上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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 禁書目録編、スタートです。幻想御手編よりは短く収まると思います。


禁書目録編
出会い〈さいかい〉


 

 佐天は、そのあまりに現実離れした光景に言葉を失った。

 

 いや、見惚れていた。目を奪われていた。その美しさに。

 

 実際は引力の影響をばっちり受けているので落下速度はそれなりのはずだが、佐天にはそれがスローモーションでゆっくり舞い降りてきているように感じた。

 

 純白のティーカップのような修道服を身に纏い、さらにその服に負けないほどの美しい白い肌を持つ少女。

 たなびく銀髪が夕陽を受けてキラキラと光り輝き、より一層幻想的な雰囲気を演出する。

 

 落下してくる彼女が、パチッと目を開けた。

 そこから現れたのは、吸い込まれるような翡翠色の瞳。

 

(………………天使?)

 

 その言葉に相応しいほどの可愛らしい顔つきをした少女は、

 

 

 そのまま落下した。

 

 

「ぐぴっ!」

 

 

 重力加速度をふんだんに乗せ、コンクリート製の硬くて固いテラスの地面に落下した。

 

「……………………………………」

 

 佐天は衝撃的過ぎる出来事を前に、ギギギと錆びついたロボットのように上空を見上げる。

 おそらく彼女が落ちてきたであろう、屋上を探して。

 

 見えなかった。高すぎて。

 

 それはつまり、彼女はそれほどの高さから落下したということに――――

 

「大変だ!」

 

 佐天はようやく現実を受け止め、白いシスターに駆け寄る。

 

 常人なら、まず間違いなく即死。助からない。

 だが、ここは幸いなことに病院。もし辛うじてでも息があるのなら、すぐに医者を呼べば、もしかしたら。

 

 そんなことを考えていた佐天は、そこでようやく気づく。

 

 血が、まるでない。この子は、あれだけの高さからこの固い地面に激突して、まるで出血していない。

 純白のシスター服は、真っ白のままだ。

 

 佐天は、再び混乱する。

 その時――――

 

 ぐぅぅぅぅ~~~~~~~~

 

「……………………………………………」

 

 先程天使のようだと感じてしまったほどの美少女から、あまり聞きたくない迫力の音が鳴り響いた。

 

 ……いやいや、まさかこんな神々しい女の子がそんな下世話な音を鳴り響かせるわけ――――

 

「おなかすいた」

 

 現実はいつだって佐天の思い通りになんかならなかった。

 

「おなかいっぱいご飯を食べさせてくれると嬉しいな」

 

 ただ、その笑顔は、本当に天使のようだった。

 佐天が懲りずにそんなことを思ってしまうくらいには、その笑顔は可愛らしく美しかった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 場所を変えて、ここは病院の食堂。

 病院とはいえど、ジャンクフードな欧米食に慣れきった現代人には物足りない薄味な病院食しか置いていないわけではない。

 見舞い客や職員といった健康体の人の舌も満足させるべく、味にも拘った食事を提供するこの場所で――

 

――今、一人の修道女が猛威を振るっていた。

 

「おかわり~~♪」

「あの……シスターちゃん。そろそろあたしの預金通帳が悲鳴をあげちゃうから……その辺で……」

 

 修道女の癖に暴食の化身みたいな子だ……とまではさすがに思わなかったが、それでも自分のただでさえ少ない奨学金が夏休みの初っ端で限界を迎えたことにちょっぴり泣きそうな佐天だった。さっそく無能力者(レベル0)のコンプレックスが復活しそうである。主に金銭的な意味で。

 

 そんな佐天の悲壮な雰囲気を少しは察してくれたのか、「う~ん。まだ三分目なんだけど、贅沢はいけないよね」とのたまいながらしぶしぶスプーンを置いた。

 その言葉に佐天は戦慄したが、ぶんぶんと頭を振って山ほどある聞きたいことを一つ一つ聞いていくことにした。

 

「え~と、聞きたいことがたくさんあるんだけど――」

「そうだね。まずは自己紹介だね」

 

 彼女の方も、お世話になった少女に笑顔で向き合い、にこやかに自分の名前を告げる。

 

 

「私の名前はね。インデックスっていうんだよ」

 

 

 佐天は、ぽか~んとした。あんぐりと、大きな口を開けて。

 

「……へ? インデックス?……目次?」

「見ての通り、教会の者です。イギリス清教のシスターだよ」

「あの、ちょっと待って」

「魔法名はDed――」

「ストーーップ!! 早い! 早いよ、インデックスちゃん! 一個一個処理していこうよ!」

 

 他人を振り回すことに定評がある佐天さんが、完全にツッコミに回っていた。

 ハァハァと息を上げて呼吸を整える病み上がりの無能力者――佐天涙子。

 対する自由な修道女――インデックスは早速食堂のおばちゃんに気に入られ、デザートのアイスクリームをサービスで無料提供されていた。

 あれ?あたしの分は?と若干納得のいかない佐天だったが、光り輝く笑顔でバニラアイスを頬張る彼女を見たら何も言えず、とりあえず質問を続けることにした。

 

「…………それで、インデックスちゃんは、どうして落ちてきたの?」

 

 それは『なんで無事なの?』という一番聞きたい質問に繋げる意味を持つ問いだったが、言ってみてそういえばと思った。

 

 そもそも、なぜ彼女は落ちてきたんだ?

 

 じっ、とインデックスの目を見て答えを待つ佐天。

 対してインデックスはアイスを楽しみながら、なんでもないかのように言った。

 

 

「追われてたんだ、私。だからビルの屋上から隣のビルに飛び移ろうとして、失敗したの」

 

 

「――――――――え?」

 

 佐天は、耳を疑った。彼女が明らかに偽名っぽい名前を名乗った時以上に、自分の聴覚が正常に機能しているのかを疑った。まだ自分には、幻想御手(レベルアッパー)の副作用の影響が残っているのではないか、と。

 

 だが、彼女はそんな佐天に構わず続ける。飄々と語り続ける。

 

 佐天が知らない世界のことを。

 

 世界の、残酷さを。

 

「本当はちゃんと飛び移れるはずだったんだけどね。飛び移る時に背中を撃たれたみたいで、バランス崩しちゃって」

 

 彼女は、何を言ってるんだ。

 

 まだ、疑問は山のようにある。

 

 なぜ、追われていたんだ、とか。

 なぜ、落下して無傷なんだ、とか。

 

 そして、なにより。

 

 なぜ、そんな風に笑えるのか、とか。

 

 その話が本当なら――限りなく嘘みたいな話だが――ついさっき死にかけた、殺されかけたのではないか。

 

 佐天も、ついさっきまで、一生目覚めないかもという経験をしたばかりだ。

 凄く怖かった。親友に励ましてもらわなければ、気が狂ってしまったかもしれない。

 

 それなのに、この子は――――

 

「はい」

 

 インデックスは、食べていたアイスを一口掬ったスプーンを、佐天の口元に差し出した。

 

「おいしいよ。一緒に食べよ。…………ええと、そういえば、あなたの名前、まだ聞いてなかったね?」

 

 彼女は、そういって笑う。もしかしたら、沈痛な表情をした佐天を励まそうとしたのかもしれない。

 

 自分よりもはるかに大変な思いをした彼女を気遣わしてしまったことに、申し訳なさを感じる。

 だが同時に、佐天はこんな胡散臭いことを並べる彼女のことを、信じてみようと思った。

 

 この可愛くて、無邪気で、天使のように優しい少女を。

 

 信じたいと、思った。

 

 佐天はパクッと差し出されたアイスを食べ、笑って言う。

 

「あたしは佐天涙子。……ありがとう。このアイスおいしいね♪インデックスちゃん♪」

 

 二人は顔を合わせ、ニコッと笑う。

 

「――――それで、インデックスちゃんは何に追われてたの?」

 

 佐天は勇気を持って聞いてみた。

 自分は、この子を信じると決めた。

 そして、彼女を信じるということは、彼女がなにやら大変な事態に陥っているということを認めるということなのだ。

 

 佐天は、今回の幻想御手(レベルアッパー)事件で自分の無力さを思い知った。

 そんな佐天が、目の前の少女の、咄嗟にビルを飛び移らなければならないほどに追いつめられている状況を、なんとか出来るとは思えない。

 だけど、知らないふりは出来なかった。せめて、なんとかしようとはしたい。なんとかできなくても。

 偽善使い(フォックスワード)だとは、分かっていても。

 

 だが、事態は佐天の想像以上に、佐天の手に負えなかった。

 

 インデックスは言った。

 

 

「魔術結社だよ」

 

 

「…………まじゅ、つ?」

 

 佐天は「世界は全て科学で証明できる。オカルトなんて存在しない」なんてムキになって言い張るほど、科学主義者ではない。

 女の子らしく占いに興味を持つし、都市伝説なんかそれほど趣味のようにのめり込む。

 

 しかし、そんな佐天でも、いきなり魔術などと言われてすぐさま信じられるわけではない。

 たとえ、ついさっき信じると決めたばかりの少女の言葉でも。

 

 だが、信じると決めたのだ。すぐに信用は出来なくても、頭ごなしに否定するのはやめよう。

 

 佐天のそんな苦悩を察知したのか、インデックスはスプーンをガシガシ噛んで、不満げに上目遣いで佐天を見上げる。

 

「るいこ…………信じてないね?」

「うっ……」

 

 図星を突かれた佐天は思わず呻る。

 そこに、インデックスは憤慨といった様子で畳み掛ける。

 

「なにさ、なにさ! 超能力は信じるのに、どうして魔術は信じられないの!」

 

 佐天は苦笑しながら宥めようと口を開こうとして、

 

 それもそうだ、と思った。

 

 ここは学園都市。超能力が一般科学として認知された街。

 自分の周りの友達も当たり前のように使っていて、すっかり当たり前になったけれど、

 

 自分はその超能力を、当たり前に使うことが出来ない。

 

 それなのにどうして自分は、超能力こそ正しくて、魔術は間違っている、なんて“超能力寄り”に考えているんだ。

 

 自分は、その魔術とやらを否定出来るほど、偉いのか。

 

「そんなに超能力って素晴らしいの? ちょっと特別な力を持っているからって、人を小馬鹿にしていいはずがないんだよ!」

 

 その言葉が、決め手だった。

 

 その通りだと、論破されてしまった。

 

「インデックスちゃん」

「――――ん? 何?」

 

 駄々をこねていたインデックスは、佐天の真剣な目に暴れるのを止めて、椅子に座り直して佐天と向き合った。

 

「その、魔術ってやつ、見せてくれないかな?」

 

 佐天はそうインデックスに言った。その瞳には「やれるもんならやってみろ」といったバカにするような色はなく、純粋に魔術というものを見極めたいという気持ちが現れていた。

 

 インデックスもそれは感じ取ったのだろう。彼女はその破天荒な振る舞いとは裏腹に、とても頭がいい。

 

 だからこそ、彼女は凄く申し訳なさそうに言った。

 

「……ごめんね、るいこ。…………わたしは魔力がないから、魔術は使えないの」

「…………そっか」

 

 佐天は思わず声に落胆の色が表れてしまうのを抑えきれなかった。

 

 それは魔術というものが見られなかったことよりも、魔術も“使い手を選ぶ”ということに落胆したのかもしれない。

 

 しかし、そんな彼女のコンプレックスを見抜けるほど、インデックスは対人心理に精通してはいない。純粋に彼女が魔術への興味を失ってしまうことを恐れて慌てて付け足す。

 

「ええと、ええと…………。そ、そうだ! この服! この服は『歩く教会』っていって、法王級の防御結界なの! 包丁で刺されたってビクともしないんだから!」

「……………えぇと」

 

 佐天は必死なインデックスに苦笑していたが、ふと思い出す。

 

 彼女は、少なくとも数十mの高さから落ちてきても、無傷だった。

 飛び移る時、撃たれたとも言ってなかったか?

 

 それらは全て、その服が防いだのだとしたら?

 

 普通は信じない。

 だが、佐天はインデックスを信じると決めたし、何より佐天は落下して無傷なインデックスをこの目で見ている。

 

 佐天の中で、魔術というものが急速に現実味を帯びてきた。

 

 そして、その魔術が、超能力とは違い、選ばれなくてもその恩恵を受けられるものだとも分かった。

 

 佐天は自分が魔術にどんどん惹かれているのを自覚していた。

 

 もっと魔術について知りたいと質問を重ねようとした時、佐天の携帯が鳴った。

 電話ではなく、メールらしい。

 この科学の街でも病院での携帯使用はマナー違反だが、この食堂は見舞い客なども使用するため携帯の電波が医療機器に影響を与えないように完璧な配慮がしてある。なので佐天も自身の携帯の電源を入れていた。

 その理由は――――

 

「あ、インデックスちゃん。もうすぐあたしの友達が来るって。来たら紹介してあげるね」

 

 佐天が嬉しそうにそう言うと、インデックスは逆に表情を暗くする。

 なにかに気づいてしまったように。

 

「…………ううん。私はもう行くよ」

「え!? なんで――――」

 

「巻き込みたく……ないから」

 

 インデックスはそう言って立ち上がる。

 

 その時、佐天はようやく思い至った。

 インデックスは、何者かに狙われている。

 

 少なくとも、数十mの高さから少女を叩き落とすことを、躊躇しないくらいのレベルの連中に。

 

「で、でも――」

 

 佐天は慌てる。こんなところで別れたくなかった。

 自分には、何も出来ない。特別な力なんてない。困っている女の子を助ける力なんてない。

 でも、こんなところでお別れなんて嫌だった。

 だって、だってせっかく――――

 

 そんな佐天の表情を、どんな風に解釈したのか。

 

 彼女は言った。天使のような、聖母のような、優しい笑みで。

 

 

 

「それじゃあ、私と一緒に、地獄の底までついてきてくれる?」

 

 

 

 彼女はいたずらっぽく、突き放した。

 軽い調子で放たれたその言葉が、どれほど重いものだったか。どれほど、悲壮な思いが詰まったものなのか。

 まだ会って一時間も経っていない、佐天にも伝わってきた。

 

 そして、佐天は思い知らされた。自分の薄汚さを。

 

 先程言いかけた。

 

 せっかく、会えたのに。

 

 それは、インデックスに対してなのか。

 

 それとも、魔術という、“自身が手に入れられるかもしれない特別な力”に対してなのか。

 

 どちらの比重が大きかったのか、気づいたから。

 

 そして、そんな自分を巻き込まない為に、優しく突き放してくれた。

 

 彼女の、途方もない優しさに、気づいたから。

 

 

 自分は、幻想御手(レベルアッパー)に手を出した、あの時と同じことを――――

 

 佐天は、目に涙を溢れさせることしか出来ない。

 

 死地に赴く彼女に、何も言うことが出来ない。

 

 インデックスは、そんな彼女を優しく見つめ、踵を返し、佐天に背を向ける。

 

 

 

 振り返ると、そこにはツンツン頭の少年がいた。

 

 

 

 彼は微笑み、白いシスターに優しく語りかける。

 

「俺がついていってやるよ」

 

 彼は、まっすぐインデックスの元に歩み寄る。

 

「地獄だろうと、どこだろうと」

 

 その足取りは、まるで帰るべき場所に帰るかのように、自然だった。

 

 

「俺が、お前をそこから引き上げる。地獄の底から、引きずり出してやるよ」

 

 

 上条は、インデックスの前に立つと、その右手を差し出す。

 

 

 幻想を打ち砕き、神様だって殺せる、その右手を。

 

 絶望的な幻想(うんめい)を抱え、残酷な神様の奇跡(システム)に苦しめられる少女に。

 

 

 それは、彼なりの再会の挨拶だった。

 

 

「俺の名前は、上条当麻っていうんだ。 “初めまして”」

 

 彼は言う。

 

 震えそうになる心を必死に押し殺し、荒れ狂う感情を必死に押し戻して。

 

 旧知の彼女に向かって、初対面の自己紹介をこなす。

 

 そして、優しい笑顔を取り繕い、言葉を絞り出す。

 

 呆気にとられながら、呆然と握手に応える彼女に。

 

 また一から、始める言葉を。

 

「名前を、教えてくれないか?」

 

(あの時のお前も、こんな気持ちだったのかな。 “インデックス”)

 

 

「あの……ええと……。私の名前は、インデックスっていうんだよ」

 

 返ってきた言葉は、かつて透明な少年が初めて覚えた名前と、同じ名前だった。

 

 

「…………そうか。よろしくな。インデックス!」

 

 こうして、上条当麻は、インデックスと“出会った”。

 





 次回、あの男が登場です。

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