艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~ 作:kasyopa
組織の内部に居て、その組織に対して害成す者の事。恩を仇で返す物の事。
Out side
叢雲と由良が二つの艦隊を引き連れて提督府へと急ぐ。
提督府には防潜網が張り巡らされてはいるがそれは侵入を防ぐだけに過ぎず、
その範囲外からの攻撃や敵の情報を探り味方に送る事は不可能ではない。
せめてもの救いを上げるならば、出撃直後に構えていた潜水艦に狙われる心配が薄いと言う所か。
幸いにも他の深海棲艦を電探が捕えることは無かったが、
それでも警戒を怠ることなく彼女達は提督府を目指した。
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視界の先に提督府を捉える。
見る限り煙も上がっておらず建物も壊れていない為、
敵襲はなかったのか、それとも間に合ったのかは解らない。
場合によっては上陸され、内部から破壊されているかもしれない。
緊張を解くことなく演習場から港に着こうと移動する彼女達。そこで不可解な物を見つけた。
「あれは海自の人達?」
白い上着に白い長ズボン、白い帽子と白で統一された制服を着込んだ男性が複数人と、
一人の茶色のセーラー服を着込んだ長い髪を一括りにした少女が一人、
叢雲達の帰りを待っていたかのように整列して立っている。
大湊李提督府には小規模なものの、海自の者は配備されていない。
だからこそ何かあったのか、流石の彼女達も疑問を覚えた。
「あの人は……綾波さん?」
そんな中で涼月は少女に対して口を漏らす。
そう。横須賀鎮守府に赴いた涼月を出迎えた艦娘、綾波であった。
その彼女の顔はいつか見た時の様に硬い表情を浮かべていた。
「綾波って、確か横須賀に配属されてる駆逐艦よね」
「ええそうよ。横須賀鎮守府の副秘書艦。どうしてそんな艦娘がこんな場所に……」
五十鈴の問いかけに叢雲が答える。
その身分については涼月は何も知らなかったので、驚きの表情を浮かべていた。
そんな疑問を浮かべながらも、彼女達は港に上がった。
「キス島までの出撃、お疲れ様です。大湊李提督府秘書艦、『叢雲』さん」
「労いの言葉ありがとう。横須賀鎮守府副秘書艦の『綾波』さん」
まるで喧嘩でも始めんばかりの言い回し。
いつも気の強い発言を繰り返す叢雲が急に敬語を話したので、
何か起こるのではないかと少し慌てる涼月。
しかし他の10人はそれに動じずこの状況を理解する為に、
それでいて表情に出さないように努力していた。
「で、そんなお偉いさんがこんな辺境の地に何の用があって来たのかしら。
それもこんなに海自の人達を引き連れて」
「それはここの提督が罪を犯したからです」
単刀直入な綾波の発言に第一、第二艦隊の皆が驚く。
一体どんな罪をというよりもあの提督が、という思考の方が強いのだろう。
「……アイツがどんな罪を犯したって言うのよ」
「簡単に言うと軍資金の無断利用です。提督室に証拠がありました」
そう言って綾波が叢雲に付きだしたのは誓約書であった。
そこには確かに提督の名前が刻まれている。
「かなり前から……浦風さん達がこちらに転属になる前からのようですね。
秘書艦である叢雲さんは何かご存知ありませんか?」
「知らないわよ。秘書艦って言っても年から年中あいつの傍に居るわけじゃないし」
「それでも叢雲さんは例の空襲から提督が隠居された時、
彼の実家に訪れていたそうじゃないですか」
「それとこれに何の関係があるって言うのよ!」
「国を守るべき艦娘が、その任を忘れて戦場を離れるなどもってのほかです。
それは秘書艦である貴女が最もよく理解していると思いますが」
「叢雲さん、本当なんですか?」
「………」
そこまで言われ叢雲は引き下がる。その事実に涼月は思わず口を開いた。
そこで隠すまいと彼女は口を開いた。
「呉が空襲に遭った後、私は確かに軍から離れていたわ。
でもそれは自分の意志よ。あいつには関係ない」
そこで涼月は理解する。叢雲と提督の孫である明と仲が良い理由を。
そしてその明が叢雲を姉と呼ぶ理由を。
「……艦娘は国の財産ですが、人形ではないと私も思っています。
特に叢雲さんのお蔭で彼がこうして軍に戻ってきたというのもあります」
綾波は少し羨ましそうに言葉を紡ぐ。しかしその顔は再び真面目な物になる。
「でも違反は違反です。彼にはここから去ってもらいます。異論はありませんね」
「……でも、どうしてそんなことが解ったのよ。アイツが悪事を働いていても、
他の奴みたいにそう簡単に明るみに出すとは思い辛いわ」
「予めこちらに潜入させていたスパイがその情報を掴んだんです」
「スパイ……?」
「浜風さん達です」
そこで皆が何かに気付いたようにはっとする。
彼女達は涼月ほどではないが、横須賀鎮守府からこちらに転属になった艦娘達。
それに気づいたのは涼月も同じで、一つの疑心が彼女の中に浮かび上がった。
そんな彼女達は、いつも提督から遠い第三艦隊に所属していた。
提督がもしもそのことに気付いていてわざとそうしていたなら、と。
「彼女達にはまだ任務があるので、貴女達と残ってもらいます。涼月さん」
「は、はい!」
緊迫した空気の中でいきなり名前を呼ばれ気を付けの体勢になる涼月。
呉やトラックで自由に過ごしてきた為か、
久々にこういった空気に慣れていないのだろう。
「貴女には呉に戻ってもらいます」
「私が呉に、ですか?」
「はい。そもそも貴女は大本営直々の命令とはいえ、
この提督府の問題とは関係のない方。そして何よりもそう大本営が望んだ事です」
「………」
彼女は悩む。確かに呉は彼女の帰るべき場所なのかもしれない。
しかし今までお世話になってきたこの大湊という地で、彼女は多くの仲間と知り合った。
良き提督とも出会い自らの考えを変えるに至った。
そんな彼女等を見捨てる様にこの場を去るのが、涼月には心苦しかった。
だが、同時に彼女の中にはいくつかの疑問があった。
まずこの大湊李提督府に如かれた大きな決まりの一つ、
『提督室に無断で入ってはいけない』という事。
それはつまり提督が何らかの罪に手を汚しており、
それを隠す為にそのような決まりを布いていたとも考えられなくはない。
そしてもう一つが執拗に進入を拒んだ工廠。
涼月は結局自分に納得できるような理由を頭で考えて引き下がった。
しかしその真意が全く別の物で、無断で何か兵器を作っていたとしたら。
そうなれば軍資金の無断利用も考えられる。
叢雲が知らないとなれば、恐らく朝日も知る余地は無かったのだろうと、
涼月はそう思考する。彼女特有の、共に背中を預ける者を優先的に信じる思想によるものだ。
言ってしまえば呉の提督と比べて、大湊の提督は不明な点が多すぎる。
観艦式というイベントを開き人々に正しい知識を与えつつ、
それが終わると艦娘達に無礼講と称した食事会を開いた。
それすらも涼月にとって自らの汚れた所業を隠す為の物だったのではないか、
と思えてしまうのであった。
しかしそうだとしても、組織の膿が見えたからと言っても、
直ぐにその良くしてもらった組織の人間全てを切るのは、彼女には心苦しい。
それに作戦を発表する時の皆からの慕われ具合といい、
同時に彼がそんな事に手を染めているとも思い辛かった。
そんな事をしていては、真に慕われる上司であるわけがない。
呉での経験が涼月を苦しめた。
目を伏せて悩む涼月。共に背中を預けた物を信じたいが、その上司は疑いの余地がある。
もし綾波が提示する証拠がもしも全くの手違いによる可能性も、
果てしなく零に近いが零ではない。
しかし逆にそれが事実であるならば、彼は相当悪人として頭の回る人間という事になる。
「涼月、何も悩む事なんてないわ。
アンタは巻き込まれただけ。身勝手なアイツの、提督の我儘にね」
「叢雲さん……」
「行きなさい。こんな形でお別れになるのは私としても辛いけど、それが現実ってものよ」
「ですが……!」
「最初からここはアンタ無しで守って来たのよ。心配するなら自分の心配をしなさい」
叢雲が涼月を押し出すように背中を叩く。
その勢いに押し出されて彼女は綾波の前まで歩み出て、振り返る。
「……ごめんなさい皆さん。私は、皆さんの事を信じたい。
でも……その信じるだけの何かが足りないのです」
「仕方ないよ。提督は重要な事は言わない意味深な人だから」
「信じたい、けど、騒いで変わるもんじゃないからね。引くときは引くよ」
「……次は、サボれる人で……お願いします」
白雪は苦笑いしながら、深雪がにやりと笑いながら、初雪は笑みをこぼしながら、
涼月に言葉を述べる。
「(皆さん、随分とさっぱりしているんですね)」
トラックで大鳳が居なくなった時も、磯波が明石から情報を聞き出して即座に援護に向かった。
叢雲達に何かを聞き出そうとしても、かわされることが多かった。
何かが起きて理由を必要以上に求めても、相手は答えてくれないことが多い。
騒いだところで何も変わらない。寧ろ事態が悪化するだけだと涼月もそれを理解していた。
「涼月、今までありがとう。別れるのは辛いけど、またどこかで会いましょう?」
「はい。秋月さんもお気を付けて。第一艦隊の皆さんも、第二艦隊の皆さんもまたいつか」
「では、荷物を纏めて入口まで来てくださいね」
「はい。皆さん、短い間でしたが、ありがとうございました」
涼月は頭を下げて、艤装を返す為にも工廠へと向かった。
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艤装を返した涼月は、部屋で荷造りをしていた。
その中には呉の皆が渡してくれた寄せ書きや数々の品も混じっている。
勿論、大和から貰った髪飾りも。
「……折角ですし、付けて帰りましょうかね」
この大湊に訪れた時から、時折眺めている事はあったものの、
実際彼女がそれを付けたことは無かった。
所謂お守り代わりとしてずっと彼女の持ち物と化していたのだ。
鏡と向き合ってサイドテールの結び目に合わせる様に、大和の止め方を見様見真似でするように。
結果的に不格好で非常に洒落た物となっていたが、
それも呉に戻ってから大和に直してもらおうかと思うのであった。
大きな荷物を背負って部屋を出ると、白髪の少女がそこに立っていた。
「涼月さん」
「浜風さん……」
思わずその鋭い眼光と威圧感に押されてたじろぐ涼月。
その彼女の醸し出す雰囲気は、スパイそのものだった。
「獅子身中の虫、ですよ」
「えっ……」
そう言って浜風はその場から足早に去っていく。
当の言われた本人はその言葉の意味が理解できず、
暫くその場で茫然と佇むだけであった。
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新幹線に揺られる二人の艦娘。
一人はまるで帰省するかのように大きな荷物を抱え、もう一方は至って少ない荷物であった。
二人の間に会話はなく、綾波が用意した弁当を黙々と食べている。
それからか、周囲には少し重い空気が取り巻いていた。
弁当に舌鼓を打ちながらも、流れる景色を目で追っていた涼月はふと綾波に視線を送る。
そこにはふぅと小さな溜息をつく姿があった。
「あっ……すみません」
涼月は思わぬ彼女の丁寧で優しい発言にきょとんとした表情を浮かべる。
それに何か安心感を得たのか口を開く。
「綾波さんって、怖い人なのかと思ってました」
幸いにも車両には誰一人として人は居なかったが、耳打ちするかのように囁く涼月。
温かな雰囲気をどことなく感じていたものの、
それを思わせぬ少し覇気の籠った発言によってその甘い考えを払拭されてた彼女は、
どうしても会話を切り出すという事が出来なかったのだ。
「確かに私は立場上、ああいう事も任されていますから。でも少し心苦しいです。
同じ存在でありながら、それを裁くようなことをしなければならないのは」
綾波は何かを思い出すかのように目を閉じる。
「……でも、誰かがやらないといけないんです。正さないと、いけないんです」
「……そうですね。平和の裏では誰かがその平和を維持する為に頑張っていますから」
「はい。だから、仕方のない事なのかもしれませんね」
「そう言って割り切ってしまうのも悲しいですけど……」
そんな会話をしながらも、彼女達は一度横須賀へと向かうのであった。
明かされる叢雲の過去と、潜伏していたスパイの存在。
そしてそれによって疑心暗鬼を生ず涼月。
身体的に強くてもそれは真の強さではない。
涼月は仲間に依存している部分が強いので、どうしてもこうなってしまう結果に。
MI作戦での励ましも、信頼した相手の本当の姿を知っていたから。
ただ、良く知らぬ相手を信用することも無ければ、
逆に志という軸の基盤を立てる事が出来ない子でもあります。
トラックや呉で多くの友情を築いていただけあって、
そこに依存しているのでしょう……メンタル面では本当に弱い子。
某スマホゲーの新しい魔導士がどう聞いても睦月にしか聞こえない事案発生。
(無論にゃしいって言わない方の睦月)
他には「シャーオラー!」って言いながら一発で城を建てる明石さんとか、
チェスのナイトで相手を粉砕する舞風とか聖王磯風とか。声優界は広いようで狭い。
まさかの涼月の急な帰還。そんな解せぬことだと思いつつ、
彼女の疑心が心を苦しめる。信じるべきは己か仲間か……