【改訂版】零の役者~Fateの劇をやってたらルイズに召喚されました~(勘違いもの) 作:法螺依存
原文から随分変えたので、(1)同様、好みが分かれるかもしれません。
私は今、全力で走っていた。
アルトさんはああ言ったけれど、だからといって納得したわけではない。
彼が何と言おうと、悪いのは全て私だ。責任は私にあるべきだ。けれどこうなってしまった以上、私には何も出来ない。
私が学園の教師に頼む? 無理だ。所詮、私達平民は貴族からすれば路傍の石程度でしかないのだから。
だからしかたのないことなのだ。けど――それを理由に諦めてしまったら、私は私自身を許せない気がした。
彼だってただの平民だ。それでも彼は出会ったばかりのために自ら死地へ向かったのだ。
最初から疑ってかかり、泥棒だと決めつけて話しかけてきた私に彼は怒るのでもなく、ただただ優しげに微笑んだ。それどころか、洗濯を請け負っただけのメイドとして当たり前の事にさえ感謝し『困ったことが起こったら私に言いなさい。微力ながら力を貸しましょう』といってくれた。
そして彼は今、そんな社交辞令でしかない約束を果たそうとしてくれている。貴族でも、商家の娘でもない、ただの平民の女一人のために――。
「アルト様……!」
私は強く決心する。彼はあんな些細な口約束を守ってくれた。ならば私も彼のために何かをしなければならない、と。
でも、私如きが何をすることが出来るだろうか?
そう思った時、やはり私に出来ることなどたかが知れていた。ならば、出来ないなりの方法を取ればいいだけの話だ。
私に思いつくこと、できることは現時点で一つしか無い。
ミス・ヴァリエールに縋る――それだけだ。
彼はミス・ヴァリエールの使い魔。貴族とはいえ、自身の使い魔が危機敵状況に陥っていると知れば、何かしらの行動はとってくれるはずだ。
彼は迷惑を掛けたくないと言っていた。でも、彼を救うには彼女に縋るしかないのだ。
たとえ彼を裏切る形になったのだとしても、私はただ伝言を伝えるだけなんて出来ない。
彼はただ、伝えて欲しいと言った。でも、他の事を言うなとも言わなかった。
屁理屈だけど、事実でもある。
「アルトさん――待っててください!」
何処からともなく現れて弱きを助け、約束を果たすために自らの危険も省みず困難に立ち向かう。まるでイーヴァルディの勇者が姫を助けるようだ。
けれど――助けられた姫もまた勇者を助けなければ、物語はハッピーエンドでは終わらない。
だから、私は走っている――。
***
私は一人図書室に篭り、自身の使い魔について調べていた。古い本を司書さんに無理言って探してもらい、ただひたすらに彼について調べ続けていた。
彼の言っていた言葉のどれもがいちいち頭の片隅に引っかかるのだ。
最初に召喚された時、アルトは私に自身のことを『サーヴァント・セイバー』と言った。
その言葉をそのままの意で取るならば、剣の従者と言う意味になる。そしてそれは腰の剣からも正しいと分かる。
ただ、気になるのは、何故召喚された瞬間に自身をそんな風に呼んだのか、だ。
これまで人間が呼ばれた前例はないから確実ではないが、いきなり何の前触れもなく召喚された人間が――しかも平民が咄嗟にそんな言葉を出せるだろうか?
自身を剣士、という意味でセイバーと名乗ったのならば、まだわかる。しかし、その言葉の前に『サーヴァント』と付くのはおかしい。
なぜなら、自分が何故そこにいるのか、何のために喚ばれたのかを理解していることになるからだ。
突然見知らぬ土地に喚ばれても動揺しないうえ、自身が使い魔として喚ばれたことも理解する。それではまるで事前にこうなる事を知っていたみたいではないか。
運命――そんな言葉がチラつく。しかし、私はすぐにその埒もない考えを頭の中から吹き飛ばした。あまりの恥ずかしさに顔が火照る。
全く……何処の夢見がちな子供だ、私は。
気を取り直して、私は本のページを捲る。
気になることは何も先の言葉だけではないのだ。無駄なことに時間を費やす訳にはいかない。
もう一つの引っ掛かりは彼の名乗った自身の名前の事だ。
ルキウス・アルトリウス・カストゥス――この名前は何処かで聞いたことがある。
私が分かることは名前の綴りがアルビオン訛りであること、そして妙に古風であることだけだ。少なくとも、今時こんな名前の人はいない。
例えるのなら――そう、まるで歴史書にでも出てくる哲学者のような名前だ。
私はまず、彼がどういう使い魔なのかを調べるよりも先にアルビオンの伝承を調べることにした。名前で調べるのならば、彼がどういう存在なのかを調べるよりも比較的簡単だと思ったからだ。勿論、過去の人物を探すのだから、彼とは別人だろう。だが、何かしらの手がかりがつかめるかもしれない。しかし、そう簡単に見つかるはずもない。開いていた本にはそれらしき記述は載っていなかった。
小さく息を吐いて、椅子の背に凭れる。疲れ目を揉みほぐしながら、もう一つの本を手にとった。
それを顔の前に掲げながら、私は読むかどうか迷った。
本来は学生の閲覧が出来ないのフェニアのライブラリーから、わざわざ司書さんが持ってきてくれた本ではあったが、これに載っているとは到底思えなかったからだ。
表紙には古いスペルで『マビノギオン』と書かれている。この本は一応歴史書という扱いにはなっているものの、その実、アルビオンの物語を集約した写本でしかない――いわゆる神話が書かれた書物なのだ。
神話は物語であるのと同時に、歴史としての側面も持つ。例えそれが物語だとしても、それが歴史として成立してしまっているのだ。そんな曖昧なものからアルトについての記述が出てくるとは思えなかった。
だが、そんな考えはすぐに間違っていることを教えられてしまう。
「――これって!」
ふと、開いたページ。何の考えもなしにぱっと開いたページ、そこに彼の名前が乗っていた。
古代ブリトン人を率い、サクソン人の侵攻から国を守った、アルビオンの大英雄。そして、騎士王として国の頂点に立ち、円卓の騎士を従えたその王の名は――
「アーサー王……」
ポロリと、言葉が漏れる。
最初に頭の中に浮かんだのは、ありえない、という言葉だった。
そもそも、サモン・サーヴァントは今現在生きている生き物を召喚する魔法だ。過去の英雄を呼び出せるような大層なものじゃないのだ。
だが、否定する思考とは別に、肯定しようとする思考も浮かんでいた。
マビノギオンに書かれているエクスカリバーと魔法の鞘についての説明……それが彼の腰に差さっている黄金の剣と一致するのだ。
そして何より、アルトのあの強さのこともある。
様々な推論が頭に浮かんでは消えて行く。何をどう考えても何かしらの矛盾が出てきてしまうのだ。
しかし、暫くの後に私はふと我に返った。
何を馬鹿なことで悩んでいるんだろう。何千年も昔の、始祖ブリミルが生まれるよりも昔の神話に出てくる英雄が、生きて此処にいて、しかも私の使い魔? 馬鹿馬鹿しいにも程がある。
思わず自嘲していると、不意に声がかけられた。
「ミス・ヴァリエール!」
聞き覚えのある声に振り返ると、よく見かけるメイドがいた。
黒髪は珍しいから覚えていたのだ。
ああ、そういえばアルトも黒髪だったなぁ。そんな事を呑気に考えていたのだが、彼女の慌て様に何かあったのだと察した私は、直ぐに表情を引き締めた
「何の用? 取り合えず一回深呼吸して落ち着きなさいよ」
メイドは唯々諾々と深呼吸すると、食いつくほどの勢いで話しだした。
「実は、貴族様とアルト様が決闘をしようとなさっているのです!」
「な、なんですって!?」
突如知らされた事実に私は驚愕して思わず腰を浮かせた。
そして、その直ぐ後に、私は恐怖した。それはアルトの相手が貴族、しかも名門出身のギーシュであったからだ。
無論、ギーシュが強いからアルトの身を心配しているのではない。むしろギーシュはメイジとしての技量は低いぐらいなのだ。アルトが意図も容易くに無力化したコルベール先生とは比べ物にならないほどの存在でしかない。
ならば、何故私が恐怖したのか。それはギーシュが殺されてしまう、という未来を想像してしまったからだ。
決闘とはいえ平民が貴族の、しかも名門の貴族を殺しでもしたら大変なことだ。いや――それどころか怪我を負わせただけでも十分に大問題だ。
ヴァリエール家に迷惑がかかるのは勿論、アルトも唯では済まない。
それにしても……何でそんなことになっているのだろう。
まだ短い間ではあったが、その時間は彼の為人を知るには十分だった。
彼は礼儀正しく、上品で温厚だ。確かに最初はコルベール先生に襲い掛かった。けれど、いつでも殺せる状況にあった先生を彼は無傷で解放したし、攻撃したタバサにも何もしなかった。少なくとも、決闘を好き好んでするような人間には思えない。
「何でそんなことに……?」
「実は――」
メイドは事のあらましを決闘の場所ヴェストリの広場に向かいながら簡単に説明してくれた。
そして、説明の後に、メイドはアルトからの伝言だ、と言って信じられないことを告げてきた。
すなわち『責任はルイズにはない』と。
「そんな!」
「あの場には周りに貴族様方もたくさんいらっしゃいました。今思うと、アルト様はわざと周りに聞こえるように言うことで、故意的に言質を取らせたのだと思います」
「なんて馬鹿なことを!」
思わず悲鳴じみた声が漏れてしまった。
「お願いですミス・ヴァリエール……! 全部、私のせいなんです。でも私には何も出来ません……! だから――だからどうかお願いします!」
メイドは泣きながら私に懇願してくる。
だが――懇願されるまでもない。
アルトは私の使い魔。使い魔と主人は一心同体だ。使い魔の責任は主人にもある。
アルトがこのメイドの責任を引き受けたというのならば、それは平等に私にも振り分けられるべきものなのだ。
「今直ぐに案内なしなさい!」
私の言葉にメイドは一瞬呆けた後、力強く頷いた。
「はい!」
***
春風が吹きすさび、私の首筋を冷たい空気が撫でる。
しかし、そんな事は気にならなかった。図書館から全力で走っているため、汗で体が熱いくらいだ。
メイドは私を探すまでに相当体力を消耗させていたのか途中で力尽きてしまった。しかし、既に場所を知らされていた私は、彼女を置いて行く事にした。
彼女だってあそこまで必死に私を探してくれたのだから、ここで彼女を開放するのは本意では無いだろう。
途中、学園長の秘書のミス・ロングビルに出会ったため、事情を説明しておくことにした。今から学園長室に行っている暇はないが、もし彼女が伝えてくれれば先生が動いてくれるかもしれないと思ったのだ。
予想通り、ミス・ロングビルは自体を重く受け止めてくれたらしく、走って学園長室に向かってくれた。
とはいえ、それは最後の望みだ。先生が来るのは遅くなるかもしれないし、そもそも学生の喧嘩だ、と来てくれないかもしれない。
結局の所私がどうにかしないといけない、という事実は変わらない。
私はようやくヴェストリの広場についた。
広場には大きな人だかりが出来ていた。私はその人だかりに、体当たりでもする勢いで入る。
――どうか何事も起こらないでいて!
そんな祈りを呟きながら、人垣をかき分けていく。そして、ようやく人垣を抜けると、その先の光景に思わず目を疑った。
「どういうこと……?」
視線の先には無残に倒れ伏すアルトの姿があった。
一瞬アルトのことを疑いそうになったが、事実としてコルベール先生を打ち倒した事を思い出すと、直ぐに打ち消す。
では何故こんなことに? 私の頭は全く混乱していた。
すると、倒れていたアルトが立ち上がった。
口から血を流し、肩を痛めたのか、右手で左肩を庇っている。足も引きずっていた。
見てられない、ひどい姿だった。
何で立つのよ! そのまま寝てなさいよ!
心の中では叫べるが、それを口にだすことは出来なかった。何でなのかなんて分かりきっている。彼はメイドと川下約束を護るため、それだけのために立ち上がっているのだ。
そしてそんな彼に立ち向かわず寝ているなんて、どうして言えるというのだろう。
アルトはその場に棒立ちになると、構えを取るわけでもなく、ただその場に棒立ちになった。そこにギーシュのゴーレムが肉薄した。
振り上げられた青銅の拳がアルトに襲いかかる。しかし彼は守りの姿勢を取るわけでもなく、ただ立っているだけだった。
――危ない!
そう思った時にはアルトは殴り飛ばされていた。私の方へと。
足元で痛々しい呻き声を上げるアルトのもとに、私は駆け寄った。そしてあまりの酷い様子に口を覆ってしまう。
しかし、直ぐに着を取り直すと、アルトの体が楽になるように引き起こした。そして、アルトの顔を眺めた後、ギーシュの方に転じた。
「ギーシュ……! あんた何てことを!」
怒りを隠さず、私は本気で睨みつける。
しかし、ギーシュは少しも答えた様子は内容で、嘲り混じりに返してきた。
「おいおい……ゼロのルイズ、何を言っているんだい? それじゃあまるで僕が酷いことしているようみたいじゃないか」
「してるじゃない!」
私が叫ぶと、ギーシュはやれやれと肩をすくめる。
「これは神聖な決闘なんだが? 君に何か言われる筋合いはないな」
「あ、あんた……本気で言ってるの? だいたい、決闘は禁止じゃない!」
決闘を行うと、魔法によって被害が大きくなるうえ、それぞれの家の間で問題になる可能性もあるため禁止されているのだ。
しかし、私の言葉にギーシュは勝ち誇ったような表情を浮かべる。
「決闘を禁止されているのは貴族同士の決闘だけさ。貴族と平民の決闘なんて誰も禁止していない」
その言葉に私は二の句を継げなかった。確かにギーシュの言い分は屁理屈ではあったが、事実でもあったからだ。確かに、校則には『貴族同士の』とは書かれていても、平民としてはいけないとは一言も書かれていない。
そもそも、学校は平民との決闘なんて想定していなかったのだろう。当たり前だ、何処に負けると分かっていて決闘を挑む平民が居るだろうか?
「そ、それは、今までこんなことが無かったから……」
しどろもどろになりながらも、なんとか私は言葉をひねり出した。
そんな私を見て、ギーシュは鼻で笑う。
「ふん、そんな事僕には関係ないね。さ、退きたまえ、まだ決闘は終わっていないんだからね」
そう言ってギーシュは視線をアルトに向ける。すると一瞬身動ぎした。
「ア、アルト……?」
アルトはこれ程までの満身創痍の中、それでも立ち上がろうとしていた。目を見ると、その瞳には確固たる意志の焔が揺らめいている気がした。
額から血を流しながら、フラフラになりながらも立ち上がろうとする彼を見つめながら私は思う。あの時と一体何が違うのだろう、と。
召喚時のあの時と今、いったい何が違うっていうんだろう?
「思い出して」
不意に背後から掛けられた声に顔を振り返ると、タバサが私をジッと見つめていた。
「……きっと何かが違うはず」
こういう事に興味を見せない彼女がこんな所に居て、しかもそんな事言うということは、一戦交えたものとして何か感じ入る所があったのだろうか?
いや――ただ周りで見ていただけの私でも何かがおかしいと思うのだ、タバサが思わないはずもない。
――何が違う?
彼を召喚した時の戦闘と今の決闘と何が違うのだろう。
思い出すのよ、ルイズ。
私が考え込んでいる今この時もアルトは、ギーシュに立ち向かわんと体を起き上がらせようとしている。
「いったい何がちがうの……?」
逸る気持ちばかりでなかなか思い出せない。
――またアルトをあそこに向かわせてしまうの?
半ば、諦めかけたその時だった。春風が吹き、不意に彼の額から流れていた血が、私の頬に飛んできたのだ。
それを拭いながら、私は思い出した。
「――血だ」
フラッシュバックするように、アルトの言葉が蘇る。そうだ、あの時言っていた
じゃないか『血が欲しい』と――。
アルトは欲しいといった後『一時的に全力を出すことは出来ます。その後に貰えば十分だ』と言った。そして、今は大丈夫だとも言った。
だけど、今になって思えば、必要がないのなら、あのタイミングで言うのはおかしい。きっとあの時点ですでに魔力は尽きていたのだろう。
もしかしたら、アルトは自身を傷つける行為に怯える私の心を見抜いていたのかも知れない。だから、あの時あんなことを言ったんじゃないか?
――でも、だとしたら何故魔力が尽きていたのだろう?
そう考えたが、それは直ぐに答えに達した。
彼は召喚時にコルベール先生と戦闘行為を行なっていた。つまり、召喚時の一戦で一時的に全力を出していたと仮定すれば、今の状況は全ての辻褄が合うのだ。
ならば、私がすべきことは簡単だ。彼に――魔力を与えればいい。
「アルト!」
既に立ち上がり、今まさに立ち向かわんとしている彼に私は抱きついた。そして、その顔を自分に向けさせる。
吸い込まれるような漆黒の瞳が私を見据えた。
私はその瞳をまっすぐ見つめながら、覚悟を決める。
――こ、これはそういうのじゃないのよ、ルイズ。しなくちゃ彼が死んでしまうんだから!
赤くなるのを自覚しながら、そう自分に言い聞かせる。
今、指を切ったりするためのナイフは無い。それに誰か持っていたとしても借りている間にアルトがやられてしまうかもしれない。状況は刻一刻を争うのだ。
私は歯で唇を少し噛み切った。鋭い痛みろ血の味が口の中に広がる。けれど、アルトの痛みに比べればなんてことはなかった。
彼の肩を掴み、浅く深呼吸をする。そして、私は自身の唇をアルトのそれに押し付けた。
周りの驚きの声が上がる。
私は、なるべく切り口が接触するようにキスをする。
傷口がズキズキと傷んだが、それよりも恥ずかしさのほうが勝ってしまっていた。
コントラクト・サーヴァントの時は契約のためと皆だ分かっていたからいいが、今のキスを他人から見たらどうだろうか? 何の脈絡もなく私が彼にキスをしているように思うのだろう。そう思うと無性に恥ずかしかった。
――も、もういいわよね。
唇からの僅かな量だが結構吸わせたし、もういいだろうと勝手に結論付けると、当てていた唇を離した。
突き刺さる周りの視線を紛らわせるために彼に言葉をかける。
「こ、これでいいわよね?」
私のその言葉に言葉は返ってこなかったが頷いたように見えた。
「その剣でギーシュなんかやっつけちゃいなさい!」
そう言って送り出す。すると彼は剣を腰から抜きながらこんな言葉を返してきた。
「マスター」
いつも私のことを『ルイズ』と呼ぶアルトが、マスターと呼ぶことに私は驚いた。
彼の顔を見ると、彼は底冷えするような冷徹な瞳を私に向け、そして静かに告げた。
「別に……殺してしまっても構わないのでしょう?」
瞬間、心臓が跳ね上がった。足が震え、手が震える。
「な、何を――」
「いい加減にしたまえよ? 僕を馬鹿にしているのかい?」
タイミング悪く、ギーシュが割って入ってきて、私の言葉は空中に溶けて消えた。
私はなんとか言葉を続けようとするが、それよりもギーシュがゴーレムをけしかけるのが早かった。
「いい加減に倒れろ、この平民が!」
一体のゴーレムがまっすぐアルトに向かって肉薄する。
そして、攻撃範囲に入ると、ギーシュはいやらしく笑った。当たると確信したのだろう。
しかし――その青銅の拳ががアルトに触れることはなかった。
「な、何!?」
周りがどよめきで埋め尽くされる。アルトの強さを確信している私でさえも、あまりの驚きに言葉が出無い。
なんと彼は、何も持っていないはずの手で、ギーシュのゴーレムを〝切り裂いた〟のだ。
そこまで考えて、私はおかしいことに気がついた。
――さっき抜いた筈の剣は一体何処に?
先ほど剣を抜いた時、右手には鈍色に光る両刃の剣を持っていたはずだ。なのに今彼の右手にはなにも握られていないのだ。
そう考えた直後、私はあることに気がついた。
よく見ると、右手が鉤の手になっていたのだ。まるで見えない何かを握っているかのように――。
そして、その私の推論は正しかったらしい。
ギーシュのゴーレムは何度出してけしかけても、全て右手に握られた不可視の剣によって、一刀のもとに切り捨てられてしまう。
焦るギーシュをアルトは虫けらでも見るような冷たい目で見ていた。睨みつけるのでもなく、ただ、見据えていた。そしてゆっくり、一歩ずつギーシュに歩み寄っていく。
ギーシュからすれば怒り狂って襲いかかってきてくれたほうがまだマシだっただろう。アルトのその動きは、じわりじわりとギーシュに恐怖を摺りこんでいく。
ギーシュは怖気づいて後ずさりながら、意味を成さない罵声を叫び続ける。しかし、アルトは眉ひとつ動かしもしなかった。
そんなアルトの恐ろしさに、遂に限界が来たのだろう。ギーシュは狂ったように叫びながらゴーレムの七体同時錬金をした。
そして、精一杯のつよがりをしてみせる。
「いくら君でも7対同時には戦えまい! いや、戦えないに決まってる!」
自分に言い聞かせるようにそう叫ぶ。アルトに襲い掛かって幾七体のゴーレムを見つめる顔は引き攣っていたが、何処か安堵の色も見えていた。
きっと、いくらアルトが強い剣士でも、こんな一斉にかかられては対処はできないと思ったのだろう。
確かに、常識的に考えればそうかもしれない。アルトが純粋な剣士なのだと仮定したら、七人相手するのは難しい。ましてや相手が硬いゴーレムならなおのことだ
だが、ギーシュの最大の間違いは、アルトを常識の範疇に当てはめたことだろう。
次の瞬間には、彼は顔から余裕は消えていた。
「風よ――」
アルトが小さく呟く。
途端、彼の持っている不可視の何かに肉眼でも確認できるほどに高密度の空気の渦が逆巻いていった。
その風にありえない程の力が練りこまれていることに私はすぐに気がついた。ギーシュも遅れて気が付き、その顔を真っ青にしていた。
その風は一介の学生が――いや、人間が対処できるような代物ではなかった。
アルトは巨大な風を纏ったそれを下段に構える。
そして、小さく息を吸い込むと――全力で振り上げた。
「吼え上がれぇ!」
爆風――まさにそんな言葉が最も当てはまるような竜巻がアルトの不可視の剣から巻き起こる。竜巻は轟を上げ、地面を大きく抉りながら七体のゴーレムに殺到した。
一瞬にして砂にまでゴーレムを分解したその竜巻は、勢いをそのままにギーシュに襲いかかる。
瞬間、私の脳裏に彼の言葉が甦った。
『別に……殺してしまっても構わないのでしょう?』
背筋が凍った。あの時の瞳と、あの言葉が冗談には思えない。
アルトは――本気だ!
「アルト! 殺さないで!」
既の所で私は叫んだ。すると、私の言葉が届いたのか、風は不自然な軌道でギーシュを避けると学院の壁に大きな穴を開け、そしてようやく収まった。
「はは、は……」
ギーシュはあまりのことに腰を抜かしているのか、乾いた笑いをするだけで、尻餅をついたまま起き上がることも出来ない。周りには小さな水たまりが出来ている。
そんなギーシュにアルトが近寄ってゆく。
まさか? と思ったがもう彼の目にあの冷徹な瞳は無く、ただあるのは、無関心な瞳だけだった。
アルトはギーシュの眼の前に経つと、見下ろしながら静かに口を開く。
「侮ったな、メイガス。私の二つ名はブリテンの赤き竜。魔力の封印のせいで普段は貴様に劣るが、魔力さえ満ちているのなら貴様如きに劣る事はない」
そう言って、一拍置いてから、確認するように言う
「降参するか?」
その問に、ひぃぃ、と悲鳴を上げてギーシュは頭を抱えてうずくまる。
それがアルトに対する答えに他ならなかった。
ギーシュの敗北が決定すると、一瞬にして周りは興奮の渦によって荒れ狂った。
その中でアルトは、私とギーシュに聞こえるぐらいの、小さな声でどこか諭すように告げる。
「運が良かったですね、少年。ですが、次は無いということを確と胸に刻みつけておきなさい」
ギーシュがうずくまりながらも頷いたのを見届けると、不可視の何かを鞘に収めた。
そしてもう用はないとばかりに視線を外すと、騒いでいる集団から出て行った。
「――もしかしてアルト、貴方は本当に?」
私の言葉はは虚しく周りの喧騒に消され、彼には届くことは無かった。
いつか彼は、私に自分が何者なのか語ってくれるだろうか?
そんな淡い希望を胸に秘めながら私は、彼の後姿を眺め続けていた。
何でアルトがストライクエアを出来るのかは、のちのち書きます。