艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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英雄は二人と並び立つことは無い。必ず争い、どちらかが倒れるという意味。



第四話『両雄並び立たず』

Side 涼月

 

 

私は工廠の奥で整備された秋月さんの艤装を装備する。

当然ながら見張台も存在せず、背面に魚雷が装備されている。

明石さんはその魚雷と私の艤装を改造して前面に展開できるようにしていたが、

これは流石に改造されておらず、

発射には背面に魚雷を投下し自らの股下を通して命中させるという異質なものであった。

 

「こちらでの演習はどのようにしているのですか?」

「演習のルールはこちらからお教えしますので、聞いていてくださいね」

 

朝日さんが教えてくれたのは、この提督府での演習のルール。

トラック泊地では妖精さんの予測弾着であったが、こちらはより実戦的であった。

 

この演習には制限時間と自分に『持ち点』と言うものが存在し、

砲弾にはペイント弾を使用する。

その持ち点は艦種によって割り振られており、戦艦などの方が持ち点が多い。

その理由は現実の艦娘のスペックに基づいたものであるが、

それ以外に戦艦などの大型艦は機動性に難があり、被弾が多くなりやすいという物である。

逆に駆逐艦などは自らの機動性を活かし回避を容易に行えるため、持ち点が少ない。

 

砲弾を相手の艤装か体に直接命中させると自分の『得点』が加算される。

艤装よりも体に当てる方が直撃と判定され、高得点となる。

逆に相手の弾がこちらに命中すると相手にこちらの持ち点が相手の得点分減点される。

戦艦などの大型艦は攻撃力が高い為、獲得できる『得点』の加算量は多く、

更に相手の『持ち点』を大きく削る事が出来る。

駆逐艦などの小型艦にも高得点を狙えるの魚雷が存在するが、

弾数が砲に比べかなり限られているのである種の切り札という扱いを受けている。

 

『持ち点』と『得点』は別物と計算される為、

例えこちらの『得点』が高くとも『持ち点』の回復は行えない。

勝敗は相手の持ち点を0にするか時間切れになった際に得点が最も多かった者の勝利となり、

『持ち点』が0になった者は強制敗北になる。

また自己判断では不正が発生する可能性がある為、艦には判定を行う妖精さんが同乗する。

それに加えて制限時間を明確にするため、無線による制限時間を朝日さんが教えるそうだ。

 

集団演習の場合は相手艦隊の持ち点を全て0にするか、

時間切れの際合計得点と持ち点共に多い艦隊が勝利となるが、

ルールが少しばかり追加される。

まずは旗艦の存在。旗艦の持ち点が0の状態で時間切れになった場合、

その艦隊は戦術的敗北の判定を受ける。

ただし双方の旗艦の持ち点が0の場合は通常の判定に移行される。

 

「以上が演習の説明になります。号砲は私が行いますので心配なく。

 何かご質問はありますか?」

「いえ。ご丁寧にありがとうございます」

「では最後に一つ。叢雲さんにはご注意ください」

「えっ? それは、どういう意味ですか?」

「彼女を一駆逐艦と見て侮らないように。

 貴女はそう言う方ではないでしょうが、一応忠告だけ」

 

冷静な眼差しで表情を一切変えない彼女から感じ取れたのは真剣そのもの。

私を『そう言う人』だという事を見抜く観察眼に驚きながらも、

一人彼女の忠告を頭の中に留めておくのだった。

 

 

////////////////////

 

 

最終調整が終わり、標的に対しての試射も済んで演習が始まったのはお昼前であった。

先に叢雲さんが出て、その後ろを追いかける様に出撃する。

 

彼女の長い髪が靡く。

装備は12.7cm連装高角砲が二基に三連装酸素魚雷である。

艤装からアームが伸び、その先に12.7cm連装高角砲が付いている仕組みとなっていた。

 

「さってと、朝日さんから演習のルールは聞いてると思うけど、大丈夫?」

「はい。ご丁寧に教えて頂きました」

「なら重畳。早速始めましょ」

 

ある程度彼女が距離を離したところで、後方から号砲が鳴り響く。

私と叢雲さんの一対一の戦いが幕を開けた。

 

 

Side 秋月

 

 

私が一人涼月の部屋に向かって廊下を歩いている時、演習場の方から号砲が聞こえてきた。

一体誰が始めたのだろうか。

この提督府で演習が好きな艦娘はそれなりに居るけれど、

今は昼前。昼食の準備を始めるくらいの、そんなギリギリの時間帯だ。

 

「……まぁ、涼月には関係ない事よね」

 

彼女は昨日の深夜にこの鎮守府に着いた。

随分と眠たそうにしていたから、もしかしたら部屋でまだ眠っているのかもしれない。

彼女の寝顔を少しだけ想像して笑顔がこぼれる。

 

彼女の部屋は私が案内したから場所は知っている。

迷うことなく私の足は涼月の部屋へと向かっていた。

 

「あら秋月? なんだか嬉しそうね」

「あ、由良さん。おはようございます」

 

廊下の角を曲がったところで由良さんと鉢合わせになる。

長いポニーテールにダークグレーのリボンが交差するように巻きつけてあるのが特徴的。

彼女は私と同じ第二艦隊に所属する軽巡洋艦だ。

 

「いえ、昨日に提督の仰ってた新しい駆逐艦の子が配備されて……」

「確か、大本営直々の命だったわね。もしかしてその子の事?」

「はい。私と同じ秋月型駆逐艦だったんです。妹が出来るというのは、嬉しい物です」

「ふふ、なるほど。ならあの子はその新しい艦娘の子ってわけね」

 

あの子? 昨晩涼月を部屋に案内した時は誰にも会わなかった。

だから由良さんが涼月の事を知っているはずがない。

でもあの子と言う発言といい、彼女は確実に知っている。

なら起き出してその時に由良さんと出会っていたのだろうか。

 

でもそれなら私が嬉しそうな理由が自ずとわかる筈。

それに涼月の名前を知っているなら、あの子などと遠回しなを使う必要はない。

 

「由良さん、涼月は……いえ、新しい艦娘の子は今どこにいるか解りますか?」

「演習場の方で叢雲と演習しているのが見えたわ。秋月にそっくりで、

 思わず見間違ったのだけれど」

「叢雲さんと!? 由良さん、ありがとうございます!」

 

私は頭を下げて演習場へと駆け抜ける。

どうしてそんなことになったのだろうか。

私が着任した時はそんなことなかったというのに。

ここ最近この提督府に着任する艦娘が複数人いたけれど、

彼女らもそんな派手な出迎えは行わなかった。

 

では何故涼月だけ、しかも秘書艦である叢雲さんが直々に演習を行うという、

ある意味何か仕組まれたようなことをしなければならないのか。

私は脳裏を駆け巡る嫌な予感を振り払いながら演習場に向かった。

 

 

 

息を切らせながら演習場に付いた私が見たのは、

激しい戦闘を繰り返す涼月と叢雲さんの姿であった。

お互いに一歩たりとも譲らない二人。

その壮絶な演習と呼べない戦いを一目見ようと、

提督府や工廠から艦娘や妖精さんが出てきていた。

 

「あれ、秋月が二人いる? おっかしーなー、ドッペルゲンガーか?」

「深雪さん、しっかりしてください。そんな事あるわけないわ」

 

演習場の突き出た場所で、額に対して掌で影を作り遠くの方を見つめる短い黒髪の少女。

彼女も同じく第二艦隊に所属する艦娘、吹雪型駆逐艦の深雪さんだ。

そしてその隣には何故か三脚に乗ったカメラが置いてあった。

 

「それは活動写真か何かのカメラですか?」

「いんや初雪のだよ。ド派手な演習やってるから一緒に見に行こうぜって誘ったのに、

 逆にカメラ渡すから生中継してくれって頼まれてさー」

 

確かにそれならカメラがあるのも納得できるといえば納得できる。

同じく第二艦隊に所属する初雪さんは滅多な事では自室から出てこない引き籠り体質だ。

決して考え方が根暗だとかそう言うのではなく、単純に面倒臭さが度を超えているだけ。

普通に考えればそれはそれで問題なのだけれど……。

 

「しっかし凄ぇよなあの新人! あの叢雲と同等に渡り合うなんてよ!」

「ええ。まさかあそこまで実力を付けていたなんて、私もびっくりしたわ」

「なんだよ秋月、私は最初から知ってましたみたいな言い方」

「はい。だって彼女は……」

 

私の自慢の妹なのだから。

 

 

Side 涼月

 

 

一対一と言えど実戦に近いその演習は、深海棲艦との戦いを感じさせるものがあった。

そう。私がトラック泊地に向かっていた時に起きた遭遇戦とよく似ている。

少し違うのは互いにペイント弾でオレンジ色に汚れているという事だろうか。

 

私の持ち点は艤装の大きさや身長の高さから考慮され少しだけ多い物となっている。

しかしそれだからといって慢心してはいけない。

私は防空駆逐艦としての練度は上げてきたが、艦隊戦の為の練度はそこまで上ではない。

もしかしたら吹雪さんよりも低いかもしれない。

 

砲が火を噴き、叢雲さんの方へと飛んでいく。

対艦娘との演習など初めてだが、

それでも今までの経験と実戦から身に着けた技術は決して私を裏切らなかった。

恐らく真っ向からぶつかっては勝てはしない。

一定の距離を保ちながら、押されれば引き、引けば押すという、

自らの長10cm砲の射程距離の優位な射程で戦い、命中弾を増やしている。

そんな彼女も一方的に押し負けているわけではなく、

こちらの退路を断った砲撃によって確実に持ち点を奪っていた。

 

朝日さんの言った通り彼女を一駆逐艦として侮ってはいけない。

威力こそ小口径主砲と同じだが、命中精度といい持久力といい、

駆逐艦のそれを凌駕していた。

 

このままでは埒が明かないのは見えていたが、逆にこの均衡を崩してはこちらが不利になる。

だからこそ私は大きな一手が打てずにいた。

 

ここで叢雲さんが距離を取ろうと後ろに下がろうとした。

叢雲さんと距離を開きすぎない様に、私はそれを見てから機関を第一戦速に切り替える。

その直後だった。

叢雲さんの機関が激しい水飛沫を上げながらこちらに向かって突っ込んで来る。

相対速度の関係上でかなり早いように見える。水飛沫から見て最大船速。

私はあわてて機関を逆にして下がろうとするも、相手の方が早すぎる。

均衡を保つのが私の勝利のカギ。だがそれを逆に崩されれば……

 

叢雲さんの砲口がこちらを捉える。私も一か八かで叢雲さんへと砲身を向ける。

ほぼ同時のタイミングで砲火が放たれ夾叉する。

彼女は少しばかり顔をしかめたが、速度を落とすことなくこちらへと向かってきていた。

 

このままでは衝突するかもしれない。

しかしそれ以前に、最後まで諦めない私の心が勝利を求めていた。

 

砲に頼りすぎてばかりではいけない。ならば近接戦闘で!

私は後ろに下がる為に一旦止めていた機関を全開で回し、叢雲さんに対抗する。

十分に近づいたところで左足を上げてドリフト交じりに回し蹴りを繰り出す。

だが彼女もそれを読んでいたのか同じく左足で対抗してくる。

 

その蹴りは真正面から受け止めるのではなく流すような受け止め方。

互いに勢いを緩めながらも相手に対して背中を向ける。

妖精さんの伝達で叢雲さんの位置がすぐ背後であることを教えられる。

私はその背後の彼女へ向けて長10cm砲を構えようとしていた。

 

「これで、王手です!」

 

私の意志が艤装に伝わり、そして長10cm砲へと伝わる。

砲口が火を噴き彼女にペイント弾の花を咲かせるだろう。

 

しかし、私の長10cm砲は私の意志に反して早く弾を放った。暴発だ。

 

「王手じゃ王は指せないわ。チェックメイトよ」

 

どうしてと思うよりも早く叢雲さんの言葉が私の思考を遮り、

強い衝撃が私の背後を襲った。

 

 

/////////////////////////

 

 

結果は私の持ち点が無くなるという結果に終わった。

 

「アンタ、噂には聞いてたけど結構やるわね」

 

海面に尻餅をついている私を見下ろす叢雲さん。

頭が冷めたからかペイント弾で汚れていてかなり不快感を覚えた。

 

「叢雲さんもお見事でした。まさかあんな手を使ってくるなんて」

「そういうアンタはその砲の性能に頼りすぎよ。だからこそ私が勝てたんだけど」

 

彼女は私の長10cm砲を指してそう言った。

あの時どうして暴発したのだろうか。

基本艤装と一体型の砲は自らの意志で発射を決める。

その例から外れるとすれば、島風さんの様に意志を持った砲の場合だろう。

秋月さんもそのような事を言っていたから、

あくまで意志を持った砲は島風さんだけの物ではない事は知っている。

 

「秋月から聞いたけど、その砲って初速が速いから耐久力が無いんでしょ?

 だから砲の熱でアンタのペイント弾は明後日の方向に飛んでいったってわけ」

「……なるほど、盲点でした」

 

いつもなら換装するのだが、今は替えの砲身を持っていない。

それに私はその演習の空気に呑まれて、換装するという考えも浮かばなかった。

それが私の敗北の原因である。

それなのに私は長射程、高い速射性能に頼って一定の距離を離していた。

長所ばかり見て短所にまで気が配れなかった。

まるでスコープしか覗いていないスナイパーのような状態である。

 

「私にコテンパンにやられるくらいなら呉に送り返してやろうかって思ってたけど、

 その必要は無さそうね」

 

「涼月、私達と一緒に戦ってくれるかしら」

 

手を差し伸べてくる叢雲さん。

その凛とした表情はあのトラック島で助けてくれた吹雪さんの様に見えた。

 

「解りました。不肖涼月、この提督府で戦わせて頂きます」

 

その問いかけに対して私は、彼女の手を取り敬礼で返すのあった。

 

 

Side 秋月

 

 

「叢雲が勝ったかー。でもあの駆逐艦なかなかやるねぇ」

「涼月……」

 

秘書艦である叢雲さんが勝って、涼月が負けた。私は妹が負けて少し悔しかった。

叢雲さんだって提督の秘書艦を万年務めるという凄い人ではあるが、

涼月も呉鎮守府やトラックで大成を上げた一人の駆逐艦。

二人とも英雄ともいえる存在。

しかし勝敗と言うものは英雄と言えど、どちらかに平等に訪れる勝負の終わり。

 

でも、遠くに見える敬礼する涼月の顔を見てそんな思いは吹き飛んだ。

あの子はこれから、この提督府で皆との時間を共有するのだから。

私とも、叢雲さんとも、提督でさえ。

決して長くないであろう彼女の転属は、この提督府にどんな光をもたらすだろうか。

 

「私も、強くならないといけませんね」

「お? 姉より優れた妹はいないってか~?」

「そう言うのではありません。ただ、守る物が増えただけです」

 

一駆逐艦としてではなく姉として強くなろう。

呉から遠く離れたこの大湊と言う地で、彼女の心の支えになってあげたい。

それが私の願いだった。




トラック泊地の演習スタイルを捨て去り、ゲーム内の演習を考えて、
白黒はっきりしやすい様に再構成した演習を構築しました。
これなら轟沈せず体力が1残ったり、旗艦大破での負けなどを割と説明したつもり。

この小説で一番難航したのは実は砲の構造に関する部分。
そこまでの知識が無いので色々おかしい所があるかもしれません。
『王手』と『チェックメイト』は似た言葉ではありますが、
ゲームが違う以外にもこういった違いがあるので、決め台詞系の穴にはご注意を。

???「フン! 逃れることはできんッ! 
    きさまはチェスや将棋でいう『詰み』にはまったのだッ!」

そして新キャラの登場。あまり出てくる事のないであろう(?)由良さんと深雪、
存在だけ明かされた初雪です。
アニメモブでいるらしいのですが、見つけられないよあんなの!

次回は自己紹介回。この提督府に勤める艦娘達が明らかに……?

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