艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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意味

実力が伯仲した者同士が争う事。


第二十二話『竜虎相搏つ』

Out side

 

 

涼月が引き金に手を駆け、叢雲の脳天を狙う。

叢雲は体を大きく動かして射線から外れつつ、彼女の腹に向かって突きを繰り出した。

それに対し体を半身の体勢を取って避け、再び脳天に向けて発砲。

それを頭を横に逸し紙一重でかわし、突いた棒を横に薙ぐことで涼月の腹に打撃を加える。

涼月は顔を顰めつつ後ろに飛び引いて距離を取った。

 

秋月型の制服は腹部に鉄板があるようにも見えるが、

実際それはただのデザインであってそこが特別頑丈なわけではない。

 

「(やはり彼女に一撃を当てるだけでも難しいですね)」

 

涼月が最初に脳天を狙った時すぐに発砲しなかったのは、回避される事が見えていたからだ。

実際に引き金を引いていたとしても、射線から外れた彼女を打ち抜くのは不可能だった。

 

距離を取った彼女は叢雲の体の中央に銃を向け間髪入れずに引き金を引く。

 

「っ!」

 

咄嗟の判断で右に避けようとする叢雲だったが、狙いは脳天ではなく体の中央。

体の軸を大きくずらさなければ避ける事は不可能であり、

案の定左腕に弾丸が掠ってしまった。かすり傷から垂れた血がその腕を伝う。

 

「へぇ、一の矢じゃなくて二の矢で止めを刺すってわけ?」

「そうですね。私達の身体能力でなら、貴女の提督を殺すことも出来ますし」

 

涼月は銃身を持って叢雲の懐に潜りこみ、肩に向けてグリップの部分を突きたてる。

 

「ぐっ!」

「こうやって鈍器としても扱えますからね。最悪弾が残ってなくても殺すことは可能です

 

腕を振るう力と銃自体の硬さが相まって強い衝撃が叢雲の肩を襲う。

その反動を活かすように用心金の部分で指を軸に銃を回転させ逆さに手に収めた。

そのまま逆手で銃を構え叢雲の心臓を狙う。

それに対し彼女は張り手によって構える腕をずらし射線を逸らし、

右足を軸にして回し蹴りで腹部を蹴り飛ばし距離を開けた。

 

足を踏ん張り地面に後を付けながらも止まる涼月は蹴られた部分を摩る。

その摩る隙をついて一気に距離を詰めた叢雲は、

その勢いを突きに乗せてもう一度腹部に長棒を突きたてた。

 

「ごはっ!?」

 

ドスリと鈍い音を上げながら血と共に肺の空気が吐き出されむせ返る。

掴まれぬように長棒を瞬時に引き、薙いで付近の工廠の壁に叩き付けた。

その衝撃で涼月は逆手で持っていた銃を手放す。

 

「ったく、面倒掛けるんじゃないわよ」

 

叢雲はぐったりと座り込む涼月を見てから地面に落ちた銃を拾い上げると、

彼女に背を向け遠くの方で眺めていた自衛官達を睨みつける。

 

「さぁ、私の前を遮る愚か者は誰かしら」

「っ! 仕方ない、銃を使え! 殺さなくても動きを封じる事は出来るはずだ!」

 

同じ名を持つ艦娘はこの世に一人しか存在しない。

それもあり今まで腕力で何とか押さえつけようとしていた自衛官達であったが、

涼月が躊躇なく、それも殺す勢いで狙いを付け発砲していたこともあり、

自然と自衛官達の抑止力が弱まっていた。

 

叢雲に対し拳銃やアサルトライフルにも近い銃を向ける。

しかし誰も向けるだけで発砲はしない。誤射を懸念しているのだ。

そして彼女の手には涼月から奪った銃がある。

残り5発と言えどもしも発砲されては命の保証がないのは目に見えていた。

 

小時間ではあるが均衡が続く。しかし自衛官達は数で押している。

 

とは言っても、先程叢雲に倒された自衛官も含めて、

艦娘による配備の関係で自衛官はそんなに配備されていない。

しかもその大半を大湊の艦娘達によって拘束されてしまった為、

自衛官による防衛は手薄な状態にあった。

 

じりじりと僅かではあるが距離が詰められていき、徐々に叢雲が不利になっていく。

自然と彼女の長棒を持つ手に力が込められる。

相手を十分に引き付けてから長棒で薙ぎ払うという事も出来るからだ。

 

幸い相手は叢雲の策に気付いていないのか、

そこに居た全員、と言っても5人ほどの自衛官がにじり寄っていく。

そして距離が十分に詰まったところで、先に叢雲が動く。

 

「こんのぉおおおおおお!!」

 

円を描く様に大振りで辺りを薙ぎ払い、まるで将棋倒しのようにまとめて吹き飛ばす。

当然綺麗に重なるわけもなくバラバラに地面に叩き付けられた彼等は、あまりの衝撃で意識を失った。

 

「特型駆逐艦を舐めるんじゃないわよ」

 

気を失っている自衛官から銃を全て奪い去り、海の中に捨てる叢雲。

こうして叢雲一人の手によって対処に向かった涼月を含めた人員全てが倒された。

 

「これも捨てておこうかしら」

 

涼月から奪ったオートマチック式の拳銃はまだ叢雲の手の中にある。

彼女は涼月の言った言葉が本当かどうか確かめる為に弾倉を抜き取った。

 

が、その刹那。

 

「ぐふっ!?」

 

叢雲の横腹に何者かの脚が食い込み吹き飛ばす。

彼女は咄嗟の判断で長棒を地面に突き立て何とか立ち直ると、

そこには先程まで気を失っていた涼月の姿があった。

 

「なっ……あれだけの衝撃を受けて、まだ立ち上がるなんて」

「生憎私は死地を一度超えた身。その程度では、殺せませんよ」

 

涼月の手には叢雲から奪い取った拳銃が握られている。

しかし弾倉は既に抜き取られており、先ほど吹き飛ばされた影響で損失していた。

それでも銃の中にまだ一発だけ装填された弾が残っている。

 

「私の為に、死んでください。叢雲さん」

 

その言葉と共に叢雲の元へ駆け込む涼月。その速度は並みの人間を越えている。

艦娘としての身体能力を遺憾無く発揮している証拠だった。

 

それに対し一閃の突きで応戦する叢雲。

しかしその長棒に手を添えるだけで機動を逸らし、拳銃を彼女の口に叩き込む。

その勢いのまま押し倒し乗りかかる涼月。

 

「脳を狙おうとすれば反動で狙いが逸れる。しかしこうして相手の口で銃を固定すれば、

 逸れる心配もありませんね」

 

「あの時の言葉、そのままお返しします」

 

「チェックメイト」

 

涼月は躊躇することなく、その引き金に手を掛ける。

 

 

 

しかし、その銃口から弾が放たれることはなかった。

彼女は焦って何度も引き金を引こうとするものの、その引き金は頑なに動かない。

叢雲はその光景に口の隙間から小さな溜息をつくと、

その銃を引き抜いて逆に押し倒し上から長棒を押しあてて涼月を抑え込んだ。

 

「その銃は弾倉を抜くと引き金が引けないようになってるの」

「なっ……」

「元は明が遊びで誤射しないように、っていう提督の銃だったんだけどね。

 まさか二人に命を救われるとは思ってなかったわ」

 

呆然とする涼月の手から銃を奪い取り、海に向かって投げ捨てる。

まだ銃に弾丸が残っている故に暴発の危険性を懸念した行動であった。

 

「さあ往生して吐きなさい。ここの糞提督がアンタに何を吹き込んだのか!」

 

叢雲は涼月を知っている。短い間だったが寝食を共にし同じ戦場で海を駆けた仲。

こんなことをするような艦娘ではないという事は既に理解していた。

だからこそ、こんなことをするように仕向けた人物の発言を聞き出す必要がある。

 

「……私の、せいで……」

 

涼月の頬に涙が伝う。

 

「……私のせいで、呉の……皆が……」

「アンタのせいで呉が? 何を言って……」

「提督が、言ったんです……私が従わなければ、呉の皆が、ひどい目に遭うって……!」

 

次第に溢れる涙の量が増えていく。

叢雲の目に映った涼月の姿は、まるで一人の儚い少女の様であった。

 

しかし叢雲がその程度の言葉で揺らぐわけがなかった。

呆れた様子で大きなため息を吐くと、涼月に対して顔を近づける。

 

「アンタねぇ! そんな事を言うやつの事を信用したって言うの!?

 大湊一つを偽りの真実で征圧しようとする奴らが、アンタ一人従うくらいで止まると思ってんの!?」

「それでも! 私に選択肢などないんです!

 何をしても変わらないなら、いっその事相手の手中に落ちた方が!」

「馬鹿言ってんじゃないわよ!」

 

乾いた音が夜の鎮守府に木霊する。涼月は頬を、叢雲は手を赤く染めていた。

そう。叢雲が涼月の頬を打ったのだ。

 

「アンタ、ちょっとでも仲間を信じた事がある!? 信用したことがある!?

 そんな誰も信じない堅物だったら、誰一人として守る事なんかできないわよ!」

 

叢雲の叫び声にも似た説教。それを茫然と、しかし驚いた表情で聞く涼月。

 

「アンタはただ強いだけ! がむしゃらに戦って、自己満足に生きてるだけ!

 仲間を守るのもそう! 誰かの護衛に付くのもそう! ただ悲劇を塗り替えたいだけ!」

 

「人に詰め寄ってくるのに、自分は一切心を開かない! そんな一方通行な信頼、くそくらえよ!

 皆が信じてくれているのに、アンタが皆を信じなくてどうすんのよ!」

 

「アンタの信じた艦娘は、皆は! アンタが思うほど、軟な存在だって言うの!?」

 

「悔しかったら、なんか言ってみなさいよ!」

 

叢雲がもう一度手を上げた時、涼月の手がその腕を掴んだ。

 

「違う……違う、違う! 私の大切な人達が、そんなに弱いわけがない!」

「だったらもっと信じなさいよ! 仲間の強さを!」

「っ!」

 

叢雲の言葉に反論できなくなる涼月。その言葉を受けて彼女の頬を伝う涙が止まった。

 

涼月はいままで他者の心を開き信頼を勝ち取って来た。

自らの強さが評価され自らの名を高めていった。

そうして自分でも気づかぬうちに呉で名を広めいつしか自らを追い詰めていた。

 

それが一度表に出たのが、オリョール海攻略に当たっての反復出撃。

自らの油断によって赤城が被弾してしまい、作戦遂行に支障が出た事。

そしてそれを背負い込み全て自分のミスだと思い込んで居た事。

その時は翔鶴が居酒屋鳳翔に案内し、そこの女将である鳳翔が励ました。

それによって回復し、見事作戦を成功させたのだ。

 

しかしいつしかそれも無くなり、再び多くの物を自分で背負い込むようになっていた。

 

それの全ての改善策は、信じるという事。信じる事で己の負担を軽くする。

ただそれだけのことであった。

しかし涼月自身はそれが余りに不器用であった。

 

「私は……道化師です。皆の前ではお面をかぶり、さし当りのない関係を作る。

 でもその真意は中身が弱くて何かあるとすぐに引っ込んでしまう臆病者です」

「なんだ、解ってんじゃない。自分の事」

「はい。随分前に、空母のある方にそう説明したばかりでした」

 

疲れた笑いを浮かべる涼月に、やっとかと言わんばかりに叢雲は笑みを浮かべた。

 

と、遠くの方からサイレンが聞こえてくる。

 

「浜風達、私が相手している間に通報したのね」

「……しかし、何故ここの提督はあんなにも」

「それは私が説明しよう」

「「提督っ!?」」

 

涼月の言葉を遮る様に姿を現したのは、大湊の提督であった。

 

「ここの提督は私の息子でな。簡単に言うと育て方を間違えてしまったんだ」

「育て方を間違った、とは?」

「甘えてはいけないと、いつも厳しく育てていたんだ。

 ケジメと言う名の暴力も当たり前の生活だった」

 

それを聞いて涼月は驚く。

今の様な優しい言動や風格と言い、勝手に走り出した孫である明に対しての対応からも、

暴力を振るうような人間に見えなかったからだ。

 

「子は親に似るという。

 子供の頃に抑え込んでいた感情が大人になった今に溢れだしているんだよ」

「つまり元を正せば提督が、あんな人間を作ったというのですか?」

「酷い言い方だ……しかしその通りだ」

 

「孫である明が出来て、すぐに離婚。明は孤児院に入れられて息子は提督になった」

「ま、待ってください! 例え提督の息子さんだとしても、そんな簡単に提督には……」

「そこが最大の謎だ。私の名を借りても提督にはそうなれる物ではない」

「……まさか、大本営が!?」

「そう考えるのが妥当だろう。私の息子も悪用するなど、正気の沙汰ではない」

 

「だが、横須賀鎮守府がこうなったことを彼等は知っているはずだ。

 今までの様に大人しく見続ける、というようなことも出来ないだろう」

 

と、そこまで言って提督が口を噤む。

何者かがこちらに向かってくるのが見えたからだ。

叢雲は今更になって涼月を押さえつけるのをやめて二人で立ち上がる。

その影は警察ではない。丸い方、低い身長。

少女のようだが、まるで地面を撫でる様に伸びた一本の何かが潮風になびいていた。

 

サイレンが鳴り響き、四方から人の声が木霊する夜の鎮守府。

そんな中現れたのは、一人の艦娘。特Ⅱ型駆逐艦である綾波であった。

その顔は前髪の影に隠れており、どんな表情を浮かべているかは見えない。

 

叢雲は盾になる為提督の前に移動する。

涼月は以前の自分の様に提督を殺しに来たのかと思いその身を構えるも、

一つの言葉が脳裏によぎった。

 

『……艦娘は国の財産ですが、人形ではないと私も思っています』

 

それは叢雲に対して放った言葉ではあったが、人形という言葉が耳に残っていた。

そして横須賀の提督の放った言葉と、大本営に顔を見せに行った時の相手の言葉。

 

『まぁ待て、こっちには新しい『人形』がある』

『行き方は先ほどの駆逐艦に伝えてあるから尋ねるといい。話は以上だ、下がりたまえ』

 

前者は自分に対して。後者は綾波に対して使った言葉だ。

あえてその名で呼ばず抽象的な表現を利用したという事は、

彼等は艦娘を艦娘として認知していないのではないだろうか。

 

そして、そんな彼等と彼女は相いれないのではないか、と。

そう考えているうちに、綾波が彼女らの前で歩を止めた。

 

「涼月さん、叢雲さん、そして大湊の提督。手荒い対応、本当に申し訳ありませんでした」

 

その言葉と共に頭を下げる。

状況が理解できない叢雲と提督は戸惑いの表情を浮かべる。

 

「綾波さん、貴女は一体何者なんですか?」

 

一方で状況を理解しつつも、目の前にいる艦娘の正体が掴めぬ涼月は問いかけた。

対する綾波は一つ間を置いて、かかとを付け背筋を伸ばし敬礼する。

 

「私は『表の大本営』直属の艦娘の一人、『黒豹』の綾波改二です」




多忙な時期に入る前に急ぎ目の更新です。

戦闘描写何気にきつかった。
何回ガン=カタを見直したことか(リベリオンとかマジンカイザーSKLとか)
結局ガン=カタ取り入れていませんけどねぇ!
叢雲さんの槍術……ではなく棒術。槍使うと死んじゃうので。

MI作戦で励まし続けた涼月でしたが、それは道化師であった。
瑞鶴の話を覚えてる人がもういるのかなぁと思いつつ、謎の回収。
(伏線張ってなかったけど)

綾波改二……そして表の大本営。一体何者なのか……
後2話ほどで終わりそうな予感。

P.S.
???「確実に殺すなら、脳幹に向けて二発だ!」

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