艦隊これくしょん -艦これ- ~空を貫く月の光~   作:kasyopa

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Dust devil=???


第二十三話『誇りを食らう悪魔』

その日の夜。私は赤城さんに呼び出されていた。

 

『……いえ、なんでもないわ。鎮守府に戻ったら少し話したいことがあっただけ』

 

オリョール海を攻略している時に赤城さんが言った言葉。今回の要件はそれだろう。

あれから彼女は被弾してしまい長期の入渠、トラックへの移動、

到着後も食事や慰安で時間を追われ私自身も改装や哨戒で忙しかった。

 

ここ最近忙しかったのでろくに呉の人達と関わる事が出来なかったのは、

何も赤城さんだけではない。

二航戦の二人とも演習は出来ていなかったし、

吹雪さん達と顔を合わせたのもあの浜辺の時だけ。

 

港の一角で私は彼女と向き合っている。

その時の彼女の顔は戦場で矢を射る時と同じ凛とした表情。

 

「涼月さん、貴女はこれまで様々な艦娘の方々と大きな信頼を築いてきましたね」

「私は私の出来る事をしているだけ。皆さんが歩み寄って来てくれるのです」

「例えそうだとしても、貴女がこうして皆の信頼を勝ち取っているのは事実です」

 

私の思っていることを言おうとも、それがまるで私の才と言わんばかりの赤城さん。

 

「そして、貴女が皆さんの『何か』を変えているのだと」

「『何か』ですか」

 

確かに変わったといえば変わった。

如月さんを助けて彼女を夢から解放したり、

蒼龍さんや飛龍さんの『何か』を呼び覚ましたり。

 

「私はその『何か』を、『定めの軛』と呼んでいます」

 

軛。馬や牛などの大型の家畜を馬車や牛車などにつなぐために使う道具の事だ。

しかしここで気になる事がある。

私達の感じている『何か』を彼女は『定めの軛』と呼んでいるという事。

それは即ち本人がその『何か』を感じたことがあるという事だった。

 

「赤城さんはその『何か』を、『定めの軛』を知っているのですか?」

 

そう尋ねると彼女は悲しそうな表情で首を横に振った。

長く呉で戦っているはずの彼女ですら知らない事。いや、恐らく初めてなのだろう。

この様な『定めの軛』を感じること自体が。

 

「私は、それが何なのかを知りたい。『定めの軛』に抗い続けた他でもない貴女に」

 

あいにく私も、その『定めの軛』が何なのかははっきりとは解らない。

私自身が感じたのも瑞鶴さんと榛名さんを見て、何故か知っていると思った事。

そして白黒の世界で知っているはずのない夢を何故か見た事。

でもそれが、赤城さんの言う『定めの軛』とは別の物かもしれない。

何せ私の経験の中で赤城さんは登場していないのだから。

だから私の経験した中では彼女の求める答えは導き出せそうになかった。

 

『そうなの! 私達、赤城さんに魚雷発射しなかったんだよ』

『そしてそのまま夢は覚めました。些細な変化ですが大きな変化だと思います』

 

舞風さんと野分さんの言った言葉を思い出す。彼女達はその意志で捻じ曲げた。

私達という事は二人ともという事で、彼女達の夢は繋がっていたという事。

……もしかして赤城さんの『定めの軛』は。

 

「赤城さん、貴女の最後に見た『定めの軛』は、

 雷撃処分ではなかったのではありませんか」

「っ! どうしてそれを!?」

 

それを聞いて表情を一変させる赤城さん。

やはり赤城さんの『定めの軛』と、舞風さんや野分さんの『定めの軛』と同じ。

 

ならば舞風さんが赤城さんを見た時、妙な雰囲気になってしまったのも頷ける。

私と榛名さんが初めて出会った時と同じ状態なのだ。それも互いにそれを思っている。

私の時よりもはるかに厳しい物であるのは解る。介錯する者とされる者の出会い。

それを平然とやり過ごすことなど、普通ならば不可能だろう。

 

「恐らく大規模反攻作戦発令時から、赤城さんはその『定めの軛』を感じていたはずです」

「貴女は、一体何を知っているというの?」

 

彼女は信じられないといった目で私を見つめる。

それは当然だ。自分しか知りえないことを知っているのだから。

それを悉く的中させているのだから。

 

「貴女と同じような『定めの軛』に囚われる、私と仲の良い艦娘。

 聡い赤城さんなら解る筈です。既に貴女も彼女と会っているのですから」

 

少しだけ考えてハッとする彼女。どうやら答えに行きついたようだ。

 

「なるほど、あの子達だったのですね……」

「舞風さんも野分さんも、自分の出来る範囲でその『定めの軛』に抗いました」

 

「本当の自分がやりたい事を、彼女達は『定めの軛』の中で成し遂げました。

 今度は、赤城さんの番ですよ」

 

 

Side 赤城

 

 

静かに笑う涼月さんの表情に懐かしさを覚える。

そうだ。この表情はあの鳳翔さんの笑顔だ。

 

最近は第一機動部隊として忙しくて、めっきりあのお店に行っていない。

そんな私はいつしか、本当に大切なことを忘れていたのかもしれない。

 

私達に必要な技術と心得である『正射必中』を説いた艦娘であり、

今では居酒屋を持ち私達の数少ない憩いの場を提供してくれている。

 

「私達は艦娘としてこの世に生を受けましたが、私達には意志があります。

 それを『定めの軛』と呼ばれる物で左右されては、勿体ないじゃないですか」

「そうね。その通りね」

 

私達は艦娘。生まれながらにして戦う事を宿命付けられた存在。

その意志さえ揺るがす『定めの軛』はそれ程強い物だと知った。

それでも私達は、その『定めの軛』に抗う事が出来る意志を持っている。

 

「涼月さん、一度鎮守府に戻った時にご紹介したい人がいるのですが、宜しいですか?」

「……あいにくながら、そのお誘いは受ける事が出来ません」

 

意外な言葉を返される。

第一機動部隊の旗艦という立場であり、

今回の作戦の裏方として大成を成した彼女が断ったのだ。

こんな簡単な誘いを断る。いや、受ける事が出来ないと言ったのだ。

つまり彼女は……

 

「私はこの泊地に残ります」

「どうして? 貴女ならもっと活躍する事が出来るわ」

 

「今も、そしてこれからも第一機動部隊の旗艦として皆の為に」

 

そんな言葉を並べても彼女は首を横に振るだけで考えを曲げなかった。

 

「私には大和さんの護衛艦として彼女を守るという『意志』がありますから」

 

迷いのないまっすぐな瞳。その信念は誰にも曲げることは出来ないだろう。

多くの人を見ていた私だからこそ解る。しかしそれを見て私は悲しかった。

その迷いのない理由が、『定めの軛』によるものの様な気がしたから。

だから私は思わず口走っていた。

 

「貴女のその『意志』が『定めの軛』によるものだとしたら!」

「……それでもいいんです。私は『定めの軛』を悪い物とは思っていません」

 

「『定めの軛』を受け入れた、強い人を知っていますから」

 

そんな強い人が居るのだろうか。

艦娘として生まれ、『定めの軛』という激流に揉まれながらも、それを受け入れる。

出来る事であれば私も出会ってみたい。そんな人がいるのだとしたら。

 

背を向けて去っていく彼女に声を掛けようとして、息がつまる。

その『定めの軛』を受け入れたいと思っても、頭の中で何かが囁いた。

『そんなことが出来るわけがない』『それこそが慢心に過ぎない』と。

そんなことを無いと否定しても絶え間なく響く声が、私を苦しめた。

 

彼女が見えなくなった時、必死に声を押し殺して私はその場で蹲る。

 

私は弱い。私は脆い。

一航戦の誇りなんてものはない。

慢心。全てがこの言葉に塗りつぶされ、食い尽くされる。

私の頭の中には、そんな悪魔が潜んでいる。

 

そう思って絶望しかけた時、後ろから誰かに抱き付かれた。

 

私は急に抱きしめられて、反射的に後ろを見る。

その後ろには抱き付いたままの舞風さんと、近くで見つめる野分さんの姿があった。

 

野分さんは腰を低くして、私と視線の高さを合わせる。

舞風さんは私を離すものかと必死になって抱き付いている。

 

「赤城さん、素直になりましょう。少しだけでもいいんです」

「私達もね、怖かったの。だから必死に誤魔化してた。でも今は違うから!」

 

「「だから、今は泣いていいんです!」」

 

二人は涙を流しながらも笑っていた。その表現は違っていたけれど、想いは同じ。

私は、私の中にある汚泥の様に溜まった感情を全て吐き出した。

今は泣いていい。その言葉に縋らせてもらおう。

そして笑おう。強い私になる為に。

 

 

///////////////////////

 

 

私達はひとしきり泣いた後、互いを見つめ合って笑いあった。

 

「でもどうして二人がここに?」

「貴女をずっと見ていた人が、教えてくれたんですよ」

 

野分さんが後ろを向いた視線の先。

そこでは涙を拭いながらも苦笑いする吹雪さんの姿があった。

 

「吹雪ちゃんが、赤城さんの様子がおかしいって言って私達を連れて来てくれたの」

「そうしたら赤城さんがその場で泣き崩れていて……舞風が飛び出して」

「でもその後野分だって追いかけて来てくれたでしょ?」

「そうですが、もう少しやり方があったんじゃ」

 

夫婦漫才に似た口論が面白くて思わず笑ってしまう。

私は立ち上がり、吹雪さんの元へと歩みを進めた。

 

「吹雪さん」

「あ、あの、赤城先輩……」

「ありがとう。貴女のお蔭で私は救われた」

「そんな! 私はただ赤城先輩が辛そうだったから」

 

謙遜する吹雪さんを見て、少しばかり未熟な涼月さんに見えてしまう。

彼女もまた、第五遊撃部隊の旗艦として大きな事を成してきた一人。

敵攻撃隊の奇襲に対して冷静に対処し、ヲ級を大破に撃沈させた艦娘。

彼女もまた、多大な努力の元で大きく事を動かし『定めの軛』に抗ってきた少女。

私に光を与えてくれた、大切な存在。

 

「吹雪さん、一つお願いして頂けますか?」

「は、はい!」

「いつか来る大規模反攻作戦に私の随伴艦として、参加してもらえないかしら」

「随伴艦、ですか?」

「ええ」

 

その言葉を聞いて、みるみる顔が明るくなっていく吹雪さん。

彼女が私に憧れているのは、今までの態度を見てなんとなくわかっていた。

でもそれだけでは認められない。彼女の今までの努力と功績を認めての言葉。

あの頃の彼女とは違う。今のこの子であれば、きっと十分に戦ってくれる。

 

「はい! 是非受けさせてください!!」

 

元気よく返事をする彼女に対して、優しい笑みで返す。

あの時鳳翔さんがしてくれた、母親の様な優しさで。

 

 

 

私が部屋に戻ると、加賀さんが心配そうな目をしていた。

 

「赤城さん、その顔は」

「時には感情を露わにするというのも、大切なことですよ加賀さん」

 

いつも無表情で無口な彼女にだからこそ言える事。

その人の出来る中で感情を露わにして人にぶつけるのがいいのではないかと思う。

 

「それより加賀さん、二航戦の二人を呼んできてくれませんか?」

 

伝えなければいけない。いつか起こるであろう大きな戦いについて。

恐らく感じているであろう全員に、思いを共有するためにも。

 

私はいつにもなく真剣にそう口にしたのだった。





と言うわけで、結構シリアス回(?)だったかなと思います。

サブタイは舞風=英語でDust devil(埃の悪魔)。
健啖家という事で喰らうという形にして、埃を誇りに変換したものです。
たまーにこういう風にサブタイで本気を出す事があります。

実家の関係上筆が進まない……といいつつ書き貯め10話分ある。
「駄目だよこんなの! 絶対おかしいよ!」
MI作戦発動前に別の話が2話分入るってなんぞや。

イベント絶賛攻略中。E-4突破してE-5に鈴谷熊野固定ルートで突っ走ってます。
E-4で野分が出るのでそこも確保しないとまずい。

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