艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~ 作:kasyopa
闇夜に烏が居ても解り辛く、雪に鷺が居ても見えづらい事から、
周囲の物と区別が付けずらく、はっきりしていないさま。混沌。
Side 涼月
私が聞きたかった話。それはあまりにも酷な話で。
私は何故その事について知らないのだろうかという疑心が湧いてきた。
そんなことがあれば、必ず報道されるはずだ。
あそこまで発展を遂げるだけの力がある呉が、一度陥落したなどと言う事実が。
「どうしてその事実を、私は知らないんでしょうか」
「まぁ、情報操作って奴? 国民のモチベーションも軍の人間に影響するからね」
「軍人も言ってしまえば人だ。艦娘も元を正せば同じように、な」
「そうです、ね。確かに国民が気を落とせば、私達の指揮も下がってしまうかもしれません」
「それを気にして上は情報操作をいつも以上に行う。
今は私達が国民であった時より厳しいからな」
「だから知らない事を悔やんでもどうしようもないよ。
それで誰かが救われる訳でもないし」
確かに私が今そのことで気を落としても、
その艦娘が帰ってくるわけでもなければ生き返るわけでもない。
恐らく知っているであろう呉の一部の人達も、
その事について話すことはなく、かと言って影があるわけでもなかった。
つまりそれはそれを知っている人達が既に過去を乗り越えたというわけで。
それなら、私も乗り越えなければならない。知るという事を。詮索するという事を。
「伊勢さん、日向さん。詮索して申し訳ありませんでした」
「いいのいいの。こっちが勝手に話したことだし」
「解っていると思うが、この事は他言無用でお願いするよ」
「はい。ありがとうございました」
危うく自主演習の事を忘れそうになったが、私はお礼を言って工廠へと向かうのだった。
・
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「朝日さーん」
工廠の扉を開けながらその名を呼ぶ。しかし返事はない。
おかしいと思って辺りを見渡しても工廠の妖精さんが目に入るだけで、
ここの主である朝日さんの姿はなかった。外出中なのだろうか。
彼女も艦娘であるから、工廠にはない生活に必要な物を取りに行くこともあるだろう。
私はそう言い聞かせて、中で待たせてもらおうと足を踏み入れた。
「っと……」
すると工廠の妖精さん達が集まってきて、通せんぼするように両手を広げていた。
「何かあるんですか?」
彼女らは首を横に振るだけで、入れさせてくれない。
不思議に思っていると、一人の妖精さんが折り畳まれた小さな紙を渡してくれた。
その紙を受け取り中を見ると『朝日さんの居ない時に工廠に入っちゃダメ』と、
小さな文字で記されていた。
「なるほど、ここは提督室の様に勝手に入ってはいけないのですね」
そう言うとコクリと皆が頷いた。
工廠と言うのは私にとっても非常に身近な施設であり、
艤装の定期メンテナンスはもちろん、トラック泊地の演習用具の倉庫代わりでもあった。
それに加えて呉鎮守府では暁さん達が鍋を一つ駄目にして、
夕張さんが代わりの鍋を作ってくれたり、
別の日に夕張さんと共同開発で高射装置を作ったこともあった。
そんなこともあって、工廠は入渠施設の様に、
非常に手軽な施設であるというイメージが強かったのだ。
実際そういう考えはおかしい。当たり前だが場所が変われば常識も変わる。
自分の艤装だけでなく他の人の艤装もあれば、精密機器が置いてある場合もある。
火気厳禁なのはもちろんのこと、場合によっては盗難の可能性もある。
特にこの提督府は民家が近く提督が自己防衛の為に拳銃を渡すほどだ。
あれは今でも持ち合わせているが、今のところ使った試しはない。
一応駄目にならないように定期的に磨いたりはしているのだが。
「すみません妖精さん達。外で待たせてもらいますね」
少し頭を下げて謝罪の言葉を述べ工廠の扉を閉め、安直な行動だったなと少し後悔する。
でも落ち込むわけではない。ある種の慣れと言うべきか。
それにあまり落ち込み過ぎても妖精さんに悪い。
そう思って空を見上げると、太陽がいつもと変わらぬ光を放っていた。
気温はそこまで高くないが日差しが強い。
トラックに比べればそこまできつい訳ではないが、まだ夏なんだという事を実感させた。
「涼月!」
名前を呼ばれて視線をその方向に向ける。
そこには焦った様子で走ってくる秋月さんの姿があった。
「どうしたんですか涼月姉さん。そんなに焦って」
「提督が、至急来てほしいって!」
彼女の様子から、ただ事ではない事を察する。
一体何事かと思うよりも前に私は提督室に向かって走るのであった。
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私は秋月さんと一緒に提督室に駆け込む。
そこには既に第一艦隊と第二艦隊の人達が列を作って待っていた。
前列が第二艦隊、後列が第一艦隊の人達だ。
しかし第一艦隊の列には由良さんが、第二艦隊の列には叢雲さんが立っている。
まるで駆逐艦とその他を分けたような。それに秘書艦である叢雲さんも出撃する様子だ。
椅子に座る提督の隣には朝日さんが立っている。
第三艦隊の人達の姿はないので、恐らく私が呼ばれたのには何か意味があるのだろう。
「さて揃ったか。これから説明するから涼月は第二艦隊の横に並んでくれ」
それらに加えて影の濃い提督の様子から、かなり切迫した状況なのかと予想する。
自然と自分の眉間に力が籠るのが解った。
「先ほど幌筵泊地の提督から緊急の連絡があった。
内容はここから離れたキス島から、暗号で救援要請が入ったと言うものだ」
「本来ならば幌筵泊地で対処すべき問題なのですが、少し問題がありまして」
救援要請というだけでも焦るべきことなのかもしれないが、
暗号と言うのが少し気になる。
私達の使っている暗号は確か深海棲艦に解読されている可能性があるとして、
別の物に切り替えられている物のはずだ。
そして、少し問題があるという言葉を聞いても全く動じない彼女達。
そこまでさせるのは提督自身のカリスマか、彼女達がよっぽど優秀なのか。
「その暗号は以前深海棲艦に解読されているという可能性がある物とのことです。
現在この暗号は使用されていません。
そして何よりも、キス島にはそう言った無線を送る施設はありません」
「なので難破船がキス島で無線で救難信号を送っている可能性がある。
君達にはその者達の救助をお願いしたい」
「……深海棲艦の罠ってこともあるじゃない?」
そこで初めて五十鈴さんが口を開く。確かに彼女の言う通りた。
今使用されていない暗号が、それも深海棲艦に解読されたも同然の物を、
無線を送信する施設がない場所から発信されるなど有りえない。
提督の言う通り難破船が無線を発進している可能性もあるが、
態々昔の無線を使うというのは不可解だ。
それに海は深海棲艦が支配しているといっても過言ではない状態。
普通の船は愚か、武装した船でも太刀打ちは出来ない。逆に沈められてしまう。
MI方面の動きは以前のMI作戦で弱まったが、北方海域はそうとはいかないだろう。
逆に幌筵泊地の提督が嘘の情報を流したという可能性もあるが、それは薄い。
幌筵泊地は第一艦隊の人達が一時的にその身を預けていた場所である。
艦娘一人一人に武器を持たせるほどの警戒心を持つ提督が、
主力艦隊である第一艦隊を預ける程の泊地だ。信頼せずしてどうするというのだ。
「そうだ。五十鈴の言う通り敵の罠と言う可能性もある。
これが罠だとすれば同時に恐ろしい事でもあるとは思えないかい?」
「深海棲艦の要塞化、ですか?」
深海棲艦の要塞化? どういう事だろうか。
由良さんの言葉に本来ならば尋ねる私だが、その場の空気もあって尋ねる事が出来ない。
「つまり深海棲艦がキス島を占拠し、陸上型の深海棲艦を配備しかねないという事です」
私の疑問に気付いたのか、朝日さんが助言してくれた。
その言葉を聞いて少しその場の空気が重くなる。
「そこで、だ。幌筵泊地で救助用のボートを受け取った後、
駆逐艦のみで編成された第二艦隊で島内を調査、
その間第一艦隊は島の警戒に当たって欲しい」
まるで金剛さん達や島風さんと一緒に島を調査した時の様な、そんな感じだ。
しかし今回は大きく違う。敵の罠と言う可能性も十分にありえるのだ。
だからこそこの様な編成で、なおかつ第一、第二艦隊を使うのだろう。
「君達にはこんな仕事ばかりですまないと思っている」
「何水臭い事言ってんだよ提督。元からそのつもりでアタシ達はここに居るんじゃないか」
「……でも、めんどくさい」
「初雪ちゃん!」
摩耶さんの力強い言葉に、初雪さんが反対の声を上げ白雪さんが喝を入れる。
「まったく、初雪は相変わらずね。久しぶりの出撃なのに気が滅入っちゃうじゃない」
「……ってのは冗談」
「それでよろしい」
どうやら叢雲さんの言葉を聞く限り、秘書艦だからか久しぶりの出撃らしい。
普段棘があるような言い方ではなく、少し丸い言い方であった。
「後言い忘れていたが、第一艦隊の旗艦は由良、第二艦隊の旗艦は叢雲に変更する。
構わないか?」
「解ったわ。由良さん、私の代わりによろしく」
「こちらも問題ありません。叢雲さん、白雪さん達をお願いしますね」
「各艦隊員は彼女らの判断を最優先で行動してくれ」
私の代わりに。それはいままで叢雲さんが第一艦隊の世話をしていたような言い方だ。
つまり彼女は第一艦隊の……。
「それでは各員出撃準備を。お前達、必ず戻ってくるんだぞ」
「「「「はい!」」」」
その一声を私達は敬礼で返す。
やはりこの提督は、何か大きな物があると再確認するのだった。
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・
私達は出撃用の広い施設で備えあらかじめ艤装を装備していた。
呉の様に大きくはないこの提督府は当然そう言った設備が揃ってはいない。
寧ろ呉が特異過ぎるのだ。
あのようなカタパルトから射出し、直ぐに加速できる構造なのは。
「涼月、大丈夫?」
秋月さんが心配そうに尋ねてくる。
ここにきて初めての大規模な出撃。緊張していると思ったのか彼女は気遣ってくれているのだろう。
「大丈夫ですよ秋月さん。艤装の調子も私の調子も良好です」
「ならよかった。……油断しないようにね」
「はい。慢心や過信は厳禁、です」
慢心や過信は自らに対して毒となる。それを二度も経験した私。
だからこそ準備を怠らず万全の状態で挑む。打てる手はすべて打つ。
しかし私は今回旗艦ではない。私の考えがある様に叢雲さんの考えだって存在する。
極力彼女に従おう。提督の命令もあるが、彼女もまた大きな存在であるからだ。
先日のお風呂での会話が、何よりもそう思わせたのだ。
「第一艦隊、第二艦隊の皆さん」
緊急事態と言っても安直に出撃していいものではない。
私達が出撃の命を待っていると朝日さんがやってきた。
「幌筵泊地からの情報に寄れば、現在キス島付近では濃霧が発生しているそうです」
「それだと、視界がかなり悪くなりますね」
「濃霧に潜んで敵をやり過ごすことも出来そうです」
「……相手も同じ」
「ですから第一艦隊の皆さんは全員電探の装備を怠る事の無い様に。
第二艦隊の皆さんは機関か電探の装備をお願いします」
「「解りました(解ったわ)」」
機関。確かタービンなど艤装の出力を上げる追加装備だった気がする。
呉やトラックでは拝む事すらできなかったが、ここには配備されているというのだろうか。
「第二艦隊各自は自由に選びなさい。ただし装備の報告は必ずすること。いいわね」
「「「「「はい(はーい)」」」」」
私は妖精さんが察知してくれるため機関一択であった。
叢雲さんに報告後皆で装備を確認し合う。
その結果白雪さんと叢雲さんが対水上電探、秋月さんが対空電探、
深雪さんと白雪さんと私が機関となった。
「そして無線は極力封鎖でお願いします。
盗聴等でこちらの居場所が特定されることもあり得ます」
「解ってるって。朝日は心配性だねぇ」
「だが有りがたいのに変わりない」
「あれ? 提督は?」
深雪さんが辺りを見渡しても提督の姿はない。
そもそもこんな場所に提督が来るのだろうか。
「提督はお孫さんの送迎の準備をしていますので」
「そう。なら仕方ないわね。朝日、留守番頼んだわよ」
「はい。皆さん、どうかお気を付けて」
こうして私達は朝日さんに見送られて出撃する。目指すのはここより遥か北の島だ。
Side ???
「……もしもし、私です」
『君か。どうした』
「第一艦隊、第二艦隊とも出撃し、提督も外出しました。
提督は暫くすれば戻ってくると思われますが、第一、第二艦隊とも暫くは戻ってこないでしょう。
今や提督府はもぬけの殻と言っても過言ではないかと」
『なるほど。神は私達に味方したようだな』
「しかし第一艦隊、第二艦隊が同時に出撃するなど、今までになかったことです」
『そんなことはどうでもいい。この機を逃せば二度と機は訪れないと思え』
「……解りました。では作戦を決行します」
私は『切』のボタンに手を掛ける。
「『神は私達に味方した』、ですか。神を信じない人が良く言えたものですね」
さて、始めましょうか。
更新に遅延スキルと粘着状態異常が掛かっている……(黒ウィズ&白プロ並みの感想)
ごめんなさいです。。。定期更新もどきやったんや!
皆アイアンボトムサウンド行ってるけど、こっちはキス島でした。
なんでも史実の方のキス島も夏(7月29日)だったそうで……。あ、今日29日(1か月違い)。
プロット練ってる時点でそんなの計算に入ってないので、偶然の産物ですね。
といっても出撃しただけですが……。
第一艦隊の本来の旗艦は……もう、解りますよね?
ゲームを良くやってる人はもうヒント抜きで解ったかなーと思います。
次回は幌筵泊地……ではなく! 出撃編中編or後編です!
謎の救難要請。それを信じて向かった艦娘達の運命はいかに。