上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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 禁書って難しい……それを痛感する今日この頃。


友達〈さてんるいこ〉

「どうしよう……どうしようどうしよう!!」

 

 佐天涙子はパニックに陥っていた。

 彼女は今、現時点では彼女のいるべき場所である自身の病室から追い出され、廊下で不安に押し潰されそうになっていた。

 正確には、追い出されたわけではない。

 目の前で苦しむインデックスを見るのが辛くて、何もできない無力感に苛まれたくなくて、こうして病室の外に自ら逃げ出したのだ。

 

 インデックスの記憶消去までのタイムリミットは、刻々と迫っている。

 

 佐天がジュースを買ってこの部屋に戻ったあの後、もうなりふり構っていられなくなり、佐天はナースコールで助けを呼んだ。

 

 駆けつけた看護師は、見知らぬ修道服の少女に面食らっていたが、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)は冷静だった。

 

 今も苦しむインデックスの苦痛を和らげようと、看護師たちに次々と指示を送っている。

 

 だが、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)のようなエキスパートが、真剣な顔で――もっと言えば切羽詰まっているようにも見える状況は、佐天のような素人を不安にさせる。

 

 勿論、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)はそのようなことは承知している。だがそれでも、佐天を気遣う余裕は今の彼にはなかった。

 

 学園都市一の名医である彼をもってしても、インデックスの容体は悪化の一途をたどっている。

 

 いつしか佐天はそんな医療ドラマでしか見たことのない人の命が懸かった修羅場の緊張感に耐えきれず、その病室を後にした。

 

 彼女は今、廊下で一人、泣いている。

 

(……悔しい。あたしは、あんな優しい子が、大好きになった友達が苦しんでいるのに、何も出来ない)

 

 胸を押さえ、唇を噛み締め、涙を零す。

 

(……情けない。上条さんに任されたのに。傍にいるって決めたのに。一番辛いのはあの子なのに。あたしは見捨ててこの期に及んでも逃げてる)

 

 強くなりたい。強くなりたい。

 

 強く。強く。強く。

 

 佐天は、廊下の壁に手をつき、泣いた。

 

 嗚咽が漏れないように唇を必死に噛み締め続けて。それでも瞳からいつまでも涙が溢れだす。

 

 悔しさと情けなさで、体の震えが止まらない。

 

 こんな弱い自分が嫌だった。

 

 超能力よりも。

 魔術よりも。

 

 大事な人の助けになれるくらい。

 

 強い、心が欲しい。

 

 

 

「何をしているんだ」

 

 佐天は、突然聞こえてきた声に反応する。

 

 そこにいたのは、金髪にアロハシャツというインデックスに負けず劣らず派手な風体の男だった。

 

「…………インデックスちゃんの知り合いですか」

「いや、俺はカミやんに頼まれてな。アイツの護衛を任されたんだにゃ~」

「カミやん……上条さんですか?」

 

 その時、佐天の顔に光が戻る。そうだ。上条さんなら――

 

――上条さんなら、またなんとかしてくれるかも。

 

「あ、あの! 上条さんは――」

「ああ。さっき、あの子を狙っていた連中を説得できて、今こっちに向かっているそうだにゃ。もうすぐ着くと思うぜよ」

 

 その言葉を聞き、佐天の顔色が少し戻る。

 

 だが、まだ佐天はそこを動こうとしない。

 病室の扉をちらちらと見るだけで、再び俯いてしまう。

 

「怖いのか?」

 

 土御門は、これまでと声色を変えて言った。

 

「――――え?」

「カミやんにあの子のことを任されたんだろう? だったらお前がすべきことは、あの子の傍に居てやることじゃないのか? 面会謝絶ってわけじゃないんだろう?」

「で、でも……あたしがいても、何が出来るってわけじゃ……むしろ、いるだけ邪魔っていうか――」

 

 

「――――そうやって、何も出来ない自分に対する無力感から逃げることの方が、苦しむあの子の傍にいることよりも大切なのか?」

 

 

 土御門の、まさしく佐天の罪悪感をピンポイントで貫く言葉に、佐天の顔が絶望に染まる。

 

 土御門はそんな佐天にお守りを差し出した。

 

 佐天はどういう意味か分からず、ただ怯えてそのお守りを受け取ろうとしない。

 

 土御門はそのお守りを差し出したまま言った。

 

「これは俺の家の由緒正しきお守りだ。何もないよりかはマシだろう」

 

 佐天はビクビクとした挙動だったが、おっかなびっくりといった様子でそれを受け取った。

 

 そして土御門はその場を後にしようと踵を返す。

 だが、その去り際に捨て台詞を残した。

 

 

「もうすぐカミやんがココに来る。このままで、お前はカミやんに顔向け出来るのか?――――そんなんじゃ、お前は一生、カミやんの隣には立てないぞ」

 

 

『上条さんの特別になれるくらい……大事な人になれるくらい……強くなりたかった』

 

 

 土御門は、その後振り向くことなく、その場を後にした。

 

 

 佐天は、しばらくその場で立ちすくんでいたが、今は手元にないいつものお守りの代わりに、先程受け取ったお守りをギュッと握り締める。

 

 そして、俯いた顔を勢いよく上げ、病室の扉を開けようと――

 

「うわっ!!」

 

 佐天が扉に手をかけようとした時、内側からカエル顔の医者が飛び出していた。

 

 冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)は佐天に気づくと、いつものおっとりとしたしゃべりからは想像がつかないくらい早口で言った。

 

「すぐ戻る。患者を勇気付けてやってくれ」

「……!! はい!!」

 

 そして、佐天は冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)と看護師と入れ違いの形で病室に突入する。

 

 冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)は、すれ違いざまに佐天の手の中のお守りに気づいた。

 

 

 

 

 

 佐天は、二人きりになった病室で、ゆっくりと近付いた。

 

 もう一人の人間――夕方自分が目覚めたベッドに横たわる、白い修道服の少女の元へと。

 

 息は荒く、真っ白な頬が赤く染まっている。おそらく、高熱でうなされているのだろう。

 

 とても苦しそうなその様子に、佐天の心はズシンと重くなる。

 

 けれど佐天はそのままベッドの傍らの椅子に座り、インデックスの小さな右手を両手で包み込んだ。

 

「……るいこ?」

 

 インデックスが、薄く小さく目を開けた。

 佐天は驚いたが、すぐに優しい笑顔を彼女に向ける。

 

「うん、あたしだよ。大丈夫、ここにいる。……あたしは何も出来ないけど、せめてインデックスちゃんの傍にいるから。だから……」

 

 頑張れ、とは言えなかった。

 この子は十分頑張っている。逃げてばかりの自分なんかより、よほど勇敢に戦っているのだ。

 

 言葉の代わりに佐天はギュッと思いを込めて、インデックスの手を握る。

 

 インデックスは小さく微笑んだ。

 

 ……どうしてもっと早くこうしてやれなかったのだろう。

 

 何も特別なことなんていらない。

 

 ただ、こうして傍にいるだけでよかったのに。

 

 佐天はただひたすら一途に、この優しい女の子が助かることを祈った。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 看護師に指示を出して解熱剤を取りに行かせた後、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)は自分の部屋に足早に向かっていた。

 

 彼は、すでにインデックスの症状を見破っていた。

 そして、それに必要なものも。

 

 それは解熱剤なんかではなく、彼の右手だ。

 

 だが、これは魔術サイドが関わっている。あの看護師を巻き込むわけにはいかない。

 だからこそ、彼は自分以外立ち入り禁止のあの部屋から、彼に連絡を取るべく急いでいた。

 

 患者に必要なものは、なんだって用意する。それが冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)だ。

 

「そんなに焦らなくても、カミやんはこっちに向かってるぜい」

 

 自分の部屋の前には、一人の少年がいた。

 金髪アロハの魔術師で、尚且つ能力者な少年――土御門元春。

 

「…………そうか。なら、近くの病室の人間は避難させた方がいいかな?」

「その必要には及ばないぜい。こんな場所でいきなり首輪を破壊したりはしないだろう。どんな被害が出るか分からない。おそらく場所を変えるはずだ。先生の出番は、むしろ儀式が終わった後ぜよ」

「…………そうかい。それは、忙しくなりそうだね」

 

 冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)は溜め息を吐いて、会話を打ち切ると、再び土御門に向かって言った。

 

「彼女にあれを渡したのは君かい?」

「ん? 気づいたか。さすがは先生だ」

「あまり口うるさく言いたくないけどね。あまり科学サイドの人間をあちら側に関わらせるのは感心しないな。彼女は僕の患者なんだ」

「…………確かに、カミやんには怒られちまうかもな。でもな、カミやんはそろそろ知ってくべきだ。――飢えた人間に魚を与え続けるだけじゃ、そいつは本当の意味で救われない。自分の足で立てるようにするべきだ。……いつまでも、救われる側じゃあ、あまりにも救われない」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「――もしもし、土御門か。――――そうか。分かった。それで行こう」

 

 上条は電話を切ると、後ろに付いてきていたメンバーに顔を向ける。

 

「どうしたのです?」

「……土御門から連絡があった。……すでにインデックスの発作は始まっているようだ」

「「「!!!」」」

 

 上条の言葉に、三人の顔色が一斉に青くなる。

 

「……どうするつもりだ、上条当麻」

 

 唸るようにステイルが上条を詰問する。

 その殺気が隠しきれていない問いに、上条は一切表情を変えずに答えた。

 

「こちらから迎えに行く時間も惜しい。これから俺とアウレオルス、そしてステイルは被害が出にくくて人の少ない場所に直接移動する。悪いが神裂、インデックスを迎えに行ってもらってもいいか? その方がはるかに早い」

 

 上条の提案に、詳細を知らされていない神裂とステイルが訝しむ。

 

「それは構いませんが……なぜ、場所を変える必要が? 確かにあの子はこの街のIDを持っていませんからあまり学園都市の施設に厄介になるのは芳しくありませんが、今は一刻を争うはずです」

 

 神裂は上条に問いかける。ステイルは何も言わずに上条を睨みつけたままだが、同じ疑問を抱いているようだ。

 

「…………土御門からの情報によると、首輪はインデックスを蝕むものだけではないらしい。その術式を破壊したものに対する対抗策も用意しているそうだ」

「っ!! それは本当ですか!?」

「教会の連中はそれぐらい『禁書目録』を警戒してるんだよ。だから万が一に備えて人気の少ない場所で首輪を破壊する必要がある。そういう時に備えて、幾つかそういった場所は見繕っておいた。あの公園もその中の一つだったんだが……さすがにどんな被害が出るか分からない以上、より完全に人気のない、もっというなら被害が出ても騒ぎになりにくい、普段から人気のない場所がいい。土御門にはすでに伝えてあるから、合流ポイントは向こうで聞いてくれ」

 

 分かりました。と神裂はすぐさま夜の闇に消えた。

 聖人としての身体能力を活かして全速力で彼女の病院へと向かったのだろう。

 

 ステイルとアウレオルスにはその動きが全く見えなかったが、上条はしばし神裂が飛び去った方向を眺めていた。

 聖人のスピードを見切ったのか?と内心慄いていたステイルだが、すぐに単純に病院の方角を見ていただけかもしれないと思い直す。

 

 ステイルは上条を睨み据える。

 

 なんだ、この男は?

 

 いくらなんでも用意周到過ぎる。

 イギリス清教所属の自分すら(いや、だからこそ……か?)知らないような、おそらくは秘中の秘の情報をいくつ知っている?

 知っていることも驚きだが、いったいいつ、そういった情報があると知ったのか? そしてそれらを得ようと思ったのか?

 謎だらけの、この上無く怪しい男。

 そんな男に、今から自分の世界で一番大切なものの命運を預けなければならない。

 

 ステイルは激昂していた。

 あの子の為なら何でもすると誓ったのに、何もすることが出来ない自分に。

 

「おい……上条当麻。貴様、いったい何者だ?」

 

 ステイルは、前を歩く上条の背中に向かってどす黒い声をぶつけた。

 

「……僕は、はっきり言って貴様が信用できない。もし、貴様の妄言が戯言だとはっきりしたら、貴様を殺し、“とりあえず”インデックスの記憶を消させてもらう」

 

 いままで通り、僕が、やらせてもらう。

 

 我ながら完全なやつ当たりだとステイルは気づいていたが、それでも湧き上がる自身への怒りと上条への嫉妬心を自分の中だけで処理出来るほど、ステイルは大人ではなかった。

 

 プロの魔術師でも、2mを超す長身でも、ニコチン中毒でも、ステイル=マグヌスは十四才の“子供”なのだ。

 

 上条は前を向いたまま、子供をあやすように言う。

 

「ああ。その時は、迷わず俺を殺していい」

 

 その駄々っ子を受け流すような上条の態度に、ステイルは更に怒りを燃え上がらせた。

 

 上条は「少し遠い場所だから車を呼んでもらった。あれに乗るぞ」と、いつの間に呼んだのかこちらに向かってくる少なくともタクシーではない乗用車に向かって手を挙げていた。

 

 ステイルは、拳を握りしめる。

 何も出来ない。自分はあの子にも、そしてこの男にも何も出来ない。

 自分には、あの子を救う力がないから。今、あの子を救うことが出来るのは、上条だけだから。

 

 それが、辛くて、悔しくて、情けなかった。

 

 

 

 ステイルから見えない上条の表情は、能面のように無表情だった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 神裂火織が病院につくと、入口の前に土御門元春がいた。

 

 コイツにも言いたいことは山程あったが、それよりも優先すべきことがある。

 

「土御門! インデックスは――」

「大丈夫だ、カミやんから話は聞いている。ついてきてくれ、案内する」

 

 

 神裂火織が通された真っ白な病室のベッドでは、真っ白な少女が頬を上気させ、苦しそうな呼吸と共に滝のような汗を流してた。

 そして、その子の手を握り、涙を必死で堪えながら何かを祈る少女。その手には一緒にお守りも握られていた。

 

 神裂は、今まで幾度となく見てきたインデックスの苦痛に歪む表情を見て、唇を噛み締める。

 そして、背後の土御門に一つの質問をした。

 

「……土御門、あの子は?」

「佐天涙子。カミやんの大事な後輩で…………禁書目録の友達だ」

「…………そうですか」

 

 インデックスの友達。

 かつて、自分がいたポジション。

 

 そして、今回のインデックスのパートナー。

 

 自分と同じように、悲しみに暮れるはず“だった”少女。

 

 胸中に色々な感情が渦巻いた。その中でも最も大きいのは……やはり嫉妬だろうか。

 そんな自分を心の中で叱咤して、神裂は救うべき彼女の元へと近付く。

 

 そこでようやく、佐天は神裂に気づいた。

 

「っ!?……あなたは?」

「私の名前は神裂火織です。……インデックスを、こちらに引き渡してもらえませんか?」

 

 土御門は思わず掌で顔を覆う。

 あまりにも不器用過ぎる。今のこの状況で、そんな言葉を言われると――――

 

「え!? 何言ってるんですか!? 出来るわけないでしょう!! インデックスちゃんはこんなに苦しんでるんですよ!!」

 

――――当然、こうなる。

 だが、神裂も譲らなかった。

 

「彼女を治すには、学園都市(科学サイド)では無理です。こちら(魔術サイド)に引き渡してください。」

 

 インデックスの状態を前にして、神裂も焦っていたのかもしれない。

 思わず口走ってしまった“科学”、そして“魔術”。

 その言葉に、佐天の脳裏にある疑惑が浮かぶ。

 

「魔術……ひょっとして、あなたが“インデックスちゃんが言っていた”追ってくる“魔術結社”ですか?…………インデックスちゃんをビルから突き落とした“敵”……」

 

 佐天の言葉に、神裂の体が震える。

 

 神裂は、自分はインデックスの敵であったことなど一度もないと自負しているが、傍から見れば――インデックス本人からすれば自分達がどう見えているのかが分からないほど、愚かではない。

 

 自分達が、そう演じてきたのだから。

 

 それを覚悟で、行ってきた行為なのだから。

 

 その時、インデックスが薄くぼんやりと目を開く。

 

「るいこ……?」

「っ!! インデックスちゃん!!」

「ッ!! インデッ――」

 

 インデックスは靄がかかった視界の中で、佐天と、そして神裂の姿を捉え――

 

 

「逃げて……やめて……るいこを傷つけないで……」

 

 

 インデックスは、苦痛で動かすのも辛い体を必死に起こそうとしながら、高熱で充血している瞳から涙を滲ませながら――

 

 

――自身を狙う魔術結社(神裂火織)に、大事な友達(佐天涙子)を傷つけないでくれと懇願した。

 

 

 その言葉で、二人の少女の表情が歪む。

 

 佐天は、自らの危険を度外視にして、自分を気遣ってくれるその優しさに。

 

 神裂は、彼女に自分が今までしてきたことを、改めて痛感させられたその鈍痛に。

 

 

 佐天は涙を袖でゴシゴシと拭き、インデックスに精一杯の笑顔を見せながら言う。

 

「……大丈夫。上条さんが来るまで、あたしがインデックスちゃんを守るから」

 

 その言葉は、魘されるインデックスに届いたかは分からない。

 

 しかし、それでも、佐天はインデックスを守るように、神裂の前に立ち塞がる。

 

 額に冷や汗を浮かべながらも、体をガタガタ震わせながらも、お守りを胸の前でギュッと握り締め、涙を瞳に溜めながら、勇ましく懇願する。

 

 

「お願いします!! インデックスちゃんに、これ以上非道いことしないで!!」

 

 

 神裂は、その言葉をまっすぐ受け止めた。

 

 悪役の役割を、精一杯演じきった。

 

 自分は、こんな言葉をぶつけられるくらいのことを、彼女にしたのだ。

 

 よかれと思ってなんて言い訳はしない。

 

 あの少年が言った言葉は、どうしようもなく、的を射ていた。

 

 逃げていた。怖かった。辛かった。

 

 だから、あの子が苦しむ様から目を背けて、とりあえずに縋った。

 

 この罪は、一生消えない。なら、一生背負って行こう。

 

 神裂は、そう心に誓った。

 

 

 

「いや、違うんだ。コイツは、カミやんが寄越した遣いなんだ」

「え……あなた、は?」

 

 佐天は神裂の後ろから顔を見せた、先程上条の友人と名乗った土御門を見て目を見開く。

 

「カミやんはインデックスの首輪を外す為に、人気のない場所に移動している。神裂はそこにインデックスを連れてくるように頼まれたんだ」

「首輪……?」

「まぁ、分かりやすくいえば、今インデックスを苦しめている呪いのようなものだ。それを外すのは、カミやんの右手が一番手っ取り早い」

「!!」

 

 佐天は項垂れる。

 

 もしそうなら、自分の役目はここで終わりだ。

 

 ここからはヒーローがヒロインを助ける為に戦う時間。

 

 物語のクライマックスに、自分のような凡人はすることがない。

 

 蚊帳の外で、ただ祈るのみ。

 

「…………インデックスを連れて行きます」

 

 神裂は、項垂れたまま動けなくなった佐天の横を通り過ぎる。

 

 この子は、まだ救われる。

 

 インデックスを救うヒーローになれなくとも、このまま物語がハッピーエンドで終われば、再び彼女の友達として笑い合えるのだから。

 

 それは、もう届かない身の神裂としては、とても羨ましく眩しい光景。

 

 神裂は、なるべく佐天の方を見ずに、インデックスを抱きかかえる。

 

「それでは……行ってきます」

 

 佐天は何も言わない。言えない。

 

 そうだ。自分の出番は終わったんだ。

 

 ヒーローが駆け付けるまで、ヒロインを勇気づける、友人A。

 

 その役目を、自分は全うした。

 

 後は、どこかで行われる最終決戦の勝利を、この安全な病室から星空にでも祈るのみ。

 

 それが、あたしの、一般人の、凡人の、モブキャラの、その他大勢の――佐天涙子のポジション。

 

 そうだ。それでいい。

 後は、上条(ヒーロー)インデックス(ヒロイン)を助けて、物語がハッピーエンドになった頃合いで姿を現して、こうして平和な日常に戻ったエンドで、また友人Aとして一役買えばいい。

 

 自分なんかが行った所で、何も出来やしない。足手まといになるだけだ。

 

 だから、これが最善で、あるべき形で、身の丈に合ったポジションで――――

 

 

 

「………………るいこ」

 

 

 

 神裂が佐天の横を通り過ぎる瞬間、インデックスの口からこぼれ出した。

 

 その言葉を聞いた瞬間、気がついたら佐天は神裂のTシャツを掴んでいた。

 

「!?」

 

 神裂が訝しんで振り向く。

 

 何も考えずに思わず取ってしまった行動だったが、言葉は勝手に口から飛び出していた。

 

 

 役割なんてしらない。理屈なんかどうでもいい。身の程なんてわきまえない。

 

 ヒーローになんてなれなくていい。

 

 そうだ。さっき決めたじゃないか。

 

 やれることなんかなくったっていい。

 

 

 ただ、苦しむ友達の傍にいたい。

 

 

 それの何がおかしい。この気持ちは、誰にも否定させやしない。

 

 

「あたしも!! 連れて行ってください!!」

 

 

 佐天は燃えるような瞳でそう言った。

 

 全てがハッピーエンドで終わった日常で、胸を張って彼女と笑い合いたいから。

 

 彼女の友達として、彼女を思いっきり抱き締めてあげたいから。

 

 佐天の握りしめているお守りが、一瞬淡く光る。

 

 

 

 それを見て、土御門は口角を上げて笑った。

 




 この後、最終決戦に選んだ場所が、思ったよりも冥土帰しの病院から遠いことを、こないだちらっとみた学園都市地図で知りまして、だいぶ急ごしらえで改変しました。
 すげぇ、みっともねぇ。

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