……いえ、本当にお待たせしました。とりあえず、妹達編が完成したので更新していきます。
日常〈クラスメイト〉
私は。魔法使いになりたかった。
十年前。私の村は吸血鬼に襲われた。
嘘みたいな。本当の話。
平穏だった村は。あっという間に地獄に変わった。真っ赤になった。
みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな真っ赤になった。
血だらけで。鉄くさくて。
よくわからなくなった。
誰が人間で。誰が吸血鬼か。わからなくなった。
死んで。殺して。また死んで。赤くなって。血だらけで。
気が付いたら。一人ぼっちだった。
周りには。死体と。灰しかなかった。
元。吸血鬼の灰。
私を噛んでこうなった。私の血を吸ってこうなった。
私の血は。そういうものらしい。
吸血鬼の人たちも気づいた。私の血が。そうなっているって。そういうものだって。
だけど。やめなかった。
噛むことをやめなかった。血を吸うのをやめなかった。
泣きながら。呻きながら。叫びながら。それでもやめやしなかった。
「ごめんなさい」
みんな。そう言って消えていった。私の血を吸って灰になった。
八百屋のおじさん。お友達のゆずかちゃん。自分の子供を身を挺して守った優しいおばさん。
みんなみんな。死んでいった。
このまま化け物でいたくない。もう誰も傷つけたくない。
だから死んでいった。だから謝った。
あなた一人に。背負わせてごめんなさい。
……でも。私は気づいた。気づいていた。わかっていたんだ。
きっと。みんな被害者なんだ。だれも悪くないんだ。この村を襲った。吸血鬼の人たちも。
悪いのは私だ。
彼らを殺す力を持った私が。
彼らを問答無用で引き寄せる血を持った私が。
だから。だから。だから。
私は。魔法使いになりたかった。
ルール無用で。自然法則なんて度外視で。
救われぬ者も。見捨てられたものも。罪深き加害者も。無関係の被害者も。
死んでしまった人たちでさえも。救ってみせる。
そんな魔法使いに。私はなりたい。
×××
そんな夢物語を。私は真っ暗な狭い部屋で。幾度となく願い続けた。
気が付いたら。よく分からない人たちに連れられて。この部屋に閉じ込められていた。
牢屋のような。窓ひとつないこの暗い密室。
両手は手錠と鎖で繋がれて。動けはするけれど。脱走は出来ない。
今はきっと。私がどういう能力者なのかを調べているのだと思う。
そして。私の能力が“吸血鬼限定”で。“一般人には何の脅威もない”と分かれば。
この部屋を最大限に活かした…………そういう愉しみ方をするんだろう。俗物すぎて。簡単に推測出来る。
……私は。どうなるのだろう。一生。そうやって使われるのだろうか。
……それもいいかも知れない。少なくとも。ここにいれば。私はもう殺さなくて済む。
あの。“私たちと何も変わらない”。
喜んで。怒って。泣いて。笑う。
そんな人たちを。そんな心優しい吸血鬼たちを。
特に何の理由もなく殺してしまう。そんな私には。
魔法使いになれない。こんな私には。
ここで。そんな風に死んでいるのが。相応しいのかもしれない。
ガチャ。と。そのドアは簡単に開いた。
一生過ごすことになることを。生涯閉じ込められることを覚悟した。
その真っ暗な密室に。眩しい光が差し込んだ。
その光を背に浴びるのは。見たこともない少年だった。
少なくとも。私をこの部屋に閉じ込めた人たちの中には居なかった。
その少年は――黒い学生服にツンツン頭の。右腕に腕章を付けた少年は。
ニコッと笑いながら。その右手を差し伸べた。
「助けに来た」
少年の。その言葉に。思わず喜びを感じてしまった自分がいた。
だけど。すぐに私の“体質”のことを思い出して。伸ばしかけた腕が落ちる。
「……ダメ。私は。出られない。……私は。……殺しちゃうから」
また。殺してしまう。外に出ると。また彼らを殺してしまう。
私の。よく分からない。そんな言葉に。
言葉足らずな。独りよがりの。そんな言葉に。
彼は。呆れずに。訝しもせずに。
笑顔を崩さず。強引に私の手を取って。立ち上がらせた。
シャリン。と。鎖が鳴る。
彼は。まっすぐ私の目を見て。言った。
「大丈夫だ、姫神」
私は。魔法使いになりたかったんだ。
「世界には、魔法も、魔術もあるんだぜ。お前を救ってくれる、そんな都合のいい奇跡もさ」
ルール無用で。自然法則なんて度外視で。
救われぬ者も。見捨てられた者も。罪深き加害者も。無関係の被害者も。
死んでしまった人たちでさえも。救ってみせる。
「だから、お前も、一緒に来いよ」
彼のように。なりたかったんだ。
私は。そんな魔法使いのようなヒーローに。救われた。
×××
姫神秋沙は、夏休みの人気の少ない校舎の廊下を歩いていた。
降り注ぐ暑い日差しの中、この学園都市では珍しく健全に“普通の”サッカーに青春を捧げる若人の声が窓の外から響いている。
姫神は無表情で一目散に目的地に向かって歩きながら、そんな普通の学校に普通に存在している自分を振り返り、少しおかしな気分になった。
ついこないだまで、死んだように生きていた――生き残っていたというのに。
まるで、これでは普通の女の子のようではないか。魔法少女になりたかった自分はどこにいったというのか。
だが、悪くない。
間違いなく自分は幸せだ。魔法少女にはなれなかったが、幸せな普通の女の子にはなれた。
そう。彼女は、救われた。
暗い牢獄のような密室に囚われていた姫君は、その牢獄をこじ開けた一人のヒーローに救われた。
彼は決して、絵本の中の王子様のようにスマートではなかったけれど。
まるで魔法使いのように、少女の世界を変えてくれた。
あの日、自分の両手を戒めていた、鎖はもうない。
姫神秋沙は、もう自分の意志で、どこにだって行ける。何にだってなれる。
そんな普通の女の子に、彼が、変えてくれたのだ。
姫神は一つの教室の前に辿り着いた。
中からは、数人の男の子の声と、小さな女の子の声のようなものが言い争いをしてる。
相変わらずだな、とそんなことを思い、そんなことが思えるほどに、自分はこの場所での時間を重ねたんだなと感じて、胸の中に何か温かいものが流れ込む。
扉を開ける。
真っ先に目に入ったのは、彼女にとって、まさしく魔法使いのようなヒーローの少年だった。
彼も姫神に気づき、あの日、自分を外の世界へと連れ出した時と同じ優しい笑みを向ける。
「よ。久しぶり、姫神」
姫神は、その言葉を聞いて、その笑みを向けられて。
自分の口元が、自然に優しく緩むのを感じた。
「……久しぶり。上条君」
これが、少女の手に入れた、当たり前のやり取り。当たり前の光景。当たり前の普通。
囚われの巫女が、魔法使いのヒーローによって変えられた、新しい世界。
少女の首元には、彼女を普通の女の子に変えた魔法の十字架が下げられていた。
×××
教室には、上条の他にも二人の男子生徒がいた。
一人は、金髪にサングラスというチャラ男の代名詞のような男。
もう一人は、合成着色料のような青髪にピアスの変態を絵に描いたような男。
「「ひど(いぜよ)!?」」
モノローグにツッコまないでください。
「ん?どうした、青ピに土御門? テンションが気持ち悪いぞ」
「上条君。それ。いつも通り」
「そっか。そう言えばそうだな」
「ちょっと!? 二人ともひどすぎひん!?」
「淡々と言われる毒舌はくるぜい……」
土御門と青ピのメンタルがゴリゴリ削られる中、教室の前方の教卓に立つピンクの髪の少女(?)が、甲高い声で叫ぶ。
「もぉー!! 今は補習中ですよー!! 先生のお話を聞いてくださいー!!」
見た目は子供。だけど中身は大人。ヘビースモーカーで酒を浴びるように飲み干すくらい大人なこの人――月詠小萌先生は、小学生のように小さく可愛らしい両手で教卓をバシバシ叩きながら、自らに注目を集めた。
だが、そんな小萌先生の魂のお説教は、少年少女をビビらすに至らず、姫神はゆっくりと教卓に歩み寄り、カバンの中からピンク色の布に包まれたものを渡す。
「はいこれ。今朝。小萌。忘れていった。」
「あ、お弁当ですね。ありがとうございます、姫神ちゃん。……でも、出来れば休み時間に渡して欲しかったです。こうも堂々と補習中に乱入されると……」
「ごめん。……正直。この三人しかいなかったから。いっかって」
「おい、姫神。それは、どうせ俺達は真面目に補習を受けていないだろうからいっかってことか」
「……違うの?」
「否定はできひんな」
「全くだぜい」
「ちょっと待て!! 俺はお前たちと違って意欲はあるぞ! さっきまでも、お前達がいちいちいらんことに反応してるから話が逸れるんだろが!!」
青ピと土御門の言葉に反論を申し立てる上条だが、そんな上条を青ピと土御門はニヤニヤと見つめる。
「な、なんだ、そのリアクションは……」
「ふっ。一ついいことを教えてやろう、カミやん」
土御門が不敵に笑い、青髪ピアスはヘラヘラと緩んだ顔で答えた。
「実は、僕らもう小萌先生の特製テストに合格して、単位ゲットしとるんよぉ~♪」
「な、なにーーーー!!!!」
驚愕する上条。
上条は残酷な現実を受け止めきれず、わなわなと震える声で言葉を紡ぐ。
「ば、馬鹿言え……い、いつの間に、そんなテストを――」
「カミやんがここの所、サボっていた間にや」
「あぁ。サボっていたカミやんが悪いだぜい」
つまり、
俺が命がけで戦っている間にこいつは……っ。と、青ピはともかくこっちの事情を知っているくせに、教えすらしなかった土御門に上条はイラッとするが、そうなると疑問が浮かぶ。
「じゃ、じゃあお前ら、何で補習に来てんだ?」
「決まってるやないか。小萌先生に会うためや。そしてその可愛らしさを網膜に刻み込むためや」
「
「この変態どもがぁッ!!」
上条が瞳に涙を浮かべて叫ぶ中、姫神が首を傾げながら、状況を纏める。
「つまり。単位をとれてないのは。上条君だけ?」
「やめろぉ、姫神! もう上条さんのライフはゼロですのことよ!」
「上条ちゃん……このままだと本当に留年しちゃうですよ。後は上条ちゃんだけですから、一緒に頑張りましょう!」
「ちくしょう……不幸だ……」
すると――
「全く。何が不幸、よ」
教室の――姫神が入ってきたのとは逆の――教卓に近い前方のドアが開き、一人の女生徒が入ってきた。
その少女は整った顔つきを険しく歪め、ズカズカと迷いない足取りで上条の机へと進む。
対照的に上条は、その人物が誰なのかを確認すると、彼女が近づいてくるのに従い、どんどん表情を青ざめてさせていった。
そして、目的地にたどり着くと少女は、バンッと力いっぱい上条の机を両手で叩き、上条は体をビクッと震わせる。
窓際である上条の席に差し込んでいた夏の日差しを、彼女のトレードマークと言える広く綺麗なおでこが反射する。
だが、少女――吹寄制理は、それにまったく構うことなく、上条を睨み、ドスの効いた声で言い放った。
「そもそも貴様が補習をサボったからこういうことになったんでしょ! そんなアンタの為だけに、小萌先生はこうして休日を潰して補習してくれてるのよ! それを不幸だなんて言って、アンタ申し訳ないと思わないの!」
「ぐっ……」
ぐうの音も出ない(ぐっという声は出たが)程の正論を文字通り叩きつけられ、身を竦ませて怯む上条。
「で、でも、俺にも
「本業の学業すら疎かになっている奴が、街の風紀を取り締まるだなんてちゃんちゃらおかしいわね」
「がはぁ!」
上条撃沈。
今まで数々の難敵をその言葉でねじ伏せてきたヒーローが、紛うことなき正論で叩き伏せられた瞬間だった。
それを見て、青髪ピアスと土御門はゴクリと生唾を呑んだ。
「さすが吹寄だぜい。あのカミやんをここまで封じ込めるとは……」
「対カミジョー属性を持つ女……このクラスの最後の希望やね」
上条は、逆行した後も、特に吹寄とはあまり関係は変わっていない。
普通に同級生として出会い、前回と同じようにクラスメイトになり、そして前と変わらず目の敵にされていた。(相も変わらず上条がことあるごとに不幸だ……と漏らすのが原因なのだが)
まぁだが、こんな吹寄とのやり取りも、上条にとっては平和な日常の掛け替えのない一部だ。
今回の事件も無事に生き残り、乗り越えた証拠なのだ。
土御門、青髪ピアス、小萌先生、姫神、そして吹寄。
彼ら彼女らと共に過ごすこの穏やかな風景に帰ることが出来て、上条当麻の戦いは終わりを告げるのだ。
今回の
そして、上条当麻は知っている。これから先、今回よりもはるかに厳しく、辛く、危険な戦いが次々と待っていることを。
だが、絶対に負けない。
必ず生き残り、
上条はグッと拳を握り、決意を新たにしていると――
「――ちょっと! 聞いているの! 上条当麻!!」
「……はい。生きててごめんなさい……」
お説教は絶賛継続中だった。
上条はそろそろ涙目になりかけていたが、そんな上条に土御門はボソッと話しかける。
「……カミやん。カミやんは高一の授業は二回目じゃないのか? なんで補習になってんだ」
「……いくら二周目でも、上条さんに頭脳派を期待する方が間違いなんだよ」
さすがの上条さんも学力面まで強くてニューゲームとはいかなかった。まぁ、これは単純に逆行前の上条の学力が残念なだけなのだが。
そんな内緒話も吹寄の逆鱗に触れたようで、なんか背後から吹き出すオーラが増した。
そろそろメンタルが限界な上条は必死に話題を逸らす。色々いい風に言ってもやっぱり怒られるのは辛い。
「そ、そうだ、吹寄! 吹寄は、今日はどうしたんだ? 補習じゃないんだろ?」
「貴様と一緒にするな。真面目に授業を受けていれば、本来補習などありえないんだ」
「……………………」
「か、上条ちゃん! 先生は気にしてないですよ! 上条ちゃんはやれば出来る子って信じてますから!」
「そ、それで、吹寄はどうしたんだぜい? 何か、学校に用事でもあったのか?」
「あ、そうだったわね。大覇星祭の実行委員の打ち合わせよ」
「へぇ~。こんな時期から、働いてるんや。大変やね」
上条はそれを聞いて、そうかもうそんな時期かと思った。
大覇星祭。
前回は、それはもう色々あった。十八禁な運び屋や逆境フェチの布教中毒者とのバトルや、なんかすごいことになっている御坂を止めようとして右腕が吹き飛んだりもした。
その際に、姫神や吹寄も巻き込んで、辛い目に遭わせてしまったりもした。
今回は絶対に、そんな目に遭わせたりしない。
(吹寄はこんなに頑張って大覇星祭を盛り上げようとしてるんだ。今度こそ、100%報われなきゃな)
上条は吹寄を優しい眼差しで見つめる。
すると、その目線に気づいた吹寄は、少し頬を染めながら――
「……なんだ、その目は。言っておくけど、アンタは単位を取らないと、競技に参加させないから」
「……はい。頑張ります」
すると吹寄は、小萌に連絡事項があったのか、そのまま小萌と話し始める。それに青髪ピアスも加わってる。コイツは小萌と話したいだけだろうが。……いや、青髪ピアスは一応このクラスの学級委員だった。一応。
上条は、そんなことを思いながらその光景を眺めていたが、ふと気づいた。
大覇星祭。思えば、前回彼女と初めて会ったのが、この時だったなぁ、と。
そして彼女と言えば、まだコイツに聞いていないことがあった。
その事を、この後じっくり説明してもらう予定であることを思い出す。
上条は、自分と同じく会話の外にいた男にこっそりと顔を近づけ、小声で話かける。
「――おい。土御門。今日、この後のこと覚えてるよな」
「――当然、ぜよ。カミやんとの予定を忘れても、女子中学生とのデートの予定は忘れないぜい」
「……舞夏にチクるからな。あと、ついでにステイルにも」
「それはやめて! 特に後者!」
▦ ▦「……ふふ。私。途中から。完全に空気。……いつも通り。報われない」
……姫神さん。ほんとゴメン。
いつか必ず、あなたにもスポットライト当てるから! ヒロインっぽい活躍用意するから!
……いつになるかは、分からないけど←おい