艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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無知は罪か。はたまた知らぬが仏か。

時の流れは無情な物で、
過ぎれば過ぎる程過去の記憶は川に浮かぶ木の葉の様に過ぎていく。
それが例え、大きな悲劇であったとしても。


第十五話『歳月人を待たず』後編

 

 

 

 

Side 涼月

 

 

「お疲れぃ。隣いいかい?」

 

朝食を作り終えてほっとしていると、谷風さんが話しかけてきた。

その手には淹れたてなのか湯気を仄かに立てる湯呑が二つ。

 

トラックでも作っていたとはいえ、連日となると流石に疲れる。

まだ私を含めて四人がかりなので一人の負担は少ないが、

第一艦隊の人達が戻ってきたからか、作る量が多いために苦労は割増であった。

そして今まさに第一艦隊の人達が朝食にありついていた。

 

「お疲れ様です。大丈夫ですよ」

 

ありがとうと告げて私の隣に腰を下ろすと湯呑を渡してくれる。

浦風さんと似て谷風さんはこう見えて面倒見がいい人だ。

洗濯物に関してはかなり厳しく洗う時はかなり注意された。

豪快な江戸弁が特徴的だけれど案外几帳面なのかもしれない。

 

「いやぁ凄いねぇ。流石この大湊を誇る第一艦隊だ」

「艦種の違いというものですかね。食べる量が段違いです」

「まぁそれに与えられる任務も厳しいだろうね。

 この提督府の戦力は第一から第三艦隊まで合わせて14の艦娘だけだから」

「そうですね。呉では考えられません……」

 

呉では第一から第五まで6人編成、全30人の艦娘だけでなく、

待機する艦娘の数も相当な物であった。

そのせいか一部転属になった艦娘も居るという噂を聞いたこともあるが、

あくまで噂なので真実かどうかは解らない。

 

「ははは、違いないねぇ。でもトラックだとそうでもなかったんだろ」

「ですね。あそこは哨戒での遭遇戦ぐらいしかありませんでしたし」

 

逆にトラックは不安定とは言え平和そのものであった。

私と磯風さん、舞風さんと野分さんの4人で哨戒にあたり、大和さんはほぼ待機。

明石さんは開発に専念するという状況であった。

後々大鳳さんも航空機による哨戒を行ってくれたが、

それもまた私達の意図するところではない。

 

「ここも磯風の言うトラックと何ら変わらない場所さ。

 横須賀から送られてきた身からすれば退屈ったらありゃしない」

「それでも私達は与えられた任をこなすだけですよ。どこに行ってもそれは変りませんからね」

「はいはい解ってるって。全く浜風は真面目だねぇ」

 

三角頭巾を付けた浜風さんが座り込んだ私達を見下ろす。

その姿がかなり様に成っていて逆に少し面白かった。

 

「どうして笑っているんですか……」

「ほらほら二人とも、はよぉ料理持って行かな無くなるけぇ」

「「はーい(はい)」」

 

第一艦隊の人達の食欲は凄まじい物で、特に摩耶さんが特別豪快に食べている。

続いて伊勢さんと言ったか、彼女もまたそれなりに頬張る様に食べている。

鳥海さんや日向さん、五十鈴さんは丁寧に食べているのだが、

その様子に見合わぬ量を食していた。

大和さんや赤城さん、加賀さんの様に特盛にして食べるのではなく、

至って普通の盛り方ながらもおかわりを何度も繰り返すタイプであった。

と言ってもそこまでハイペースではないので、他の人より多く食べるというくらいだが。

 

「摩耶さんも伊勢さんも、良い食べっぷりですね」

「おうよ! 朝こそしっかり食わねぇとな!」

「寝てる間は何も食べられないからね。

 今ここで食べておかなきゃ任務に支障が出ても大変だし」

「そうですね。まだありますから遠慮なさらず食べてください」

「そう言えば私自己紹介したっけ?」

 

流れる様に質問が飛んでくる。

確かに伊勢さんから自己紹介を受けたことは無い。

明朝日向さんが伊勢型二番艦と言っていたのと、

こちらに戻ってきた時の些細な会話の中の、自らを姉と言う発言から考えれば、

恐らく彼女がその伊勢と言う方なんだろう。

 

「今日の朝日向さんが伊勢型と仰っていたのと、貴女が姉という発言を聴いていたので、

 おそらく、と思いまして。失礼でしたね。すみません」

「なるほど、凄い洞察力と記憶力だ。そこまでされちゃむしろ感服するよ」

 

口に含んでいた物を呑み込み、笑いながらもそう言う彼女。

短い会話だったが、蒼龍さんや飛龍さんの様な心の余裕を感じる事が出来た。

彼女もまた二人に似て明るい人なのだろうか。

 

「涼月、おかわり頼むわ」

「あ、はい! 今行きます!」

 

五十鈴さんに呼ばれて私はその場を離れた。

 

 

Side 伊勢

 

 

朝食を早めに切り上げて私と日向は演習場に赴いていた。

と言っても何かをするわけでもない。ただの雑談程度だ。

 

結構気使いは出来ているし、秋月の言っていたみたいに礼儀正しい子。

朝戻ってきた日向にも聞いてみたけれど、中々面白い子だったそうだ。

それにあの私の名前を当てるだけの洞察力には私も感服せざるを得なかった。

 

「どうした伊勢、何か気になる事でもあったか?」

「ううん、ただ日向が気にするだけはあるなーって」

「ああ、涼月のことか」

「そうそう。私も少し気になってたんだよね。あの呉の英雄って子の事」

 

あまりこの国は艦娘の活躍を表沙汰にしない。

どうせ私達の前世に関係する物だと思うけど、何がそうさせたかは解らない。

でもそんなことはどうでもいい。

私としても完全に平和が訪れたわけでもないのに、

平和を取り戻したかのように騒がれて祀り挙げられたらたまったもんじゃない。

こっちにはこっちの生活もあるし戦いもあるんだから。

 

まぁ、情報を手に入れづらいって言うのがネックだけど、

磯風という子の手紙と秋月の情報からある程度知る事が出来た。

 

「はっきり言ってどうなのさ日向。あの子の事」

「艦娘によって英雄まで祀り上げられこそしたが、自我はしっかりしているな。

 当分は大丈夫だろう」

「へぇ、そこまで言うなんて中々じゃない?」

「彼女はただ望まれてそうなったわけではないのだろうな。

 彼女の辿ってきた道のりの後から続く者、見ていた者が英雄に仕立て上げただけで」

「英雄って元からそういう物じゃないの?」

「案外自分の身分に溺れる英雄も居る。 当然最初からそういうつもりではなかっただろうが」

「おーおー。結構厳しい事言うねぇ……まぁあの子はまだ事の大きさに気付いてないって事だね」

「ああ。身を弁えてはいるが事の大きさには気付いていないタイプだ」

「まぁいいんじゃないの? それは今から知っていくことにして」

 

あの子は自分のしたことの大きさを知るような歳でも無ければ経験も無い。

辛口な日向のコメントは置いておくことにしよう。

 

「この世の中いろいろ経験してたら、一概に言えない事の方が多いんだし」

「色々か……そうだな」

 

私はふと視線を別の方向に送る。そこでは遠くの方で私達を見ている涼月の姿があった。

 

 

Side 涼月

 

 

朝の用事が全て済んだ私は一人演習場で自主演習出来ないかと、工廠へと向かっていた。

この提督府は構造上演習場を通らなければ工廠へは行けない。港の関係だろう。

その最中、演習場でなにか話し合っている伊勢さんと日向さんの姿があった。

そのまま素通りしても良かっただろうが、私は何を話しているのか気になって立ち止まる。

 

「(妖精さん、何を話しているか解りますか?)」

『うーん、そんなに私達万能じゃないよー』

「(ですよね……すみません)」

『ごめんね』

「(いえ、私の我儘ですから。気にしないでください)」

 

その場で佇む私は近付くことも出来ず、

ただそのまま通り過ぎてしまうのも失礼かと思って足を動かす事が出来なかった。

最初こそ盗み聞きしようとしたものの、こうなってしまうと逆に気まずくなってしまう。

彼女達は金剛さんの様にフレンドリーというよりかは長門さん達に似ている。

接しやすい相手ではあるがそれ故に気を遣わなくてはいけない人達でもある。

 

一人その場から動けずにその場で立ち止まっていると、

伊勢さんがまるで誘うように笑顔でこちらを向いていた。

相手に気付かれたのならここで棒立ちしていたも仕方がない。私はそれに甘える事にする。

 

「何? あの距離から盗み聞きしようとでも思った?」

「いえ、そんなことは。ただ自主演習をしようかと思いまして」

「真面目だねー。そんなに真面目だから呉の英雄に成れたんだろうけど」

 

英雄。彼女の口からも発せられる言葉。

私は英雄ではない。一駆逐艦だ。どうして皆そう言って私を祀り上げるのか。

褒められる時に使われる言葉なのに私はそれがむしろ不愉快にも思える。

 

「どうして、私を英雄と呼ぶのですか。それならば私を遣った提督の方が英雄だと思います」

「なるほどね……あんまり祀り上げられるのは嫌いなんだ」

「当然です。私は一駆逐艦として出来る事をしただけに過ぎません。

 私はたった一人の艦娘を護衛し、守り抜く。その覚悟と夢、意志を貫くまでです」

「つまりそれ以外のことはどうでもいいと」

「そう言うわけではありません。最初こそそうでしたが今では守りたい人達が沢山います」

 

昔の私は随分と頭が固かった。全てが大和さんの護衛艦として必要な事だと思い込み、

表でそう思わずとも裏でそう思い続けていたのだ。

だからこそ第一艦隊の旗艦と言う重要な役割を蹴ってまでしてトラックに残ったのだ。

しかし振り返ってみれば大和さん以外にも守りたい人達が居た。

目の前の出来る事をしていたら、守りたい人達が増えていたのだ。

だから私は強くならなくてはいけない。

その手に余るのであればその器を大きくすればいいのだと。

 

「なんていうか、涼月って完璧主義者だよね」

「そうかもしれません。覚悟や意志に妥協は有りえませんから」

「なるほどね。でもそれだと辛いよ? 目標を高く設定しちゃったら、

 それが果たせなかった時、今までやってきたことが全部重圧になって襲い掛かるからね」

 

長門さんの様な人と思っていたが訂正しよう。この人は陸奥さんの様な人だ。

相手の心を見透かしたような、何か思わせぶりな発言をする彼女。

そんなことを急に言われても困惑してしまう。

まるでそこまで思うことは無いんだと言っている。

 

「急にそんなことを言われましても……」

「覚悟を背負うのが悪いとは言わない、でも私達は所謂一人の人間だからね。

 限界は必ず存在する。そこを弁えないと自壊しちゃうよ」

「………」

「伊勢、そんな事を急に言われても戸惑うだけだ」

 

日向さんが仲裁に入ってくれる。

しかし私の頭の中は伊勢さんの言葉で支配されていた。

 

「もっと何か例え話があるんじゃないか?」

「そうだねぇ。皆で背負った呉の話とか?」

「それは刺激が強すぎるだろう……」

「! 呉!」

 

私はその言葉に飛びつく。

叢雲さんが変わってしまった理由。

第一艦隊の人達に聞けばいいと言われた鳥海さんの言葉。

まさにこれは棚から牡丹餅と言うべきだろうか。まさかそんな言葉が出てくるとは。

 

「教えてください! あの呉という地で、何があったのかを!」

「解った解った。教えるから」

「伊勢、本当にいいのか?」

「大丈夫だって。むしろ日向は大丈夫?」

「かいつまんで話せば問題ないだろう」

 

この二人の会話からやはり何か辛いことがあったのだろうという事を察する。

しかし深くは問わない。過去の散策程嫌な物はないからだ。

 

 

Out side

 

 

伊勢はおもむろに話し始める。呉の過去について。

 

「話はかなり遡るけど、まだここの提督が大湊で提督として抜擢された時のお話」

 

「提督はかなりやり手らしくてね。大湊から激戦区の呉に栄転したの」

 

「呉でもかなり実力を発揮してたんだけど、丁度その頃から空母型の深海棲艦が見つかった」

 

「当然大本営も大慌てで空母の艦娘を作り始めたけど、島国だからそうはいかない」

 

「資源が、国力が圧倒的に足りないからね。

 だから呉に居る二隻の巡洋戦艦を改装空母にしようって話が出たの」

 

「そこで急ピッチで作業が行われていたらしいんだけど、ある悲劇が起きた」

「悲劇、ですか?」

 

涼月は思わず口を開くも、一人独白の様に語る伊勢の言葉を遮ってしまった事に気付いて口を噤んだ。

 

「まぁ、気になるよね。それが呉鎮守府大空襲。結果として多くの死傷者を出した」

 

「その時私と日向は馴染みの戦艦と演習しててね。すぐ向かったけど遅かった」

 

「何とか敵の艦載機を落としたはいいけど特に工廠は滅茶苦茶。

 話を聞けばまだ改装中の艦娘も居る」

 

「その馴染みの戦艦の子が見つけてくれたから良かったけど、

 それでも間に合わずに一人の艦娘の死亡が確認された」

 

「またその時提督の奥さんが居たんだけど、その空襲の影響で死んじゃってね。

 提督は責任を取って提督を止めてそのまま行方を暗ませた」

 

「でもまぁ、ある時から大本営からのお願いでこっちに戻ってたみたいだけど」

「待ってください。伊勢さんの発言だと、提督の事はあまり知っていな居ようにも思えますが……」

 

涼月の募った疑問が彼女の口を開かせた。

提督についてはそう思うなど、不確定な発言が多いからだ。

 

「うん。知らないよ。私達は大湊の戦力強化の為に呼ばれたから」

「戦力強化、ですか」

「そう。私達は大湊の戦力強化としてここに呼ばれただけにすぎないの」

「その時の提督があの呉で指揮を取っていた提督であった、という事だ」

「つまり何らかの理由でこちらに戻ってこられた、という事ですかね」

「そこら辺の詳しい理由は叢雲が一番知ってるんじゃないかな?」

 

確かに叢雲ならばと思い納得する涼月。

 

「因みに第一艦隊の皆はその栄転の影響で呉まで来てたから、

 それを経験済みっちゃ経験済みなんだけどね」

「では、その人達が居ても鎮守府は守れなかった、と?」

「生憎その時出撃中だったからね。事態を知らされたのは戻ってきてから。

 だからあんまりいい思い出があるの地じゃないの。呉っていう場所はね。

 それと同時に皆が覚悟した場所でもある事を、忘れないで」

 

それを聞いて涼月は佇む。

伊勢と日向はそれを見て何も言わなかった。彼女が望んで聞いた事であったが故に。





久々に谷風さん達の登場。
最近めっきり登場していなかったというのもありますが、
そこからの第一艦隊について少し話題を広めたかったというのもあります。

呉の秘密。それは吹雪が加賀の口からきいた大空襲のお話でした。
と言っても加賀の知らない視点からのお話のような形ですが。
涼月は当然その事実を知りませんので、いつか知る事にはなると思っていたけれど。
なので当然ですがアニメ提督とこの大湊提督(元呉提督)は別人です。

次回は久々の出撃回です!

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