上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

33 / 63
 サッカーより野球派の作者がお送りします。

 スポ根って小説で表現すんの超難しいね。


 ……スポ根?


友達〈アクセラレータ〉

 

 そして、食蜂とお守り探しをした日から、また数日後。

 

 上条当麻が珍しく何の不幸もなく、待ち合わせ時刻に間に合うペースで公園へと向かっている時、前方に白髪の少年を見つけた。

 

(お!)

 

 上条は、彼の近くに駆け寄り、声をかける。

 

「よう!」

「…………」

 

 彼もこちらに気づいたが、コクリと頷くだけで、何も言わない。

 だが、上条はめげずに話しかける。

 

「これから、またこないだのとこでサッカーやるんだけど、お前も来ないか?」

 

 一方通行(アクセラレータ)は、その言葉に分かりやすく嬉しそうにしたが、再びオロオロと狼狽える。

 そんな一方通行(アクセラレータ)の様子を、行きたいけれどどうしたらいいか分からないのだと、上条は勝手に解釈した。

 

 すると、上条は右手で一方通行(アクセラレータ)の手をとる。

 

「な、行こうぜ! つまらなかったら、すぐに帰ってもいいからさ!」

 

 そうして上条は、半ば強引に一方通行(アクセラレータ)の手を引いて走る。

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、突然自分の世界に現れた異質な存在の背中を呆然と眺めながら、されるがままに引っ張られて行った。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「お、やっと来た」

「相変わらず遅ぇな、上条」

「何を言う。今日は、帰り際に先生にたまたま見つかって軽い雑用をやらされただけなんだ。上条さんは絶好調ですのことよ」

 

 上条達が公園に着くと、そこにはこないだ一方通行(アクセラレータ)が混ざった時と同じようなメンバーがいた。

 

 皆、半袖短パンという小学生男子らしい腕白なスタイル。この学園都市では珍しく、純粋な運動能力のみのサッカーに熱を上げる、健康的な少年達だ。

 

 ふと彼らは上条が手を引く白髪の少年に気づく。一方通行(アクセラレータ)は自分に多くの視線が一挙に集まったことに対し少し体を震わせるが、彼らの一方通行(アクセラレータ)に対するリアクションは割と好意的だった。

 

「お、こないだの奴か」

「ああ。偶然会ったから連れてきたんだ。コイツも一緒にやろう」

「いいぜ。元々、二十二人の正式なサッカーじゃねぇんだ。一人でも多い方が楽しい。ちょうど今日は上条入れて奇数だったから助かる」

「上条はたどり着けるかどうか半々って感じだから人数調整ムズイんだよな」

「今日は上条無しで偶数だったから、ぶっちゃけ来ないことを祈ってたんだが、ソイツが入るなら上条も仲間に入れてやってもいいぜ」

「おい、そんな裏事情暴露は求めてねぇ。っていうか、なんでわざわざバラした? 正直がいつもいつも正解とは限らないぜ?」

「よし! ソイツと上条は同じチームな。さっそくやろうぜ!」

 

 一方通行(アクセラレータ)が、上条と学友達の弾む会話について行けずオロオロとしていた所を、リーダーっぽい男の子が話を切り上げ、早速キックオフとなった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 上条チームと、リーダーっぽい男が率いるチーム。それぞれ四人と四人の、四対四。

 

 この公園はブランコや滑り台などと言った定番遊具の他に、ちょうどフットサルくらいの大きさのゴールが、それまたフットサルコートくらい離れた位置に二つある。フットサルコートのようにフェンスで区切られてはいないのだが、小学生が八人で遊ぶには十分くらいのスペースだ。

 

 小学生数人で放課後に気楽に遊ぶには学校の校庭は広すぎるし、本格的なフットサルコートは中学生や高校生によって占領されてしまう。

 その点、ここは遊具などがあることから分かるように小学生もしくはそれ以下向けの施設なので、上条達のような小学校高学年の児童にとっては居心地がいい場所なのだ。

 

 元々無能力者の健全なサッカーなので大きな危険はないし、このコートから遊具まではそれなりに離れているので、結構思いっきりやれる。

 元気を持て余した血気盛んな男子達が暴れるには、かなりうってつけのシチュエーションなのだ。

 

 

「おらぁ!!」

 

 敵チームの一人が強烈なシュートを放つ。

 

「どらぁ!!」

 

 だが、上条チームのキーパーの少年が、全力でパンチングセーブ。

 

 小学生は、成長が速い。それがのめり込んでいるものならなおさらだ。

 上条達がサッカーにハマったのはここ最近だが(少し前まではドッジボールだった)、元々ここのメンバーは体を動かすのが大好きで、体育なんかじゃもの足りねぇという益荒男達なので、みるみる内に要領を掴み、今ではちょっとした同世代のクラブサッカーチーム相手でもまともに渡り合えるくらいには成長していた。まったく小学生は最高だぜ!

 

 だから、自然と勝負にも熱が入る。

 

 これが放課後の気楽なお遊びということを揃いも揃って忘却していて、全力で勝ちに行っていた。

 

「よし、ナイスセーブ! こっちだ!!」

 

 ボールを呼んだのは、この中で唯一精神的に大人(?)ながら、そんなこともすっかり忘れて、ただがむしゃらに勝利を目指す男、上条。

 

 抜群の信頼を寄せるエースストライカーの呼びかけに、キーパーの少年は答える。

 

「頼むぞ上条!」

 

 スローインの要領でボールを投げ、一直線に上条の元に送る。

 それを胸トラップで確実に受けながら、上条はキッと鋭く相手ゴールを睨む。

 

「!!」

 

 だが、相手チームのリーダーは、ニヤリと不敵に笑った。

 

 上条の運動神経、勝負強さは当然相手チームも織り込み済みだ。

 

 だからこそリーダーは、上条にボールが渡った瞬間に二人でプレスをかけるようにチームメイトに指示を出していたのだ。

 

「くっ!」

「終わりだ上条!」

「おとなしくボールを寄越せ!」

 

 上条は必死でボールをキープするが、プレスはどんどんプレッシャーを増していく。

 

 ……まさか四人サッカーで複数人によるプレスを仕掛けてくるとは、と歯噛みする上条は、だがその時、自分を囲む二人の隙間から、一筋のパスルートを見出した。

 

「い……っけぇ!!」

「な――」

「なんだと!」

 

 ディフェンスの合間を抜けたそのパスは、まるで吸い込まれるように――――一方通行(アクセラレータ)の足元に届いた。

 

「!!」

 

 その見事なパスに全員が驚愕するが、中でも一番驚いていたのは一方通行(アクセラレータ)だった。

 

 前回混ぜてもらった時は、まさしく立っているだけで、結局最後まで一方通行(アクセラレータ)にボールが渡ることはなかった(一方通行(アクセラレータ)を仲間外れにしたわけではなく、一方通行(アクセラレータ)本人が今日のように思ったよりもレベルが高いサッカーに引いていや驚いていて、上手く動くことが出来なかったのだ)ので、今日もきっとボールに触れることはないだろうと思っていたのだ。

 

「悪いけど、通さないよ」

「!!」

 

 だが、すぐにキーパーを除いて唯一上条へのプレスに参加しなかったリーダーが、一方通行(アクセラレータ)へのディフェンスについた。

 

 一方通行(アクセラレータ)は慌てる。当然、サッカーなど生まれてから一度もやったことがない。シュートどころかドリブルの仕方すら分からない。

 

 リーダーが右足を差し込む。

 

 まずい、とられ――

 

 

「こっちだ!!」

 

 

 どこからか聞こえた、上条の声。

 

 一方通行(アクセラレータ)は、その声に突き動かされるように、リーダーが向かってくるのに背を向けるような恰好で、踵でボールを軽く蹴り、リーダーの大きく開いた股の間にボールを通し、華麗に躱す。

 

「な――」

 

 そして体を回転させボールに追いつき、上条へのパスを出そうとする。

 

「させるかぁ!」

 

 だが、そこに先程上条へとプレスをかけていた一人が、上条と一方通行(アクセラレータ)の間に割り込む。

 

 一方通行(アクセラレータ)は、構わず左足を振り向く。

 

 

 ここから先は、一方通行(アクセラレータ)にとっては完全に無意識だった。

 

 

 ボールをミートする瞬間、一方通行(アクセラレータ)は自身の左足が与えるベクトルを操作する。

 

 

 すると、その足の振り、足の向き、ボールのインパクトポイントなどからは想像できない、というより物理的に不可能な方向に、ボールは“跳ね上がる”。

 

 

「はぁ!?」

 

 二次関数のグラフのような鋭すぎる放物線を描き、そのボールは上条の元へとたどり着く。

 

「いくぜっ!」

 

 上条は、左足で地面を踏みしめ、跳び上がる。

 

 そして、空中のボールを、その右足で捉え――

 

 

――ガンっ

 

「あぶっ!?」

 

 不幸にも風に乗って飛ばされてきた空き缶が、上条の目を直撃した。

 

 上条の右足が捉えたボールは、ものすごい威力のシュートとなり、見事にゴールバーを捉える。

 

 当たり前の物理法則に従い、ものすごい威力のまま反射されたそのボールは、不幸にも上条のダメージ負いたてホヤホヤの顔面にヒットする。

 

「フガッ!」

 

 しばらく、顔面に張り付いたままのボールは、やがて重力に負けてポトリと落ちる。

 

 漫画のように、上条の顔面に真っ赤なボールの跡を残したまま――

 

「……ふ、こう……だ」

 

 バタンッと背中から地面に倒れる上条。

 どっ、と呆気にとられていた学友達は、大声で笑った。

 

 上条の不幸は、すでに笑い話になるくらいに友達間では浸透している。

 

 今日も上条がやらかしたと、皆が涙を目尻ににじませながら笑う中――

 

 

「…………は、ははは。ははははは」

 

 

 一人の白髪の少年が、その日初めて口を開き、お腹を抱えて笑っていた。

 

 

 その顔は、前世の上条は決して見ることのなかった、白いキャンバスのように無垢な笑顔で。

 

 

 上条は、地面に仰向けに倒れながら、それを目に捉え、柔らかく微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 夕暮れに染まる、河川敷。

 

 上条当麻と一方通行(アクセラレータ)、黒と白の少年は、橙色の眩しい光を浴びながら、並んで歩いていた。

 

「いやぁ! 遊んだ遊んだ!」

 

 

 上条はん~と背筋を伸ばしながら、楽しそうに歩く。

 

 

 平和だ。

 

 

 長閑で穏やかな日々。

 

 

 上条は、それを大切に享受する。

 

 

 この日常の、かけがえのなさを知っているから。

 

 

 だからこそ、一日一日を、噛みしめるように過ごす。

 

 

 こうして、無事に帰宅できる一歩一歩を、踏みしめるように歩く。

 

 

「…………」

「……ん?」

 

 上条は、その足を止めた。

 

 隣を歩いていた一方通行(アクセラレータ)が、急に立ち止まって、俯いていたから。

 

「……どうした? お前の家、こっちじゃなかったのか?」

 

 上条の問いかけにも、彼は答えない。

 

 上条は、少し後ろにいる一方通行(アクセラレータ)の元に行こうと、足の向きを変えようとした。

 

 

 その時。微かに、声が聞こえた。

 

 

「……ん?」

 

 上条は首を傾げる。

 

 その仕草に、伝わらなかったと察した一方通行(アクセラレータ)は――真っ白な肌が、夕陽と相まって、上条には真っ赤に見えた――顔を上げて、その言葉を絞り出した。

 

「……あ」

 

 

 

「ありが、とう」

 

 

 

 上条は目を見開いた。まさか、あの一方通行(アクセラレータ)が、上条当麻(このおれ)にありがとうというなんて。

 

 上条は無性に嬉しくなった。体の奥から湧き出すむず痒い感情に突き動かされ、ニシシと笑いながら返す。

 

 

「何言ってんだ。俺達は、友達だろ。また一緒に遊ぼうぜ!」

 

 

 その言葉に、一方通行(アクセラレータ)は、とても嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 平和だった。

 

 

 

 まるで、上条当麻が、前の世界の最後に目に焼き付けた、あの『しあわせな世界』のように。

 

 

 

 みんなが笑顔で、みんなが幸せだった。

 

 

 

 だが、この世界は、あの世界ではない。

 

 

 

 事件もある。失恋もある。借金もある。

 

 

 

 不幸もある。

 

 

 

 そんな当たり前の世界だ。

 

 

 

 

 だから、学園都市の闇は、当たり前のように希望を刈り取り。

 

 

 

 

 

 絶望を、生み出す。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今日は帰らせてもらうわねぇ♪ お疲れ様ぁ~☆」

 

 そう言い残し、食蜂操祈は研究所を弾むような足取りで後にする。

 

 その様子を、研究者達は、ロボコップのようなマスクの下を、無表情のまま見送った。

 

 

 

 

 

 六角形のテーブルに会する研究者達。

 

 暗い室内でそのテーブル周辺のみを照らす人工的な光の中、彼らは意見を戦わせていた。

 

 

 その議題は、彼女、食蜂操祈――『心理掌握(メンタルアウト)』について。

 

 

「やはり、ここのところの彼女の態度は目に余る」

「元々実験に対しては協力的ではなかったが、ここ最近は明らかに非協力的ですね」

「……何か、原因に心当たりがある者はいるかね?」

 

 この中で一番若く、食蜂と一番接する時間の長い(親しいわけではない)女性研究員が挙手し、発言する。

 

「それなのですが……ここ最近、彼女が学外で交友する男子児童が出来たそうで」

 

 その言葉に、ざわざわと騒ぎ出す研究者達。

 

 すると、テーブルの一番上座に鎮座する壮年で禿頭の研究者が、両手に顎を乗せたままの恰好で言葉を紡いだ。

 禿頭の彼が言葉を発すると、途端に他の研究者達は口を閉じ、大して張り上げてはいないが重々しいその言葉は、若い女性研究者の元に問題なく届いた。

 

「その児童の詳細は掴めているのかね?」

「は、はい。――その少年の名は上条当麻。食蜂より二学年上の小学五年生で、第七学区の平凡な公立小へと通う――無能力者(レベル0)です」

「無能力者、だと?」

 

 禿頭はその報告を聞いて訝しげな反応をする。他の研究者もまたざわめきだすが、再び禿頭が口を開くと同時に、彼等は一斉に口を閉じた。

 

「何故、『心理掌握(メンタルアウト)』はそんな少年とコンタクトをとっているのだね?」

「……不明です。念の為に背後関係を探らせましたが、正真正銘“表”の人間のようです。風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)などとのつながりもありません」

「……そうか。ならば、即刻しょぶ――」

「ただ――」

 

 禿頭の男が冷酷に、だが何の気負いもなく淡々と出そうとした結論を、女性研究員は気まずげに遮る。

 男は彼女を睨みつけたが、彼女はその視線に怯えながらも、自分の持つ最後の情報を提出する。

 

「こ、これは、あくまで目撃情報でしかないのですが――――この少年が“第一位”とも交友関係を構築しているとの……情報が入っています」

 

 その情報に、研究者達はその日一番の騒めきを見せた。

 

 第一位(アクセラレータ)は、この時すでに学園都市最強の座を手中に収めることが出来るほどの才能を、開花させ始めていた。

 

 そんな彼の、逆鱗に触れる可能性。上条当麻という無能力者を処分するということには、そういったリスクがあるということだ。

 

 そうでなくても、この学園都市において、第一位――『一方通行(アクセラレータ)』の価値は、他の能力者、他の超能力者とも比べ物にならない。

 

 研究所や“闇”といったレベルではない。彼にみだらやたらに手を出したら、もっとこの街の深い場所から、下手をすれば『窓のないビル』の怒りを買ってしまうかもしれない。

 

 

 禿頭の男は、しばらく黙考していたが、やがて呟くように、言葉を漏らした。

 

「……このまま、食蜂操祈で研究を続行しよう。……上条当麻に関しては、今の所は置いておく」

 

 研究員達は彼の言葉に息を呑んだが、声に出して騒ぎ出すような真似はしなかった。

 

「……よろしいのですか?」

 

 そんな中、髭面の研究員が、探るように、恐る恐る確認をとる。

 禿頭の男は、それに目くじらを立てることなく、吐き出すように淡々と告げた。

 

「わざわざ“蟻”を切り捨ててまで、彼女に費やしてきたのだ。……今更の路線変更は容易ではない。……それでも最悪の場合は乗り換えるが、『外装大脳(エクステリア)』の完成には彼女が不可欠だ。それまでは、彼女を繋ぎ留めなければならん」

「……それでは、どういった手を打ちましょうか。上条当麻を処分出来ないとなると――」

 

 癖のある髪と眼鏡が特徴の研究員の言葉に、禿頭の男は、その日初めて、表情を愉悦に歪ませた。

 

 

「アレを使おう。上から押し付けられて以来どうにも正直持て余していたが、時間稼ぎにはなるだろう。……我々『才人工房(クローンドリー)』の悲願の結晶である『外装大脳(エクステリア)』。その完成まで、彼女には女の子らしく、お人形遊びでもしていてもらおうじゃないか」

 

 

 禿頭の男のその言葉に、六角形のテーブルに座る研究者達は、一様に邪悪に嗤った。

 

 

 

 

 

「なぁにぃ? 今日の実験力を消費したなら、私もう帰りたいんだけどぉ?」

「ごめんなさいね。今日は、あなたに会わせたい子がいるの」

 

 若い女性研究者の後ろに続きながら、食蜂は不機嫌を隠そうともせず、不平不満を漏らす。

 今までの食蜂なら、例え内心はどうでも、ここまで表に出さなかったはずだ。

 

 女性研究者は、現在の食蜂の危うさ(自分たちにとっての、という意味の)を改めて再認識しながら、いつも食蜂の実験を行っているのとは別のフロアへと移動する。

 

(……このフロア、というかいつものフロア以外のフロアに足を踏み入れたのは初めてねぇ)

 

 食蜂はこれまで、いつも自分が実験を行うフロアと、エクステリアのフロア以外は立ち入りを禁止されていた。(エクステリアにも、研究者が許可し、同伴の上でないと立ち入りを禁止されていた)

 

 食蜂本人は、別フロアなど大して興味もなかったので、今までその事に対する不満(今更、その程度のことで、という意味で)は感じなかったが、改めて足を踏み入れると、ついついあちこちに目をキョロキョロと走らせてしまう。

 

 だからこそ、前を歩く女性研究員が立ち止まり、目の前の部屋のドアをガチャと開けたことに気づくのが遅れた。

 

 食蜂は周りを観察するのを止めて(といっても、特別珍しいものは見つからず、無機質という印象しかなかった。今まで自分がいたフロアと何も変わらない)その部屋に向かって歩く。

 

 すると、女性研究者の声が中から漏れていた。

 

「――どう?――調子の方――会わせたい人が――」

 

 どうやら誰かと話しているらしい。

 会わせたいといっていた人が、中にいるようだ。

 

 食蜂は半開きになっていたドアを開けながら、躊躇なく足を踏み入れる。

 

 

 

 そこには、おそらく自分より年上の、中学生くらいであろう茶髪のショートカットの少女がいた。

 

 

 

 自分と同じように黒い手術衣を身に纏い、壁に背をつけ凭れながら、木のコルクで栓をしていて中に少量の水が入った瓶のようなものを持っている。

 

 彼女は、部屋に入ってきた自分を、クリッとした真ん丸の瞳で見つめ、首を傾げた。

 外見年齢とはそぐわない幼い仕草に、食蜂は小さな違和感のようなものを感じたが、彼女がふいっと自分から目を背けたことで、不快という程ではないが、心の中で溜息を吐いた。

 

(無愛想なヤツねぇ……)

 

「紹介するわね。――」

 

 そんなお互いの第一印象を交わし合っていた少女達に構わず、女性研究員は口元だけを明るい笑顔で――口元以外はメンタルガードによって見えないのだが――言った。

 

 

 

「――彼女は、“0号(プロトタイプ)”。“通称”『ドリー』よ」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 一方、こちらは、全く別の研究所。

 

 

 

ドガンッ!!!!!! と重々しい衝撃が響く。

 

 

 超強化ガラスで仕切られた実験ルームでの轟音に、安全圏にいるはずの研究者が思わず体を震わせる。

 

 そして、不安定に揺れる瞳で、目の前のモニターに表示される数値を見る。

 

 息を呑んだ。

 

(――なんだ、これは?……あまりにも、成長が早過ぎる……っ!?)

 

 彼は。彼等は。

 まるで水族館の水槽のように、見世物のように隔絶された強化ガラスの向こう側――――“対一方通行(アクセラレータ)用”の実験ルームの中に、一人佇む白髪の少年に目を向ける。

 

 その、畏怖の篭った、恐怖で満ちた瞳を。

 

 一方通行(アクセラレータ)は、そちらの方にまるで目を向けない。

 ただ、顔を俯かせ、楽しそうに笑うだけだ。

 

 

『友達だろ。また一緒に遊ぼうぜ!』

 

 一方通行(アクセラレータ)は、無邪気に笑う。

 

 だが、その笑みは、安全圏の暗いモニタールームから覗く彼等には、この上なく不気味に映った。

 彼等の分厚い色眼鏡を通した結果、あの無垢な笑顔は、真っ白な笑顔は、悪魔の笑みにしか見えなかったのだ。

 

 元々、彼等は一方通行(アクセラレータ)を利用し、その研究成果でのし上がってやろうと目論んでいるわけではない。

 

『特力研(特例能力者多重調整技術研究所)』についこないだまで在籍していた一方通行(アクセラレータ)の、次の正式な在籍場所が決まるまで、なぜか預かっていて欲しいと“上”から指示されたのだ。

 

 それ故に彼等は、こんな自分達の身に余る怪物を保護しなければならない立場になっている。

 

 確かに、潜在能力は凄まじい。怖気が走る程に。

 確かに、彼の能力は強力で強大で、何より希少だ。背筋が凍る程に。

 

 けれど、彼等にとっては。彼等如きにとっては。

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、まるで人間が決して手を出してはいけない次元の存在のように思えた。

 

 

 それは、ここ最近の急激の能力の開花を目撃して、見せつけられて、日に日に増していく思いだった。

 

 

 ただ、ただ。恐かった。

 

 

「……一体、彼に何があったんだ。なぜ、ここまで急激な成長を――」

 

 彼の個人的な心境としては“成長”などという前向きな言葉を決して使いたくはなかったが、名目上、彼を管理し、その能力を高めることを仰せつかっている立場上、そう評した。

 

 すると、上からのサポート人員(という名の監視役、だとこの研究所の研究者達は思っている)である黒服の男が、サッと彼の背後に現れ(彼にはそう思えた程、気が付いたらそこに居た)、彼に耳打ちをした。

 

「――どうやら。最近、第一位に友達が出来たそうです。その事がメンタルに影響を与えているのではないかと」

「はぁ? 友達だと?」

 

 彼は思わず大きな声を出して、疑問を呈した。疑問というより、そんな馬鹿な、何を言っているんだ、と発言者をせせら笑うような、嘲りの篭った声だった。

 

 普段なら、上からの使者だと確信している目の前の男に、立場上は自分が上だと分かっていても、決してこんな応対はしないのだが、聞かされた内容があまりにも突拍子がなかった。

 

 友達?

 

 この化け物に?

 

 

 ありえない。

 

 

 そんな思いが透けて丸見えだった。

 

 

 だが、データはそれを否定している。目に見えて、数値は異常な伸びを見せている。

 学園都市の能力は、『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』によって発現する。そして、それに精神状態は大きく影響する。

 

 

 もし。万が一。

 

 彼に友達というものが出来たのだとして。それが彼に“良い”影響を及ぼしているのだとしたら。

 

 

 彼は、生唾を呑んだ。

 この男は、良くも悪くも自分という器を知っている。

 自分如きの研究者には、一方通行(アクセラレータ)という怪物(さいのう)を完成させることなど不可能だろう。この少年は、自分の手に負える存在ではない。

 

 だから、彼が求めるのは、このまま、彼が次の研究所に送られるまで、無難にやり過ごすことだ。

 ゆえに、彼が恐れるのは、このまま、彼が成長しすぎて、自分達に牙を向けられることだ。

 

 もし、彼が、この目の前の強化ガラスの敷居を、壊そうなどと考えたら?

 

 もし、彼が、自分をこんなところに閉じ込め、高みから自分を見下ろす研究者(わたし)達を、叩き潰そうなどと考えたら?

 

 

 彼は、良くも悪くも、自分というものを知っていた。

 

 

 自分達がそんな反逆(こと)をされてもおかしくないことをしているという、それくらいの自覚はあった。

 

 

「……き、君に、一つ。頼みたいことがある」

 

 

 彼は、黒服の男の目を見ず、ただただ一方通行(アクセラレータ)のデータを羅列するモニターを凝視しながら、そう言った。

 

 

 黒服の男は、口角を釣り上げ、彼の指示を二つ返事で了承した。

 

 




 だんだんと、不穏な空気が……

 シリアスさんがアップを始めたようです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。