艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~ 作:kasyopa
お互いに心の底から打ち解けあい、親しく付き合う事。
Side 涼月
私が呉に付いたのは大湊と同じように深夜であった。
帰り道は覚えていた為、一人で鎮守府にたどり着く事が出来たが、
門は固く閉ざされ入る事はかなわなかった。
夏の終わり。日が落ちれば大湊程ではない物のそれなりに気温が下がる。
大きな荷物にその身をうずめながら何とか暖を取る。
と、誰かの足音が近づいて来た。
黒い髪を頭の両端で髪をくくっている、凛とした顔立ちの少女。
長手袋の下には網手袋が見え隠れしており、赤い腰巻が何とも温かそうだ。
その首には白く長いマフラーが巻かれており、潮風に吹かれて靡いていた。
「あれ? 涼月じゃん!」
私はこの人を良く知っている。そして彼女も私の事を知っている。
そして何より、こんな時間まで起きているような知り合いは一人しかいない。
「もしかして、川内さんですか?」
「お、よく解ったねぇ。ま、こんな時間まで起きてるんだから当然か」
手を頭の後ろにやって照れ臭そうに笑う彼女は門の鍵を開けてくれる。
服装はまるで違うものの性格は彼女そのものであった。
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食堂に案内された私はホットミルクを出してもらった。
ほんのりとした甘さと温かさが五臓六腑に沁み渡る。
「ありがとうございます川内さん。しかしその格好は……」
「ああこれ? かっこいいでしょ」
「確かに夜が好きな川内さんにはぴったりの衣装だと思います」
「でしょでしょ? 忍者がモチーフになってるんだ、これ」
自慢げに変わった制服や腰巻、白いマフラーを見せつける。
先程は暗くて良く見えなかったが、髪飾りが彼女の髪と共に揺れていた。
忍者と言うのは確か日本古来に伝わる諜報や破壊工作、暗殺などを行う者達の事だった気がする。
目立たぬように黒い衣装を身に纏うが、彼女の場合はモチーフにしている為、
色合いは元々の制服の色である赤を基準としたものとなっていた。
「っと、涼月が聞きたいのはそこじゃないよね。私達、改二になったんだ」
「改二というと……あの夕立さんや吹雪さんの様な、ですか?」
私の知る限り改二と呼ばれる形態をとったのはあの二人に加えて、
蒼龍さんと飛龍さんしかいない。
私を含めたトラックの人達は一通りの改造が施されたものの、
正確には改という名称で止まっている。
改二についての説明は以前明石さんから聞いていたので、見分けは付くと思う。
「後輩達が頑張ってるのに、私達も置いて行かれるわけにはいかないからね。
同じ水雷魂を持ってる者同士、守らなきゃっていう想いは譲れなかったんだ」
「水雷魂、ですか」
初めて聞いた言葉だが、彼女の言わんとすることは解る。
艦娘としての大切な何かだという事は。
「そういえば涼月には言ってなかったっけ? 水雷魂」
「はい。初耳ですが、なんとなく意味は解る気がします」
「まぁ涼月には言わなくても行動で表してたからね」
「悖らず、恥じず、憾まず。
慢心せず絶え間ない努力を続けていたアンタだから出来た事。あったでしょ?」
真心に反することなく、言った事と行った事が一致し、十分に努力する。
長門さんや私がカレー大会で暁さん達に対して励ます時に使った言葉も含まれている。
「涼月は涼月の出来る事をやって来た。私達も私達の出来る事をやって来た。
それに結果が付いて来ただけ」
「そう、そうなんですよ川内さん!」
私は自分の出来る事をやって来ただけだ。
その出来る事を増やす為に、皆を守る為に努力し結果として戦果や功績が付いて来た。
ただそれだけのことなのに、皆はその功績だけを取り上げて祀り上げる。
それが私の嫌いな事だった。私はそんな艦娘じゃない、と。
「私は全部、私の出来る事をやってきただけで! そしたら功績や戦果が付いてきて!
その功績を私の知らない皆が祀り上げて! 利用しようとして! それで、それで!」
そこまで言ってハッとする。
そこにはテーブルに両肘を突きながら顔を手の上に乗せ、
ニヤニヤとこちらを見つめる川内さんの姿があった。
「それで?」
「それで……私は、嫌だったんです。そんな、出来もしないような過度な期待をされて。
そんな自分を嫌と言えない自分が居て。……苦しかったんです」
私は英雄という言葉が嫌いだった。
今までの功績を祀り上げられ、これから未曽有の期待を背に生きなければならない気がして。
だからと言ってその期待を裏切ることが出来ないと、自分に言い聞かせて。
だから私は言ったんだ。『私は英雄じゃない』と。
でも、ただ口だけで反発する私は、心の弱さを露わにしていたのだろう。
それを見抜き、祀り上げたのは他ならぬ裏の大本営と横須賀の毒された提督だ。
私を英雄と言う名の監獄に閉じ込め、利用しようとした人達。
更には仲間を思うが故に仲間に依存している私をも見抜き、それも足枷にしようとした人達。
でも、それを解消出来なかったのは私自身にある。
いつも人の前で仮面をかぶって他の人の反応を見る。
人によってその仮面の種類を変えて、最も良好な関係を作り上げる。それが私だった。
恐らくは大本営と顔を合わせた時に私と言う者は何者なのか、
そして提督からの評価や、元は横須賀側についていた浦風さん達から得た情報を照らし合わせ、
私と言う艦娘がどういった艦娘なのかを割り出したのだろう。
「涼月にどれだけ辛いことがあったか私には解らないけど、でも、よく頑張ったね」
「川内さん……」
彼女の掌が私の頭を優しく撫でる。
その温かさは大和さんや榛名さんに抱き締められた時の様な温かさに似ていた。
「でも、涼月の本心が見られて私は嬉しいかな。今まで一線置いた感じだったからね」
「それは、すみませんでした」
「いいのいいの。それでも救われた艦娘は私を含めているんだから」
「これから先も長いんだから、涼月は少しずつ慣れていけばいいんじゃないかな?」
誰だって、いつだって、よっぽどのことがない限り掌返しの様に変わる事は出来ない。
特にそれが今まで偽って来たもの、間違ってきた事を正すのであればなおさらだ。
川内さんの言った通り、生きている限り時間は無限には存在しない。
しかしその終わりはどこか誰にも解らない。
ならばその終わりまで、本当の自分を少しでも大切な人達に知ってもらおう。
そう思った私は目を閉じて、今まで得てきた大切な人達の姿を思い浮かべるのであった。
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私は川内さんと別れて自室に荷物を置いて入渠ドッグに向かった。
そのまま眠るのもいいかと思ったが、髪だけでも洗っておかないと、
起きた時に汗と共に張り付いて不快感が増すのでそれだけは避けたかった。
脱衣所に入るとお風呂の方から何やら水音が聞こえてきた。
遅い時間だというのに誰か入っているのだろうか。
人の服を覗く趣味は無いのでそのまま私も服を脱ぎ、そこである事に気付く。
「あっ……」
大湊を出る時に付けていた、大和さんから貰った桜の髪飾り。
それがない事に今更気付く。確かあれは横須賀で叢雲さんと戦った時に投げ捨てた。
そのまま回収することなくここに戻って来たのだ。
普段からしていなかった為に、明さんにヘアゴムを渡した時も気付かなかったのだろう。
MI作戦を終えた夜。大和さんの秘書艦になる約束をした証。
それを大和さんに無くしたと言えば彼女はどう思うだろうか。
恐らく笑顔で返すか何も言わないで、影で悲しむだろう。
大和さんは、そう言う人だ。
「お疲れ様です」
気を落としながらお風呂に入る。
顔を合わせる事はしなかったが挨拶だけでもと思って頭を下げた。
湯船に浸かっているであろう誰かに、少しの罪悪感を感じながらもシャワーを浴びに行く。
「……涼月さん?」
温かな女性の声。誰だってそんな反応をするだろう。そう思っていた。
でも、その声は私の一番よく知っている人の声で。
今一番どんな顔をして会えば良く解らない人の声でもあった。
一番嫌われたくない相手に、今まで偽って来たと言えるものか。
それに彼女からの贈り物を失った私は彼女に対して合わせる顔を持ち合わせていない。
「………」
その言葉を無視して私は髪を洗う。
それでも以前の如月さんのようなことにならないように、
彼女の行動を起こすだろうと耳をそばだてていた。
しかし、彼女は一切動かなかった。
水音が一切聞こえるどころか行動の一つも起こしていなかったのだ。
何か言ってくるなら言い返せるし、何かしてくるならそれに対して反応すればいい。
私の都合が悪い時は、いつだってそうしてきた。
でもこれは受動的な物であって、私から何かを起こすという事が出来ない物であった。
沈黙が身に沁みる。ましてや何か言ってくるであろうと思ったから猶更だ。
川内さんの話で私も変わろうとは思っていた。
でももっとじっくり、他の人から慣れていこうと思っていたのに。
彼女はもっと慣れてから他の人より時間を掛けてゆっくり、と考えていたのに。
沈黙に負けて涙が溢れてくる。
本当にどうしたらいいのか解らなくて、ただただ申し訳ない気持ちが溢れて。
それが自分では止められない。せめて零れ落ち無い様に必死になって目を瞑る。
不意に背後から抱きしめられる。
先ほどまで警戒していたのに、
私がどうしたらいいのか解らなくなった所を見計らってきたのだろうか。
全く持って、罪な人だ。彼女は。
「……どうして今動いたんですか。大和さん」
「涼月さんが、泣いていたからです」
強く強く、二度と離さないといわんばかりの力で。
されど決してこの身を痛めないようにと優しく。
彼女の暖かさが背中を通じて流れ込んでくる。
それは私の不安を取り除いてくれたあの温かさよりも、
私の悪夢から解放してくれたあの温かさよりも。
強く、そして温かいものだった。
こんな醜い私に対しても、こんなにも温かく接してくれる大和さん。
私は彼女に何を恐れていたのだろう。
どうして私は彼女を心の底から信じることができなかったのだろう。
その悔しさと悲しさが入り乱れて、訳が分からなくなる。
「ずるいですよ大和さん! どうして! そんなに優しくしてくれるんですか!」
まるで反抗期の子供のように涙をこらえながらも、
体を入れ替え彼女を見上げる。
そこにはただただ微笑みを贈る大和さんの顔があった。
「馬鹿! 大和さんの馬鹿! なんでそんな顔するんですか!」
そんな顔しないで下さいよ大和さん。
今の私にそんな顔をされる権利なんて、存在しない。
なのに彼女はそれをやめない。そのせいでさらに涙がこみ上げてくる。
「涼月さんが私達の為にどれだけ努力してきたのか、
その中で私達の為にどれだけ無理をしてきたのか、それは私には解りません」
「でも、もう皆の為に頑張らなくてもいいんです。私達は貴女のお陰で踏み出せた。
だから今度は私達が涼月さんの為に努力します。
今まで貴女からもらった素晴らしい物を、返せるように。」
その言葉が私の心を貫いた。
「う、うわあああああああん!!」
私は泣いた。彼女に縋り付き泣いた。声が枯れても、涙が枯れても。
自分の気が収まるまでただひたすらに泣き続けた。
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ひとしきり泣いた私は、大和さんに抱かれながらもお風呂に浸かっていた。
いくら湿度が高く気温が高い浴場とはいっても、濡れた体ではすぐに冷えてしまう。
何故抱かれながら浸かっているかというと、私がただ単に甘えたかったからだ。
思考が少し後退しているようにも思えたが、今はそんな事どうでもよかった。
浴槽に張られたお湯と彼女の温かさ、そして直に感じる感触がとても心地いい。
「まさか涼月さんがこんなに甘えん坊だとは、思ってもみませんでしたよ」
「私だって甘えたい時があるんです。今まで吹雪さん達のお姉さんの様に振舞って来ましたから」
勝って兜の緒を締めよという言葉がある様に、私は勝っても喜ぶことをあまりしなかった。
皆が喜ぶのを見ていると自分の代わりに喜んでくれているような気がして。
でも今なら解る。それは気がするだけで実際はそうではないのだと。
時々でもいいから自分の感情を露わにするべきなのだと、泣き終わってから気が付いた。
「お姉さん、ですか。なんだか面白いですね」
「そうですか?」
「涼月さんは秋月型防空駆逐艦の三番艦。どちらかと言えば妹の様な存在なので」
「それを言うなら舞風さんなんて、最低でも18姉妹の末っ子じゃないですか」
「そうですね……ふふふ」
大和さんが笑う。それは大和撫子という物ではなく本心から漏れた物に見えた。
私は何かおかしなことを言っただろうか。でも間違ったことは言っていない。
少しだけ不機嫌になって頬を膨らませる。
「大和さん、何も笑う事は無いんじゃないですか?」
「そうですね。でもこんな涼月さんは初めて見たので……」
確かに私は本来こんなことで不機嫌になったりはしない。
恐らく彼女は今までの達観した様な私ではなく幼子の様な私に、
ギャップを感じているのだろう。
でもそれでもいい。これが今まで我慢してきた本当の私の一つなんだから。
「今はまだ少し、甘えさせてください。お母さん」
「えっ……?」
「あっ!?」
覆水盆に返らずとはこの事か。
私は赤面しているであろう自分の顔を隠す為に、彼女の胸に顔をうずめるのであった。
夜中という事もあって、出てくる艦娘はかなり絞られました。
涼月の知らないところで、呉の皆も努力していたようです。
いつの間にか川内改二になってる川内さん。
ニンジャスレイヤーのネタを入れたかったが、
終盤辺りでネタに走るのもどうかと思ったので自主的に却下。
涼月自体も傷心の状態ですからね。
そしてかなり引っ張ってやっと名前の出てくる大和さん。
彼女が何故こんな時間にお風呂(入渠ではない)にいたのかは次回のお話で。
最終回ではない……まだもうちっとだけ続くのじゃ。