上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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期待していますよ。上条当麻君。


木山春生〈ぬぎおんな〉

 

「――そして、突然ブラウスを脱ぎだしたんですよ!!」

「って、それただの変質者じゃない!!」

 

 行きつけのファミレスに御坂の叫びツッコミが炸裂した。

 

 いつものファミレスで、いつもの四人。

 佐天の話す都市伝説話で仲良く盛り上がっていた。

 

「いやでも、実際遭遇したら怖くないですか? いきなり脱ぎだす【脱ぎ女】!」

「だからそれた只の変質者だから……」

「じゃあじゃあこんなのはどうですか!?」

 

 佐天に呆れながらも根気よくツッコむ御坂に、初春がPCの画面を見せながら問う。

 次々と飛び出す面白不思議話。こういったものは、科学技術最先端の学園都市でも豊富のようだ。

 

 佐天と初春はノリノリだが、白井と御坂はどこか冷めている。

 

「――さらに! 使うだけで能力が上がる道具“幻想御手(レベルアッパー)”! これなんか面白そうじゃないですか!?」

「そんなくだらないサイト、見るのはよしなさいですの」

「だいたい天下の学園都市で、そんな非科学的な……」

「ロマンがないなぁ……ほら、この“どんな能力も効かない能力を持つ男”とか学園都市ならではっ! て感じしません?」

 

 佐天がそんなことを口走った時、他の三人がピクッと反応した。

 

 白井と初春は軽く冷や汗を流し、御坂は目つきを鋭くする。

 

「どんな能力も効かない能力……」

「ふ、ふふふ……そんな無茶苦茶な能力、あ、あるわけありませんわ。ね、初春」

「そ、そうですよ。そんな能力持っている人がいたら、今頃大騒ぎですよ、きっと!」

「ですよねー♪ どんだけチートだよって感じですよねー♪」

 

 真相を知っている白井と初春は内心ビクビクだったが、佐天にはうまく誤魔化せたようだ。

 白井はちらっと御坂を見る。

 御坂は上条と面識はあるが、御坂は上条の能力の詳しい事は知らない。

 

 御坂はさっきまで鼻で笑っていたサイト画面を凝視していた。

 

「お、お姉さまもそう思いますでしょ」

「……そうね。本当にいるなら是非とも戦ってみたいわね」

「そ、そうですわね。ま、まぁいるわけないと思いますが」

「何がいるわけないって?」

 

 白井は後ろから聞き覚えのある声が聞こえ硬直した。

 他の三人もそちらを向くと、ツンツン頭の学生服の少年が立っていた。

 

「か、上条さん……」

「上条さんだぁ♪ こんにちはー♪」

「あ、あんた……」

 

 初春、佐天、御坂の三人がそれぞれの反応を返す。特に佐天は会うのが久しぶりなので、特別嬉しそうだ。

 

「何の話してたんだ?」

「学園都市に流行している都市伝説ですよ。結構面白いのも多いんですよ」

「どれどれ……へぇ、結構色々あるんだなぁ」

 

 途中、自分の事も書かれており、どこから漏れたんだろうと内心で苦笑しながら読み進めると――ある一点で上条は目を細める。

 瞬時に表情を笑顔にして、何事もなかったかのように佐天との会話を再開した。

 

「しかし、学園都市みたいなところにもこういうの出回るんだな。今まで知らなかったよ」

「学園都市みたいなところならではっていうのも多いんですよ。例えばこの“どんな能力も――」

「そ、そういえば上条さんはこんなところでどうしたんですか?」

 

 話の流れを変えるべく初春が割り込む。

 少し佐天がむっとしたが、それに気づくこともなく、初春ナイスと思いながら上条が話し出そうとすると――。

 

「そうよ――」

 

 御坂が口を開く。

 これに、上条と白井はまずいと思う。

 

 白井は上条と御坂が幾度となく小競り合いをしていることを知っている。

 当然、御坂は何度となく上条の能力を目撃している。

 

 今のところ、御坂は“何かよく分からない力”で防がれているとしか思っていないし、御坂に問い質されようと、のらりくらりとやり過ごしていた上条だったが、今回のことで変に興味をもたれ、この場で問い詰められると面倒なことになる。

 

 この場には、何も知らない佐天がいるのだ。

 

 上条の能力は、決して低くないレベルの機密だ。

 最悪、御坂はバレても超能力者ということで何もないだろうが、佐天に真相を知られたら、“上”が何かしてくるかもしれない。

 

 口封じに殺すなんてことはないと思いたいが、やりかねないのが学園都市だ。まぁ、ここまで心配しているのは上条だけだが。

 内心ドキドキしながら、続きを待っていると御坂から斜め下の発言が飛びだした。

 

「なんであんたまた食蜂と一緒にいるのよーー!!!!」

「へ?」

 

 上条が呆気にとられると、白井達三人は上条の後ろに目をやる。そこには御坂と同じ超能力者で天敵で宿敵の――食蜂操祈がいた。

 白井と初春は、あまりにもあんまりなタイミングで上条が登場したので、そっちに気を取られて後ろの食蜂に気づかなかった。佐天は純粋に久々に上条に会えたことで舞い上がってた。

 

「あらぁ、やっと気づいてくれたの。よかったぁ、あんまり触れてくれないから嫌われてるのかと思っちゃったじゃない」

「その認識はまちがってないけど、今はそんなこと聞いてない! どうしてあんたがこの馬鹿と一緒にいるのか答えなさいよ!!」

「どうしてって、うら若き男女が休日に一緒にいるなんて答えは一つじゃない? 勿論デー「風紀委員のことで、これからお偉いさんに会わなくちゃいけなくてな。食蜂はその付添だ」ちょ、ちょっと上条さん!」

 

 食蜂の言葉を遮り、上条があっけらかんと答える。

 しかし、それでも御坂は釈然としない。

 

「……なんで、風紀委員でもない食蜂が付添なのよ。それにお偉いさんって誰?」

「それは機密だ。食蜂が付添なのも……まぁ、察してくれ」

 

 つまり“超能力者(レベル5)――食蜂操祈”レベルを連れていかなければ会えないほどのVIPということだ。

 食蜂は御坂のように表だっての知名度はないが、その能力故か性格故か、科学者や政治家といったいわゆる裏の世界には顔が広い。それは当然、学園都市のVIP達にも顔が広いということだ。

 上条が言うお偉いさんも、食蜂経由の知り合いか、少なくとも食蜂絡みで知り合った人なんだろう。

 

 これで浮上する疑問は“そんなVIPに呼び出される上条は何者なのか”ということなのだが、こんな場所では答えてくれないだろう。

 

 その時、食蜂をちらっとみると、食蜂は勝ち誇ったように笑った。私はあなたの知らない上条を知っているとでも言うように。

 御坂は歯を食いしばりながら食蜂を睨みつけるが、当の食蜂は気にも留めない。

 これらの会話を佐天は分かりやすく?マークを頭上に浮かべながら聞いていた。初春と白井は詳しい事は分からないがなんとなく察しているので何も聞かない。

 

「じゃあ俺たちは行くな。白井、初春。そういうわけだから、今日俺は遅れるか、下手すれば行けないかもしれない。固法先輩に伝えておいてくれるか?」

「分かりました」

「了解ですの」

「ありがとな。じゃあ、ビリビリに佐天も。またな」

「ビリビリ言うな!」「えーもう行っちゃうんですかー」

 

 上条はそう言って、店を後にした。

 食蜂もそれに続き、去り際に四人にドヤ顔をプレゼントした。

 

 イラっときた四人は、無言で呼び鈴を連打してスイーツを大量注文し、糖分で自らを抑え込むのだった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 上条当麻と御坂美琴が“この”世界で出会ったのは、今から約一ヶ月前。

 御坂美琴がスキルアウトに絡まれたのを、上条当麻が助けるという、上条当麻にとっては日常茶飯事ともいえるイベントでのことだ。

 

 ()()上条にとって御坂との前の世界での初対面は絶対能力者進化計画の時のあの自販機の時だったが、記憶を失う前の上条は前回も御坂美琴とこうして出会っていた。奇しくもその再現のようになったわけだ。

 

 しかし、上条にとって不運だったのは、当時忘れて風紀委員の腕章をつけていなかったこと。御坂が精神的に未熟であったこと。そして、上条にデリカシーというものが著しく欠けていたことだ。

 

「まだガキじゃねぇか!」

「だれがガキだーーーー!!!!」

 

 御坂が正しくガキのように癇癪を起こして電撃をばら撒き、スキルアウト達は真っ黒焦げになったわけだが、上条が平然としていたのを見て、勝負を挑むようになったのが、この二人の奇妙な関係の始まり。

 

 そんな日々の中――。

 

「だから、あの時は忘れてたけど俺は風紀委員なんだって! ほら、この腕章!」

「関係あるかぁーーー!!」

 

――というやりとりもあったりなかったり。

 

 こうして上条はこの世界でも、御坂と命懸けの追いかけっこを日常的にこなす羽目になっている。

 

 まぁ、今の上条は精神的にいえば御坂より遥かに年上だ。

 オティヌスと何万年単位で過ごしたし、“この”世界に逆行してからすでに十年近く経っている。

 

 根本的な性格は変わらない上条だが、精神的余裕を持てるようになったのか、御坂の野蛮な振る舞いもなんだが可愛く思えてきて、前回ほど恐怖を覚えていないのだ。

 単純に実力がアップして、前回よりも余裕をもってあしらえるというのもあるのだろうが。

 

 

 そんなことを思い出し、御坂は立ち読みを止めてコンビニを出る。

 

 あの後四人は解散し、佐天は学校の友達の所へ、初春と白井は風紀委員177支部へ向かい、暇になった御坂は、まっすぐ寮に帰る気になれず町をブラブラしていた。

 

(いやぁ……我ながらちょっと……あれはなかったかなぁ)

 

 今、思い返してみれば御坂は、助けに来てくれた人に問答無用で電撃をぶっ放したことになるのだ。

 もちろん当時は上条の不思議な能力なんて知らなかったから、スキルアウト同様真っ黒焦げにするつもりだった。

 

 いくらガキ発言に腹が立ったとはいえ、あの態度はよろしくなかったかもしれない。

 

(きっと印象は最悪だろうなぁ……い、いやなんで私があいつの印象なんて気にしなくちゃいけないのよ!!)

 

 御坂も超能力者とはいえ、まだ中学生。

 まだまだ自分の感情を持て余すお年頃であった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 上条当麻は食蜂操祈と共に、とあるVIPを訪れていた。

 

「お久しぶりですね。待っていましたよ」

「遅くなってすまない。親船さん」

「こんにちは~。親船さん☆」

 

 親船最中。

 縦ロールの言っていた“あの方”。この学園都市を治める統括理事の一人。紛れもない最高クラスの“VIP”である。

 

 上条はこのVIPと個人的な繋がりがある。風紀委員の用事とは方便だ。あながち方便でもないのだが。

 更に言えば上条は食蜂経由でなくとも会えるほどのパイプを親船とは築いている。食蜂を連れてきたのは、ただ単純に共通の知り合いといいうのもあるが、他の大人達に親船とのパイプを隠すカモフラージュのためだ。感づいている奴は感づいているだろうが、念の為だ。いらぬ誤解は作らないに越したことはない。誤解ではないのだが。

 

「それで……例の件はどうでしたか?」

「ああ。十中八九“黒”だ。幻想御手(レベルアッパー)はほぼ間違いなく実在している」

「そうでなければ説明がつかない――“書庫(バンク)のデータと辻褄が合わない”事件がすでに複数件起きてるわぁ~。風紀委員の中にも疑問力を持ってる人がいるかもしれないわねぇ」

 

 確かに、白井あたりはもう感づいているかもしれない、と上条は思った。

 白井は普段の御坂へのセクハラで誤解されやすいが、能力、頭の回転の速さ、現場での冷静さなど学園都市でも屈指の実力者である。それこそ、超能力者の御坂美琴の右腕と名乗っても何の違和感もない程の。

 

「そうですか……依頼を出しておいてなんですが、まさか実在しているとは思いませんでした」

「ああ。俺達も、調べるまでは半信半疑だった。だが、実在していると分かった以上、犯人は必ず捕まえる」

「……まぁ、上条さんがそう言うなら協力は惜しまないけどぉ。これってそんなに悪いものなのかしら? レベルを下げるならまだしも上げてくれるなら、学園都市の生徒達には要望力は高いんじゃないのぉ? 私は欲しいとは思わないけどぉ」

 

 食蜂の言葉に、上条は黙考する。

 しばし腕を組み思考に耽っていたが、やがて目を開け、ピシャリと言い放った。

 

「俺はそんなものに頼って上げたレベルが、手に入れた能力が、誇れるものだとは思えない」

 

 食蜂も、親船も、上条の言葉に耳を傾けた。

 

「確かに学園都市は能力主義だし、その能力は才能によるものが大きい。どんなに頑張っても能力が上がらなくて、悔しい思いをしている人がたくさんいるのは知ってる。でも、こんなものに頼ってレベルを上げるのは、高能力者が今の能力を得る為にした努力を、そしてなにより“自分たちが今までもがき苦しんできた時間を嘲笑う行為”だ。――そんなものに頼らなけりゃ得られない力なら、俺はいらない。無能力者でいい」

 

 そんな上条らしい言い分に食蜂も、親船も頬を緩ませた。

 

「そうですね。学園都市側としても、そんなものを許すわけにはいきません。……それに、それとは別に、私自身、この幻想御手というものには嫌な予感がするのです」

「嫌な予感? 何なんだ、それは?」

 

 言い淀む親船に上条は不思議な顔をして、食蜂は目を細め訝しげな表情をする。

 

「そうねぇ。よく考えれば、能力を()()()()上げる。そんなものが健康力に優しいはずがないわよねぇ」

「っ! どういうことだ、食蜂!」

 

 食蜂の言葉に良からぬものを感じた上条は鋭く問う。

 彼女は声のトーンを落とし、神妙に返した。

 

「……学園都市の能力は、特別な授業カリキュラムの他に薬学や脳医学、大脳生理学とかを駆使したものなのは知ってるわよねぇ」

「ああ……それがどうしたんだ?」

「つまり、脳を弄くりまくって、ようやく能力が発動するってことよぉ」

 

 学園都市の超能力は確かな理論と科学的なアプローチにより人工的に開発するものだ。

 世界で最も進歩した科学による緻密な計算の元に行っている――脳の改造によって発現する。

 

「そんなカリキュラムを受けて、それでも能力が発動しなかった子が、何らかの方法で()()()()能力を使わ()()()()ら……通常の能力者が能力を使う時以上に脳に負担力が高いでしょうねぇ。ましてや、正式に研究成果として発表できないような非合法な手段だとしたなおさら――」

 

 食蜂がつらつらと幻想御手の危険性を話していると、ふと隣の上条の様子がおかしいことに気づいた。

 上条は顔を俯かせ、手を組みながら、体を震わせる。

 

「……クソッたれっ…」

 

 手は爪が食い込んで、今にも出血しそうなくらい強く握り込まれている。

 食蜂と親船はそれを悲しい瞳で見つめていた。

 

「……親船さん。他に何か情報はないのか」

「……ええ。今はまだ、ね」

「そうか。それじゃあ、俺は帰らせてもらう。やることが山積みだ」

 

 上条は勢いよく立ち上がり、扉に向かう。

 しかし、そんな上条を親船最中が静止する。

 

「待ちなさい」

「ッ! どうして!!」

 

 上条は振り向き、激しく親船を怒鳴り散らす。

 その迫力は、上条をよく知っている食蜂でも冷や汗を流し、思わず竦んでしまうほどだった。

 

 しかし、親船はそんな上条に動じず、そっと優しい微笑みを向けて諭す。

 

「今から急いてどうするの? 何か目ぼしい手がかりがあるの?」

「それでも! こうしている今でも、どっかで誰か苦しんでいるかもしれないんだ!!」

「だからこそ、今は調査を進めている段階でしょう。風紀委員も警備員も直に本格的に動きだすわ。そうしたら情報も入ってくる。闇雲に動き回るよりずっといいでしょう」

「っッ!! ……それじゃあ、悲劇が起こる前に救えない!!」

 

 上条は強く拳を固めながら、何かを堪えるように歯噛みする。

 

(あの時と……あの頃と……何も変わらない……ッ)

 

 上条が自分の無力さを噛み締めていると、いつのまに近づいたのか、親船が上条のきつく握りしめられている右拳を優しく包み込む。

 

「大丈夫。あなたはよくやってくれていますよ。あなたが風紀委員になってくれたおかげで、救われた人たちはたくさんいます。今回の事件も、あなたが解決に導いてくれると私は疑っていません。この右手が、誰かの不幸の元にあなたを導き、その不幸を、あなたがきっと祓ってくれるでしょう」

 

 上条の右拳から、力がどんどん抜けていく。

 

「期待していますよ。上条当麻君」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 上条が後にし、部屋には食蜂と親船だけが残されていた。

 あの後、上条は暴走しかけたことを二人に謝罪し、パトロールだけしておとなしく家に帰ると言って部屋を出て行った。

 

「もぉ~ずるいんだゾ、親船さん! 自分ばっかり上条さんの好感度上げちゃって~」

「ふふふ。ごめんなさいね」

 

 頬を膨らませて拗ねる食蜂に、親船は優しく微笑む。

 

「……やっぱり上条さんの“あれ”。まだ変化力がないのねぇ……」

「……あれは、あなたが彼をここに連れてきたときから変わってないわね。……もう五年になるかしら」

 

 五年前、その少年は親船最中の前に現れた。

 

 その当時、八歳だった少女――食蜂操祈は既にその無類の才能を発揮し、学園都市の大人達の注目を集めていた。

 食蜂はその能力と優秀過ぎる頭脳故に、八歳にして大人というものの汚さを理解し、嫌悪していた。

 

 そんな時に、少女が出会ったのが親船最中。

 食蜂はやがて彼女には信頼を置くようになり、度々彼女の元を訪れていた。

 

 そんな彼女がある日、親船にこう言った。

 

 会わせたい人がいる。

 親船は嬉しかった。食蜂が友達を連れてくるなんて初めてのことだったから。

 

 食蜂が連れてきたのは、目を肉食獣のようにぎらつかせた少年だった。

 親船は圧倒された。学園都市統括理事として、数々の只者ではない輩と渡り合ってきた親船が、当時十歳の少年に恐れを抱いた。

 

 後から食蜂に聞いた話だと、彼は食蜂に「学園都市統括理事……親船最中を知らないか。それがダメなら貝積継敏でいい。会わせてくれないか?」と。

 彼がなぜそんなことを言ったのか。なぜ自分と貝積が統括理事だと知っていたのか。

 

 それはいまだに分からないけれど、その時に彼が言った言葉は今でも覚えている。

 

「立場が欲しい。悲劇を未然に防げる立場が。幸せを取り戻すんじゃない。失う前に気づける立場が。その為には、できるだけ高い立場――学園都市のことを、そして“もう一つの世界の事情”も知ることが立場、あんたの力が必要だ」

 

 彼は、いったい何者なのだろう。

 それは、親船も、食蜂も知らない。

 

 彼は何かを抱えていて、それに苦しみながらも孤独に戦っている。

 

 だが、彼はとても優しい子だ。それは分かる。

 ならば、自分たちにできることは、そんな彼を支えること。

 

「……操祈ちゃん。上条君のこと、支えてあげてね」

 

 食蜂は親船の言葉を聞き、すぐに胸を張って不敵に笑う。

 

「当たり前だゾ! 私が上条さんと一番付き合いが長いんだから! 上条さんの隣は、私のものよ!」

 

 そんな食蜂に慈愛に満ちた微笑みを、親船は与えた。

 

 まるで、娘の微笑ましい成長を慈しむ、母親のような笑顔を。

 

 

 

「でも、いまだに苗字で呼びあってるのね」

「………それは言わないでぇ。付き合いが長いと、かえって変えるタイミングが見つからないんだゾぉ……」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 一方、親船最中との会談の帰り道、上条は街をパトロールしながら散策していた。

 

 幻想御手事件。

 これは前回の自分の記憶にはない。記憶を失う前の事件なのか、それとも“自分の知らない所で起きていた”事件なのか。

 ともかく今回の事件において、自分にアドバンテージはない。

 

 それでも、事件は防ぐ。未然に防ぎたい。その為に出来ることは、まずはパトロール。

 これは、他にやることがないからとりあえずしているわけではない。そういった面も大きいが。

 

 幻想御手が実在すると確信したのは、数々の事件の犯人のレベルが書庫のデータと合わなかったから。それはつまり“幻想御手使用者がそれだけ事件を起こしている”ということだ。

 もちろん、既に幻想御手が大流行していて事件を起こしているのはその中のほんの一部の可能性もゼロではないが、もしそんなことになっていたらもっと情報が出回るだろう。都市伝説程度で収まらない筈だ。

 それならば、幻想御手使用者の多くが事件を起こしていると考えた方が、辻褄が合う。――手に入れた力に舞い上がり、長年の鬱憤を晴らしていると考えた方が。

 

 こうしている今も。もしかしたら、どこかで。

 

 上条は知らず知らずの内に、歩くスピードを速める。

 じっとなどしていられなかった。

 

 すると前方に、目に濃い隈を持った細身というにはあまりに細い女性が佇んでいた。

 

 上条が足を止めると、その女性も上条に気付いて顔を向ける。

 

 木山春生。

 こうして、“どんな能力も効かない能力を持つ男”と“脱ぎ女”の都市伝説コンビは出会った。

 




こうして、上条の右手は、事件の最重要人物との邂逅を引き寄せる。

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