上条と神裂の一対一。
上条は、神裂に拳を振るう。
しかし、聖人――神裂火織に、ただの拳など届かない。
チャキン と音が一度鳴る。
七本もの斬撃が上条に襲い掛かる。
七閃。
異能の力など介在しない、純粋な斬撃。
上条当麻の右手など、何の役にも立たない、物理的な圧倒的暴力。
だから、上条当麻は見切る。
七本の閃光のごとき斬撃を、己の身体能力のみで回避を試みる。
一本、二本、三本…………
だが、そこまで。
残る四本の斬撃は上条を切り裂き、吹き飛ばした。
上条は再びスタート地点まで吹き飛ばされる。
そして、神裂との間に壁を作るべく、
チッ と上条は舌打ちする。
どの傷もパックリと出血するほど見事に切れてはいるが、致命傷ではない。
だがやはり、神裂の七閃を全て避けきることは出来なかった。
数々の戦いを経験し、前兆の予知を手に入れた上条ではあったが、それは“異能の”前兆を無意識に感知しているものなので、今回は役に立たない。
後は、踏んだ場数による経験値頼りなのだが、それもプロの魔術師である神裂相手だとアドバンテージにならないだろう。
そして、幻想殺しの“新たなる力”も、異能の力に頼らない今の神裂には使えない。
自身と聖人の相性の悪さを改めて実感し、上条は冷や汗を一筋流した。
一方の神裂も、上条当麻という存在に恐怖を感じ始めていた。
当初、神裂は、危害を加えるつもりなどなかった。
土御門を通してコンタクトをとってきたことから、ある程度魔術サイドの事情に精通していると考え、自身の聖人としての力を見せつけ、戦意を喪失させようと考えていた。
だからこそ、戦闘は極力ステイルに任せ、自分は七閃を脅しで使う、くらいで収めようと思っていたのだ。
だが、少年は
そして、気圧された。
少年の眼力に。
自身の行動に何の迷いもなく、ただ貫く。そんな圧倒的な覚悟を持った光輝く瞳に。
神裂は反射的に七閃を放ってしまった。
しまった! と思った神裂はそこで信じられないものを見た。
避けていたのだ。一本、二本、と神速で放たれたワイヤーの斬撃を。
近づいてくる。
自身にはない、強靭な覚悟を持った、確固たる意志を秘めたあの瞳が。
神裂は四本目を咄嗟に操作し、上条当麻に叩きつける。
必然的に、残りのワイヤーも上条に命中した。
上条当麻が吹き飛ぶ。そこで、神裂は我に返った。
自身と少年の間に、再び炎の壁が現れる。
神裂は、震えていた。
今、自分は、少年を傷つけた。
他でもない、自分自身を守る為に。
Salvare000(救われぬ者に救いの手を)。
そんな魔法名を名乗る自分が、わが身可愛さに他者を傷つけてしまった。
両腕で自身の体を抱き唇を噛み締める神裂に、少年の声が届いた。
「答えろ! なぜ、仲間のインデックスを襲う!」
神裂の体が震える。
今の神裂は、上条が怖くて仕方がない。
そして、次の上条の言葉は、そんな神裂火織の心を大きく揺さぶるものだった。
「お前のその力は! 誰かを守る為に手に入れた力じゃないのか!? なんでその力を、仲間を傷つけるためなんかに使ってんだ!!」
神裂の、震えが止まる。
「お前は何をやってるんだ!? こんなことが、お前のやるべきことなのかよ!! 本当にやりたいことなのかよ!? 何をそんなに怖がってるんだ!!? 神裂!!!」
「――――――――うるっせぇんだよ!! ド素人がぁ!!!」
神裂が、吠える。
その瞬間、神裂の鞘ごと薙ぎ払った一閃が
そのことを上条が認識した
上条は、とっさに両手を顔の頭上に構え、即席の盾を作る。
この後に活躍の場が残っている
神裂はそんな上条の小細工などまるで考慮に入れず、ただ思いっきり振り下ろす。
ドガッ!! と強烈な一撃を受けた上条の左腕が、メキィと不自然な音を発した。
「―――――がっ……」
聖人の感情の爆発を乗せた一撃が、素手で建造物を破壊する威力を持つ攻撃が、上条を襲った。
嫌な音がした。左腕が骨折したのかもしれない。意識を刈り取らんとする激痛が上条を苛む。
アウレオルスが鍼を取り出し
そんな中でも、神裂の爆発は止まらない。
持て余す感情を、抑え込んでいた不満を、溜め込んでいた苦悩を、上条に吐き出す。
「インデックスはね! このままだと死んじゃうんですよ!! 完全記憶能力の影響で、一年周期で記憶を消さないと死んでしまうんです!! 私達だって、好きでこんなことをしているんじゃないんですよ!!! アナタに何が分かるんですか!! インデックスと会って間もないあなたなんかに私達の何が分かるんです!!? 私達が!! 何もせずに!! ただあの子の運命を享受したと! 本気でそう思っているんですか!!? 頑張りました! 頑張ったんですよ!! 思いつく限りの手段を試し!! 考える限りの可能性を試しました!!――でもダメでした!! どんなに頑張っても!! 一年後には私達は他人なんですよ!! 始めからやり直しなんです!!…………もう、私達には、耐えられない。あの子の別れ際の悲しそうな笑顔も。目が覚めて、全てを忘れた時の他人行儀な挨拶も。…………もう、見たくない」
神裂の体から、ゆっくりと力が抜け、地面に座り込む。
上条は、両腕を盾にしたままの体勢から、地獄の底から聞こえてくるかのような低い声で、呻るように言った。
「…………そんなの、ただのお前らの逃げだろう」
ビクッ と神裂は震えた。
そして、恐る恐るといった、怯えるような挙動で、上条を見上げる。
「お前らがインデックスの敵としてアイツを襲うのは、インデックスの記憶を消してアイツを生き長らえさせるという名目で、インデックスから逃げただけだ。インデックスと思い出を作ることから、それを失う悲しみから逃げただけだ。そうやって自分が傷つくことから!! 逃げたかっただけだ!!! 本当にインデックスのことを思うなら、せめてインデックスの記憶が保つ一年間を、幸せに過ごせるようにするべきじゃないのか!!? 信じるものが誰もいなくて!! ただ命を狙う敵からの逃亡生活を続けるだけの一年間を過ごすことが!! そんな一年を繰り返すことが!!! 幸せなわけねぇだろうが!!! インデックスの記憶が一年しか保たない……その状況を一番利用してたのはお前らじゃねぇのかよ!!!」
上条は憤怒を叩きつける。
目の前の聖人に。
そして近くにいるであろう、赤髪の神父に。
燃えるような左手の激痛を無視して。
不甲斐ない、本来自分なんかよりもはるかにヒーローの素質を備える彼女への鬱憤を。
情けない、本来自分なんかよりもはるかにインデックスの隣にいるべき資格を有する彼への激情を。
神裂は、泣きそうな顔で、上条を見上げる。
目に涙を溜め、震える声で、子供のように訴える。
「じゃあ……どうすればいいんですかぁ」
神裂は、懇願する。
見栄も、立場も、恥も外聞も金繰り捨てて、目の前の、素性も所属も不明の少年に。
ただ、親友を助けるために。
「あるんですか、彼女を助ける方法が?…………もう、彼女を苦しめなくてすむ、そんな幸せな未来を、作り出す方法が。そんな都合のいい
そして、顔を俯かせ、敬虔な教徒のように、救いを求めた。
「あるなら…………助けて」
上条は、涙を流す神裂に、誰よりも他人の苦しみに心を痛める優しい聖人に、微笑む。
膝を折り、座り込む神裂に目線を合わせ、右手を頭に乗せる。その
「ああ。一緒にインデックスを助けよう」
×××
「まずは始めに、俺は魔術結社の人間じゃない。正真正銘、この街の――科学サイドの人間だ。もちろん、土御門のようにスパイというわけでもない」
上条は開幕一番にそう告げた。
それを聞いた神裂は、先程泣き顔を見られかことが恥ずかしかったのか、少し顔を赤くしながら、不機嫌に反抗する。
「…………それを信用しろ、と?」
「出来ないだろうな。まぁ、そこら辺を信じてもらうのは追々でいい」
上条はそんな神裂火織(18)の年上らしからぬ振る舞いに苦笑しながらも話を進める。
そして、上条は表情を引き締め、問題の核心から切り込む。
「まず、科学サイドの人間として言わせてもらう。記憶のし過ぎで脳が圧迫されて、死に至る。そんなことはありえない」
神裂が絶句する。
だが、今まで幾度となく目の当たりにしてきたのだ。インデックスの苦しむ姿を。
当然、信じられない。
「そ、そんなことはありえません!! 現に!! 彼女は毎年一年周期で苦しんでいる!! 記憶を消さなければ死んでしまうくらいに!!」
神裂は叫ぶ。
認められない。
それならば、自分達がしてきたことはなんなのか?
上条は、そんな神裂の混乱を鋭く見据えて、根拠を提示する。
「全世界に、瞬間記憶能力者はアイツだけじゃないだろう。彼らは普通に、他の一般人と同等の寿命を全うする。インデックスのように、記憶のし過ぎで脳がパンクするなんて症状の人はいない」
「け、けれど! 彼女は103,000冊の魔導書を――」
「知識を記憶する『意味記憶』と、思い出を記憶する『エピソード記憶』はまるっきり別物なんだよ。容れ物が違うんだ。だから、意味記憶の103,000冊を守る為に、一年周期で
だからこそ、どこかの可能性として、神裂とステイルがインデックスを救う世界も存在したのだ。
なんてことはない。科学は信用できないだの、これは魔術サイドの問題だのというくだらない意地さえ捨てていれば、普通に気づけたことなのだ。
神裂は、顔面蒼白といった表情で、それでも信じられないとばかりに上条に言葉を、激情をぶつける。
「で、でも!! それならなぜ、インデックスは――」
それに、上条は淡々と答える。
「禁書目録」
上条の言った単語に、神裂の動きが止まる。
「103,000冊もの魔導書を記憶させ、これらの力を使いこなせば魔神に匹敵するって代物なんだろ。だから、お前達は俺がそれを利用する魔術結社の手先としてアイツを狙ってるって勘違いしたわけだ」
「……それがどうしたっていうんで――」
「そんなものを作り出した連中が、なんの“首輪”もつけずに放置しておくと思うのか? そして、こんな極東の島国までお使いに出される下っ端のお前達に――それもインデックスに近しくて、純粋に戦闘力の高いお前らに、反乱を起こされたら厄介極まりないお前らに、ご丁寧に本当のことを説明してくれると思ったのか?」
神裂は、今度こそ絶句する。
上条は、そんな神裂に構わず、暗くなって遠くまで見通せない闇に向かって大声で言う。
「ステイル!! どうせ近くにいるんだろう!! 聞こえたか!! インデックスは救える!! 助けることができるんだ!! それでもお前はまだ“とりあえず”に縋るのか!! 答えろ魔術師!!」
上条の訴えが、夜の公園に響き渡る。
今、この公園には当然のように人払いの結界が作用している。
だから、この叫びを受け取ることが出来るのは、その結界を作ったたった一人。
「…………なら、君は――」
闇の中から姿を現したのは、間違いなくステイル=マグヌス。
彼は、まず初めに上条当麻を睨みつけ、そしてその上条の傍らに佇むアウレオルスに目を向ける。
「――どうやって彼女を助けるっていうんだ。僕には出来なかった。そこのそいつにもできなかった。なら君は、どんな奇跡で、彼女を救うっていうんだい?」
上条は笑う。
そして、不敵に言い放つ。
「奇跡?逆だよ。この神様を殺す右手で、そのふざけた
もう一つ作品の方のストックが尽きましたので、禁書目録編が終わるまでこちらを連日更新でいきたいと思います。