上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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 怪物は、笑う。

 泣いているかのように。
 


怪物〈アクセラレータ〉

 

 上条当麻は、崩壊したビルの残骸の中を潜り抜け、瓦礫を乗り越えながら、走り続ける。

 

 時折地響きのような衝撃が走る。その度に、何度転倒したかも分からない。

 

 それでも、上条当麻は走り続けた。探し続けた。

 

 そして、ついに見つけた。

 

 罅割れたアスファルトの上から上条が見上げるのは――――歩道橋の手すりの上。

 

 

 そこに、一方通行(アクセラレータ)は立っていた。

 

 

 寂しげな背中で。一人ぼっちで。

 

 返り血一つ浴びていない、真っ白な姿で。

 

 

 彼はこちらに背中を向けている。

 

 上条は、痛む体を無視して、大声で呼びかけようと息を深く吸い込む。

 

 

「――――ッ!!」

 

ギュンッ!!!!!!、と高速の物体が音を切り裂く。

 

 

 上条の声は、上条の背後から飛び去っていった戦闘機の衝撃でかき消された。

 

 

 その戦闘機は、急旋回し、そのまま一直線に突っ込む。

 

 

 

――――歩道橋の上に佇む、白い少年に向かって。

 

 

 

「!!!???」

 

 上条は目を疑った。

 

 

 戦闘機だけではない。

 

 

 上条の前方――一方通行(アクセラレータ)の前方は、学園都市の最新鋭の兵器の集団で埋め尽くされていた。

 

 

 一方通行(アクセラレータ)が更地へと変えた一帯を補うかのように、無限の兵器群が地平線から現れる。

 

 

 それは、まさしく戦争だった。

 

 

 

 科学の最先端の学園都市と――――たった一人の、十歳の少年の。

 

 

 

「……なんだよ、これ……」

 

 

 上条は、ただ茫然と佇むことしか出来なかった。

 

 

 異能の能力しか打ち消せない右手は、こんな残酷な現実をぶち殺すことは出来ない。

 

 

 目の前の悪夢は、性質の悪い幻想ではなく、紛うことなき現実だから。

 

 

 一方通行(アクセラレータ)の為に、友達の為に、あの一人ぼっちの背中の為に、少年は何も出来ない。

 

 

 上条当麻とは、あまりにも無力だった。

 

 

 無人戦闘機が最高速度を維持しながら一方通行(アクセラレータ)に向かって特攻する。

 

 

 それを援護するように、兵器の大軍勢が白い少年に向かって一斉に砲撃を開始した。

 

 

「…………やめろ」

 

 

 上条の呟きは、誰にも届かない。

 

 

「…………………………………あは」

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、俯かせていた顔を上げて、壊れたように笑った。

 

 

「あひゃぎゃはひゃはははぎゃひィひゃぎゃはあはくきゃがきゃひゃはあは!!!」

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、笑った。

 

 

 両手を大きく広げ、身体を大きく仰け反らせて。

 

 

 空に向かって、本当に楽しそうに。

 

 

「……………………やめろぉっ」

 

 

 上条の呟きは、誰にも届かない。

 

 

「ぎゃははははっははははっははっはははははっはっはははっはははは!!!!!」

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、笑う。

 

 

 空に向かって、本当に楽しそうに。

 

 

 涙を流しながら、本当に寂しそうに、怪物は、笑う。

 

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 上条の叫びは、誰にも、届きやしなかった。

 

 

 一方通行(アクセラレータ)に銃弾砲弾の豪雨が炸裂する。

 

 

 その一つたりとも、一方通行(アクセラレータ)に傷一つ、汚れ一つつけることは叶わない。

 

 

 彼は、その身に降りかかる、その全てを善悪問わず反射する。

 

 

 そして無人機戦闘機が、一方通行(アクセラレータ)に突っ込み――――爆発した。

 

 

 その爆風すらも、一方通行(アクセラレータ)は反射する。

 

 

 だが、その余波にさえ、上条当麻は為す術もなく吹き飛ばされる。

 

 

 ガンっ!! と、上条は瓦礫に後頭部を強打した。

 

 

 意識が遠のく。視界がゆっくりと閉じる。

 

 

(……一方、通、行……)

 

 

 薄れゆく意識の中、絶え間なく降り注ぐ科学兵器の炸裂音。

 

 

 その中でも一方通行(アクセラレータ)の悲しい哄笑が、上条の耳に届き続けていた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「やれやれ。あの厄介者がやっと死んだと思ったら、今度は食蜂君に不具合ですか」

「あんな子にも、人の情があったんですねぇ」

 

 いつかと同じ、暗い室内の六角形のテーブルに会する研究者達は、いつかと同じように、食蜂操祈――『心理掌握(メンタルアウト)』についての会議を行っていた。

 

 食蜂が、ドリーが死んでから研究により一層精を出さなくなったことに関しての対策を挙げることが、この会議の大きな目的となる。

 

「それにしても、最後の最後まで使えない人形だったな。時間稼ぎも碌に出来んとは」

「ただの造り物のクローン人間(にんぎょう)だ。長く保たないことは分かってはいたことだが……これでは逆に計画に支障を来たしただけだ」

「……まぁ、あれに関しては、すでに“上”の人間が回収したことだし、もう我々が関わることもないだろう。それよりも我々が考えるべきことは、食蜂操祈のメンタルをどう回復させるかだ」

「学園都市最強の精神能力者の精神状態の改善に頭を悩ませなければならないとは……皮肉な話ですな」

 

 そして彼等は一つの命の終わりについてあまりにもあっさりと見切りをつけて、それ以降ドリーについての話を切り出すものはいなかった。

 

 まるでドリーなど、初めからいなかったかのごとく。

 

「そして、君たちは聞いたかな? こないだの“第一位”が起こした事件のことを」

「ええ。おそらく彼は、しばらく表舞台に出ることはないでしょうな。……なにせ、彼を引き取ったのは『木原』ですから」

 

 丸メガネに茶髪のオールバックの科学者が、ここぞとばかりに進言する。

 

「ならば、前回の会議で保留となっていた“上条当麻”の処分を、今こそ実行すべきでは?」

 

 その言葉に一同は閉口し考察したが、リーダー格として六角形の頂点の位置に坐する禿頭の男は、神妙な口調で言った。

 

「――いや、彼を処分するのはまだ早い」

 

 その呟きに、一同の目は彼に集まるが、彼は淡々と更にこう続けた。

 

 

「上条当麻には、食蜂操祈のメンタル改善に役立ってもらう。――そして、その後、改めて処分しよう」

 

 

 研究者達は、一様に大きく頷いた。

 

 その中で一番若い女性研究者は、ふと思いついたといった感じで何気なく問う。

 

「しかし、あまり上条当麻に対する彼女の依存度を不用意に上げてしまうと、彼を処分した後に今度こそ回復不可能なダメージを受けてしまうのでは?」

「確かにその可能性もあるが、その時は――」

 

 

「――彼女も折を見て処分すればいいだろう。エクステリアが完成してしまえば、むしろ彼女は邪魔だ」

 

 

 

 ピッ、と。

 

 

 

 その小さな電子音を皮切りに、一人、また一人と席を立ち上がり、部屋を後にする。

 

 

 彼等の瞳には、大きな星のマークが光っていた。

 

 

 

 

 

 そして、暗い室内に残されたのは、縦長の六角形のテーブルのもう一つの頂点に鎮座する少女。

 

 これまでの会議中ずっと醜い研究者達に背を向けていた彼女は、暗室の中で唯一光に照らされたテーブルと向き直り、リモコンを手で弄びながら呟いた。

 

 

「――ま、こんなとこだろうとは思っていたけどぉ。それでも――」

 

 

 

 

 

「いい加減、うんざりだわ」

 

 

 

 

 

 彼女の瞳に輝く星々が、この時は妖しい光を放っていた。

 

 

 

 

 

 その日、天才級の人間を人工的に量産するという目的で活動していた研究機関――『才人工房(クローンドリー)』は、壊滅した。

 

 

 

 たった一人の、八才の女の子の逆鱗に触れたが故に。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 浮かれていたのだろう。

 

 

 平和な世界を、完璧な世界を。事件もない、借金もない、失恋もない、そんな理想の世界を見せつけられて。

 

 

 自分の命と、天秤にかけて。

 

 

 世界を選んだ。命を捨てて、命懸けで。

 

 

 その結果、送られた、逆行した――――この第二の世界。

 

 

 ここが『あの世界』でないことはとっくに分かっていた。

 

 

 それでも、穏やかだった。自分が過ごした元の世界の半年間とは違って、平和だった。

 

 

 事件もあったのだろう。借金もあったのだろう。失恋もあったのだろう。

 

 

 それでも平和だったのだ。穏やかだったのだ。

 

 

 このまま、こんな日がずっと続けばいいのに。

 

 

 そんなことを考えてしまうくらい――浮かれてしまっていた。

 

 

 この右手が幻想殺し(イマジンブレイカー)である限り、そんな幻想(ゆめ)が叶うはずないのに。

 

 

 上条当麻は、自身の腕に刺さっている点滴を、力いっぱい引き剥がす。

 

 

 行かなくてはならない。

 

 

 何としても、救わなくてはならない。

 

 

 あの寂しげな背中を。あの気弱な少年を。

 

 

 上条当麻の友達を――――あの学園都市最強の第一位である一方通行(アクセラレータ)を、救い出さなくてはならない。

 

 

 悲劇は、起きた。

 

 

『あの世界』では存在しなかったであろう悲劇は、もう起きてしまった。自分はそれを回避できなかった。

 

 

 上条当麻(おれ)は、また、魔神(オティヌス)に負けた。

 

 

 だが、だからといって、ここでこのまま寝ていていい理由にはならない。

 

 

 ここから先、起こるであろう悲劇を、見過ごす理由にはならない。

 

 

 この世界を、『あの世界』に、少しでも、一歩でも、一つでも、近づける努力を放棄する理由にはならない。

 

 

 あの理想の光景を諦める理由にはならない。

 

 

 この幻想だけは、この右手にも殺させやしない。

 

 

 上条当麻は、自分と同じようにあの悲劇の被害者達が収容されている病院から、フラフラの足取りで抜け出した。

 

 

 頭に巻いた包帯を無理矢理剥がし、歯を食いしばりながら痛む体を動かし、進む。

 

 

 前の世界の最後に焼き付けた――――笑顔と、幸福と、圧倒的な奇跡で満ちていた、『あの世界』を求めて。

 

 

 決して掴めぬ幻想だと分かっていても。

 

 

 上条当麻は、足掻き、苦しみ、縋り、その手を伸ばし続ける。

 

 

 儚き幻想を打ち砕く、その右手を携えながら。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 ガシャァン! という鉄格子の牢が開けられる甲高い音が、一方通行(アクセラレータ)を浅い眠りから覚醒させた。

 

 そういえば音を反射するのを忘れていた……と、考えながら、はたして今はいつなんだろうという思考に入る。

 

 自分がここに入れられてから、果たしてどれくらい経ったのだろう? 一週間? 一か月? ひょっとしたら一日も経っていないかもしれない。

 

 

 あの日から、あの何かが終わってしまった日から、一体どれくらい経ったのだろう。

 

 

 いつこの牢屋に入れられたのかも不明だ。大体こんな檻が一方通行(じぶん)にとってどれほど意味があるというのか? 出る気になれば、この檻どころかこの建物、この街、ひょっとすればこの国、この世界すらも破壊することも出来るのに。今はもう、そんな気力すら湧かないが。

 

 

 自分は一体、これからどうなってしまうのだろう。

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、白い少年は、何も見たくないとばかりに蹲っていた。

 

 

 そんな彼の前に、誰かが歩み寄り、立ち止まる。

 

 

 先程入ってきた人間だろうか。あれ程のことを仕出かした自分に、気休めの牢とはいえ中に入ってくる人物がいるとは思わなかった。

 

 

 だが、どうでもいい。一方通行(アクセラレータ)は顔を上げずに、更に縮こまるように蹲る。

 

 

「オイ、さっさと起きろクソガキ」

 

 

 荒々しく振り下ろされた言葉は、少年にとって聞き覚えのある声だった。

 

 

 ゆっくりと顔を上げると、そこには顔の左半分を刺青で彩った金髪で白衣の男が見下ろしていた。

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、この男を知っている。

 

 

「夏休みは楽しかったかぁ? 今日からまた俺がお前の先生だ。特力研の時とは違って、今度はみっちりとお世話して、しっかりと完成させてやっから、号泣しながら感謝しろ」

 

 

 その男――木原数多はしゃがみ込んで、蹲る一方通行(アクセラレータ)に目線を合わせる。

 

 

 対する一方通行(アクセラレータ)は、そんな彼を見ているのかないのか、まるで光が入り込んでいない真っ暗な瞳で呆然とするだけだった。

 

 

 木原数多は、そんな一方通行(アクセラレータ)の壊れ具合を見て、満足気に微笑んだ。

 

 

 

 その日、学園都市第一位――一方通行(アクセラレータ)は、学園都市の表舞台から忽然と姿を消した。

 

 

 

 その後、数年間に渡り、彼の足跡のその全ては、一切不明のままであった。

 

 

 

 その空白の時間の詳細を知るのは、窓のない部屋の主と――――一部の『木原』のみである。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

才人工房(クローンドリー)』を壊滅させたあの日から、数日。

 

 

 食蜂操祈は『外装大脳(エクステリア)』を完全に乗っ取ることに成功した。

 

 

 すでに研究員は全員が食蜂操祈の支配下にある。メンタルガードを整備する研究員を支配していたので、芋づる式に支配を広げることが出来た。

 そこから派生し、エクステリアの整備を担当していた職員達も支配下に入れ、これで食蜂の目を盗んでエクステリアに手をつけることは不可能となった。

 

 今は徐々に外部のエクステリア計画の関係者へと洗脳の手を広げているが、いずれ完全に食蜂の支配下に落ちるのは時間の問題だろうと思われた。

 

 

 これで、上条当麻へ危害が及ぶ心配も、おそらくは無くなった。

 

 

 

 食蜂操祈は、そんなことを考えながら、あのベンチで『西瓜紅茶』をちびちびと飲んでいる。

 

 

 これから一体どうしたものか。色々なしがらみが一気に消えて、逆にやることがなくなってしまった。

 

 

 心にポッカリと、大きな空洞が出来てしまったかのようだ。

 

 

 だが、このまま自分がこうして放置されているということもないだろう。またすぐに『才人工房(クローンドリー)』のような研究所が、『心理掌握(メンタルアウト)』に目を付けて接触してくるに違いない。

 食蜂操祈が、普通の小学生に、普通の女の子に、戻れるわけがない。

 

 

 この街は、そこまで才能のある人間に優しくない。

 

 

 そうなると、自分はもうあの少年に会うべきではないのだろう。

 

 

 自分のような人間に関わるということがどういうことか、それを今回の一件でとことん思い知った。

 

 

 

『上条当麻には、食蜂操祈のメンタル改善に役立ってもらう――そして、その後、改めて処分しよう』

 

 

 

 この街の闇に関わるということが、どういうことかも今回の一件で嫌という程に思い知らされた。

 

 

 

『ともだちになってくれて、ありがと――』

 

 

『それにしても、最後の最後まで使えない人形だったな。時間稼ぎも碌に出来んとは』

 

 

 

 この街は、歪んでいる。

 

 

 八才の食蜂操祈は、それを改めてはっきりと理解した。

 

 

 

(……あぁ、本当に、くだらない……)

 

 

 食蜂は、空になった西瓜紅茶の缶を手の中で弄びながら、少し離れた所にあるゴミ箱を見る。

 

 

『もしかして、入らないの?』

 

『はァーーー!? はァーー!!? こんなの楽勝だモン!!』

 

 

 食蜂は、もう二度と会うことが出来ない“友達”との何気ない思い出を思い起こし、ベンチで座ったまま、ポイッとゴミ箱目がけて空き缶を放り投げた。

 

 案の定、空き缶はゴミ箱を大きく外れて、カンカンカンと地面を数回バウンドして、見当違いの方向へと転がる。

 

 

 そして、通りすがりの少年が、それを拾い上げた。

 

 

 食蜂は興味のない眼差しを向けていたが、その少年の姿を見て、目を見開く。

 

 

 

「…………かみ、じょう、さん」

 

 

 

 来た。来てくれた。

 

 もう二度と会わないと決めていたはずなのに、あっさり会えて心臓が高鳴るほど嬉しかった。

 

 こんな彼との縁の地で佇んでおいて何を言っているのだと言われるのかもしれないが、それでも食蜂は嬉しかった。

 

 

(……もしかしたら、彼なら――)

 

 

 そんなことを思ってしまうくらいには、ドリーを失った今、食蜂にとって上条は唯一無二の存在だった。

 

 

 だから、食蜂は思わずベンチから飛び降りて、彼の元に駆け寄った。

 

 

 そして、ようやく気づいた。

 

 

 彼の異変に。彼の豹変に。

 

 

 上条当麻は、食蜂が放り投げた空き缶に目を向けたまま、食蜂が知らない暗い声で言った。

 

 

「――食蜂。お前、確か超能力者(レベル5)クラスの能力者だって言ってたよな?」

 

 

 食蜂は、思わず立ち止まった。

 

 

 そして、呆然と、問い返す。

 

 

「……か、かみ、じょう、さん?」

「それなら、学園都市統括理事の一人……親船最中を知らないか? それがダメなら貝積継敏でいい。居場所を知らないか?……俺は、そいつ等に会わなくちゃいけない」

 

 

 だが、食蜂の戸惑いと、そして怖れが混じった呟きも、まるで上条には届いていないようだった。

 

 

 上条は、空き缶を力いっぱい握りつぶしながら、爛々と血走った瞳と、圧倒的な闘気を放ちながら、吐き出すように言った。

 

 

 

「俺は――もう、失うわけにはいかないんだ……ッ」

 

 

 

 食蜂は、その言葉を聞いた瞬間、気づいた。

 

 

 この人も、失ったんだ。

 

 

 そして、自分も壊れてしまった。

 

 

 私のように。

 

 

 食蜂が見蕩れ、見惚れた、あの美しい心を持っていた少年でさえ、この街の闇は壊してしまう。

 

 

 なんで、どうして、私たちばかりこんな目に遭わなくてはいけないんだろう。

 

 

 高々と聳え立つビル群の中にポッカリと存在する公園のベンチの傍に対峙する自分達。

 

 

 それは、まるで決して自分達を逃がさないとばかりに閉じ込めるビルの森の、檻のようだった。

 

 

 そして、十才と八才の少年と少女は、あまりにも小さく――そして無力だった。

 

 

 食蜂は、空き缶を震える手で握り潰し続ける上条の右手を、そっと両手で包み込んだ。

 

 

 お互いの傷を嘗めあうように、食蜂操祈は上条当麻に寄り添い続けた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「――その後、俺は食蜂の仲介で親船最中とコンタクトをとり、あの人の薦めで風紀委員となった。……これが、上条当麻(おれ)と、食蜂操祈、一方通行(アクセラレータ)の出会いだ。……ここから全てが始まった」

 

 

 上条当麻は、長い物語に、一先ずそう区切りをつけた。

 

 

 御坂美琴は閉口している。五年前、まだ自分が小学生だった時に、同じく小学生だった彼等は、想像を絶するような体験をしていた。

 

 学園都市の闇の深さを、幼心で垣間見ていた。

 

 凄まじい経験で、とんでもない悲劇だと思う。

 

 だが――

 

「……それは、分かったけど。でも、それが今回の件とどう繋がるの?」

 

 肩書き上は無能力者で一介の風紀委員(ジャッジメント)に過ぎない上条と、超能力者(レベル5)の食蜂操祈と一方通行(アクセラレータ)がどのようにして繋がりを持ったのかは理解したが、それでも上条が語った物語は、あくまで上条と食蜂、そして上条と一方通行(アクセラレータ)の物語で、御坂美琴は――――ましてや、妹達(シスターズ)は関係していないように思えた。

 

 その疑問に答えたのは、御坂の横に座る上条ではなく、御坂の正面で打ち止め(ラストオーダー)を膝に乗せて座っている食蜂だった。

 

 

「……ドリーは、クローン体を長持ちさせる為のデータ収集力の獲得用のモルモットとして造られたのよぉ」

 

 

 食蜂は、打ち止め(ラストオーダー)の髪を撫でながら呟く。

 

 

「その後、量産されるクローンの実験のための、ねぇ」

 

 

 そして、食蜂は御坂を真っ直ぐ見据える。

 

 御坂は、その食蜂の眼差しにより、ある仮定を推測した。

 

 

「……ま、まさか……」

「ええ。その実験が――『量産能力者(レディオノイズ)計画』よぉ」

 

 

 

「いうならばドリーは、あなたの一人目の“妹達(いもうと)”なのよ」

 

 

 

 御坂が絶句するのと同時に、打ち止め(ラストオーダー)が表情を曇らせ、上条と一方通行(アクセラレータ)が歯噛みする。

 

 五人の妹達(シスターズ)は、表面上は変わらず無表情だった。

 

「……そ、そんな、前から、この計画は……」

「ええ。だって、そもそもその為に、彼等はあなたのDNAマップを入手力したんですものぉ」

「……それくらい、“妹達(シスターズ)”を使ったこの一連の実験は、学園都市上層部(やつら)にとっても重要な実験だったことだ」

 

 食蜂の言葉に、上条が吐き捨てるように言い、そしてギリッと右拳を握りしめる。

 

「……あの時、すでに……ッ。俺は、全ての妹達(シスターズ)を救うことは出来なかったんだ……ッ。すまない、御坂。……打ち止め(ラストオーダー)。……お前たちッ」

「……謝らないで、ヒーローさん。ってミサカはミサカは包容力のある女を演じてみたり」

「ええ、あなたが謝るようなことは決してありません。とミサカは憂いある瞳による上目遣いでお子様な上位個体とは桁違いの包容力で圧倒します」

 

 騒ぎ出す二人の妹達(シスターズ)を見て、上条は苦笑する。

 この子達が自分に気を遣って明るく振る舞ってくれているのは明らかだ。この子達は、このような気遣いが出来るくらい優しく、綺麗な魂を持った人間だ。

 

 そして上条は、彼女達の心遣いに応えるように、顔を上げ、いまだにショックが抜けきらない御坂と向き直る。

 

「……続き、聞くか? 御坂」

「……ええ」

 

 こちらと目を合わせようとしないが、首肯の気配は伝わったので、上条も御坂の方は向かずに、顔を前に向けて話す。

 

「……ドリーの一件で、クローンの製造技術を確立した奴等は、満を持して『量産能力者(レディオノイズ)計画』に着手した――が、さっき言った通り、その計画は『樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)』による演算の時点で頓挫した。……だが、その計画は、また別の大きな実験に流用されることになる」

 

 

 上条が語る過去語りも、いよいよ本格的に佳境に入る。

 

 

 なぜ、妹達(シスターズ)は量産されたのか?

 

 

 一体、どのような悲劇が生まれたのか?

 

 

 一方通行(アクセラレータ)に、食蜂操祈に、そして上条当麻に、一体何があったのか?

 

 

 御坂美琴は、一体どれほど知らなかったのか?

 

 

 上条は、神妙に、その物語の核となるフレーズで、過去へと扉を再び開いた。

 

 

 

「その実験の名は――『絶対能力者進化(レベル6シフト)』」

 

 





 過去編は終わらんよ。もうちっとだけ続くんじゃ。

 ……むしろ、これからが本番ですはい。

 過去編が本編の、この妹達編。最後までお付き合いいただけたら幸いです。

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