上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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なぁんだ。

やっぱり、みんな、あたしとは違うじゃないか。




幻想殺し〈オンリーワン〉

 

 白井と上条は他方から現れたお互いを認めると、一瞬のアイコンタクトで意思を確認しあい、頷き合う。

 おそらくは打ち合わせをして挟み撃ちをしたわけではない。

 たまたまの偶然で、同じ現場に鉢合わせたのだろう。

 

 しかし、この二人は同僚。そして共に現場という前線を任されるコンビである。

 食蜂と縦ロールと上条の三人がチームなら、白井と上条はコンビとして長年共に戦ってきた。

 

 一瞬で意思疎通を行うことなど、この二人には造作もないことだった。

 

 ブォンッ! と白井の姿が一瞬で消える。

 そして佐天の側に現れ、次の瞬間には佐天と共に姿を消す。

 

 そして、上条の背後に現れた。

 

「大丈夫か、佐天?」

「は、はい。ありがとうございます。白井さんも、ありがとうございます」

「いいえ。よく頑張りましたね。……それで、上条さん」

「ああ。おそらく、あの金髪だけは別格だ。アイツと他の二人を引き離す」

「分かりました。では、わたくしが奴をあの廃墟ビルに移動させます」

「……気をつけろよ。おそらくは全員が幻想御手(レベルアッパー)使用者だ。どんな能力を持っているか分からない」

「上条さんも」

 

 すると、その一瞬後には再び白井は姿を消し、その後一瞬金髪の元に現れたかと思うと、次の一瞬後にはもう二人とも姿を消していた。

 

「くそっ! 何だってんだ!」

「どうなってやがる!」

 

 残された部下二人が、現状をまるで把握できずに騒ぎ出す。

 そんな雑音を黙らせるかのように、上条が大きく、強くその一歩を踏み出した。

 

「お前らの相手は俺だ」

 

 上条の迫力に、二人の不良は一気に呑み込まれる。

 

「佐天」

「は、はい!?」

「動けるか? 動けたら、俺があいつらを引きつけるから、その間に彼を安全な所に連れて行ってくれないか?」

 

 佐天は先ほどまでリンチに遭っていた青年を見る。

 見るからにボロボロで、自分で動くことすら辛そうだ。

 

 上条と白井が間に合わなかったら、自分もああなっていたのかもしれないのだ。

 

「……はい」

「ごめんな。無理をさせて」

「……いえ」

 

 佐天は歯痒かった。

 どうして自分は、より危険で大変な思いをさせる上条に気遣わせているんだろう。

 

 あたしが何の力もない無能力者(レベル0)だから?

 自分でも卑屈だと分かっているけれど、そう考えてしまう。

 

 今だって、助けてもらえる嬉しさより、また助けられている申し訳なさの方がどうしても大きい。

 

「いくぞ」

 

 上条がポキポキと指を鳴らす。

 彼がここまで問答無用で戦闘態勢なのも珍しい。

 

 佐天に対する行いが、相当頭にきているようだ。

 

 上条が男の一人にゆっくりと近付く。

 目にも留まらない超スピードで移動しているわけじゃないのに、なぜか一歩も動けない。

 

 上条が右手を振りぬく。その男の鼻っ柱に拳が吸い込まれる。

 

「ぐはぁ!」

 

 ザザッッ!! と音を立てて男の体はアスファルトを滑り、やがて停止した。ピクリとも動かない。

 

 一人目――終了。

 

「……はっ! やってくれんじゃねぇか!」

 

 仲間がやられたことで危機意識が高まったのだろうか、もう一人の男が能力を発動する。

 工事現場に豊富な鉄筋、鉄パイプを浮かせ、上条に投擲した。

 

 念動力(サイコキネシス)か? それとも御坂のように磁力を操っている?

 上条は考察をしながら、一瞬後方の佐天たちに目を向ける。

 佐天が青年に肩を貸し、物陰へと入ろうとしているのが見えた。

 

 上条は再び前を向き、敵の攻撃に向かって走り出した。

 鉄パイプや鉄筋を最小限の動きで避ける。能力を使いこなしていないのだろう。その攻撃はまさしく只の投擲。軌道も単調で、それぞれの部品も一ヶ所に固まっていた。

 上条は回避時にそれらの部品の尻尾の部分の宙を右手で払う。

 

 念力の糸を断ち切るように。

 

 カランカランと部品群が支えを失ったかのように急速に地面に落下する。

 

 男は投擲した武器がいきなり自分の制御下からが外れたことに呆気にとられる。

 そんなことに気を取られている間に、すでに上条の拳が眼前に迫っていた。

 

 二人目――終了。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 時間は少し遡り、白井と金髪がビルの中に突入した時、

 

「っと、はは! 面白い能力だな! 空間移動(テレポート)ってやつだな! まさか体験できる日が来るとは思わなかったぜ!」

「………別にあなたを楽しませるつもりでこんな所に連れ込んだわけではありませんの。暴行傷害の現行犯であなたを拘束しま――」

「俺たちゃよぉ、幻想御手(レベルアッパー)を手に入れる前は、お前達風紀委員(ジャッジメント)にビクビクしてたんだぁ」

 

 金髪は凄惨に笑う。この時を待ち望んでいたと言わんばかりに。

 

「だからでけぇ力が手に入ったら、お前らをギタンギタンにしてやりてぇって思ってたんだぜぇー!!!」

 

 金髪は両手を広げて白井に襲い掛かる。

 

 白井は動じない。こんな輩の対処法は心得ている。

 襲い掛かる相手の死角(はいご)にテレポートして、後頭部に一撃を叩き込めばおしまいだ。

 

 白井は消える。そして現れる。

 

 目の前に金髪はいなかった。

 

(え? ……消え――)

 

 白井は敵意を感じ、とっさに鞄を盾にする。

 ()()()()()()()()()()()()から金髪による蹴りが襲う。

 

 なんとか鞄で防いだが、納得はいかない。自分は確かにこいつの背後に移動したはずなのに。

 

(くっ、なら飛び道具で! この金属矢を右肩に直接転移する!)

 

 しかし、その金属矢は金髪の体付近の宙に現れ、金髪にかすり傷つけることなくカランと音を立てて落ちる。

 

(つ!? 外した!? この距離で演算を間違えるはずが!?)

 

 金髪がナイフを水平に振る。白井はそれを仰け反って回避し、バックステップで距離をとる。

 

「もう気づいてるんだろう。そうだ。これが俺の能力だ。ここに飛ばされた時点で発動してある。俺にもう空間移動(おまえののうりょく)は通用しねぇ」

 

 金髪が再び襲い掛かる。今度は右側からの中段蹴り。

 

 それを白井は黙って迎える。空間移動(テレポート)は使わない。

 金髪に言われたからではなく、ギリギリまで攻撃を観察し、相手の能力を見極める為だった。

 

 だが、何の変哲もない。ただの蹴り。白井は鞄を構えて防御しようとする。

 

 インパクトの瞬間、足がありえない方向に曲がった。

 

(な!?)

 

 結果、鞄の盾は機能せず、不良男子の全力の蹴りが、女子中学生の小柄な体にしたたかに打ち付けられた。

 アバラ骨の何本かが異常をきたす感触。白井の体は軽々と吹き飛び、強烈に壁に叩きつけられる。

 

「今のはいい感触だったぜぇ~。相当効いたんじゃねぇかぁ~? ハハハハ!!」

 

 金髪が高笑いしながら白井に近づいてくるのを、白井は後ろ目で確認する。

 

 残る金属矢は一本。自分の予想が正しければ――。

 

 白井は振り向き様に、矢を“自力で投擲”する。

 まっすぐ金髪に向かって行った矢は、空中で野球のスライダーのように軌道を変えた。

 

 結果的に金髪には当たらず、金髪は白井を嘲笑する。

 

「なんだぁ~? もう空間移動(のうりょく)も使えねぇくらいにへばっちまったのかぁ~? まだこっちは遊びたりねぇぞ、こらぁ!」

 

 おそらく、相手の能力は白井が睨んだ通り。ほぼ確証は得た。

 そして、白井は作戦を頭の中で構築し――敵に背を向け、逃走を開始した。

 

 ビルの奥へ、奥へ、奥へ。

 

「……あ~。次は鬼ごっこかぁ? いいぜぇ。ただし! この廃ビルの外に出たら、外のデブと女を殺す!」

 

 金髪は、走り去る白井の背中にそう愉しげに叫んだ。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 佐天と青年が物陰に避難が終了した時には、既に上条の戦闘は終了していた。

 

「すごい……」

 

 上条の足元で蹲る不良達。自分と同じ|無能力者にも関わらず、自分が震えあがることしかできなかった相手に拳一つで圧倒してしまった。

 

 これは男女の違い? それとも年齢? 肩書?

 佐天は同じ|無能力者の上条にも嫉妬している自分に気づき、嫌気が差した。

 

「ぐっ……」

「っ!! 大丈夫ですか!?」

 

 青年が立ち上がる。相当痛むようだが、それでも体を動かそうとする。

 

「あ、あの動かない方が」

「いや、大丈夫。ありがとう。それより君も早く逃げよう」

「え!? ……でも、白井さんや上条さんが……」

「何言ってるんだ。君も無能力者なんだろ。手助けしようにも、僕たちじゃ足手まといにしかならない」

 

 青年は、当たり前の事実を告げるように言う。

 

「こんな時に、無能力者(レベル0)ができることなんて、何もないんだ」

 

 その言葉は、佐天の心に冷たい鈍痛を与えた。

 が、なんとか首を振り、その痛みを必死に追い出そうとする。

 

(……違う。現に上条さんは無能力者でも頑張ってる。無能力者でも、あそこで戦ってる。……たとえ無能力者でも、能力(ちから)なんてなくても、出来ることはきっとある。……そうですよね。上条さん)

 

――頑張れば、あたしでもきっと、あなたのように……。

 

 佐天はビルの前――白井と金髪が戦っているビルの入口を塞ぐようにして立っている上条を見つめながら、そう思った。

 

 その時、ビルが大きな音を立てて崩壊した。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「取り壊し予定なだけあって、隠れる所は何もありませんのね」

 

 白井は腹を抑えながら逃走を続ける。

 

(足音は聞こえない……まだ一階にいると思っているのでしょうか?)

 

 すでに白井は空間移動(のうりょく)を使って、階段を経由せずに二階に到達している。

 こういう時、空間移動(テレポート)という能力(ちから)は無類の強さを発揮する。

 

(今の内に――)

 

 作戦を進めようと通路を飛び出すと。

 

「見~つけた♡」

「ッ!」

 

 通路の死角に金髪がいた。避ける間もなく膝蹴りが白井の腹部にクリーンヒットする。

 

「この廃ビルは俺たちの溜まり場でなぁ。隅から隅まで理解してんのよ。場所の選択を誤ったなぁっ!」

「くっ!」

 

 白井は空間移動(テレポート)で三階へと移動する。

 しかし、その三階を走る足音は、二階の金髪に聞こえるくらいよく響いていた。

 

(精々逃げ回って体力を減らすがいい。飛べなくなったときが――お前の最期だ)

 

 

 五階。最上階。

 白井は窓際まで追い詰められていた。

 

「そろそろ鬼ごっこにも飽きてきたなぁ。いい加減、決着(ケリ)つけようや。」

 

 金髪がナイフを取り出し、白井に近づく。

 

「結局、俺の能力は分かったのか?」

「………自分の周囲の光を捻じ曲げ、対象の認識を誤らせる能力」

「ヒュー♪ 気づいてたのか。」

「あなたによく似た能力の人を知っていますの」

 

 常盤台生を狙ったあの眉毛事件の犯人――重福省帆の能力は認識を阻害するというものだった。

 いうなれば、相手の方に能力の影響があり、見えているのに“気付かせない”ようにした。

 

 しかし、今回のこの金髪の能力は少し違う。光を捻じ曲げることで、実際とは異なる景色を見せる。いわば、状況を把握するための“情報”を変えて、違うものを認識させた。誤解させたのだ。

 だから、空間移動(しらいののうりょく)の演算式に狂いが生じ、蹴りの軌道が捻じ曲がって見えたのだ。

 

「誤った位置で光の像を結ばせる――だから、投げたものがあり得ない軌道を描いたように“錯覚”させられた」

「【偏光能力(トリックアート)】っていうんだけどなぁ♪ ……けどよぉ、分かったからってお前に何ができる?」

「確かに……あなたに当てることはできませんが」

 

 白井は手にしていた窓ガラスを“柱の中”に転移させる。

 直後、窓ガラスは割れ、その窓ガラスがあった部分で切り裂かれたかのように柱が分断されている。

 

「……あ~ん? 何がしてぇんだ?」

「わたくしの空間移動(テレポート)は、移動する物体が移動先の物体を押しのけるように転移しますの。紙切れ一枚あればダイヤモンドも切断することができますのよ。――これが最後通告です。武器を捨てて投降しなさい。抵抗すると、安全は保障しかねますわよ」

 

 白井の最後の慈悲も、金髪――偏光能力(トリックアート)は一笑する。

 

「はっ! 投降? 笑わせんな! どんなに凄ぇ威力だろうと、当たんなければ意味ねぇだろうが!」

「……できればやりたくなかったのですが……いいでしょう。あなたのその小賢しい目くらましごと、叩き潰してさしあげますわ!」

 

 白井が窓ガラスを転移する。駆け回り、次から次へと、その部屋の窓ガラス全てを。

 偏光能力(トリックアート)には理解できない。追いつめられてやけになったのか?

 

「……はっ! 何がしてぇんだ!?」

 

 偏光能力(トリックアート)はとどめを刺そうとナイフを握りしめ、白井に向かって駆け出す。

 そんな偏光能力(トリックアート)に、白井は振り向いて微笑みながら答える。

 

「ビルを支える柱が“全て”切断されたらどうなるか……お分かりですわよねぇ」

 

 偏光能力(トリックアート)の、足が止まった。

 

 このビルのことにはお詳しいんでしょうと白井はクスクス笑っているが、彼の耳には入らない。

 冷や汗を流し、自分の中の結論の異常さを受け止められない。

 

「おま……まさか……ビルごと……」

 

 その偏光能力(トリックアート)の呟きに、白井は笑顔のみで応える。

 

 彼はその時になってようやく、白井黒子という風紀委員(ジャッジメント)の恐ろしさを理解したが、時すでに遅し。遅すぎし。

 

 取り壊し予定だった偏光能力(トリックアート)達の溜まり場だった廃ビルは、予定よりも少し早く崩壊した。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 上条はビルの前でそれが崩壊するのを見ていた。

 不良二人を即座に倒し、すぐさま白井の加勢に行くことも考えたが、ここにいる二人がいつ目を覚まして佐天達に危害を加えるか分からないし、それに何より白井があんな奴に負けるとは思わなかった。

 だから、この入口で待ち伏せ、偏光能力(トリックアート)が逃げてきたら取り押さえようと待ち構えていたのだ。白井がそう易々と逃がすとも思えなかったが。

 

 しかし、この結末には上条も呆れた。まさかここまでするとは。

 

 そんな上条の前に、偏光能力(トリックアート)の首根っこを掴んだ白井が転移してきた。どうやら偏光能力(トリックアート)は、崩壊のショックで能力を保つほどの集中力を維持できなかったらしい。

 

「少々やり過ぎた感も否めませんが……まぁ、取り壊す予定のようでしたから良しとしましょう♪」

「いや、やりすぎはやりすぎだ」

「イタっ」

 

 上条は白井の頭をポカンと叩く

 

 その時、上条は白井の怪我が思ったより酷いことに気づいた。

 もしかしたら、相手の能力が白井と相性が悪いものだったのかもしれない。

 やはり加勢に行くべきだったか……と上条が表情を暗くして落ち込んでいると、それに気づいた白井が。

 

「ちょっと、上条さん! 後輩が頑張ったのに、労いの言葉の一つもありませんの?」

 

 拗ねたように怒ってみせた。

 こういう時の上条に、気にしてないなどというのは逆効果。

 長年コンビを組んでいる白井はその辺を熟知していた。

 

 上条も、もちろんそんな白井の心遣いを理解する。

 それをありがたく思いながら、今は暗い感情は仕舞い、頑張った後輩を労ってやろうと白井の頭に手をのせ、優しく撫でる。

 

「あっ……」

「……よく頑張ったな、白井。偉いぞ」

 

 子供扱いされているような言葉に反抗心が湧かないわけではないが、それ以上にこの手の感触とかけられた言葉に感じる暖かさが心地よくて身を任せてしまう。

 

「さて、こいつから幻想御手(レベルアッパー)の情報を聞き出すか」

「そ、そうですわね」

 

 少し白井の顔が赤いが、仕事は仕事と意識を切り換える。「上条さんが倒した人達からは何も聞き出せませんでしたの?」「いや、二人とも気絶したまま、目を覚まさなくてな」なんて会話をしながら、偏光能力(トリックアート)から情報を聞き出すこととなった。

 

「おい、幻想御手(レベルアッパー)について知ってることを話せ」

「……もう二、三回ビルと一緒に潰れてみます?」

「ひ、ひぃ!」

 

 白井がわる~い笑顔で脅すと、偏光能力(トリックアート)はポケットの中を探りだす。

 よほど怖かったんだなぁ……と上条がちょっと引いていると、彼が取り出したのは――。

 

「ん? ただの音楽プレーヤーじゃないか?」

「ふざけてますの!!」

「ひぃ!」

 

 白井に怯えながらも、偏光能力(トリックアート)はたどたどしく答える。

 

「れ、幻想御手(レベルアッパー)は、曲、なんだよ……」

「「曲?」」

 

 その事実に二人は信じられないといった風に目を見合わせた。

 

 そして、そこに佐天が合流しようとする。

 

「白井さ~ん。上条さんも無事でよかったで――」

 

 その元気そうな姿に二人の表情は緩むが。

 

 そこに、上条が倒した一人目の不良が起き上がる。

 

「っ! 佐天さん!!」

「あぶない!!」

「――え? っ! きゃああ!!」

 

 その男が放った炎が、一番近くにいた佐天を襲う。

 

 しかし、何とか間一髪間に合った上条の右手がそれを防ぐ。

 

 

 パキーンッ!

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「………………………え?」

 

 

 佐天はそれを、呆然と見つめた。

 その間に白井によって、男は再び昏倒させられる。

 

 そこにようやく警備員(アンチスキル)の人達が現れ、上条達はその場を引き継いだ。

 

「ご苦労様。後は私たちに任せたまえ」

「はい。よろしくお願いしますですの」

「佐天も怪我はないか?」

「………え? あ、はい。大丈夫です……けど、上条さんの方は大丈夫なんですか? なんか思いっきり炎を喰らってましたけど」

「「……あ」」

 

 上条と白井は目を合わせる。

 さすがに直接見られてしまって、なおかつここまでストレートに聞かれては答えないわけにはいかない。

 

「……あのな、佐天。これは、その、結構な機密なんだ。風紀委員(ジャッジメント)でもうちの支部のメンバーくらいしか知らないくらいの。だから、あまり言いふらしたりしないでくれよな」

「は、はい。分かりました」

 

 そして、上条は自分の右手を見つめながら、こう答えた。

 

 

「俺の右手には、異能の力なら何でも打ち消す『幻想殺し(イマジンブレイカー)』って力が宿ってるんだ。これは生まれつきで、身体検査(システムスキャン)じゃあ無能力者(レベル0)って扱いなんだけどな」

 

 

 

 その時、佐天の中で何かが壊れた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 自分が憧れた自分と同じだと思っていた人は、自分と違って特別な力を持っていた。

 

 

 名だたる能力者の人達と肩を並べるに相応しい、主人公のような能力を。

 

 

 勝手に親近感を覚えた人は、頑張ればいつか自分もと希望を持たせてくれた、好きな人は。

 

 

 自分が何度生まれ変わっても手に出来ないであろう、唯一無二(オンリーワン)な能力を持つ特別な人だった。

 

 

 全然違った。似てなんかいなかった。共通点なんて一つもなかった。

 

 

 なぁんだ。

 

 

 やっぱり、みんな、あたしとは違うじゃないか。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「……そっか。そうなんですか。おかしいと思いましたよ~! にしても凄いですねぇ、その力! 無敵じゃないですか !チートですよ、チート! あ! あの都市伝説の『能力の効かない能力を持つ男』って上条さんのことだったんですね!」

「おい、馬鹿! 機密だって言ったろ! あんま、大きな声で話すな!」

「あ、ごめんなさい。つい興奮しちゃって」

「これはお姉さまも詳しくは知らないことですのよ。他言無用でお願いしますわ」

「はい、任せてください。あ、あたしはもう帰りますね。今日は助けていただいて本当にありがとうございました!」

「あ、おい、佐天!」

 

 佐天は明るく振る舞い、上条達の前を後にした。

 

 

 

 

 

 そのまま無我夢中で走り回り、息が切れて走れなくなったときに、ようやく立ち止まった。

 

「いやだな……この気持ち……」

 

 自分と同じ中学生で、自分と同じ女の子が、自分の好きな人と肩を並べて戦っていた。

 始めは、そんな凄い能力者相手でも、上条のように強くなれば、無能力者でもあの輪の中に入れるのかもと思った。

 

 でも違った。

 上条当麻は、好きな人は、白井や御坂のような高位能力者よりもはるかに凄くて珍しい能力を持っていた。

 

 世界でたった一人の、オンリーワンの能力を。

 

 上条が、白井や御坂の隣に立ってるんじゃない。

 御坂や白井のような能力者になって初めて、上条当麻の隣に立つことができるんだ。

 

 自分では到達不可能な、自分とは無縁のはるか遠い世界に、みんな住んでいる。戦っている。

 

 能力者と“無”能力者では、何もかもが違う。

 

 無。

 

 自分には、何の無い。可能性も。力も。あの人の隣に立つ資格も。

 

 

 

 無い。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 とぼとぼと歩きながら佐天は、手の中の音楽プレーヤーを見つめている。

 

「ルイコ~」

 

 その時、通りの向こう側から佐天を呼ぶ声がする。彼女の学校の友達だった。

 

 彼女と同じ、正真正銘の無能力者。佐天と同じ世界の住人だった。

 

「……アケミ。むーちゃんとマコチンも」 

 

 佐天は彼女らと合流する。

 

「一人で何してたの? 買い物?」

「……まぁ、そんなとこ。アケミたちは?」

「図書館で勉強~。能力はどうにもならないけど、勉強くらい頑張らないとね~」

「…………そう、だね」

 

 すると、アケミが立ち止まり

 

「あ、でも聞いた? 幻想御手(レベルアッパー)っての」

「っ!」

 

 佐天は固まる。その幻想御手(レベルアッパー)は、今まさに佐天の手の中にあるのだ。

 

「なぁに、それ?」

「あ、私知ってる! 能力が上がるってやつでしょう?」

「そうそう。噂じゃあ、今それ高値で取引されてるらしいよ」

「お金ないよ~」

「あ、あのさぁ!」

 

 佐天は全員と向き合う。

 

 そして言う。言ってしまう。

 震える瞳で。手で。それを悟られないよう、必死で抑えて。

 

「あ、あたし。今それ持ってるんだけど……」

 




自分と同じと思っていた人は、自分とは違う特別な主人公だった。

自分と同じ目線で、自分と同じ世界を生きていると思っていた好きな人は、自分とは無縁の世界で戦う人だった。

違った。自分とは違った。

手の届かない――遥か、遠い人だった。

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