『……間に合わなかった?』
『ちまちま戦うなんて面倒臭えな。世界でも終わらせてやるか』
『……なんだ? ここは東京湾だろう! 「グレムリン」の本拠地で、「
『……どうやら、スケールの関係の認識に狂いがあるようだが、私が破壊したのは「地球」なんて小さな惑星の話には留まらないぞ』
『お前が何を考えているかなんてどうでもいい。……ここで挫くぞ。お前がメチャクチャにしてしまった全てを、どうにかして元に戻す!!!』
『良いだろう。……たかだか十数年で獲得したものがどれだけ矮小だったのかを教えてやる』
『上条当麻。貴様があんなことをしなければ、誰も死なずにすんだんじゃない!!』
『よくもまあ……こないな所まで顔出せたもんやな。今のカミやんだったら、冗談抜きに広場に磔にされたってみんな拍手喝采するだけやろうに』
『確かに当麻は私と妻の子供です。……しかし、私は気づいたのです!! 上条当麻という絶対悪を滅ぼすには、彼をよく知る者の協力も必要だと。私達に、過ちを正すチャンスをください!!』
『私が変えたのは、「見方」だ。お前は一歩間違えればこういう扱いをされて当然のことをしてきたんだ』
『いつまで寝ぼけてるつもりなのよ、『上条当麻』!!』
『誰もがいつかやってやると夢見ていても、真正面から実行するのは『カミやん』以外にゃありえないんだぜい?』
『『とうま』! わたしの「おでん欲」はこんなもんじゃおさまらないんだよ!』
『……なん、なんだ、あれ? あの、見たことも聞いたこともない、『上条当麻』と呼ばれていた……あいつは誰なんだ?』
『あいつらにとっては誰でもいいのさ。「助けてくれれば」彼らの信頼や好意はよそに向いていた。――『上条当麻』になんて、誰だってなれたのさ』
『いくつもの世界を作った。いくつもの絶望を見せた。お前はまだ絶望しないのか?』
『……お前は何かを壊しているわけじゃない。余分な歯車を無理矢理はめ込ませるんだ。だったら、この「
『……エリス? アニェーゼの両親? ヴェントの弟? 木原加群? どうなってる!? なんで、“死んでるはずの人物が”!?』
『否定しろよ。世界を変えることが悪なら、この“事件も失恋も借金もない”歪みきった世界を否定してみろよ』
『お前は、ずるいよ』
『俺が生まれる前の悲劇もあった。俺の知らない、手の届かない事件もあった。そんなのどうやって助けろっていうんだよ!!』
『守るか、壊すか。どっちみち、お前は二つに一つしか選べない。』
『……俺に、どうしろって言うんだ』
『この世界は完璧だ。「上条当麻がいないことを大前提」として作られた世界だ。逆にいえば、お前がいるだけで誤作動を起こす』
『自分の命に決着をつけろ。それ以外に、この世界を守る方法はない』
『この世界は完璧だ。
悲劇的に死んだ人間はいない。
争いは全てなくなっている。
多少の違和感よりも快感が優先されるようにできている。
アリサも復活している。
妹達も一方通行が一人残らず助けたようだ。
インデックスも、すれ違う俺に目もくれず、真っ先に神裂とステイルの元へ走り去っていく。
これが、一番幸せで、正しい形なんだ』
『人生の終わりには最高の場所だよ、オティヌス。俺の手じゃ、ここまでのものは作れなかった』
そして
上条当麻は
地上300メートルのビルの屋上で
「幸せで正しい世界」を目に焼きつけて
足を踏み出し
落下し
た
【おいおいふざけるな、「上条当麻」。この俺の宿主が、あんな「魔神」程度に唆されてゲームオーバーしてんじゃねぇよ】
×××
「っ! ……はぁ……っ………はぁ……ッ」
上条当麻は風紀委員177支部の応接間のソファーで目を覚ました。
どうやら昨日、溜まった書類作業を一人残って消化していたらそのまま寝てしまったらしい。
Yシャツは汗でぐっちょりと濡れていた。主に見てしまった悪夢が原因だろうが。
(………久しぶりに見たな。あの時の――)
あの後、気づいたら上条は元の世界にいた。
正確には、“元の世界と思われる世界の「過去」の世界”にいた。
上条の意識が戻ったのは、幼い上条が学園都市に足を踏み入れた、その瞬間だった。
残念ながら“今”の上条には“前回”のその頃の記憶はないので、おそらくは前回と同様だったのだろうという言い方しかできないが、オティヌスが作った世界にしてはあまりにも“普通”だったし、今現在に至るまでオティヌスは一向に姿を現さない。
どうしてこうなったのか。
あの時の、あの“声”が原因なのか。
オティヌスの方には記憶が、力があるのか。もしあるなら、どうして行動を起こさないのか。
あの「幸せな世界」はどうなったのか。
気になること、分からないことだらけだった。
分かるのは、上条の右手に変わらず宿る――「
×××
「
路上に一人の少年の怒声が響き渡った。
それを聞き名も無きモブキャラ達は「なんだとぉ」「なまいきなぁ」「やっちまえぇ」とおなじみのセリフと共に襲い掛かり――特に見所もないままに返り討ちに遭う。
上条当麻と4人のスキルアウトの戦闘ともいえない戦闘は5分とかからず終了した。
かつての上条は、一度に相手にする不良は3人が限度だったが、幾多の困難を乗り越え、風紀委員としての訓練も欠かさない上条は、今や無能力者同士の拳の喧嘩も前回の上条を大きく上回っていた。
その後、上条は
空はすっかり夕焼け模様。
日も長くなってきたなぁ~なんてことをのんびり考えながら歩いていると――。
「アンタ! 見つけたわよ!!」
ここ最近すっかりお馴染みになったセリフが背後から聞こえた。
「ん? なんだ、またお前かビリビリ」
「ビリビリ言うな! 私には御坂美琴って名前があんのよ!!」
ここまでがお約束である。御坂の方は本気で怒っているが。
「で、こんな放課後の貴重な時間に何の用だ?」
「決まってんじゃない! 勝負よ、勝負! 今日こそ決着つけてやるんだから!」
「悪い。これから特売なんだ。じゃあな」
「即答!?」
その答えは予測していたので――っていうかここのところずっとなので――インターバル0秒で上条はお答えし、くるっと帰宅を再開する。
「待てって……言ってんでしょうが!!」
そう言いながら、御坂は上条の背中にドロップキックをしかける。前までは普通に電撃をお見舞いしていたのだが、この前町中で発電したら、上条がわりと本気で怒り、本気で凹み、本気で反省した為、少なくとも町中では無闇矢鱈に電撃を振り回さないようにしている御坂美琴であった。
上条は背後を確認することもなくさらっと避けながら、はぁと溜め息をついた。
このまま適当にあしらって御坂のストレスが溜まると、我慢できずに電撃をぶっ放すかもしれない。前科多犯の為、上条は御坂の理性にそこまで信頼を寄せていない。
しょうがないと上条は逃走を開始する。周りを巻き込まない場所まで御坂を誘導するために。
「待ちなさい!」
御坂は迷いなく上条を追走する。良くも悪くも素直な子なのだ。
×××
「はぁ……はぁ……はぁ……、もう……逃げられないわよ……」
膝に手を突きながらも御坂は不敵に笑う。ここは路地裏。上条の背後は行き止まり。そして、出口(入ってきた入口)との間には自分がいる。
完全に追い込んだ。と、御坂は思っている。
まったく息が上がっていない上条は行き止まりの壁を見ながら、再び大きな溜め息をつく。これで完全に特売に間に合わないと。
「わかったよ。やるよ。しかし、御坂も懲りないよなぁ~。いつも会う度に勝負を挑んでくるけど勝てた試しないじゃんか」
「な、なによ。私だって一発ももらってないんだから引き分けよ! 今日こそ私が勝つんだから!」
上条に久しぶりに名前を呼ばれちょっとドキッとしながらも、御坂は頑として負けを認めない。
そんな御坂を見て上条は苦笑し――鋭く目を細め、闘気を纏った。戦闘モードだ。
「よし。やろうか」
上条の雰囲気が変わり少し気圧されるも、必死に自分を奮い立たせ、無理矢理笑みを作る。
「……そうこなくっちゃ」
御坂は自分の自慢の電撃を上条へと走らせる。
上条はまったく避ける素振りすら見せなかった。
「あれ? あの人、御坂さんじゃないですか?」
「ん? あ、ほんとだ。おーい御坂さーん」
路地裏の出口でぼおとしていた御坂に、先日できた友人の初春と佐天が声をかけた。
「初春さん……佐天さん……」
「どうしたんですか、御坂さん?」
「さっき凄い音がしましたけど、大丈夫でしたか?」
「っ! え、えっと、大丈夫よ、全然平気!」
路地裏は
そんな中、ある少年の右手があった場所を起点し、そこから扇状に元々の白色を保っている場所があった。
今日も、御坂美琴は上条当麻に勝てなかった。
×××
上条は自身の右手を見つめ、時折握っては閉じたりしながら帰り道を歩いていた。
普段使う分には全くなんの変哲もないただの
だが、
なんというか、疼く。
まるで、中にいる猛獣が、空腹を訴えかけるように。
しかし、その後日常を送っている最中では、前回と変わらない不幸を呼び寄せ右手首から上のみでしか能力を打ち消せない、通常の幻想殺しだった。
だが、明らかに違う。
それがパワーアップなのか、隠されていた力の解放なのか、それともまったく違う何かなのかは分からない。
それは一度、姿を現した。
過去に“
それ以来、上条は少し自分が恐ろしくなった。
まさか自分にあんな力があるとは思いもしなかった。
あれは一歩間違えれば、容易く世界中を危険に晒す力。
オティヌスが見せた最初の世界のように、世界を敵に回すことになるかもしれない。
だが、同時にこうも思っていた。
この力があれば、前回救えなかった人達も、救えるかもしれない。
上条は未だに、オティヌスが最後に作った「幸せな世界」が忘れられない。
文字通り、死んでも守りたかったあの世界の幻想に、上条は憑りつかれたままなのだ。
×××
「暑い……なんで私がこんなことを……」
御坂と白井は炎天下の中、有名校特有のだだっ広いプールを二人だけで延々と清掃していた。
あの後、初春と佐天を自分の寮の部屋に招待しなんやかんやあった後、いつも通り(いつもより?)暴走した白井によって一騒動あり、地上最強の寮監さまの怒りを買ってこの罰を命じられていた。
あの人の戦闘術を学べば自分もあの馬鹿に勝てるんじゃ……と半ば真剣に検討していると、媚薬入り特製ジュースをどう御坂に飲ませようか思索していた白井がやけにおとなしいことに気づく。
ふと見ると、何やらクラスメイトと話しているようだ。
その白井と同い年(自分より年下)の少女と自分との胸囲の戦闘力の違いに軽く絶望していると、白井が彼女らを紹介してきた。
「お姉さま。こちらわたくしのクラスメイトの湾内さんと泡浮さんですわ」
「こんにちは」
御坂が笑顔で返すと、二人は少し赤面しながらお辞儀をした。
「それで、こちらは――」
白井が続いて御坂を二人に紹介しようとすると。
「あの……失礼ですが“御坂様”では?」
「ええと、そうだけど……」
「っ! やっぱり!」
二人の少女は揃って顔を輝かせた。
「ああ。あの時の……」
御坂は二人の話を聞き、この少女たちと面識があることを知った。
その日、御坂はいつも通り某ツンツンヘッドの不幸な少年と追いかけっこをしていた。その時、偶然この二人が数人のスキルアウトに絡まれていたところを助けたのだ。にしても、この街の
「はい! あの時は助けていただいて――」
「――ありがとうございました!」
二人は深々とお辞儀をした。
御坂は大げさだなぁと苦笑しているが、世間知らずのお嬢様からしたら、いくら自分が能力を持っている――常盤台生はその全員が
そんなところを助けてくれた御坂は、元々から抱いていた憧れと相まってまさしく二人にとってはヒーローのような存在になったのだろう。
そして、当然――。
「あの! ご一緒にいらした殿方にもお礼を申し上げたいのですが!」
「お会いできないでしょうか?」
「うえっ!?……ええと、それは……」
そう。上条も二人にとってはヒーローなのだ。
がさつなスキルアウトに絡まれ男という存在に幻滅しかけたときに、颯爽と現れ
が、しかし、御坂は上条の連絡先を知らない。
それどころか、住所、果ては通っている学校すら知らない。
付けている腕章と白井や初春の話から、上条が風紀委員ということは知っているが、基本的に会う――というより出会う――のは道端でバッタリだし、会っても毎回「勝負しなさい!」なので、碌に会話も成立しない。
なので、御坂から連絡をとって上条に会うのは無理なのだ。
それをどう伝えようか御坂が唸っていると、それをどう勘違いしたのか、湾内が申し訳なさそうに尋ねる
「ひょっとして……お付き合いしていらっしゃる殿方に他の女性を会わせたくないとか?」
「ぶっ! な、なに言ってるのよ、湾内さん! 私とアイツは――」
「付き合ってなんかないわ~☆」
御坂が必死に否定しようとすると、それよりも早く突然現れた金髪美人が食い気味に否定した。
「な! 食蜂操祈!!」
「え、食蜂様!?」
「どうしてこんなところに!?」
湾内と泡浮も目を見開いて驚く。
食蜂も常盤台では御坂に負けず劣らずの有名人だが、御坂が表のスターなら、食蜂は裏のクイーンだ。
めったに見ることのできない「常盤台の女王」。それももう一人のトップであり、お互いを敬遠している御坂との2ショットとなるとレアなんてものじゃない。
彼女達は完全にパニックだった。
「上条さんと御坂さんは、たまに会って喧嘩するくらいで恋人どころか友人というのも怪しいくらいよぉ~。そうよね? 御坂さ~ん」
「…………そうね」
上条本人に聞けば「あいつは友達だ♪」と爽やかに答えそう――それもそれでなんとなく釈然としないが――だが、傍から見ればその表現が一番しっくり当てはまるだろう。実際自分も否定しようとしたし。
しかし、なぜか他人から、特に食蜂から断言されるのは腹が立った。
「それで……何しにきたのよ、食蜂?」
「別にぃ。御坂さんがなんか面白いこと(プール掃除w)やってるていうから冷やか……応援しに来てあげたのよ。そしたら、上条さんと付き合ってるなんて妄言を臆面もなく口にしてるからぁ」
「だから、私が言ったわけじゃないわよ! 私があ、あの馬鹿とつ、付き合ったりするわけないでしょうが!!」
常盤台の2トップが言い争うのを少し遠目で見ていた二人は、この二人をここまで取り乱させるあの殿方は何者なのだろうと不思議に思っていた。
「え~と、お二人さん?」
すると、しばらく会話に参加していなかった白井がやれやれといった感じで、湾内たちに話かけた。
「おそらくその方はわたくしの風紀委員の先輩ですの。お会いしたければ、都合のつく日にわたくしにご連絡ください。セッティングさせていただきますわ」
「ほ、ほんとうですか!?」
「ありがとうございます!!」
御坂と食蜂のリアクションを見て、上条に対する興味が膨れ上がっていた彼女達は白井の申し出に感謝した。
二人の喜びようを苦笑しながら、白井は、御坂、佐天、そして湾内に泡浮と着実にフラグを建てまくる上条に呆れとちょっとした怒りを覚えていた。
×××
御坂との路地裏バトルの次の日。
「うい~す」
気だるげな挨拶とともに風紀委員177支部に入室した上条は誰もいないことにちょっとした寂しさを覚えていた。
まぁ、鍵を開けたのが自分なのだから当然なのだが。
今日はここに来るまでに珍しく不幸に巻き込まれなかったので、いつもよりだいぶ早めについてしまった。
しょうがないので、自分用にコーヒー(紅茶は口に合わなかったので、コーヒーメーカーを固法に頼み込んで経費で買ってもらった)を淹れ、苦手な書類仕事にいそしんでいると、ガチャと扉が開き、支部に来客が訪れた。
「縦ロール?」
「はい。お久しぶりです。上条様」
食蜂の側近の縦ロールだった。
本名をいくら尋ねても「わたくしのことは縦ロールとお呼びください♪」と素敵な笑顔で言われるので上条は本名を聞くのを諦めた。何が彼女をそこまでさせるのだろう。
「食蜂の側に居なくてもいいのか?」
彼女は側近だけでなく、食蜂のボディーガードの役割を果たしていたはずだ。
食蜂は
そんな相手と相対した時、食蜂はただの運動音痴の中学二年生と化してしまう。
いざという時、食蜂を守るのが“戦闘向き”の
だから彼女は時に傍で、時には影から食蜂を守る。
そんな彼女が食蜂から離れて、ここにいる。
これだけで、相当の事態だということを上条は察した。
「
その言葉を聞き、上条の顔付きが変わる。
「上条様――“
どうやら、上条当麻の本日の不幸はこれからのようだ。
そして、上条当麻の新たなる