ありがとう。
「あ~あ。これで木山も終わりか。結構面白いアイデアだったけど、ね。
その女は、視界の先で
女は、目的は達したとばかりに、踵を返すと、
正面に、ツンツン頭の少年がいた。
「
「…………あら、
そう言い、女は笑顔で上条の横を通り過ぎようとする。
「木山先生の生徒に手を出すな。何かしたら容赦しねぇぞ。――『木原』」
上条は、普段あまり表に出さない敵意を込めて、その女性に“警告”する。『
案の定というべきか、上条のこのセリフに、口元を醜悪に歪めただけで、彼女――テレスティーナ=木原=ライフラインは、何も言わずにその場を後にした。
×××
コアを破壊された
御坂は一度フンと鼻を鳴らして、晴れやかな表情を浮かべた。
「うーん! 終わったぁ~!」
ん! と伸びをして、体をほぐす御坂。まるで授業の体育を終えたかのようだ。
その姿を見て、木山春生は、戦慄を覚えた。
(
学園都市に7人しかいない、能力者達の頂点。
その圧倒的な才能の片鱗を垣間見て、木山は正直に恐怖を感じていた。
改めて学園都市の能力開発の異常さを再確認していたが――その時、御坂が唐突にふらついた。
「っ! おい、大丈夫――」
そのセリフが最後まで言い切る前に――。
上条当麻が、倒れこむ御坂美琴を正面から受け止めた。
「おっと、大丈夫か?」
「……え? ちょ、アンタ、何して――」
上条の胸の中にいるという状況に、御坂は顔を染め上げてパニックに陥りかけるが――。
「…………おつかれ。お前を信じてよかった」
「…………私を、誰だと思ってるのよ。……バカ」
その言葉に御坂は、抵抗をやめて顔を上条の胸に埋めた。
上条はそんな御坂に微笑み、そっとその身体を離す。
その際、御坂が少し名残惜しい表情をして、それをどう勘違いしたのか、上条は御坂に肩を貸す形で支えた。御坂の顔はやはり赤かったが、都合よく上条の方からは見えなかった。
上条は文字通りの電池切れの御坂に変わり、木山に顔を向け、言った。
「もうすぐ
上条と御坂は、木山を見据える。
木山は一瞬目を見開き、苦笑する。
「“この場”は、収めよう。だが、諦めるつもりはない。もう一度……何度でも、やり直す。刑務所の中だろうと、世界の果てだろうと、私の頭脳は常に、私だけのものだ」
そして木山は、もう一度、立ち上がる。
「ただし、次も手段は選ぶつもりはない。気に入らなくば――「「俺(私)が止めてみせます(やるわよ)」」――――ふっ、そうか。楽しみにしている」
やがてサイレンを鳴らしながらやってきた
「……そうだ、御坂くん。……君は私と同じ、絶望に限りなく近い運命を背負って……
ちょっとした、捨て台詞を残して。
×××
木山が
御坂美琴と並ぶ、
御坂ほどの世間一般の認知度はないが、研究者達のようなこの街の裏舞台の人間にはむしろ御坂以上に知名度は高い。
なので、木山も当然、食蜂の顔も名前も知っていた。
分からないのは、ここにいる理由だった。
「えっと……君は、なぜここに?」
「コネよぉ」
答えになっていないが、これ以上突っ込むのはやめようと木山は思った。
食蜂操祈。木山も研究者として彼女にしたい質問は山ほどあったが、今のこの状況で何がふさわしい質問かはわからなかった。
なら、いっそのこと食蜂の方から話を切り出すのを待ってみようと思ったのだ。
どうせ、彼女には
「…………そっか。さすが上条さんね」
しばらく無言が続いたが、食蜂が突然そう呟いた。
そして、先程までより幾分かやわらかい視線を木山に向ける。
「お互い、ついてないわねぇ。木原幻生に目をつけられるなんて」
木山はその言葉で、彼女が自分に接触してきた理由が分かった気がした。
「そうか………君も」
「まぁ、私達クラスの優秀力になると、あの爺じゃなくてもどっかしらの『木原』に捕まっていたでしょうから、この
食蜂はそう笑い飛ばした後、神妙な顔をしてアンニュイに溜め息を吐いた。
「……私は、あなたがあの男のチームにいたって知ったとき、叩き潰してやろうと思ったわぁ。でもね、上条さんが言ったの。木山先生は悪い人ではないって。……悪いけど、あなたの記憶力を読ましてもらったわぁ。その通りだった。少なくとも、今のあなたは悪い人じゃない。……まったく、参っちゃうわ。人の心が読める私より、上条さんの方がよっぽど人を見る目があるんだものぉ」
木山は、食蜂の独白を聞き、それが終わったと判断すると唐突に切り出した。
「それで、私は“見逃してもらえる”のか?」
「……やっぱり頭の良い人ね。ええ、気が変わったわ。それも180°ね」
食蜂は足を組み、そこに肘をついて、妖艶に言った。
「私は木原幻生に復讐するわ~☆ 私の仲間力に加わらない? 木山春生さん♪」
二人のやり取りを、縦ロールは食蜂の左後方に仕えながら目を閉じて聞いていた。
×××
「お~~~~ね~~~~~え~~~~さ~~~~~まぁぅ!!」
「ぐへぇ!? ……な、何!? 黒子!?」
「ああ!? こんなにボロボロに!? どこかお怪我は!? ……あ。……これは隅々まで検査する必要があるようですわねぇ~。幸い電撃を飛ばす体力もないご様子ですし(ボソッ)」
「何よ、その不穏な“あ”は!? 何を思いついたの!? あと、最後ボソッとなんて言ったの!?」
白井は御坂に馬乗りになりながら手をワキワキさせていると、後ろから上条が白井の首根っこを掴んで引き離した。
「こら。御坂は今、本当に疲れてんだからやめろ」
「……はいですの」
「はぁ、助かった~。……あ、あの、ありが――」
「やるなら、部屋に帰ってからにしろ」
「はいですの!」
「ちょっとぉ!?」
そんな一下り終えた後、白井は初春の元へと向かっていった。
「…………はぁ、あの子はまったく」
「いいじゃねぇか、好かれてるんだし」
「限度ってものがあるでしょ……アンタも止めなさいよ」
「止めたじゃねぇか」
「根本的に止めなさいって言ってるの!」
御坂は上条のヘラヘラ笑いに一発ハイキックを叩きこんでやろうかと思ったが、そんな体力は残っていないのでやめた。
その代わり、先程の木山の意味深なセリフに対する上条の意見を聞いてみようと思った。
「……にしても、木山先生は何が言いたかったのかな? アンタ、分かる?」
「……さぁな」
上条は一言そう言うと。
「ほら、俺達も行こうぜ」
初春達の元へ歩みを進めた。
御坂はいまいち釈然としなかったが、上条の背中が、その話は終わりだ、と言外に告げていたような気がしたので、そのまま黙って上条の後に続いた。
×××
「初春、お疲れ。よく頑張ったな」
「あ、上条さん。いいえ、御坂さんや上条さんほどじゃあ――」
「いや、今回、被害者を直接助けたのは初春だ。初春が今回のMVPだよ。な、御坂?」
「まぁ、少なくともアンタよりは大きく貢献したんじゃない? 大事な場面で遅刻してきて、女の子に見せ場を取られた不幸不幸
「ぐ……言い返せない……」
「そんな! 上条さんは――」
「初春、お姉さまも本気で言ってるわけじゃありませんよ」
初春が焦って上条をフォローしようとすると、御坂と上条はいつもの言い合いをしていた。その顔は二人共とても楽しそうだった。
初春が、やっぱりお二人は凄いな……と少し顔を俯かせていると、その頭にポンと大きな手が乗せられた。
「頑張ったな。偉いぞ、初春」
「ありがとう。初春さんのおかげよ」
二人のヒーローが、惜しみない賞賛を、初春に送った。
初春は涙を溢れさせたが、零さないように手でゴシゴシと拭い。
「はいッ!」
精一杯の、笑顔で応えた。
それは満開の花のような、可憐な笑顔だった。
「初春ッ!」
その時、少し離れて何やら連絡を受けていた白井が戻る。
その表情からして、決して悪いニュースではないらしい。
いやむしろ、それは本当の意味で今回の事件の解決を知らせる吉報だった。
そして、それは今回のMVPの初春に真っ先に知らされる。
「
初春は、今度こそ零れる涙を抑えきれなかった。
×××
病院のテラス。
屋上ではないが、屋外に出れて、街が見渡せるこの場所で、佐天はフェンスに寄りかかっていた。
先程まで、目覚めて間もない頭がぼぉとした状態で流れるように色々な検査をして、ついさっき晴れて自由の身になった(入院はしている状態だが、自由行動が許された、という意味だ)佐天は、とりあえず一人になれる場所を求めてここに来た。
ポツリポツリと聞こえてくる話では、上条や御坂、そして初春らの活躍で解決したらしい。
…………やっぱり、凄いなぁ。
佐天は、自分の両手を見る。
ん! と力を込めてみるが、ウンともスンともいわない。小さなつむじ風すら巻き起こらない。木の葉一つ、躍らせることも叶わない。
戻っていた。元に、戻っていた。
そう。失ったんじゃない。戻ったんだ。在るべき姿に、戻ることができた。
これが、あたしの、在るべき、姿。
「………………」
佐天は、口元を引き締め、天を仰ぎ、
パァン! と、両頬を勢いよく叩いた。
「…………よしっ!」
うじうじとするのは、もう止めた。
後ろを向くのも、変な方向に暴走するのも、もう卒業だ。
まっすぐ、前を向く。前だけを向く。
能力がなんだ。レベルがなんだ。
そんな一つのパラメータにしか過ぎないものに、いつまでも固執してどうする? 振り回されてどうする?
一つ欠点があるなら、それ以上の美点で埋めればいい。
『レベルなんて、どうでもいいことじゃない』
御坂のセリフが、心に響く。
まだノーダメージとはならないが、それでも大分受け止められるようになってきた。
いつか、自分のように能力のことで悩む人達に、この言葉を心の底から伝えられるように。
そんな、強い自分に。
佐天は、フェンスから身を離す。
そろそろ病室に戻ろうかと思った、その時、
上から、真っ白な天使が降りてきた。
いや、落ちてきた。
真っ白な、純白の修道服の少女。
それは、この人工物だらけのこの街には、恐ろしく不釣り合いで。
だからこそ、夕日を反射して、幻想的な神々しさを放っていた。
こうして、
科学と魔術は、
今、再び、交差する。
物語は、もう一度、動き出す。