上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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それが――御坂美琴だろうが!! 


能力〈コンプレックス〉

 

 上条当麻は何も知らない。

 

 御坂美琴の過去を。

 今の第三位(ちい)にたどり着くまでの道のりを。

 今の超能力(ちから)を手に入れるまでに費やした並々ならぬ努力を。

 

 そして、その為に犠牲にしてきた時間を。友達を。思い出を。

 

 上条は知らない。

 自分の過去すら破壊された上条に、知る由もない。

 

「人の価値は、能力の強さで決まるもんじゃない」

 

 故に、踏んでしまう。地雷を。最後のトリガーを。

 

「だから、そんな風に決めつけるな御坂。最強じゃなければお前の人生が正しくないなんてことは絶対にない! お前には――「うるさい……」」

 

 だが、言わずにはいられなかった。

 最強に拘る今の御坂が、どうしてもアイツとかぶって見えて。

 

 それでも、今の御坂には絶対に言ってはいけない言葉だった。

 

「うるさい! うるさいッッ!! じゃあ、私の人生は!? 能力を上げることに費やしてきた私の人生はどうなるのよ!? この私の前で、軽々しく『能力なんて意味がない』なんていうなッッ!!」

 

 御坂が電撃の柱を噴き出す。自らを中心にそびえたつその柱は、余波だけでも上条に衝撃が届くほど凄まじいものだった。

 この間の、河原での決闘時のときとはレベルが違う。

 リミッターを外した超能力者(レベル5)の、紛れもない全力だった。

 

 御坂が電撃の槍を放つ。

 上条は右手で防ぐが、河原での時のように瞬時に消せない。打ち消すのに時間がかかり、明確に重さを感じる。動きを数秒止められる。

 

 その数秒の間に、御坂の手元でコインが舞った。

 

 御坂美琴の代名詞――『超電磁砲(レールガン)

 必殺の一撃が明確な敵意を持って上条を襲う。

 

 その一撃を、上条は右手で受け――なかった。

 あろうことか、上条はその破壊の一閃と地面の隙間にその身を潜らせ、防ぐのではなく回避する。

 

 上条は一気に御坂に向かって距離を詰める。

 

 御坂はその所業に一瞬目を見開いたが、すぐに思考を立て直し対策を立てる。

 電気信号を操り己の筋力を最大限に高め高速で移動し、磁力を操り鉄橋の柱にへばりつく。

 

 そして、雷雲を呼んだ。

 

「……心のどこかでブレーキをかけてたのかもしれない」

 

 御坂は感情の伴わない声で呟く。

 

「人間相手にさすがにここまで……とか思って、躊躇するなんて……本っ当」

 

 相手が“天災”なら、こっちも“天災”で対抗するまで。

 

「私らしくなかったわ」

 

 正真正銘の落雷。数億Vの雷撃が一人の人間に振り下ろされる。

 砂塵が覆う。視界が確保できない。常人なら身体が炭と化していて当然の一撃。

 

 御坂が鉄橋の上に降り立つ。そこに、少年の声がゆっくりと届いた。

 

「何て言うか、不幸つーか。……ついてねーよな」

 

 砂塵が晴れる。少年はゆらりと佇んでいた。

 

「“オマエ、本当についてねーよ”」

 

 その右手に、“竜の咢を携えて”。

 

「ッッ!!」

 

 御坂が驚愕する。

 

 しかし、その一瞬のうちに上条当麻は姿を消す。

 

「っ!!」

 

 そして、次の瞬間には、御坂は鉄橋の柱に押しつけられていた。

 

「ぐっ!」

 

 上条の左肘で体の動きを封じられ、左腕が上条の右手で抑えられていることにより能力も封じられる。

 その右手はなんてことはない、ごく普通の右手だ。

 

 あれは、自分の見間違えだったのか?

 

「……なぁ、御坂。自分より強い奴がそんなに許せないか」

 

 上条が御坂に語りかける。

 聞きたくない。

 必死で振りほどこうとするが、上条の右手で抑えられている以上、能力が使えず、びくともしない。

 

「……俺はな、御坂。“最強”を知ってる。俺みたいな無能力者の“最弱(さいきょう)”じゃない、本物の最強だ」

 

 御坂の動きがピタリと止まる。上条は語り続ける。

 

「そいつは、気が付いたら最強だった。全てを防ぎ、全てを破壊する。圧倒的な力。圧倒的な最強。だが、強さを極めたその先に、いったい何があったと思う」

 

 御坂は動かない。何言も発さない。

 

「――孤独だ」

 

 その言葉に、御坂はぶるっと体を震わした。

 

「御坂……お前、さっき孤独って言ってたよな。第三位のお前でも、それほどの孤独を感じるんだ。他に上がいない……肩を並べる奴すらいない、そんな“第一位(さいきょう)”が孤独じゃないわけないだろう」

「……第一位を、知ってるの?」

「……そいつの力は強大過ぎた。さっきも言った通り、圧倒的に最強だったからな。当初は能力が上がる度に褒め称えていた奴らも、だんだんと怯え始め、賞賛と名声はそのまま畏怖と悪名に変わった。……そして、ある日――」

 

「――当時十歳のその少年に、学園都市の最新兵器集団が差し向けられたんだ」

 

「っ!!」

 

 上条にとって、忘れることができるわけがない、あの事件。

 見るからに何の武器も身に付けていない丸腰の白髪少年に向けられる、夥しい数の銃口、砲身、そして駆動鎧(パワードスーツ)の軍隊。

 

 上条は何も出来なかった。少年の盾になることも、軍隊を言葉で説得することもできず、白髪の少年が泣き叫びながら軍隊を蹂躙する様を、遠くから見ていることしか出来なかった。

 そして、上条はこの事件の後、親船最中の元を訪ねることとなる。――自身の無力さを痛感して。

 

「……どうし……て?」

 

 学園都市の闇に足首程度なら突っ込んでいる上条にとっては何の違和感もない事件なのだが、絶対能力進化(レベル6シフト)計画すら経験していない現在の御坂にはまるで理解できないことなのだろう。

 上条は、悟ったように答えた。

 

「我に返ったんだろう」

「……どういうこと?」

「……自分の研究に夢中に没頭していって、アイツの能力を強化し続けて、ある日怖くなったんだろう。……この力が、この最強が、自分達に牙を剥いたらどうしようって。……さんざん自分達で好き勝手に弄くりまわしてきて! データ上の数値を見て恐れを抱いたんだ! アイツの人間性に目を向けようともしないで! どこまで……どこまでっ! アイツを実験動物扱いすれば気が済むんだ!!」

 

 上条は激昂する。

 その姿を見るだけで、上条はその第一位の事を信頼し、憎からず思っていることは明らかだった。

 

「……なぁ、御坂。これが最強の末路だよ。お前言ってたよな。なんで頑張った分だけ悪意にさらされなければならないんだって。……最強になっても何も変わらない。むしろ、その悪意の純度と強度が増すだけだ」

「……じゃあ、どうすればいいのよッッ!!??」

 

 今度は御坂が激昂する。もう、何も分からない。頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 

「私はもうこうなっちゃったのよ!? 最強を目指して! ここまで強くなっちゃったのよ!! 後戻りはできないの!! だって……ここで進むのを止めたら! 私のこれまではなんだったのよ!! 私にはもう、他に何もないのよ!!」

「ふざけんな! 俺がいるだろう!!」

 

 上条が御坂の顔を両手で抑え込み、強引に顔を向かせて吠える。

 御坂の顔は、涙でボロボロだった。

 

「……え?」

「俺は、お前が強かったから友達になったんじゃないッ! お前が超能力者だったから、第三位の『超電磁砲(レールガン)』だったから仲間になったんじゃない! お前が御坂だから! 御坂美琴って人間が好きだから腐れ縁やってるんだ!!」

 

 捉えようによっては告白とも捉えかねない叫び。だが、上条は真剣だった。

 

「所構わず勝負勝負とうるさくて! いい年こいて少女趣味で! 案外すぐに暴走して! 年上の俺にまったく敬語使わない礼儀知らずで! だけど困ってる人を見ると考える前に動けるくらい優しくて!後輩の面倒見も良くて尊敬されてて! いざというときには最高に頼りになる!」

 

 ()()()御坂美琴だろうが!! ――と、上条は、他の誰でもない、御坂美琴に向かって言い放つ。

 

 それがお前だと。御坂美琴という人間の、女の子の、超能力者(レベル5)だろうが、低能力者(レベル1)だろうが変わらない――不変の魅力だと。

 

 上条は御坂の顔から手を離す。

 御坂はフラフラと後退し、再び鉄橋の柱に背を預け、凭れかかる。

 

 その顔はこれでもかというくらい真っ赤だった。

 

 上条は再び、御坂に語る。

 

「それに、それは俺だけじゃない。……白井、初春、佐天、固法先輩。それに縦ロールやなんだかんだ言ったって食蜂だってお前のことは認めてる。他にも“御坂美琴の魅力”に気づいてるやつは大勢いる。――こいつらは、お前が例え低能力者(レベル1)のままでも、絶対今のようにお前の側にいたはずだ」

 

 確かに、御坂は超能力者(レベル5)超能力者になる為、それまでの人生の全てを研鑽に費やし、友達も仲間も失ったのかもしれない。

 だが、今の御坂の周りには人が集まっている。そこには、超電磁砲(レールガン)という超能力ではない、御坂美琴という人間性に惹かれて集まった人もたくさんいるのだ。

 

 御坂は自身の親友達の顔を思い浮かべる。既に、御坂美琴は孤独などではない。能力がなければ何もないなどということは、決してなかった。

 

「……っ……っ……」

 

 両手で口を塞ぎ、嗚咽が漏れるのを押さえる。その両目からは、ポタポタと雫が零れていた。

 

「………それに、御坂。お前が最強を目指した14年間は、決して無駄なんかじゃない」

 

 御坂が顔を上げ上条を見る。

 上条は優しい顔で、御坂に言った。

 

「お前が必死に努力して手に入れたその力は、頑張って頑張って頑張って手に入れたその力は、お前が新たに手に入れた大切な絆を守る力になる。お前のその手で、大切な人達を救うことが出来る。……それだけで、お前は自分のこれまでの人生に誇りを持てないか?」

 

 御坂は今度こそ声を上げて泣き出す。

 

 上条は、その声が他の誰にも聞こえないように胸の中に抱きしめた。

 

 学園都市中の憧れを一身に背負う少女。

 大好きな親友達の前でもカッコいいヒーローでいる彼女が、か弱い女の子(ヒロイン)で居られるのは、上条の前だけなのだから。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「初春はさ……高位能力者になりたいって思わない?」

 

 上条がお見舞いに来た日の夜。初春家。

 佐天は初春の看病を続けていた。初春は上半身裸となり、佐天はその初春の背中をタオルで拭いている。

 

「え? ……そりゃあ、能力は高いに越したことないですし、その方が進学も断然有利ですけど……」

「………やっぱりさ。普通の学校生活なら“外”の学校でもできるじゃん? 学園都市に来たのは超能力に憧れてって人、結構いるでしょ。……あたしもさ。自分の能力はなんだろう? どんな能力が秘められているんだろう? ってここに来る前の日はドキドキして寝れなかったよ。……それが、ここに来て最初の身体検査(システムスキャン)で、あなたには全く才能がありません。無能力者(レベル0)です、だもん。……あ~あって感じ。正直、凹んだよ」

 

 初春は佐天の言葉を、噛みしめるように聞いていた。

 

「……その気持ち、分かります。私も能力レベルは大したことありませんから。………でも、白井さんや上条さんと一緒に仕事したり、佐天さんや御坂さんとショッピングしたり、毎日楽しいですよ。だって、学園都市(ここ)に来なかったら、みなさんと出会えてなかったんですから。――それだけでも、学園都市に来た意味はあると思うんです」

「初春……」

 

 健気な初春の言葉を聞き、佐天は――。

 

「もぉ~! 可愛いこと言ってくれちゃって! お礼に全身くまなく拭いてあげよう♪」

「やっ、ちょっと、佐天さん! 手の届く所は自分でやりますから~」

 

 その時、突然電気が消え、ゆるゆりタイムは終了となった。

 

「あれ……」

「停……電……?」

 

 その、突然の停電の原因は――。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「どうしてくれんだ!? お前があんなバカでかい雷落とすから町中真っ暗じゃねぇか!」

「うるさいわね! そもそもアンタが――」

「いやお前が――」

 

 あれだけの事を繰り広げた後も、この二人の距離感は変わらない。

 だが、このバトルの後、御坂が上条に勝負を強要することはなくなり――。

 

「と、ところでさ。アンタ……」

「あ、なんだよ」

「こ、今度の日曜日とか、その……」

「ああ、悪い。今、厄介な事件があってな。しばらく手が離せないんだ。なんか用だったか?」

「~~~~~っ! うっさい! なんでもないわよ! 馬鹿っ!!」

「なんなんだよ、お前は! うわっ! 馬鹿あぶねぇだろ! こんな街中で電撃ばら撒くな、ビリビリ!」

「ビリビリ言うなぁ!!」

 

 こんな風に、空回りする御坂が増えたという。

 

 

 

「……で、どんな事件なのよ」

「は?」

「だから! その厄介な事件ってやつ! 協力してあげるから、話してみなさいよ!」

「いや、お前一般人だし」

「いまさら何言ってんの? “いざというとき頼りになる”美琴さんに話してごらんなさい♪」

「ぐっ……って、お前、顔真っ赤だぞ」

「うっさいっ! いいから話しなさい! ………じゃないと、いつまで経ったって誘えないじゃない(ボソッ)」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもないわよっ!!」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「介旅初矢が意識不明だと!?」

 

 翌日、支部へ通勤途中だった上条に白井から連絡が入った。

 

『詳しいことは分からないのですが、警備員(アンチスキル)の取り調べの途中に突然……』

「わかった。これから直接向かうから、収容先の病院を教えてくれっ!」

 

 そして、上条は水穂機構病院へ向かう。

 途中、空間移動(テレポート)で合流した白井と共に病院に駆け込む。

 白井から情報が漏れたのか、なぜか御坂まで同行していた。

 

「何でお前まで……」

「いいじゃない。昨日協力するって言ったでしょう。……それに、私の電撃が原因とかだったら後味悪いし」

「それが本音か」

「お二人とも! 行きますわよ!」

 

 しばらく中を進むと、担当医と思われる眼鏡の初老の男性を発見した。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの!」

「介旅の容体は?」

 

 風紀委員(ジャッジメント)の腕章を確認し、医師が状況を説明する。

 

「最善を尽くしていますが、依然として意識を取り戻す様子が……」

 

 医師は病室のベッドに寝かされる介旅に目を向ける。

 絶対安静なのか、病室の扉にあるわずかな四角いガラススペース越しにしかその状況を窺うことができない。

 

「何らかの身体的損傷によるものですか?」

 

 白井が医師に質問する。しかし、医師はその質問に首を横に振った。

 

「いえ、頭部は勿論、身体のどこにも外傷はありません。どこにも異常はなく、意識だけが突然失われてて……」

「原因不明というわけですのね……」

「ただ、おかしなことに、今週に入って同様の症状の患者が次々と運び込まれてきて……」

「ッ!!」

 

 上条は、何かに気づいた。その医師が覗いているカルテに掲載されている患者は、過去の“幻想御手(レベルアッパー)使用者”と思われる人達だったからだ。

 白井もそれに気づいたのだろう。上条と顔を合わせ重々しく頷く。

 

「……情けない話ですが、私や当院には手に余る事態ですので」

 

 カツカツと、音の高い足音が響く。

 

「外部から、大脳生理学の専門家を招きました」

 

 その足音は上条たちの背後で止まる。三人が振り向くと、そこに居たのは上条と御坂が知る人物だった。

 

「お待たせしました」

「あ、あなたは――」

「木山先生!?」

「おや」

 

 その妙齢の女性は、二人の顔を確認すると、儚げに微笑んだ。

 

「やはり、またすぐに会えたね」

 

 “脱ぎ女”――再来。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 佐天涙子は自宅でネットサーフィンを行っていた。

 

「はぁ。見つからないなぁ~。“幻想御手(レベルアッパー)”」

 

 本気で躍起になって探していたわけではない。

 上条達風紀委員(ジャッジメント)が血眼になって探して見つからないものが、自分のような一般中学生レベルのネット技術で本気で見つかるとは考えていなかった。

 

 だが、やはり気にはなった。

 宝くじに夢見るように、流れ星に願いを託すように、七夕飾りに思いを乗せるように。

 

 そのぐらいの軽い気持ち。

 だけど、心の奥底に眠る、諦めきれない願望。

 

 そんなものを消化するための、無意味な代償行為。

 

――の、はずだった。

 

「はぁ。なんか新曲でも入れようかな」

 

 そう呟きながら、音楽ダウンロードのサイトを開く。

 特に目当ての曲がなく、無意味にカーソルをグルグル動かしていると――。

 

「ん?」

 

 不自然な箇所で、色が変わった。

 

「隠しリンク?」

 

 クリックする。すると、ページが変わり、真っ黒な背景に白の角ばったフォントで、こうあった。

 

 

 TITLE:LeveL UppeR

 ARTIST:UNKNOWN

 

 




皆の憧れのヒーローの少女は、自分がヒロインになれるヒーローを見つける。

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