上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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 ふと見たら日間ランキング二位! ありがとうございます!

 評価の数字も上がっていて歓喜感激です! これからも頑張っていきます!


初恋〈はじめて〉

 

 上条と食蜂が“再会”し、“再開”したあの日から、数日後。

 

 学校から帰宅した上条当麻がランドセルを寮の自室に放り投げて外に飛び出して何気なく街をぶらついていた時、前方にキョロキョロと周囲を忙しなく見回す蜂蜜色の髪の女の子を見つけた。

 

 上条は、その少女の名前を、先日の出会いでしっかりと脳に刻んだ記憶を、正常に引っ張り出して呼びかける。

 

 約束通り、呼びかける。

 

「おい、食蜂!」

 

 その声に、食蜂はぱぁっと自身の髪の色のように光輝く笑顔で振り向く。

 

 上条はその笑顔を見て優しく表情を緩めるが、食蜂はその上条のリアクションでハッと我に返り、髪の毛を右手でふわっと背に払い、平静を装った。

 その子供らしい見栄の張り方に上条は苦笑しながらも、あえて指摘せず、彼女の元に歩み寄る。

 

「案外、すぐに会えたな」

「そうねぇ。……まぁ、私は別にどっちでもよかったけどぉ」

 

 ふいっと顔を背ける食蜂。だが、先程までの自分の態度を鑑みて、強がりだということを気づかれていることを悟っているのか、その耳は真っ赤だった。

 

「と、とにかく! 約束通り、そちらから見つけて声を掛けてくれたことは、感謝してあげるわぁ。なら、こちらも約束を守って、こう見えて忙しいんだけど、時間を取ってあげるんだゾ☆」

 

 そう言って、食蜂はふふっと笑った。

 

 やっぱり子供は笑顔が一番だな。そんな風に思った上条は、ありがとうと綺麗に笑った。

 

 

 食蜂の顔は、今度は頬まで真っ赤になった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「――で。また、このベンチか。どっかの店とかに入らなくていいのか?」

「別にいいわよぉ。人が多いところは好きじゃないしぃ、行こうと思えばいつでも行けるもの」

 

 そう言って食蜂はブラブラと足を振りながら、こないだのベンチにて上条と隣り合って座る。

 

 食蜂は、こないだの警戒心丸出しな態度とは打って変わって、ニコニコとご機嫌な様子だった。

 上条は、そんな食蜂を見て微笑ましい気分になりつつ、よっと立ち上がり――

 

「よし。じゃあ、前と同じように、そこの自販機でジュースでも―—」

「ちょちょちょ、止めなさいよぉ! 何考えてるのよぉ!」

 

 食蜂が慌てて立ち上がり、その手を掴んで必死に止める。

 

「こないだ悲惨力の高い目に遭ったの忘れたのぉ! 主に私が!」

「い、いや、ちゃんと美味いのもあるんだって。今度は『西瓜紅茶』じゃなくて別の買ってくるから」

「……じゃあ、私もついていくわぁ」

 

 食蜂は上条と一緒に、この学園都市に来て初めて、自動販売機というものと真正面から対峙する。

 そこに君臨していたのは、食蜂操祈という八歳児の飲料というものに対する概念を破壊する商品達だった。

 

「………………」

「それじゃあ、何がいい? ここは定番の『ヤシの実サイダー』か? それとも、こないだ俺が飲んでた『ザクロコーラ』にするか? 炭酸が苦手なら『ウィンナーソーセージコーヒー』とか『レインボートマトジュース』とか。個人的には、いつか『カツサンドドリンク』にはチャレンジしてみたいと思って――、あ『ガラナ青汁』と『いちごおでん』はやめておいた方がいい。地獄を見ることに――」

「………………ねぇ」

 

 食蜂は、楽しそうにチャリンチャリンと手の中でコインを弄ぶ上条の袖をくいくいと引きながら、引き攣った顔で見上げる。

 

「やっぱりどこかお店に入らない? おいしい紅茶が飲める所を知ってるの。この近くなのよぉ」

「え、でも――」

「ねぇ、お願ぁい。何ならご馳走するからぁ」

「いや、さすがに小学生に奢ってもらうわけには――。……って、そこまで嫌なのか」

「………………」

 

 ふいっと顔を背ける食蜂を見て、上条はやっぱり御坂(アイツ)は特殊例だったんだなぁとしみじみ実感した。あのスカートの下に短パン少女は自販機にチャイサーッ!してまで愛飲していたというのに。

 

 いや、上条も一般人なら食蜂のリアクションの方が正常だと思うが――

 

「だいたい何なのよぉ、この悪意に満ちたラインナップはぁ! 一個もまともなのがないじゃない! どいつもこいつも混ぜるな危険を嬉々として混ぜ混ぜしたみたいな組み合わせばっかりだしぃ! わざとやってるんじゃないのぉ!」

「……もしかして、あんまり外で買い物とかしないのか?」

 

 上条の言葉に、食蜂はピタリと止まる。

 

 確かに学園都市の自販機はいわゆる実地テストを兼ねているため、奇抜な、大衆受けするか分からない実験品がぞろぞろと並ぶ。

 

 だが、それでもこの街に住んでいれば、もはやそれは当たり前のことであり、別に自販機に限らず、コンビニなどに並ぶ飲料や食料もそういったものばかりだ。今更そこまで目くじらを立てるようなものではないのではないか、と上条は思っていた。

 

 記憶喪失の上条も、転生前に約半年、転生してから五年。だいぶ、そういったこの街の常識というものに慣れてきたからこその意見だったが――

 

「ど、どういうことぉ?」

「ああ、いや、間違っていたら悪いんだが、なんとなくお前がお嬢様なんじゃないかと思ってな。服とか、振る舞いとかで。そんで、お嬢様って言ったら、学び舎の園ってイメージが俺の中であるもんだがら。あんまり、こういった実験製品とか慣れてないんじゃないかと」

 

 上条の推論は概ね当たっていた。食蜂は確かに学び舎の園の学生で、その中でもトップクラスのお嬢様だ。別に学び舎の園の中に閉じこもりっぱなしで、男という生物を見たことないというまでの世間知らずでもないが、こういった実験製品を口にしようと思うほどに庶民の感覚を有しているわけでもなかった。

 

 だが、食蜂はなぜか猛烈に恥ずかしくなり、上条に顔を赤くしながら食って掛かる。

 

「な、なぁにぃ? 私が世間知らずのお子ちゃまだって言いたいわけぇ!?」

「いや、そこまでは言わねぇよ。別に学び舎の園の外の連中にもこういうの苦手で、コンビニやスーパーで無難な、それこそ学園都市の外で売ってるような飲料を飲む奴もいるしな。ちょっと疑問に思っただけ――」

「言っておくけどぉ!」

 

 食蜂は上条の言葉を遮り、ビシッと告げる。

 

 なぜかこの男に子供扱いされるのは、我慢ならないというよりはすごく嫌だった。焦りのような感情に突き動かされて口が勝手に動く。

 

「私はこう見えてもすごく優秀なのよぉ。この街で一番の精神系能力者で、超能力者(レベル5)目前って言われてるんだからぁ!」

 

 胸に手をやり、どうだとばかりに宣言する食蜂。だが食蜂は、それを言った瞬間に猛烈に後悔した。

 

 超能力者(レベル5)はこの街の学生の、まさしく頂点に君臨する存在。だからこそ、そのことを知ったもの達の食蜂に対する態度は、大きく二つに分けられる。

 

 

 つまり、畏怖と羨望。

 

 怖れるか、羨むか。

 

 

 どちらにせよ、自分とは違うと、食蜂のことを切り離す。壁を作る。

 

 

 学園都市の超能力の中でも、特に気味悪がられる、精神系能力の頂点ともなれば、尚更だ。

 

 

 そんなことは、もうとっくに思い知っているはずなのに。

 

 

 食蜂の脳裏に、あの研究所の、ロボコップのようなマスクをしている研究員達の姿が浮かぶ。

 

 

 

「へぇ、そうなのか。食蜂はまだ小さいのに、頑張ってるんだな」

 

 

 

 そう言って上条は、食蜂の頭を優しく撫でた。

 

 頑張っている子供にご褒美を与えるように。変わらずに、食蜂を子供扱いした。

 

 

「な、なによぉ。……あなただって、子供の癖にぃ」

「はは。でも、お前よりは年上だ」

 

 食蜂は口を尖らせ、顔を俯かせながら、上条に悪態をつく。

 

 だが、その手を振り払いはしなかった。

 

 

(……この人は、本当に変わってるわぁ)

 

 

 その手の温かい感触に、食蜂の口元が、柔らかく緩んだ。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「――ん?」

 

 食蜂の頭を撫でていた上条が、何かに気づいたような声を上げ、その手を離した。

 少し寂しそうな顔をした食蜂だったが、そんな子供っぽいことは言えず、何も言わずに上条の目線の先を追う。

 

 そこには、人が行き交う道の中で四つん這いになって、涙を流しながら何かを探す女の子がいた。

 

 黒い髪で、二本の三つ編み。年は食蜂と同じか、一つ下くらい。

 

「何をやっているのかしらねぇ。って、ちょっと!」

 

 食蜂が気が付いた時には、上条はすでにその女の子の元へ駆け寄っていた。

 

 そして、泣いているその子に目線を合わせるように膝を折ってしゃがみ込み、優しく声を掛ける。

 

「どうした? 何か失くしたのか?」

 

 その声に、すでに涙と鼻水で真っ赤でグシャグシャの顔の女の子は、ぐずりながらも声を絞り出す。

 

「……お、おまもり」

「お守り?」

「ママに、も、もらった、おまもり……ど、どこかに、おとしちゃったぁ……だ、だいじな、おまもりなのにぃ…………う、うぇぇぇ」

 

 そこまで言って再び涙を溢れさせて、ぐずり始める女の子。

 上条はそんな女の子の頭を撫でて宥めた。

 

 食蜂は、そんな上条の後ろに立ちながら、顎に手を当てて考える。

 

(……お守りかぁ。この科学の街では、持っている人はほとんどいないでしょうねぇ。……だからこそ、あの清掃ロボットにゴミとして処理されている可能性力も、かなり高いかもねぇ)

 

 この少女は膝を泥だらけに汚しながらも、こんな人通りの多い道を地を這ってまで探していた。

 

 それだけ大事なものなのだろう。

 

 だが、こんな道端に落としてしまったのなら、まさしく清掃ロボットが見逃すはずがない。

 

 残念だけれど、おそらく――

 

 

「分かった。俺が一緒に探してやるよ」

「ほ、本当!?」

「ああ」

「わぁい! ありがとう、お兄さん!」

「!?」

 

 上条の言葉に、泣いていた女の子は笑顔を輝かして大喜びする。

 

 食蜂は驚愕し、上条の手を引いて、女の子から少し離れる。

 

「な、なんだよ」

「ちょっとぉ、そんな安請け合いしていいのぉ!? お守りなんて、この街じゃあゴミ扱いされてとっくに処理されていてもおかしくないのよぉ」

 

 声を潜めて忠告する食蜂に、上条は不敵に笑って答える。

 

「でも、見つかるかもしれない。こんなに必死に探すほどに大事なものなんだ。諦めるのは、最後まで足掻いた後でいいだろう?」

 

 そうあっさりと言い切る上条に、食蜂は呆気にとられて、上条の手を引く力が抜ける。

 

 そして上条は、再び女の子の所に歩いて行った。

 

「それで、落とした場所に心当たりはあるのか?」

「……ランドセルにいつもつけてたんだけど、今日家に帰ったら、ないことに気づいて。……学校の先生に聞いたんだけど、お守りの落し物はなかったって」

「となると……学校の中か、通学路か。よし、まずは通学路を探してみよう」

 

 上条はくるりと振り向き、食蜂と向き直る。

 

「そういうわけで、悪いな。今日はこの子の方を優先させてくれ。この埋め合わせは、必ずするから」

 

 そう言って、女の子とどこかに行ってしまいそうになる上条を、食蜂は慌てて止める。

 

「ちょ、ちょっとぉ。……分かったわよぉ。私も行くわよぉ!」

 

 そして食蜂は心にモヤモヤを抱えながら、上条と一緒に女の子の落し物を探すことになった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 空は完全にオレンジ色に色づき、段々と黒が混ざり合ってきた。

 

 上条達はすでに女の子の寮から学校までの道を数往復し、学校の中や、寮の女の子の部屋の中まで隈なく調べたが、それでも見つからない。

 女の子は、途中何度も泣き出しそうになりながらも、その度に上条に励まされ、なんとか頑張って堪えていた。

 

 今は、上条が人通りの多い道の人目を集めながらも、生垣の中に顔どころか上半身まで丸々突っ込み、まさしく隅々まで探している。

 

 食蜂は、女の子が上条から少し離れている場所を探しているタイミングを見計らって、声を掛けた。

 

「……もう、いいんじゃない?」

 

 上条の尻だけ出ている情けない姿が、ピクと動きを止めた。

 

 食蜂は、そんな姿の上条を笑うことなく、だが理解出来ないといった表情で、淡々と告げる。

 

「ここまで必死に探したんだもの。あの女の子も、アナタを責めたりしないわよぉ。……もう、十分足掻いたじゃない。終わりにしましょうよ」

 

 そう。もう十分、体裁は保ったはずだ。

 

 自分は泣いている女の子を見て見ぬ振りをするような酷い男ではないという言い訳は、十分に説得力をもつだろう。

 これだけ“いいこと”をしたのだから。

 結果は伴わなかったのかもしれないが、それでも十分褒められる行為だ。

 

 これ以上は、上条にとって何の得にもならない。

 

 だから、もういいだろう? もう十分だろう?

 

 食蜂は、そう問いかけた。

 

 だが――

 

 

「何言ってんだ。まだ、“何もしてないだろう”。あの子がまだ諦めてないんだ。部外者の俺が、勝手に見切りをつけるわけにはいかねぇよ」

 

 

 食蜂は、再び目を見開く。

 

 上条は草だらけの頭をひょっこりと出し「あ、もしかして寮の門限とかあるのか? じゃあ、無理して付き合わなくてもいいぞ。今日は本当に「――どうしてぇ?」――?」

 

 ありがとう、と続けようとした上条の言葉を、食蜂の掠れ出た呟きが遮る。

 

 食蜂は体を震わせながら、訳が分からないといった風に、上条に問いかける。

 

「どうして、そこまでするのぉ? あなただって、これだけやって見つからなかったんだから、もう見つかる可能性力なんか、ほとんどないって分かってるんでしょうぉ?……なのに、どうしてぇ?……あなたにとって、なにか利益力になることがあるのぉ?」

 

 

 分からなかった。

 

 

 上条が、見知らぬ女の子の、ただのお守りなんかの為に。

 

 

 別に、失くしたところで何の損もない。聞くところによれば、彼女の母親がまさしくお守りとしてあげただけの、ただのお守り。誰かの形見というわけでもない。今度の長期休暇の時に地元に帰省して事情を話したら、しょうがないわねとでも苦笑されて新しいものが買ってもらえるだろう。それくらいの、その程度の代物だ。

 

 

 それだけのものの為に。そんなものの為に。

 

 

 身を粉にして、服をどろどろに汚して、道行く人達に何をしているんだと嘲笑されながら。

 

 

 それでも、必死に、探し続ける。

 

 

 そこまで尽くす、理由とはなんだ?

 

 

 上条は笑う。

 

 

 泥だらけの顔で。擦り傷だらけの顔で。草だらけの顔で。

 

 

「泣いている女の子の為に動くのに、小難しい理屈なんてどうでもいいだろう?」

 

 

 食蜂は、今度こそ絶句した。

 

 

「見つかるかもしれない。それだけで十分だ。俺が一緒に探すといった時の、あの子の笑顔を見ただろう。あの子はあんな風に笑えるんだ。だったら、探すさ。たったそれだけで、あの女の子のあの笑顔が取り戻せるかもしれないんだから。それ以外に、理由なんかいらない」

 

 

 そう言って、上条は再び生垣の中に突っ込んでいく。

 

 

 食蜂は、動けなかった。

 

 上条のその姿を眺めるだけで、身動き一つとれなかった。

 

 

 見たことがない種類の人だとは思ってはいた。

 

 変わっている人だとは、分かってはいた。

 

 

 だけど、違う。この人は、今まで出会った人間達とは、本当に違う。

 

 

 人には、感情がある。心がある。

 

 

 それだけで人間という存在は、汚く、醜く、くだらない。

 

 

 そう、思っていた。

 

 

 みんな打算と計算で動いて、自分にとっての利益の為に動く。

 

 

 自分にとっての目的の為に、快楽の為に、願望の為に、動く。

 

 

 その為にしか、動かない。

 

 

 そのはず、だった。

 

 それが、人の心というものに、世界で最も身近に触れてきた、食蜂操祈の――『心理掌握(メンタルアウト)』の出した結論だったはずだ。

 

 

 見切った、見限った、人間というものの、答えだったはずだ。心理だったはずだ。真理だったはずだ。

 

 

 だけど、目の前の、この少年は違う。

 

 

 こんな人は、はじめてだった。

 

 

 自分が出した結論が、まったくもって当てはまらない。

 

 

 なぜ、ここまで見返りなく、他人に尽くすことが出来る?

 

 

 なぜ、そこまで嬉しそうに。なぜ、そこまで迷いなく。

 

 

 食蜂は、肩にかけているハンドバッグから、震える手でリモコンを取り出す。

 

 

 この少年の、頭を覗けば、それを理解できるのか?

 

 

 食蜂は、ゴクリと生唾を呑みこみながら、リモコンを、四つん這いで生垣に突っ込む上条の、剥き出しの背中に向け、ゆっくりと、ボタンをおs――

 

 

 

「あ、いた!るいこちゃ~ん!」

 

 

 突然、背後から聞こえる女の子の声。

 

 振り向くと、その女の子はお守りを失くした女の子の友達のようで、一目散に彼女の元に駆け寄っていく。

 

 上条も生垣から顔を出し、その様子を見守った。

 

「はい、これ!」

「――え?」

 

 女の子は、彼女に向かって、嬉しそうに何かを差し出す。

 

 彼女はそれを受け取ると――

 

 

「あ! あった~! ママのお守りだぁ!」

 

 

――あの光輝く笑顔を、満開に咲かせた。

 

「せんせいから電話がきてね。るいこちゃんがお守りを探してるみたいだから、自分たちの荷物に紛れ込んでないか、調べてみてって。探してみたら、私のランドセルに入ってたの。……ごめんね、るいこちゃん」

「ん~ん、いいの! 届けてくれてありがとう!」

 

 そう言って届けてくれた女の子の手を、るいこちゃんと呼ばれた女の子は両手で掴んでぶんぶんと振り回す。

 

 るいこは上条達の元に向かって来て――

 

「お兄ちゃんとお姉ちゃんも、一緒に探してくれてありがとう! 見つかったよ!」

「そっか、よかったな!」

「……もう、失くしちゃダメよぉ」

「うん!」

 

 そうしてるいこは、届けてくれた女の子と手を繋いで帰っていった。

 

 上条は、パッパッと膝の汚れを払いながら立ち上がり、その後ろ姿を優しい目で見送る。

 

「……よかったのぉ? 結局、アナタが何もしなくても解決したみたいよぉ。無駄に汚れただけじゃない」

 

 上条はその言葉に、口元に笑みを浮かべて答えた。

 

 

「いいんだよ。お守りが見つかって、あの子に笑顔が戻ったんだ。最高のハッピーエンドじゃねぇか」

 

 

 その言葉の通り、上条の顔は満足気に満ち足りていて、おいしい所を掻っ攫われたとか、骨折り損のくたびれ儲けだったとか、そういった徒労感のようなものは皆無のようだった。

 

 

 食蜂は、その横顔に見惚れた。そして、自分の頬が、心が、急速に熱をもつのを感じる。

 

 

 美しいと、思った。彼の心は、きっと、これまで無数に触れてきた、どの心よりも温かく、光り輝いているのだと、そう思った。

 

 

 食蜂はそっと、リモコンをバッグに戻す。

 

 

 この人の心は、決して能力で覗き見ないと、食蜂は誓った。

 

 

 これは、この人の傍にずっといて、ゆっくりと知っていくべきものだと。

 

 

 ゆっくりと、知っていきたいと、そう思った。

 

 

 この人の傍に、ずっといたいと。この人を傍で、ずっと見ていたいと。

 

 

 そう、思った。

 

 

 

 

 

 そんな食蜂の心情を余所に、上条は嬉しそうに言った。

 

「それにしてもいい友達だな。明日の学校で渡せばいいだろうに、わざわざ家を飛び出してまで来てくれるなんて」

「……友達、ねぇ」

 

 食蜂はそれをお前が言うかみたいな気持ちを押さえて、その単語を反芻する。

 

 すると、上条はふと思いついたといった感じで、食蜂に尋ねた。

 

「そういえば、お前友達はいるのか?」

「……………………そうねぇ。まずは、どこからが友達なのか、その定義をはっきりと教えてくれるかしらぁ?」

「あ、もういいや。無神経なことを聞いて悪かったな」

 

 上条は気まずげに目を逸らす。

 

 食蜂はその対応に却ってムキになって反論した。

 

「なによ、なによぉ! そうよ、いないわよ !悪い!? 何? 友達力が皆無なのが悪なの!? 友達がいないと死ぬのぉ!?」

「わ、悪かったって! 泣くなよ!」

「泣いてないわよぉ」

 

 食蜂は鼻を啜る。

 

 食蜂は、前述の通り最近碌に学校には行けておらず、元々精神年齢が高いこともあってか、同世代の友達というのが皆無だった。

 

 元々、人間不信な所もあるので別に特別欲しいとは思わなかったが、それでも道行く同世代の子供達の楽しそうな、先程の女の子達のような関係を、羨ましいと思ったことなどないかと言われれば嘘になる。

 

 上条は、頬を膨らましながら拗ねる食蜂の頭に手を乗せ、宥めるように言った。

 

「……お前にも、きっと出来るさ。あの子達みたいな、素敵な友達がな。その時は、俺にも紹介してくれよ」

「……別に、友達なんていらないわよぉ」

「拗ねるなって」

「拗ねてないわよぉ」

 

 こんな自分は子供っぽいとは思っていたが、上条が構ってくれるのが嬉しくて、その日、食蜂はずっと拗ねていた。

 

 上条はご機嫌取りの為に再び自販機でジュースを買おうとしたが、食蜂はそれを必死で止めた。

 

 

 そんな少し馬鹿馬鹿しいやり取りが、食蜂にはなぜかすごく楽しかった。

 

 





 今回は丸々、食蜂さん回。もうこの子がヒロインでいいんじゃないかな? 愛しくてたまらないんだけど。
 一方さん? シスターズ? 知らない子ですね。

 …………いえ、嘘です。次回からちゃんと出ますですはい。



 ……編集が終わってまた日間ランキング見たら、なんと一位になってました。

 なんていうかもう……ありがとうございます。その言葉に尽きます。

 読んでくださっている全ての方に感謝を。

 少しでもこの作品を面白くして、応えることが出来たらと思います。

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