上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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 今回はいわゆる導入部分。



絶対能力進化〈レベル6シフト〉

 

 上条当麻と食蜂操祈、そして一方通行(アクセラレータ)

 

 幼い三人の少年少女が、大切なものを失って、何かが壊れてしまったあの日から、およそ四年が過ぎた。

 

 

 上条は食蜂の仲介によって親船最中とコンタクトをとることに成功し、学園都市統括理事という後ろ盾と、そしてこの街の“より深い場所”の情報源を手に入れた。

 

 この街の表舞台で平穏に生きていては、気づくことすら出来ない。そんな悲劇の情報源を。

 

 

 

『立場が欲しい。悲劇を未然に防げる立場が。幸せを取り戻すんじゃない。失う前に気づける立場が。その為には、できるだけ高い立場――学園都市のことを、そして“もう一つの世界の事情”も知ることが出来る立場、あんたの力が必要だ』

 

 

 

 四年前――十歳だった上条少年が、当時すでに学園都市統括理事だった親船最中に言い放った言葉だ。

 

 獣のような目だった。この世界そのものを嫌悪しているかのような、そんな爛々と輝く瞳だった。

 

 親船最中は、そんな少年を憐れみ、立場を与えた。

 

 風紀委員(ジャッジメント)

 学園都市の治安維持を目的とした組織。“合法的”に、苦しむ人達を救い出せる立場を。

 

 そして、同じく親船最中は、上条にもう一つの勅命を与えた。

 

 

 上条少年がなぜか知っていた、もう一つの世界――“魔術サイド”に関するトラブルの解決である。

 

 

 もちろん上条当麻は科学サイドの人間で、それも学園都市でもトップクラスの機密に希少な“能力者(げんせき)”である。

 よって、自分から勝手に魔術サイドの問題に関与することは出来ない。機密漏洩ではなく、自身が稀有な“サンプル”であるがゆえに。

 

 だが、同時に上条当麻は、学園都市の技術の結晶である“超能力”を持たない“無能力者”でもある。

 それを理由に、それを建前に、上条当麻は魔術サイドの問題を解決することを、“上”から押し付けられるようになった。

 

 まさしく詭弁。矛盾するその二つの理由を、都合によって使い分ける、都合のいい道具扱い。

 

 

 親船最中がそうなるように仕向け、上条当麻が希望し、獲得した立場だった。

 

 

 だが、“上”から回されるトラブルは全て、学園都市の不利益を未然に防ぎ、利益を守るような事件ばかりだった。

 より正確にいうには、学園都市に関与しない、魔術サイド内の内輪揉めのようなトラブルには関わらせてもらえなかった。

 

 上条当麻の出撃の許可は下りなかったのである。

 

 

 よって、上条が“前の”世界で知り得ている悲劇の火種を消すような、未然に防ぐような手だてはほとんど出来なかった。

 

 

 当然、だからといっておとなしく引き下がる上条当麻ではなく、親船達の独自のネットワークで学園都市の仄暗い企みをいくつも潰したが、それでもやはり親船や食蜂といえども限界はある。零れ落ちるほんの表面を掬い上げる程度で、悲劇の根本はまるでその全容すら掴めなかった。

 

 

 そして、上条当麻は痛感する。かつての自分は、『前の世界』の自分は、本当に無知なガキだったのだと。

 

 

“今の”上条当麻になった時、すでに隣にはインデックスがいて、すでに自分は彼女の守護者(ガーディアン)だった。

 

 確かに、巻き込まれる不幸(じけん)はそのほとんどが魔術絡みで、世界規模の大事件だらけだったけれど、それ故に上条は知らなかった。否、気づかなかった。

 

 

 自分が暮らし、帰る場所であったこの学園都市に、真っ黒な、どす黒い闇が、ここまで広く、深く蔓延っているだなんて。

 

 

 気づかなかった。いや、気付かないふりをしていたのか。

 

 

 妹達(シスターズ)も、風斬氷華も、恋査も、あくまで学園都市でも“とびっきり”の奴だと、あんなのはほんの一部で、俺達の帰る場所であるこの場所はかけがえのないものなのだと、そう信じ込もうとしていたのか――

 

 上条当麻は、歯を食いしばり、右拳を握りしめながら、学園都市の闇の深さと、魔術サイドの今にも起こり得るであろう悲劇に対して何も出来ない自分に対する暗い感情に耐えながら、戦い続けた。

 

 

 

 そんな中で、強いて挙げるなら、土御門と“前”よりもはるかに早くコンタクトを取れたことは成果といっていいだろう。

 

 親船や食蜂にすら話せなかった“前”の世界についての情報を、共有できる人間が出来た。上条自身の経験として知っている悲劇は、そのほとんどが魔術サイドの出来事で、上条は基本的に門外漢だった為、的確な対処が分からなかったのである。

 

 上条は、この街に貼り付けにされた自分に変わって、魔術サイドの問題に対して動いてくれる人手が欲しかった。

 

 土御門という男は、こういう暗躍のような活動に関しては自分よりも一枚も二枚も上手であると、上条は確信している。完全に信じてもらえたとは思えないが、少なくとも考慮はしてくれるだろう。『前の世界』の情報などという荒唐無稽な話も、くだらない妄言だと一顧だにせず、真実が否か裏付けをとろうと動いてはくれるはずだ。土御門はそういう男だ。それだけでも十分にありがたい。

 

 

 

 こういった形で、上条当麻は、この四年間を濃密に過ごしていた。

 

 

 一つでも多くの悲劇を救う。起こる前に。広がる前に。少しでもこの世から駆逐する。

 

 

 悲劇を、闇を殺す。

 

 

 上条当麻はまさに身を粉にして、この世界に尽くした。

 

 

 この世界から、悲劇を失くす為に尽くし続けた。

 

 

 あの『しあわせな世界』に、少しでも近づける為に。

 

 

 戦い、戦い、戦い続けた。

 

 

 

 だが、それでも、一方通行(アクセラレータ)の行方は、依然として、手がかりすら掴むことが出来なかった。

 

 

 

 そうして、上条当麻の中学三年生の冬休みが始まる頃。

 

 

 その情報は、届いた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「なっ!? 量産能力者(レディオノイズ)計画が再び動き出しているだと!?」

 

 

 親船最中の執務室。

 本来なら学生はおろか、そんじょそこらの大人達ですら入室を許可されない文字通りのVIPルームに、十四歳の少年の怒声が響いた。

 

 それを受け止めるのは、三人の女性。

 一人は、この部屋の主であり、この情報を上条に伝えた張本人である――親船最中。

 一人は、上条と同じく沈痛な面持ちで俯いている中学一年生の少女――食蜂操祈。

 一人は、そんな食蜂の傍らに立つ同じく中学一年生の少女――縦ロール。

 

 縦ロールとは、上条が食蜂と共に親船最中の元を訪れた後、最初に解決した事件の時に、上条が食蜂と共に救った少女だった。

 その後、彼女は上条と食蜂を敬愛し、食蜂操祈の右腕となって、こうしてこの集会のメンバーへと加わった。

 

 この三人に、上条当麻を加えた、四人。この四人で、たった四人で、これまで数多くの事件を解決し、悲劇を防ぎ――防げなかったいくつかの悲劇も、解決し、解消してきた。

 

 

 そして、この日。

 

 再び新たな悲劇に立ち向かうべく、親船最中は、満を持してその情報を上条に開示した。

 

 

 量産能力者(レディオノイズ)計画。

 

 

 上条当麻は、この計画を知っている。この悲劇を知っている。

 

 

 だが――

 

 

 この事件は――

 

 

「どうしてだっ!? この計画は、樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)による演算によって凍結したんじゃなかったのかッ!?」

 

 

 上条は『前の世界』の経験から、この計画があの悲劇の実験へと繋がることは知っていた。

 

 だから当然、上条は事前に親船にそれとなくそのような実験がある可能性を示唆し、その情報を集めてもらえるように頼んでいた。

 

 

――が、それは結果的に失敗に終わった。

 

 

 そもそもが学園都市の最高傑作である超能力者(レベル5)の量産という、いうならば学園都市の悲願ともいうべき目的を掲げているプロジェクトである。

 当然、学園都市でも最高クラスの優先度で、まさしく総力を挙げて、それでかつ秘密裏に進められていた計画である。

 

 いくら親船最中が統括理事の一人とはいえ、彼女は穏健派――いうならば、圧倒的少数派である。

 

 しかも、ここ四年間で彼女は上条達と共に、いくつもの学園都市の裏の悲劇を食い止めてきた。

 その数字は、その実績は、それだけ学園都市の闇の企みを阻止してきた――学園都市の利益を潰してきたということだ。

 

 当然すでに、親船最中――そして上条当麻は、学園都市の“上”からはブラックリストとしてマークされていた。

 

 そんな状態でそれでも上条を庇いつつ統括理事の椅子にしがみつき続ける彼女の政治的手腕は凄まじいが、結果として、上条達は量産能力者(レディオノイズ)計画を未然に防ぐことが出来ず、後からその計画が企画段階で凍結したという情報を手に入れただけだった。

 

 それを聞き、食蜂も複雑そうではあったが、ドリーを生み出した実験が犠牲を生むことなく凍結したことに、納得しようとしていたようだった。

 

 だが、ただ一人――上条当麻だけは険しい顔のままであった。

 

 なぜならここまで、上条が経験した“前の”悲劇の通りに事が進んでいたからだ。

 

 

 このままでは、あの一万人以上の命が失われたあの実験が始まってしまう。

 

 

 その前に、何としてもあの実験を計画している連中を見つけ出し――そして、一方通行(アクセラレータ)を保護する。

 

 

 何としても、もう一度話をするんだ。そして、絶対にあの悲劇を“繰り返さない”。

 

 上条があの悲劇に巻き込まれた――首を突っ込んだのは、“今”の上条になってすぐ――来年の夏休み。来年の八月。

 

 もう、後一年もない……。

 

 だが、後一年はある。

 

 上条はそう思っていた。

 

 

 が――

 

 

(――なんでだっ!? あの実験は来年の八月だろっ!? あの実験が動き出していなかったら、量産能力者(レディオノイズ)計画に学園都市が価値を見出すはずが――)

 

 

 

 

――すでに、あの実験が動き出していたら?

 

 

 

 

 上条の、動きが止まった。

 

 

 そんな上条を痛ましげに見つめながら、親船に代わり、食蜂が後を継ぐように話始める。

 

「――確かに、異能力者(レベル2)程度しか量産できない量産能力者(レディオノイズ)計画に学園都市は見切りをつけた……。でも、奴等は別の――同様に学園都市の悲願ともいえる重要力の高い計画に、これを流用することにしたのよぉ」

 

 

 上条には、食蜂の言葉は届いていなかった。

 

 

 自分が、とんでもなく愚かな思い込みをしていたことに、ここにきてようやく気が付いたからだ。

 

 

 確かに、上条当麻があの悲劇に首を突っ込んだのは、来年の夏休み――八月の後半のことだった。

 

 

 だが、思い出せ、上条当麻。お前は、あの時、間に合わなかったはずだ。

 

 

 まったくもって、間に合っていなかったはずだ。

 

 

(……俺があの実験を知った時は、すでに“一万人以上”の妹達(シスターズ)は殺されていた。――つまり、あの実験は、あの時よりも“はるか前”から行われていたんだ……ッ)

 

 

“かつて”、上条当麻は、あの狂気の実験が行われている最中、颯爽と乱入し、一方通行(アクセラレータ)をやっつけて、御坂妹を、御坂美琴を、約一万の妹達(シスターズ)を――悲劇のヒロイン達を救った、ヒーローとなった。

 

 それまでに犠牲になった、約一万人の妹達(シスターズ)のことなど、気づきもしなかった癖に。

 

 自分はいつだって、事件が起こって、悲劇が起こって、誰かが泣いて、悲しんで、絶望に暮れてからしか間に合わない、遅刻ばかりの受動態ヒーローだった。

 

 

 誰かの“悲劇ありき”でしか成立しない――偽善使い(フォックスワード)のヒーローだった。

 

 

「――その計画の名は」

 

 

 自分は、いつだって――

 

 

「――『絶対能力者進化(レベル6シフト)』」

 

 

 

――悲劇が起こってからしか、気づけない。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 その後、食蜂操祈はその実験の概要を説明した。

 

 それは、上条が『前の世界』で得た情報と、ほとんど変わりはなかった。

 

 曰く、今現在学園都市が抱える能力者の中で、まだ見ぬ絶対能力(レベル6)へと到達し得る可能性を持つのは超能力者(レベル5)の第一位――一方通行(アクセラレータ)のみである。

 

 曰く、『樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)』の演算の結果、第三位――超電磁砲(レールガン)を百二十八種類の戦場で百二十八回殺害すれば、一方通行(アクセラレータ)絶対能力(レベル6)へと進化(シフト)出来る。

 

 曰く、実現不可能なそれを、超電磁砲(レールガン)の量産計画である『妹達(シスターズ)』を使用し、二万種類の戦場で二万人の妹達(シスターズ)を殺害することで、代用可能だと『樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)』の演算により判明。

 

 そこまで読み上げ、食蜂は言葉を切った。

 

 これ以上は不要だ。

 

 実現可能。この言葉だけで、学園都市の狂った科学者達が、たとえそれがどれほど非人道的で悍ましい手段だとしても、躊躇わずに口元を醜悪に歪めながらエンターキーを押す人種であることなど、ここにいるメンバーは骨の髄まで思い知っている。

 

 

 そして、食蜂は表情を変えずに――上条を見た。

 親船も、縦ロールも、そして食蜂も、彼の言葉を待っている。

 

 上条は、食蜂の言葉を、終始俯きながら受け止めていた。

 そして、顔を伏せたまま、ゆっくりと吐き出すように言う。

 

 

「……食蜂」

「なぁに?」

「……その実験が、実行に移されるのは、いつだ?」

「今夜」

 

 食蜂は間髪入れずに応える。

 

 顔を跳ね上げる上条の目を真っ直ぐに見据えながら、食蜂は言った。

 

 

「今日の夜。絶対能力者進化(レベル6シフト)計画――その第一次実験が行われるわ」

 

 

 上条は、その食蜂の言葉をしっかりと受け止める。

 

 今日。今夜。

 

 あの悲劇の計画の――第一次実験が行われる。

 

 第一次実験。一回目の、最初の実験。

 

 始まりの、殺害。

 

 

「つまり――今夜の実験をぶっ潰せば、まだ、誰も死ななくて済むんだな?」

 

 

 上条は、鋭い目つきで、食蜂に問う。

 

 食蜂は、間髪入れずに返した。

 

 

「ええ。……どうする?」

「止めるさ」

 

 

 上条は、力強く立ち上がった。

 

 

「絶対に助ける。誰一人として死なせない。――『妹達(シスターズ)』も、そして、一方通行(アクセラレータ)も。……今度こそ、絶対に救ってみせるっ!」

 

 

 あの時、上条は何も出来なかった。

 

 

 あの時、上条はすでに救えなかった後だった。

 

 

 だが、今は、まだ救える。まだ、手が届く命がある。

 

 

 上条は、何かを掴みとるように、右拳を握りしめる。

 

 

 

 その時、疼くように、右手に痛みが走った。

 

 

 





 展開がかなり無理矢理だったと思います。

 未熟ですいません。

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