艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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意味

天、つまり神は人間に対していくつもの長所を与えることは無いという事。


第七話『天は二物を与えず』

翌日。私は工廠で一人皆の到着を待っていた。

その理由は一つ。私には爆雷の換装がある為早めに工廠に行くよう三人に言われたのだ。

 

「この提督府は防潜網によって守られていますが、

 定期的に対潜哨戒を行う様にしているんです」

 

防潜網とは港の中や湾内に潜水艦が侵入されないように、

水中に張り巡らせておく鋼鉄製の柵の事だそうだ。

この防潜柵は提督府の警報と連動しているので、

もしもの事があった場合は即座に対処出来るようにも艦娘が配備されている。

 

その役目を担うのが第三艦隊である『大湊地獄の少女達』。

因みに第一艦隊は出撃による海域攻略、第二艦隊は遠征による資源の調達と、

艦隊によって完全な役割分担を果たされていた。

 

朝日さんとその妖精さん達の協力もあり、艤装には多くの爆雷が詰み込まれ、

魚雷を以前の様に前面に展開できるように改造、長10cm砲は艤装から外され、

手に持つタイプのものを渡された。

 

「対潜特化の装備とは、こういう物なのですね」

「主砲を取り外してしまうと潜水艦以外の艦種と交戦状態に陥った場合、

 攻撃が出来ませんのでこのような形になります」

「ありがとうございます、朝日さん」

「いえ、これが私の仕事ですから。涼月さん、くれぐれもお気を付けて」

 

厳しい目つきで敬礼をされて、私も敬礼で返す。

彼女の風格は駆逐艦や軽巡などという小さなものではない。

もっともっと大きな物。正規空母や戦艦といって大きな物。

そんな風格を一身に感じながら私は港へと向かった。

 

 

 

港では既に三人が艤装を装備して待っていた。

 

「そろおたね。なら出撃じゃけぇしっかり付いてきぃ!」

 

浦風さんを先頭にして私達は鎮守府の正面海域へと駆り出す。

ある程度進んだところで三人はゆっくりと速度を落としていく。

 

「聴音器使うから涼月も速度おとしぃなー」

「えっ……あの、聴音器とは……」

 

朝日さんから貰った装備に聴音器は存在しない。

むしろ何のための聴音器なのだろうか。聴音器なら心拍数を見る為の物だろうか。

 

「ありゃ、朝日さん聴音器付け忘れ?」

「もしかして三式ソナーかもしれません」

「いえ、ソナーも頂いておりません。

 私にあるのは爆雷投射機と魚雷、そして長10cm砲だけで……」

「……ま、なんとかなるじゃろ」

 

浦風さんは暫く考えた後、何とかなると言い張ってそのままゆっくりと進み始めた。

乙字運動を取りながらも耳を傾ける彼女らを見て少し虚しい気分になる。

しかし朝日さんも罪なことをしたものだ。

叢雲さんとの演習に合わせて長10cm砲の量産も、

秋月さんの艤装の調整も終わらせたというのに、

私の初出撃で敵艦を探す為の装備を忘れるなんて。

 

「敵艦を探す……ですか」

 

私は一度確かに敵艦ならぬ敵機を探す為に対空電探を積んだことがあった。

しかしそれはすぐに妖精さんと同化することによって彼女達が何らの方法で察知し、

私に電探と同じように脳裏に映る様に示してくれることで不用の産物となり、

今では吹雪さんがそれを使用している。

 

そういえば彼女達はどうやって敵機を見つける事が出来たのだろうか。

 

「(妖精さん、貴女達はどうやって敵機を見つける事が出来るんですか?)」

『私達と涼月の魂を共振させて、そのエネルギーの反射で探してるのー』

 

私と妖精さん達の魂を……この子達はとてつもなく凄い事をしているのかもしれない。

いや、むしろ私の中に存在するのだから成し得る事なのかもしれない。

感情が共有できるのも、こうやって意思疎通出来るのも。

 

それはさておき。

そう言った形で敵の場所を探り当てているのだとしたら、

それを水中に対して発信する事で、潜水艦を見つけることも出来るのではないだろうか。

 

「(妖精さん、その魂の共振を水中に対して発信することは出来ますか?)」

『出来るよー』

「(ではそれで敵潜水艦を探してください。敵機と同じ気配で解ると思いますので)」

『『はーい!』』

 

その言葉と共に、私の脳裏に映ったのは数隻の潜水艦であった。

水底で全く動くことなく、私達のほぼ真下に付いている。

 

「皆さん! 真下! 真下に敵潜水艦が!」

「ん? でも聴音器には何も……」

「なんも動いてへんかったから、引っかからんのじゃろう」

「なら早速……!」

 

私は声を掛けてから艤装に装備されている爆雷を投下する。

 

妖精さんの伝達は続く。投下した機雷も感知して脳裏に映る。

どうやら水中でも相当感度と精度は良いようだ。

 

まっすぐ沈んでいく爆雷が、そのまま待機状態にあった潜水艦にぶつかり爆発する。

それと同時に魂の共振が捉える深海棲艦独特の気配が消え去った。

 

「防空駆逐艦とはゆうけど、中々やるもんじゃ」

「てやんでぃ! 私達も負けていられっか!」

 

彼女達も爆雷を投射することで、水底で待機していた潜水艦を撃破する。

 

こうして私は魂の共振によって敵潜水艦を随時捕捉し、

鎮守府正面海域の対潜哨戒に大きく貢献するのであった。

 

 

////////////////////////

 

 

太陽もすっかり隠れてしまい、辺りが闇夜に包まれた頃。

 

適度な休息を取りつつも反復出撃によって、私達は敵潜水艦の殲滅に成功したのだが……

 

「はぁ……はぁ……」

 

出撃を終えて後処理を三人に任せて早く上がらせてもらったが、

私は疲労状態に陥っていた。

眩暈こそないものの足取りはおぼつかず、心なしか息も自然と上がっている。

 

自室に戻って眠ってしまうか、入渠してしまおうと思いながらも、

ふらりふらりと鎮守府を彷徨い一向に目的地へとたどり着けない。

どうやら思考回路まで狂ってしまっているようだ。

 

例えるならそう。島風さんと一緒に遠征に出て、島の中を引っ張りまわされた時に似た気分。

しかしゆっくりと呼吸してもその疲労感から解放されることは無かった。

 

「(妖精さん達……大丈夫ですか……?)」

『『きゅ~……』』

 

それに加え、私の中に居る妖精さん達は何故か目を回しているようだった。

問いかけても応答が無く、完全に伸び切ってしまっているからであろう。

 

そんな解り切ったことしか考えられないまま、

おぼつかない足取りでたどり着いたのは食堂だった。

適度に休憩しながら反復出撃していたので、

皆よりも夕食を摂るのが早くそして簡単な物だった。

腹の虫が少しだけ鳴いて空腹を訴える。

 

もう晩御飯の時間はとっくに過ぎているが、まだ明かりはついていた。

自分の体の赴くままに私は食堂の扉を開けて、最寄りの席へと突っ伏す。

思いのほか勢いよく突っ伏したからか、机に置いてある調味料が音を立てた。

 

ぽむぽむと頭を小さな手が撫でる感触。恐らく食堂に居る妖精さんだろう。

 

「すみません。少しだけ……何かいただけませんか?」

 

ある物なら握り飯でも何でもよかった。藁にも縋る思いで頼んでみる。

小さな手が離れて小さな足音が遠のいていった。

 

厨房からなにやら動き回る音が聞こえる。どうやら本当に何か作ってくれているようだ。

しかし器材を扱う音などからして妖精さんによるものではない。

遠くから聞こえる足音や調理をする音はどう聞いても人……艦娘によるものだ。

浦風さん達とは既に別れていたので、別の人が作っているのだろう。

でも一体誰が作っているのだろうか。

 

暫く待っていると、足音と共にぐつぐつと何か沸騰するような音が近付いてきた。

 

「随分お疲れみたいですね」

「白雪さん……?」

 

白いミトンを両手にはめた白雪さんが苦笑しながら、

机にいつの間にか置かれていた下敷きの上に鍋を置く。

その隣に妖精さん達が水や箸、取り皿を置いてくれた。

 

土鍋の蓋にあいた小さな穴から白く細い湯気が立ち上り、

そこから漂う香りによって思考回路が少しだけ回復する。

鍋を食べる季節ではないが、だからと言って冷たい物ばかり食べていては体に毒だ。

 

「鍋焼きうどんです。量は少ないかもしれませんが……」

 

その言葉とともに蓋が開かれて、優しいダシの香りが私を満たす。

鍋から顔を出したのはうどんの白い麺は勿論、春菊や油揚げ、シイタケに玉子、

さらに海老の天ぷらと非常に豪勢な物だった。

これだけの量で何が少ないというのだろうか。

 

「あ、ありがとうございます! 頂きます!」

 

飛びつく勢いでそれにありつく。

そんな私は如月さんから特盛餡蜜を奢ってもらった時の事を思い出した。

 

急いで食べていても、そのダシのうま味や麺のコシなどが絶妙で美味しさが解る。

なんとなく大和さんや赤城さん達があれだけの量を食べるのか解った気がした。

 

「あの、涼月さん。そんなにあわてなくても料理は逃げませんから……」

「あ、すみません。私としたことが」

 

余りにはしたなくて私は顔が熱くなる。白雪さんから見れば赤くなっているだろう。

 

「改めて……随分お疲れだったみたいですけど、何かあったんですか?」

 

私を気にかけてか話題を巻き戻してくれる白雪さん。

そんな彼女の問いかけに対して、

私は出来るだけ妖精さんの事を隠して事情を説明する。

 

「私、トラックに居た時に大規模な改装が行われまして。

 その影響か今まで通りの食事量では足りなくなってしまったのですよ」

「それはご愁傷様です。なら私から浦風さんに説明しておきますね」

「お気遣いありがとうございます。でも同じ艦隊ですから私から説明しておきます」

「解りました」

 

にっこりと笑った彼女は再び食堂の奥へと消えていく。

そういえばどうしてこんな遅い時間に食堂に居るのだろうか。

私からすれば有りがたかったが、

食事に関しての担当は浦風さんを筆頭にした第三艦隊の仕事だ。

 

それに鍋焼きうどんにしては随分と出てくるのが早かった。

既にそれが出来上がっていて、それを代わりに持って来てくれた様に。

 

もしかして自分の、もしくは誰かの為に作っていた物を私にくれたのではないだろうか。

 

「あの! 白雪さん!」

 

私は勢いよく立ち上がり厨房へと入る。

そこにはうどんの麺を湯がいている白雪さんが驚いてこちらを見ていた。

私が食べた後にまた作ろうというのだから、

本来私が来ることを予想して作っていた物ではなかったのはこれで明らか。

なら私は意図せず申し訳ない事をしてしまったのかもしれない。

 

「す、涼月さん? どうしたんですか?」

「もしかして先程の鍋焼きうどんは白雪さんの、もしくは別の方の物だったのでは」

「その事なら問題ありませんよ。妖精さん達には申し訳ないですが」

 

そういう白雪さんの近くでは妖精さん達がせわしなく動いている。

その理由は単純。元々彼女の手伝いをしていたのだろうが、

私がそれを食べてしまったので急いで次を作ることになってしまったのだ。

それを見ていると申し訳ない気持ちになる。

 

「私にも何か手伝わせてくれませんか?」

「ありがとうございます。でもそのお気持ちだけ受け取らせてください。

 これは私の仕事ですから」

 

何か手伝えることは無いだろうかと尋ねてみるも笑顔で返される。

その言葉はまるでそれは私だけに与えられた仕事だから、とでも言っているようで。

しかしそれが同時に私自身がそこまで信頼されていないようにも思えた。

 

「あの、私、これでもトラック泊地で料理を作っていたので人並みには作れるんですよ」

「こちらとしても涼月さんの気持ちは有りがたいです。

 でも、この料理を必要としている人がそれを望んでいないんです」

 

その言葉に対して私は何も言えなくなってしまう。

彼女の意志に反する部分で、そういった命令に似た物が存在するとは。

なんでも許されていた呉鎮守府と違ってここは見えない制約で縛られている気がする。

提督の定めた二つの規律の様な。

 

「そんな難しい顔しないでください。そこまで深刻な事でもないですから」

 

そう言う白雪さんの言葉と共に食堂の扉が開かれる。

そこから現れたのは初雪さんだった。

 

「白雪……夜食貰いに来た」

「初雪ちゃん。ごめんなさい、まだもうちょっと時間がかかるから」

「なら待ってる」

 

初雪さんは席に座ろうとしたところで、私の方へ身を翻してやって来る。

そのまま私の首筋に近づくとすんすんと何かを匂っているようだ。

 

「あ、あの、初雪さん?」

「料理の匂いがする。涼月、白雪の料理食べたでしょ」

「あ、えっと」

「初雪ちゃん、直ぐに作るから大人しく待っててね」

「……解った」

 

白雪さんの言葉で渋々席に戻る彼女。

どうやら初雪さんは白雪さんの作る料理目当てで部屋から出てきたようだ。

それも出来上がるタイミングを見計らって出てきたのだろう。

更に申し訳ない気持ちが増してしまう。

しかし手の打ちようがないのでどうしようも出来ない。

 

私は少し気になったことがあったので、初雪さんに話かける為に向かいの席に座る。

 

「初雪さん、白雪さんの料理を食べてしまったことは謝ります。すみません」

「いい……今作ってくれてるから」

「でも、初雪さんはこんな時間にどうして食堂に?」

「さっきまで、遠征に行ってたから」

「それはお疲れ様です」

 

小さなあくびをしつつそう答えてくれる初雪さん。

彼女達は『大湊イルカ船団』と呼ばれる第二艦隊のはずだ。

呉での第二艦隊と言えば金剛さん達と砲撃支援を行ったり、

遠征予定の場所への強硬偵察を行ったりとかなり前線に立つ機会の多い艦隊だった。

しかしこの大湊の第二艦隊は軽巡1、駆逐4という水雷戦隊と言える編制だ。

やはり場所と配備されている戦力が違うとこうも艦隊の利用法も変わってくるのだろう。

 

「もうすぐしたら皆来る」

 

彼女がそれを言い終えた時、ぞろぞろと第二艦隊に所属する人達が入って来た。

深雪さん、秋月さん、由良さんだ。

 

「おぅ! 涼月じゃん! 今日哨戒任務だったんだろ?」

「はい。深雪さん達も遠征お疲れ様です」

「涼月、どこか怪我はしてない?」

「大丈夫ですよ秋月さん。ご心配なく」

 

二人が話しかけてくるも何気ない事だったので軽く返す。

特に話すことも無ければ話題も持ち合わせていないからだ。

由良さんは頭を下げて厨房へと消えていく。恐らく白雪さんの手伝いだろう。

挨拶を交わして秋月さんは私の隣に、深雪さんは初雪さんの隣に座る。

 

「なぁ秋月よぉ、そこのところ頼むぜ、なぁ」

「駄目です。去年もそう言って散々な目に遭ったんですから」

 

深雪さんが頼み込むように頭を下げている。

一方の秋月さんは何か別の事があるのかちょっと不機嫌そうに断っていた。

会話に割り込むのも悪いと思いつつ、興味が向いたので話しかける事にする。

 

「秋月さん、何かあったんですか?」

「深雪さんが無茶なお願いをしてくるんですよ」

「なぁ一年に一回のお願いじゃんかー」

「一年に一回しかない行事なのですからそれは当たり前です」

 

一年に一回しか無い行事。去年もそう言って散々な目に遭った。

秋月さんの言葉で私は少しばかり心当たりがあった。

 

「あの、この提督府でもカレー大会があるのですか?」

「「「カレー大会?」」」

 

何それと言わんばかりに三人の視線が集中する。

私は何か間違えたと思いつつ、

呉鎮守府では一年に一回カレー大会と言うものがある事を伝えた。

 

「へぇ、そんな面白い事やってんのか」

「カレー限定の大会……ふーん」

「確かにこの提督府でも年に一度の行事があるけれど、カレー大会とは違うから……」

「そ、そうなんですか……ではその行事とは?」

 

深雪さんが待ってましたと言わんばかりに、不敵に微笑み口を開いた。

 

「提督府上げての一大イベント、観艦式だよ」





前回語られなかった零号霊力探信儀の構造と真のデメリット。
それを踏まえてのサブタイトルです。

そして宣言通りの戦闘シーンをザックリカット。
外伝といえば外伝なので全体的な話数は少な目の予定です。

「観艦式」と聞いて少しあれかもしれませんが、
実際はそこまでがっちりしたものではありません。
もっともっと、緩い物です。(艦娘なので)
その答えは次回!


零号霊力探信

涼月と妖精さん二人分の魂を共振、霊力の波を発生させるアクティブソナーのような物。
使用者の魂とリンクしている為精度は極めて高く、チャフなどの妨害を受けない。
ただし使用者の精神状態によって性能が大きく左右される他、
使い過ぎると体に影響を及ぼす。
後者の方は食事や入浴など活力の補給によって緩和、回復することが可能。

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