上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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 少し脇道に入らせてください。
 ちゃんと最後の方に、上条サイドに戻るのでご安心を。


布束砥信〈かがくしゃ〉

 

 実験動物(モルモット)に感情移入する奴は、科学者失格だ。

 

 その常識は、布束砥信という科学者もやはり持ち合わせていた。当然のように、習性のように、まるで外部から予め強制的にインプットされたかのように身についていた感覚だった。

 

 改めて疑問を持つことすらなかった。それこそ食事を摂り、睡眠を摂り、呼吸をする、そんな、改めてなんでそんなことをするのかと聞かれると逆に一瞬戸惑ってしまうような、聞かれるまでもなく“そういうもの”だからという言葉が一番しっくりきてしまうような、皮肉にも科学者としてはあるまじき、もはや理屈ではなく本能に刷り込まれていた常識だった。

 

 実験には、当然信憑性の高いデータが必要で、それを得るためには莫大な数の(モルモット)を使用する。

 

 それが当然で、むしろそうしないことは在り得ない程の、揺るぎない不文律だった。

 

 

 だから布束砥信も、初めは“彼女達”をそういう目で見ていた。

 

 

 今回のモルモットは、たまたま姿形が人間で、容姿が可愛らしい少女である。それだけだった。

 

 人の形をして、人のように喋って、人のように動く、ただそれだけのモルモットだった。

 

 

 布束砥信は、そんな常識を持つくらいには科学者で、そんな常識を受け入れるくらいには――世界に絶望していた。

 

 

 自身も、世界も、歪んで見えていた。

 

 

 

「外の世界とはどのようなものなのでしょう?――――と、ミサカはふと意味ありげな呟きを漏らします」

 

 

 

 だから、そんな言葉には、そんな当たり前の疑問には、すぐに返答することは出来なかった。

 

 なぜなら、それは布束にとって、なぜモルモットを殺していいのか、という質問と同じくらい、答えるまでもない問いだったからだ。

 

「…………」

 

 だが、この時の布束は、ここで自分の世界観を正解と教えるのが正しくないことくらいは気づけた。例え、その答えが布束にとって不変の真実でも。

 

「……Why、どうしてそんなことを聞くの?」

 

 布束は、動きをピタッと止めてしまうほどの衝撃を、目の前の人造物(クローン)から受けたことなど微塵も表さず、無様に吹き出したりすることもなく、そっと紅茶の入ったティーカップをテーブルに置いて、冷静に問い返した。

 

「いえ、そういえばミサカ“達”は、この研究所の中の景色しか知らないと、ミサカは今更ながら自分の行動範囲の狭さに失笑します」

「…………そう、景色」

 

 ミサカ達という言葉から、先日00005号まで製造された自分の後輩達と、否、“妹達”と、きちんと“ミサカネットワーク”でつながっていることが確認されて、これで必要最低限の性能は保てていることに内心で確証を得ながら、布束は目の前のクローンがふと呟いた“景色”という言葉が自分の胸に残っていることに違和感を覚えた。

 

 そう、布束という科学者にとって、もはや家であり、職場であり住処であり、生息地であるこの研究所という場所は、目の前の彼女にとっては――彼女達にとっては、文字通りの世界なのだ。

 

 他ならぬ自分がそうインプットした、彼女達の世界。

 

 自分と同様に、そうなるように設定したエリア。

 

 

 布束砥信にとっても、ここが世界だ。ここだけが世界だ。

 

 

 研究という作業が己の全てである布束にとって、その作業を行う作業場である研究所は、彼女にとっても同様に、世界そのものだ。

 

 

 だからどうしたというわけでもないが。

 

 

 別に自分は閉じ込められてここにいるわけではない。誰かに強制されてここにいるわけでもない。ましてや他者によってインプットされたわけでもない。

 

 

 自分で選んでここにいるのだ。自分で、外の世界というものを切り捨てて、研究所のみを自分の世界とした。

 

 

 自分で選んで、切り捨てて、手に入れた。

 

 

 だが、目の前のクローンは違う。

 

 

 彼女には、選ぶ権利などなかった。初めからそれしか渡されていない。

 

 

 彼女は外の世界を知らない。知らないから、切り捨てられない。手に入れたこともないから、手放すという選択肢すら持てない。

 

 

 そして、彼女はもうすぐ死ぬ。そのまま死ぬ。

 

 

 外の世界というものを、知識としてすら知らないで、殺される。処分される。

 

 

 無数に収集するデータのbyteとなる。その為に彼女は生まれたのだ。

 

 

 そして死ぬのだ。その為に、その為だけに。

 

 

 それは当たり前のことだ。だって、彼女達はモルモットなのだから。

 モルモットがデータの為に死ぬことなど当然のことだ。これまでだってずっとそうだった。今更、聞き返すことが恥ずかしいくらいの、世界の常識だ。布束砥信の世界の不文律だ。

 

 

 だって目の前の、この首を傾げる少女は、たまたま人間の形をした、可愛らしい少女の容姿をした、モルモットなのだ。

 

 

 たまたま人間の姿形で、人間の言葉を喋って、人間のように動く――

 

 

「それじゃあ、見てみる?」

 

 

 そんな言葉が零れたことに、誰よりも混乱しているのは、きっと布束本人だった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 布束砥信は、ミサカ00001号と共に、リフトに乗ってこの研究所の屋上を目指している。

 

 このイベントは、本来実験が後半に移り、外部研修の直前に行われるべきものだった。

 

 第一次実験に使用されるこの00001号は、研究所内で――屋内で第一位と戦い、そして殺される。一歩も外に出ることなく、その一か月に満たない生涯を儚く終える個体だ。

 

 だから、こんなことは本来、全く持って必要ない。

 

 実験プランにイレギュラーしか与えない越権行為だ。

 

「外の空気は甘いのでしょうか? と、ミサカは自身が甘党であることを暴露し、唐突な女子力アピールを行います」

「……さぁ? 少なくとも、私は甘いと感じたことはないわね」

 

 それどころか、外気をおいしいと思ったことすらない、と心中で吐き捨てながらも、布束は自身の行動の理由を把握出来なかった。

 

 なぜ、自分はこんなことをしているのだろう。どうしてか、自身の感情と行動をコントロールできない。

 

 無表情に00001号の言葉へ返答しながら、布束は冷静に自身の奇行の原因を探ろうとする。

 

 だが、不明だ。まるっきり意味不明だった。あまりにも、普段の自分の行動原理と合致しない。まるで何かに憑りつかれたかのようだとまで考えて、自分の科学的な指向の思考回路と相容れな過ぎて、少し冷静になった。

 

 そうだ。きっとこれは単純な興味だ。

 

 外の世界を知らない彼女がこの世界を見たら、一体どんな感想を抱くのか?

 

 それに対して興味があるのだ。科学者として、気になるだけだ。

 

 ……いいだろう。大した手間じゃない。どうせ、今日は一日彼女と会話をして、その思考パターンをデータとして手に入れるのがノルマなのだ。なら、別段趣旨が外れているわけではない。布束はそう結論付けた。

 

 

「……着いたわ」

 

 そして、屋上に辿り着き、その扉が開く。

 

 真っ先に感じたのは、不快なまでの眩しさだった。

 

「――っ、今日は日差しが強いわね」

 

 ああ、そういえば朝だったのか、と布束は今更のように思った。

 

 思えば、日光など浴びたのはいつぶりだったか。

 

 思わず顔を顰めながらも、そっと00001号を見る。

 

 

「――――――――」

 

 

 彼女は、受け入れていた。

 

 

 全身で、その全てを受け止めていた。

 

 

 日光を、風を、外気を、気温を、湿度を、熱を、涼を、薫りを――

 

 

――外の、世界を。

 

 

「…………どうかしら? 初めての外の感想は?」

 

 

 布束は、そんな彼女の表情に目を奪われながら、また自分の意思とは関係無しに零れてしまった呟きを漏らす。

 

 

 00001号は、ゆっくりと、まるで陶然としているかのように、言った。

 

 

 

「――眩しい。……世界とは、こんなにも美しいものだったのですね」

 

 

 

 布束砥信は、外の世界を切り捨てた少女だった。

 

 

 彼女にとって世界とは、醜く、歪んだものであったが故に。

 

 

 だが、目の前の彼女は、生まれたてのクローンは、初めて見た世界を、眩しく、美しいと言った。

 

 

 布束が不快に感じた眩しさを、彼女は全身で堂々と受け止めた。

 

 

 布束が醜いと感じた世界を、彼女は当然のように美しいと称した。

 

 

 当然のように、常識のように、教えられてもいないのに、その無垢なる心は美しいと受け止めた。

 

 

「……そう、ね」

 

 

 そうだ。きっと、この景色は美しいのだろう。

 

 

 それを醜く感じてしまったのは、きっと己の心が醜かったから。

 

 

 だからきっと、彼女は美しい。

 

 

 彼女達の心は、こんなにも美しい。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 その日を境に、布束は彼女達をモルモットと思えなくなった。

 

 むしろ、自分よりも――この世界を歪で、醜いものにしか見えない自分よりも、よほど高潔で、人間らしい生命だと思えてならなかったからだ。

 

 こんな気持ちで、とてもではないが妹達(シスターズ)学習装置(テスタメント)での刷り込みなど出来るはずもなくて、やり方だけ指示して、自分はあろうことか、外の世界――研究所の外へと繰り出している。

 

 ついこの間まで、勝手に見限って切り捨てていた、研究に関する用がなければ間違いなくずっと出ないままであっただろう、外の世界に。

 

 

 彼女が――彼女達が、美しいと称した、美しいはずの、外の世界に。

 

 

 まさか、この自分が、用もなく、宛てもなく、ただフラフラと散歩をする日が来るなんて。

 

 

――眩しい。……世界とは、こんなにも美しいものだったのですね

 

 

 我ながら単純だと、自嘲する。

 

 あのたった一言で、不変だと勝手に悟っていた価値観をバラバラに破壊された。

 

 だが、それでも、自分にはやはり、この世界が美しいとは思えない。

 

 この明らかに異常な学園都市という箱庭を、ニコニコと笑顔で行き交う人達が、不気味で仕方ない。

 

 それは布束砥信が、この箱庭の支配者側――研究者だから言えることだと、彼らは言うかもしれない。

 

 だが、布束に言わせれば、超能力なんてものが一般科学として認知された空間など、それだけで異常だと、それだけでなぜ気づかないのだと吐き捨てたくなる。

 

 なのに彼らは、そんなにも異常なことを、当たり前だと受け入れている。疑問に感じない。

 

 当然のように、習性のように、それがこの世界の不文律だと言わんばかりに、常識化している。

 

 だが、それを理解して、異常であることを受け入れて、まるで逃げ込むように研究所に閉じこもり、その異常な空間の手助けをしていた自分は、おそらく彼ら以上に歪んでいるのだと、布束は改めてその結論に達した。

 

「おいアンタ、ちょっと待てよ」

 

 ぼおとそんなことを考えながら歩いていると、向かいから歩いてきた誰かとぶつかった。

 

 ここ近年、ずっと研究所に閉じこもりきりだった布束は、無意識に人を避けて歩くという、一般人ならそれこそ習性のように体に染みついている動きすらままならなかった。

 

 そんなことを思い、布束は改めて、当たり前というものの不安定さを理解する。

 

 当たり前。常識。当然。習性。不文律。

 

 そんな風に定義されるものの中で、いったいどれほどのものが、本当に揺るぎない不変なのだろうか。

 

 

「おい、テメー聞いてんのか!」

 

 ぶつかった何者かに肩を掴まれ、強引に向き合わされた。

 

 見るとそいつは男で、格好を見る限り俗にスキルアウトと呼ばれる者のようだった。

 

 布束は向かい合った男を、その魚のような感情の篭らない瞳で見上げながら、ただ黙ってそんなことを考える。

 

 何も言わない布束がさらに癇に障ったのか、襟首を掴み上げて凄むスキルアウト。

 

 その時、スキルアウトが布束の着ている制服の襟首のバッチに気付いた。

 

「……テメー、長点上機か。エリートだからって調子に乗ってんじゃねぇぞコラあ!」

 

 バッチを見るだけで長点上機だと看破する程度には布束の所属する高校のことを知っていたスキルアウトだったが、それでもまったく怯むことなく、むしろ布束の態度がエリート故の見下しだと判断し、さらに激昂する。

 

 長点上機の生徒ということは、それだけでもとんでもない能力者だという可能性も十二分にあるのだが、白衣を着ている布束は能力者ではなく研究者だと判断したのか、それともそこまで思い至らなかったのか、どちらにせよ、布束はこのスキルアウトから解放されなかった。

 

 さぁ、はたしてどうしようか。布束はいい加減面倒くさくなってきて、嫌々ながらもこの状況の解消へと、その頭脳を使い始めた。

 

 それにしても、やはり慣れないことはするものではない。数年ぶりの――いや、記憶にある限り初めての“散歩”で、これだ。

 

 どうしても自分には、こんな世界が美しいとは、とてもではないが思えない。

 

 布束は思わず溜め息を吐いた。それが、スキルアウトの少年の堪忍袋の緒を切ったらしい。

 

「……テメー」

 

 少年が拳を振り上げる。それを布束は冷めた目で見つめていて――

 

 

――ガシっと、布束に当たる前に横から伸びた手がそれを止めた。

 

 

「……なっ、誰だッ!」

 

 その手を振り払うようにスキルアウトが距離を取ると、その拳を止めた男は、布束を庇うように前に出て、自身の右腕の腕章を見せつけて言い放つ。

 

 

風紀委員(ジャッジメント)だ! 真昼間から下らねぇことしてんじゃねぇッ!」

 

 

 布束は突如現れた少年の背中に一瞬呆然とし、そのままスキルアウトの方へと目を向ける。

 

 スキルアウトは忌々しげに表情を歪めるが、これ以上は割に合わないと判断したのか、少年から逃げるように去って行った。

 

 少年は「……ったく、なんでこの街はあんなんばっかなんだ……」と、今週に入ってついに二桁に達したこういった事案に辟易していると、ふと振り返り「大丈夫か?」と布束に声をかける。

 布束は「……ええ、ありがとう」と無表情で返すと、少年は笑顔を浮かべ、ふと彼女の白衣の下に着ている制服を見て、何かに気付く。

 

「……長点上機? ってことは年上ですか。すいません、タメ口聞いて」

「いいのよ、分かれば」

 

 布束は意外とそういうのに厳しい。もしこのままタメ口のままだと、助けてもらった相手だろうとローリングソバットを叩き込んだかもしれない。そうなる前に直してもらってよかったと思った布束は、ふと少年が汗をかいていることに気付いた。

 

 もう季節柄、そこまで気温は暑くないはずなのに。むしろ寒いくらいだ。

 

「……Why、どうして、あなたは風紀委員(ジャッジメント)なんてやっているの?」

 

 そんなに汗だくになってまで、どうしてそんなことをするのか、布束には理解できなかった。

 

 なぜ、そんなにも身を削ってまで、人助けなどをするのか?

 

 この醜い世界に、尽くすのか?

 

 

「――あなたには、この世界が美しく見えるの?」

 

 

 その問いに、ツンツン頭の風紀委員(ジャッジメント)の少年は驚いたように目を見開いた。

 

 布束は、この質問はあまりに突っ込み過ぎたと思った。研究者の悪い癖だ。自身の頭の中で話を進め過ぎて、それを相手も分かっているものだという体で話してしまう。

 

 ごめんなさい、忘れてと質問を取り消そうとした布束の言葉よりも先に、その少年は答えた。

 

 

 

「俺は、美しい世界が見たいです。――この世界を、美しい世界にしたい」

 

 

 

――“あの世界”みたいに、黄金の世界にしたい。

 

 

 その呟きは、その前の言葉で衝撃を受けていた布束の耳には届かなかった。

 

 

 美しい世界を見たい。

 

 

 その言葉は、布束のドロドロとした葛藤を吹き飛ばした。

 

 

 そうか。自分は羨ましかったんだ。この世界を、美しいと感じることが出来る美しい心を持った“彼女達”が。

 

 

 歪んで、汚れてしまった自分には、見えない景色を見ている“彼女達”が。

 

 

 それを認めたら、それを受け入れたら――やるべきことが見えた気がした。

 

 

 手遅れかもしれない。ただの自己満足かもしれない。

 

 

 それでも、少しでも、彼女達のようになりたい。心の汚れを、少しでも落としたい。

 

 

 そうすれば、自分にもこの世界が、少しはマシに見えるだろうか。

 

 

 布束は、自分の言ったクサいセリフに対して表面上は何の反応も見せない布束に対して少し頬を赤くして焦っている年下の風紀委員(ジャッジメント)に対して、普段あまり動かさない表情筋を使って、ささやかな笑顔を浮かべて、言った。

 

 

 

「ありがとう。私も、美しい世界を見れるように、頑張ってみるわ」

 

 

 

 

 

 

 自分を救ってくれたヒーローとの、たった一度の邂逅の思い出を振り返り、布束は微笑む。

 

 

 この暗い地下室を出て見る世界は、あの時よりは、少しは綺麗に見れるだろうか、と。

 

 

 そして、彼も今頃、美しい世界を見るために、同じようにどこかで戦っているのだろうか、と。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 両者は、向かい合う。

 

 

 上条当麻と麦野沈利。

 

 二人は相まみえたその瞬間から、お互いの双眸を睨み付け続けて、一切その視線を逸らさなかった。

 

 

「――絹旗。そこに転がってるフレンダを連れて、こっちにきな」

 

 

 麦野は上条から目を逸らさずに、絹旗に命ずる。

 

 上条と麦野の対立に目を奪われていた絹旗はビクッと肩を震わし、そして今、自分が自由の身であることに気付く。

 バキンッと手錠を破壊し、フレンダの元へ行って彼女の拘束を破壊しながら、麦野に顔を向ける。

 

 自分が自由の身であるということは、戦えるということだ。

 

 なら、この場で麦野と自分の二対一で――なんならフレンダも入れて三対一で挑んだ方がいいのでは? それを問う為の視線だった。

 

 

 だが、麦野の表情に浮かんでいる笑みを見て、その考えを捨てる。

 

 ああ、これは相当キテいると。

 

 

 そのまま絹旗はフレンダを抱えて麦野と滝壺の元へと向かう。その際に、ちらりと上条を見るが、麦野同様にその目は絹旗達に――自分が捕えた人質の脱走にまるで無関心だった。

 

 口のテープをはがされたフレンダは、そのまま麦野の元へ駆け寄ろうとする。

 

「麦野ぉ~~~!! 信じてたって訳よぉ~~!!」

「フレンダ、それから絹旗も。アンタたち、今回のギャラ無しね」

「~~~~ぁぁぁ」

「……超、了解です」

 

 絹旗は顔を俯かせながらも、結局は負けて敵の手に落ちてしまったのだからしょうがないと納得する。

 

 対してフレンダはそのままがっくりと膝から崩れ落ちて「大丈夫だよ、フレンダ。私はそんなフレンダを応援してる」と滝壺に肩をポンと叩かれていた。

 

「それで、滝壺。“どう”なの?」

「――うん。やってみる」

 

 滝壺は、あらかじめ麦野に手渡されていた透明なケースから、手の上にそっと粉末を取り出し、口に含む。

 

 カッと目を見開く。そして、いつもよりも僅かに感情を出して、言った。

 

 

「――ダメ。むぎの、この人、全くAIM拡散力場を感じない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 AIM拡散力場とは、この学園都市の教育を受けた能力者達、または原石といった者達が、無意識に発してしまう微弱な力のことである。

 

 それは、例え強度(レベル)0の無能力者であっても、わずかながらに発しているもので、滝壺理后の『能力追跡(AIMストーカー)』はそれを記録し、たとえ地球の裏側だろうと文字通り追跡する能力なのだが――

 

 

「――こんな人、初めて」

 

 

 滝壺は茫然と上条を見る。

 

 そう、能力者なら、この街の学生なら、例え無能力者(レベル0)であろうと発しているのが、AIM拡散力場だ。

 

 それを、全く発していない、全く感じないというのは、滝壺にとって大人を除いては初めて見る存在だった。

 

「……へぇ」

 

 麦野は面白そうに、その口元を妖しく吊り上げた。

 

 そして、相変わらず上条から目を逸らさず、滝壺達に言った。

 

「絹旗、フレンダ。アンタ達は滝壺を連れて下がりなさい」

 

 その言葉に、三人の顔色は変わる。

 

 真っ先に食って掛かったのは絹旗だった。

 

「で、ですが――」

「あいつには滝壺の能力は効かない。そうなると、言っちゃ悪いけど滝壺は弱点でしかないわ。アンタ達も、さっきまでの戦いで無傷ってわけじゃないんでしょ。――なら、私一人の方がいいわ」

「……で、でも」

「アンタ達はさっさと下がって、データ移送してる研究者の護衛に行きなさい。いい?――これは命令よ」

 

 フレンダもやんわりと言ったが、麦野はにべもなく切り捨てる。

 

 なおも不満そうな絹旗に、フレンダは滝壺と一緒に首を振った。

 

「ごめんね、麦野。足引っ張っちゃって」

「……ごめんね、むぎの」

「…………」

 

 そんな三人に対し、麦野は優しい声色で言った。

 

「アンタ達が私の心配なんて百年早いのよ。さっさと済ましてすぐに合流するわ。だから早く行きなさい」

 

 そうして、絹旗達は何度もこちらを振り返りながら、去って行った。

 

 

 残されたのは、一人の男と、一人の女。

 

 

 一人の無能力者(レベル0)と、一人の超能力者(レベル5)

 

 

 ここで、これまでずっと黙っていた上条が、ようやく言葉を発する。

 

「……いいのか、仲間を逃がしても。四対一で圧倒した方がよかったんじゃねぇの?」

「自惚れんな、乳臭いガキが。テメー如き、私一人でも勿体ねぇくらいなんだよ。――それにアンタは、この私が、徹底的に嬲り殺すって決めてるのよ」

 

 そして麦野は自身の周囲に、四つの眩い真っ白の光球を浮かび上がらせた。

 

 

「私が思いっきりやるには、アイツ等がいると邪魔なのよ」

 

 

 直後、その光球が美しくも不健康な閃光へと変わり、即死級の光線が圧倒的な殺意をもって上条当麻に襲い掛かった。

 




 布束のエピソードは元々書く予定ではなく、ふと書いてみたものなので蛇足かもしれませんが、個人的には割と気に入ってます。

 お待たせしました。次回から、vs麦野、本格スタートです。

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