「……アンタ、木山について何か知ってるの?」
「……終わったら話す。今は、木山先生を止めるのが先決だ」
木山は近くに落ちていた空き缶のごみ箱を空中にぶち撒ける。
色とりどりの空き缶が、まるで粉雪のように宙に舞った。
上条と御坂の脳裏に浮かぶのは、先日のグラビトン事件――
×××
『――えぇ、私は十中八九、木山春生が犯人だと睨んでるわぁ』
上条に食蜂はそうはっきり告げた。
食蜂操祈は木山春生と直接の面識がない。だからこそ、下手な先入観にとらわれず、与えられた情報から冷静な――冷徹な判断が出来る。
しかし、上条はまだ納得できなかった。
上条も木山と知り合ったのは、つい先日。
相手の人間性を知ったかぶるにしても、あまりにも心許ない期間。
だが、それでも――。
『――納得できない? それとも、“認めたくない”――そっちの方が、正しいのかしらぁ~?』
「……ああ、そうだな。そうかもしれない。食蜂の推理は説得力があるし、間違ってないと思う。……だけど、俺はあの人が何の理由もなしに、こんなことをする人には思えなくて……」
『……そういうと思って、親船さんの方のルートから縦ロールちゃんに調査力を頼んだわ……彼女――木山春生は』
『あの“木原幻生”の研究グループに属していた過去があるわ』
食蜂は、感情の篭らない冷徹な声で淡々と言った。
×××
――空中の空き缶を見て、上条がフリーズしたのは一瞬にも満たない時間だった。
「御坂ぁ!!」
「っ!」
上条の声で我に返った御坂は、即座に電撃を放ち、空き缶――重力子爆弾を、彼我の距離が開いている内に、全て空中で爆発させる。
「……ふっ、どんなもん「下がれ、御坂!」え?」
上条は御坂を押しのけ、“御坂の背後に出現した”重力子爆弾に手をかざす。
甲高い音と共に、爆風から自身と御坂を守る。
(……搦め手も通用しない。……“
御坂と上条は、再び木山に向き直る。
木山は、その二人の身に纏う、そして自身に向かって放たれる闘気に、一筋の冷や汗を流す。
(まったく……厄介なコンビだ)
×××
『なぜっ! あんなことになったのですか!?』
『さぁねぇ。事故っていうのは、予測がつかないものだからね』
『嘘ですっ! あの実験内容で、あのような事故が起こるはずがありません!! 内部のものが“意図的に”引き起こしたとしか――』
『……はぁ、君はもっと優秀な人間だと思っていたんだがね』
『……どういう意味ですか?』
『学園都市のお荷物である『
×××
「私は電磁波で感知するから、死角なんてないの! つまり、助けてもらわなくても防げたから!」
「爆弾防いで、気が緩んでたのは事実だろうが。これはいつもの決闘じゃないんだ。最後の一瞬まで油断するな」
「うっさい、分かってるわ、よっ!」
御坂が地面から何筋もの砂鉄の刃を作り出す。
それは一直線に木山へと襲いかかるが、木山はコンクリートを持ち上げそれを盾とする。
「ッ!」
その時、上条は左方から木山に突撃する。
自身の視界正面は、コンクリートの盾で覆われていて、一瞬反応が遅れる。
木山は、その手のレーザーブレードを振り上げるが――。
「ぐあっ!」
振り上げた手をはじくように、金属のボルトが、コンクリートの盾の隙間を縫うように飛んできた。
そちらに思わず目を向けると――御坂美琴が笑っていた。
そして、余所見をした木山に容赦なく、上条の右拳によるアッパーカットが炸裂した。
×××
『私が……教師に? 何かの冗談ですか?』
子供は、嫌いだ。
『……厄介なことになった。だが、実験を成功させるまでの辛抱だ』
子供は……嫌いだ。
『よろしくおねがいしまーす!』
『やーい、ひっかかった、ひっかかったー』
『せんせー、モテないだろ。おれが付き合ってやろうかー』
子供は…………嫌いだ。
『私でも、頑張れば大能力者とか超能力者になれるのかなぁ』
『私たちは学園都市に育ててもらってるから、この街の役に立てるようになりたいなー』
『センセーのこと、信じてるもん。怖くないよ♪』
子供は……………………………きら――。
『実験はつつがなく終了した。君たちは何も見なかった。いいね♪』
×××
(……そうだ。私は、こんなところで、終わる、わけ、に、は――)
ドサッ。
上条の一撃で、木山は倒れた。
「――――はっ!?」
腕を振り上げた状態でフリーズしていた上条を、御坂がものすごく冷たい目で見ていた。
「女性に本気のアッパーカットとか…………さいてー」
「い、いや、違うんだ! 左側から行ったから、右手で頬が狙えなくて、それでっ――」
「だったら、普通に左手で行けばいいじゃん。アンタのその右手のこだわりなんなの?」
「それは……(確かに、別に異能の能力のバリアとかなかったから左手でもよかったんだけど……これはもう体が覚えてるっていうか……しっくりこないというか。……言ったところで理解されないだろうな……)そ、それより、木山先生を運ぼう。ほらっ、御坂も手伝え!」
いまだに御坂の視線は冷たいままだが、上条は全力で気づかないふりをして、木山に近づく。
すると――。
「…………うそ」
「…………」
木山はふらつきながらも、ゆっくりと立ち上がってきた。
「うぅ……ぁ……」
「……無理しないでください。下手すれば脳震盪を起こしてるかもしれません」
「そうよ! もうアンタに勝ち目はないわよ!」
だが、木山は御坂のその言葉に対し、文字通りの血走った、血に染まったかのように真っ赤な双眸で睨み付け、呪詛を振りまくかのように喚く。
「だから……なんだ……言ったはずだ……言ったはずだ! ……私は……負けない……子供達を目覚めさせるまでっ!! 立ち止まるわけにはいかないんだ!!!」
御坂は、気が付いたら一歩後ずさっていた。
純粋に、怖いと思った。
これが彼女が初めて目の当たりにした、人の死にもの狂いの執念。
他の全てを犠牲にしても、世界を敵に回しても、それでも成し遂げたい一つの願い。
上条当麻が、これまで何度も対峙し、己の言葉と拳で捻じ伏せてきた――その人、そのもの。
上条は、それを逃げずに真正面から受け止める。
睨みつけてくる木山のギラギラとした濁った赤色の視線から目を逸らさず、睨み返す。
木山の野望を阻止する。
それは、ある意味、木山春生の全てを否定することだ。
上条の今まで倒してきた敵は、全て確固たる信念を持っていた。
例え間違っていると言われようと、悪だ悪魔だと非難されようと。
それが己の正義だと、それこそが己の生きる道だと、それだけが自分の願いなのだと、それを貫く覚悟を持った猛者ばかりだった。
木山春生もそうだろう。
この方法が正しくないことなど、彼女は最初から気づいていた。
事実、彼女はこうして己の野望を阻止しにきた自分達に恨み言など一言も言わなかった。
ただ、他の何を犠牲にしても、譲れないものがあった。それだけだ。
だから、上条は彼女を恨まない。憎まない。
それでも、上条にも譲れないものがある。だから、上条当麻は右の拳を握りしめ、再び戦闘を開始する。
木山の覚悟の重さを、それを阻止する責任を、その全てを背負う覚悟を固めて。
木山春生に止めを刺し、この
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
上条の拳は、まだ届いていない。
突然、木山が頭を振り回しながら苦しみ始めたのだ。
「っ! おい、どうした!?」
「何があったっていうのよ!!」
上条と御坂が駆け寄ろうとする。
「がぁ……これは、ネットワークの暴走…? ……いや、これは…虚数学ッ…あぁぁぁああぁあああああぁあぁ!!!!!!」
木山春生の頭部から、巨大な胎児が出現した。
「……な……に?」
「……なんなの、これ?」
その胎児は、かっ! と目を開き、この世のものとは思えない哭き声を撒き散らす。
「うぅ…ん?…あ、あれ? 木山さんは?」
初春が目を覚ますと、目の前には
「えっ、あの、大丈夫ですかっ!?」
初春が近くの
キィャァャァッヤァァァァッァアアアアアァアァァヤァアヤァャァャャャッャァ
悲鳴のような哭き声が鳴り響き、初春は道が失くなっている道路の断崖絶壁に身を乗り出す。
「なに……あれ……?」
そこにいたのは、何本もの触手を振り回す胎児の化け物だった。
事件は、まだ、終わらない。
×××
胎児は、癇癪を起こした駄々っ子のように、丸太のような触手を振り回す。
その一撃は容易くコンクリートを打ち壊しており、直撃すれば骨の一本や二本では済まないことは確実だった。
「くっ、そぉ!」
「これじゃあ、近づ、けないっ!」
しかし、そこは上条当麻と御坂美琴。
信じられない速さで縦横無尽に暴れ回る触手を、一発も喰らうことなく避け続ける。
「いい加減に、しろッ!!」
御坂が電撃を胎児に放つ。
その電撃は見事直撃し、その箇所は拍子抜けに破裂した。
(っ!? 簡単に? でも、血も出てないし、直ぐに修復してる? ……やっぱり、生物じゃない?)
修復どころか、その箇所から今度は三本目と四本目の腕が生えてきた。
顔の表面積の半分近くを占める巨大で真っ黒の目が、ギョロリと御坂に向けられる。
それは、本能的に恐怖心を抱かせる瞳だった。
ギェッェァァッァアシャァァァアァァァァァァァギャアアァァァ
再び発せられた非生物的な甲高い悲鳴と共に、幾つもの爆発が御坂に襲いかかる。
御坂はそれを電撃で相殺しつつ、バックステップで距離をとりながら避けた。
「くっ! ……なんだかわかんないけど、やるっていうなら相手……に……?」
しかし、距離をとった御坂に、胎児は見向きもしなかった。
胎児は御坂を追いかけもせず、その場で触手を振り回している。
(どういうこと……闇雲に暴れているだけなの?)
「御坂! とりあえず比較的安全な所に避難しよう! まずはそれからだ!」
一時撤退を提案した上条は、気絶した木山を肩に乗せていた。
御坂が胎児を相手にしている隙に回収したらしい。
抜け目ないと御坂は思ったが、御坂はあの胎児との戦闘中、木山の事など頭になかったことに気づく。
咄嗟に強敵を前にしたとき、そいつとの戦闘に頭が行くか、誰かを守ることに腐心するか。
自分はまだ上条には敵わない。
そんなことを御坂は複雑な表情をしながら思った。
×××
「グっ……あ……あぁぁあああ!!!」
病室に響く喚き声。それは隣のベッドの患者からも発せられ、連鎖的に周辺の病室から同様に連鎖する。
「どうしました!?」
「それが……例の患者さんたちが一斉に苦しみだして!」
「意識が戻ったんですか!?」
「いえ、さっきまで昏睡状態だったのに、全員同時に!」
「…………何が起こっているんだ」
×××
「とりあえず、ここなら……」
「そうね……」
上条と御坂は、柱の側に木山を寝かせた。
離れた所では、いまだ胎児が暴れている。
時折、銃声が聞こえることから、意識を取り戻した
「どうする?」
「とりあえず向かおう。たぶん、
「う……ん…」
「っ! 目が覚めたみたいね」
「ああ。……木山先生? 大丈夫ですか? まだ起きない方が……」
木山は上条の制止の声も振り切って――いや、目が虚ろなので、そもそも聞こえていないのか?――ゆっくりと外に出て、そしてあの胎児を目に捉える。
「……は……はは……クッハハハハハハハハッハ……アハハハハハハハ」
笑う。嗤う。
それは、まるでRPGの魔王が勇者を追いつめたときのような高笑いだったが、御坂と上条には、それが絶望に染まった悲しみの泣き声のように聞こえた。
「凄い……凄いな……学会で発表すれば表彰ものだぞ……」
病的に細い手で目を覆い、柱に力無く身を預ける。
言葉とは裏腹に、自力で立っていられないほど心にダメージを負っているようだった。
「もはやネットワークは私の手を離れた…………おしまいか……」
木山は懐に手を入れる。
その手を上条は掴み、ぐっと自分に引き寄せた。
そこには――拳銃が握られていた。
「それはダメです」
上条は、その銃が自分達ではなく、木山自身に使われることに気づいていた。
木山は上条の顔をぼおと見つめていたが、やがて吐き捨てるようにこう言った。
「じゃあ、君はどうするつもりだ。アレをどうやって止める? 先程も言った通り、あれはもう私の制御下を離れているんだぞ」
「止めますよ。何としても。だから、その為にアレについて分かることを教えてください。――俺にも、譲れないものがあるんですよ」
「…………」
しばらく上条の目を光を失った瞳で見つめていた木山だが、大きく息を吐いた後、ずるずると柱を背に座り込み、話し始めた。
「虚数学区を知ってるか?」
その言葉を聞いた時、上条は小さく身を震わせた。
「虚数学区? それって都市伝説じゃなかったの?」
「実在したんだ。まあ、噂のようなものではなかったがね。………虚数学区とは、AIM拡散力場の集合体だ。アレもおそらく原理は同じ。AIM拡散力場でできた怪物――『
「……………」
つまり、アレはAIM拡散力場でできている。
あの少女と、同じように。
「そんなものどうやって止めるのよ!?」
「……あれは
その言葉を言った後に、木山は自嘲するように言った。
「もっとも、今の私がそんなことを言った所で、信じてもらえるとは思わないが」
「いえ、信じます」
上条は間髪入れずに言い切った。
「な……!?」
「だって、その拳銃、御坂はともかく、俺はそれを使われていたら一たまりもありませんでした。それを使わなかったってことは、誰も犠牲にしないってあの言葉は少なくとも本心だったってことですよね。――なら、俺はあなたの言葉を信じます。その方法が、みんなを救うことにつながると信じます」
上条は快活に笑う。
御坂は溜め息をついて呆れているが、その後にしょうがないなと言いたげに苦笑した。
「それで、そのネットワークを破壊するにはどうしたら?」
「……あ、ああ。私の車で気絶している花飾りの少女に、ネットワークをアンインストールするワクチンを持たせて「御坂さーん! 上条さーん!」……ちょうどいいところに来たようだ」
みると、向こうから初春がこちらに走ってくるところだった。
初春のその姿を見遣りながら、御坂に背を向けて、上条は言った。
「……御坂」
「ん? 何?」
「アレの相手、任せていいか?」
「……はぁ!?」
「……アレがAIM拡散力場の集合体なら、俺はたぶんアレを消せる。……だけど、それはダメだ。アレは“打ち消していいものじゃない”。ちゃんと、元の持ち主の所に帰してやらなきゃいけない“思い”だ。――だから御坂、お前がアイツをブッ飛ばして、この事件に
上条は、御坂にそう言った。
前の世界の上条は、これが最後の最後にならなければ出来なかった。
頼るということ。誰かに頼るということ。
上条は、どれだけボロボロになりながらも、勝てそうにない相手に立ち向かう時も、いつもたった一人で抱え込み、拳一つで戦場に突っ込んでいった。
だが、それは仲間を信用していない――つまりは、仲間と認めていないことと同義ではないか?
上条は、この世界に来てからは――一人で突っ走ることも多いけれど、悪癖は完治していないけれど――――それでも、誰かの力が必要な時は、頼ろうと決めた。信じようと決めた。
あの時――自分の力の限界を、己の無力さを、これでもかと思い知らされた時、決めた。
これが正解なのかは分からない。
御坂が傷ついて帰ってきて、その姿を見てめちゃくちゃ後悔するかもしれない。それは凄く怖い。
だけど――
「しょうがないわね。この美琴様に任せなさい♪」
少なくともその笑顔は、頼っていいのだと思わせるには、十分すぎるほどに輝いていた。
「……ああ。任せたぞ! 初春は俺に任せろ! こっちの作業が終わるまで、御坂は
「まったく、簡単に言ってくれるじゃない! そっちこそ、初春さんに傷一つでもつけたらただじゃおかないわよ!」
そして、上条と御坂の、二人のヒーローは再び戦場に舞い戻る。
今度こそ、この事件の幕を下す為に。
×××
残された木山は、しばし柱に座り込んだままだったが、ゆっくりとその身を起き上がらせる。
『いえ、信じます』
『センセーのこと、信じてるもん。怖くないよ♪』
「……ふふ。まったく、簡単に人を信用する人間が多くて困る」
『少なくとも“その子たち”は、アンタがこんな方法を選ぶことを望まないはずだ! こんな方法で救ったところで、アンタは“そいつら”に胸張って会えるのかよ!!』
「……そうだな。このままじゃ、あの子達に顔向けできない」
人々の思いが生み出した怪獣――その思いを持ち主の元へと返す為に。
今、超能力者の『超電磁砲』が、全ての幕を下ろすべく歩み出す。