上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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 楽しい日常は罅割れ、闇が覗く。


0号〈ドリー〉

 食蜂操祈は、久しぶりに登校できた小学校からの帰り道、研究所に向かう途中に、見知ったツンツン頭の少年を見つけた。

 

「あ、上条さ~ん!」

「お、食蜂じゃねぇか」

 

 上条は道で迷っていたお祖母ちゃんを送ったり(なぜ学園都市に老婆が?)お産間近の妊婦さんを助けたり(だからなぜ学園都市に妊婦が?)しながら、今日も同級生とのサッカーに大変遅刻していた。いや、別に学園都市に老婆や妊婦がいてもいいのだろうが、明らかに絶対数が少ないであろうその両者に平日の帰り道に連続で遭遇するのはさすが上条さんです。さす(かみ)

 

 もう遅刻過ぎて逆に穏やかな気持ちで(開き直るともいう)のんびりと公園に向かっていたら、ここの所あまり見かけなかった食蜂が駆け寄ってきた。

 

「そういえば久しぶりだな。元気だったか?」

「まぁ最近ずっと研究所に篭りきりだったからぁ。今日だって本当に久しぶりの登校力の確保だったのよぉ。まったく義務教育をなんだと思ってるのかしらぁ」

 

 そう言って、腰に手を当てて不満を表す食蜂。

 だが、上条は食蜂の機嫌がそれほど悪くないことに気づいた。

 

「それにしては随分ご機嫌だな。何かいいことでもあったのか?」

「……え? そう? 私、機嫌力が高いように見えるの?」

 

 自分の頬をこねて不思議そうに首を傾げる食蜂。その可愛らしい仕草に上条は口元を綻ばせた。

 

「ああ。やっと友達でも出来たのか?」

 

 その言葉に、食蜂はこないだ出会った年上ながらもまるで妹のような少女の姿が思い浮かぶ――が、すぐにそれをありえないと振り払う。

 

(……ちがうわぁ。あの子はあくまで実験の一環で関わっているだけ。……それにあの子は―――)

 

 上条は急に俯いた食蜂に訝しげに声を掛ける。

 

「食蜂? どうかしたか?」

「……いいえ、なんでもないわぁ。……残念だけど、まだ“私の”友達っていうのはいないわねぇ。中々、私に釣り合うとなると難しぃわぁ」

 

 食蜂はくるりと上条に背中を向ける。

 

「――それじゃあ、私は行くわねぇ。今日もこれから研究所なの。本当に嫌になるわぁ」

 

 すると食蜂は首だけ上条に振り返り、そう言った。

 

「――そっか、頑張れよ!」

 

 上条の言葉に最後にもう一度振り返って手を振ると、今度こそ食蜂は去って行った。

 

 

 最後の言葉を残した時の食蜂の顔が笑顔だったことで、上条は自然と優しい瞳で食蜂の背を見送っていた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「みーちゃん!」

 

 部屋に入った食蜂を、ドリーはぱぁっと輝くような笑顔で迎えた。

 食蜂は、自分のものではないその渾名で呼ばれて、苦笑するようにして彼女の元に向かう。

 

「今日も来てくれたんだね!」

 

 食蜂に駆け寄り、抱き着くドリー。

 

 その幼い行動に食蜂は苦笑するが、お腹の部分にゴツゴツと当たる感触に、寂しげな表情をする。

 

 対するドリーも、食蜂の髪に顔を埋め、少し寂しげな表情をして、身体を離した。

 

「――きょうはなにしてあそぼうか!」

 

 

 

 

 

「わーい♪ わたしのかちぃー♪」

「……くッ。まさか、パイロットになったのに負けるなんて……途中までは独走状態だったのに……っ」

 

 なんか、誰よりも早く主人公と仲良くなるけれど、あと一歩が踏み込めなくて、その内ドンドンライバルが増えてきて、最後は涙を隠して主人公が別の女の子の所に行く背中を押す羽目になる幼馴染ヒロインみたいな人生だった……と、自分が負けたゲームを分析していて、なぜか背中に嫌な汗が流れた。

 

(……ゲーム! 所詮ただのゲームよ! 予言力なんて皆無なんだから!)

 

 食蜂は未来に対して漠然とした不安を抱きつつも、まるで哺乳瓶でミルクを飲む赤ん坊のようにご機嫌にペットボトルの水を飲むドリーに目を向ける。

 

 あの自分が、食蜂操祈が、このようなパーティゲームに興じることになるなんて、本当に嘘みたいだ。

 学校では露骨な嫌がらせこそは受けていないけれど、休み時間に喋るような友達など碌にいない。

 最近になってようやく楽しい時間が過ごせるような存在が出来たけれど、彼とは街でばったり会った時に話すくらいで、約束をして一緒に遊ぶなんて友達のようなことは、まだ出来ていない。

 

『――友達でも出来たのか?』

 

 食蜂は目の前のドリーを見つめながら、先程の上条の言葉を思い出す。

 

 

 楽しくパーティゲームで遊んだ自分達は友達なのだろうか?

 

 シャボン玉を作って遊んで笑い合った自分達は友達なのだろうか?

 

 ぬいぐるみでおままごとをした自分達は友達なのだろうか?

 

 ペットボトルをゴミ箱に投げ入れるなんてくだらないことで盛り上がれた自分達は友達なのだろうか?

 

 

 分からない。

 

 だけど、一つ確かなのは。

 

 

 ドリーとみーちゃんは友達でも。

 

 

ドリー(この子)”と“食蜂操祈(わたし)”は、知り合ってすらいない他人だということだ。

 

 

「――ねぇ。みーちゃん」

 

 そんなことを考えて、顔を俯かせていた食蜂は、ドリーのそんな呟きに顔を上げる。

 

 ドリーは、密室であるこの部屋の、高い建物の乱立によってほとんど視界が埋まっている窓から覗ける、ほんの小さな空を見上げながら、言った。

 

 

「――けんきゅーじょのそとって、どんなところなのかな?」

 

 

 ドリーはこの研究所から、もっと言えばこの部屋の中から出られない。

 

 彼女は内臓をいくつか機械で代行しなければ動けない程の重病人だから、と研究者は言っていた。

 それを100%信用したわけではなかったが、彼女の体に人工臓器が埋め込まれているのは、食蜂もこの目で見た紛れもない事実だった。

 

「ガッコウっていうのもいってみたいけれど、もし、からだがなおったら、かわいいみずぎきて――」

 

 天真爛漫という言葉が似合い、いつも明るく笑顔なドリーが、その外見に相応しい食蜂から見たら大人びた――憂いある表情で呟く。

 

 

「――ウミっていうところに、いってみたいなぁ」

 

 

 コンクリートジャングルから垣間見える青空に向けて、純粋な未来(きぼう)を語るドリー。

 

 八才の食蜂には、そんな彼女のささやかな願いに対し、何と言えばいいのか分からなかったが、顔を背け、ボソボソと、恐る恐る、手探りで、言葉を一生懸命探して、呟いた。

 

 

「い、いつか……あなたの体が治ったら……私が、外出許可をとって……海くらい……連れて行って……あげるわよぉ」

 

 

 食蜂は柄にもないことを言っている自分に無性に恥ずかしくなった。

 

 それでもドリーの反応も気になるので、ちらっと彼女の方を振り返ると――

 

 

 

――ドリーの体が、不自然に傾いていた。

 

 

 

バタッ!――

 

 

――と、先程まで自分が幸せになった人生が繰り広げられていたパーティゲームの上に倒れ込むドリー。

 

 

「――え」

 

 

 食蜂は、何が起きたかも分からず硬直した。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、いつかのように公園でサッカーに興じる上条の級友達を眺めていた。

 

 あの日からちょくちょく一方通行(アクセラレータ)は上条達のサッカーに混ぜてもらっていた。だが、その時は決まって上条が一方通行(アクセラレータ)の手を引いて、仲間の輪に引っ張り込んでくれた。

 

 だが、この日はまだ上条は来ていなかった。

 そして、一方通行(アクセラレータ)が一歩踏み出すことを躊躇する理由がもう一つ。それは――――

 

 

「お、来てたのか。そんなとこにいないでこっち来いよ!」

 

 すると、傍から傍観していた一方通行(アクセラレータ)に気づいたリーダーっぽい男の子が、一方通行(アクセラレータ)に向かって手を挙げて呼びかけてきた。

 

 一方通行(アクセラレータ)は迷ったが、彼等の目が全員こちらを向いていたので、意を決してゆっくりと一歩を踏み出した。

 

「いやぁ、助かったよ。今日は上条がいつにも増して遅くてさ」

「どうせいつも通りの不幸だろ。先に初めてようぜ」

 

 一方通行(アクセラレータ)は、少年達の輪の中にいながらも、昨日の実験の終わりに黒服に言われた言葉が脳裏にこびり付いていた。

 

 

 あの日、実験を終えて帰ろうとしていた一方通行(アクセラレータ)の前に突如その男は現れ、そして淡々と、問答無用に言い募った。

 

 

 

『――――など――ない』

 

 

 

 うるさい。一方通行(アクセラレータ)は唇を噛みしめる。

 

 

 上条の級友達はチーム分けで揉めているようだ。だが一方通行(アクセラレータ)の耳には全く入らない。

 

 

 あの日の黒服の、一方通行(アクセラレータ)の心を抉った言葉が、何度も何度も脳内に響く。

 

 

 

『お前――など――いな――』

 

 

 

 ……うるさい。うるさい! 聞きたくない! 聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!

 

 

 例えどれだけ頭の中から追い出そうとしても、こびり付いたようにその言葉は消えない。

 

 

 いやだ。何であんなこと言ったんだ。何であんなことを言われなくてはいけないんだ。

 

 

 ……僕は、僕は、ただ――

 

 

 

「――なぁ、大丈夫か――」

 

 

「うるさぁい!!」

 

 

 一方通行(アクセラレータ)が、何かを振り払おうと、振り祓おうと腕を振り回す。

 

 

 

 バキッ!、と。

 

 

 何かが折れ、何かが終わる音が響いた。

 

 

 

 少年の絶叫が、夕方の公園に轟き渡る。

 

 顔を俯かせる一方通行(アクセラレータ)を気遣って声を掛けようとして、腕をへし折られた少年の元に、級友達が一斉に駆け寄った。

 

 

 それを、一方通行(アクセラレータ)は呆然と眺めていた。

 

 何か取り返しのつかないことをしてしまったという感触だけが、心の中に確かな実感として圧し掛かった。

 

 

 冷や汗が垂れ、呼吸が荒くなる。

 

 

 そんな混乱の中でも、黒服のあの言葉は消えてくれず、少年の腕が砕ける音と共に、脳内に響き続けた。

 

 

 

『お前に、友達などいない』

 

 

 

 

 

『お前は怪物だ。地獄に落ちても忘れるな』

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 食蜂は一瞬フリーズした後、彼女の元に駆け寄った。

 

「ちょ、ちょっと!! ドリー!!」

 

 ドリーの体は不自然に痙攣し、呼吸も不規則で、汗も一目で不健康なそれと分かるものを流していた。

 

 食蜂は、そんな状態のドリーを見ているのが怖くて怖くて、彼女の手を握りながら、大声で叫ぶ。

 

「ドリー!! しっかりしてよぉ、ドリー!!」

 

 そんな食蜂の叫びが届いたのか、ドリーは必死に、口元を緩め、笑顔を作った。

 

 そして、口を動かし、何かを伝えようとする。食蜂は、それは何としても聞かなければならないものだと、子供ながらに理解し、泣きそうになるのを必死で堪えて、彼女の口元に耳を近づけた。

 

 

 

「……おなまえ、きかせて?」

 

 

 

 食蜂は、その時彼女には全てが筒抜けだったのだということを理解した。

 

 思わず目を見開いた彼女の瞳に映るのは、まるで姉のように自分を見つめるドリー。

 

 

 彼女はとっくに気づいていた。

 

 気づいていて、それでも、自分と一緒に遊んでくれた。友達のように。

 

 

 食蜂は、彼女の手を両手でしっかりと握り、懺悔するように言った。

 

 

「……操祈……ッ。食蜂、操祈よぉ」

 

 

 食蜂の瞳から、涙が一筋流れる。

 

 

 ドリーは、食蜂が一緒に過ごしたわずかの時間の中でも、たくさん自分に見せてくれた笑顔の中で、最も儚く、最も綺麗な笑顔で、こう言ってくれた。

 

 

 

「みさきちゃん」

 

 

 

「ともだちになってくれて、ありがと――」

 

 

 

 

 そして、ドリーは死んだ。

 

 

 

 

 食蜂操祈はその日から、ドリーと共に過ごしたあの部屋に、一日中閉じこもるようになった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「あ~。すっかり遅くなっちまったな。アイツ等まだいるかな?――――ん? なんだ、あれ?」

 

 食蜂と別れ、のんびりと公園に向かっていた上条は、何やら前方に人だかりが出来ていることに気づいた。

 

 不審に思った上条は、子供の体格を生かして人混みの中を潜り抜ける。

 

 その途中、ボソボソと呟いている人達の話し声が断片的に聞こえた。

 

『なにこれどうしたの? また能力者が暴れたのか?』

『でも、こんな風に警備員(アンチスキル)がエリア封鎖するなんてよっぽどだろ? スキルアウトの集団抗争とか?』

『いや、なんでも暴れてるのは子供らしいぜ。それも一人』

『はぁ? ガキ一人相手に警備員(おとなたち)がこんな大騒ぎしてんのかよ。いくら能力者だからって――』

『それが、そのガキ恐ろしく強ぇんだってよ。なんでも――』

 

『――真っ白い髪で、目が真っ赤で、まるで――』

 

 

『怪物みたいだって』

 

 

 上条は、心臓が握り潰されたかのような錯覚に陥る。

 

 そして、一瞬足が止まり――

 

 

「……な、なんだよ、それ」

 

 

 震える声で呟いた後、人混みの集団をぶつかり合うことなど考慮に入れずに突き進んでいく。

 周りの人間が顔を顰め、舌打ちしていることなど一切目に入らずに、ただひたすら一歩でも前に進む。

 

 そしてついに人混みを抜けると、そこには、物々しい武装を身に纏った警備員(アンチスキル)の集団がいた。

 

 その身に纏うのは防弾チョッキ、そして頭部を守るヘルメット。

 その腕に抱えるのは、この時代において学園都市でも最新鋭の殺傷用のライフル。

 

 そんな、今にも戦場へと繰り出せるような、戦う為の装備を纏った集団が、目の前のテープで仕切られた向こう側の別世界に集結していた。

 

 

 だが、このテープを挟んだ向こうの別世界は、昨日まで上条が普通に幸せに暮らしていた場所で。

 

 

 級友達と共に――そして、あの白い少年と共にサッカーを楽しんで、今日も楽しく遊ぶはずだった公園も、この目と鼻の先にある。

 

 

 向こう側の、別世界にある。

 

 

 上条は歯を喰いしばって、その世界を分かつテープを潜り抜けた。

 

 

「――な!? 何しているお前!?」

「ここは一般人は立ち入り禁止だ!!」

 

 見知らぬ少年の暴挙に、テープの向こう側に居たヘルメットを被って素性が分からない警備員(アンチスキル)達は、少年を止めようと一斉に群がってくる。

 

 だが、上条はそれを避け、翻弄し、掻い潜っていく。

 

 目指すは、あの公園。

 

 そこに居るかもしれない、白い少年を助ける為。

 

 

 前の世界では敵だった。この世界では友達になれた。

 

 

 助けると誓った、あの少年を、怪物にしない為に。

 

 

(待ってろ、一方通行(アクセラレータ)!! 今――)

 

 

 だが、そんな上条の体が、強烈な衝撃で抑え付けられる。

 

 

「――がぁっ!?」

「おとなしくするじゃん!! おい、何してる!! コイツを安全な場所に放り投げろ!!」

 

 警備員(アンチスキル)――黄泉川愛穂は、子供とは思えない力で暴れる上条を必死で抑え付けながら、同僚に向かって怒声を浴びせた。

 

 やがて完全武装の大人の男二人がかりで上条を抑え込み、黄泉川は立ち上がって上条を見下ろす。

 

「……坊主。ここは危険じゃん。だから、お前はさっさと――」

「離せ!! 離してくれ!! 俺は行かなくちゃいけないんだ!!」

 

 大人らしく子供を諭そうと、努めて穏やかな言葉を語りかけようとした黄泉川は、上条の鋭い眼光に思わず口を閉じてしまう。

 その迫力は、とても小学生が出せるようなものではない、と警備員(アンチスキル)としてそれなりの修羅場を潜ってきた黄泉川は感じた。

 

「……お前、一体――」

「黄泉川先生!! アンタ、何やってんだよ!! 子供を守るのが、アンタ達警備員(アンチスキル)の仕事なんじゃないのか!? 誇りなんじゃないのかよ!! なんだよこれ!? 子供一人に完全武装の大人達が寄ってたかって問答無用で捩じ伏せるのが、アンタ達のやるべきことなのかよ!!」

 

 少年の言葉は、黄泉川が唇を噛みしめ、この少年がなぜ自分の名前を知っているのかという疑問を持たせないほどには、彼女の心の痛いところを突いていた。

 黄泉川は、少年から目を逸らしつつ、答える。

 

「……分かってるじゃん。悪いようにはしない。癇癪を起した子供を宥めるのも大人の仕事じゃん。私が責任をもって保護する――」

「それじゃあ、遅いんだよ!!」

 

 上条はアスファルトの地面に言葉を叩きつけるように吠える。

 

「俺は助けるって誓ったんだ!! アイツを怪物にしないって!! アイツを孤独(ひとり)にしないって!! 俺は!! 俺はぁ!!!」

 

 

 崩れてしまう。幸せな世界が。

 

 

 終わってしまう。完璧な世界が。

 

 

 憧れ、縋り、求め、焦がれた――優しい世界が。

 

 

 ……いやだ。

 

 いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。

 

 

 上条は……ギリッと唇を噛みしめ、宙に向かって右手を伸ばす。

 

 

 迂闊にも、その幻想を殺してしまう右手を。

 

 

 

 ドゴォッ!! と爆音が響いた。

 

 

 

「な、なんだ!!」

「どこだ!!」

「げ、現場に向かった奴等から連絡が途絶えました!」

「すぐに増員を送れ!! 現状の把握を最優先しろ!」

 

 ざわめく集団。

 

 そんな中、黄泉川は上条に目を向ける。

 

 

 上条は、宙に伸ばした右手を震わせ、か細く、その呟きを漏らす。

 

 

「…………一方通行(アクセラレータ)

 

 

 上条は、その右手を弱弱しく握りしめる。

 

 

 当然のように、その手は何も掴めてはいなかった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、無骨なヘリや戦闘機が旋回する真っ青な空を眺めながら、漠然とそんなことを思う。

 

 

 自分の周りには、銃口を向け、一方通行を360度囲む、ヘルメットにより顔すら判別がつかない警備員(アンチスキル)達。

 

 

 だが、一方通行(アクセラレータ)にはそんな有象無象は目に入らず、先程彼等によって避難させられた、自分と遊んでくれた少年達の最後の顔が思い起こされる。

 

 

 腕を砕かれた少年を守るように、一方通行(じぶん)から守るように、彼等は一方通行(アクセラレータ)の前に立ち塞がった。

 

 

 震える体で。怯えに満ちた目で。

 

 ただ友達を、一方通行(アクセラレータ)から、怪物から守る為に。

 

 

 

『お前は怪物だ。地獄に落ちても忘れるな』

 

 

 

「――ッ!!」

 

 一方通行(アクセラレータ)が俯きながら、唇を噛みしめ、拳を握る。

 

「動くなぁ!!」

 

 ジャキ! ジャキ! ジャキ!、と。

 

 少年を囲む警備員(アンチスキル)達が、一斉に銃を威嚇の意味で構え直す。

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、何の反応もみせなかった。

 

 

 ただ、一心不乱に考えていた。

 

 

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 

 

 

 

 

「……やはり、こうなったか」

 

 公園内の監視カメラからの映像を眺める研究員の呟きを、傍らの黒服は黙って聞いていた。

 

 研究員が諌めのつもりで黒服の男に頼んだ忠告は、研究員の想定と真逆の結果を生み出したが、男はいつかはこうなるのではないかという懸念を常に抱き続けていたので、戸惑いよりも諦念の方が大きかった。

 

 警備員(アンチスキル)達が徐々に距離を詰める。

 

 だが、男はそんな彼等を嘲笑うかのように、自分の“上”に連絡を入れる。

 

 あんな(もの)で、あの少年は止められない。そんなことは、男は嫌という程理解していた。

 

 

 その背後に、いつの間にか黒服の男はいなかった。

 

 

 

 

 

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 

 

「――ゆっくりと、刺激しないように近づけ。確実に確保できる距離になったら動くんだ。……この少年がデータ通りの能力者なら、暴れ出したら我々に手に負える相手ではない」

 

 彼等は、まるで檻から逃げ出した猛獣を相手にしているかのように、一方通行(アクセラレータ)に向かってくる。

 

 

 一方通行(アクセラレータ)には分かった。

 

 彼等が、あの無骨な装備の中の体を震わせ、あのヘルメットの下の瞳を恐怖で揺らしていることが、嫌という程伝わった。

 

 

(……どうして。どうして、そんな目で、僕を見るんだ……)

 

 

 研究所の研究員達。

 

 

 一緒にサッカーで遊んだ級友達。

 

 

 そして、この警備員(アンチスキル)達。

 

 

 みんな、みんな、同じような瞳で、一方通行(アクセラレータ)を見る。

 

 

 恐怖で震え、自分とは違う生物を見る目で、一方通行(アクセラレータ)を排斥する。

 

 

 突き離し、一人ぼっちにする。

 

 

 孤独にする。

 

 

「――っ」

 

 

 一方通行(アクセラレータ)が、天を仰いだ。

 

 

 そんなちょっとした挙動にも、警備員(アンチスキル)達は過剰に反応し、銃を怯えるように突きつける。

 

 

 だが、一方通行(アクセラレータ)はそんなものには全く取り合わず、意に介さず――――彼のことを思い出す。

 

 

 

『さぁ、来いよ! 一緒に遊ぼうぜ!』

 

 

 

 自分の手を引き、仲間の輪に入れてくれた。

 

 

 

『俺達は、友達だろ』

 

 

 

 こんな自分を、友達だと言ってくれた。

 

 

 彼は。彼なら。

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、ゆっくりと公園の入り口に目を向ける。

 

 

 もしかしたら、彼が来てくれるかもしれない――――助けてくれるかもしれない。ヒーローのように。

 

 

 そんな都合のいいことを、期待してしまった。

 

 

 幻想を、抱いてしまった。

 

 

 

 そこには、彼ではなく、あの黒服の男がいた。

 

 

 

 男は、満足げに愉悦の表情をしていた。

 

 

 その表情は、どんな言葉よりも、鮮烈に語っていた。

 

 

 

――どうだ? 言った通りだったろう?

 

 

 

『お前に、友達などいない』

 

 

 

『お前は怪物だ。地獄に落ちても忘れるな』

 

 

 

 

――お前は、孤独(ひとり)だ。

 

 

 

 

 その瞬間、一方通行(アクセラレータ)は泣き叫び。

 

 

 

 暴れ狂い、怪物になった。

 

 

 

 

 その日、第七学区の三割が崩壊した。

 

 

 たった一人の、白い少年によって。

 

 

 

 真っ白な怪物によって。

 

 

 





 怯える兎のようだった少年は、出会いを経て友達を得て、そして――孤独になった。

 こうして彼は、真っ白な怪物になった。

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