭から抜け落ちていた為、心の準備0でダイレクトにこの光景を目に入れてしまった。

 目を奪われる。見惚れる。そのまま目を離せなくなる。

 

 しかし、そんなことをこの常盤台コンビは許さない。

 

「何、こんな所でストリップしてますの!?」

「いや、だって暑いだろ……」

「殿方の目がありますの!」

「下着をつけていても駄目なのか……」

「ダメに決まってますの!」

 

 白井が強引に木山にシャツを着せる。

 そのころ―――。

 

「いつまで見てんのよアンタはーー!!」

「ぐらっはぁ!!」

 

 御坂の魂のボディブローが上条のどてっ腹に叩き込まれていた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「今日は青のストライプかぁ~」

 

 初春がぽかぽかと涙目で佐天に不満を訴える。

 佐天は相変わらず可愛いなぁ~と癒されていた。

 

 初春は無事に風邪が完治。

 体調万全で177支部へ向かおうとしたら、佐天から見せたいものがあるとメールで呼び出され、出勤前に待ち合わせたのだった。

 

「それで、見せたいものとは何ですか?」

「ふ・ふ・ふ~それはね~……じゃーん!」

「ん? ただの音楽プレーヤーですよね?」

「中身が重要なんだよ中身が! それはね~……後で! 教えてあげる♪」

「ええ~」

「焦らない焦らない♪ どっかお店はいろ~♪」

「ちょっ、佐天さん! 私、この後風紀委員(ジャッジメント)の仕事が……って早いですよ、待ってください!」

 

 なぜかご機嫌な佐天の後を初春が急いで追いかける。

 

 その時、黒装束の長身で赤髪の男が擦れ違った。

 

 初春は振り返る。

 

(………………神父?)

 

 この学園都市(かがくのまち)に珍しいと思いつつその後ろ姿を眺めていると。

 

「初春~早く行こ~」

 

 佐天から声がかかり、初春は「待ってくださ~い」と佐天の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「さて、先程の話の続きだが……『なぜ、同程度の露出度にも関わらず水着は良くて下着はダメなのか?』」

「「「いえ、そっちではなくて」」」

 

 あの後、「ここは暑すぎる……」と木山が限界だったので、もういきなり脱がれては困ると急いでエアコンが生きているこのファミレス――御坂達がよく利用している行きつけの店――に場所を移した。

 

 御坂と白井がアイスミルクティーを、木山がアイスコーヒーを、上条がホットコーヒー――コーヒーはホットだろうby上条――を注文し、飲み物が揃ったところで、話を始めた。

 

 上条がファミレスのコーヒーの完成度に眉をひそめながら、

 

「専門家として木山先生に聞きたいことがあるんです。―――『幻想御手(レベルアッパー)』ってご存知ですか?」

幻想御手(レベルアッパー)……それは、どういったシステムなんだ? 形状は? どうやって使う?」

「………俺達も、まだそこが掴めないんです。具体的なシステムが分からないから、対策もとれなくて」

「……とにかく君達は、それが昏睡した学生達に関係しているのではないかと考えているのか?」

「ええ。今、俺の仲間が調査を進めていますが、こちらが独自にピックアップした“幻想御手(レベルアッパー)を使用した”と思われる『書庫(バンク)』とのデータの食い違いがあった容疑者達の実に80%が昏睡状態……そして、これはなおも増大中です」

「……そうか。……それで、なんでこんな話を私に?」

「………俺の仲間が言っていました。能力を“無理矢理”レベルアップさせようものなら、脳に絶大な負担がかかると。逆に言えば、脳に何らかの細工を施して、高レベルの能力を使える脳に“強引に改造”しているんじゃないかと思うんです」

「……………」

「なので、もし幻想御手(レベルアッパー)の実物を手に入れたら、先生に詳細を調べてもらえないかと」

「…………むしろ、こちらから頼みたいところだ。一人の大脳生理学者として興味をそそられる。………ところで、さっきから気になっていたんだが」

 

 そう言って、木山は窓の外を見ると、

 

「あの子たちは知り合いかね?」

 

 佐天涙子が窓にへばりつき、初春飾利がその後ろで苦笑していた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「へぇ~。脳の学者さんなんですかぁ~………はっ! まさか、白井さんの脳に何か問題が!?」

「落ち着け、初春。今は一先ず幻想御手(レベルアッパー)の件で意見を聞いてたんだ」

「上条さん? 今は一先ずってどういう意味ですの?」

 

 初春と佐天は上条達と同じテーブルに合流した。

 席順は、奥から白井、上条、御坂。対面に佐天、木山、初春といった感じだ。

 木山と上条が向かいあって主導で対話を進める。その横で佐天はデラックスプリンに夢中だった。今日は本当に機嫌がいい。

 佐天は幻想御手(レベルアッパー)が話に出た途端、口元についているクリームにも気づかず、嬉々として話に混ざる。

 

幻想御手(レベルアッパー)ですかっ!? それなら「それで。まず俺達が考えることは、どうやって幻想御手(レベルアッパー)の所有者を保護するかだ」……え?」

 

 ジーパンのポケットから音楽プレーヤーを出そうとした佐天の手がピタリと止まる。

 

「え? どうしてですか?」

幻想御手(レベルアッパー)の詳細な情報を得るためっていうのもあるが……ここまできたら、幻想御手(レベルアッパー)に重大な副作用があるのは、ほぼ間違いない。だから、出来る限り使用前にそれを回収したいんだ」

「それに、使用者が容易に犯罪に走る傾向もみられますしね」

 

 佐天は、先程までの笑顔を固まらせ、ゆっくりと音楽プレーヤーをポケットに戻す。

 まるで上条達から隠すように。

 

「ん? どうかしたか、佐天?」

「い、いえ、なんでもないです!」

 

 上条に話を振られ、焦った佐天は自身が注文したアイスティーを、木山の太腿に零してしまう。

 

「ん?」

「ご、ごめんなさい!!」

「ああ。気にしなくていい」

 

 そういって木山は迷わずストッキングを脱ぎだす。

 心なしか、気持ち艶やかに。

 

「だから! 人前で脱いではいけませんって言ったでしょうが! どうしてあなたは――」

 

 ガミガミがみがみガミガミがみがみと、白井による木山への説教はしばらく続いた。

 

 この光景を初春は両手で顔を抑えて真っ赤になりながらやり過ごし、上条もいい加減学習したのか木山がストッキングに手をかけたところで顔を逸らすことに成功した。

 しかし、それでも顔を真っ赤にした上条が気に食わなかったのか、御坂が「変態!」とビンタを与え、上条が「不幸だ……」と呟く羽目になった。

 

 

 

 

 

「え~、本日は色々教えていただきありがとうございました」

「ああ。…………それより、君の方こそ大丈夫か? 右頬が真っ赤だが」

「ええ、大丈夫です。上条さんにはよくあることですから」

「……そうか」

 

 木山は深くは触れないことにした。

 

「いや、こちらこそ教鞭をふるっていた頃を思い出して、楽しかったよ」

「教師をなさっていたんですの?」

「……昔ね」

 

 その時、木山は眩しいものを眺めるような、だけど少しもの悲しい表情をしていた。

 

 上条はなぜかその表情が目に残った。

 木山はそのまま皆に微笑みかけると、颯爽と去っていった。

 

 その時、初春がふと気づく。

 

「あれ? 佐天さんは?」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 その時、佐天は皆と離れ、裏道を走っていた。

 音楽プレーヤーをぎゅっと、胸に抱いて。

 

(いやだ……手放したくない……)

 

 この音楽プレーヤーには“例のあれ”が入っている。

 まだ試したわけではない。本物と決まったわけではない。

 

 そう自分に言い聞かせて、好きな人や親友達に明かさないことを正当化する。

 言い訳に過ぎないという自覚はあるけれど、それでも手放したくない。

 

(やっと、手に入れられたんだもん……)

 

 待ち望んだ、蜘蛛の糸。それを自ら断ち切れるほど、佐天の憧れへの未練は弱くなかった。

 

「佐天さん!」

 

 呼び掛けられた佐天が振り返ると、そこには御坂がいた。

 とっさに音楽プレーヤーをポケットに突っ込む。

 

「御坂さん……どうして?」

「だって急にいなくなるんだもん。……どうかしたの?」

「なんでもないです! なんでも!」

 

 佐天は御坂と目を合わせられない。でも、声だけでも明るくしようと努める。

 

「だって、アタシだけ事件とか、関係ないじゃないですか。………風紀委員(ジャッジメント)でも、ないですし」

 

 皆の力になれるような、能力(ちから)もないですし――と、心中で呟いて、ポケットから手を出し、両手を広げて気楽さをアピールする。その笑顔はどこか痛々しい。

 

 すると、ポケットからお守りが落ちた。

 

「あ」

 

 御坂が拾って手渡す。

 

「それ、いつも鞄に付けてるやつよね?」

「………はい。学園都市(このまち)に来る前、母に持たされました。……お守りなんて、科学的根拠ゼロなのに」

 

 それは、明るい希望に満ちていた、現実を突き付けられる前の、無知な頃の記憶。

 

『姉ちゃん、超能力者になるのっ!? すっげぇ!!』

『お母さんは今でも反対なのよ……頭の中を弄るなんて……』

『はっは。母さんは心配症だなぁ』

 

 母親の優しい顔と、優しい言葉が蘇る。

 

『なにかあったらすぐに帰ってきていいからね。――あなたの体が一番大事なんだから』

 

 御坂は、そんな話を聞いて、微笑みながら言った。

 

「………優しいお母さんじゃない」

 

 佐天はそれに苦笑で応えて。

 

「――でも、その期待が重い時もあるんですよ。………いつまでも、無能力者(レベル0)のままだし」

 

 佐天の言葉に、御坂は言う。昨日、上条によって、ようやく自分も言えるようになった言葉を伝える。

 

「レベルなんて、どうでもいいことじゃない」

 

 だが、今の佐天に、超能力者(レベル5)である御坂から発せられるその言葉は、少なくとも励みにはならなかった。

 

 佐天はその言葉に、力ない笑みを返す。

 

 結局、佐天は音楽プレーヤーを――幻想御手(あこがれ)を、手放すことはできなかった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 翌日の早朝、風紀委員(ジャッジメント)177支部。

 初春と白井が早くから出勤して合流し、幻想御手(レベルアッパー)の調査を進めていた。

 

「どうですの?」

「暗号や仲間内の言葉が多くてよく分からないんですけど、昨日の内に幻想御手(レベルアッパー)の取引場所と思われる場所がいくつか判明しました」

「さすが初春ですわ!」

 

 そう言って初春は白井に紙束を渡す。

 

「推測地点のリストです」

「……こんなにあるんですの?」

「これでも半分ですよ。昨日の内に上条さんに残り半分の情報は伝えていますから。今頃、調査してるんじゃないかと」

「そうですの」

 

 それを聞いてはじっとなんかしていられない。

 こちらもすぐに動かなくては。

 

 扉へ向かう白井に、初春がおそるおそる声をかける。

 

「白井さん」

「大丈夫ですの」

 

 そう言って振り向く。その顔は風紀委員のエースの風格を放っていた。

 

「必ず結果を出してみせますの。いつまでもあの人ばかりに頼ってはいられませんわ」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 佐天涙子は、音楽プレーヤーを片手にどこかの道をトボトボと歩いていた。

 

幻想御手(レベルアッパー)……あたしみたいなのでも能力者になれるかもしれない……夢のようなアイテム……)

 

 その音楽プレーヤーに表示されているのは、【この音楽を消去しますか?】の問い。

 消去。キャンセル。どちらかの二択を問われる画面を、佐天は自らの意志で呼び出したが、その先の一歩を踏み出せない。

 

(得体のしれないものはやっぱり怖いし……よくない……よね……)

 

 指がゆっくりと【消去】へと伸びる。だが、押せない。指が震える。

 

「話が違うじゃないか! 幻想御手(レベルアッパー)を譲ってくれるんじゃなかったのか!!」

 

 佐天の前方で、男の切羽詰まった声が響く。思わず反射的に押してしまいそうになったが、必死にその指を止めた。

 

「残念だったねぇ~。ついさ~っき値上がりしてさぁ~」

「こいつが欲しけりゃ、もう10万もってきてよ」

 

 見るからに不良という輩達が、おそらく喧嘩もしたことがないだろうという風体の青年を脅している。

 

「だ、だったら金を返してく――がっはぁ!!」

 

 不良の一人の容赦ない膝蹴りが青年の腹部を襲う。

 その後も間髪入れずに、拳、拳、拳。

 

 一発殴られるごとに、青年のうめき声や懇願が悲痛に響く。

 

「うだうだ言ってねぇで金もってこいよ!」

「ガタガタうっせ~んだよデブ!」

 

 そこにリーダーと思わしき金髪でカメレオンのような感情を伴わない目をした男が現れた。

 

「おい、お前ら。お前らのレベルがどれだけ上がったのか、そいつ使って試してみろよ」

「はっ! おいマジかよ、お前終わったなぁ~」

「死んじまうかもな! キャハハ!」

「ひっ! やめろ! 勘弁してくれ!!」

 

 その光景を、佐天は見ることしかできない。

 いや、正確には見ることもできなかった。

 相手側から姿を発見されるのを恐れて、物陰に身を隠しその凄惨の光景を言葉や物音から想像してしまうことしかできない。

 

(と、とりあえず風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)に……)

 

 助けを呼ぼうと考える。それが一番正しく合理的な判断だ。しかし――。

 

(や、やばっ、充電切れ!?)

 

 昨日から思考に耽っていたので、携帯の充電を怠っていた。

 

 佐天は、しばらく何も出来ずに硬直し――。

 

 

 逃走した。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 目を背けて、見ないふりをして、来た道を逆行した。

 

(しょうが……ないよね。……あたしがいたって……何が出来るわけじゃないし……)

 

『よく頑張ったな。お前の勇気のおかげで間に合った』

 

(あっちはいかにもな連中が三人……こっちは……ちょっと前まで……小学生やってたんだし……)

 

『「ありがとう。お姉ちゃん!!」「本当に、ありがとうございました!!」』

 

(絡まれてるのは、何の義理もない、会ったことすらない、赤の他人……)

 

『動く理由なんてそんなもんでいいんだ。そうしたいって思ったら、それが全てだ。始まりが嫉妬でも、見栄でも、対抗心でも。あの男の子を助けたいって思ったことには変わりないんだ。――だから、佐天は凄いことを、立派なことをしたんだよ。だから佐天は、誇っていいんだ』

 

 

 佐天の足が、止まった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「や、やめなさいよ。……その人……怪我してるし……すぐに、風紀委員(ジャッジメント)が来るんだからっ!」

 

 佐天は立ち向かった。あの男の子を助けた時のように。

 佐天は立ち塞がった。初めて会った赤の他人を庇う為に。

 

 声は震えている。膝も笑っている。今にも泣きだしてしまいそうに、怖い。

 

 それでも、佐天は立ち上がった。この人を助けたいと思ったから。あの人が認めてくれたあの時の頑張りを、嘘になんてしたくなかったから。

 

 だが、佐天は無能力者(むりょく)だった。

 勇気を振り絞って吐き出した言葉が、女の子の震えるような健気な言葉が、不良(あく)を改心させるような、微笑ましい青春ドラマは起こらなかった。

 

 リーダーの金髪は、その欠けた歯並びを見せつけるように不快に笑い――佐天の顔の真横の壁を蹴りつけた。

 

「ひっ!」

「あ~、いまなんつった~?」

 

 思わず頭を抱えしゃがみこむ。蹴られた部分の壁は工事中に使う仮初めの敷居とはいえべっこりと凹んでおり、手加減など微塵もしていないことが窺えた。

 

「いいかぁ? よ~く覚えとけ、お嬢ちゃん」

 

 蹲った佐天の頭を、金髪は片手で手荒く掴み上げる。

 

「何の力もねぇガキが、ゴチャゴチャ指図する権利はねぇんだよ」

「っ!」

 

 その言葉は佐天の心を容易く残酷に抉りとった。

 

 勇気を振り絞っても、精一杯頑張っても。

 所詮、無能力者(じゃくしゃ)では、何も変えることは出来ないのか――。

 

 

「訂正しろ。お前等みたいな奴に、佐天の勇気を否定させはしない」

 

「貰い物の力を自分の力と勘違いしているあなた方が、わたくしの友達を笑うことなど断じて許しません」

 

 

 その時、二人のヒーローが颯爽と登場する。

 

 佐天の前方から、白井黒子(しんゆう)が。

 佐天の後方から、上条当麻(すきなひと)が。

 

 その顔を怒りで険しく固めながら、その腕章を強調し、力強く叫ぶ。

 

 

「「風紀委員(ジャッジメント)だ(ですの)!!」」

 

 




無力な無能力者が振り絞った勇気に、二人の風紀委員が応えるべく駆け付ける。

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