艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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意味

一つの物事から全体の動きを知る事。また、衰退の兆しを感じる事のたとえ。

※今回の話はちょっと前半が精神的に厳しいお話になります。
 ご注意ください。


第二十一話『桐一葉』

 

 

Out side

 

 

大湊提督府の面々が反旗を翻すよりも前。

 

一方の涼月の姿は横須賀にあり、

そこから車で横須賀に向かおうとしている所であった。

 

「あの、綾波さん。私は呉に直接戻るのでは?」

「実は横須賀から連絡がありまして、提督がぜひとも貴女に会いたいとのことです」

「横須賀の提督、ですか?」

 

何かあったのだろうかと、涼月は疑問に思いながらも綾波についていくのだった。

 

 

 

横須賀鎮守府と赴いた涼月。

階段を上り提督室まで案内された彼女は数回ノックして自分の名を名乗り、

重い木製の扉を開いて入室した。

 

そこには比較的若い、呉の提督と変わらぬほどの歳とも思える男性がそこに座っていた。

そんな彼は彼女の姿を見るや否や、立ち上がり歩み寄る。

 

「やあやあ! 待っていたよ! 君がかの有名な伝説の英雄、涼月君だね」

「いえ、私は英雄などでは」

「何を謙遜を! 君のお蔭で作戦が敵にばれる危機を回避し、MI作戦は見事成功させた英雄じゃないか!」

「い、嫌!」

 

歩み寄った提督は手を伸ばし、涼月に触れようとする。

一方の彼女は何かを感じたのか、あの時の榛名の様にその手を払いのけた。

 

「痛いなぁ……何をするんだい。僕は君の上司だよ?」

「も、申し訳ありません! ですが、異性の体にそう簡単に触れてもらっては……」

「何を言うか! 君は今日から僕の艦娘として働くんだ」

「えっ……」

 

呉に帰る事が出来ると信じていた涼月の目に、自慢げに語る提督の姿が映る。

状況を理解できない。その説明を求めるかのような戸惑いの視線が彼に向けられる。

 

「ああ、言ってなかったかい? 君は横須賀に転属になって僕の秘書艦として働くんだ。

 当然待遇などは保証しよう」

「ま、待ってください! そんな話大本営でもない貴方が急に決められるわけが!」

「その大本営が決めた事なんだよ」

 

笑みを浮かべながら息が掛かる距離まで顔を近づけるその提督。

生ぬるい息が顔に掛かり涼月は思わず顔を顰めた。

 

「ああ、美しい。駆逐艦でありながらその凛とした目つきと表情。

 他の駆逐艦にはない魅力がここにある」

 

そのまま近付いてくる提督の顔に対してぞっとする彼女は、

逃げるように後ろへたじろいだ。

そんな様子の彼女を見て提督は頭を上げる。

 

「大本営は本当にいい艦娘を僕の元へ送ってくれる。まるで品定めするかのように、ね」

「貴方は何を言って……」

「そしてそれに手を加えるのが僕。ああ、世界に一人ずつしかいない艦娘を、僕が独占する!

 なんて素晴らしい事だろうか!」

 

独白。だがそれは狂人の語る狂言以外の何物でもなかった。

涼月はそれに対して別物ではあるが、かつてない程の危機を感じた。

女性としての貞操の危機と、自らの思う提督の観念の危機。

恐らくこの二つを失っては、自分自身が保てない。そういった危機を感じたのだ。

 

彼女は提督室のドアノブに手を掛ける。しかし音を立てるだけで一切開かない。

 

「いやぁ悪いねぇ。そこの扉のカギは特別製でね。外からか鍵をかけているんだ。

 もちろん中から開けられるけれど、別途で鍵がいるんだよね」

 

ゆっくりと歩み寄ってくる提督から何とか逃れようと必死に、全力で扉に体当たりをする彼女。

しかし破れる気配は一切ない。寧ろ反動が帰ってくるだけだ。

そこで涼月はここに入室した時この扉が重かったことを思い出す。

もしかしてと思い提督の方へと視線を向けると、その口の両端を釣り上げていた。

 

「察しがいいねぇ。それは見かけ上木製だけど鋼鉄製なんだ。いやぁ最初の頃は参ったよ。

 まさか木製の扉を突き破ってまでして逃げる艦娘が居たからね」

 

あと一歩と言うところまで近づいて来た提督に対し涼月は部屋の隅に逃げる。

途中で躓き転んでも四つん這いになって逃げ惑う。

 

「はっはっは! かなりいいものを持ってるじゃないか! ますます欲しくなってきたよ!」

 

彼女のスカートは短い。つまり四つん這いになるという事は相手に見えるという事で、

その光景は相手を更に欲情させる為の発火剤でしかなかったのだ。

 

体勢を整えて逃げ惑う涼月だが、ただ逃げ惑うだけではいけない。

必死になって逃げ道や打開策を考える。

 

「い、一か八かです!」

 

冷静さを欠いているのか、涼月は窓へと全速力で走り込みそのまま飛び蹴りを繰り出す。

しかし窓ガラスは微動だにすることはなかった。

 

「それも特製の強化ガラスさ! さあ観念したらどうだい!」

 

窓の傍に追い詰められ、いよいよ逃げ場を失う彼女。

壁を背にした時、カチャリと金属音が鳴り響いた。

それに縋る様に抜き取り構える。それは、大湊提督府で渡された拳銃であった。

その行動に対して提督は思わずたじろぐ。

 

「な、何のつもりだい」

「止まりなさい! さもなくば撃ちますよ!」

 

さりげなく銃身を引き、弾を込める彼女。砲撃を行うという艦娘の性分が刺激されたからか、

その手の震えは無くしかとその銃口は提督へと向けられていた。

 

「君! 僕は提督だぞ! 殺せばどうなるか解っているのか!」

「………」

 

涼月の鋭い視線は提督へと向けられている。まるで何を恨むかのように。

そのまま引き金に指が掛かる。

それに対しただの人間でしかない提督は、腰を抜き恐怖するしかなかった。

 

「や、やめろ、私が悪かった……だから命だけは……」

「……許しません」

 

一つの銃声が、提督室に木霊した。

 

「……あれ?」

 

ガシャンと、何かが壊れる音が響く。何事かと思い彼が後ろを向くと、

扉のドアノブ部分が打ち抜かれ破壊されていた。

つまり涼月は、元から提督を殺す気はなかったのだ。

ドアノブを破壊し同時にその鍵も破壊する予定だったのだ。

 

「き、貴様ァ、驚かせやがってぇ!」

 

涼月に掴みかかろうとするもその体が動かない彼。

当然だ。先ほどから腰を抜かしているのだから。

 

「私は呉に返らせて頂きます。貴方はこの事を心に刻んで改心してください」

「ま、待て! 呉の者達が、大和がどうなってもいいのか!?」

 

提督室を去ろうとする涼月はその発言を聞いて足を止める。

それは当然だ。彼女の最も慕う存在である、大和の名を彼が告げたからだ。

 

「どうして大和さんを知っているんですか」

 

冷酷な表情を浮かべながら再び拳銃を提督に向ける。

 

「ふ、ふふふ。君が大人しく私の秘書艦にならないのが悪いんだ。

 今頃呉を制圧する為に海自の者達が呉へと向かっている頃だろう」

「呉を、制圧……?」

「そうだ! 君が最も影響を与えた鎮守府! 呉とトラック!

 トラック泊地は未だに建造中と聞くからな。恐らく呉にでもまだいるんだろう。

 君が悪いんだ! 君の勝手のせいで、呉の艦娘が酷い目に遭う! 君一人の勝手で!」

「私の……勝手で……」

 

涼月は思い出す。絶望したあの時の事を。

自由に動き、第一艦隊の旗艦となって戦果を収めていったあの日々。

そして改になり大和の護衛艦となる為の大きな一歩を進む事が出来た彼女。

しかしその自由を祟るように深海棲艦に襲われ、死に直面した。

 

そして今回、また同じように涼月の勝手で、自分の大切な人達が酷い目に合う。

それが誰によるものであっても、元は自分にある事には変わりなかった。

 

「だから君は僕の秘書艦になるしかなかったんだ! それでも抗い続けた君の勝手は、

 君の良く知る人をいつか殺すことになるだろう!」

「大和さんが……死ぬ……? 私の、勝手で?」

「そうだ! 戦場では一瞬の油断や慢心が命に係わる大事態になる!

 それは駆逐艦である君であっても、大戦艦である大和であっても、変わらない!」

 

次に思い出すのは、自らの勝手が原因で傷ついた磯風の事。一矢報われそうになった吹雪の事。

そして間一髪で救い出した如月の事。

彼女達は自分の慢心が生んだ被害者でもある。

如月の時の様にギリギリ救う事が出来たこともあるが、

あんな事がいつまでも続くわけがない。いつか自分の勝手が災いとなり、

誰かが沈んでしまうかもしれない。

 

漠然とした不安と恐怖、そしてそうなった事による以前の仲間との絶縁。

それを想像する涼月の心は、絶望に支配されて行く。

 

「……私は」

 

と、外が騒がしい。何か問題が起こったようだ。

 

「提督。大湊の提督が謁見を求めています」

「綾波。ああ、あの糞ジジイか……という事は失敗したってことだな」

「そうですね。どうしましょうか」

「まぁ待て、こっちには新しい『人形』がある」

 

「涼月、贖罪の時だ。その為の生贄はお前のよく知るあの提督だ」

「……解りました」

 

乱れぬ足取りで、涼月は提督室を去っていく。その向かう先。それは騒ぎの中心であった。

 

 

//////////////////////

 

 

日が落ちた夜の横須賀鎮守府。

大湊から戻って来たイージス艦の入り口を塞ぐように叢雲が一人で戦っていた。

 

「いくら戦いは数って言っても、数だけいたんじゃ意味ないわ!」

 

押さえつけようと幾人の自衛官が集結するも、

それを鋭い突きと薙ぎ払いによって払い除ける。

 

「はぁ。長物を持って来ておいて正解だったわ」

 

叢雲は改二になってからでこそその機会を失ったが、元々は槍の使い手であった。

銃はどうであれ殺傷能力が高い事と使い勝手が悪い事から、

彼女はいつも武器として昔から槍を携帯している。

しかし今回は鎮圧なので長棒で代用せざるを得なかったのだ。

 

「おい! 艦娘はまだか!」

「今はほとんど出撃で出払っている! 何とかして抑えこめ!」

「相手は一人だ!」

 

そんな声が飛び交う中、瞳に光を失った涼月は騒ぎの中心にその身を投じた。

 

「涼月……」

 

叢雲はその手を留める。自衛官達も涼月の放つ何かに威圧され道を作り、

叢雲を押さえつけようとする手を離した。

 

「叢雲さん。大人しく降参してはどうですか。貴女一人で何が出来るというのです」

「……アンタ、半日ぶりだと思ったら随分つまんない奴になったわね」

「勝手に言ってください。私の勝手で皆が悲しむなら、私は人形でいいんです」

 

彼女は桜の髪飾りを外し、どこかに投げ捨てる。まるで今までの過去全てを捨て去る様に。

そんな少女を見て叢雲が大きなため息を吐く。

 

「なるほど、もっとつまんない奴になっちゃったわけね」

「つまらなくて結構です。それは私にとって何の関係のない事なので」

 

そう言って涼月は懐から拳銃を取り出す。

 

「どいて下さい。私は提督に貴女の提督を殺すよう命じられました」

「なら通すわけにはいかないわね」

「……なら貴女も殺すまでです」

 

提督を狙う時とは違い、片手で構える涼月。

恐らく銃を撃つ感覚を覚えたのだろう。

彼女の扱う主砲は拳銃よりもはるかに口径が大きい。

それに比べれば拳銃の反動など取るに足らないものであった。

 

「それの総弾数は8発だったわね?」

「はい。1発撃ちましたから残りは7発です」

「7発程度で私を殺せるのかしら」

「7発もあれば十分です。貴方達は離れていてください。流れ弾が当たって死んでも知りませんよ」

 

まるでギャラリーの様に取り囲んでいた自衛官が、

涼月の鶴の一声によって離れていく。

 

「文字通り一騎打ち……演習を思い出すわ」

「貴女が感傷に浸るなんて珍しいですね」

「私だって、振り返りたくなることもあるのよ。アンタと同じように、ね」

 

その言葉によって火蓋は切って落とされるのであった。




詫び次話。しかし話の内容は……

横須賀鎮守府にやってきた涼月でしたが、
そこに居たのは提督とは呼べない一人の獣。
横須賀なのになんでこんな提督が……と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
その真相は次回か次々回。
後この横須賀の提督はオリキャラです。ゲーム、アニメ等とは全く関係ありません。
綾波が副秘書艦の理由はほんのり解ったかもしれません。

奇跡も偶然と言ってしまえば格差が下がります。
彼女の起こしてきた奇跡も、偶然の産物なのかもしれない。

次回、『竜虎相搏つ』
貴女の信じるものは何。

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