気絶しているステイルを見下ろしながら、上条は制服の内ポケットから取り出した携帯で電話を掛ける。
「もしもし。今、大丈夫か、土御門?」
『どうした、カミやん。もう済んだのか?』
「ステイルは倒した。そっちはどうだ?」
『…………
土御門は上条の規格外っぷりに引いていたが、すぐに聞かれたことに答える。
『神裂火織は捕捉している。いつでも接触可能だにゃ~♪』
「そうか。なら、さっそくこちらのことを伝えて、ステイルを回収させてくれ。ついでに人払いの結界と、ここらへんにばら撒いてるだろうルーンのカードも全部。――――それから、今夜八時、街外れの公園で待つ。インデックスのことで話がある、と伝えてくれ」
『……了解だにゃ~。……分かっているとは思うが、カミやん。ねーちんは聖人。こういっちゃなんだが、ステイルのようにはいかないぜ』
「分かっている。だから、アイツを連れていく。後のことは…………任せたぞ」
『…………分かった。お姫様は任せろ』
上条は電話を切り、ステイルをベンチに寝かせた所で、再び電話をかけた。
「もしもし、御坂?」
『ちょっと、アンタ今どこいんのよ!? 急にいなくなるし、電話通じないし、なぜかこっちは病院に辿りつけないし!?』
上条は電話口から轟く怒声に、思わず耳から電話を遠ざけてやり過ごし、落ち着いた所で再び耳に当て、質問に答える。
「…………実は、上に呼ばれてな。単独行動の件で色々と絞られてたんだ。そんで、一人で病院に向かったら、まだお前たちが来てなくてな。それで電話したんだよ」
『一言くらい声かけていきなさいよね。…………こっちもすぐ近くまできているはずなんだけど、なぜかたどり着けないのよ。ナビも目的地周辺って言ってるんだけど……』
学園都市のカーナビゲーションシステムは、世界一高性能で正確だ。
100%の的中率を誇る天気予報を実現させる衛星システムを誇る学園都市の技術力が、単純な道路ナビゲーションを失敗するなどありえない。渋滞情報すら、統計学や集団心理学まで応用して、数週間単位で言い当てるレベルである。
それがミスリードするなどありえない。これを使えば某765プロのAさんでもない限り、迷子などあり得ないのだ。
だが、その現象の元凶も、それがもうすぐ解除されることも知っている上条は、その病院の敷地内から出ながら何でもない風に言った。
「……そうか。生憎、俺はまた仕事に行なきゃならない。合流することはできそうもないんだ。……それに、もうすぐ面会時間が終わるからな。佐天には俺が言っておくから、明日の面会時間一番で行ってやったらどうだ? どうせ、夏休みだろう?」
『………………でも』
気持ちは分かる。
今回の
そんな佐天に事件の終結を一刻も早く直接告げたいのと同時に。
伝えたいのだろう。気にするな、と。
そして、これからも一緒に頑張ろうと。
私達の友情は、変わらない、と。
御坂だけではない。白井も、そして何より初春が。
そうしてようやく、
上条もそれは重々承知だった。
そして、それを出来ることなら叶えてやりたかったが、今は、タイミングが悪い。
インデックスがいる。
インデックスに関わるということは、それはすなわち魔術サイドの最奥部に関わるということなのだ。
上条は、出来る限り科学サイドの人間を魔術サイドの問題に関わらせたくなかった。
すでに佐天を巻き込んでしまったことも痛恨の極みなのだ。
そして、これは一人も二人も変わらないという問題ではない。
この後、首輪から解放されたインデックスと友達になる分なら大きな問題にはならないだろうが、この後の幾つかの行程で、インデックスの運命は180°変わる。
はっきり言って、バードウェイのように、何も知らない無知で科学な子供達に文庫本一冊分の説明をしている時間はない。
だから、上条は心を痛めながら、少々卑怯な手を使った。
「佐天は病み上がりだ。無理させてやるな。それに病院には他の
『…………分かったわよ。それじゃあ、せめてアンタだけでも、ギリギリまで傍にいてあげて』
「…………悪いな。初春の説得は骨が折れるだろうが、よろしく頼むよ」
今の悪いなは、二つの意味が込められていた。
上条は、佐天の傍にいてやれない。
逆に、佐天にインデックスの傍に居てもらっていた。
上条は、自分はこっちの世界に来て、嘘と隠し事がうまくなったと思う。
慣れはしないけれど。
これが大人になるということなのか。精神年齢では数万歳の上条は少し悲しくなった。
上条は、歩き出す。
いまだ自身に嘘を吐き続け、自分の心を痛め続ける優しい聖人を救うため。
もう一人の、インデックスの為に命を懸ける男の元へと。
×××
上条当麻が足を踏み入れたのは、12階建ての四棟のビルが『田』の字に配置されたある商業ビルだった。
学園都市では比較的珍しくもない、風景に溶け込む程度の個性。
ここはある意味で学生の街――学園都市らしい施設だ。
上条はそんなビルの外観にまったく注意を向けず、あっさりと中に入る。
そして、東西南北の四棟十二階というそれなりの部屋数を誇るこの施設の中の、たった一つの目的の部屋に最短ルートで辿りつく。
北棟の最上階。
校長室。
この施設――――予備校『三沢塾』学園都市支部校の長が居るべき、ワンフロア丸々使ったこの広大な空間に、この街の教育事情に何の知識もない、一人の“
上条はノックもせずにその部屋の扉を開けた。
部屋の主である緑髪にオールバックの純白スーツの男は、そんな上条の態度に眉を潜めるどころか、待ち人がついに現れたといった歓喜の表情を浮かべた。
「……ふむ。ついに時は来たか」
「ああ。インデックスが、この街に来た」
上条は言う。
かつて、インデックスの
一人の少女の為に、全てを捨て、世界を敵に回した男に。
告げるべき、たった一言を。
「インデックスを助ける。力を貸してくれ」
その男――――アウレオルス=イザードは、簡潔に答えた。
「当然。この力は、彼女の為に」
×××
病院の一室。
そこでは佐天涙子がインデックスとガールズトークを繰り広げていた。
検査の結果、後遺症のようなものも見つからず、明日には無事退院することが決まった佐天。
すでに面会時間は終了しているが、行く宛のないインデックスは、ここで一夜を明かすことになった。
始めは佐天を巻き込んでしまうことを危惧していたインデックスだったが、上条にインデックスを頼まれた佐天は頑として引かず、インデックスも行く宛がないのは事実だし、あれから追手も現れないし、上条をこのまま放っておけないけれど連絡がとれるのは佐天だし等々の理由で、好意に甘えることにした。
年齢は同じくらいだが、住んでいた国も、育った環境もバラバラ。
従って話の話題は、上条のことが多くなった。
二人とも上条との付き合いは浅い。
インデックスに至っては一分くらいしか会っていないのだが、意外に話は盛り上がった。
話し手の佐天が話上手というのもあるが、やはり上条に関するエピソードは一つ一つが波乱万丈というのが大きいのだろう。
それぞれにドラマがあり、盛り上がり所や笑い所がたくさんで、二人とも終始笑顔だった。
「――――そこで、上条さんがバッ!と飛び出して、敵の攻撃を打ち消したんだよ!」
「へぇ~。とうまは、そういう能力者なの?」
そして、上条の武勇伝を語るには、上条の右手――
だが、その話を語る佐天の表情は、少しだけ暗かった。
彼女からしたら、自分と上条の住む世界を決定的に違える部分だから。
「……超能力じゃなくて、生まれつきらしいけど」
「……そのとうまの右手って、もしかして魔術も打ち消せるの?」
「え? どうだろう――」
その時、佐天は思い出した。
『俺の右手には異能の力なら何でも打ち消す『
上条はそう言っていた。
異能の力。超能力とは言っていない。
もしかしたら、上条はこの時すでに魔術の存在を知っていて、それであんな言い方をしていたんじゃないのか。
佐天はそんな見解をインデックスに話した。
そして、それを聞いたインデックスは顎に手を当て、何か思考し始めた。
「……インデックスちゃん?」
「……とうまはよく『不幸だーーーー!!』って言うんだよね」
「うん。実際、上条さんはツイてないんだよ。よく財布は落とすし、おまけつきのおまけが付いてなかったり、自販機にお札呑まれたり。それになにより、しょっちゅうトラブルに巻き込まれちゃうし」
先程、散々盛り上がった上条の不幸エピソードを、
「たぶん、とうまはその右手の力で神様のご加護とか、運命の赤い糸とか。そういうのも打ち消してしまっているのかもね」
「――――――え?」
「その
佐天は、インデックスの話に絶句した。
もしそれが本当なら。真実なら。
言うならば、上条の特別な力は、自身の幸福の対価ということになるではないか。
それは、果たして等価か?
「何が一番の不幸って、そんな力を持って生まれたことが不幸だよね」
そう言って、インデックスは憂いの篭った目で、窓の外を見る。
もうすっかり暗くなり、遠くまで見通せない外を。
自身が持ちこんだ不幸に巻き込んでしまった少年を思って。
佐天は、いたたまれなくなり、「ちょっとジュース買ってくるね」と言って、インデックスを残し、病室を後にした。
誰かが配慮してくれたのか個室だったので、少しくらい外してもインデックスのことはバレないだろうと思ったのだ。(もうすでに結構なボリュームの声でおしゃべりをしていたのだが)
暗い、最小限の明かりのみの病院特有の廊下で、佐天は考える。
自身が羨んだ特別な力を。住む世界が違うと嫉妬すら通り越して絶望すら感じた主人公のような能力を。
インデックスは、持って生まれたことが不幸な力だと言った。
確かに特別な、凄い力だ。
だが、考える。
もし、自分が上条と同じ能力を持っていたとしても、上条のようになれたか?
能力を無効化する右手。
はじめに聞いたときは、チートだ、無敵だと思ったものだが、もし、自分の右手がそういう力を宿していたとして、例えば御坂に勝てるか?白井には?食蜂には?縦ロールには?
勝てない。おそらく勝てない。
そして、その力の代価は、己の幸福だという。
例えばさっきのエピソード。あれは上条だから笑い話や武勇伝になったが、もしそれが自分の日常だったらどうだ。
毎日のように不良に絡まれ、危険な事件に巻き込まれ、度重なる不幸に襲われる。
少なくとも、代わりたいとは思わない。たぶん、心が折れて、絶望する。
それが代価。特別な力を持つ代わりに、払うべき代償。
上条も背負っている。
ヒーローであるが故のデメリットを、きちんと享受している。
佐天は、そんなことにすら気づかず、安易に力を求めた。
持つもののいい面しか見てなかった。
自分の浅さ、浅ましさが、改めて嫌になる。
ガコン
自販機で二本のジュースを購入する。
その内の一本――自分用にと購入したヤシの実サイダーを額に当て、思考で熱くなった頭を冷やす。
コンプレックスを抱えるのは後だ。自己嫌悪は後回しだ。
今、自分がすべきことは、インデックスと一緒にいることだ。
命を狙われているという彼女の傍に居て、少しでも不安を和らげることだ。
上条に任された大事な役目だ。今は自分に出来ることを。
そう気合を入れ直し、病室に戻る。
「ただいまインデックスちゃん。学園都市の試作飲料だから口に合うか――」
その言葉は最後まで発せられなかった。
インデックスは、佐天のベッドに顔を埋めるようにして苦しんでいた。
次回こそ、vs神裂。