艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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・改稿された『涼月の追憶 ~初めての哨戒と交流~』です。


プロローグ3

見張員の妖精さんと無事合流を果たし一緒に戦う約束をした私は、

磯風さんと一緒に遅めの朝食を食べていた。

メニューは先ほど厨房を覗いた時に見えた冷そうめん。

水の中に漂わせるタイプではなく、お皿の上に氷と一緒に盛るタイプだったので、

麺が伸びていることはなかった。

 

「ふむ、今日の当番は舞風だったか」

「やっぱり、当番の方が変わるとメニューも違うのですか?」

「ああ、まぁ明石は作れないがな」

「では磯風さんも」

「人並みには出来る。しっかり食事を取るのも体調管理には重要なことだからな」

「その通りですね」

 

音を立てないように静かに麺を啜る。

鰹出汁の麺つゆ独特の塩気と旨味が口の中いっぱいに広がる。

こういうものはあまり口にすることが少ない為、こういう味は新鮮にに感じる。

 

「そういえば午前中の哨戒に野分とお前の名前があったな」

「っ!? ゴホッ、ゴホッ!」

 

衝撃的な発言に思わずむせ返る。

その反応は予想済みだと言わんばかりに磯風さんは背中を摩ってくれる。

 

「あ、ありがとうございます。でも着任して早々に出撃だなんて」

「そういいたいのは解る。しかしこの泊地では午前中の方が接触する確率が低いんだ」

 

だからこそ戦闘に慣れていないうちは午前中の哨戒を担当し、

ある程度戦闘に慣れてきたら午前と午後をローテーション形式で回すとの事。

哨戒について聞かなかった私にも問題があるが、

流石に急な話過ぎて驚かざるを得なかった。

 

「ま、そういう訳でしっかり食え! 慣れない事をする時は万全を期して挑め」

「わ、解りました」

 

私はそうめんを掻き込み、お腹を十分に満たした後ドックへと急いだ。

 

 

/////////////////////

 

 

ドックについた時には既に野分さんが座り込んで艤装の手入れを行っていた。

 

「すみません遅れました!」

 

謝罪しながら駆け寄ると、驚いたように野分さんが反応する。

 

「い、いえ! 遅れていることはありませんよ。寧ろ早いくらいです」

「えっ……では野分さんはどうしてここに?」

「私は自分の装備の手入れをしているだけですよ」

 

野分さん曰く、装備は確かに明石さんが担当しているのだが、

自分の装備だけに自分の出来る事はやっておきたいそうで。

出撃前には必ず自分の艤装と装備を磨いているそうだ。

 

よく見れば野分さんの艤装にもマストが付いており、

膝の上には銀髪の妖精さんが二人、ところどころ機械油の付いた布を持っていた。

恐らくこの二人が野分さんの熟練見張員の妖精さんなんだろう。

見た所すごく律儀で礼儀正しそうだ。

じっと見つめているとこちらの視線に気づいたのか、

恥ずかしそうに野分さんの影に隠れた。

 

「どうしたの? 『ずっと見られてて恥ずかしい』?」

 

その様子に気付いたのか妖精さんを気に掛ける野分さん。

しかし少し気になることがあった。

 

「野分さんは妖精さんの言葉が解るのですか?」

「ええ、ちょっとだけぐらいなら。雰囲気で、だけれど」

「それは……ちょっと羨ましいです」

「涼月さんならすぐに解ると思いますよ」

 

私達艦娘にとって、妖精さんの存在はとても重要だ。

可愛らしい外見を持ちながらも、兵装の開発や艤装の整備、

それだけでなく料理や基地の掃除など、

私達の生活に関わる事全てを各妖精さんが担当している。

 

彼女達ともっと親睦を深められたら、もっと彼女達にお礼が出来たらと思う。

言葉を通じ合うことが出来れば、もっとそれが簡単になるだろう。

 

そんなことを考えていると、足元で動き回る影が見えた。

視線を下に向けると私の見張員の妖精さんが私の方を見上げている。

膝を曲げて彼女達を手のひらの上に乗せると、元気よく敬礼をしてきた。

まるで、「今日はよろしく」と言わんばかりに。

 

「はい。よろしくお願いします」

 

その様子を見て野分さんと二人の妖精さんが笑顔を浮かべていた。

 

 

 

会話を終え、野分さんと私は哨戒任務にあたっていた。

 

「いくら大和さんが居るとしても、

 駆逐艦四隻というのは防衛力に欠けるのではありませんか?」

 

私はどうしても気になることを聞いてみた。

 

「そうですね。だからこそ近海哨戒に限定しているんですよ」

「確かに明石さんも近海では重巡クラスの敵は出てこないと聞きました」

「それにこの島は大半の深海棲艦が本土に流れているので、

 そこまで強力な深海棲艦が現れる事はないんですよ」

 

それに加え、前進基地として建築中の場所に大規模な配備をするわけにもいかない為、

現在のような配備状況となっていた。

私はそれに納得し、野分さんの後をついていく。

 

暫くの間哨戒していた私達だが、

敵と遭遇することもなく、発見することも出来ないまま定刻を迎え帰還することにした。

そんな帰り道。

 

「そういえば涼月さんはどこの鎮守府からやってきたんですか?」

 

野分さんから思わぬ質問が飛んできた。

確かに前進基地として建築中とはいえど、こんな辺境にやってくる艦娘など、

かなり訳ありな可能性はある。

 

しかし。

 

「すみません。実は私、以前居た所の記憶が曖昧で覚えていないんです」

 

どこかの工廠で目覚め、直ぐに私はトラック泊地の座標を教えられ、

この地までやってきた。

 

「あっ……ごめんなさい!」

「いえ、そんな謝られることではありませんよ」

 

どうやら不味いことを聞いてしまったような反応をする野分さんに、

私は気にしていないことを伝える。

恐らくこちらに到着する直前に起きた遭遇戦で記憶が抜け落ちてしまったのだろう。

 

「野分さんはどこの鎮守府から来たんですか?」

「私は舞風と一緒に舞鶴鎮守府から来たの」

「舞鶴というと、確か京都府の鎮守府ですよね。日本海側にある」

「そう。秘書艦の阿武隈さんが配属先の資料の手違いを起こして、

 舞風と一緒にトラックに配置される事になりました」

 

秘書艦ともあろう人がよりにもよって配属先を間違えるなど、

許されることなのだろうか。

 

「それって、秘書艦としてどうなんですか?」

「色々ミスをやらかしてしまう人だったので、ある程度予想はできたと言いますか……

 でもむしろ良かったとも思っています」

「それは、どういう意味ですか?」

「ここは激戦区ではありませんが、やはり自分達の出来る事を見極めないと、

 他よりも簡単にやられてしまう。慢心は戦場ではやはり敵なんだということです」

 

慢心。自分なら出来るだろうという軽率な判断というのは戦場では命取りになる。

あの時の私は皆に助けられた。しかし、この広大な海でああいった事が起こるのは、

まさしく奇跡とも呼べる事。本来なら起こりえない事なのだ。

そういうことに釘を刺しているようで、私は少し俯いた。

 

「あの、すみません」

「えっ……あ! 涼月さんに言っているわけじゃないんですよ!?」

「でも慢心していたのは事実ですし」

「だから今こうやって出来る事をやっているわけじゃないですか!

 駆逐艦で戦艦は愚か重巡クラスも倒せない。

 その分哨戒の敵は素早く迅速に撃破することが出来る。それが駆逐艦としての……」

 

そこまで喋って野分さんはハッとする。

 

「ごめんなさい、説教みたいになってしまって」

「いえ。野分さんの御蔭で少し考え方が変わりました」

 

私達駆逐艦では出来ない事も多いが、

その小柄で高い運動性能をもってすれば戦艦や重巡とは違った活躍が可能だ。

そういったことを見極めれば、自然と慢心することなく結果を残せるのだと。

野分さんはそう言っているのだ。

 

「そ、そう? それなら良かったけど……」

「はい。だからありがとうございます」

 

野分さんは未だに納得できないのか首を傾げていたが、

私はそんな彼女に笑顔で答えるのだった。

 

 

////////////////////

 

 

哨戒任務を終えて基地に戻ってくると、厨房から香辛料のいい匂いがしてきた。

 

「今日のお昼の当番は誰でしたっけ?」

「舞風よ。日で変わるので、休みならゆっくりできますから」

 

二人で食堂に移動すると、そこには大皿に盛られた麻婆豆腐が中央に置かれていた。

 

「おお、来たか」

 

厨房から割烹着を来た磯風さんが出てくる。

髪の色も相まって案外その恰好は様になっていた。

 

「この麻婆豆腐、磯風さんが一人で作ったんですか?」

「いや、舞風が作ると言ってやまなかったから彼女に譲った。

 後、大和は平時でもかなり食べるからな。それなりの量がいるんだ」

 

なるほど。出撃後にあれだけ食べるということは、

普段もそれなりの量を食していると考えればおかしな話ではない。

 

香辛料の香りが食欲をそそられる。

一方で野分さんの顔には陰が掛かっていた。

まるで不味い物を目にしてしまったような、そんな感じだ。

しかし作った本人である舞風さんが居ないようだ。

 

「ごめんなさい磯風さん。私、舞風を呼んでくるわ」

「ん? そうだな。よろしく頼む」

 

野分さんはその場からそそくさと出て行ってしまう。

 

「では私は先に頂いてもよろしいですか?」

「ああ、初めての哨戒で腹も減ってるだろう。

 それに料理は熱いうちに食べるのがうまいからな」

 

私は軽くお礼を言って席に腰をかけ、

彼女から白ご飯を受け取って麻婆豆腐を頂くことにした。

 

唐辛子の辛みが口の中全体に広がるも、

それほど辛い訳ではなく食べやすい程よい辛さだった。

おそらく皆で食べる分のことを考えて辛さを抑えているのだろう。

それに加えてひき肉の油のうまみと、

絹ごし豆腐ののどごしの良さが相まって、ご飯が進む。

 

「これから暑くなるからな。辛いもので食欲増強という訳らしい」

「確かに、それは納得です」

 

確かに軽い食事だけで済ませていれば栄養が偏ってしまう。

暑い季節でもしっかりとした食事を取ることが健康には必要なことだ。

 

「あら、今日の昼食担当は磯風さんでしたか」

 

箸を進めていると、大和さんが食堂に顔をのぞかせた。

 

「いや作ったのは舞風だ、それにしても今日は早いな」

「涼月さんの転属の処理が思ったよりも早く終わったので、

 私も皆さんと一緒に昼食でもと思ったんですよ」

「大和さん、お先頂いてます」

 

笑顔を飛ばしながら私の隣に座る大和さん。

やっぱり改めて見ると彼女は素敵な人だ。

こうやって日常の彼女を見ると、どうしても昨日の夜のことを思い出す。

 

『共に強くなった時、大和さんの護衛艦として守らせて下さい』

 

思い返せばかなり出過ぎたことを言ったかもしれない。

でも大きい目標は簡単に達成できない故に、長い間自分の原動力となってくれる。

 

「頂きます」

 

どんぶりにこんもりと盛られた白ご飯を受け取り、

大和さんはさらさらと麻婆豆腐を口に運んでいく。

豪快ではなく上品に箸を進めていく彼女に思わず見とれ、自分の箸が止まってしまう。

 

「? 私の顔に何かついていますか?」

「い、いえ! なんでもないです」

 

私はその場を誤摩化すように白ご飯を?き込む。

そうすれば当然喉に詰まる訳で。

 

「んぐっ!?」

「「涼月(さん)!?」」

 

その異変に気づいた磯風さんは水を差し出してくれる。

 

水を飲みながら喉に詰まったそれを押し流し、肩で息をする。

大和さんはそれを労るように上から下に背中をさすってくれた。

それら二つが合わさり、どうにか落ち着くことができた。

 

「大丈夫ですか?」

「はい。お蔭様で」

「全く、焦って?き込む上に喉に詰まらせるから何事かと思ったぞ」

「面目無いです」

 

自業自得とはこのことかと思いながら、再び箸を進めていく。

すると今度は急いだ様子で舞風さんと野分さんが現れた。

 

「遅かったな。二人は先に食べているぞ」

 

二人はテーブルの上をまんべんなく見る。

しかしそこには舞風さんの作った麻婆豆腐と、私達の白ご飯しかない。

それを見て胸を撫で下ろす二人。

 

「舞風さんも野分さんも食べないのですか?」

「あー、私はもうちょっと後でかな。踊り疲れちゃったし」

「私も舞風と一緒に頂きます」

「そうか。珍しいな」

 

口ではそういっている物の、それだと先ほどの様子と辻褄が合わない。

急いで来たなら真っ先に料理を食べるのかと思いきや全くの逆。

 

ただ雰囲気からして何かを止めるような、

そんな様子だった気がするのだが。それに胸を撫で下ろす理由もわからない。

まるで追加の料理がないか探していたかのように。

 

「そうだ涼月、歓迎がてらお菓子を作ったんだ。折角だから味見してくれないか」

「あ、ありがとうございます」

 

そういって渡されたのはクッキーだった。

歓迎がてらながら味見させてもらえるのはちょっと複雑だけれど、

先に食べることができると考えればちょっとした幸せだ。

 

私はそれを頬張る。

程よい甘さが口の中に広がり、蓄積してた辛さを和らげてくれた。

 

「辛い物の後に甘い物は格別だろう」

「そうですね」

「「あっ……」」

 

その時、二人の口から言葉が漏れた。

 

「味はどうだ?」

「いえ、至って問題ないですよ? 美味しいです」

「そうか。それはよかった。

 どうした二人とも、そんな顔しなくても後でたくさん食えるぞ」

「い、いえ、遠慮しておきます」

「わ、私もちょっといいかなー、あはは」

「?」

 

その時の二人の笑顔は引きつっていた。

 

 

////////////////////

 

 

私は今、ベッドの上で猛烈な腹痛に襲われていた。

体を内側から引き裂くような、そんな痛みに。

脂汗がにじみ出るほどと言えば、その痛みの規模がわかるだろう。

 

「(どうして……朝は何ともなかったのに)」

 

朝は本当に何もなかった。

朝起きて、集合して、工廠に行って、妖精さんを探して、

朝食をとって、哨戒をして、昼食をとって、クッキーの味見をして。

それからしばらくして腹痛に襲われて。

トイレに一時間ほど籠った後も、この痛みが取れることは無かった。

 

昼食を食べ過ぎた訳ではない。

しかしあの過程でどこにお腹を壊す原因があったのだろうか。

もしかして哨戒中に敵の新兵器でも知らぬうちに貰ったのだろうか。

そう思うと恐ろしい。しかしその恐ろしいという感覚すら痛みが奪い去っていく。

 

「あづっ……ぐっ……!」

 

いっそのこと意識を手放したくなるほどの痛み。

私でも行き過ぎた表現かもしれないが、

この内蔵系の痛みには耐え辛かった。

それでもなんとか耐えようと握りしめた手からも脂汗が浮き上がっていた。

 

不意に扉がノックされる。

 

「は、はい……んづぅ!」

 

変な声が出る。

無理に声を出したので、それが内蔵に響いて更なる痛みを訴えた。

 

「あの、野分です。お薬貰って来たんですが……」

「野、分さん……?」

 

体を起こすと扉が開かれ、そこに居たのは野分さんだった。

その手には救急箱があり、薬を持って来たというのは間違いではないようだ。

彼女が救急箱から取り出したのは、小さな茶色の小瓶。

その蓋を取ると独特な刺激臭が鼻の奥を突いた。

 

「な、なんですかそれ!」

「この薬が一番効くので試してみてください」

 

その臭いに私は鼻を摘みながらも抗議の視線を送る。

しかし彼女は顔を顰めながらもその丸薬を進めて来た。

私は渋々それを受け取り、口の中に頬張る。すると強い刺激が口内に駆け巡った。

 

「んんっ!?」

「は、早くお水を!」

 

私は半分奪い取る形で野分さんから水を受け取り、

その刺激もろとも飲み込まん勢いで飲み干した。

 

するとほんの少しだが痛みが和らいだ気がした。

 

「薬を飲む行為自体が症状を和らげてくれることもありますから」

「それに、良薬口苦しとはよく言った物です」

 

会話が出来るまでに落ち着いた私は、再び横になる。

 

「でも、この痛みは何なんでしょうか」

「それは……涼月さん、さっきクッキー食べましたよね」

「はい」

「それです」

 

ズバリ言われるが、私はその答えに困惑してしまう。

だってあのクッキーは磯風さんが作ったもの。

焼き菓子だから食中毒ということはないだろうし、

彼女の言葉からして舞風さんが昼食を作って居るときに作ったのだろう。

だから何か悪い物が付いていた可能性は極めて低い。

 

でも、野分さんが冗談を言うような人には見えない。

それがさらに私を困惑させた。

 

「この話は大和さんにはご内密にして頂きたいんですが」

「は、はい」

「磯風さんの作る料理やお菓子を食べると何故か大変なことが起こるんです。

 大概腹痛ですが、度合いは完全に個人差があるので」

「それは、変な物を入れて、いる訳ではないんですか?」

 

その問いかけに彼女は首を横に振る。

 

「私達もそれを疑いましたが、

 そのような動作は一切見られなかったので恐らく」

「そう、ですか」

 

「でも、磯風さんが自身の料理を食べた時に気付く物じゃないんですか?」

「それが、磯風さん自身はまるで大丈夫なんですよ」

「あの、それフグかなにかですか?」

 

何にせよ、このことを大和さんは知らない。

もし彼女がこんな料理を口にしてしまったら、

少なくとも前進基地の建築に影響が出てしまう。

そんな恐怖に私は思わず身震いしてしまうのだった。




結構字数が多くなってしまいましたが、
個人的に書いておかなければ! というシーンを執筆しました。
(初めての哨戒での会話・磯風の料理)

今回は結構野分が登場しています。
委員長体質なだけにこういった事態収拾系についてます。

1話と2話でかなりトラックの艦娘の役回りが分かったかなーと思ってます。
第一章だとどうしても影が薄い部分があったので。
後涼月の空白の歴史を埋めておきたかった。

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