【改訂版】零の役者~Fateの劇をやってたらルイズに召喚されました~(勘違いもの) 作:法螺依存
第三話『勘違いが広がってゆくようです』
俺は未だ何処とも知れない広場を彷徨っていた。
時計が無いので正確なところは分からないが、多分数十分は軽く迷っていただろう。
最初のうちは良かったのだが、何度も同じ所を行ったり来たりしているうちにメイドさん方に不審がられてしまっていた。
それも仕方ないだろう。彼女たちからすれば女性物の下着を小脇に抱えた見知らぬ男なのだから。下着泥棒と間違われて通報されたって文句は言えない。
だからちょっと前から、人が通るとコソコソ隠れるようにしていたのだが、それがほかから見ている人には逆効果だということに俺は気がつけなかった。
「そこの貴方……」
声に振り返ると、そこには黒髪のメイドさんと金髪ロリメイドさんの二人がいた。黒髪さんの方は金髪ロリを背中に隠して、険しい表情を俺に向けている。
これはどう見ても敵を見る目ですね、まる。
ああ、俺もついに社会不適合者の烙印を押されてしまうのか……。
「貴方は貴族ではありませんね?」
「はい……」
「ではここの使用人――なわけ無いですよね。そんな格好していて」
ちらりと腰の剣に視線を一瞥して続ける。
「何者ですか?」
警戒を緩めずにそう言って睨みつけると、黒髪さんは手に持っていた箒を構える。
その猛々しさに、俺は思わずへっぴり腰になりそうになったが、それを何とか耐えた。
昔旅行で海外に行った時、何も悪い事していないのにキョドっていたせいで、ルーブル美術館の警備兵に逮捕されたことがあった。ここでまたキョドったらあの時の二の舞だ! 頑張れ、俺!
「わ、私は怪しいものではありません」
「怪しい人間は皆そう言うんです……!」
気丈に言うその姿はなんとも健気だが、震える声と手が彼女の心の中を表しているようだ。彼女だって怖いだろう。演劇用の張りぼてとはいえ剣を腰に差し、そして――下着を抱える男がいるのだから。
俺は怖がらせない様に、なるべく優しい声で語りかける。
「私は昨日ルイズ・フランソワーズに召喚された使い魔の――」
一瞬、なんと言おうか逡巡した後、仕方なく「アルト」と名乗った。ここで適当なこと言ってルイズに不審がられたら困るのは俺だもの。
「使い魔、ですか? 貴方人間でしょう?」
「ええ、そうですが……なにか問題でも?」
「使い魔に人間が呼ばれるなんて聞いたことがありません。やはり貴方!」
きっと睨みつけて箒を構え直す黒髪さんに俺は慌てず、諭すように言う。
「信じろ、というのは無理な話かもしれませんが、本当なのです。これが証拠にならないですか?」
そう言って俺は手に持っていた下着を差し出す。
非常に不本意であり、恥ずかしいが、ここまで堂々としていれば逆に信用してくれるだろうと俺は考えたのだ。
「ルイズに下着を洗ってくるように申し付けられ、洗い場を探してさまよっていたのです」
「たしかにそれはヴァリエール様の物のようですが……貴方がそれを盗んでないと言う証拠はあるのですか?」
「考えてみてもください。私が下着泥棒だとしたら、それを服の中に隠すのでもなく堂々と持ち、しかもこんな目立つ場所で行ったり来たりすると思いますか?」
「それは……」
そうですが、と歯切れ悪く言葉をつなげる。その瞳は揺れ動き、俺の言葉を信じるかどうか迷っているようだった。
「何なら、今から一緒にルイズの部屋まで連れて行ってもらっても構いません。もしくは昨日召喚した際に立ち会っていたコッ――コルベール教諭を呼んでくるのもいいでしょう」
コッパゲ――と思わず言いそうになってなんとか喉元でとどめた。危ない危ない。
実はルイズに「教養があるのね、平民にしては」とか「何処の騎士?」とか言われていた。どうやら、その前後の会話から察するに、この上品な感じのお陰で待遇が良くなってるっぽい。だから、上品で自若な感じで行く方針にしたのだ。
だというのにいくら真実だからって『コッパゲ』なんて雰囲気にそぐわない言葉を使ったら台無しだ。
俺の冷静な説得が聞いたのか、黒髪さんと金髪ロリはお互いに見合って、コソコソと何かを言い合った。
そして、しばらくするとコホン、とわざとらしく咳をして手を差し出した。
その表情はホッとしたものに変わっていた。どうやら信じてくれたようだ
「そういう事でしたら、私たちの仕事です。責任をもって洗い届けますので」
「感謝します」
せっかく美少女の下着ゲットしたのに……と言う気持ちがあったのは否めないがこれでごねたら元も子もない。
差し出すと、黒髪さんは金髪ロリに下着を渡して何か指示をする。そしてトテトテと走り去っていく背中を見送ると、クルリと俺に向かい合った。
「私はシエスタと申します。疑うような真似をして申し訳ありませんでした。アルト様」
「いえ、信じてくれてよかった」
「よくよく考えたらアルト様の仰るとおりですもん……。ホント申し訳ありませんでした」
シュンとした様子で落ち込むシエスタちゃん。取り敢えず可愛かったので、許すことにした。そもそも、悪いのはこんな目立つ場所で下着持ってウロウロしている俺なのだから。
――と思った所で、俺はあることに気がついた。メイドさんに捕まるぐらいなんだから相当目立っていたに違いない、と。
もしかして面白がってみている奴もいたのではないだろうか?
俺は今更ながら、辺りを見渡した。偶然にも辺りには人影はなかったが、何だか疑心暗鬼になってしまう。
居るはずないとは分かっていても遠くの草陰で誰かが見ているような気さえした。恥ずかしさで顔から火が吹きそうだ。
すると、シエスタちゃんが「どうしたのですか?」と訝しそうに尋ねてきた。それまで泰然自若とした様子だった俺が取り乱したので、驚いたのだろう。
落ち着け、俺。ここで取り乱したらこんどこそ下着ドロとして捕まるかも分からん。
ここは適当なことを言っておくのが吉だろう。俺は瞬時のうちに適当な言葉をまとめ、言った。
「いえ、なにやら視線を感じたものですから。敵意は無いようですので今は捨て置きますが……。そうだ、もしも後で何か聞かれたら、こう忠告してあげてください――」
そう言って一拍置くと続けて言う。
「貴方の気持ちは理解していますが、そのやり方では敵を増やすだけです。話があるのならば、まずは誠意を見せなさい、と」
「は、はぁ……それをどちら様に言えばいいので?」
何がなんだか分かっていない様子で、シエスタは首を傾げる。
だがそれこそが目的なのだ。誤魔化すためのことなのだから、無理に理解されても困る。
そのうちシエスタちゃんも忘れるだろうし、それっぽいことを行ってお茶を濁そう。
「いずれ……分かる事です。ただ、貴方にとってあまり身近な人ではないことは確かです」
もし知り合いとかのことだと勘違いされても困るので、予防線を張っておく。これで二三日経っても来なければ忘れるだろう。
「分かりました。伝えて……おきますね」
歯切れ悪くシエスタちゃんは了承した。
やっぱり、ちょっと納得していない様子なので、話をすり替えることにしようか。
「それにしても今日は迷惑をかけましたね。お詫びに、何か困ったことが起こったら私に言いなさい。微力ながら力を貸しましょう」
ホッと俺は息を吐いた。一時はどうなるかとおもったが何とか乗り切った。
でも、この国の女性の気質にも救われたかもしれない。ルイズは口は悪いが俺の魔力の件とかを信じちゃう辺り、純粋だし、シエスタちゃんも最初は疑っていたが、しっかりと説明すれば信じてくれた。いやぁ、この国の女性は素晴らしい。
これが日本の女だったら、せっかく論理的に言っているのに感情に身を任せてヒステリーを起こしているに違いない。
何より、可愛子ちゃんばっかだしな。グヘヘ。
だけど、男共はダメだなぁ。コッパゲとか、胸にバラを差したナルシストとか、踏みつけられて喜んるようなキモデブとかばっかだったし……。
これは俺にもチャンスがあるかも分からんな!
***
私は今、ヴァリエールが召喚した使い魔を追っていた。
ミスタ・コルベールを一瞬で取り押さえ、絶対当たると確信した完璧な不意打ちの『ウィンディ・アイシクル』を見もせず軽々と避けたあの動き……そして圧倒的な神秘性と絶対的な威圧感。まるで――剣一つで巨大な的に立ち向かうイーヴァルディの勇者のようだった。
そんな彼を見てしまえば、思わずにはいられなかった。
もしかして彼は私を助けてくれるために来たのではないか――と。
しかし、そう思った瞬間に私はバカなことを、切り捨てる。
イーヴァルディーの勇者は〝伝説〟ではない。小説家が書いた〝物語〟に過ぎないのだ。
完全なる作り物であり、この世には決して存在し得ないものだ。
それに……例え彼がイーヴァルディだとしても、彼はヴァリエールに服従した。私を救いに来たわけではないのだ。
私は落胆せざるを得なかった。
しかし、それは彼がイーヴァルディではない、と現実に帰ったからではない。
今更他人に頼ろうとしている自分に落胆したのだ。
父が死んで、母が毒に倒れた。その時、それまで父や母に擦り寄ってきた親戚や貴族たちはなにをした? いとも簡単に私達を見捨てただろう? 私がどんなに懇願しても、誰も私達を助けようとはしてくれなかった……!
だからこそ、私は自分で母様を救おうと決心したんじゃないか!
それなのに、今彼への期待に心が揺らいでいる……。他人を頼ろうとしている私の弱い心がどうしようもなく嫌だった。
心を捨て、もう無駄な期待なんてしないと心に決めていた。
けれど、所詮捨てたつもりになっていただけだったのかもしれない。
捨てたと思った心は――小さなシャルロットの心は、どうしようもなくあの使い魔に捕らわれていた。
タバサである私がいくら彼を無視しても、捨てきれなかった心の中の〝シャルロット〟は子供のように助けを求めてしまっているのだ。
最初は、一時的なものだとも思った。時間がその熱い懇願を薄めてはくれると思った。
けれど時間は想いを加熱させらるだけでしかなった。
布団の中に入っても、キュルケと話しても、彼への想いだけが募る。苦し紛れにいつも読んでいる『イーヴァルディの勇者』を読めば、それが逆効果だとも直ぐに分かった。
そうして、そのまま眠れぬ夜を過ごし、今日になり、気がつけば私は彼を追っていたのだ。
草むら身を隠し、ただ彼を観察し続ける。何をやっているのか、と馬鹿らしくなったが、それでも不思議と止めることは出来なかった。
彼は、もうかれこれ数十分ほど何をするでもなく歩き回っていた。周りに鋭い目線を向けていた事からも、もしかしたら警戒をしているのかもしれない
もしかして、私の気配に気づいているのだろうか――と心のなかで呟いてみる。しかし、その思考を直ぐに馬鹿らしい、と振り払う。
ここからは軽く三百メイル以上の距離がある。いくら何でもそれは無いだろう。
私は遠見の魔法を使っているから見えるが、何の魔法も使わず、周りの草木に隠れている私を見つけられるはずがない。
しかしまだ確定していない。そう思う自分もまた居て、私は訳がわからなくなった。
期待していないのに、期待している。
そんな矛盾した感情が、だただ頭の中で回り続けていた。
グチャグチャに周り狂う思考に振り回されながら、惰性で監視を続けていると、なにやらメイドが近寄って来た事に気がついた。
私は、頭を振って無理やり思考を頭から切り離すと、それに集中することにした。
彼らは何かを話している。あまりいい雰囲気ではない。お互いに険しい表情をしている。
すると、不意に彼が何かをメイドに手渡した。何か布のようなもののようだったが、もう一人のメイドが影になってよく見えない。
――何を渡したのだろう?
無性に気になった私は、ほんの少し横にずれた。
その時、一瞬……ほんの一瞬だけ。一秒にも満たないその僅かな時間、私は気を抜いてしまった。きっと、この距離では絶対に見つからないという慢心があったのだろう。
でも、普通は見つかるはずが無いのだ。しかし、その少しの気の緩みは彼にはとても大きな隙だったのだろう。
「――ッ!」
瞬間――凄まじい威圧感の篭った眼差しが私を見据えていた。ヘビに睨まれたカエルのように、体が一瞬にして硬直する。
そんなまさか、ありえない。いくら彼が凄かろうと、魔法も使えないはずの彼に私が見えるはずが無い。
そう自分に言い聞かせるが、唯の逃避に過ぎないのはわかっていた。完全に私と目が合っているのだから、気づいていないはずが無いのだ。
杖を握る右手はじっとりと汗がにじみ、額からも冷たい雫が浮き出てくる。
本能的な恐怖が体の内から沸き起こり体が震えだす。意識が遠くなってゆく。
もう――駄目だ、そう思った時、不意に今まで私にのしかかっていた巨大な圧力は消え去った。体を抱え込むようにして私はその場にうずくまった。
そして、幾らかの余裕が出来た後に、どうしたのか、と改めて彼に目を向けると、彼は既にこちらを見てはいなかった。
きっと私如きでは敵足り得ないと判断したのだろう。そして彼はメイドになにやら呟いた後その場を立ち去っていった。
私は全身から力が抜けその場にへたり込んでしまった。心臓が破裂しそうな勢いでドクドクと波打っている。
未だに信じられなかった。
自分はこれでもいろんな危険を掻い潜ってきた。戦場では気配を殺さないことは直接の死につながる。だから私はそこら辺のメイジには真似出来ないほど気配を消すのが得意だ。
そうなれば当然、本当に彼は気づいていたのか、という疑問が湧いてきた。偶然こちらを見ていただけではないのか?
そうだ、あのメイドに聞いてみよう。そうすれば分かることだ。
そんな短絡的な考えで私はあのメイドのもとに向かうことにした。
距離があったため、私が行くまでにメイドはその場からいなくなっていたが、暫く探すとすぐに見つかった。
私は焦る気持ちを抑えてメイドの前に立つ。
しかし、なかなか言葉が出ない。聞きたいことは山ほどあるのにどういえばいいか分からないのだ。これほど自分の口下手に怒りを感じたことは無いだろう。
そんな状況が続き、どう尋ねようかと考えていたら、彼女の方から困惑気味に尋ねてきた。
「えっと、何か御用でしょうか?」
これは幸いだ。今彼聞かなければ二度と聞けないだろう。いろいろ言いたい言葉を吟味し、最小限の言葉で先ほどのことを訊ねる。
「彼……何て?」
そんな、分かりずらい言い方で伝わるか不安だったが、どうやら伝わったらしい。驚いた表情でこんなことを言い出した。
「まさか本当に来るなんて……」
聞き捨てなら無い言葉だ。まるで私が来ることを知っていたような口振りだ。まさかと思う気持ちを抑えつつ、言葉を返す。
「……何の話?」
多少不機嫌になっていたのかもしれない。少し強めの語気にメイドは謝りながら訳を話した。
「え、えっと、アルト様は、後で私の所に話を聞きに来るだろうから忠告を頼む、と言われまして……」
驚きに心臓が飛び上がったかと思った。
私は、逸る気持ちを抑えつつ言った。
「……なんて?」
「えっと、貴方の気持ちは理解していますが、そのやり方では敵を増やすだけです。話があるのならば、まずは誠意を見せなさい、と……」
「……ッ!」
やはり彼には気づかれていたのか……。
でも、今はそんなことよりも最後の『話があるのならば、まずは誠意を見せなさい』という言葉が問題だ。
まさか、あの一瞬で私に敵意がないと見ぬいたとでも言うのだろうか?
いや……きっとそうなのだろう。わからないのならばこんな言葉は決して出ないはずだ。
私は心の奥底から喜びが湧き上がってくるのを感じた。今まで誰にも話すことが出来なかった、私の思いを、彼なら聞いてくれる。そして『救ってくれるかもしれない』のだと思うと自分の感情が抑えきれなくなってくる。
「ど、どうしたんですか!? わ、私、何か粗相をしましたでしょうか?」
「何の事?」
「だって、泣いておられますから……」
彼女に言われて初めて気がついた。
――私、泣いてる?
頬に手を当てると、少しだけ湿っていた。言われてみれば視界もわずかにぼやけていた。
二度と泣かないと決心したというのに、情けないことだ。
でも――その涙はどこか心地良かった。
こんな嬉しい涙はいついらいだろうか?
「貴方は悪くない」
未だ混乱しているメイドにそれだけ言って別れると、今度は彼を探しに歩き出した。
この一歩は私にとって大きな一歩になる。
さぁ、彼に認められるためにも誠意を見せに行こう。
母の笑顔のために――。
元からある文に加筆修正しているので、前後の文と脈絡があっていない場合があります。
僕自身も推敲しているのですが、どうしても見落とし部分がありますので、気がついたら指摘していただけると幸いです。