アケミは両手をぐっと前に突きだし、むむむっと力む。
すると、その手の先にいる女の子――むーちゃんの体がふわふわと宙に浮かび上がった。
「す、凄い! 凄いよ、ルイコ! 私、紙コップを持ち上げるのがやっとだったのに!」
アケミはこの力を与えてくれた佐天に喜色満面の笑みを向ける。
その時に集中が途切れ、浮かんでいたむーちゃんが落下した。
ぐぬおおっ! と女子中学生にあまり相応しくない呻き声を上げるむーちゃんには気付かず、アケミは返事が返ってこない佐天の方へと歩み寄る。
「ん? ルイコ?」
佐天は、一心不乱に自分の掌の中で小さなつむじ風を起こし、木の葉を踊らせていた。
その佐天の顔は、キラキラと光り輝いている。嬉しくて嬉しくて輝いている。
アケミはそんな佐天に優しい顔を向ける。佐天は気づかない。
復活したむーちゃんに復讐の羽交い絞めを受けても、眼中に入らない。
初めて手に入れた異能の力に、憧れ続けた超能力に夢中で仕方ない。
(白井さんや御坂さんに比べたらささやかな力……上条さんのオンリーワンな能力と違って、この学園都市ではありふれた力……)
佐天はぐっと両手を握りしめる。ついに手に入れたそれを離さないと言わんばかりに。
(――でも、あたしの力……あたしの……あたしだけの、
佐天は噛み締める。この瞬間を。
この
正規の手段を用いたわけではない。ズルをして手に入れた力かもしれない。
でも。それでも。
(あたし……やっと……能力者になったんだ!)
佐天は、本当に、本当に、嬉しかった。
×××
「ダウンロード、完了しました」
「でも、まさか
「……にわかには信じがたい話だけどな」
白井と上条はあの後177支部へと戻り、
支部には食蜂と縦ロールもいて、縦ロールは現在、応接間で白井の怪我の手当をしている。
「とりあえず、俺は木山先生に連絡してみるよ」
上条は木山の連絡先を携帯で呼び出し――この間の会合の際に番号を交換した――その呼び出し音が鳴っている間、手持無沙汰の時のいつもの癖で無意識にコーヒーを淹れようとする。
コーヒーメーカーのある応接間が今どんな状態なのかもすっかり失念して。
「あ」
「げっ」
「あらまぁ」
白井は万歳のような体勢をとり、縦ロールによって体に包帯を巻いてもらっているところだった。
当然、上半身は下着すらつけていない。
白井の顔がみるみる真っ赤になる。
上条の顔はみるみる真っ青になる。
上条はゆっくりとドアを閉める。
ドアが閉じきるのと、木山に電話がつながるのと、上条の頭上にコーヒーメーカーが現れるのは、ほぼ同時だった。
「もしもし、木山です」
『(ヒュッ) (ガンッ) (ぐぁあああ~不幸だぁ!)』
「……ん? 間違い電話か?」
ピッ ツーツーツー 電話を切られた。流れるような手つきで上条はリダイヤルする。
「……なんだ? (ピッ) もしもし、木山だ」
『もしもし! 上条ですよ! なんで切っちゃうんですか!』
「ああ、君か。すまん、間違い電話かと思って」
一下りあったが、ようやくシリアスな会話に入った。
『――ああ。教えてもらった手順で、こちらも
「それで先生……音楽ソフトで能力を上げるなんてことが本当に可能なんでしょうか?」
『ん~。難しいねぇ。……【
「……
『おや? 君は
「へっ? あ、いや、ちょっとそれ関係の論文を読む機会がありまして」
もちろん、バカなので補習で~すとお呼びがかかる上条がそんな賢そうな論文に目を通す機会などない。
知っていたのは、
視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚の五感全てに対して電気的に情報を入力する装置で、
だが、あれに能力のレベルアップなんて効能はない。
その後、上条と木山はいくつか言葉を交わし――
「――はい。……はい。分かりました。ありがとうございます(ピッ)」
「どうでしたか?」
「いや、木山先生は五感全てに働きかけるならともかく、聴覚だけの音楽ソフトで能力を引き上げるのは難しいだろうって」
「そうですか……。またふりだしですかね……」
「…………」
この情報は外れだったのか?
いや、あいつは嘘をついているようには思えなかったが……。
上条は俯く初春とは対照的に表情を険しく固めながら思考する。
「……初春、俺はとりあえず他の
「わかりました!」
上条は白井に、お前も怪我が治るまでおとなしくしてろよ。と釘をさし、そのまま支部を後にする。
ここ数日、上条は殆どこうして外回りに精を出している。
その甲斐あってか、
彼が求めるのは、被害の縮小ではなく、被害の撲滅なのだ。
そんな上条に喚起され、自分も己の仕事を全力でやろうと気合を入れる初春。
その時、机の上の音楽プレーヤーが目に入り、先日の記憶が呼び起される。
「…………佐天さん」
あの日、彼女が嬉しそうに見せてきた音楽プレーヤー。
あの中身は、ひょっとして……。
×××
上条の右手が敵の水流を受け止める。
「……くっ!」
上条は右手の掌の向きを調整し、水流の方向を変える。
そのまま、水流を盾にするように敵に接近する。
「なんだと!?」
「失せろ、三下ぁ!!」
上条の右手がスキルアウトの顔面を貫く。
スキルアウトはそのまま壁まで吹き飛ばされ、気絶した。
周りには同じようなモブキャラがぞろぞろと転がっている。
その全員が、
(……なんだか段々使用者の戦闘力が上がってきた気がする……“力を使いこなしてきている”ってことか。介旅も爆発の度に威力を増していったしな。……未然に事件を防ぐのも限界がある。このままじゃあ、遠くない内に一般市民にも被害が……くそっ、早くなんとかしないと!)
上条は、その場で
相手の強さが増してきて、決して無傷ではないのだが、それでも上条当麻は、愚直に足を止めようとはしなかった。
×××
上条が出掛けた後の、
白井と初春、そして固法は
あ~でもないこ~でもないと意見を交換していた時に固法の携帯が鳴り、席を後にする。
「…………はい。……………はい、分かりました。伝えておきます。はい。お手数かけてしまい申し訳ありません(ピッ)」
「……どうされたんですの?」
「……上条くんが、また別支部担当区のスキルアウトを確保したらしいわ」
「はぁ……またですか」
「…………お礼を言いたいからぜひ会わせてくれって、担当区の
「…………へぇ。またですか」
一斉に溜め息をつく一同。
こんなことはこの支部では日常茶飯事だ。
「一刻も早く犯人の目星をつけなくちゃね。このまま上条くんを好き勝手に自由行動させてたら、学園都市が上条ハーレムになっちゃうわ」
「…………固法先輩。それ笑えませんの」
白井が知るだけでも、大御所では
あの人が本気になったら本当に実現可能では? と思わせてしまうのだから恐ろしい。
それを防ぐためにも、今は捜査の指標が欲しい。
「とりあえず今すべきことは、
「その為の一番の近道はやはり
「被害者の部屋から見つかる共通点はこの音楽データしかないのよね。となると、やっぱりこの音楽データが一番怪しいのだけれど……でも、音声データだけでどうやって……」
木山曰く、聴覚のみの刺激で能力を上げることなど不可能だと言っていた。
最低でも
「となると……曲自体に五感に働きかける効果があったとしたらどうかしら?」
突然入口から聞こえてきた声に、支部に居たメンバーの視線が集まる。
「お姉さま!」
「どうしてここに……いえ、それよりもそれってどういう――」
白井と初春が御坂に問い詰めようとしたとき、
「……なるほど、共感覚性か。よく思いついたわねぇ。御坂さ~ん」
「あらぁ、分かんなかったぁ~? ごめんねぇ~、食蜂。あなたの見せ場奪っちゃってぇ~」
「(イラッ)……いいのよぉ~。たまには御坂さんに手柄を譲らないと、“いつも”私“ばっかり”上条さんを助けてポイント稼いでるからぁ~。“たまには”ねぇ」
「(ムカッ)……そう? 悪いわねぇ。さすが優しいのねぇ。常盤台の性悪女王様は」
フフフフフフフフとお嬢様らしい育ちの良さを滲みだす――けれど感情が篭らない冷たい笑い声を響かせる学園都市の第三位と第五位。
普通にすごく怖い。
けれど、話を聞かなければならない。勇気を持ってこの場の最年長の固法が声をかける。
「あ、あの……説明してもらってもいい? 共感覚性って?」
「ああ、共感覚性っていうのは、簡単に言えば
「風鈴の音を聞いて音を感じるだけでなく気温も涼しく感じたり、赤系の色も見たら色を感じるだけでなく温かみも感じたり、といった風にねぇ。それを応用して“音楽という一つの刺激で五感全ての感覚を得る”ことが出来れば、条件を満たすことにならないかしら。さすが私なんだぞ☆」
「ちょっと! 言ったそばから私の手柄獲らないでよ!」
「縦ロールちゃ~ん。上条さんには私が思いついたって言っておいて~。よろしくなんだぞ☆」
「女王。さすがに人間が小さいです」
そして
ちょっと黒い。
「――なるほど、共感覚性か。その可能性はあるな。見落としていた」
「じゃあ、可能性はあるんですね!」
「ああ、十分検証してみる価値がある。それなら『
「っ!
ちょっとした家電製品でさえ、学園都市の外と中では数十年の開きがあるという。
そんな学園都市の卓越した科学技術の、最先端も最先端。
それが、学園都市一、つまりは世界最高のスーパーコンピュータ――『
学園都市を支えるトップクラスの演算装置。情報処理のスペシャリストの初春が興味を引かれないはずがなかった。
「あ、あの! 私も連れて行ってはもらえないでしょうか! 一度でいいから、
「……ふふ、上条君から、君は
「本当ですか! ありがとうございます!」
初春は言い争う常盤台のエースと女王(そして彼女らを仲裁しようと頑張る同僚達――縦ロールは優雅に紅茶を楽しんでいる)を華麗にスルーし、木山の勤めるAIM解析研究所へ向かった。
×××
「凄い凄いっ! 見て見て! こんな重いものまでここまで上げられるよ!」
「なにを~! 私だって負けないんだから!!」
この数時間で、アケミとむーちゃんは自身の能力をかなり使いこなし始めてきた。
そんな二人を佐天は木陰のベンチに座り少し遠目で眺めていた。
(やっぱり初春だけには教えた方が……怒られちゃうかな、やっぱ)
能力を使えた興奮から少し醒め、冷静になったことでこれからのことを考える。
自分達が能力を使えるようになった。
そのことからこの音楽は――間違いなく本物の
そして佐天は、
となると、これを一刻も早く彼らの元に届けなければならない。
でも――。
「涙子ちゃん、どうしたの?」
「……マコチン」
アケミとむーちゃんが能力を使うのに夢中になっている中で、唯一まだ
「いや、なんでも……マコチンは使わないの、
「うん、私も使ってみようと思って来たんだ? ……いいかな?」
「……うん、いいよ」
はいと佐天が音楽プレーヤーを手渡す。ありがとー♪ とマコチンは受け取り、イヤホンを耳に当てながら佐天の隣に腰掛ける。
しばらくお互い無言で隣り合って座る。そして、音楽を聴いていたマコチンがぽつりと佐天に語りかけてきた。
「私ね、アケミとむーちゃんが大好きなんだ」
「え?」
「もちろん涙子ちゃんも♪」
そう言って、佐天の方を向きニコッと笑う。
そして、再びアケミとむーちゃんに目を向け直した。
「私はね……正直、無能力者のままでもいいと思ってた。確かに能力に憧れはあったけど、それでも、もし自分にだけ能力が目覚めて、二人に距離を置かれたら……そんな風になるくらいなら、能力なんていらないって思ってた」
「…………」
『白井さんや上条さんと一緒に仕事したり、佐天さんや御坂さんとショッピングしたり、毎日楽しいですよ。だって、
「でもやっぱり、能力に憧れがあったのは事実だから。みんな一緒に能力者になれるなら、それが一番だって思うんだ」
そして、再びマコチンは佐天の方を向き。
「ありがとう。涙子ちゃん♪」
ガンッ! 突如、何かの落下音が響く。
落ちたのは、先程まで
そこでは、アケミが意識を失い倒れていた。
×××
初春は研究所に向かって走っていた。
もちろんジョギング感覚で研究所に辿り着けると思っているほど、初春飾利はアスリートではない。足代わりに公共の交通機関を使用すべく最寄りのバス停に向かっているところだった。
その時、初春の端末が着メロを鳴らす。
ディスプレイに表示された名前は――佐天涙子。
「っ!」
初春はすぐさま応答する。
今朝から妙な胸騒ぎがして、何度となく電話、メールをして呼びかけていた相手からのようやくの返信だった。
「佐天さん!? 心配したんですよ! 今、何をしているんですか!?」
「…………」
「っ? 佐天さん? どうしたん――」
「…………れっちゃった」
「え? さ、佐天さん、何て――」
「アケミ……倒れちゃった……」
「…………え?」
「
『ここまできたら、
「………………あ」
「佐天さん!? 落ち着いて、最初から話してください! アケミさんがどうしたんですか!?」
「……そうだ……
「でも使いたかった……怖かったけど……でもそれ以上に……使いたくて……たまらなかった……その為に……あたしは共犯者を増やしたんだ……あたしは……アケミ達を……道連れにしたっ!!」
『私はね……正直、無能力者のままでもいいと思ってた』
『みんな一緒に能力者になれるなら、それが一番だって思うんだ』
『ありがとう。涙子ちゃん♪』
「……っ………っ……」
「佐天さん! 佐天さん、今、どこですか!?」
「……あたしも倒れちゃうのかな? ……はは……そうだよね。アケミ達を巻き込んだ張本人が、自分だけ助かろうなんて、許されないよね」
「佐天さん!」
「……倒れちゃったら、もう二度と起きれないのかな? ……あたし、何の力もない自分が嫌で……でも、どうしても、憧れは捨てられなくてっ! …………ママぁっ」
佐天は蹲り、膝に顔を埋め、お守りをギュッと握りしめる。
そして、ポツリと、呟いた。
「…………ねぇ、初春」
「え? なんですか、佐天さん!? それよりも今どこに――」
「
「……え? 何を?」
「それがずるして力を手に入れようとしたから……罰が当たったのかな? ……危ないものに手を出して……友達巻き込んで……あたし……」
「さてんさ――」
「でもね」
「どうしても……好きだったんだ……上条さんのことが」
「………………え?」
「初めは憧れだった。尊敬だった。
同じ
……あたしも頑張れば、無能力者でも、上条さんみたいな凄い人になれるんじゃないかって」
「……佐天さん」
「でも、違ったね」
「…………」
「上条さんは、あたしとは違った。
誰よりも特別だった。平凡なあたしとは大違いだった。
上条さんが凄くて、凄い人達と肩を並べてたんじゃない。
御坂さんや、食蜂さんや、白井さんたちぐらい凄くて初めて、上条さんと肩を並べることができるんだ……って、気づいたよ。気付いちゃったよ」
「……………」
「でもね。それでも好きなんだ。上条さんのことが」
消えなかった。なくならなかった。
自分を助けに駆けつけた、あの雄姿も。
頭を撫でてくれた時の、優しい微笑みも。
一緒にクレープを食べた時の、真っ赤に照れた顔も。
脳裏に焼き付いて、胸を焦がし続けた。
「全然身近じゃなくても、自分と住む世界が違っても、好きになった前提条件がなくなっても……。
醒めないんだ。気持ちが消えてくれないんだよ、初春。
どうしても……諦められないんだ。
御坂さんのように、対等でいたかった。
食蜂さんのように、傍にいたかった。
白井さんのように、隣に……立ちたかった。
上条さんの特別な人になれるくらい……大事な存在になれるくらい……強くなりたかった。
でも、やっぱり私じゃダメなのかな……
欠陥品の、私なんかじゃ――」
「佐天さんは!!」
「え?」
「佐天さんは、欠陥品なんかじゃありません!!!」
初春飾利は叫んだ。
夏休みの街中の雑踏の中、集まる人目を気にせず、電話の向こうの佐天に向かって大声で叫んだ。
「初……春……」
「もし眠っちゃったとしても、佐天さんもアケミさんもみ~んな、み~~~~んな私が起こしてあげます! ど~んと任せてください! 佐天さんきっと、あと五分だけ~とか言っちゃいますよ!」
「初春……」
「…………佐天さん。上条さんは確かに凄い人です。
「…………」
「でもっ! 恋愛に、能力なんて関係ないはずです!!」
俯き膝に埋めていた顔を、佐天はゆっくりと上げた。
「……え?」
「無能力者が超能力者を好きでもいいじゃないですか! 低能力者はそれ以下のレベルの人としか付き合っちゃいけないなんて決まりがあるんですか!」
「初春……」
初春飾利は叫び続ける。
集まる人目をものともせずに、己の心を曝け出す。
「何の能力も持たなくても、特筆すべき力がなくても、世間一般では落ちこぼれでもっ!
大切な誰か一人の“特別になる”には、そんな資格なんて必要ない!!
私は諦めませんよ! 低能力者の落ちこぼれでも、ライバルが超能力者でも!
そんなものは、この気持ちを諦めて、誰かに遠慮する理由になんか! 他の誰かに譲って、自分は身を引く理由になんかには、絶対になりません!
だって……私だって……上条さんが……大好きなんですからぁぁぁあああああーーー!!!!」
初春の渾身の絶叫が、日中の大通りに響き渡る。
周囲の人達は360度初春に注目し、ちょっとした人だかりが出来ている。それでも、初春は動揺しない。
顔が真っ赤だけれど、大声のあまり息が上がっているけれど、それでも決して、初春飾利は顔を下げない。
自分の恋を、想いを、胸を張って誇るように。
「…………」
そして、それは電話という機器越しでも、電波という波越しでも、離れた場所にいる佐天に伝わった。
佐天の顔は、零れる涙でボロボロだけれど、確かに柔らかい笑みが浮かんだ。
「……そっか。じゃあ、あたしたちライバルだね」
「ええ。負けませんよ」
「お~、怖。……こりゃあ、うかうか寝てられないな」
「まったくです。グズグズしてると、奪っちゃいますよ。……佐天さん。佐天さんは欠陥品なんかじゃありません。能力なんか使えなくたって、力なんかなくったって、佐天さんは佐天さんです。私が上条さんを獲られるんじゃないかってヒヤヒヤさせられるくらい、魅力的な――私の親友です。……だから――」
その時、ずっと力強さに満ちていた初春の声が、弱弱しく嗚咽交じりになった。
「――だから……そんな悲しいこと……言わないで」
その悲しみのこもった言葉で、佐天はあの日の会話を思い出していた。
『白井さんや上条さんと一緒に仕事したり、佐天さんや御坂さんとショッピングしたり、毎日楽しいですよ。だって、
(……そうだね、初春。……あたしも、学園都市に来て……初春に会えてよかった)
「……ありがとう、初春。…………あと、よろしく」
×××
「はぁ……はぁ……」
初春は佐天の家まで辿りついた。
アスリートでもなんでもない、運動音痴の鈍足の二本足で。
初春は佐天の家の扉を―――その扉は、すでに開いていた。
「佐天さん!」
初春は部屋の中に駆け込む。
そこにはぐったりとベッドに横たえられている佐天と――ベッドの傍らに立ち、佐天を見下ろす上条がいた。
「え? 上条さん? ……さ、佐天さんは!?」
「……息はある。呼吸も安定してる。命に別状はないはずだ。――――だが、意識不明の、昏睡状態だ」
「…………そ、そんな」
初春が佐天に駆け寄る。
上条の言う通り、安定した呼吸は続いているが、一向に目を覚ます気配はない。
おそらく他の
上条は机の上の音楽プレーヤーに目を留める。
「っ!」
唇を噛み締め、拳を固める。
「……初春、救急車は呼んだ。佐天の傍にいてやってくれ」
「か、上条さんは――」
「これで音楽プレーヤーが
「……いえ、木山先生の所には私が行きます。もうアポはとってありますから」
「……分かった。なら俺は別ルートから犯人にアプローチする。なにか分かったらすぐに連絡をくれ」
「はいっ!」
上条は部屋を後にしようとする。
その間際、眠り続ける佐天に目を向け、懺悔するように呟いた。
「……すまない、佐天――俺が、絶対に、なんとかする」
×××
これより少し前、上条は路地裏で暴走するスキルアウトから一人の少女を守っていた。
「ッ! らぁ!!」
上条が最後の一人を倒す。
そして、助けた少女に目を向けると、その少女は顔を大きく腫らしていた。
上条が駆け付けた時には、彼女はすでに殴られた後だったのだ。
「……すまない。俺がもっと早く駆けつけていれば」
「い、いえ、いいんです。ショートカットしようと路地裏なんか通ったアタシが馬鹿だったんです。むしろ、助けていただいて感謝してるんですよ。このままだと確実に貞操の危機でしたよ。ほら、アタシ可愛いから。ニシシ。あ、いたたたた」
その子は良く喋る明るい子だった。
性格はそこまででもないが、雰囲気は何処か佐天に似ている子だった。
なんとなく上条は放っておけず――。
「その怪我、跡に残ったらやだろ。可愛い顔がもったいないねぇしな。俺の知り合いに名医がいるから、その病院まで案内するよ」
「か、かわ……そうすね。案内していただきましょうか。アタシの可愛い顔の為に」
「ふっ。ああ」
そして上条はいきつけの病院に辿り着き、例のカエル医師にその子を預けると、そのまま再びパトロールに戻ろうとする。
すると、目の前の病室にまた一人、新しい患者が運び込まれた。いや、二人か。
上条は顔を険しくする。病院にいると、こうしている今も次々と犠牲者が増えていることを否応なしに見せつけられる。
そんな上条の前で、一人の少女が泣きながら震えていた。
「おい。君、大丈夫か?」
声をかけられた少女はびくっと体を震わせたが、上条の腕にある
「は、はい……」
「誰かの見舞いか?」
「と、友達の……私の目の前で倒れちゃって……そして……救急車の中で……もう一人……一緒にいた友達も……急に……」
「……そうか」
上条は痛ましく少女を見つめる。目の前で友達が二人も倒れたのだ。相当ショックだったに違いない。
「ん? 君の目の前で? それに一緒にいた友達も?」
「……はい。……あ、あの、これって何かの伝染病だったりするんですか? だとしたら、私も……」
「いや、おそらくそういったものじゃない。……一つ聞くが、君たちは
「え、ええ。友達の一人が偶然それを持っていたので、それをみんなで……え? まさか?」
「……ああ。おそらくな」
すると、少女は口を抑え、顔面蒼白となる。
伝染病ではないが、そういった意味なら自分もウイルスを取り込んでいたのだ。
「君はまだ昏睡状態になっていないが……君は使わなかったのか?」
「い、いえ……その、音楽を聞いている途中にアケミが倒れたので……途中まで……あ、あの! 私も眠っちゃうんですか!? アケミは!? むーちゃんはどうなっちゃうんですか!? 涙子ちゃんは!?」
「いや、正直分からない。
「え……ええ。元々……
「……それで、その涙子ちゃんはどこに……」
「アケミが倒れた時に……顔を真っ青にして、どこかへ……どうしよう……今頃どこかで倒れてたら……」
「……その涙子ちゃんって、苗字は?」
上条は心拍数が上昇するのを感じながら、その言葉を聞き洩らさんとする。
(……まさか――)
「佐天……佐天涙子ちゃんです」
上条の嫌な予感が的中した。
考えることは山ほどあった。
なぜ、彼女が
しかし、今はそんな些事はどうでもいい。
一刻も早く、彼女の元へ向かわなければならない。
「ありがとう、話してくれて。俺は佐天を助けにいく。君の友達は、必ず助けてみせる」
上条は立ち上がる。少女――マコチンは心細そうに手を伸ばしかける。
「あ……」
「大丈夫」
上条はマコチンの頭に手を乗せる。
「もし眠ってしまっても、死ぬわけじゃない。この事件の黒幕の幻想をぶっ殺して、全員目覚めさせる。君も、君の友達もな――
上条はニコッと笑う。マコチンは伸ばしかけた手をゆっくりと下す。
この人の人柄か。それとも潜り抜けた修羅場によって培われた貫禄か。
その笑顔は、信じてみよう、と思わせるに足るものを感じさせた。
上条が走り出そうとしたとき、マコチンは思わずといった風に声を掛けた。
「あ、あの、涙子ちゃんのお知り合いなんですか?」
「ああ」
「友達――大事な……“大切な”友達だ」
特別に憧れた少女は。唯一無二に恋した少女は。
ただ、好きな人の特別になりたくて、唯一無二になりたくて。
これはそんな普通な女の子が、そんな普通の夢を見た物語。
それを悲劇にするわけにはいかない。
ヒーローは、幻想をぶち殺すべく、右の拳を握り最終決戦に向かう。