上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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青春物語。
そうタイトルにつけているのに、全然それっぽいことが書けてなかったので。ちょっと意識してみました。


青春〈ラブコメ〉

 

 ファミレスでの食事の後、上条と土御門と佐天とインデックスは、初春、白井、御坂と合流し、佐天とインデックスの新居――――つまり上条が現在暮らしているアパートへと足を進めていた。

 

「にしても、ずいぶん静かな住宅地ね。アンタ、確か公立校の無能力者よね。なんでこんないいところ住んでんの?」

「……まぁ、上条さんにも色々ありましてね。ある時、同居人が増えまして。その関係でな」

 

 御坂の問いかけに対する上条のその言葉に、土御門とインデックスを除いたメンバーが、ギョッとする。

 

「え!? 同居人!?」

「だ、誰ですか!? お、女の人ですか!?」

「い、いやいや男ですよ。決まってるだろ。上条さんに女の子と同棲なんて、そんな素敵イベント発生するわけないでしょうが(お、男……だよな、あいつ)」

 

 上条は御坂と佐天の鬼気迫る勢いに、たじろぎながらも答える。

 

「ていうか、白井と初春は知らなかったっけ?」

「知りませんよ! なんか、学生寮から引っ越したって話は聞いてましたけど……」

「同居人の話は初耳ですわ。ですから、私たちが何度かお邪魔しようとしても、やんわり有耶無耶にしてましたのね」

「あぁ……そうだったか。食蜂とか縦ロールはちょくちょく来るから、てっきり話した気になってたよ」

 

 上条の発言に超電磁砲ガールズはイラッとしたが、殺気をオーラとして纏うだけで、なんとか抑えた。

 

 一番先頭を歩く上条はまったく気づいてないが、土御門とインデックスは恐怖で青ざめている。

 

「そ、そうだ、もとはる! もとはるはとうまの同居人について知ってるの!?」

「あ、ああ。もちろんだぜい。俺は元々、カミやんの隣人だったからにゃ~。今回みたいにカミやんの引っ越しを手伝ったりしたぜよ」

 

 インデックスが必死で話を変えようと土御門に話を振り、土御門も意図をくみ取りその流れに乗る。

 土御門の話に四人が少し食いついてきたのを察して、土御門はさらに会話を広げようとしたが、その必要はなくなった。

 

「お。もう来てるみたいだな。あそこが俺が住んでて、これからは佐天とインデックスも住むアパートだ」

 

 そう言って上条が指さす先には、上条が住んでいた学生寮と同じくらいの大きさの建物。

 

 周りが大きなマンションだらけで少々見劣りするが、建物自体は古いわけではなく、むしろ新築の綺麗な建物で決してみすぼらしいわけではない。

 

「へぇ~。大きくはないけど、悪くないんじゃない」

「ええ。周りは大きな建物ばかりですけど、日当たりは問題ないようですし」

「外観も綺麗で、シンプルだけどオシャレです!」

 

 そう。学生寮のような無機質な建物ではなく、シンプルながらもオシャレな、まさしく住居にしたい建物である。

 

 敷地内にはすでにトラックが来ており、佐天の引っ越し用具が届いているようだった。

 

「ここが私とるいこの新しい家なんだね! とっても綺麗なんだよ!」

「そうだね。急に引っ越せって言われた時は、どうなるかと思ったけど……」

 

 

 佐天は、今回の引っ越し騒動が起きた日のことを思い返す。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

『え? 引っ越し?』

『ああそうだ。佐天、悪いが引っ越してもらえないか?』

 

 病院の中庭でサッカーを楽しんでいた佐天とインデックスを呼んで、上条はそう言った。

 

 突然の宣言に一緒に集まった初春達も動揺するが、次の佐天の問いかけに対する上条の答えに、その動揺は驚愕へと変化する。

 

『えぇと、どこにですか?』

 

 

『え? 俺んちの隣にだけど?』

 

 

 

『『『『ええええええええええぇぇぇぇぇ!!!!!!!』』』』

 

 

 

 四人の少女のつんざくような絶叫に、上条と隣にいた土御門、そしてインデックスは涙目で蹲る。

 

 しかし、そんなこと知ったこっちゃないと、少女達はものすごい勢いで上条に詰め寄った。

 

『ど、ど、ど、どういうことよ!! なんで佐天さんがあ、あ、あ、アンタの隣の部屋に!!』

『決まっちゃったんですか!? もう佐天さんルート確定なんですか!?』

『場合によっては、不純異性交遊、強制猥褻で、ジャッジメントですわよ……』

『え、え、え? 何? どういうこと? そういうこと? そういうことなの!?』

『ちょ、ちょっと待って! 説明する! 説明するから! とりあえず、白井はその鉄芯を仕舞え!』

 

 四人が落ち着いた頃、上条は大きく息を吐いて、ゆっくりと話し出す。

 

『さっきも説明した通り、インデックスは魔導書を103,000冊記憶している魔導書図書館だ。その知識は、魔術サイドからすれば喉から手が出るほど欲しい代物なんだ。……それこそ、多少手荒な真似をしてでもってくらいには、な』

『魔術……』

『いまだに、理解し難いですけど……』

『さっきいた赤髪の人とポニーテールの人がそうなのよね』

『魔術はあるんだよ!!』

『……まぁ、今はそういうものだって感じで聞いてくれ。巻き込まれないのに越したことはないんだから』

 

 上条は、ここで顔を引き締め、真剣な口調で言った。

 

『で、だ。インデックスを預かる以上、俺達にはインデックスを守る義務が生じる。インデックスに万が一のことがあったら、コイツの所属するイギリス清教――ひいては魔術サイド全般を敵に回し……戦争が起こる可能性がある』

 

 戦争。

 

 平和な日本の学生にはあまりに縁のない強い言葉に、四人の少女は表情を強張らせ、緊張する。

 

 そんな彼女達を察してか、上条は少し雰囲気を柔らかくして、話を続けた。

 

『まぁそんな建前は別にしても、友達のインデックスが危険なんだ。だから守る。その為には、って話だ』

 

 そう言って、上条は佐天の方を向いた。

 

『インデックスには、佐天が必要だ。だから、これからインデックスは佐天と一緒に暮らしてもらう。……そして二人を守る為に、俺が守護者(ガーディアン)として、なるべく二人の傍にいる必要がある』

『それで、カミやんの隣の部屋に引っ越してもらうって話に繋がるんだにゃ~』

 

 一通りの説明が終わると、まず御坂が文句を言った。

 

『ちょ、ちょっと待って! 理由は分かったけど、なんでコイツなの!? 私でも――』

『お前は常盤台の寮暮らしだろうが。それにな、俺が選ばれたのはそれだけじゃないんだよ』

 

 上条は、全員を見渡すように言った。

 

『この街では、魔術の話は基本ご法度だ。魔術を知ってるってことは、それだけでトラブルに巻き込まれる可能性が上がる。……お前達に話したのは、インデックスの支えになって欲しいからだ。だが、なるべくなら、知らないに越したことはないと思ってる。……お前達を巻き込んで申し訳ないと思っているが――』

『――そんな、私たちは』

 

 上条の言葉に否定しようと声を上げた初春を、上条は手で制し、分かってるからと苦笑しながら首を振る。そして、もう一度真剣な表情を作り、全員に言い含めるように――

 

『――なにより、インデックスを狙ってくるのは、魔術師だ。此奴らははっきり言って、科学の常識は通用しない。だからこそ、あいつ等との戦闘経験がある、俺が適役なんだ。…………土御門は基本科学側の人間だから、魔術師との戦いに向いているとはいえないしな』

 

 上条はそう言い切った。

 

 土御門に関してはだいぶ捻じ曲げたが、土御門に関しての正しい情報を言うわけにはいかず、自分たちより少し魔術(そっち)方面に詳しい人、くらいの認識になるように誘導した。これ以上、土御門に踏み込むと、今度は科学サイドの暗部に関わることになってしまうから。

 

 

 だが、彼女達にそんな印象操作は届かなかった。

 

 いや、そんな必要はなかった。

 

 なぜなら、今、彼女達は別の意味で衝撃を受けているのだから。

 

 

 上条当麻は、自分たちの恋する男は――

 

 

――今まで、自分たちの知らない所で、どれだけの窮地を乗り越えてきたのだ?

 

 

 彼の全てを知っている、などと思い上るつもりは毛頭なかったが、しかし、あまりにも、自分は彼について何も知らないのだと知った。

 

 

 上条は、少女達がそんな葛藤をしていることなど露知らず、話を進めようとする。

 

『……とりあえず、こんなところだ。他に聞きたいことはないか?――――インデックス?』

 

 少女達を見渡すように問いかける。

 

 すると上条は、インデックスが悲しみを携えた目で自分を見ていることに気づいた。

 

『ん? どうした? インデックス?』

『……とうまは、今までに何度も、魔術師と戦ってきたの?』

『……まぁ、そうだな。』

『……じゃ、じゃあ……私が傍にいると、もっといろんなことに巻き込んじゃう……』

 

 上条は、俯いたインデックスに、ふっと優しく微笑みながら、左手で頭を撫でる。

 

『……そんなこと、おまえは気にしなくていい』

『……で、でも――』

 

『お前はやっと、我儘を言っていい立場になったんだ。自分の幸せを、追い求めていい状況になったんだ。――――お前はもっと、笑っていいんだよ、インデックス』

 

 上条は、慈しむようにそう言った。

 

 何かを懐かしむように、深い、慈愛の籠った笑顔で。

 

 大事な宝物を扱うように、優しく撫でながら、そう語り掛けた。

 

『…………とうま』

『お前は、その日食べたい夕飯でも考えていればいいんだよ。それを邪魔する奴は、みんな俺が追い払ってやる。……それに、お前の力が必要になるときが、きっと来る。そん時、助けてくれればそれでいい。――な?』

 

 インデックスは、その真っ白な修道服で涙を拭いながら、真っ白に輝く笑顔で応えた。

 

 何かから、解放されたように。自由な笑顔を輝かせた。

 

 

『うん!』

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 その後、あれよこれよという間に今日という日を迎えたわけで、ここに来るまでまったく実感が湧かなかったけれど。

 

 でも、いざこうなってみると、今日までそれなりにあった、今までとは変わる環境などに対する不安とかより、新しい何かが始まるというワクワクが大きいことに気づく。

 

「うん! とっても楽しみ! 行こうか、インデックスちゃん!!」

「うん、るいこ!」

 

 そして、そのままエレベーターで、五階へと上がる。

 

 そのまま少し右側の通路を進み、上条はある部屋の前で立ち止まった。

 

「ここが、佐天達の新しい部屋だ。その右隣が、俺の部屋な」

 

 ガチャと扉を開け、インデックスがその新しい部屋の中へ真っ先に侵入する。

 

「うわぁ~。広いね!」

「ホント……」

「元々、複数人で住むことを想定して作られてるからな。詳しい間取りは黄泉川先生宅を想像してくれ」

「誰に説明してるんですの……」

 

 そこは、学生が住むには明らかに不釣り合いな、いわゆる一般住宅の家。

 

 インデックスは目を輝かせているが、佐天は少し申し訳なさそうな様子だ。

 

「ほ、本当にいいんですか? こんなところに、家賃無しで住んじゃって……」

「気にするな。俺も家賃無しだし。……それに、こっちも申し訳なく思ってるんだ。こっちの都合で、問答無用に引っ越しなんてさせちゃって。……友達とも離れ離れにしちまったし……」

「い、いいんですよ! 友達とは、学校で会えますし! それにココ、柵川中とも近いですし!」

「そう言ってもらえると助かる。……友達は呼んでも構わないが、その時は言ってくれよ。インデックスはこっちで預かるから」

「は、はい。……それじゃあ、お言葉に甘えて――」

 

 そう言って、佐天は上条に向かって、深々と礼をした。

 

「――これから、お隣として、よろしくお願いします」

「よ、よろしくなんだよ!」

 

 インデックスも慌てたように、佐天に続く。

 

 上条は、それに優しく笑って応えた。

 

「おう。なんかあったら、いつでも頼ってくれ!……それじゃあ、早速荷物を運ぶか。いくぞ、土御門」

「了解だにゃ~」

「あ、あたしたちも行きます!」

「私たちも行きましょうか」

「はい、お姉さま!」

「機械系のセッティングなら任せてください!」

 

 そして、その日の午後を丸々かけて、佐天・インデックス家の引っ越し作業は行われた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 初春や御坂、白井と共に、佐天とインデックスの引っ越しパーティが行われた。

 

 

 …………“上条の”家で。

 

 

「それでは! 佐天さんとインデックスちゃんの新たなる門出を祝して! かんぱ~い!」

「かんぱ~い!!」

「かんぱいなんだよ~!」

「……引っ越しって、新たなる門出でいいのかしら?」

「まぁ楽しそうですし、良しとしましょう」

「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 引っ越しパーティをするのはいいが、何で俺ん家なんだ!? せっかくの新居でやればいいじゃん!?」

 

 上条が高々とジュースを掲げた面々にツッコむと、全員がしら~と答える。

 

「え~。でも、上条さんの家も見たかったですし」

「べ、べつにアンタの同居人が気になったわけじゃないんだから!」

「――と、お姉さまも言っておられますし」

「それに……せっかくの新居を汚したくなかったっていうか?」

「まぁ、おいしいものが食べられればいいんだよ!」

「お前ら、フリーダムだな!!」

 

 上条は大きくため息を吐きながら、ドカッとカーペットに腰を下ろす。

 まぁ、上条も本気で追い出そうと思って文句を言ったわけではない。っていうかここまで来たら諦めている。もう料理もあらかたテーブルに準備されているし。

 

 上条がジュースの買い出しから帰ってきて、なぜか上条家に料理が並べられていた時――――部屋を見てみたいと言われ、カギを開けてしまったのだ。もちろん自分と同居人の個室にはカギを閉めておいた――――土御門に同居人が帰ってこないよう足止めを頼んでおいたので、まぁいいか好きにさせておこうと保護者的な目で見ている。

 

「で? それで? 上条さんの同居人の方はいつ帰ってくるんですか!?」

「う、初春! 近い、近い!!……たぶん、今日は夜だよ。知り合いの子供の子守りで遊びに行ってるみたいだからな」

「え~。見たかったです」

「……はぁ。また今度、紹介してやるから。な?」

「っ! は、はい! ありがとうございます!」

 

 上条に頭を撫でられて、あっという間にやり込められる初春。

 

 そこに――

 

「う~い~は~る?」

「さ、佐天さん……」

「ほら、こっちきなよ。早く食べないと、インデックスちゃんが全部食べちゃうから」

「い、いや、私は、そこまでお腹すいてな――」

 

 初春が佐天にドナドナされていく。その様を上条が遠い目で眺めていると、上条の隣に白井がポスンと自然に座ってきた。

 

「それにしても、上条さんの部屋にしては随分と片付いているんですのね」

「おおっ! 白井いつの間に!…………ま、まぁな。俺も結構、支部に泊まったりするし。同居人も普段はソファーで寝ているだけだから、あんま散らからないんだよな」

「確かに物も少ないですし…………あら?」

 

 白井は、部屋の一角に、他の家電とは一線を画くレベルで本格的(こだわっている)と分かるコーヒーメーカーを見つける。

 

「上条さん。あれは――」

「ああ。同居人がものすごくコーヒーだけにはこだわる奴でな。金に物を言わせてあれ買ったんだよ。自分でメンテナンスして、自分の好きな味を常時出せるようにしてな。おかげで俺もコーヒー派になっちまった。この部屋にもコーヒーの匂いが染みついてるだろ?」

「確かに…………ですから、支部にもコーヒーメーカーを購入したのですね。てっきり、味の違いも分からないくせに通ぶってる、俺ブラックコーヒー飲めるんだぜアピールかと」

「ただの中二病じゃねぇか! え? 俺、そんな風に思われてたの!?」

 

 驚愕する上条をクスクスと笑う白井。

 上条は、その大人びた白井の仕草に少しドキッとするが、すぐに赤い顔を見られないように、顔を背ける。

 

「……上条さん?」

「な、なんでもないぞ、なんで……も……」

「………………」

 

 すると、顔を背けた方向に、冷たい表情の御坂がいた。

 

「な……なんだ、御坂?」

「…………別に。ただずいぶん、黒子にデレデレしてるわね。このロリコン」

「べ、別にデレデレなんてしてねぇよ!」

「どうだか。鼻の下伸ばしちゃってさ~」

「伸ばしてねぇよ!」

 

 言い合いをする二人を見て、白井は大きく息を吐いた。

 

(まったく……お姉さまはまだ……自分の気持ちは認めても、素直にはなれないってことなのでしょうか?……まぁ、電撃を出さないようになっただけでも成長ですかね)

 

 いつの間にか尊敬するお姉さまを恋愛面ではずいぶん上から目線でみるようになった白井。

 そんな白井を余所に御坂と上条は言い合いを続けるが、なんだかんだで御坂は嬉しそうである。

 白井は、そんな御坂を見て、クスッと微笑ましい思いになる。

 

 

 白井は気づいている。自分たち四人が、全員同じ人が好きだという、この状況の歪さを。

 おそらく佐天も、初春も気づいているだろう。ようやく自分の気持ちに気づいた――というより認めたばかりの御坂はどうだか分からないが。

 

 だが、それでも上条を取り合って、この友情が壊れるような真似はしたくない。

 恋愛を甘く見ている子供の意見かもしれないが、それでもどちらかを選ぶなどということは、白井は出来ないし、したくなかった。

 

 第一、そんな真似をしたら、上条は自分が悪者になったり、姿を消したりして、自分から身を引くだろう。基本的に鈍感だけれど、自分の大事なものの危機には人一倍鋭い、この男は。

 

 そんな男を、親友達が恋敵というこの状況で、どうやって落とすのか。

 

 今の白井には、どうしたらいいのかなどまるで分らないが、ただ諦めるつもりも、毛頭なかった。

 

 

(……そうですわね。今だけは、このままで――)

 

 

 いつまで続くか分からない、危うい均衡状態だけれど。

 

 今この時が幸せなのは、紛れもない事実だから。

 

 

 こんな青春物語も悪くない、と。

 

 白井は、この関係の歪さを、今は見ないふり、気づかないふりをすることに決めた。

 

 

「……ったく、どうして御坂はあそこまで俺に食って掛かってくるんだ?」

「ふふ。お姉さまにも問題はありますが、原因は間違いなく上条さんだと思いますわよ」

 

 なんだよそれ、と上条がグラスを持ち上げるが、その中身はいつの間にか空になっていた。

 

「あれ? 空だ。……しょうがない、新しく出すか」

「あ、それならわたくしが――」

「いや、いいよ。……料理もなくなりそうだし、ついでに軽く食べれるものでも作るか」

 

 上条がじと~とした目を向けた先には、右手にピザ、左手にハンバーガー、そして口でパスタをバキュームのごとく吸い込んでいる白い猛獣がいた。

 

 それを他の人達は3D映画を見ているような目で眺めている。いや、そんな感動的な感情は皆無だが。

 

 上条はよっこいせといった感じで、膝に手をやりながら立ち上がった。

 

「白井は悪いが、アイツがこれ以上暴走しないように見てやっていてくれないか」

「……あれをどう止めたらいいのか……わたくしには皆目見当もつきませんが……」

 

 確かに。と上条は内心同意しつつ、見ているだけでいいから、と白井に告げながら、キッチンへと向かう。

 

 そこに――

 

「あ、上条さん。あたしも何かお手伝いしますよ。少しは料理できますから」

 

 女子メンバーの中では一番料理が上手い佐天が、髪を結わえつつキッチンに入る。後ろで初春が頭の花をしおらせてぐったりしていることには敢えて触れず――

 

「お、そうか。なら手伝ってくれ。エプロンはそこの引き出しに入ってるから」

 

 と、教えつつ、まずは飲み物を用意する。

 いつもはインスタントコーヒーと缶コーヒーくらいしかないこの家も、先程こんなこともあろうかと上条が飲み物と食材は大量に買っておいたので、まだストックはある。

 

 金の心配をしなくていいのはなんて素晴らしいことなんだ、というのは、上条が逆行して一番感じていることだった。

 

 2Lペットボトルをテーブルに置き、再びキッチンへと戻る。

 

 目の前で相変わらず暴力的なまでの食欲を発揮するインデックスを見てこれからの佐天の生活に憂いを覚えつつ、ちょくちょく差し入れてやろうと決心した上条の横に、エプロンをつけて髪をポニーにした佐天が立った。

 

 その初めて見る家庭的な雰囲気を醸し出す佐天の姿が新鮮で、上条は再びドキッとする。

 

「さて。それじゃあ、何を作りましょうか、上条さん!」

「あ、ああ、そうだな。あんま手の込んだものを作る時間もないし、サラダと適当に炒め物なんかどうだ」

 

 上条は(ヤバい、なんか今日俺やけにドキドキしてねぇか!? 久しぶりに自分ちに女の子が居るから緊張してんのか? 前なんてずっとインデックスと同居してただろうが! それに食蜂とかあいつ等とかちょくちょく来るし! 今更動揺するほどのことでもないだろう!! 精神年齢は数万歳だろうが!! 自分を保て、上条当麻!!)と、内心の葛藤を胸中の奥深くに捻じ込み、しれっとした顔で料理を開始する。

 

「へぇ~。上条さん手際いいですね? 料理得意なんですか?」

「まぁ、ずっと一人暮らしだったからな。それなりには。今も、昔も、同居人は何もしてくれないし」

「? 前も、誰かと同居してたんですか?」

「!? い、いや、何でもない! 何でも!」

「?」

 

 と、危ういことを口走りそうになりながらも、何とか料理に集中し、冷静になる。

 

 しばらく他愛もない会話を時折交わしながら料理を続けていると、ふと、騒がしいリビングと、それを温かい目で見ながら二人で料理するこの状況が、何かみたいだなぁと上条は思えてきて――

 

「――ああ。何だか、家族みたいだな。俺達が夫婦でさ」

「!!? ふ、ふ、ふふふふふ……うふ??」

「――? ――!! あ、ちょっと待って、今の無し! なんでもないですのことよ!!」

 

 佐天がこれでもかというくらい顔を真っ赤にさせ、いつもなら自分が何を言ったのかも気づかない鈍感上条も、その姿にドキッとしながら頬を紅潮させる。

 

 だが幸いにもリビングのメンバーは気づかなかったらしく、そのまましばらく気まずい空気が流れながらも、黙々と料理を続けた。

 

 

 やがて、佐天が俯いたまま、ポツリと話し始める。

 

 

「……上条さん」

「な、なんだ?」

「あたし、何だか、夢みたいです」

「え?」

「……ほんの少し前まで、あたしは、ずっと諦めながら生きてました」

「…………」

「特別になることを諦めて、それでも憧れを捨てられなくて、暴走して、目の前が真っ暗になって」

「…………」

「そんな暗闇から、初春が救い出してくれて。――そして、あたしは、インデックスちゃんに出会いました」

「…………」

「本当に、夢みたいです。……それだけでも、夢みたいなのに、土御門さんは、私に特別な力をくれました。ずっと憧れていた、特別な力を。……でも、上条さん……」

「……どうした?」

 

 佐天は、そこで声を震わせて、湿らせて、吐き出すように言った。

 

「…………あたし、こんなに恵まれていていいんでしょうか?……あたしなんかが、インデックスちゃんの傍にいて。……ミウのマスターで……いいんでしょうか? あたしなんかが――」

「あたしなんかが、なんて言うな。お前は、そんな風に蔑ろにされるような人間じゃない」

 

 上条は、先程までの照れを微塵も感じさせない、真剣な表情で佐天を見据える。

 

 佐天も、その瞳はわずかに潤んでいたが、上条から目を逸らせなかった。

 

「土御門は言っていただろう。ミウは自我を持っていて、心を開いた人間にしか扱えないって。……つまり、佐天は選ばれたんだ。他の誰でもない、佐天涙子を、ミウは選んだ。お前じゃなきゃダメだったんだよ。……それに、ミウはあくまで、能力を使いやすくするだけだ。1を10にすることは出来ても、0を1にすることは出来ない。……だからさ、佐天――」

 

 

「――お前はもう、能力を使える筈だ」

 

 

「……え?」

「ほら、やってみろ」

 

 上条は優しく、佐天を促す。

 

 佐天は、そんな瞳に勇気づけられながら、手の平につむじ風を起こすのをイメージする。

 

 

 目を瞑り、んっ!と力む。

 

 

 そして、恐る恐る、目を開くと――

 

 

 

――そこには、ささやかながら、だけど確かに、一つの小さなつむじ風があった。

 

 

 

 佐天の表情が、どんどん喜色ばんでいく。

 

 

「あ…………あ………あ……」

「――な。……佐天。お前が今、手にしている力は、他人から与えられた物ばかりじゃない。お前が、苦しんで、足掻いて、そして手に入れた、紛れもない努力の結晶なんだ。……他の誰でもない、佐天涙子だから。それは、手に入れることが出来た力なんだ」

「………………か、上条さん……あたし――」

「それに――」

 

 上条は当たり前のことだと言い聞かせるように、佐天の頭を撫でる。

 

「インデックスの一番傍にいるのは、お前以外ありえないよ。……ステイル達も、そう言ってただろう」

「あ――」

 

 佐天は、上条のその言葉で思い出す。

 

 

 あの日、ステイルと神裂、アウレオルスと別れた日のことを――

 

 




……ええ、書いてみて分かりました。
ラブ。そしてコメディ。苦手分野でございます。
いつか克服したいでござる。

次回は、前半は前章の後始末、後半は今章の本格的な始まり、って感じになると思います。

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