上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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今回で一応、vsフレンダ・絹旗は終わりです。

今回は丸々一話、上条サイド。


幻想〈ゆめ〉

 

 上条が絹旗達を追ってその奥の部屋に侵入すると、そこにはフレンダ=セイヴェルンが待ち構えていた。

 

 その部屋は広く、天井は高い。

 照明などはなく薄暗くて、空間の全容は完璧には把握できないが、上条が今入ってきたこの場所以外は残る三面全てが壁で、つまり――

 

「――行き止まりか」

「……見ての通りって訳よ」

「それで? 鬼ごっこの次は隠れんぼか? 絹旗って奴がいないみたいだが」

 

 上条の目の前には、フレンダ=セイヴェルンただ一人が立っている。

 

 つい先程まで一緒にいた絹旗の姿はどこにも見えなかった。

 

(……これだけ薄暗い場所だ。あの小さな体で隠れるくらいはいくらでも出来るだろう。……不意討ち狙いか? それとも逃げ出して、残る二人の応援を呼びに行った?)

 

 上条はそんな風に推測しながらフレンダを挑発するが、彼女は何も答えない。

 

 すると上条は「……まぁいい。こうして一応追いつめた格好になる訳だ。風紀委員(ジャッジメント)としてやることをやっておこう」と、一度瞑目し、鋭くフレンダを見据えて言い放つ。

 

「投降しろ、フレンダ=セイヴェルン」

「…………」

「……別にお前達をどうこうしようって訳じゃない。今日の所、今の所はな。とりあえず今回に限っては、この実験について知っていることを教えてくれればいい。……お前達だって、まさかこの実験を死んでも成功させたい、なんて思ってる訳じゃないんだろ?」

「――はっ」

 

 上条の物言いに、フレンダは吐き捨てるように笑う。

 

 そして、フレンダはコツコツと靴音を立てながら、上条との距離を縮めずに、少年を中心に回るように歩き出す。

 

「まぁねぇ。確かに私は、正直上の連中がどうしようと、何をしようとどうでもいい、心底興味ないって訳よ」

「なら――」

「でもね」

 

 そして立ち止まり、腰を折って口元の歪んだ笑みを向けながら、上条を嘲笑するように、挑発するように言った。

 

「お断り、って訳よ」

「……」

「そもそもこの期に及んで風紀委員(ジャッジメント)なんて名乗らないでほしい訳よ。結局、まともな風紀委員(ジャッジメント)が、こんな所に居る訳ない(・・・・・・・・・・)。ここに、今この状況にこうして居合わせている時点で、アンタはすでに(こっち)側の人間でしょう? つまり、私達の同類って訳よ。どうしようもなく同じ穴の貉って訳よ」

「……つまり、俺のことが信用できないってことか?」

「逆に、どうして信用できるか教えて欲しいって訳よ。まぁそれ以前に、私は依頼主の目的とか、消す相手が善人とか悪人とか、そいつが歩んできた人生とか、結局どーでもいいんだけど、ね♪」

 

 フレンダはくるりと回り、暗闇の中に――闇の中に逃げるように、上条から少し遠ざかる。

 

 上条はフレンダの姿を見失わないように、一歩距離を詰めながら問い詰める。

 

「――それが、お前の答えなのか?」

 

 上条の鋭い口調に、フレンダは踊るようなそれを止め、首だけ振り返り上条に返す。

 

「何? もしかして改心とか期待してたって訳? 寝言は寝てから言わないとただの戯言って訳よ」

「本当にないのか? (こっち)の世界に置き忘れたものは? これだけは失いたくないって大事なものは? お前の帰りを待ってくれる人が! 『アイテム』のメンバーとしてじゃなく、ただの“フレンダ=セイヴェルン”としてのお前を、大切に思ってくれてる存在は、本当にいないのかよ!」

 

 フレンダのまさしく神経を逆撫ですることを狙った言葉にも、まるで動揺することなく、一切躊躇することなく上条は続ける。

 

 上条のその言葉で、フレンダの脳裏に二人の人物が浮かぶ。

 

 自分と同じ美しい金色の髪と透き通るような青い目を持つ少女と。

 セミロングの茶髪に黒系フードが特徴の小柄で泣き虫な少年を。

 

 だが、だからと言って上条の言葉が、フレンダの心に感銘を与えたかといえばそうではない。

 

 むしろ逆だ。フレンダは、むしろ上条の言葉に怒りすら覚えていた。

 

 なぜ、会ったばかりの敵に、今日この時を終えれば永遠に会うことはないだろう赤の他人に、こんなことを言われなければならない。

 

 こんな見ず知らずの敵に。撃退すべき侵入者(インベーダー)に。

 

 フレンダは、この目の前の風紀委員(ジャッジメント)に、フレンダ=セイヴェルンの綺麗な部分に土足で踏み込まれた気がした。

 

「……アンタに、いったい私の何が分かる訳?」

 

 故に、フレンダは忌々しげに上条を睨み付ける。

 

 だが、上条は怯まない。一切、フレンダの心に踏み込むのを躊躇わない。

 

 なぜなら、先程までこちらの心理を掻き乱そうとしていたフレンダが、こちらを忌々しげに、けれど明確に“フレンダ”として見ているのだから。上条の言葉を聞いているのだから。

 

 だから躊躇わない。上条は言葉を投げ掛ける。全力で、ぶつける。

 

「殺す理由じゃない! 殺さない理由でもない! そんなもんじゃなくて、帰る理由は!? こんなクソッたれな“闇”から抜け出して、日の当たる“表”に帰る理由はないのか!? お前が人の命を奪うことに何の抵抗も持たなくなるくらい、その両手を血で染めて、その爆弾で色んなものを吹き飛ばしてきた奴だろうが、それがフレンダ=セイヴェルンの全てじゃねぇだろ!?――本当にお前にとって(こっち)の世界ってのは、そんな風にヘラヘラ笑って簡単に手放しちまえるようなものなのかよ!」

 

 扉を背に立つ上条は、部屋の外の光を背に浴びながら、右手を差し伸べる。

 

「――お前が一歩を踏み出すなら、俺はその手を全力で引っ張り上げてやる」

 

 薄暗い暗闇の中のフレンダに向かって、全てを打ち殺す救いの手を差し伸べる。

 

 

「学園都市の“闇”は、必ずこの俺がぶち殺す!!」

 

 

 その叫びは、その薄暗い空間全てに響き渡った。

 

 場を沈黙が満たす。

 

 フレンダは、俯きながらそのフワフワとした金髪で表情を隠して、上条は、ただ真っ直ぐにその右手を伸ばし続けた。

 

 やがて、フレンダがその小柄の身体を震わせる。そして、上条に背を向けたまま、その顔を天井に向かって勢いよく挙げた。

 

 

「にゃ~~~~~ははははははははははははははははははははは!!!!!!」

 

 

 フレンダは笑う。お腹を抱えて、身体を小刻みに震わせて、瞳に涙を溢れさせながら爆笑する。

 

 上条は、そんなフレンダを、ただ右手を差し出しながら無表情で見つめていた。

 

 やがてその哄笑が収まってきたころ、フレンダは再び顔だけを振り向かせながら、瞳を涙で潤させたまま――儚げに笑う。

 

 

「――結局、初対面の男にそんな風に口説かれても、残念なくらいに響かないって訳よ」

 

 

 フレンダはそのまま身体も振り向かせ――その勢いで何かを投げる。

 

「!?」

 

 上条はついにその時右手を戻し、警戒する。だが、その軌道は上条から少し外れていた。

 

(なんだ? ここにきてこいつがそんなミスをするわけ――!?)

 

 フレンダが投げたのは、これまでのようなぬいぐるみ爆弾ではなく――小さな、香水サイズの瓶だった。

 

 そして、それは地面に落ちると共に割れ――爆発する。

 

(ッ!? 爆薬か!?)

 

 その炎は――爆炎は、一気に上条の回りを取り囲むように勢いよく燃え広がった。

 

「な――!?」

 

 さらにフレンダがリモコンを押すと、どこかで小さな爆発が起こり、上条の背後のシャッターが勢いよく閉まる。

 

 だが、すでに上条の退路は炎によって塞がれている。なぜこのタイミングで、と訝しんだ上条は――

 

 

 ゾクッ と寒気を感じ、すぐに頭上に目を向ける。

 

 

 シャッターと反対側――先程まで向かい合っていた、フレンダの頭上。

 

 

 そこに、上条の胴体とちょうど同じくらいの太さを持つ、彼女にとって手頃なサイズの鉄骨を振りかぶっている――絹旗最愛がいた。

 

 

 彼女達の作戦はこうだった。

 

 構造はシンプル。フレンダが囮となって上条の注意を引き――フレンダが「マジで?」と言ったのはここだ――絹旗が隠れる。

 

 そして予め引いておいた導火線のサークルの中央に上条を動かし――誘導し、炎の壁で囲む。

 

 その瞬間、混乱している上条の気を逸らす為、シャッターを派手に下ろす。

 

 

 そして、最後に本命、上条の隙を最大限に大きく作ったところに――

 

 

――絹旗最愛による、その大能力(レベル4)の力にものを言わせた、ただ単純の圧倒的物理攻撃。

 

 

 上条当麻の右手が通用しない、ただ人間を確実に殺害する処刑方法。

 

 

「超これで――」

 

「――チェックメイトって訳よ!」

 

 

 次の瞬間、一本の鉄骨が、雷槍のように、一人の少女の細い腕から、上条当麻に容赦なく振り下ろされた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 絹旗は炎の壁の傍に着地する。

 

 橙炎は凄まじい衝撃により暴れ狂っていて、鉄骨はその中心部に突き刺さっている。

 

(……さすがに、超これで――)

 

 例え上条当麻がどれほど規格外の無能力者でも、あの中にいて存命であるとは考えられない。

 

 思わぬ苦戦を強いられた戦いであったが、暗部にいればこんなことはよくあることだ。

 

 大事なことは、今回も、こうして生き残れたということ。――ただ、それだけだ。

 

 

――お前が一歩を踏み出すなら、俺はその手を全力で引っ張り上げてやる

 

 

 揺らめく炎をぼーと見つめていた絹旗の脳裏に、先程、フレンダに向かって上条がぶつけていた言葉が反芻する。

 

 あの時、自分はフレンダの頭上に控えていて、同じ空間にいた絹旗は、響き渡ったあの言葉も当然聞いていた。

 

 

――学園都市の“闇”は、必ずこの俺がぶち殺す!!

 

 

(――超、馬鹿馬鹿しい)

 

 世界一科学が発展した、人口の八割が学生の学園都市。

 

 そんな、ある意味夢のあるキャッチコピーとは裏腹に、この街の実態は、どこまでも研究者や権力者達の“大人”達が、被験者である学生(こども)達を支配する実験場でしかない。

 

 一度この中に足を踏み入れられ、才能という名の価値を見出されたら、もう二度と自由はない。

 

 外周を壁で覆われたこの街は、まさしく檻だ。

 

 自分達は、その中でも最も深く、最も暗く、最も黒い場所にいる。

 

 それが“闇”。学園都市の暗部。

 

 その実態を、その存在を、一端でも垣間見たら、とてもではないが言えないはずだ。

 

 そこから抜け出して、再び日の当たる世界に帰りたいなんて。

 

 ましてや、その闇を、祓うだなんて。

 

「…………」

 

 フレンダがその差し伸べられた手を弾いたのも当然だ。自分だってそうする。

 

 学園都市の闇は、それほど深く、怖い。

 

 底などまるで見えない。どれほど広がっているのかも分からない。

 

 確かなのは、すでにそのドロドロとした闇は、自分達の身体をどうしようもなく蝕んでいて、そこから抜け出し、振り払い、綺麗さっぱり洗い流すことなど不可能だということだ。

 

 ましてや、その闇の全てを、たった一人の無能力者が祓いきるなど、夢物語だとしても笑えない。

 

(こんな……私達ごときに超あっさり始末される奴なんかになんて――超不可能です)

 

 絹旗は炎を見つめるのをやめて、フレンダと合流しようと歩いていく。

 

「……フレンダ、どう――――!?」

 

 絹旗がフレンダの姿を認めると、その姿に絶句した。

 

 

 フレンダは顔面に蛍光色の塗料を食らい、口にテープを張られて地面に伏せられていた。両手は後ろ手に手錠で拘束されている。

 

 

(ま、まさ――!?)

 

 絹旗は背後に足音を感じて振り返るが、その瞬間、顔面に衝撃が走った。

 

 

 上条当麻は絹旗最愛の左頬に右拳を突き刺す。

 

 

 絹旗の小さな体は宙を舞い、フレンダの近くまで吹き飛ばされた。

 

「んーー!!(絹旗ーー!)」

 

 口を塞がれているフレンダは必死で叫ぶが文字通り言葉にならない。

 

 上条はすぐさま絹旗の元へ駆け寄り、体躯をその右手で押さえつける。

 

(く――ッ、能力が――)

 

 拳の衝撃から立ち直る前に能力を封じられ、悔しそうに表情を歪める絹旗。

 

 上条はそのまま絹旗の両手をフレンダと同様に後ろ手に拘束し、持っていた風紀委員(ジャッジメント)ご用達の手錠で拘束した。

 

「……レディの身体にいつまでも超気安く触ってんじゃねぇですよ」

「悪いな。お前の場合はこうしてないとこんな手錠はすぐに壊されちまうだろうから、このままでいさせてくれ」

 

 上条は手錠をした後も、その右手で絹旗を押さえつけていた。上条自身も地面に伏せている格好の彼女達と同じように地面に腰を下ろすが、それでも右手は絹旗を押さえつけたままだった。

 

「……超、どうして――」

 

 絹旗は理解できなかった。あっという間に無力化されてしまった口惜しさもあったが、それよりもどうして上条が五体満足でいることが分からなかった。

 

 それを察したのか、上条は絹旗の上から淡々と言った。

 

「単純に、鉄骨を食らう前に、炎の壁に突っ込んで突破しただけだ」

 

 上条は本当に何でもないかのように言った。あまりに感情が込められていなくて、絹旗は最初、上条が何を言っているのか分からなかった。

 

「確かに炎は熱いが、“それだけ”だ。別に鉄やコンクリートでできているわけじゃない。その気になれば、“生身でも突破できる”。ましてや上から鉄骨が降ってきてるんだ。誰でもそうするさ」

 

 上条はそれが当たり前のことであるかのように淡々と言った。まるで子供でも知っている世界の常識のように、炎に突っ込むのが当然だと言った。

 

 絹旗も、口を塞がれているフレンダも絶句する。

 

 確かに、炎の壁と、降り注ぐ鉄骨、どちらが脅威かといえば鉄骨かもしれない。どちらが危ないか、どちらの方が殺傷力が高く回避すべき攻撃かといえば、おそらく後者だろう。

 

 しかし、それを瞬時に判断し、割り切り、猛スピードで襲い掛かる鉄骨に足を竦ませず、身体を硬直させず、混乱せず、困惑せず、恐怖せず、自分の背丈以上に高く聳え立ち、燃え盛る炎の壁に躊躇なく突っ込むことを、この男は一刹那も逡巡することなく実行したのだ。

 

 絹旗はその時、自分の横に腰かけている上条の左腕に火傷を見つけた。おそらく右腕も同様なのだろう。決して軽傷ではない。おそらく炎の壁を抜けた時のものだ。

 上条の詳細な表情までは薄暗くて見えなかった。少なくとも、痛がってはいない。苦痛で表情を歪めてはいない。それが当然の代償だと、当たり前のように受け入れているように絹旗は感じた。

 

 上条はまず炎を抜けると同時に持ち歩いている暴徒追跡用のペイント弾をフレンダの顔面にぶつけて視界を封じ、そのまま風紀委員(ジャッジメント)の訓練で腕を磨いた技で倒れ込ませ、叫ばれないように口を封じ、手錠をかけた。

 

 次に身を隠してフレンダを放置して囮に使い、そのまま絹旗の背後に回った。

 

 フレンダと絹旗の決め技に、ここまで冷静に対応した。

 

 

 上条当麻は、確かに無能力者だ。

 

 異能の能力しか消せない右手と、あとは誰でも扱えるような小道具のみしか武器はない。

 

 だが、逆に言えば、それだけの武器で、何年間も幾つもの修羅場をくぐり抜けてきたのだ。

 

 

 絹旗最愛は見誤った。

 

 上条当麻の最大の武器は、その右手ではなく、積み重ねてきた圧倒的な場数による――経験値だということに。

 

 

「…………ッ」

 

 それでも、絹旗は諦めない。必死に身動ぎして、上条の右手の拘束を抜けようとする。

 

 油断しているのか、今の上条は絹旗を右手で押さえるのみで、身体全体で圧し掛かったりはしていない。絹旗のすぐそばに腰を下ろしている状態だ。

 

 なら、一瞬でも右手が離れたら、一気に能力を発動して脱出を――

 

「――無駄だ」

 

 だが、上条は冷たく言い放つ。絹旗はその冷たい声色にびくっと動きを止めてしまった。

 

「お前は起き上がれないさ。“そういう風に”押さえているからな。――だから、もう無駄な抵抗はやめろ」

「…………っ」

 

 絹旗は悔しそうに顔を伏せる。上条はそんな絹旗から顔を背けるように炎を見遣りやながら、問い掛けた。

 

「……話してくれないか。今夜行われる、本当の実験場所を」

「…………」

 

 絹旗は答えない。それでも、何も言わなかった。

 

「…………分かった」

 

 上条は瞑目し、そう呟いた。

 

 そして、そのままフレンダに目を向ける。

 

「それで、フレンダは――」

「んーー!! んーー!!(言う!! 言うって訳よ!!(知らないけど)だから助けてぇ!!)」

「…………そうか、分かった。お前らは大した奴等だな」

「んーー!! んーー!!(ちょ、分かってないって訳よ!! お願い解放してぇ!!)」

 

 なおも暴れるフレンダだが、上条はすでにフレンダを見ておらず、何やら唸っていた。

 

 そして、やがて意を決したかのように膝を叩くと――そのまま絹旗の身体を(まさぐ)り始めた。

 

「……超何してるんですか」

「…………」

「……超ロリコンです?」

「違う。俺は年上の寮の管理人のお姉さんタイプを愛している」

「女子の顔面を殴打して身動きが取れない少女の身体を無許可で触りまくる男のそんな言葉をどう信じろと?」

「状況証拠だけで有罪判決確定な状況である自覚はあるが違うんだ。…………よし、あった」

「っ!」

 

 絹旗は歯噛みする。

 

 上条が探し当てたのは、絹旗の携帯だ。決して絹旗少女の柔肌の感触を楽しみたかったわけではない。断じてだ。

 

 そして、そのまま履歴の一番上の番号に連絡する。

 

『……もしもし、きぬはた?』

「アンタは麦野沈利か? それとも滝壺理后か?」

『……だれ?』

「通りすがりの風紀委員(インベーダー)だ。――早速だが、絹旗最愛とフレンダ=セイヴェルンは、俺が倒した」

『……本当?』

「こうして絹旗の携帯から話しているのを証拠と思って欲しい。それで、本題なんだが――“仲間を返して欲しくば、こっちに来い。そうすればコイツ等には手を出さない”。……場所はこの携帯のGPSを辿ってくれ」

『……わかった。むぎのに聞いてみる』

「悪いな、助かる」

 

 そのまま上条は会話を終えて、携帯のGPSをONにしたまま、絹旗から見える、だが手の届かないところに携帯を置いた。

 

 絹旗はそれを一瞥して、すぐに上条を見上げるようにして睨み付ける。

 

「……超、どういうつもりですか。まさか、本気で麦野と()り合うつもりですか?」

「やるしかねぇだろ。お前らは死んでも話さなそうだしな」

「むーー!! むーー!!(話す! 話すってば!!(何も知らされてないけど)だから解放して、麦野に殺されちゃう!!)」

 

 絹旗はフレンダをスルーしながら上条に言う。

 

「……麦野は、超能力者(レベル5)の第四位ですよ?」

「らしいな」

「……本気で勝てると思ってるんですか?」

「……なんだ? 心配してくれるのか?」

「――――ッッッ!! 誰が!!!」

 

 絹旗は激怒した。

 

 何故かは分からない。だが、目の前のこの男が気に食わなかった。

 

 

 まるで悟りきったかのような表情をして、それでも口にするのは馬鹿みたい幻想ばかり。

 

 

 自分が傷つくのは何とも思わずに淡々と受け止めて、だが、こうしている今も自分達はただ身動きを封じるだけで――

 

 

「――私達を、超拷問したりはしないんですか?」

「…………」

「んーー!! んんーー!!(ちょっ!? 絹旗、何言ってるって訳よ!!?)」

 

 上条は細めた目を絹旗に向ける。絹旗はそんな上条を激情の込もった目で睨み返した。

 

「超欲しい情報があるんでしょう? そのために私達を殺さないんでしょう? それなら、どうして拷問でもなんでもして聞き出そうとしないんですか? そっちの方が、麦野とバトるよりもはるかに安全で超お手軽じゃないですか? なんでなにもしないんですか? 女子の顔面を殴って、さっき私の柔肌を超弄んでおいて、この期に及んでフェミニストでも超気取ってるんですか?」

「………………」

「……アンタは、超中途半端なんですよ」

 

 絹旗は吐き捨てるように言った。

 

 普段の絹旗は、こんな風に敵を煽るようなことはしない。無意味に食い掛かったりしない。

 

 今の状況のように絶体絶命のピンチに追い込まれても、虎視眈々とチャンスを狙って、機会を窺って、ひっそりと息を潜めているようなタイプだ。

 

 少女でも、年端もいかない女の子でも、絹旗最愛はプロの暗部なのだから。

 

 けれど今の絹旗は、プロとしてあるまじきことに感情を御せていなかった。

 

 ただただ目の前の、自分を見下ろす目の上の男が気に食わない。

 

 それがどういう感情だかも分からずに、ただ完全に持て余していた。

 

「学園都市の闇を殺す? 超私達を救う? そんな大言壮語を宣ってるくせに、超中途半端なんですよ! 本当にアンタ如きにそんなことが超出来ると思ってるんですか!?」

 

 上条は、息を切らせながら叫ぶ絹旗に、静かな声で、こう答えた。

 

 

「出来る、出来ないじゃない。やるか、やらないか――でもない。やらなくちゃいけないんだよ。それが、俺の使命で、運命で、宿命で、贖罪で、罪で、罰で――」

 

 

 

「――――幻想(ゆめ)なんだから」

 

 

 

 その時、その言葉を口にした時、上条は笑っていた。

 

 

 その笑みは、嬉しそうで、恥ずかしそうで、苦しそうで、悲しそうで、今にも壊れてしまいそうなくらい儚かった。

 

 

 否、壊れている者の笑みだった。

 

 

 美しい幻想に憑りつかれている者の笑みだった。

 

 

 絹旗のあれ程に荒れ狂っていた激情が、嘘のように消え去っていた。

 

 

 直接向けられたわけでもないフレンダも、その笑みに動きを止めていた。

 

 

 その後、上条と彼女達は、一切の言葉を交わすことなく、ただ時間だけが過ぎて――

 

 気が付くと、上条当麻は立ち上がっていた。

 

 絹旗からその右手を放して解放していた。絹旗がそれに気づいて困惑していると――

 

 

 その時、閉じられたシャッターを灼熱の光線が突き破ってきた。

 

 

 それは偶然か、それとも絹旗やフレンダの近くにいると見込んで狙って撃ったのか、真っ直ぐに上条当麻に向かって襲い掛かった。

 

 それを、上条は突き出した右手で受け止める。

 

 キュイーン!! という破砕音と共に、激突は終わる。

 

 シャッターに空いたドロドロに溶けた穴から、二人の女が登場した。

 

「よお、お二人さん。どうやらまだ殺されてないみたいね?」

 

「……フレンダ、絹旗、だいじょうぶ?」

 

 一人は、その麦色の長髪をたなびかせ、威風堂々と歩いてくるまさしく美女と呼ぶべき女傑――超能力者(レベル5)、第四位、原子崩し(メルトダウナー)、麦野沈利。

 

 もう一人は、無造作な髪に上下ピンクのジャージ、だがその整った顔立ちとスタイルは美少女と呼ぶに相応しい、上条と同年代か少し年上程の少女――大能力者(レベル4)能力追跡(AIMストーカー)、滝壺理后。

 

 

 今、ここに、この空間に、暗部組織『アイテム』が全て揃った。

 

 

 上条当麻(インベーダー)を、撃退――排除するために。

 

 

 麦野はその美貌を台無しにする狂気的な嗤いを、この場のただ一人の男――上条当麻に向ける。

 

 

「さぁて、この私に殺されてぇっていう自殺志願者は、テメーか?」

 

 

 その殺意に、上条は不敵に笑って答える。

 

 

「初めまして、麦野さん。会えて光栄だ」

 

 




ついに、第四位と邂逅。

でも、まだバトルは始まりません。

次回は丸々一話、食蜂サイドのお話しです。

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