上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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 お待たせしました。
 上条当麻vs麦野沈利で、丸々一話です。
 楽しんでいただけたら幸いです。


第四位〈むぎのしずり〉

 

 その光線は、まさしく光の如き速さで放たれた。

 

 だが、上条当麻は冷静沈着に、避けれる線、避けられない線を瞬時に感覚的に理解する。

 身体を傾け、腰を落とす。それにより、四本中三本の光線が、上条の身体を掠めるように擦過する。

 

 そして、残る一撃を、上条は右手で受け止めた。

 キュイーンという、もはやお馴染みとなった幻想を殺す破砕音。

 超能力者(レベル5)の宣戦布告の号砲を、上条は眉ひとつ動かさず、一歩もその場から動くことなく防いでみせた。

 

 だが、相手は麦野沈利。その程度で臆するような甘い怪物ではない。

 

 むしろ不敵に、むしろ暴力的に、よりその凶暴な笑みを深める。

 ゆっくり、一歩を踏み出す。

 

 怪物が、歩みだす。

 

 その嗜虐的な笑みのままに、第四位は自身の周囲に白球を浮かべながら、無差別に破壊を振りまきつつ、上条当麻に向かって歩みを進める。

 

 さすがの上条も、チッと大きく舌打ちをしながら距離を取るように駆け出す。

 

 その様を見て、心底愉快だと言わんばかりに、怪物は嗤う。

 

「ぎゃははは!! いい様だねぇ! どこまでも無様に逃げてみろ! どこまで逃げようと最終的には愉快な死体にしてやるけどなぁ!」

 

 上条は背を向けて逃げる。そして時折躱しきれない光線を、降りかかる火の粉を払うように右手で打ち消す。

 

 そして、麦野は瞬時に見抜いた。

 

「はっ、どうやらそのお得意の無効化能力は、その右手でしか使えない欠陥品みたいね」

「……さぁ、どうかな?」

 

 上条は強がって見せたが、内心ではその観察力に歯噛みしていた。

 

(ちっ、さすがに超能力者(レベル5)か……)

 

 超能力者(レベル5)とは、その桁外れに強力な能力と、強烈な個性(パーソナリティ)が印象に残りがちだが、それ以外にも彼らには特筆すべきものがある。

 

 それは、頭脳。

 

 学園都市産の超能力は、頭脳による演算が肝となっている。

 それぞれの能力に計算式があり、それを演算することによって能力は発動する。そして当然、その演算能力が高いほど、強力な能力を発動することが出来る。

 

 つまり、上位能力者ほど、演算能力が高く、ひいては優秀な頭脳を持っているといえる。

 

 そして、目の前にいる怪物は、学園都市の頂点の七人の一角。

 

 世界最高の頭脳が集まるこの学園都市で、最高位の頭脳を持つ女傑である。

 

「ったく、こんな弱点だらけの雑魚野郎に、絹旗とフレンダは何してんだか。こんなの、いくらだって殺せるだろうが、よッ!!」

 

 麦野は光線を発射し、上条の周りの巨大な周辺機器を焼き切った。

 

「――ッ!!」

 

 そして、巨大な金属塊が雪崩のごとく降り注ぐ。

 

 ズササササァァという轟音の後、麦野はゆっくりと上条に向かって近づいた。

 

 だが、麦野はその落下物を避けきり、麦野が光線を振りまいたときに開けてしまっていた穴から密室より脱出する上条の姿を捉えた。

 

 当然、逃げたわけではない。それは、わざわざこちらを振り向き、麦野と目を合わせた上条を確認した麦野にはよく分かっていた。

 

「……かっ。つくづく私の癇に障るのが上手い男ね」

 

 麦野はこれが誘いであることなど微塵も気に掛けず、むしろ足掻いて見せろと言わんばかりの勇壮な歩みで、上条が抜けた穴へと向かう。

 

(……それにしても、よく避けるわね。例え能力を消せる右手を持っていたとしても、あれだけの『原子崩し(メルトダウナー)』を捌ききれる奴がどれだけいるか……単純な経験値? それとも、能力を消す以外に何か特別な能力が?)

 

 麦野は堂々と歩みを進めながらも思考を怠らない。あの無能力者の風紀委員(ジャッジメント)が、自身の同僚である絹旗とフレンダを撃破したことは紛れもない事実だ。その部分では、麦野は上条を侮るつもりなどない。

 

 だが、その事実を踏まえても、麦野は恐れない。自身の勝利を微塵も疑わない。

 

 それは自惚れでも、驕りでもなく、ただの自負。

 

 奴よりも己の方が強いという、強者の圧倒的な自信。

 

 これが超能力者(レベル5)。どんな小細工も歯牙にかけず、己の力のみで全てを破壊する、圧倒的な暴力の持ち主。

 

 麦野沈利は、学園都市の第四位の座に相応しい覇者の風格の持ち主だった。

 

 

 対して上条当麻は、先程の空間に比べて道幅が急激に狭くなった通路を行きながら、少しの痺れをみせる右手に目を向ける。

 

(……重い攻撃だった。単純な威力だけなら、御坂の電撃よりも上かもな)

 

 もちろん、それだけで麦野の方が御坂よりも強いと断じることは上条には出来ない。御坂の強みは一撃の威力よりもその多様性だと上条は思っているし、麦野はまだ能力の底を見せていないだろう。

 

 だが、どちらが怖いかというのなら、間違いなく上条は御坂よりも麦野を選ぶ。

 

 それは、能力の上下云々ではなく、ただ単純に――麦野が、人を殺せる人間だからだ。

 

 その全てを貫く圧倒的暴力を、躊躇なく人に向けて発射できる人間だからだ。

 

 だから、どちらがより怪物なのかと言われれば、間違いなく麦野だ。

 

 

 ドゴォォーーン!! と、上条が逃げてきた穴を豪快に破壊して広げながら、麦野は姿を現す。

 

 その様は、その姿は、まさしく怪物。圧倒的な強者。

 

「みーつけた♡」

 

 蕩けるように笑いながら、麦野沈利は破壊を振りまく。

 

 そして、一歩、一歩、そのハイヒールとリノリウムの床で音を奏でながら、スポットライトを浴びる女優のように悠然とした足取りで、上条に向かって歩みを進める。

 

 上条は、思わず笑みを浮かべながら冷や汗を流す。

 

 間違いなく、この世界に逆行してから今まで戦ってきた敵の中で、最強で、最恐で、最凶だった。

 

 麦野沈利は、超能力者(レベル5)の第四位の称号に恥じない、正真正銘の怪物だった。

 

(前の世界じゃあ浜面の仲間だったから、“話せば分かる奴等”だと思ってたのは……見込みが甘すぎたか)

 

 目の前の縦横無尽に全てを破壊しながら迫ってくるあの怪物を相手に、どんな言葉をぶつければ戦いを回避できるのか、欲しい情報を話してもらえるのか、まるで想像もつかない。

 

 そもそも上条は、相手を説得するということが得意な人種ではない。

 

 これまでの戦いでも、ただ己の気持ちを、怒りを、我武者羅に相手にぶつけるだけだった。

 

 許せない者を糾弾し、己のエゴをぶつけ、認められない幻想をぶち殺すだった。

 

 そうやって戦い、そうやって勝ち残り、そうやって負けてきた。

 

 だが、上条のそんな戦い方は、彼女達には届かなかった。

 

 フレンダ=セイヴェルンには差し出した手を弾かれ、絹旗最愛には激昂されて拒絶された。

 

 

 上条当麻の言葉では、彼女達は救えなかった。

 

 

 そんな上条が、そんな敗者が、麦野沈利を救えるはずが――理性的に暴れ狂う目の前の怪物を救えるはずがない。

 

(――でも、そんな彼女を、そんな彼女達を、お前は救ったんだよな、浜面)

 

 上条が前の世界で彼女達を見たのは、浜面仕上が彼女達を救った後だった。

 

 上条当麻ではない別のヒーローに、救われた後だった。

 

 上条は彼女達(アイテム)とはほとんど面識はなかったけれど、あの元スキルアウトの少年を中心に形成された彼と彼女達だけの空間は、少なくとも上条にはとても綺麗なものに見えて。

 

 きっと浜面が、麦野と、絹旗と、そして滝壺と、色んなものを乗り越えて、必死に頑張って手に入れた掛け替えのないもので。

 

 間違っても、そこにいた彼女達は、今の彼女達のような表情はしていなかった。

 

 

「おいおいどうしたぁ? 今更ビビッて金玉縮み上がっちまったかぁ? 心配しねぇでも、その粗末なもんと一緒に判別不能なくらいブッ飛ばしてやるよ!!」

 

 ついに麦野は、上条と数メートルという距離まで接近していた。

 

「それともお仲間と私を引き離すのが目的か? だが、今頃あっちには滝壺が――」

「一応、聞いておくが――」

 

 上条は麦野の言葉を遮りながら、真っ直ぐ麦野を睨み据えて言い放つ。

 

「――今夜行われる、第一位の実験の場所はどこか知らないか?」

 

 その言葉か、それとも上条の迫力を増した眼差し故か、麦野は自身の言葉が遮られたことによって細めていた不満げな眼差しを、再びあの好戦的な笑みへと変えて、言った。

 

「――さぁ? 知らないわね」

 

 だが、上条はその反応に――絹旗やフレンダとは違う反応に、逆に麦野は何かを知っていると確信した。

 

 考え込む上条に、麦野は「聞きたいことはそれだけ?」と挑発的に問いかけ、対して上条は「……ああ」と少し間をおいた後、麦野に向かって挑戦的な笑みを負けじと返しながら宣う。

 

「――後は俺がお前に勝った後に、ゆっくりと聞かせてもらう」

「……遺言はそれでいいわね」

 

 麦野の周囲に光球が浮かぶ。上条も腰を落とし片足を引いて右拳を握った。

 

「そういえばアンタ、どうして第一位の実験を止めようとしてる訳? 第三位の為? それとも親船最中の為?」

 

 麦野のついでと言わんばかりの適当な問いに、上条は一瞬呼吸を止めた後、はっきりと言い放った。

 

 

 

――結局、初対面の男にそんな風に口説かれても、残念なくらいに響かないって訳よ

 

 

 

――……アンタは、超中途半端なんですよ

 

 

 

(……そうだよな、浜面。俺はお前じゃない。お前は俺じゃない。前の世界で、こいつ等を救ったのは、上条当麻じゃなくて、浜面仕上だ)

 

 前の世界で、上条当麻は彼女達の悲劇には気づきもしなかった。

 

 彼女達を蝕む闇を取り払い、その手をとって引っ張り上げたのは、自分とは別のヒーローだった。

 

(……けどそれは、今こうして目の前で、学園都市の暗部であることを享受している彼女達を見過ごす理由にはならない。彼女達を救うことを、諦める理由になんかならないッ!)

 

 かつて浜面は、彼女達を救う為、それこそ死にもの狂いで足掻いたのだろう。

 

 自分と同じ、いや、自分以上に無能力者という立場で、恵まれないポジションで、本来は物語のやられ役でしかない境遇で、それでも諦めずに、藻掻いて、足掻いて、戦って、立ち上がって、立ち向かって――ヒーローになったのだ。

 

 誰に与えられたわけでもなく、自力でヒーローを勝ち取った。大事なものを、自分の手で守り、救い出すために。

 

 ここで、絹旗最愛を、フレンダ=セイヴェルンを、滝壺理后を、麦野沈利を――『アイテム』を救うことを諦めるということは、そんな『浜面仕上』の戦いを、血を、汗を、涙を――思いを、踏みにじるということだ。

 

 今この場に、浜面仕上はいない。あの誇り高きヒーローはいない。

 

 なら、俺が代理だ。

 

 諦めない。食らいつく。

 

 例え、本来の自分の役割ではないのだとしても、呼ばれていなくても、求められていなくても、何度弾かれ拒絶されても――何度でも、その手を差し伸ばし続ける。

 

 それが、あの世界の全てのヒーローの努力を踏みにじり、全てをなかったことにしてしまった自分の責務だ。

 

 あの黄金の『しあわせの世界』を壊してしまった、上条当麻のやらなくてはならない咎だ。

 

 だから言う。だから叫ぶ。高らかに、上条当麻は胸を張って言い放つ。

 

 

「――友達を救い、学園都市の闇をぶっ殺すためだ!」

 

 

 何度でも、何度でも宣言しよう。

 

 フレンダには笑われ、絹旗には激怒された戯言だけれど、それでも上条は再び吐き出した。

 

 真っ直ぐに燃えるような瞳で麦野を見据えながら、臆することなく、恥ずかしげもなく言い放った。

 

 対して麦野は、そんな上条の宣言を受けて、あっさりと一言。

 

 

「あっそ」

 

 

 フレンダのように笑うわけでも、絹旗のように激怒するわけでもなく、ただどうでもいいと言わんばかりに、興味の欠片も示さなかった。

 

 上条の決死の叫びは、麦野の心を揺さぶるどころか触れさせてすらもらえなかった。

 

 麦野は懐からカードのようなものを取り出し、ピンと親指で宙に放った。

 

 一際好戦的な笑みを浮かべ、麦野は唄うように言った。

 

 

「それじゃあ、その温ぬるい幻想(ゆめ)の中で死になさい」

 

 

 長方形の中にいくつもの三角模様のカードに、麦野の『原子崩し(メルトダウナー)』が直撃する。

 

 そのカードを介することで必殺の光線が無数に増殖し、上条に弾幕のごとく降り注いだ。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 拡散支援半導体(シリコンバーン)

 

 学園都市第四位――『原子崩し(メルトダウナー)』の連射が出来ないという弱点を補うべく、麦野が持ち歩いているアイテムだった。

 

「さぁ、いつまでそのちんけな右手一本で生き残れるかしら?」

 

 上条は鋭く目を細め、腰を落とす。

 

 そして、その必殺の光線の豪雨が上条に降り注いだ。

 

 

「―――――ッッッッ!!!!」

 

 

 上条は唇を渾身の力で噛み締めながら、全力で回避する。

 

 身を屈め、転がりまわり、縦横無尽に走り続けた。

 

 右手を我武者羅に振り回す。

 

 前兆の感知。

 上条当麻が無数の修羅場を、生死の境を潜り抜けてきた結果、その身に着けた生存本能の集大成ともいうべき戦闘技術。

 

 能力者が自身の能力を発動する際に生じる、本人も無自覚な意図しない微弱な周囲の変化――前兆。

 それを理屈ではなく本能で察知し、能力が発動する前に対処を開始する。

 

 上条当麻という人間の、類まれなる戦士としてのセンス。これにより、上条当麻は数々と規格外の怪物と、その右手一本で渡り合ってきた。

 

 これは、“前の”世界の『一方通行(アクセラレータ)』が推測したものだ。

 

 そして、今、同様に超能力者(レベル5)の頭脳を持つ麦野沈利も、似たような違和感を感じ取っていた。

 

(……あいつの動きには、気持ち悪いくらい無駄がない。あのふざけた右手だけに頼り切ってるのなら、あんな動きは出来ない。そのほとんどを避けて、どうしても避けきれないものにだけ、あの右手を使ってる)

 

 どんな手段を用いているのかは知らないが、奴はこちらの能力の“察知”をしている。

 

 麦野はそのことに確信を抱いた。

 

 だが、それを確信してもなお、麦野は笑う。

 

 

“その程度”で、超能力者(わたし)を止められると思ったら大間違いだと。

 

 

 麦野は口元を醜悪に歪めながら、再びシリコンバーンを取り出す。

 

「ったく、夢見る童貞野郎が」

 

 麦野はそう吐き捨てる。

 

「――ッ!?」

 

 廊下の終点――三方が壁に囲まれた袋小路に追いつめられた、上条に対して。

 

 

 

「その程度で、この街の『闇』をどうにかできるとでも思ってんのかッ!!」

 

 

 

 逃げ場のない上条に、麦野が放ったシリコンバーンによる『原子崩し(メルトダウナー)』の弾幕が上条に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 通路が完全に崩れ去り、再び広く吹き抜けた空間に出た。

 

 ここは、先程までのボイラー室ではなく、もっと大きな機器の為の空間のようで、下は暗く底が見えない。

 足場となるのは作業員用が一人しか通過出来ないような幅の通路と、縦横無尽に張り巡らされたこちらも人一人が歩けるような太さのパイプのみ。

 

 

 麦野はその空間を見下ろしながら、そのパイプの一つにしがみついている上条を、凶悪な笑みを浮かべながら見下ろしていた。

 

 

「……はっ。生命力はまさしくゴキブリ並みだな、害虫野郎」

 

 上条はボロボロになった有様でも、目だけは変わらず強い意志をもって睨み付けるように麦野を見上げた。

 

 

 上条が使ったのは、足元に張ってあったフレンダの置き土産――導火線。

 

 上条は先程組み敷いた際に没収しておいた発火器具をそれに叩きつけ、着火させ、床を自ら崩した。

 

 つまり、前方後方左右に逃げ場のなかった状況から、下に逃げ道を作ったのだ。

 

 

 当然ながら、麦野の拡散された『原子崩し(メルトダウナー)』の全てを避けられたわけではなかった。

 身体の中心部を貫きそうなものは右手でなんとか防いだが、肩や足を掠めるものは防ぎきれず、結果としてかなりのダメージを負った。

 

 そして、逃げた先の空間は、先程のような廊下ではなく、底が見えないほどの広大な空間だった。元々フレンダがトラップとして設置したものを起動したのだから、当然といえば当然なのかもしれない。

 

「くっ!」

 

 上条は痛む体の節々を無視しながら、なんとか身体を持ち上げようと試みる――が。

 

「わざわざ待つわけないでしょうが」

 

 麦野は嗜虐的な笑みを浮かべながら、自身の周囲に白球を浮かび上がらせる。

 

「――っ!?」

 

 上条はそれを見て、パイプの上に乗り上げるのを諦め、下を見る。

 

 上条は、覚悟を決めた。

 

 大きく足を振って、ブランコのように勢いを手に入れながら――パイプから手を放す。

 

 自分の身体の周囲を必殺の光線が通過し、宙を舞う。

 

 身体の内部に氷塊をぶち込まれたような強烈な寒気が上条を襲った。

 

「――っ、はぁ! はぁっ!」

 

 が――なんとか上条は細い細い通路に着地し、念願の足場を手に入れる。

 

 四つん這いとなり、暴れ狂う心拍を落ち着かせるべく全力で呼吸を整える。

 

「――ッ!!」

 

 上条は仰向けになり、両手を交差するように盾を作った。

 

 そこに、躊躇なく飛び降りた麦野の強烈な踏みつけが襲う。

 

「っ!? ぐぅ……ッ」

 

 ミシッと骨が軋む。ヒール部分でなかったのがせめてもの救いか。

 

 だが、体勢としては仰向けで耐える上条と、全体重をその足に乗せる麦野という構図が出来上がってしまった。

 

「へぇ~、よく防いだわね。全く不気味なくらいの反射神経だわ」

 

 この一方的に追い詰めた状況への愉悦を隠そうともせず、麦野は上条を文字通り足蹴にする。

 

 対する上条は必死に耐えるも、通路は人一人がなんとか通れるというもので、右にも左にも逃げることが出来ない。

 

 麦野は何度も、何度も何度も、その長い脚を振り下ろしながら、上条を甚振り続ける。

 

「これが現実よ」

 

 麦野は見下すように見下ろしながら、上条に言った。当然、その足蹴を続けながら。

 

「どんだけ素敵で真っ白な幻想(きれいごと)を謳おうが、それよりも圧倒的な暴力(ちから)で真っ黒に塗りつぶされちまう。これがこの街の暗部だ。確かにテメーは絹旗に勝ったんだ、それなりにやるんだろうが――」

 

 そして、嘲笑するように吐き捨てた。上条を踏み続けながら、出来の悪い子供を躾ける様に。

 

 

「――これが超能力者(げんじつ)だ。テメーら無能力者(ガキども)がいくら囀っても、笑えるくらい何も変わらねぇ」

 

 

 その言葉は、痛いくらいに現実を突いていて、的を的確に射ていて、だからこそ、上条当麻の心に深く鋭く突き刺さった。

 

「この学園都市は、夢見る子供に優しくない。生まれ変わったら、現実認めて就活でも始め、なッ!」

 

 

 そして、上条は、振り下ろされたその足を――右手で掴んだ。

 

 

「――っ!」

「……確かに、俺の言葉はただの綺麗事かもしれない。……現実を直視してないガキの戯言かもしれない」

 

 上条は、その渾身の力で振り下ろされる足を、右手一本の力で押し返しながら、ゆっくりと身を起こす。

 

 麦野は一歩後ろに下がり、その手を振り払うように足を引き戻した。

 

「けどな、メジャーリーガーを目指す野球少年だって、バット振る所から始めるんだ。諦めずに毎日素振りしてれば、絶対に夢は叶うなんて言うつもりはない。……だが、それを目指すことは、その為に戦うことは、決して否定されるものなんかじゃないはずだ」

 

 上条は立ち上がり、再び右手を握って、麦野沈利に相対する。

 

 

「……俺の言葉に説得力がないってんなら、今、ここで見せてやるよ――超能力者(レベル5)のアンタを倒して、俺の幻想(ゆめ)を!!」

 

 

 その言葉と共に、上条当麻は特攻する。人一人分の幅しかないこの通路では、もはや小細工は必要ない。

 

 ただ、突っ込む。真っ直ぐ、相手に向かって、一直線に。

 

 麦野は歯を食い縛り、怒り狂って叫んだ。

 

 

「な……めんなガキがぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 

 光球を作り出し、発射する。こちらも小細工などいらない。上条当麻には逃げ道などないのだ。

 

 たった一発。その超能力者(レベル5)の第四位に君臨する『原子崩し(メルトダウナー)』の圧倒的な破壊力を、目の前の身の程知らずの無能力者(おろかもの)に向かって、レベルの差を――現実を、思い知らせるように。

 

 そう、一発。逃げ場がない故に、たった一つの限定されたルート。

 

 あれほど振りまかれた『原子崩し(メルトダウナー)』の雨を受けて、ここまで生き残ってきた上条当麻に察知できないはずがない。

 

 真っ直ぐに、己の頭部を吹き飛ばす軌道で放たれた光線。

 

 

 上条はそれに対し、右手を振り上げるようにぶつけることで上方に弾き飛ばした。

 

 

「――な、」

 

 麦野が絶句する。

 

 ただ打ち消すだけが幻想殺し(イマジンブレイカー)の使い方ではない。

 

 上条は、この右手の利点も、弱点も、使い方も、誰よりも熟知している。

 

 

 これまですべて馬鹿正直に打ち消してきたのは、今この瞬間の為。

 

 

 至近距離からの真っ向勝負、必殺の弾幕を潜り抜け、この右手が届く位置で、最大限の隙を作り出す、この瞬間の為。

 

 

「しま――ッ」

 

 

 超能力者(レベル5)の第四位――『原子崩し(メルトダウナー)』の麦野沈利の顔面に拳を突き刺す、今、この瞬間の為に。

 

 

「楽勝だ、超能力者(レベル5)

 

 

 無能力者の愚者の右拳が、超能力者を吹き飛ばす。

 

 

 

 こうして、暗部組織『アイテム』は、たった一人の風紀委員(ジャッジメント)に撃破された。

 

 

 




 次回、vsアイテムの決着。

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