暴物語   作:戦争中毒

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学園祭 其ノ陸

023

 

消灯時間が過ぎ暗闇と静寂に満ちた病棟。数日前の昼間は学園祭事件の影響で多くの怪我人やその見舞い人でごった返していたが、今は同じ建物とは思えないほど静まり返っている。

そんな病室の一室で、忍野は横になっていた。

 

そう、横になってるだけ。

何かしているわけでもなく、何かを考えるわけでもない。ただボーッと時間を浪費している。

しかし仮に第三者がそれを見れば誰かを待ってるようにも見え、

 

「待ちくたびれたぜ」

『あら、起きていたのね』

「なぁそれは嫌みか? 嫌みだよな?」

 

そして待ち人はやってくる。

ベットの横にある見舞い人が座る簡素な椅子に腰掛けていたのは更識の屋敷に現れた仮面の女だった。一切音がせずいつから其処に居たのかは常人には分かり得ないが、そんな彼女に、忍野は何の警戒も示さない。

 

『予想通り、来月のキャノンボール・ファストは中止になったわ。明日には正式に学園から発表があるはずよ』

「まぁそりゃそうなるな。立て続けに起こった事件でIS学園の警備に対する信頼は地の底。そんな状況で市街地の上空を飛行するレースはあまりにリスキーだからねぇ。国としても一般人を巻き込む可能性は排除したいだろうなぁ」

 

キャノンボール・ファイトはISによる高機動レースで、内容もその通り戦闘ではなく如何に早くゴールするかを競い合うスピード勝負。

しかし加速距離や高機動中の旋回などの問題で学園アリーナどころか学園島全域でも狭く、なんと隣接する市街地の上空までもをコースに組み込むことで解決したのだ。もちろん市街地上空は戦闘禁止エリアに指定されているのでただ高速で通過だけなのだが、万が一の時に周辺被害が最も大きくなりやすいイベントなのだ。

学園の警備すらままならないのにそれよりも広大な範囲を警備するのはほぼ不可能だろう。

 

「俺達が入学したせいでこの学園は政治的かつ物理的にも危うい立ち位置になってしまっている。世界中から情報開示や生体データ、ものによっては所有権を求められ圧力をかけられている。そして明らかに俺達を狙って発生するIS事件。

仕方がないとは言え関係各所には頭が下がるよ」

『・・・でもここが巻き込まれたのってあなたがISなんか動かしたのが悪いんでしょう?』

「ウグッ それを言われると痛いねぇ。まぁ動く()()は分かったから対策はいくらでも有るさ。だけど問題はーーー」

『織斑一夏ね』

「ああ。今は俺の縄張りってことになってるから学園に侵入して襲ってくる奴は居ないが、あいつ1人だとどうなるか」

『そんなに心配ならいっそのこと()()()に引き入れればどう? 少し仕込めば上級以上にはなるわよ』

 

そうしたいのは山々なんだけどねぇ、と言って忍野は頭を掻く。

 

「あいつを入れると計画も予想も全部フッ飛んじまうんだよなぁ。

一夏は人殺しは許さないが、人を喰らう吸血鬼は助けた。そしてその吸血鬼を殺すのが嫌で今の半端者になった。

ようは困っている人を後先考えず誰でも助けてしまう奴なんだよ。人としては満点解答だが、俺達みたいに平然と人を殺す人種とは相容れないし、そんな奴が居れば遅かれ早かれ足手まといになる」

『確かに・・・』

「だから今回の件に関してはあいつ自身に決めさせるさ。俺はあくまでも表立っては行動しないつもりさ」

 

まぁもう遅いんだが。

忍野はあっけらかんと笑う。

 

「賽は投げられたんだ、後はぶっ潰すまで道化に徹していればいいのさ。一夏の件はそれからでも遅くはない」

『相変わらず甘いわね。一人で戦争を潰す気?』

「それが出来てればISになんか乗ってねぇよ」

『まあ、あなたならそれでも良いんでしょうけど。そうしたら最後に、今あの子はどこに居るの?』

「日本海を北上中の潜水艦の中だ」

『やっぱり北へ向かったのね。分かったわ』

 

仮面の女は立ち上がると現れた時同様、まるで蜃気楼だったかのように膝が伸びきる前には消えていた。

忍野は彼女の居た場所を少しだけ名残惜しいそう、ではなく恨めしく見てから、

 

「はぁあ、今日も徹夜だなぁ」

 

再び怠惰に時間を浪費することに意識を費やすのであった。

 

「作戦は奇を持って良しとすべし、なんってのは(しょう)に合わないねぇ」

 

 

 

024

 

 

~ラウラサイド~

 

学園祭が中断されてから早三日。

まだ事件の調査などで授業は再開されておらず学園は休校状態が続いていた。しかし殆どの生徒は普段の休日のように平和に過ごした。

殆どは。

あの事件で一部の代表候補生や企業代表生は自主訓練に勤しむようになると言う良い方向へと変化した生徒もいれば、学園が怖いと怯える生徒も居た。そして一番変化があったのは敵と直接相対した私と更識 楯無を除く三人、織斑 一夏、セシリア・オルコット、忍野 仁の様子が可笑しくなってしまった。

 

織斑 一夏は部屋に閉じこもったままでほぼ誰とも会おうとしていない。鈴は連れ出そうと一度部屋を訪ねたそうだが入れてもらえただけで、一夏は部屋から出なかったそうだ。その表情は重大な悩みを抱えているように伺えたらしいが鈴は、

『あんな思いつめた顔は見たことがない』

と言っていた。

授業が始まれば出てくるのだろうか?

 

 

セシリアは普段通りに振る舞ってはいたが、その表情が酷く冷たいものになっていた。この国の表現では“心ここに有らず”と言うのが正しいのか、笑顔を繕ってはいるが彼女の意識はどこか遠い所へ向いているようにしか感じられない。

自国の最新鋭機がテロリストの手に堕ちていたことがよほどショックなのだろう・・・。

 

 

そして忍野もそうだ。

雰囲気にこそあまり変わりはないが、何度病室を訪ねてもすぐに眠ってしまいろくに会話ができない。それは簪も同じのようでいつも出迎えてはくれるのに5分と保たず寝てしまう。

もっと話したいことがいっぱいあると言うのに、全くもって嫁としての自覚に欠けている。

 

・・・もしかして落ち込んでいるのだろうか?

強いとは言っても一般人。強者に敗北し左目を奪われたことでプライドを傷つけられ、その精神的ダメージが過度な睡眠に繋がっているのかもしれない。

 

ならばここは夫として元気づけなければなるまい。だがどうすればいいか・・・。

 

悩んだ私はすぐにドイツに居る副官のクラリッサ・ハルフォーフに通信を繋ぐ。

鈴やシャルロットには日本知識に関して頼るなと忠告されてはいたが・・・まあ良いだろう。

 

『ーーー受諾。クラリッサ・ハルフォーフ大尉です』

「ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐だ」

『お久しぶりです隊長。プライベート・チャンネルでの連絡とは、なにか問題が起きたのですか?』

「実はーーー」

 

~~~大まかな経緯の説明中~~~

 

「そこで嫁を元気づけるために何かプレゼントをしたいのだが、何を贈ればいいか分からない。情報を求む」

 

説明と要望を言うとすぐに意見がきた。

 

『でした我が“黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)”のエンブレムとも言える眼帯を贈られるのが良いでしょう』

「この眼帯をか?」

 

左目を覆う眼帯に手を添える。

 

元々は部隊創設の際、隊長になった私が眼帯をしていたことから黒ウサギ隊の部隊章(エンブレム)は黒兎が銃と眼帯を装備した物が作られ、他の隊員も平時の“越界の瞳”保護のためなどを理由にいつしか私と同じ眼帯を装着するようになった。

 

それがいつの間にか本来の部隊章の役割を乗っ取り、今ドイツ軍では“眼帯の女性=黒ウサギ隊”と言わしめるほどで、国内のIS乗りにとって特別な品だと聞いたことがある。

特別な品という物が贈り物に最適だという事はクラリッサの助言やシャルロットの話からすでに把握している。

 

・・・しかしだ。

 

「しかしそれは不謹慎じゃないのか?」

 

嫁は襲撃の犠牲になり左目を奪われた。

なのにそれをわざわざ意識させる品を贈るのは良くないのではないだろうか? 

 

『ですから未来の伴侶となる隊長が敵に対する警告として想い人に贈るのです! 彼に敵対するならばシュヴァルツェ・ハーゼが黙ってないと大概的にアピールでき、抑止力となります』

「一理あるな」

『それに目を欠損したとなれば今後は眼帯が必需品となりますでしょうからタイミング的には寧ろ好都合なくらいです。さらにお二人が同じ物を身につけるともう一つメリットがあります』

「それは何だ?」

『現在学園に隊長以外の隊員は居ないため必然的にこの眼帯を装着するのは隊長たち二人だけになります。これはペアルックと呼ばれるもので男女の深い仲を象徴するものです』

「それは本当か!?」

『私が様々な資料(サブカルチャー)から得た確定情報です』

 

男女の深い仲・・・。

 

「よし、ならばすぐに用意してくれ」

『了解しました。隊長、ご武運を!』

「吉報を待て。通信終わる」

 

フフフ。

さすがはクラリッサ、頼りになる!!

深い仲となれば嫁も恥ずかしがって“嫁じゃない”と言わなくなるだろう。

 

私は上機嫌のままベットに潜り眠りについた。

 

まさか彼女の知識が大きな偏見と間違いだらけで後に“バカリッサ”と私自らが命名し、呼称するようになるとは、この時の私は知る由もなかった。

 

 

 

025

 

~一夏サイド~

 

 

ハートアンダーブレードの眷属。

 

そう呼ばれる日が再び訪れることは、避けられないと分かってはいたけれどやっぱり堪えるものがある。

 

巻紙 礼子。

俺を殺しに来たテロリスト。

専門家だったから既視感があったんだろう。なぜテロリストの彼女を見て、傭兵であるエピソードが思い出したのかはいくら考えても分からないが・・・。

 

また今度と言っていた以上、再び現れることは分かってる。

 

「でも殺しはしたくない・・・」

 

ドラマツルギは使役された吸血鬼で、力の差を前に身の安全を優先してひいた。

 

エピソードは傭兵で、敗北したことで契約が破綻したかの様に去った。

 

ギロチンカッターは宗教家で、自分の信念のために戦って死んだ。殺された。

 

そして忍野は、用がなければ戦いすらしなかった。

 

彼女はどの専門家なのだろうか。

もしギロチンカッターの様に、俺のような人ならざぬ者の存在を抹殺せよと粉骨砕身で働く人なら死ぬまで何度でも、例え五感を失い四肢を千切られたとしても殺されるまで俺の前にやってくる。死んでからも祟りや呪いとして俺を抹殺しようとしても何ら不思議はない。

 

『エ”ェェイ”ィメン”ッッ!!』とか言いながら剣で戦う眼鏡牧師みたいなのは流石にないとは思うけど・・・。二丁拳銃は使う吸血鬼だけどあれの相手役は絶対無理・・・。

 

とにかく、彼女は出来るだけ交戦しないようにしないと。

 

「お前様が()らぬのなら儂が()るぞ?」

 

影から音もなく、背後に出てきた忍は、こちらの考えを見透かした・・・いや、彼女とはペアリングによって精神状態などが共有されているからこの場合、俺が望まない事を分かったうえで提案してきた。

短絡的で物事を解決する下策。

 

対立する一方の排除。

 

「・・・命令だ。人を殺すな」

「鬼は大抵人を殺すぞ?」

「今のお前は吸血“鬼”とは言えないんだから関係ないだろ」

「たわけ、それとこれとは別じゃ」

 

まるで俺の意思を曲げようとするかのように、忍は腰掛ける形で俺の背に寄りかかってくる。

でもこれだけは曲げられない。曲げれるようなら今頃俺は彼女を殺して人間に戻っていただろうし、もしかするとあの倉庫で瀕死の吸血鬼を見殺しにして人のまま息絶えていたかもしれない。

そう出来なかったから俺は半端な存在として此処にいる。

 

「儂らの無害認定は狐の小僧の派閥とその影響下にある者に対してだけじゃ。そしてお前様はISを動かせるが故に人間社会からも狙われておる。

いつまでも無殺を気取ることは出来ぬぞ?」

「だけど、人を殺すのはダメだ・・・」

「かかっ、儂らのペアリングはどちらが死ねばもう片方は本来の状態に戻り、互いの強権も無効となる。この言葉の意味を忘れるでないぞ」

 

忍はその名の通り、心に刃のごとく突き刺さる言葉を残して影へと消えた。俺の気分が優れないから忍も気分が悪い。

今日はもう出てこないだろう。

 

“被害者面をしてんじゃねェよ”

 

巻紙さんは、あの人は専門家で、“人間”の正義だ。テロリストで社会の悪党だけど、化物を退治する存在は正義の味方。

そして俺は見方によっては世界に危機をもたらした一人のテロリストであり、人であろうとしてるだけの人間もどき。正義がどちらにあるかは怪異を知っている人間から観れば一目瞭然なのだろう。

 

だけど自分の責任をとる為にも負けるわけにはいかない。

もし俺が殺されたら、鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼が復活する。そうなれば町の人間が、世界の人間が、そして千冬姉もが、彼女の餌になる。そうならない為に俺は彼女と不幸のどん底に落ちたんだ。

自分がやったことの責任をとる為、俺は死ぬまで生きなければならない。寿命以外の死因は全て責任逃れになる。

 

もっと強くならないといけない。

みんなを守るために、忍を伝説の吸血鬼に戻さないためにも・・・。

 

 

コンコン

 

決意を固めるように粋がっていると軽いリズムでドアをノックする音が聞こえた。

誰だろうか?

 

「はぁい♪」

「・・・何の用ですか楯無さん」

 

ドアの前にいたのは楯無さん。

相変わらずニコニコと人当たりのいい雰囲気だが、今は彼女のような明るい人とは会いたくないな。惨めとは言わないけど日陰者の自分が嫌になりそうになる。

 

「落ち込んでいる後輩を心配して様子を見にきたのよ」

「そうですか。でも俺は元気なので大丈夫です、お帰りください」

「邪険にしないでよ。ところで、これなーんだ?」

 

そう言って指で回していたのは学園祭で被っていた王冠だった。

そういえば更衣室での戦闘で無くしたんだったけ? 見たところかなり傷が目立つけど・・・、まさか高いから弁償とか言われないよな。

 

「この間の王冠ですね」

「うん。そう。これをゲットした人が被っていた男子と同じ部屋に暮らせるっていう、素敵アイテム」

「はぁ!? ま、まさか、それであんなに女子が必死に!?」

「うん」

「・・・何考えてるんですか。ではどーぞ、忍野と仲良く暮らしてください」

「え? 何を言っている?」

 

何をって訊こうとするより先に楯無さんは王冠の内側を見せてくる。被る時は暗くて気づかなかったが、そこには達筆な漢字とローマ字でそれぞれ俺の名前が彫られていた。

 

「言ったでしょ? ()()()()()()()って。そして君の王冠をゲットしたのは、わ・た・し」

 

嫌な予感がする。いや、もう遅い。

予感だと思うのは現実逃避しようとしてるからだろう。俺の脳が彼女の背後に詰まれた箱を認識しないようにしてるのもそのためだ。

 

「当分の間、よろしくね。一夏くん♪」

 

ああ、忍が唯一自由に出てこれる空間が・・・。

今後の忍との関係に大きな障害になる。そうなると困るので楯無さんに文句を言いたかったが彼女の笑顔に何も言えず(たぶん言っても無駄)、俺は崩れるように跪いて王冠を忘れていた我が身を呪った。

 

 

あっ、もう吸血鬼だから呪われていたか。

 

 




これで学園祭編は完結し、物語シリーズで言うところの『傾物語』に当たる別章を挟んでから再び秋の章に戻る予定です。

ご意見やご感想、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

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