上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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 感想たくさんありがとうございます!
 さすがアイテム! そして(ある意味)浜面!w


窒素装甲〈オフェンスアーマー〉

「クソッ! よりによって俺達が“(あたり)”かよッ!!」

「確かにここは元々量産能力者(レディオノイズ)計画の研究所だから、絶対能力進化(ほんめい)様に比べれば優先度低いんだろうけどさ……この扱いはあんまりだぜぇ」

「もう妹達(シスターズ)はある程度のクオリティで量産できるシステムは完成したから、あとは設計図と部品と材料があればどこでも作れるって判断したらしいぜ。俺達の何年もの努力がUSB一つで纏められるのはなんか侘しいものがあるよな……」

「そう思うならつべこべ言わずに手を動かせ。ここに残しておいてその汗と涙の結晶を二重の意味でパクられたら侘しいなんかじゃすまねぇぞ」

 

 上条当麻が絹旗最愛(アイテム)と交戦している頃、研究所の裏口付近のある一室ではいまだに移送が終了していないデータ類を持ち運ぶ、または消去している数名の研究者達がいた。

 

 警備が全くといっていいほど機能していなかった正面入り口とは違い、こちらは堅牢な警備だった。

 

 明らかに身のこなしからプロと分かる護衛役が、段ボールを運ぶ研究者の付近をうろついている上、こちらに入ってくる車、そして出ていく車を、一つしかない裏口(いりぐち)で監視カメラとガードマンによりチェックする。

 

 日中ということでこちら側にもあからさまに物々しい装備の部隊はいないが、それでも見る人が見れば明らかに何かがあるということは分かる人の流れだった。

 

「にしてもなんでこんなに急いで逃げ出さなくちゃならないんだ……。ここを囮にするにしても、もっと余裕をもって教えてくれればこんなに慌てずにすんだのによぉ」

「どうも相手も相当な奴等らしいぜ。噂によれば、あの第五位がいるらしい。そいつに事前に情報が洩れる可能性があったから、こんな夜逃げみたいなスケジューリングで逃避行ってわけだ」

「なるほどぉ。でも分かっていても癪よねぇ。それってぇ、私達の研究所だけじゃなくってぇ、私達の研究データ自体も最悪盗まれてもいいって切り捨てられたってことじゃなぁい?」

「ん?……あぁ、そう考えてみればそうだな。たくっ、“上”の連中も何考えてるんだか。たった一体しか作れない絶対能力者(レベル6)に予算と月日をかけるんだったら、それをこっちの研究に使って、超能力者(レベル5)の量産の可能性にかける方がはるかに価値があるだろっ」

 

 ぶつくさと文句を言いながら資料を纏めている研究者達の中に、一人の黒髪の女性研究者がいつの間にか混じっていた。

 ふとそちらに目を向けた一人の男の研究者だったが、その横顔は共にここで働いていた旧知の同僚だった為、そのまま資料に目を移し愚痴を続ける。

 

 

 彼女はその彼を一瞬見遣りながら、“どうやら気づかれなかったようだ”と――『食蜂操祈』はそのまま会話を続行する。

 

 この研究者は、すでに件の第五位――『心理掌握(メンタルアウト)』食蜂操祈の術中だった。

 

 

「それにしても、私達こんなにのんびりしていていいのかしらぁ。その実験を潰そうと動いてる連中って、もうこの研究所に忍び込んでるかもしれないのに」

「一応、暗部の組織を雇って護衛に置いてるらしいけどな」

「ああ、見た。だけどなんか全員女だったぞ。それもかなり若い。っていうか子供」

「まじか。急に不安になってきたわ」

 

 ピタ。と、資料を読む『食蜂』の手が止まる。

 そして、ゆっくりと視線を上げて、この部屋にいる三人の男を見た。

 

 彼らは全員資料に夢中で、こちらを見向きもしていない。

 

 食蜂はゆっくりと、懐からリモコンを取り出して、彼らの記憶に直接アクセスしようと――

 

 

 

「ひぃぃぃぃぃいいいいい!!!!! お願いですからやめてくださぁい!! 外部の人間に計画を漏らしたら僕が殺されちゃいますぅぅぅううう!!!」

「どうせ最悪侵入者に見られても構わないってレベルの情報なんだろうがっ! いいからさっさと見せなさいよ、暇なのよ!」

 

 ん? とその室内の研究者達が全員外――つまりこの部屋の扉の方へと、手元の資料から視線を移す。彼らの背後からリモコンを突きつけようとしていた食蜂はそっとリモコンを戻し、彼らと同じように扉に目を向ける。

 

 そして、位置的に『食蜂』が最も扉に近かった為、そのまま開いている扉から廊下を覗き込む。

 

 

――そこには肥満体の男を椅子にしている美女がいた。

 

 

 パッと見、そういう系のお店のサービスのように見えなくもない。

 

 男の方は一応白衣を着ているが、その顔面に汗を垂れ流し、心なしか息が荒い。眼鏡がベトベトである。

 

 女の方は、腰近くまである長い茶髪を括らずに無造作に見せびらかすように払い、その長い足を組みながら細長い指でノートPCを操作している。腰かけているものを視界に入れないようにすれば、優秀なオフィスレディにも見えるかもしれない。が――

 

「ぎゃはははは!!! なに!? 第一位はこんな面白そうなことやらされてんのか!? ただの作業ゲーじゃねぇか!! 努力値稼ぎかよ!!」

 

 突然、その美貌を崩して大口を開けて下品に笑いだした。一見清楚な第一印象があまりに見事に崩れる有り様に、そっと覗き見ていた『食蜂』も軽く引いてしまう。

 

 その時、椅子になっている男が、荒い呼吸のままその女に問いかける。

 

「あ、あの、いいんですか?……お仲間の方は、侵入者の迎撃に向かったんじゃ」

「ああ? どうせ侵入者は情報通りなら無能力者(レベル0)一匹でしょ。それならあの二人で十分よ。第五位は戦闘力は皆無だし、もう一匹大能力者(レベル4)がいるらしいけど、そいつは第五位にべったりっていうから来ないでしょ」

 

 そして、彼女はノートPCを畳んで、妖艶に笑いながら言った。

 

「むしろ、私なら正面から一人突っ込ませて、それを囮にして裏口から“本命”を侵入させる。だから私がここに居んのよ。のこのこやってきたネズミを捕まえる為にね」

「――ッ」

 

『食蜂』は息を呑み、そっと室内に戻った。

 

 他の研究員は外の様子は気にはなるものの、あまり関わらない方がいいと思ったのか、すでに資料に目を移していた。なんだかんだで仕事熱心な連中だ。

 

 だが、『食蜂』は、見かけ上は一応資料探しに戻ってはいるものの、内心は焦燥が渦巻いていた。

 

(……不味いわぁ。あれは第四位――ってことは(トラップ)の正体は暗部組織『アイテム』。まさか彼女達が送り込まれてくるなんて……想定外力髙過ぎよぉ)

 

 確か『アイテム』は、学園都市上層部の暴走の阻止や、不穏分子の排除が目的の組織のはず。学園都市統括理事長の直轄部隊である『メンバー』とかならともかく、なぜアイテムが? むしろ彼女達は、おそらくは湧いて出てくるであろうこの実験を私的に利用しようとなどと企む輩の排除などが仕事なのでは?

 

(……そこまでして、この実験を成功させたいということかしらぁ? 第一位のパワーアップに繋がる実験の遂行の手伝いなんて第二位は動かないだろうし、事実上の最強戦力の投入、というわけかしらぁ)

 

 

 それとも、彼女達の投入を決断されるほどの不穏分子として、自分達は断定されてしまったのか。

 

 

 第五位と幻想殺し(イマジンブレイカー)という希少価値では、もはや逃れ切れない程に、学園都市の逆鱗に触れてしまったのか。

 

 

 ……だが、今の食蜂が懸念すべきはそちらではない。第四位――『原子崩し(メルトダウナー)』の彼女ではなく、同じくアイテムの一員である――

 

 

「――むぎの」

「ん? 滝壺? どうしたの?」

 

 廊下から聞こえてきた声に、『食蜂』が思わず硬直する。

 

(……『能力追跡(AIMストーカー)』――滝壺理后)

 

 そう。『食蜂』が危険視するのは、麦野よりも彼女である。

 

 もし、彼女と接触してしまい、AIM拡散力場を“記憶”されてしまったら、例えどれだけ“顔”を変えようと、確実に捕捉されてしまう。

 

 自分の本体は今、縦ロールを近くに置いて、別所で待機しているが、この『食蜂』がバレたら、その本体の位置も捕捉されてしまうだろう。そうなると第二陣を送り込むことも出来なくなり、結果としてこれ以上の情報収集は不可能になる。

 

 食蜂操祈という、こと情報収集においては、学園都市最強どころか、全世界でもトップクラスであろう『心理掌握(メンタルアウト)』に、まさかこんなジョーカーをぶつけてくるなんて。

 

 今ここで顔を会わせて接触するわけにはいかない。食蜂はいますぐそこの扉から飛び出したい衝動に駆られたが、実行すればその時点で滝壺に捕捉される。いや、その前にそんなあからさまな行動をしたら麦野に撃ち抜かれて終わりか。

 

『食蜂』は、廊下の二人の言葉に耳を傾ける。

 

 そして、滝壺はそののんびりとした口調のまま、言った。

 

 

「――さっき、きぬはたの携帯から、“男の声”で電話があった」

「……はぁ?」

 

 

「……うん。きぬはたとフレンダ、負けちゃったみたい」

 

 

 その言葉に、麦野と『食蜂』は息を呑んだ。

 

「……へぇ」

 

 その麦野の呟きは、怒りと少しの愉悦が篭っていた。

 

「で、その男はなんて?」

「“仲間を返して欲しくば、こっちに来い。そうすればコイツ等には手を出さない”――だって」

「ぷはっ! なんだ、そのお約束な展開は!」

 

 そう言って麦野は楽しそうに笑い――

 

「ぶひっ!!」

「面白ぇ。そのお約束に乗ってやろうじゃないか」

 

 立ち上がるついでに(いす)をヒールで蹴とばした。

 滝壺は悶え苦しむ(いす)を視界にすら入れずに、麦野に問いかける。

 

「……行くの?」

「まぁ、このまま図に乗らせたままだと癪だしね。外にいる下請けの連中の何人かをここに寄越して。気休めだけど、さっさと済ませてちゃっちゃと戻ってくればいいわ」

 

 そして、二人分の足音が遠ざかっていく。

 

「気の乗らない仕事だったけど、思った以上に面白そうじゃない。“親船”の子飼いっていうから対して興味もなかったけど、ここまで私をコケにしてくれたんだ――」

 

 口元に、その細く長い美しい指を当て、麦野沈利は楽しそうに呟いた。

 

 

「――ブ・チ・こ・ろ・し・か・く・て・い・ね」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 遠ざかっていく足音に、食蜂は同室内の同僚(仮)達に気づかれないように、そっと息を吐く。

 

(……どうやら助かったみたいねぇ……()は)

 

 だが、すぐに表情を引き締める。

 

(……それにしても、上条さんは。この短時間で『アイテム』二人の撃破力はさすがだけど……それでも相手は第四位。それに上条さんのことだから、その二人も殺してはいないだろうしぃ、実質『アイテム』を一度に同時に相手にするようなもの。……まぁ、『能力追跡(AIMストーカー)』は上条さんには効かないでしょうけど)

 

 食蜂は、一刻も早く本命の研究所の情報を探し当てなくては、と自分の仕事を遂行しようとして――

 

 

 

「What?……一体、何をしているの?」

「ぐぅぅ……ぬ、布束さん」

 

 再び外から、今度はこんな会話が聞こえてきた。

 

(……布束、ですって?)

 

 食蜂は、事前に調査していた際に印象に残っていたその名前に反応し、耳を傾ける。

 

「そ、それが……護衛に雇った暗部の連中が侵入者に苦戦しているようでして……今、全員総出で撃退に向かった所です」

「……そう。なら、データの撤去を急がなくてはね」

 

 そう言って彼女は、『食蜂』がいる部屋とは廊下を挟んで反対側にある、地下へと繋がる階段に向かう。

 

 

 布束砥信。

 

 高校二年生の十七歳でありながら、『量産能力者(レディオノイズ)』計画時代から関わっていた、いわば古株。

 

(…………そうねぇ。賭けてみる価値力は高そうかしらぁ?)

 

 少なくとも、今、食蜂と同じ部屋にいる三人や、麦野に椅子にされていた男よりは、“上”の人間だろう。

 

『食蜂』は、懐から拳銃を引き抜くように、そのリモコンを取り出した。

 

 

 

 

 

「――布束、砥信さんよねぇ」

 

 布束は地下へと繋ぐ階段を降りている最中、頭上からそんな間延びした女の声で呼びかけられた。

 

 彼女は魚類を思わせるギョロ目を、振り返ってその声の主に向ける。

 その女は見覚えのある人間だった。直接会話を交わしたことはないが、この研究所で何度か見かけたことがある。

 

 だが、目の前の、いや目の上の彼女は、布束の薄い記憶では絶対にしないであろう尊大な態度で屹立していた。

 口元を妖艶に歪ませ、普段は一本の三つ編みに纏めていた髪を解き、思わずみるものを惹きつけてしまう高貴な雰囲気を感じさせる――ことを計算し尽くしている所作で、髪を払う。

 

 そして、そんな彼女の後ろには、まるで女王に仕える奴隷のように、四人の男の研究者が傅いている。

 

 布束砥信は、それを見て、表情を変えず、目の色も変えず、ただ淡々と言った。

 

「Indeed。あなた、『心理掌握(メンタルアウト)』ね」

「ご明察♪」

 

 そして『食蜂』は、布束に向かってリモコンを突きつける。

 

 傲岸不遜の女王が戯れに臣下を甚振る様な笑顔で。

 

「そのご自慢の優秀な頭の中、覗かせてもらうわねぇ」

 

 小さな電子音を皮切りに、学園都市最強の精神能力が、布束砥信の頭脳を蹂躙した。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 上条当麻と食蜂操祈、そして縦ロールの三人は、学園都市統括理事の“穏健派”――親船最中の私兵として、学園都市の裏を牛耳る権力者達からは“親船派”と呼ばれ、疎まれている。

 

 彼らが学園都市の闇の悲劇を探し出す情報網となるのは、主に親船最中の統括理事としてのパイプ、そして学園都市最強の精神能力者――食蜂操祈の『心理掌握(メンタルアウト)』だ。

 

 中でも食蜂の情報収集力は学園都市でも随一で、読心、洗脳、催眠、ありとあらゆるガード不能の反則手をもってして、秘密や機密を根こそぎ暴かれてしまう。

 

 よって食蜂操祈は、学園都市の暗部組織である『アイテム』のことも当然の如く知り得ていた。その役割、メンバー構成、そして各人が持つ能力の詳細すらも。

 

 

 だが、ここで一つ明らかしなければならない前提条件がある。

 

 食蜂や親船は、自身の持つ情報網を学園都市に張り巡らせていて、防がなくてはならない悲劇の予兆を感知したら、すぐにでも動けるように日夜暗躍している。

 

 しかし、その獲得した全ての情報を、自分達の仲間である上条当麻に明かしているわけではない。

 

 これは、上条を騙しているということでは有り得ない。役割の違いだ。

 

 

 上条当麻という男の性質は、チェスの駒に例えると『兵士(ポーン)』だ。目の前の明確な目標に向かって、ただ真っ直ぐに突き進む。それが上条という男を最大限に活かす使い方であり、適した在り方だ。

 断じて、策謀を巡らせ、大局を見て戦略を練る男ではない。

 

 その役割を、“親船派”で担っているのが、『(キング)』であり、『女王(クイーン)』である親船や食蜂だ。

 彼女達が、有象無象に集まる莫大な情報の中で、真に対処すべき案件を、真に対処すべきタイミングで介入するかを判断し、そこで初めて上条に情報を与え、事の解決にあたるのだ。

 

 

 万が一、その悲劇の情報を選別せずに有りのままに全て上条に伝えたら、どうなるか。

 

 その時上条は、自分の体が動く限り、昼夜を通して、それら全ての案件の解決に尽力するだろう。

 

 それで、己の体が悲鳴を上げ、ズタズタに傷つき、ボロボロに成り果てたとしても。

 

 例えそれにより、己の命が失われようとも、上条当麻は止まらない。そういう風に出来ている。

 

 そういう風に、壊れてしまっている。

 

 今は年月の経過によりある程度収まったように見えているが、食蜂と親船は忘れていない。

 

 

 あの日。食蜂操祈を通じて、親船最中の元を訪れたあの日。

 

 この世界の全てを憎む様な目。この世のありとあらゆる悲劇を憎悪する瞳。

 

 

 上条当麻は、危うい。それは二人の共通認識だった。

 

 

 つまり、食蜂と親船は、あまり上条に情報を与えていない。

 

 その悲劇への介入を決めた時のみ、その案件に関する情報のみを与えるようにしているというわけだ。

 

 だからこそ上条当麻は、『前の世界』の記憶以外の真新しい情報というのは、以外にもあまり知り得ていなかったりするのだ。

 

 

 だが、そんな食蜂が、まだそれらに関わることが確かではない時に、上条に事前に教えていた情報が、二つあった。

 

 一つは、暗部組織『スクール』。そして、もう一つが、同じく暗部組織『アイテム』。

 

 より正確に言えば――学園都市第二位と、学園都市第四位。

 

 学園都市の裏の世界に戦いを挑むにあたって、いつか激突してしまうかもしれない、二人の超能力者(レベル5)

 

 

 それは、食蜂操祈なりの、上条当麻へと忠告でもあった。

 

 

 どうか、真正面から、彼らに挑まないでくれと。

 

 

 上条当麻が、愚直な『兵士(ポーン)』であることは、承知の上で。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 だが、そんな食蜂の願いも空しく、上条当麻は今ここに、暗部組織『アイテム』と相対してしまった。

 

 目の前にいるのは、第四位ではないにせよ、無能力者の上条よりは遥かに格上の存在である、大能力者(レベル4)

 

窒素装甲(オフェンスアーマー)』――絹旗最愛。

 

 空気中の窒素を操ることで自動車を持ち上げるほど強大な攻撃力(オフェンス)や、『窒素の壁』を自動展開する強硬な防御力(アーマー)を誇る、『アイテム』の前衛を務める少女。

 

 と、上条がここまで絹旗について知っているのは、一重に食蜂による事前の教授のお陰である。上条自身は『前の世界』では絹旗については“浜面って奴の仲間”くらいの認識しかなかった。

 

 だが、今はその強さを、恐ろしさを、知識という形で把握している。

 

 そんな彼女と対峙してしまった上条は――

 

 

 バサッ! と、彼女に向かって身に付けていた白衣を放り投げた。

 

 

「っ!?」

 

 絹旗最愛は戦闘力の高い大能力者(レベル4)だが、そんな彼女はまだ成長しきっていない小柄な子供に過ぎない。

 

 上条が彼女の頭上に広げた白衣は、絹旗の視界を真っ白に覆った。

 

 そこで絹旗は、距離を取るように後退する。狭い一室を脱し、廊下へと戻る。

 ここで無闇に突っ込んで行ったりしない。下手な拳銃などは絹旗には効かないが、最悪白衣によって動きが捕らわれてしまう可能性もある。

 

 事前に彼女に与えられた上条当麻という男の情報は、絹旗にここで後手に回らせる程の脅威は与えていた。

 

 無理に深追いをする必要はない。この扉の前で待ち伏せていれば、標的(かみじょう)は逃げられないのだから。

 

 そして絹旗は腰を落とし、上条が飛び出してくるのを待つ。仮に飛び出してこなくとも、白衣が地面に落ちたら今度は自分が部屋に飛び込み、追い詰めればいい。

 

 そうして、知らずの内に宙を舞う白衣に目を奪われていた絹旗の足元に、カランと何かが転がってきた。

 

 それは――

 

「――しまっ!」

 

 

 カッ!! と強烈に発光する。

 

 

 咄嗟のことで完全に目を塞ぎきれなかった絹旗は、その閃光に目を焼かれた。

 自慢の防御力も光までは防げない。

 

 だが絹旗は、ここで大きく両手を開いた。すでに焼かれてしまった両目の前にいつまでも無意味に両手を上げておくなどという愚行は犯さない。

 目で追えなければ気配で感知する。パニックに陥らず、変わらず腰を落として両手を広げる体勢を維持する。

 

 暗部組織『アイテム』として、この年齢でも数多くの修羅場をくぐり抜けてきた歴戦である少女は、その場に置けるベストの選択を選んだ――はずだった。

 

 

 パリーンっ! と、何かが突き破られるような破砕音が響き。

 

 

 グッ! と、頭を掴まれ、背後から力づくで押し倒された。

 

 

「な――ッ!?」

 

 絹旗は為す術もなく地に伏せられる。

 頭を掴まれたまま、そのまま別の手で利き腕を拘束された。

 

 いつの間に背後を取られたのか――それはどうでもいい。すぐに立て直したとはいえ、閃光弾によって数瞬呆気にとられたのは確かだ。手練れならば、その隙に自分の背後に回り込むことも出来るだろう。

 

 だが、そこではない。絹旗が信じられないのは、自分の頭を掴み、押し倒したことだ。

 

 もっと言うのなら、自分に“触れられた”ことだ。

 

 

 自分の――絹旗最愛の能力は、『窒素装甲(オフェンスアーマー)』。

 この能力は、とある計画により生み出された能力で、かの“第一位”の演算パターンにより最適化された自動防御能力がある。

 

 それは、学園都市最強の防御能力――『反射』を疑似的に再現した、『窒素の壁』。

 本人の意思に関係なく、常に三百六十度どこからの攻撃も防ぐその疑似最強の盾は、絹旗本人も気づかない完全な不意打ちにおいても防御する、まさしく『装甲』。

 

 もちろん絹旗の能力の性質上、あくまで窒素のみを扱っているので、第一位のように攻撃を『反射』することも出来ず、周囲の窒素がなくなれば発動できないなどという弱点も存在するが――だが。

 

 無能力者の何の変哲もない“手”の侵入を拒めないような、こんな風に無遠慮に頭を掴みあげられることを許すような、そんな柔な絶対防御では有り得ないはずだ。

 

 

(……まさか……あの噂は超本当だったってことですかっ!?)

 

 

 たった三人の“親船派”。

 

 奴等の中で最も厄介なのは、超能力者(レベル5)の一角の『女王(クイーン)』ではなく。そんな女王に付き従いその身を守る大能力者(レベル4)の『騎士(ナイト)』でもなく。

 

 そんな彼女らを率いる――無能力者(レベル0)無能力者レベル0の『兵士(ポーン)』である。

 

 何故なら、その男の前では、例えどんなに強力な超能力であろうと、その全てが意味を為さない。

 

 学園都市の闇に戦いを挑み続けるその男は、全ての超能力を否定する男である――と。

 

 そんな、まさしく都市伝説のような、信憑性などまるでない噂話のみが跋扈する、その正体不明の風紀委員(ジャッジメント)

 

 それが――

 

 

「仲間はどこだ?」

 

 その男――上条当麻は、絹旗を地に伏せながら問いかける。

 

 否、それはもはや尋問に近かった。

 

「……さぁ? 超知りません――ねッ!?」

 

 絹旗は不貞腐れる子供のように不敵に吐き捨てたが、その言葉を最後まで言い切る前に、上条が左手で絹旗の右腕を締め上げた。

 

 その技は人体のどの部位に力を加えれば効果的に痛みを与えられるかを計算され尽くした、風紀委員(ジャッジメント)に必須の暴徒鎮圧用の関節技(サブミッション)

 

 それを受ける絹旗最愛は、普段滅多に味わうことのない種類の痛みに戸惑い、一瞬揺らぐ。楽になりたい、こんな痛みを味わい続けたくない、とそんな言葉が脳裏に過ってしまう。上条の技は、まさしくそういった効果を与える為に極められた種類の技だった。

 

「……もう一度聞くぞ? 仲間はどこだ?」

 

 絹旗は一度、水面に顔を出す魚のように口をパクパクと開け――それでも、不敵に口元を歪めた。

 

 

「……超、知りませんね」

 

 

 上条は、ピクリと、絹旗の腕を締め上げるその腕の動きを止めた。

 

 

 絹旗最愛は、まだおそらくは中一かそれ以下の年の、まさしく少女だ。

 

 だが、それでも、彼女の歩んできた人生(みちのり)は、そんじょそこらのスキルアウトなど鼻で笑うような絶望と苦難に満ち満ちている。

 

 学園都市の闇で、生き残り続けてきた歴戦の少女である。

 

 彼女は屈さない。数々のスキルアウト達を屈服させてきた“程度”の痛みなどで、絹旗の心はまるで折れなかった。

 

 馬鹿にするように、馬鹿にするなというように、不敵に、笑ってみせた。

 

「…………」

 

 上条は、そんな彼女の――

 

 

――上から、飛び退くように離れた。

 

 

(!?)

 

 絹旗は急に自由の身になったことに戸惑いながらも――ガコンッ! という音に顔を上にあげる。

 

 

 そこから無数のぬいぐるみが降り注いできた。

 

 

 絹旗はその物体の正体を把握すると、すぐに『窒素の壁』が再び展開されていることを確認し――上条を見る。

 

 上条は一瞬、その右手をピクリと動かすも、すぐにさらに後ろに飛び去る。絹旗から――そしてぬいぐるみから距離をとるように。

 

 だが、この距離ならば関係ない。絹旗はそう判断する。

 

 例え、奴がどのような手段で能力を無効にしようとも――

 

 

――このぬいぐるみ群は、紛うことなき“ただの”爆弾なのだから。

 

 

「BANG! って訳よ♪」

 

 ドドドドドドドドッッ!!! と、廊下内の限られた空間が爆炎に埋め尽くされる。

 

 その爆風は、絹旗に、そして少し離れた場所にいた上条にも容赦なく襲い掛かる。

 

 爆発の衝撃により、廊下の床が破壊され、地下の広い空間に躍り出た。

 その空間は、パイプや機器類がそこら中に配置されていて、まるでボイラー室のようになっていた。

 

 そこに――絹旗最愛は華麗に着地する。

 

 そして、彼女の隣に一人の金髪の少女が降り立った。

 

「にゃ~はは! 撃破! 私、標的げ~きは☆! これで特別ボーナスは私のもんだ~! あ、絹旗~! いやぁ~さすが私って感じ? 結局、出来る女は華麗に一撃で決めるって訳よ~! 絹旗もこれを機に年上の(レディ)をもっと敬――ちょっ! 痛い! 痛いって訳よ! なんなの!?」

「いえ、その華麗なレディ(笑)に先程殺されかけたので、超腹いせです」

「いや爆弾で窒素諸共吹き飛ばしたのは悪かったって思ってる訳よ! でも絹旗は予備の液体窒素持ってるし! ぬいぐるみと一緒に防護服も落としたじゃない!」

「こんな戦争中の防災頭巾みたいなので超防げるわけないでしょう。私のお洒落パーカーに焦げでもついたら超弁償ですよ」

「いたたたたた! 分かった! 私の特別ボーナスでパーカーでもなんでも新しいのかってあげるから、とりあえずこの関節技を解いて欲しいわけよ! どうしたの!? さっきあのツンツン頭にやられてた分の八つ当たりって訳!?」

「いえ、そんなことは超ないです。でも今の口振りだと随分最初の方から文字通りの高見の見物決め込んでたみたいですね。もっと早く超助けに割り込めなかったんですか?」

「…………テヘペロ☆」

「……………」

「いたたたたたたた!! き、絹旗! レディの関節はそんな方向には曲がらないってわけよぉぉぉぉおおおお!!!」

 

 

「――アイテムってのは、随分楽しそうな組織なんだな?」

 

 

「「!!?」」

 

 その声に、絹旗と金髪の少女――フレンダ=セイヴェルンは反射的に臨戦態勢をとった。

 

「……超倒せてないじゃないですか」

「え、いや、でも。間違いなく爆発には巻き込まれた訳よっ!」

「ああ、その防災頭巾じゃないが、これで身を守ったんだ」

 

 その男は、少女達に一歩ずつ近づき、徐々にその姿を現す。

 

 

 そこにいたのは――多少服に焦げ跡を残すものの、五体満足の上条当麻だった。

 

 

「……あの時の、白衣ですか」

「ちょ!? そんなもので防げるような柔な爆弾じゃないってわけよ!」

「ああ、これは特別製だ」

 

 上条はボロボロになった白衣を放りながら、二人の少女に向かって言う。

 

「ここに俺達を誘い込んで罠を張っていることは予測していたからな。だから、それなりの装備はしてきたさ。さっきの閃光弾もその一つ。ちなみにこの白衣は防弾防刃、そんで能力者対策に防火防電防水機能なんかも付いてる。まぁ、気休め程度だけどな」

 

 警備員(アンチスキル)に支給される正規装備にははるかに及ばない。と上条は自嘲するように言う。

 

 そして、絹旗とフレンダに向かって、不敵に言い放つ。

 

「大変なんだぜ。無能力者の分際で、能力者(おまえたち)に立ち向かい続けるのは。いつも必死だ。こういう小細工も必須だ」

 

 だがな、と上条当麻は腰を落とし、腕を引いて、右拳を握り締める。

 

 それを受けて、絹旗も腰を落とし、フレンダも身を引いた。

 

「それでも、俺はお前らを止めるぞ。例え、どれだけ身の程知らずだろうと……お前らが、誰かが泣いているのを見て見ぬふりをして、自分達の為だけに誰かを傷つけ続けるってんなら……そんなんが自分達の生き方で、変えられない在り方だってんなら――」

 

 

 上条と、アイテムの二人の少女の視線が交錯する。そして――

 

 

 

「――まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す!!!」

 

 

 




 上条の白衣は親船のコネで手に入れたもの。
 あくまで上条が言う通り気休めで、死なないこと――致命傷を避けることを目標に作られたもの。つまり、超痛いはず。しかも消耗品。一回耐えればいい方。
 たぶん、今回の爆弾も上条以外ならこの白衣着てても普通に死んでた。

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