艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~ 作:kasyopa
この世には鬼の様に無情な人ばかりではなく、親切な人もいるのだという事。
Side 涼月
私が第三艦隊『大湊地獄の少女達』に配属された翌日。
トラックで体に染みついていた早く起きるという習慣は、
この大湊という場所でも失われていなかった。
そして今は冷たい風が吹き付ける中、制服を着て一人朝日を見る為に外へ出向いている。
「流石に冷えますね。体でも動かしましょうか」
流石に呉と同じように眺めているだけでは体が冷えてしまって良くない。
久々にランニングでもしようか。
港を往復するだけでも結構な距離があるようなので、直ぐに体は温まるだろう。
体を動かした方が思考の整理もしやすいというし、一石二鳥かもしれない。
しかしいきなり走っては冷え固まった体に悪い。十分に準備運動しなくては。
そう思って私はまず準備運動から始めるのであった。
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準備体操を終えて軽く港の周りを走る。
思えば呉ではほぼ毎日吹雪さんがこうやって走っていたのだなと思うと、
相当な努力家なのだという事を改めて実感する。
私も朝早く起きてはいるものの、特に何をするというわけでもなく、ただ朝日を見つめるだけだ。
まぁ、そのお蔭で頭の整理が出来て清々しい一日が迎えられるのだが。
そういえば呉では今どうしているだろうか。
と言ってもまだまだ明朝だからほとんど起きている人はいないだろう。
起きていたとしても吹雪さんと磯風さんぐらいだろうか。
「考えても仕方ありませんね」
呉には呉の生活があるし、私には私の生活がある。
私は私だ。他の人は関係ない。……でも、大和さんはどう思っているだろうか。
こんな辺境の地まで飛ばされるとは私も思ってもみなかったことだ。
だからこそ、私は大和さんが今どうしているか気になるのだった。
「(考えても仕方ない、わけないですもんね。皆、私の大切な人ですから)」
大和さんを筆頭に私には大切な人がたくさんいる。
トラックに居る皆、呉に居る皆が私にとって大切な人だ。
特に思入れの強いのが大和さんなだけであって、
仕方ないと全てを割り切るには酷な事であった。
目を閉じれば思い出すあの日々。昨日の事の様に思い出せる日々。
これが所謂郷愁と言うものなのだろうか。
と言っても私の本当の故郷は一体どこにあるのかすら覚えていないのだが。
だからこそトラックと言う地が、呉と言う場所が、私の本当の居場所の様に思える。
この大湊という場所に明確に配属になったという事を考えると、
ここから先この郷愁に抗って行かなければいけないのだろうか。
そう思うだけで自然と憂鬱になり私の脚はいつしか歩みを止める。
未知の体験によって心の弱さが露呈する。
それは誰にも言える事で当然私にも当てはまる事だ。
私は一人、東の水平線に浮かぶ太陽を眺める。
こんなに憂鬱なのはあのトラック泊地の夜以来だ。
『涼月~……』
「(すみません妖精さん。こればかりは少し……)」
『私達だって寂しいもん。ごめんね』
「(もしかして貴女達の感情も)」
『うん。私達の感情も涼月にリンクしちゃうから、
私達が憂鬱になっちゃうと涼月も憂鬱になっちゃうの』
どうやら妖精さんと共にいるというのは、利点だけではないようだ。
当然といえば当然だ。自分の中に意志を持った二人の人間がいるような状態なのだから。
しかも彼女達は私の心、精神、魂と直接つながっている。
私の感情をくみ取ることが出来るのなら、私も彼女達の感情をくみ取れる筈なのだ。
「(不器用ですね。私)」
『……ごめん』
私か妖精さんの片方が負の感情を持てば、もう片方がそれに影響される。
そして互いに落ち込めば、負の連鎖に閉じ込められてしまう。
今がまさにそのような状況であった。
「こんな明朝からそんな辛気臭い顔をしないでくれますか。私の調子も狂います」
「あ……浜風さん」
横から声を掛けられ誰かと思えば、首からタオルを下した浜風さんだった。
息が上がっていて額に汗が浮かんでいることから、
先ほどまでランニングでもしていたのだろう。
「話くらいなら聞きますよ。同じ駆逐艦として、ですが」
「……少しばかり郷愁に浸っていただけですよ」
本当にそれだけなのだが、それがある意味いけないことであるのは知っている。
でも私だって艦娘だ。人と同じように悩む事もある。
それが妖精さんと感情を共有している故に大きくなっているだけで。
「もっとしっかりしてください。あの磯風が認めた駆逐艦なんですから」
「磯風さんが?」
「やっぱりトラックの面々にも教えていないんですかあの人は。
流石と言うべきか、呆れるというか……」
どうやら浜風さんは磯風さんの事で少しばかり何かあったようだ。
以前の彼女を知らない身としては多少興味のある話であった。
何か隠しているというような人には見えなかったが、思いのほか知的な艦娘なのかもしれない。
「その話、少しばかり教えて頂けませんか?」
「いいですよ。些細な話ですから」
*********
磯風さんは元々激戦区である横須賀で戦っていた駆逐艦娘で、
同じく浦風さん・浜風さん・谷風さんと共に艦隊を編成して、
鎮守府正面海域の哨戒を良く行っていたらしい。
本土防衛の主要都市ともいえる横須賀であったからか哨戒の頻度が多く、
いつしか彼女を含めた四人は何かしないと落ち着かない、忙しない性格になったのだという。
しかしそれでも哨戒を別の艦隊が行うことはある。
そんな非番の時も料理や洗濯、掃除や自主トレーニングに励んだ結果、
今の様な磯風さんが出来上がったのだという。
浜風さんがこんな明朝からランニングに勤しんでいるのもその影響であり、
また浦風さんと谷風さんが昨日の昼ご飯を作っていたのもその影響だそうだ。
そしてある日、大本営からの命令で磯風さんがトラック泊地に転属になった。
理由はトラック泊地に配備される新鋭艦の護衛の為。
その新鋭艦については公言が許されなかったので、
浜風さん達もそれが誰なのかは解らないらしい。
公言が許されない艦娘。それは大和さんの事だろう。
磯風さんは私が大和さんと出会う前から。
彼女を守る護衛艦としてその身をトラックに置いていたのだ。
それからしばらくして浜風さん達にも日頃の努力を労って、
大本営から大湊への転属が伝えられ今に至るという事であった。
磯風さんがトラックに移動してからは主なやり取りが文通となり、
横須賀から大湊に移ってからも暫く続き、トラックでの生活はある程度知る事が出来たらしい。
しかし情報の漏えいを恐れ、大本営によって配達員や配送を行う人達が必ず目を通す為、
細部までは知る事が出来なかったそうだ。
そのこともあって相変わらず護衛対象の新鋭艦については『新鋭艦』とだけ記され、
解らなかったが、暫くしてその手紙の中にもう一つの艦娘の名前が追加された。
それが紛れもない私のことで、しっかりと明言されていたらしい。
秋月さんが私の事を知っていたのもその影響で、
今では大湊中に広まっているという事であった。
********
意識が自然とそちら側に向いて気を紛らわせる事が出来た。
『貴女の活躍は大湊警備府でも有名で、知らない艦娘はいない位なのよ?』
そういう経緯があって秋月さんはあんな事を言っていたのか。
こればかりはこの人達に感謝しなくてはいけない。
「浜風さん、ありがとうございます」
「いいんです。私も貴女のお蔭で磯風の無事を知る事が出来た。それで十分です」
「今はもう手紙でのやり取りをしていないのですか?」
「そうですね。トラック泊地が空襲されてからぱったりと途絶えてしまって。
こちらから送ろうにも敵の攻撃にされされた地へ輸送を行うなど言語道断と、
大本営から直々に言われてしまったんですよ」
確かに空襲に遭った地、しかも本土からかなり離れた島に態々輸送を行うなど、
自ら死に向かうも同じであった。
「同じ大本営の気まぐれで配属された者同士、仲良くやっていきませんか」
そう言って手を差し出される。その青い瞳には私の顔が映っている。
こうやって同じ駆逐艦同士で自らの意志を話したのは、
磯風さんと二人で哨戒している時以来だ。
彼女もまた磯風さんの様に心も強い艦娘なのだろう。
磯風さんと共に居た艦娘。私はもっと知りたかった。磯風さんの事も、彼女達の事も。
どうしてそこまで覚悟や決意を固められるのか。
「はい。よろしくお願いします」
私はその手を取る。意外にもその手は硬く存分に鍛えられているようだ。
そして提督府全体に総員起こしのラッパが鳴り響いた。
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浜風さんに連れられて私は厨房に移動する。
そこでは既に浦風さんが食材を用意していた。
魚に野菜、豆腐などが用意されている所を見ると、和朝食を作るようだ。
「浦風、涼月さんを連れてきましたよ」
「おお、おーきにな浜風。谷風ももおすぐ来るさかいな」
「いやー遅れた遅れた! 総員起こしかけてたからねぇ」
勢いよく扉が開かれ谷風さんが厨房に駆け込んで来た。
「これでそろおたな。じゃあ始めるけえ」
浜風さんが包丁を持って野菜を切り始め、谷風んさんが魚を焼き始める。
一方で浦風さんは鍋を火にかけている。
「何ぼさっとしとるんじゃ、涼月もなんか出来ること探しぃ!」
「は、はい!」
私は辺りを見渡して余っている作業が無いかを考える。
大量の食材の中に多くの卵があるのを見つける。
「浦風さん。この卵、玉子焼きにしてもいいですか?」
「せやぁーないよ、生卵のまま出してもあんまり皆食べんからなぁ」
私としても朝食で生卵をそのまま出されても、
殻を割るなどの過程で手が汚れるのを嫌ってほとんど食べない。
広い流し台のお蔭で、野菜を洗っている浜風さんの隣でも洗う事が出来る。
割と綺麗なので日々清潔にしているのだろう。
浦風さん達がここに配属される前に料理を作っていた人は随分綺麗好きのようだ。
殻が入らない様に割り入れる容器と混ぜる容器を分け、
混ぜる容器に卵を移してからかき混ぜる。
溶かした卵を油と共に熱した専用のフライパンに流し込んだ。
全体が固まり始めた時に少しずつ手前から剥がして折り返す要領で小さい玉子焼きを作る。
再び卵を流し込み、ある程度熱してから小さい玉子焼きを軸にして巻き込んでいく。
そうして出来上がった玉子焼きを用意しておいたお皿に移して、次の玉子焼きを作るのであった。
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完全に太陽が顔を出して提督府を照らす頃には、大量の和朝食のおかずが出来上がっていた。
私はほとんど玉子焼きしか作っていないが、むしろそれで手いっぱいであった。
「よお頑張ってくれたなぁ」
「やっぱり一人居るのといないのじゃ全然違うねぇ」
「涼月さん、いきなり連れて来てすみませんでした」
「いえ。私も第三艦隊でやる事が解らなかったので……
この艦隊はこういったことが主なのですか?」
そう聞いて三人が首を縦に振る。
詳しく聞いてみると、地獄の乙女達という名を付けられたこの艦隊の主な仕事は、
掃除や洗濯、料理と言った提督府全体の支援であった。
今は朝なので朝食の支度を、次は食後の後片付け、その後は洗濯をして、
最後には掃除を行い、昼の支度をするという。
なお明確な旗艦は決まっておらず、料理は浦風さん・洗濯は谷風さん・掃除は浜風さんと、
役職に応じて指揮する艦娘が変わるらしい。
呉よりか狭く艦娘の少ない提督府といえど、
全てその手の妖精さんに一任するのでは負担が大きい。
なので極力出来る事はやるのがこの提督府の隠れた規律であった。
艦隊名とやっている事のギャップに驚きながらも、
なんらトラック泊地でやっていた事と変わらないのだなと思う。
「何気なくうちらが生活出来てるんも、こうやって裏で頑張ってる人がいるからじゃけぇ」
『皆が平和に過ごす裏では、こうやって代わりに戦っている者もいるということだ』
浦風さんの言った事で磯風さんの言葉を思い出す。
あまりあの時は哨戒という現実離れした物のせいか実感と言うものが無かったが、
こうやって家事という何気ないながらも現実味のあることのお蔭で実感を持つ事が出来た。
裏での仕事に励む浦風さん、自らを強く保つ浜風さん、
いつも唐突に現れるも中々にしっかりしている谷風さん。
それらは磯風さんの日常での一面を全て表したような三人であった。
「そう言えば明日出撃命令が出てたよな? 確か正面海域の対潜哨戒だっけか?」
「そうですね。朝日さんに対潜装備の開発依頼を出しておきましょう」
「それならもう谷風が頼んでおいたよ!」
「手際の良さは一流やねぇ……」
対潜哨戒と聞いて、あの時の夢の事を思い出す。
敵の潜水艦による雷撃。見えない位置からの攻撃。
一応その手の兵装が存在していることも扱い方も知ってはいるが、
それをうまく使いこなせるかは話が別だった。
「涼月は対潜戦闘やったことあるかい?」
「いえ……未経験ですね」
谷風さんが急にこちらに話を振ってくる。
こちらに来て日が浅いので当然といえば当然なのだが。
私は生憎そう言った戦闘は未経験だった。深海棲艦の潜水艦など姿すら見たことが無い。
「あちゃぁ、提督に進言して外してもらう?」
「いえ、涼月さんなら大丈夫でしょう。恐らく」
「ほうね、ぶっつけ本番ってのも悪くないと思うし、何かあったらすぐ撤退すりゃええけぇ」
そんなこんなで、ここにきて早々の出撃が決まったのだった。
今回は涼月のメンタル面と磯風、そしてその知り合いともいえる3人の駆逐艦のお話。
零号霊力探信儀は所謂副産物に過ぎず、
実際は妖精さんと感情をリンクさせている状態なので非常に不安定な物ともいえます。
良い事ばかりではないのですよ。色んな意味で『生き延びる』という事は。
代償無しで強力な力は使えません。
磯風のお話は、お手紙形式。
なんとなく硫黄島からの手紙、みたいなことになっていたのかも……。
基本的にこの世界のマスメディアでは、
誰の(艦娘の)活躍によって何が成されたのかは明確に記されない世界になっています。
つまりは主語抜き、述語、つまり結果だけの公表、みたいな感じ。
なので国民が一部の艦娘を英雄的に祟る事はありません。その代わり艦娘という存在を持ち上げる。
逆に艦娘に近い立場である人間、つまり提督や大本営は、誰の活躍によってそれが成されたのか、
という情報は報告書等、特に提督は鎮守府の艦娘の噂や雰囲気で知る事が出来ます。
次回はちょっとしたお話。戦闘メインではなく日常メインになります。