上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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――あいつみたいなのは、この学園都市には大勢いるんだよ。


連続虚空爆破〈グラビトン〉

 

「はぁ。せめてもう少し、手がかりがあれば……」

「そうですね。分かっているのは大能力者以上の能力者ということしか……」

「でも書庫に該当者はなし。……急激にレベルアップした能力者! ……というのは現実味がなさすぎですわよね」

「「はぁ」」

 

 風紀委員177支部では、白井と初春が進展のない捜査状況に頭を悩ませていた。

 その時、支部の扉が開かれ、一人の女生徒が入ってくる。

 

「お疲れ二人とも」

「あ、固法先輩」

「お疲れ様ですわ」

 

 固法は近隣の風紀委員(ジャッジメント)の中でもかなりの古株の為、この地域の風紀委員(ジャッジメント)を纏めるリーダーのような役割をしている。

 その為、今回の事件では彼女も忙しなく動き回っていた。

 

「あれ? 固法先輩、上条さんは?」

 

 初春が固法に今日は姿を見ていないツンツン頭の少年の所在を尋ねる。

 すると彼女は、少し表情に影を作りつつ答えた。

 

「……上条くんは、こないだ被害に遭った風紀委員(ジャッジメント)のお見舞いに行っているわ」

「あ……」

「…………」

 

 その答えに、支部内は暗い雰囲気に包まれる。

 

「……また、上条さんは責任を背負い込んで無茶をしているんでしょうか?」

「……分からない。だけど、相当厳しい顔をしてたわ」

「……しょうがない人ですわね。本当に」

 

 上条の性分は、同僚である彼女達も承知している。

 そして、なんでも一人で背負いこむ彼を、皆、常に心配しているのだ。

 

「……彼が無茶をしないように、一刻も早く! この事件を解決するわよ! いいわね!」

「……はい!」

「……まったく、世話の焼ける先輩ですわね」

 

 固法が後輩二人を、そして己を鼓舞するように声を張り上げると、初春と白井もその顔に意識して笑顔を作った。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「それじゃあ、また来るな。犯人は必ず捕まえる。だから、ゆっくり休め」

「はい。上条さん、ありがとうございました!」

 

 上条はそう言って病室を後にする。

 彼が病室を出る時、花を持った女性徒が緊張気味に立っていた。

 おそらく、彼が身を挺して助けた女の子だろう。

 

 彼は背中に大火傷を負いながらも、自らの正義感の元に一人の女の子を救ったのだ。

 上条はそんな仲間を誇りに思い、そしてそんな彼を救えなかった自分に歯噛みした。

 

 自分はまた救えなかった。その思いが彼を責めたてる。

 

 全ての悲劇を起こる前に救う。そんなことは不可能だと理解し、実感している。魔神でもない限り。

 しかし、彼は一度そんな世界を見せつけられている。成功例がある以上、そこを目指さずにはいられなかった。

 

 少しでも、一つでも、一歩でも、あの理想郷(せかい)に近づきたい。

 

 彼は病院を後にし、進む。宛はない。だが、足を動かさずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 次の日、御坂と佐天と初春はセブンスミストへと歩いていた。

 働き通しの白井や初春に息抜きをと佐天と御坂が企画したが、白井は仕事が片付かず参加出来なかった。

 初春はなら私もと自分も仕事をしようとしたが、白井が二人に悪いから初春だけでも参加してこいと送り出したのだ。

 

「そっか……白井さん、来れないんだ」

「ええ。でも、元気そうですよ。お土産を色々とリクエストされちゃいました」

「なら、こっちも目一杯楽しみましょう。そして、お土産持って支部へ陣中見舞いに行きましょうよ」

 

 そんな風にワイワイ騒ぎながら、セブンスミストへ入っていく一同。

 

 その中のある一点。初春の右腕の腕章を、介旅初矢が醜悪な笑みを浮かべながら凝視していた。

 

 

 

 

 

「初春~こんなのどう?」

「ひ、紐パン!? む、無理です! こんなの穿けるわけないじゃないですか!!」

「え~。でもこれなら、あたしにスカート捲られても恥ずかしくないんじゃない?」

「むしろ恥ずかしいですよ! ていうかそもそも捲らないでください!」

 

 御坂は佐天と初春のやりとりの苦笑しながら見守る。

 彼女達は女子中学生らしく全力でショッピングを楽しんでいた。

 

 佐天は凄くウキウキしながら初春をいじり倒している。

 最近、初春が風紀委員(ジャッジメント)の仕事で忙しくて寂しかったのかもしれない。

 

「あ、そういえば御坂さんは何か探し物はあります?」

「え、そうねぇ……パジャマ、とか?」

「それならこっちですよ!」

 

 佐天が御坂に尋ねると、初春が話の矛先を変えるべく、我先にとパジャマ売り場へ先行する。

 

「色々回ってるんだけど、あんまりいいのが置いてなく……て……」

 

 御坂の目がある一点で止まる。

 そこには、なんていうか、その、“かわいい”を極めたようなピンクに花模様の、対象年齢が幼そうなパジャマがあった。

 

 御坂の目が輝いている。すでに心を鷲掴みにされていた。

 

「ね、ねぇ! これ、すごくかわ「うわぁ~、見てよ初春このパジャマ。今時こんな子供っぽいの着る人いないよね~」「小学生の頃は着てましたけど、さすがに今は……」そうよね! うん! 中学生にもなってこれはないよね! うん!」

 

 現役JCのまっすぐな意見にちょっと泣きそうになりながらも、必死に合わせる御坂(JC)

 佐天と初春はそのまま水着を見に行くが、御坂はまだこのパジャマから目を離せなかった。

 

(……いいんだもん。パジャマなんだし、誰に見せるわけでもないんだから)

 

 誰も聞いてないのに心の中で必死に弁明しながら、横目で佐天達の様子を確認し、素早く手に取り姿見で合わせる。

 そこには、自分以外にツンツン頭の少年が映っていた。

 

「何してんだ、ビリビリ?」

「ぬわっ! な、なんでアンタがここにいんのよ!?」

 

 御坂の絶叫を聞き届けたのか、佐天と初春が上条に気づき、こちらに戻ってくる。

 

「あ、上条さーん♪」

「上条さん!?」

「よう、初春に佐天。お前たちもいたのか」

 

 初春達が来たことで瞬速でパジャマを元に戻す御坂。

 そして、再び上条に向き合う。

 

「それで、アンタはどうしてここにいるの?」

「ああ。それはな――」

「こんにちは♪ ときわだいのお姉ちゃん♪」

「あ、あの時のカバンの子……」

「ああ、こないだの」

「あーじゃっじめんとのお姉ちゃん♪」

「どうしたんですかこの子? 上条さんの妹さんですか?」

「違う違う。この子が洋服屋を探してるっていうからここまで連れてきたんだ」

 

 この子は以前に御坂が風紀委員体験記を行った際に助けた女の子だ。

 上条は偶然その子と鉢合わせ、こうして世話を焼いたらしい。

 

「でも、初春達と合流できてよかった。その子のこと頼むな。俺はちょっと街をパトロールしてくるから」

「えー。もう行っちゃうんですかぁ。忙しすぎますよ上条さーん」

「まったくですよ。まぁ、でもこれも仕事だからな。じゃあまたな、みんな」

 

 そう言って上条は立ち去ろうとするが、その手を初春が引き留める。

 

「ま、待ってください!」

「ん? どうしたんだ、初春?」

「……もしかして上条さん、碌に寝てないんじゃないですか?」

「ッ!」

 

 上条は一瞬動きを止めるもすぐに話をはぐらかそうとする。

 

「え!? そうなんですか?」

「……いやぁ~最近忙しくてな。けど、大丈夫だよ。今日は早く帰って寝るつもりだから」

「私達の前でまで虚勢を張るのは止めてください。上条さん、最近、仕事は私達が支部に来る前に終わらせて、一日中街をパトロールしてるじゃないですか」

「…………あ~」

「……上条さん。上条さんが頑張るなって言っても頑張り過ぎる人なのは知ってます。だけど、もう少し私達を頼ってください。一人で抱え込まないでください」

 

 初春の上条の手を握る力が強くなる。瞳は力強く上条を見つめていた。

 上条はそんな初春に優しく微笑む。

 

「……ありがとう、初春。でも、これは俺が好きでやってることだ。もちろん、お前達のことは頼りにしてる。だけど、ただでさえ最近の風紀委員(ジャッジメント)の仕事は山積みでハードなんだ。そんなお前達にこれ以上の負担はかけられないよ」

「でも!」

「じゃあ、こうしましょう♪」

 

 どっちも引かない二人の間に、佐天が割り込む。

 

「上条さん。これから、あたしたちとデートしましょう♡」

「え?」

「「えええええええええええええ~~~~~~~~!!!!????」」

「わ~い、デートデート♪♪」

 

 佐天の突然の衝撃提案に、上条は呆気にとられ、初春と御坂は絶叫し、カバンの女の子(以下カバンちゃん)はデートという大人な響きになんだか嬉しくなる。

 

「こうして会ったのも何かの縁ですし、息抜きも大切ですよ♪」

「え、いやでも」

「それに、その子も凄く嬉しそうですし」

「お兄ちゃん! デートしよ! デート!」

「……でも」

「か、上条さん!」

 

 いまだ渋る上条に、これも上条を休ませる好機と自分の中で勇気を振りしぼる理由を築きあげた初春が、顔を真っ赤にしながら――。

 

「ふ、不束者ですが! よろしくお願いします!!」

 

――盛大に空回った。

 

「え、えっと初春? それはもっと使い道を選ぶべき言葉だと思うんだが……」

「あ……え!? え、えっと! 今のはそういうことではなくて! い、いえ別に嫌だとかそういうんじゃなくてですね! あ、あの、えっと」

「初春、落ち着け! なんか凄い注目集めてるから!」

「お兄ちゃん! 早くデート行こう、デート! 私を大人の女にしてね♪」

「君は憧れだけで覚えたての言葉使わないで! 君にはまだ早い!」

「さあ! あたしたちの誰を選ぶんですか、上条さん? キチンと責任とってくださいね☆」

「佐天さんに至っては確信犯だよね!? 状況を混乱させて楽しんでるだけだよね!?」

 

 こうしている間にみるみる内にギャラリーが増えていく。

 場所が場所の為、やはり若い女の子が多く、会話の内容が内容の為、上条に注がれる視線に込められる感情は氷河のように冷たい。

 上条当麻のメンタルがガリガリ削られていく。特にカバンちゃんが言葉を発する度に周囲の視線の温度が急降下する。内容が背伸びする女の子は可愛いなんてフィルターでは誤魔化しきれなくなってきている。

 

 上条に、もはや選択肢はなかった。

 

「行く! デートでもなんでも行ってやるよ! だからここから一刻も早く移動するぞ!」

「やった~~! 上条さん、カッコいい~~!」

「やった~~♪♪ デート♪ 大人のデート♪」

「は、はい! どこまでもお供します!!」

 

 こうして、上条は四人の女の子とデートすることになった。

 ちなみに御坂は。

 

「で……で……デー……デー……」

 

 顔を真っ赤にし、湯気を放ちながらずっとフリーズしていた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 五人はセブンスミストのフードコートにあるクレープ屋で、それぞれクレープを購入した。

 ……上条の奢りで。

 

『上条さんはデートで女の子に支払わせるなんてケチな男じゃありませんのことよ!!』

 

 大言壮語を宣い、今月の奨学金の殆どが泡と消えた。最近のスイーツはちょっとした食事代よりも高い。

 ……まぁ、前回の時とは違う同居人のおかげで今の上条は食費には困っていないのだが、律儀な上条は自分が自由に使う金は自分の奨学金のみと決めている。よって今の上条は、今月のお小遣い無しねと言われた世の中のお父さん的な状態である。高校一年にしてその背中からは哀愁が漂い始めていた。

 

 ここでもカバンちゃんが存分に本領を発揮し、高いメニューほど大人!とでも思ったのか『チョコバナナ&ストロベリーカスタードマロン生クリームバニラアイス乗せ練乳たっぷりver』という甘いもの全ミックスとでもいいたげなデラックスなクレープを注文。上条の懐事情に大ダメージを与えた。

 

 そんなモンスタークレープを幼女が自力で完食できるわけもなく、初春と御坂に涙目で助けを求めている。

 目の前の微笑ましい光景を、上条は中身なしのプレーンクレープをもそもそと食べながら眺めていた。

 

「食べます?」

 

 すると、佐天が上条の隣に腰掛け、自分の食べかけのブルーベリー味のクレープを上条に差し出した。

 

「いや、いいよ。佐天が全部食べ「えいっ!」むぐっ」

 

 上条は遠慮しようとしたが、佐天は強引に上条の口に突っ込んだ。

 そして、その後、上条が口をつけた部分をぱくっと食べる。

 

「おいしいですね♪」

「………ああ」

 

 お互い顔を真っ赤にして照れる。

 御坂と初春がカバンちゃんの世話に夢中になっていなければ、修羅場間違いなしの光景だ。

 

「……ごめんなさい。無理矢理デートなんかに付き合ってもらっちゃって」

「……いや、別にいいけど。なんであんな強引に?」

「はは、やっぱり強引でしたよね。……なんていうか、放っておけなくて」

「え?」

「なんていうか……初春に寝てないんじゃないかって言われたとき、上条さん一瞬凄く辛そうな顔してたから」

「………」

「上条さんは風紀委員(ジャッジメント)で、色んな所で色んな人を助けて、色んな人達のヒーローなんだって思います。………もちろんあたしにとっても。……でも――」

 

 佐天は横に座る上条に顔を向け、毅然とした笑顔で言い放つ。

 

「ヒーローだって、日常を楽しんだっていいと思います♪」

 

 上条は、呆気にとられたように見惚れた。その純粋で、無垢な笑顔に。

 何にも染まっていない、その日常を生きる、表の世界の光を放つ笑顔に。

 

(……あぁ。これが、俺の守りたいものなのかもしれない)

 

 誰もが佐天のような笑顔を浮かべられる、そんな世界こそが、上条が欲しくてたまらないものなのかもしれない。

 

「だから、今日はデートを楽しみましょう♪」

「………ああ。そうだ」

 

 な、と続ける上条の言葉は途中で遮られた。

 

 上条と初春の端末が同時に鳴り響く。

 

 着信相手は『風紀委員177支部』

 

 デートの時間は――日常パートは、唐突に終わった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

『もしもし!? 上条さん! 今どこにいますの!? 無事ですの!?』

「落ち着け、白井。俺は今パトロールに出ている所だ。それより無事ってどういうことだ?」

 

 

連続虚空爆破(グラビトン)事件の標的(ターゲット)風紀委員(ジャッジメント)!? 本当ですか?」

『ええ。過去の事件の全てが風紀委員(ジャッジメント)が傍にいるときに起きている。ほぼ間違いと思うわ』

 

 

「くそっ! ……そんな分かりやすい共通点を見逃していたなんてっ……」

『それより上条さん! 衛星が重力子の爆発的加速を観測しました! まもなく次の爆発が起きます! 場所は――』

 

 

「それじゃあ、次も風紀委員(ジャッジメント)が狙われる可能性が高いってことですね?」

『ええ。そして、ついさっき衛星が次の爆発の予兆を感知したわ。場所は――』

 

 

『『第7学区――セブンスミストですの(よ)』』

 

 

 その言葉を聞いて上条と初春は揃って顔を見合わせる。

 

「白井。都合よく俺と初春がそこにいる。すぐに避難誘導を開始する。白井は警備員に連絡を!」

『え!? なぜ初春といっし「ピッ」』

 

「固法先輩。私、ちょうど上条さんとそこにいます。すぐにお客さんの避難誘導を開始します」

『え!? ちょっと待って、上条くんもそこにい「ピッ」』

 

「初春、聞いての通りだ。客の避難誘導を開始しろ。俺は店員に館内放送で避難を煽ぐように要請する」

「分かりました!」

「御坂は、初春を手伝ってやってくれ!」

「わかったわよ!」

「上条さん、あたしは!?」

「佐天はあの子と一緒に避難を……って」

 

 カバンちゃんがいない。さっきまで、一緒にいたはずなのに。

 

「御坂、初春! あの子はどこだ!?」

「え? あれ?」

「確かにさっきまでここに……」

 

 くそっ! 最悪のタイミングではぐれてしまった。

 だが、ゆっくり個別に探している時間はない。

 

「くっ……俺が館内放送の依頼の後に探す! 初春と御坂は避難誘導! 佐天は一刻も早く外に避難しろ! そして、警備員(アンチスキル)の応援が来るまで、誰も中に入れないようにしてくれ!」

「わかった」「分かりました!」「……はい。みんな、気をつけて!」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

『お客様にご連絡いたします。誠に申し訳ございませんが、店内で電気機器の故障が発生したため、誠に勝手ながら、本日の営業を終了させていただきます』

 

 店内の放送機器から、繰り返し同じ文言が流れる。

 パニック誘発を防ぐべく、緊急時用にあらかじめ用意されていた文句だ。

 

 上条はそれを聞き流しながら、すでに避難が終了して誰もいなくなった二階を走り回っていた。

 カバンちゃんはまだ見つからない。

 

 上条は焦る心を必死に抑えながら、先程白井から聞いた情報を頭の中で反芻する。

 

『標的は風紀委員(ジャッジメント)の可能性が高いと考えられます』

『次の場所は、第7学区――セブンスミストですの』

 

 この二つの情報が導く答えは、今回の標的(ターゲット)は自分か初春だということ。

 広いセブンスミストの店内には、もしかしたら自分たち以外の風紀委員(ジャッジメント)がいたのかもしれないが、それならば自分達と同じように情報が届き、避難誘導に協力しているだろう。

 

 もしこれが正しいとすれば、カバンちゃんは自分が巻き込んでしまったことになる。

 なんとしても、救わなければならない。

 

 上条はカバンちゃんが二階にいないことを確認すると、再び一階に駆け降りる。

 

 そこに避難誘導を終えた御坂と初春がいた。

 

「上条さん!」

「上の階の避難は終了した! だけど、あの子がいない!」

「もしかして、もう外に?」

「分からない! だが、もし中にいたら「お姉ちゃ~ん」っ! いた!」

 

 その時、カバンちゃんが初春に駆け寄ってきた。その手に、見知らぬカエルの人形を持って。

 

「よかった……」

「あぁ――」

 

 ぞくッ――と寒気が走る。

 上条の第六感が危険を訴えた。

 

 そのカエルの人形は危ないと。

 

「眼鏡をかけたお兄ちゃんがね、この人形をじゃっじめんとのお姉ちゃんに渡して欲しいって!」

「え、私に――「初春! その人形を遠くに投げ飛ばせ!」――え?」

 

 上条の叫びと同時に、カエルの人形が醜悪に変化する。

 

()()()()()()()だ!!!」

 

 初春は人形を投げ飛ばし、カバンちゃんを守るように抱きかかえる。

 

超電磁砲(レールガン)で爆弾ごと吹き飛ばす!!)

 

 御坂がポケットの中のコインを取り出す。

 

 が、焦ったのか、あろうことかコインを取り損なってしまった。

 

(しまっ! 間にあわ――)

 

 その時、誰よりも早く、“御坂がコインを取り出そうとするよりも早く”、少年は爆弾に肉薄する。

 上条は、“爆弾が爆発する前に”その右手で抑え込んだ。

 

 人形は醜悪に姿を歪めたまま、内部からパキンと音を立てて――安定した。

 こうして、セブンスミストは無傷のまま、爆弾の爆発を防ぐことに成功――被害者はゼロだった。

 

「……ふ~」

「た、助かった……ありがとうございます、上条さん」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「ああ。無事でよかった」

「……」

 

 初春とカバンちゃんが上条に感謝を伝える中、御坂は色々な感情を持て余していた。

 助かった嬉しさ。失敗した恥ずかしさ。上条に後れをとった悔しさ。何もできなかった情けなさ。

 

 それらを自分の中で必死に処理し続けていると、上条のボソッとした呟きを耳が拾った。

 

「…………眼鏡のお兄ちゃんか」

「っ!」

 

 そうだ。まだ、この爆弾を用意した奴を――犯人を、捕まえていない。

 

 事件はまだ、終わっていない。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 介旅初矢は路地裏で呻いていた。

 

「なぜだっ! なぜ爆発しなかった!!」

 

 これまで、数回の実践(じっけん)を重ねその度に威力を更新してきた。

 こないだはついに風紀委員の一人に入院レベルの重傷を負わせることに成功した。

 今回こそ、()れる。そう確信した、会心の出来だった。

 

 にも関わらず、待てど待てど爆発は起こらず、ついに標的の花飾りの風紀委員(ジャッジメント)は爆弾を持たせた少女と共に無傷で建物から姿を現した。

 

 失敗。明らかな失敗。

 ……ありえない。ありえない !ありえない!!

 

 僕は力を手に入れた! 強くなったんだ! こんなのは何かの間違いだ! こんなことは絶対にあってはならない!!!

 

「ありえない! ありえない! 次だ! 次はもっと威力の高い奴を! この力で無能な風紀委員(ジャッジメント)も! あの不良共も!! みんな、みんなまとめて――」

 

 ドガッ! っと吹き飛ばされた。正確には蹴り飛ばされた。

 無様に地面に全身を打ち付けた介旅は、状況を理解できず蠢く。顔を上げると――茶髪のセミロングの女子中学生が見下ろしていた。

 

「はぁ~い♪ ……要件は、言わなくても分かるわよね――」

 

 御坂は笑いながら言う。

 

「――爆弾魔さん♪」

「ッ! ……なんのことだか、僕にはさっぱり」

「さっきから馬鹿デカい声で自白も同然のことを叫んどいて、今更言い逃れできると思ってんの?」

「……っ!」

 

 介旅が鞄の中からアルミ製のスプーンを取り出す。

 

 そこを針の穴を通すコントロールの超電磁砲(レールガン)が擦過した。

 

「ぐぁぁあああっっっ」

 

 当たってはいない。しかし、その熱だけでも一般人には当然激痛だ。

 苦し回る介旅を、しかし御坂は冷めた目で見下ろし続ける。

 

「『超電磁砲(レールガン)』……常盤台のエース様か」

 

 そう吐き捨てる介旅の声に、尊敬の念などカケラもない。

 あるのは、嫉妬、侮蔑、そして怨嗟の念だった。

 

「いつもこうだ……何をしても……何もしていなくても……こうして僕は、いつも地面にねじ伏せられるっ」

 

 介旅はゆっくりと起き上がり、御坂を渾身の力で睨みつける。

 御坂は動じない。気にも留めない。コイツにはそんな価値すらないと言わんばかりに。

 

「殺してやるっ……お前らはいつもこうだ! お前らはいっつもそうだ!! 風紀委員(ジャッジメント)も同じだ! 力のあるやつは……みんなそうだろうが! どいつもこいつも、俺を哀れに見下しやがってよぉおお!!」

「……力……力……力って」

 

 御坂は介旅の襟首を掴み上げ、強引に立たせる。

 この時、初めて御坂の瞳に感情が灯った。それは――怒りだ。

 

「歯を、食いしばれっ!」

 

 腕を大きく振り、殴りつけようとする。

 

 しかし、その腕は背後の人物に止められた。

 

「やめろ、御坂。これは風紀委員(ジャッジメント)の仕事だ」

 

 上条は御坂の手を解き、介旅を解放する。

 

「大丈夫か?」

「っ! アンタわかってんの!? こいつは――」

「御坂」

 

 怒鳴り散らそうとした御坂を、上条は低い声で制す。

 

「黙ってろ。これは風紀委員(ジャッジメント)の仕事だ」

「っ!」

 

 口を開きかけた御坂は、上条の視線一つで強制的に閉口させられた。

 

 そしてゴホッゴホッと息を整えていた介旅が口を開く。

 

「だから……遅ぇんだよっ……」

 

 上条と御坂は介旅に目を向ける。介旅は唾をまき散らながら、喚き散らした。

 

「遅いんだよ! お前達風紀委員(ジャッジメント)は! こっちがやられる前に助けろよ! いつもいつも終わった後にのこのこやってきやがって! 学園都市の治安維持がお前らの仕事だろうが!!だったら! 力のない奴を守れよ! 盾になれよ! どうして僕ばっかりがこんな目に遭わなくちゃいけないんだよぉ!!」

「っ!このっ!」

 

 御坂は限界だった。介旅のあまりに自分勝手で他力本願な、その言い草に。

 

「そうだな。お前の言う通りだ」

 

 しかし、上条はこう言った。

 その言葉に御坂だけでなく、介旅までもが呆気にとられる。

 

「俺達風紀委員(ジャッジメント)の仕事は、お前のように理不尽な思いをする人達を一人でも多く救うことだ。この街で平和に暮らしている人達を守る盾になることだ。お前がどれだけ苦しくて、辛い思いをしたのかは分からない。だが、そんな思いをさせてしまったのは、間違いなく俺達風紀委員(ジャッジメント)の落ち度だ。――本当にすまなかった」

 

 上条は頭を下げる。しばらくの間そうしていたが、やがて顔を上げると毅然と言い放つ。

 

「だが、それでもお前のやったことは許されることじゃない」

 

 上条は続ける。

 風紀委員として、被害者――介旅初矢への謝罪とともに、爆弾魔(かがいしゃ)――介旅初矢に贖罪をさせなければならない。

 

「お前がやったことはただの八つ当たりだ。お前がやられたから、誰も何もしてくれなかったから。それはお前が加害者になっていい理由には絶対にならない。それは相手を傷つけるだけでなく、お前自身を貶める行為だ。それだけは、絶対にやってはいけなかった」

 

 上条は、地面に倒れ伏せる介旅に、膝を折って目線を合わし、真っ直ぐに告げる。

 

「自首しろ。お前がこれまで傷つけた風紀委員(ジャッジメント)に謝罪して、罪を償え。お前はまだやり直せる」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 介旅初矢は警備員(アンチスキル)の車で連行された。

 彼はあの後、上条や御坂に暴言を吐かず、何も発さず、終始俯いたままだった。

 上条の言葉が、彼に届いたかは分からない。

 

 だが、犯人は逮捕され、連続虚空爆破(グラビトン)事件は幕を閉じた。

 

 そして今、白井と初春と佐天とカバンちゃんが無事を喜んで騒いでいるのを、上条は少し遠目で眺めている。

 

「ねぇ」

 

 そこを決して笑顔ではない御坂が話しかけた。

 

「なんだ?」

「さっき。なんで、あいつを庇ったの?」

「……別に庇ったわけじゃない。風紀委員(ジャッジメント)として、暴力が振るわれるのを黙ってみているわけにはいかなかっただけだ」

「っ! なんで!? 殴られて当然の奴じゃない!? 力を言い訳にして、色んな人を危険に晒して!」

「……確かに、あいつがやったことは許されることじゃない。そのことはあいつはちゃんと反省すべきだし、きちんと償うべきだ。けど――」

 

 上条は、目を細めながら呟くように言う。

 

「――あいつみたいなのは、この学園都市には大勢いるんだよ」

「……え?」

「佐天は、風紀委員(ジャッジメント)の俺は、色んな人のヒーローだなんて言ってくれたけど、全員が全員俺に感謝してくれるわけじゃないんだ。さっきのあいつみたいにすでに何発か殴られた後で、もっと早く助けに来いなんて言われたりもしょっちゅうだ。……学園都市は能力主義だ。高能力者が幅を利かせ、無能力者は肩身の狭い思いをしている。もちろん心優しい高能力者も、無能力者でも堂々と胸を張って生きている人達もいる。けどさ、御坂――」

 

 ここで初めて上条は、御坂と目を合わせながら言った。

 

「数人の能力者に囲まれて、それでも力を言い訳にせずに立ち向かえなんて、無能力者に言えるのか?」

「……………」

「だから、あいつが殴られる前に助けられなかった俺達風紀委員(ジャッジメント)に罪があると思った。だから謝ったんだ。別にあいつが悪くないって言ってるわけじゃない。あいつはそこで努力を諦めて、他者を憎むことで自分を正当化しようした。それはあいつの間違った選択だと、俺も思う」

 

 御坂はそれでも、納得できないようだった。

 上条は御坂に向かって諭すように言う。

 

「御坂。低能力者(レベル1)から努力に努力を重ねて超能力者(レベル5)になったお前からすれば、能力が低いことを言い訳にするのは許せないのかもしれない。けどな、“能力が低い奴らがみんな、頑張ってないわけじゃないんだ”。頑張って、頑張って、頑張って、それでも、結果が伴わなくて、苦しんでいる奴らはいっぱいいるんだよ。――そのことは、わかってやってくれ」

 

 上条の悲しい笑顔で言う言葉に、御坂は何も言えなかった。

 




努力が報われた超能力者に、弱者の味方の無能力者の言葉が突き刺さる。

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