艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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意味

月日は人の都合など考えることなく、ただ過ぎ去っていくだけだという事。


後半部分、台詞の長い部分が続きますが読みやすさの為に行間を開けています。
以前の様に発言する人が継続して別の括弧(かっこ)で言っているわけでは無いのでご注意を。


第十四話『歳月人を待たず』前編

Side 涼月

 

 

叢雲さんと提督のお孫さんは何も気にせず歩を進め浴場に入ってくる。

まだ彼女はタオルを纏っているが一方こちらは何も纏っていない。

今はまだ場所的にこちらの体は見えない位置。

とは言え何かの間違いがあってはいけないと自然に手や腕が胸や局部を隠す。

 

「む、叢雲さんはどうしてここに?」

「何かの間違いがあったら大変だから付き添いで来てるのよ。

 ここの床は滑りやすいから明がここではしゃいだりしたら危ないし」

 

異性とは言っても流石に年が離れすぎているからか、

それともそう言ったことに成れているのか、

平然と提督のお孫さんを座らせてシャワーを使い始める彼女。

防空駆逐艦としての感覚か、それとも妖精さんが教えてくれているのか解らないが、

動く気配で見なくてもなんとなく解る。

 

如月さんの時は流石にシャワーを浴びていた時だったのと、

そういった予測が出来ていなかったから気付くことは出来なかったが、

今回ばかりは異性というものが私を強烈に意識させたからでもあった。

 

「涼月、何そこでじっとしてるのよ」

「あの、その、それは……」

「……まぁいいわ。ある程度察しはついたし」

 

恐らく私の顔色や表情を見て察したのだろう。

 

「早くとってきなさい。明は髪の毛洗ってるから」

「あ、ありがとうございます!」

 

まだ私も上がる予定はなかったため、大急ぎで浴槽から出てタオルを取りに行った。

 

 

 

三人で浴槽に浸かる。

何とか窮地を脱した私であったが、まだ緊張感は拭えていなかった。

布一枚羽織っていたとしても、異性と共にお風呂に居る事には変わりないのだ。

 

「何もアイツの孫だから媚び売ってるわけじゃないのよ」

「そ、それは解りますが……そう言う訳ではない気がするんです」

 

叢雲さんが明さんの相手をするのは、私がまるで大和さんに尽くしているようで。

とても身近でとても大切な存在のような。

戦う力のない子供を守ろうとしているかのような。

 

『呉の艦娘を守りたい。だったら大湊の艦娘を守りたいと。

 トラックの艦娘と同じ艦隊になりたい。だったら大湊の艦娘と同じ艦隊になりたいと。

 別に艦娘に限定しなくてもいいのよ』

 

別に艦娘に限定しなくてもいい。つまりそれはこういった民間人も含むという事。

もしかして、叢雲さんはこの子を守りたいと思って……

それだと明さんをヒーローショーで吊し上げた時、叢雲さんが登場した理由にもなる。

しかしそれでは明さんが叢雲さんをここまで慕う理由には直結しない。

もう少し互いに思いやる事が出来るようなことが無ければ、それこそ一方的な思い込みだ。

 

「叢雲さんは明さんとどういった関係なんですか?」

「何でいかにも如何わしい関係みたいに聞くのよ」

「いえ、そんなつもりで言ったわけではなく……」

「? 叢雲お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ?」

 

明さんの発言から何か得ようと思ってもそのままの意味で私には解らない。

正直な人なので聞きだすのは簡単だろうが、

その性格に付け込んで他の人の情報を聞き出すのは余りにも失礼だと思う。

でも彼の言うように二人はまるで姉と弟。傍から見れば姉弟そのものであった。

共に姉離れ、弟離れできないそんな状態。もしかして本当に……

 

「叢雲さんの弟さんが明さん、ってことはありませんよね?」

「アンタ、艦娘は一人っ子で生まれた家庭にだけ発生するのよ? 必ずとは言わないけど。

 アンタには姉妹か兄弟でも居た?」

「いえ。私、艦娘として生まれる以前の記憶が無くて……」

 

至極当然の様に告げる彼女だが、私にとってそれは知らない事であり、

同時に経験したこともない事であった。

家族。親の顔など一切知らず、同時に兄弟や姉妹が居た事すらも解らない。

 

「前世と現世の記憶が混濁してるんじゃないかしら。

 この提督府にも人としての記憶を忘れちゃった人が一人いるからね」

「それはどなたなんですか?」

「朝日よ。そうね、お風呂上がりにでもメンテナンスしてもらうといいわ」

 

とても真面目に私達の艤装を管理してくれている朝日さん。

彼女もまた私と同じような境遇にあるとは。

叢雲さんの言うようにこちらに来てからは一切メンテナンスを行っていない。

何かあってからは遅いし明日出向いてみるとしよう。

 

「話が反れちゃったわね。そう言うわけだから実際私と明は血が繋がってないの」

「そうなんですか」

「でも叢雲お姉ちゃんはとっても優しいんだよー。だからお姉ちゃんなの」

「明さんは叢雲さんを信頼しているんですね」

「うん! だって僕のピンチに何度でも駆けつけてくれるもん!」

 

なるほど、献身的に努めていると相手もそれに揺れ動くという事か。

まるで私が大和さんの護衛艦を務めるという一心で動いていた時のようだ。

ただ叢雲さんはその対象が明さんという事名だけで。

秋月さんの言葉も少し解る気がする。対象を転換するということが。

 

「まぁ、もうそろそろ姉離れしてほしい所だけど」

「えー! ずっと一緒に居たいよー!」

「そんなこと言ってると何にも出来ない駄目人間になっちゃうわよ」

 

戦えない人を想う。そんな事が出来る叢雲さんと出来ない私。

彼女はもっともっと大きな物を背負っている気がして。

叢雲さんについて追及するのはやめておこう。いつか彼女の口が開くその日まで。

それが彼女の強さに繋がっているのかもしれないのだと、思うのだった。

 

 

//////////////////////////

 

 

私は朝食を作り始めるよりもずっと早い時間に起き出し工廠へと向かった。

明朝であったがまだ工廠は明るく、音も聞こえてくるため、

まだ彼女が居るのだろうと思い顔を覗かせた。

 

そこでは朝日さんが第一艦隊の人と話している。

おかっぱ頭で凛とした顔立ち。白い巫女服の様な上衣に茶色いミニスカートの様な下衣。

その腰には太刀が携えてあった。確か名前は日向さんだったか。

 

「(何を話しているんでしょうか)」

『凄ーい。戦艦の人だー』

「(ご存知なんですか?)」

『なんとなくー。気配が凄いもん』

「(気配、ですか)」

 

久々に聞いたかもしれない妖精さんの声。

どうやら敵の気配だけでなく、艦娘の気配まで感知することが出来るみたいだ。

確かに駆逐艦や軽巡洋艦ではないただならぬ気配が見て取れる。

 

「さて、そこでこっそり見ている位ならこっちに来てはどうだい」

 

まるでそれは最初から私に気付いていたかのように、視線を送られる。

私はそれに従うように誘われるように工廠へ入った。

 

「涼月さん。どうしたんですか、こんな時間に」

「いえ。お取込み中でしたら先にそちらの方を優先されて」

「私の用事は終わったよ。他愛ない世間話みたいなものさ」

「だそうですよ。さてご用件を伺いましょう」

「でしたら……あの、メンテナンス、健康診断をお願いします」

「健康診断についてであれば器具を用意するので少しお待ちください」

 

そう言って工廠の妖精さんに指示をする朝日さん。

一方の日向さんはそのままその場を去ろうとしていた。

折角出会えたのに何も言えないまま終わってはいけないと思い、私はその後を追いかける。

 

「あ、あの!」

「ん?」

「秋月型駆逐艦、三番艦の涼月と言います!」

「ああそうか。君があの英雄か」

 

『大本営も言ってしまえば人間の作った軍事組織だ。

 英雄である君をこの目で見てみたいとでも思っているんだろう』

 

英雄。ここに来るまでに呉の提督が言っていた言葉だ。

でも私は自分がそんな大それたことをやったとは今でも思わない。

私はまだまだ未熟だからだ。

 

「私は英雄ではありません。私はただの一駆逐艦に過ぎませんから」

「そう思えるならそれでいい。世間に流されていては艦娘の務めも果たせないからね」

 

「私は伊勢型二番艦、航空戦艦の日向だ。よろしく」

「よろしくお願いします!」

 

ゆったりと手を振り背を向けて工廠から出ていく彼女。

大湊の提督の様な人だ。長い時間を生きて来て何かを悟った様な。

かと言って影があるわけでもない。

同じ戦艦である大和さんや長門さん、金剛さん達ともまるで違う。

この世界は広いのだなと思いつつ、私は朝日さんの元に戻ったのであった。

 

 

 

手早く身長や体重測定などを終えて、最後の問診も終わろうとしていた。

 

「では、涼月さん自身から何か変わったことはありましたか?」

「なんでもいいんですか?」

「はい」

 

恐らくこれが最後の質問だろう。この機会を逃しては私自身に悪いかもしれない。

 

「私、艦娘として工廠で目覚める以前の記憶が無いんです」

「……その工廠がどこかは解りますか?」

「その部分の記憶も曖昧で、何処の鎮守府の工廠だったかも解らないんです。

 艦娘としての知識を付けたのも呉が初めて、と思います」

「……なるほど。少々こちらから質問させてもらってもよろしいですか?」

「はい」

 

いつも無表情な彼女の顔に少しだけ変化が起きた。それは些細な物であったが、

それが逆に叢雲さんの言っていたことが本当の様に思えるのであった。

 

「まず艤装についてですが、主砲を手に持つタイプか、

 今の様に艤装に接続されたタイプか、どちらでしたか?」

「その時は手に持つタイプでした。魚雷は背中の艤装に接続するタイプでしたから、

 そこは他の駆逐艦の方々と変わらないと思います」

 

「なるほど。では貴女の最初の任務を覚えていますか?」

「最初の任務……と呼べるか解りませんが、トラック泊地に転属になって、

 そこで遭遇戦になったことだけは覚えています」

「……それ以前に覚えている事は?」

「工廠で目覚めた、ぐらいですかね。工作機械など設備はかなり充実していたと思います」

 

「なるほど。では最後の質問ですが、一度轟沈、回収を経験したか、

 ある方が轟沈したことはありますか?」

「ありません。間一髪という事は二度程経験していますが……」

「そのことについて詳しく教えて頂くことは出来ますか?」

「はい。一度目はトラック泊地に向かう最中、遭遇戦で轟沈寸前にまで陥りました。

 二度目はトラック泊地の大空襲時に頭部と背後を強く打ったので……」

「そのことで記憶の欠落が発生したという事は?」

「いえ。それ以前の事は全て覚えているのでそれは無いかと。

 最初から知らなかったとしか」

 

「解りました。この事は御内密にお願いします。

 健康診断の結果は後程まとめてお渡ししますから、今日は戻ってもらっても構いませんよ」

「はい。ありがとうございました」

 

私が工廠を出た時、総員起こしのラッパが鳴り響く。

それを聞いて厨房へと急ぐのであった。

 

 

Side 朝日

 

 

涼月さんが工廠を出ていってから彼女との問答を纏める。

 

まず最初の問い。

彼女は今でこそ主砲、魚雷共に彼女の意思で制御するタイプではあるものの、

当初は手に持つタイプ、艤装分離型の主砲だった。

つまり艦娘への負担が少ない形である。

逆に叢雲さんや秋月さんの様に最初から艤装に主砲が付いた形、

艤装一体型でも問題ない順応力の高い駆逐艦も存在する。

 

そうでない場合は艦娘への負担を和らげる為にも、艤装分離型が推奨される。

他の理由として精神が比較的不安定な幼い駆逐艦に関しては、

その精神状態が顕著に表れる艤装一体型は避けられる。

負担と不安。この二つからほとんどの駆逐艦は艤装分離型で艤装の開発が進んでいる。

 

二つ目の問い。ここからが重要なのだ。

私がいくら提督の側近的な存在の工作艦と言えど、

艦娘の誕生や艤装に関しては、特に艦娘と艤装の相性に関わる事なので、

学習しなければならない。私もそうであり、明石自身もそうであった。

 

艦娘は前世の艦としての記憶が現世の少女に宿って初めて生まれる物。

前世の黒鉄の船に記憶が存在するなど、と思う人もいると思うが、

私はそうは思わない。意味のある動きをする物にはいつか魂が宿るという話がある。

それを重んじていたからこそ、当時の人は沈みゆく船に対して敬意を払っていたのだろう。

 

それが覚醒するのはそれこそ様々だが、一人っ子の環境にある者のみそれが確認されている。

そんな覚醒した彼女達を海自が回収し、艦娘としての知識や戦い方を教え、

彼女等に合った艤装を開発し、装備させ、出撃する。

こうして一般的に知られる『艦娘』として初めて成り立つのだ。

 

当然これでは前世の記憶だけでなく現世の記憶も存在する。

家族と暮らした記憶、艦娘ではなく人としての名前。

しかし前世と言うものは自我であり、いつか現世のそれを否定するようになる。

本当の私は前世であり、現世は偽りであると。

だからこそ艦の名前が馴染み、戦いの海へと自ら繰り出していく。

輪廻転生。その言葉が最も馴染むのではないだろうか。

 

だが彼女にはそんな記憶が無い。

現世として生まれた記憶があまりにも欠落しているのだ。

前世の記憶が完全に現世の記憶を呑み込むという事も有りえるだろうが、

まだ彼女は幼い駆逐艦でしかない。郷愁と言うものも感じるだろう。

当然それは呉やトラックに居た時の記憶ではなく、人間としていた時の記憶だ。

その棲み分けが本当に上手い艦娘も存在するし、その逆も然りだ。

言ってしまえばその二つに一つであり、全くないというのは存在しえない。

 

だからこその三つ目の質問だ。

轟沈からの回収、大破などを経験して記憶の欠落の可能性があるかもしれないという事だ。

当然深海棲艦と生死を争う戦いをしている艦娘であれば、

少なからずそう言った経験がある可能性がある。一般人に比べればはるかに確率は高い。

彼女に置いては激戦区である呉やあのトラック大空襲を経験しているだろうから、

他の艦娘より確率は自ずと高くなる。

 

記憶を失う。つまり自らの知識を失うという事であり、

今までの経験が零になるといっても過言ではない。

その場合だと頭で解らないものの、体がそれを覚えているという事は有りえる。

しかし体で覚え様がない物。思い出や自らの過去は取り戻し様がない。

 

そう思って尋ねてみた物の、彼女にはそう言った経験がないようだ。

ああ見えても素直な人なので信頼できる。

何か記憶を失っていては当然仲間である艦娘の人に心配されるだろう。

そう言った経験があればこの時に話しているはずだ。

それでも彼女はそう言った事は言わなかった。むしろ否定したのだ。

私に記憶の欠落は存在しない。最初から知らなかっただけではないかと。

 

「……提督に報告しておきましょうかね」

 

私は工廠の戸締りをしてから、提督室に向かうのであった。




更新遅れて本当にごめんなさい。一週間もあるのに書いてないからだよ!

お風呂パートはお色気パートではないのは、
ご察ししていた方も多いのではないでしょうか。

第一章でもわかりますが、この小説での入渠入浴は割と重要パートです。
裸の付き合いという名の、心が開いた状態での会話。
それにR-15なのでそこまで過激な事はしません。
R-18にするならここではない別作品として出しますから。

朝日さんと涼月の会話、問答のシーンで行間を開けるようにしました。
私の執筆スタイルでは、同じ人物が一つ間を開けて話す時に使用していました。
(第一章の瑞鶴、島風の告白シーン等)
実際はここまで会話を続けるというのも珍しいですが……(そもそも存在しない)

暫く前編、後編が続いていますがまだもうちっとだけこのスタイルは続くんじゃよ。

雲間に見えた光もまた新たな雲によって陰り。
涼月自身への探求は果たして吉と出るか凶と出るか。
そして彼女らの知る呉と言う地の真相とは。

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