艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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意味

汚れた環境に居ても、それに影響されず清らかさを保っている事。


第二十三話『泥中の蓮』

Out side

 

 

綾波の案内で私服に着替え車に乗せられた涼月、叢雲、大湊の提督。

涼月はトランクには自分の荷物が積まれて居た為、

ここに向かう時に使った車であると理解すると共に、

盗難の被害に遭っていない事に胸をなでおろす。

 

エンジンを駆け、車は横須賀駅へ向かう。運転するのは綾波であった。

 

「綾波さん……車運転できたんですね」

「用意した運転手が裏切ってしまった場合を考えて、運転できるようにしているんです」

「えっと、綾波さんは何歳なんですか?」

「そこは拒否権をお願いします……」

「あ! すみません!」

 

不味い事を聞いてしまったと咄嗟に謝る涼月。

綾波は今までの様に真面目な秘書艦ではなく、少しばかり柔らかい彼女らしさが出ていた。

 

「さて綾波君、表の鎮守府とは何なのか教えてくれないか?」

「そうよ。それが解らなきゃおちおち寝てもられないわ」

「運転中なんですが……簡単にお話しましょう」

 

彼女は車の速度を少しだけ落としつつ話し始めた。

 

「暁の水平線作戦と呼ばれる大作戦が成功を収めた時のことです。

 あの作戦は表向きには成功したことで有名ですが、私達は重大なミスを犯しました。

 恐らく古参の提督である貴方ならご存知でしょうが……」

「ああ、確かあの作戦は大本営の最初の汚点と呼ばれている」

「もしかして、あの時の艦長の日記の」

 

涼月はキス島に難破していたイージス艦で見つけた艦長の日記を思い出す。

そこには確かに暁の水平線作戦と記されていた、と。

 

「戦艦や空母の大量投入によって日本近海で跋扈していた深海棲艦を排除し、

 制海権を取り戻す事は出来ました。しかし奴らは一つの知恵を得ました」

「知恵?」

「はい。鎮守府という物の知識を得ました」

 

「そこで奴らは鎮守府という形を真似る事にしたんです。

 それは日本から離れた無人島を占領し、要塞化することで戦力を増大化させ、

 またその要塞も武装化し戦力として利用する」

「立派な名前の作戦なのに、結果は戦術的勝利、戦略的敗北とはね」

「元々は日本の夜明けを意味する作戦となる筈でした。

 ですがその結果を知らぬ大本営の一部の人間は勝利に踊らされ、

 落ちていきました」

 

かくいう大本営が深海棲艦の要塞化についての情報を手に入れたのも、

暁の水平線作戦が成功しそれからしばらく時間が経った後の事であった。

そして綾波達はその勝利に踊る者達に対し、深海棲艦の実状について話したのだ。

 

「それにより一部の者は自分の慢心を悔やみました。自らの驕りに気付いたんです」

 

「しかし呉で実行された作戦によってまた、彼等の驕りに拍車がかかったのです」

「っ! 正面海域解放!」

 

思い出したかのように口にする涼月に対し、綾波は視線をきつくしながらも頷く。

 

「圧倒的な航空戦力を持ってしての絨毯爆撃。

 それもまた深海棲艦を教育する材料となりました」

「まさか、まさかそれがトラック泊地の空襲につながったと……」

「艦隊にも基地に対しても壊滅的な打撃を与える圧倒的な航空戦力による絨毯爆撃。

 その知恵を得た奴らは航空戦力を量産し、改良を続けていました。

 物量で押す事が出来る深海棲艦にとっては、持って来いの作戦です」

 

改良と言う言葉を聞き、涼月は青い光を放つ機体と丸く白い牙をむいた機体の事を思い出す。

あれは従来の敵機とは性能が段違いであった。特にあの青い光を放つ敵機は。

 

「しかし奴らは同時期に、もっと強力な武器を得たんです」

「それがキス島で難破していたイージス艦より得た、暗号の解読表ってわけね」

 

叢雲が会話に割り込んで来る。

彼女は涼月達が戻る前に初雪と深雪からそのような情報を聞いていたのだ。

 

「その通りです。航空戦力の実験投入はW島作戦奇襲に使われました。

 報告ではこちらの損耗は無く、敵空母戦力は壊滅、一部の艦が撤退したと聞いていますが」

「はい。それは間違いありません。私がその場に居ましたから」

 

W島奇襲作戦の失敗は一部ながらも涼月がその結果を知っていた。

作戦に失敗し撤退する第三水雷戦隊を軽空母二隻が強襲、

後続の艦隊による挟撃を避ける為に第四水雷戦隊が要撃する。

最終的には金剛率いる第二支援艦隊によって敵空母は全滅、

涼月必死の特攻により如月を庇ったことで事なきを得た。

 

「なるほど。確かに涼月さんはその頃呉に転属されていましたね……

 っと、話がそれてしまいました」

 

納得するかのように綾波が呟くが、少し咳払いをして話を戻す。

 

「それから暫くして敵深海棲艦に暗号を解読されているのでは、

 という話題が呉からもたらされました。我々もW島攻略に当たっての報告を聞き、

 半信半疑で暗号を作り始めたのです」

 

「しかし同時期に発動されたMO攻略には間に合わず、

 結果として暁の水平線作戦と同じく戦術的勝利、戦略的敗北。

 それによって急ピッチで暗号の製作に当たりました。しかし……」

 

彼女の声のトーンが落ちる。何かを悔やんでいるような、そんな様子であった。

 

「その頃から勝利にいきり立つ人達が、作戦を強行し始めたのです」

「なるほど。過去の勝利の美酒に溺れ、またその味を欲したか」

「酷い言い方ですが、違いはありません」

 

「それが結果としてトラック泊地空襲に、そしてMI作戦の甚大な被害に繋がったんです」

 

トラック泊地空襲は呉の第五遊撃部隊と、

トラック泊地に所属する艦娘の手によって損害は軽微に済んだ。

涼月が瀕死に陥った事態も伏せられたため大本営がそれを知る由も無かった。

それと共にMI作戦も最初こそ敵の策にはまったかの様に思われたが、

赤城の咄嗟の判断力と涼月・大鳳の援護によって、

幾多の損傷はあったものの損失無しという奇跡的な勝利を収めた。

 

「それでも呉の皆さんは作戦を成功させ続けました。

 それが彼等の慢心の元となり、一つの野心が生まれる結果となったのです」

「その野心とは……?」

「艦娘の私有化。それに加えてこの混乱に乗じた無人島の制圧、資源の独占です」

「っ! そんなのただの戦争屋じゃなっ!」

 

勢いよく立ち上がった叢雲が車の天井に頭をぶつける。

思わず舌をかみそうになった彼女であったが、そんな間抜けな事をする事は無かった。

 

「落ち着くんだ叢雲。いつの時代でもそう言う輩が居る。

 むしろ深海棲艦が現れるまで、戦争と無縁だったこの国だったからこそかもしれないがね」

「ですが通商破壊され残された資源を回収し、艦娘の艤装開発の資源に充てる。

 それは私達もやっている事。この非常事態では仕方のない事なのでは」

「その人達は深海棲艦が殲滅された後の事をも考えているんです」

 

深海棲艦が殲滅された後の事。

それは戦場に身を置き敵を屠る艦娘にとって無縁の話。

それ故に叢雲と涼月は驚かざるを得なかった。

 

「深海棲艦が殲滅された後、基本的にその島は元の国に還元されます。

 しかし彼らはそれを拒否、私有化した艦娘を軍隊として配備し、

 占領と資源の独占を狙っているのです」

「しかし、そんな事を他の国が黙って許すわけ……」

「深海棲艦と対等に戦う事が出来るのは艦娘しかいない。

 それはつまり、艦娘と戦う事が出来るのも深海棲艦だけだという事です」

 

深海棲艦は現代の兵器が一切通用しない相手。

その相手に対して有効な打撃を与える事が出来るのは艦娘を置いて他にいない。

海上を駆け、イージス艦をも圧倒する機動力と火力。

装甲も決して脆い訳ではなく、被弾箇所さえ選べば航行も攻撃も可能であるという、

艦艇並みの硬さを誇っている。

そうありながら彼女達の装甲の大体は服であり、素材は違うものの修繕は簡単。

疲労も肉体によるダメージも特別な薬湯に浸かれば癒す事が出来、

人と同じ物を食べる事で彼女達の動力源は補給出来る。

唯一資源らしい資源が必要なのは艤装の開発・修理と弾薬によるもの。

 

しかも元が人間であった存在である彼女達は言葉が通じる。

その性質は兵士に似ている為非常に扱い易い。

果てには陸上に上がり、その武装によって基地を制圧することも可能と言えば可能だ。

 

こんな現代兵器と比べ物にならないほどの経済的で利口な兵器は、

戦争屋にとって垂涎の逸品であった。

 

「それが君の言う表とは違う、言うならば『裏の大本営』の野望と言う訳かい?」

「はい。私達はその裏の大本営の尻尾を掴むのに必死でした。

 しかし財力も権力もある彼等を留めるには、何かしらのきっかけが必要だったのです」

「まぁ、鎮守府丸々独占できるような連中なら仕方ないわね」

「ですが逆にそれが明るみに出たことによって、私達も動く事が出来ました」

 

バックミラーに映る綾波の視線はいつしか温かな物に変わっている。

彼女は一通り説明を終えた様であったが、涼月の中にはまだ疑問が残っていた。

 

「あの、ではどうして私は大湊に転属になったのでしょう?」

「それは裏の大本営の仕業です。トラック・呉の艦娘達に大きな影響を与えた貴女は、

 裏の大本営から目を付けられていました。艦娘の私有化の障害になる、と」

 

「裏の大本営が望むのは、艦娘と言う名の『操り人形(マリオネット)』です。

 意志を持った物はいつか反旗を翻す。それを増やす貴女は目の上のたん瘤でした。

 ですが逆に貴女を封じてしまえば、呉やトラックの者達も手中に収める事が出来るとも考えたようです」

 

その発言を聞いて涼月はショックを受ける。

軍の上に立ち皆を導く為の存在に、そんな輩が居たことに。

確かに自分が彼女達を変えてきたという自覚はあった。

しかしそれを上層部である大本営の一部の人間から、好ましく思われなかったのだ。

 

「その操り人形の中に、私の息子も含まれていたという事だな」

「大方いくつかの条件を提示して、後は艦娘を好き勝手に扱っても良いとしたのでしょう。

 裏の大本営からすれば、何よりも扱いやすかったと思います」

 

横須賀の提督の様子を思い出し、自分で自分を抱きしめる。震える自分を押さえつける様に。

 

「息子はこれからどうなる?」

「残念ながら、罪から逃れる事は出来ません。多くの艦娘に手を出していましたから」

「そうか……」

「しかし即極刑と言うわけではありません。暫く更生してもらうことになるでしょう」

 

提督は自分の息子ゆえに、複雑な感情が入り混じる。

彼は自らの汚点であり治さなければいけない過去である。

だからこそとせめてもの罪滅ぼしに孤児院から明を引き取り、

若き頃に築いた信頼できる者達に頼りながらも必死になって育て上げたのだ。

しかしそれでは息子自身は報われない。それは曲げようのない事実であった。

 

と、その不安を打ち破る様に電話が鳴り響く。

それに反応した綾波はハザードランプを転倒させ、道路の端に車を付けた。

 

「こちら綾波、何かありましたか。……なるほど、解りました。ありがとうございます」

 

手短に電話を済ませると再び車を発進させる。

 

「呉に向かったとされる者達も既に拘束、連行しました。

 どうやら動力に何か巻き込んだそうで、身動きが取れなかったようです」

 

その発言に提督と叢雲が影ながら反応する。

提督が先に海底で待機させていた、イムヤとゴーヤの働きによるものだと悟ったのだ。

魚雷を撃つことなく、何かをスクリューにでも巻き込ませたのだろうと、

提督は頭の中で理解し感心した。

 

「なんていうか、運がいいですね」

「ふふっ、そうですね」

 

涼月の何気ない反応に対して、綾波は思わず笑いをこぼした。

その思いがけない反応に涼月は戸惑う。

 

「すみません。何せその相手を追っていたのが幸運の女神のような存在ですから」

「幸運の女神、ですか?」

「はい。またの名を死神とも呼ばれたそうですが……」

 

その言葉を聞いてぞっとする涼月。死神という名を冠する艦娘。

もしかして自分の知るどんな艦娘よりも恐ろしい存在なのではないか、と。

 

 

 

「くしゅん! 誰か私の噂をしてますね~……」

 

……その正体は、知らない方が幸せなのかもしれない。

 

 

///////////////////////////

 

 

涼月達は人気のない横須賀駅に到着する。するとそこで待っていたのは……

 

「お姉ーちゃーん!」

「わ、わっ、わっ!?」

 

なんと提督の孫である明であった。

彼は涼月を見つけるや否やその胸元に飛び込む。

あまりにも突然の事に彼女は戸惑い、仰向けに倒れる。

視線を下に送れば胸元に明がすっぽりと収まっていた。

 

「明さん!?」

「お姉ちゃん、呉に帰っちゃうんでしょ?」

「え、あ……はい」

 

顔を上げる明の目には涙が浮かんでいる。

明からすれば涼月は自分を初めて舞台に上げてくれた存在。

自分の事に気付いてくれた存在だった。

彼にとってそれが何よりも嬉しかったことであり、

そして何よりも全く知らない相手がそうしてくれたことに深い感銘を受けたのだ。

 

「でも、どうして明さんがここに……」

「秋月お姉ちゃんが連れて来てくれたの!」

 

建物の影から姿を現したのは秋月だった。

 

「秋月さん……」

「大湊を取り戻した後にやってきてね。

 どうしても涼月に会いたいって言って聴かないから、連れて来たの」

 

どうやって連れて来たのか見当もつかないが、この際そんなことはどうでもよかった。

明は涼月に乗りかかったまま離さない。

 

「こら明、そんなしたら駄目よ。涼月は帰るんだから」

「僕は涼月お姉ちゃんと一緒に居たい!」

「明。彼女は別の場所から連れてこられた艦娘なんだ。だから元の場所に帰さないといけない」

「でもでも!」

「………」

 

叢雲が張り付いている明を引きはがす。

 

涼月はこういった状況に慣れていない。

彼とは様々な事があったが、自然と自分の本能をくすぐり心を開いて来た人物。

あの港で出会った時も、風呂場で唐突に入ってきた時も。

 

涼月は駄々をこねる明と視線の高さを合わせて、その手を彼の頭を撫でる。

 

「涼月お姉ちゃん?」

「明さん。生きていれば必ず会えます。ご縁というのはそういう物です」

「……お姉ちゃん」

「そうです、貴方にこれを上げましょう」

 

涼月はその髪を留めているゴムを外し、差し出した。

 

「いらないのであれば、すぐに捨ててもらっても構いません」

 

彼女の言葉を聞いて首を激しく横に振る明。

 

「ううん! 大切にする! 絶対絶対! 大切にするから!」

 

その反応に優しい笑顔で返し、立ち上がる。

 

「提督、叢雲さん、秋月さん、そして綾波さん。本当にお世話になりました」

「ああ、あちらの提督にもよろしく言っておいてくれ」

「呉に付いたら連絡位しなさいよ?」

「また会える事を期待してるわ」

「私はそこまでの事はしていませんけど……ありがとうございました」

 

敬礼した涼月は、大きな荷物を抱えながら歩を進めていく。

 

人気が少ないとはいえど、誰もいないわけではない。

 

茶髪でセミロング、三つ編みのおさげを拵えた一人の少女が涼月とすれ違う。

ふと何かを感じた涼月は振り返る。しかしそこには既に少女の姿はなかった。

 

「……さて、帰りましょうか。呉に」

 

大きな物をお土産を持って涼月は横須賀の地を去るのだった。

 

 

 

 

 

 

「今のって……いや、まさかね!」

 

三つ編みのおさげを翻し少女は走る。この世に一人しかいない自分の姉に会う為に。

 




深海棲艦の傾向を表の大本営は掴みつつあるようです。
裏の大本営。それは勝利に溺れた戦争屋なのでした。

会話が多く、文章も解説染みてまるで紺碧の艦隊のようだ……と思いつつ執筆したお話。

横須賀の提督も裏の大本営に対していい様に使われていた存在です。
親の権力に物をいう作品が多いですが、むしろ掌の上で踊らされているという。

綾波改二はただのモブではなくしっかりしたメインキャラでした。
プロットの時点ではかなり立ち位置が迷走しましたが、
今の形が自分の中でしっくりしています。
イケメンとはこの事だろうか。
ところで相手を追っていた艦娘……彼女は一体何者なんだ(棒)

最後の最後で明と秋月の登場と別れ。されど今生の別れではない。
生きていれば必ず会える。


最終回……ではなぁい! もうちっとだけ続くのじゃ!

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