021
敵が撤退してから約1時間後。
学園長室には各学年主任と整備科主任、生徒会長が緊急招集され、事件の報告を行っていた。
今回は過去のクラス対抗戦やタッグトーナメント戦の事件とは異なり、テロリストが明確な目的をもって襲撃してきたのだ。出席している全員の表情が険しくなってもしかたがない。
そんな会議を取り仕切っているのは
普段はIS学園の用務員として働いている温厚で壮年の男性だが、その実態はIS学園の実務関係を取り仕切る事実上の運営者だ。ある種の独立国もどきのIS学園を運営してるだけにその手腕は高く、各国政府とも独自のパイプを持つ切れ者。
もっともISという女尊男卑主義を維持するものを扱う学園のため表向きは妻がIS学園の学園長となっているので彼の尽力は一部の者にしか居られていない。
「ーーー以上が現在把握できている被害状況です。負傷者は全員医務室で診断を受けています」
「ありがとうございます。死者が出なかった事とISが奪われなかった事は不幸中の幸いでした。それで襲撃組織の情報は?」
「組織名は判明しています。『
「組織に関する情報は?」
「中東の内戦で武器の売買を行っているそうなのですが、活動目的は不明で組織思想も判明していません。ですがISの強奪と運用を可能としていることからかなりの規模の組織だと思われます」
厄介な事になった、教師陣は頭を悩ませる。
日本は世界から見れば平和な国とされ、何か事件が起こり報道されても国民は画面の向こうの話と楽観視する。これはこれで良いことなのだがこの国の悪い点はいざ事件が身近で発生した時には大混乱に陥ることだ。平和過ぎるが故の、贅沢過ぎる問題。
さてそんな国がIS学園の防衛にまともな協力をしてくれるだろうか? 答えはNOだ。
事実臨海学校の際、暴走したISが本土に接近するという非常事態が発生し、防衛のためにすぐさま自衛隊が出撃するはずだった。だが実際は政府などの上層部が混乱して出撃許可が下りず、やっとのことで下りた時にはもう間に合わない状況になってしまっていた。
国外から侵入して来るISにすら手を焼いた国が、国内で起こるIS学園襲撃の防衛に役に立つとは到底思えない。
そのためIS学園はほぼ独力でテロリストとの対峙を余儀なくされた。
「更識、お前の交戦した敵に関しては? その“動く人形の爆弾”の正体もだ」
「残された機体は国際IS委員会に該当する機体、もしくはその開発計画がないか調査を依頼していますからまだしばらく掛かります。内部データはコアが抜かれたことで破損して閲覧不可能になってます。一応、整備科の先生方数人でデータの復元を試みてもらっていますがあまり期待は出来ないそうです。人形爆弾に関してはまだ残骸すら見つかってません」
「結局収穫はなしか。まあテロリストでもそこまで愚図ではないか」
「そうか・・・」
敵の規模は分からず、国はアテにならず、敵の戦力は分からない。室内は重苦しい静寂に支配されていく。
今はこれ以上議論を交わしても良い結論は出ないと判断した轡木は会議を終了させる。
「織斑先生」
学園長室から出た千冬を呼び止めたのは更識 楯無。
楯無の表情と纏っている雰囲気が“IS学園生徒会長”ではなく“暗部”に変わっているのをすぐに見抜く。
「どうした?」
「少しお話があります」
「・・・分かった。場所を変えよう」
閑話休題
生徒指導室にやってきた楯無と千冬。
人目を気にするように辺りを確認してから静かに入室した。
「ここなら人に聞かれる心配はない。それで、私に何を訊きたい?」
「はい。ハートアンダーブレードと言う単語に心当たりはありませんか?」
楯無は単刀直入にそうきり出す。
「敵が織斑くんに言った言葉です。恥ずかしながら、その前後の言葉は聞き逃してしまったのですが・・・」
「ほう、お前が人の話を聞き逃すとは。うちの弟に何かされたか?」
「い、いえ/// 別にそんなことは」
「紅くなってますます怪しいな。ここしばらくよく一緒に居るようだしもしかして・・・」
「からかわないで下さい/// コホン、それで何か知りませんか?」
「悪いが私は知らないな。それよりもそのハートアンダーブレードと言うのは何の名前なんだ、武器か何かか?」
「剣か何かじゃないでしょうか」
暗部などと裏家業をこなす10代の少女を気づかうつもりで茶化すように受け答えをする千冬だが、その頭の中では自分の記憶にローラー作戦で検索をかけた。
記憶力は並以上はあると自負していた彼女は記憶を探るが、名称に“ブレード”と含まれていることから刀剣のような刃物と想像できても思い当たるものはなかなか出てこない。
・・・刀剣。刀?
「まて、一つだけあった」
「何ですか!?」
「タッグトーナメント戦の時だ。お前は留守だったから印象に残らないし、私自身うっかりしていた。ボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲンに違法搭載されたVTシステムが暴走したんだが、忍野が暴走したレーゲンを斬るのに刀が使ったのは知っているだろ?」
「報告では聞きおよッ! まさかそれが!」
「確証はない。そもそもあれは日本刀だから英語名で呼ばれるとは考えにくいし、検査の上では何の変哲もない刀。だがあれを持っていたのは一夏だ」
「ISを斬ることのできる刀、強奪目標として十分に考えられますね。今も一夏くんが?」
「まだ学園預かりになっている」
「・・・国連の方に秘密裏に報告しましょう。そうすれば“織斑 一夏”個人が狙われる理由が一つ減るかもしれませんし」
楯無の提案に千冬は悩む。
確かに例の刀が狙いならば学園所有だと明確にすることで一夏が襲われることはなくなる。だが次は学園が狙われることになり、専用機を持たない一般生徒にも被害が及ぶ事を怖れた。
家族を守りたいという自分の身勝手な我が儘で学園を危険に晒していいものかと・・・。
「・・・前向きに検討しておこう」
「分かりました」
「ところで忍野の容態は? 傷は酷いのか?」
IS学園に侵入していたのは何も巻紙と名乗った女だけではない。忍野も何者かの襲撃を受けていたのだ。
会議が始まる前に、担任である千冬には忍野が負傷したという一報は届いていたが、具体的な怪我の度合いなどは教えてもらえなかった。なので自分よりも後に来た楯無なら何か知らないかと訊ねたのだ。
「あ~、それなんですが、ちょっと・・・私の口からは・・・」
バツが悪そうに顔を背けてたうえで随分と歯切れが悪い返答に、千冬はサーッと血の気が引いたような気がした。
そして射ても立ってもいられなくなった彼女は、自分の目で確かめなければと楯無の手をひっつかみ医務室へと駆ける。
022
「随分と遅かったなぁ、待ちくたびれたよ」
医務室に到着した千冬に飛んできたのはそんな軽口だった。
ベッドに腰掛けながらも持ち込んだと思われるおむすびを頬張る忍野の姿に、思わずズッコケそうになるが、その容姿に息をのむ。
忍野は頭から足まで包帯だらけになっており、ミイラ男が少し包帯を外したと言った方が早いほどグルグル巻きになっている。床には血染めの脱脂綿と血溜まりが処理されず残されており、その量が彼の怪我の度合いを物語っていた。
しかしその軽口や瞳には弱々しさはまったく見受けられず、それどころか機嫌がいいようにも思えた。
・・・さすがにそれは錯覚か、そう振り払うが想像したよりもずっと元気そうだったので安堵すると共に、こいつは弱ることがあるのかと千冬は呆れかえる。
「ご覧になった通り、どう見ても重傷なはずなんですが本人があまりにもケロッとしていて・・・」
「ああ見ればわかるもう分かった」
確かに怪我だけで言えば酷いのだろうがこの余裕綽々の姿を見ていればそうでもないのだろうと思えてしまう。内心で私の心配を返せと毒づきながらも教師として、友人としては彼の無事は喜ばしいかぎりだ。
「いやぁ手酷くやられちゃったよ」
「まったくだ。ISを使わなかったのか?」
「まぁね。アルケーは屋内戦が出来る機体じゃないから素手だよ。まぁそれでこの様だから自業自得かな」
「まったく、お前という奴は無茶をするなあ」
「でもさぁ自業自得って自己責任の単語としてよく使われるけど、文書にして考えると[“自”分の仕“業”で“自”分が“得”る]ってなるんだよね。
でも俺としては苦言を呈したい。今回は襲われた身うえにISでは戦い辛い状況だったんだから、自業と言うのは酷くないか? それに怪我は身を削って出来る物だから自得と言うのも可笑しな話だ。
そこで千冬。今の俺を示す言葉は?」
「他業自損か?」
「それも正解。子供でも思いつくし他人のせいで損をするってのはままある話だからね。だけど俺は根本に、ISを動かしたという“自業”があるから自業自損が正しいかな?
そしてより上位の言葉として新たに“自業地獄”と言う言葉を提案するよ。[“自”分の仕“業”で“地獄”を見る]ってね」
「そのこころは?」
「無くすばかりで得るものなし」
「面白くもなんともないしまったく上手いことを言えていないぞ」
「そりゃそぉさ、適当に言葉を並べただけだからね。むしろ意味を探されても困るよ」
「ほ~、教師に対して随分と舐めた態度をとるな。それに新単語作成は副音声の仕事だったはずだが?」ゴゴゴ
「え、ちょ、元気だってアピールのつもりなんだが、怒ってるの?」
「自業地獄だったか? では地獄を見せてやろう」
「か、会長さんって居ないし!? ってか誰も居なくなってる!?」
「さあ、地獄を見ろ!!」
「ぎゃあああぁぁぁ!!!!」
閑話休題
「失礼します!」
口から魂らしきモノを出してる忍野の横で千冬がやり遂げた顔をしていると入口のほうが少し騒がしくなり其方を向く。
するとラウラを先頭に箒とシャルロット、少し遅れて簪と鈴も入室してきた。全員が今回最大の負傷者である忍野を心配してやってきたのだろう。
「なんだ、お前達も来たのか」
「はい」
「教官、忍野の容態は?」
「命に別状はなさそうだぞ。今も飯を食べていたからな」
「怪我人・・・なんですよね? なのに飲食して大丈夫なんですか?」
「アイツを人間の常識で計るな篠ノ之。ある意味、束と同種の人間だ」
(一夏は来てないのか? 真っ先に来そうなものだが・・・。オルコットも居ないな)
二人が居ないことを不審に思いながらも、担任として忍野の容態を医師に訊くためにその場をあとにしようとする。生徒が集まった所に教師が居ては水を差すことになるからという大人らしい気遣いでもある。
「相手は一応は怪我人だからほどほどにしろよ」
「「「「「はーいっ」」」」」
返事だけはいいな。
彼女は思わず笑みがこぼれるが、すぐに絶望が知らされる。
「それで、怪我の容態はどうなってますか?」
「左前腕部に負った重度の火傷。右肩の脱臼それに伴う炎症による腫れ。裂傷や擦過傷は大小含めて少なくない数が全身に負っています。それと左目も負傷していまして・・・」
「目をッ!? 視力は大丈夫なのか!?」
忍野が左目にダメージを受けた言われ、狼狽しながら医師につめ寄るように問う。
しかし医師の表情は暗く、口ごもる。
「残念ながら視力以前の問題です。彼の左目なのですが、眼球を欠損、つまり目をえぐり取られています」
ただ単に視力を失うというだけなら世界的に見ればそれほど珍しくはなく、眼球を失うことも事故死などではない話ではない。
だが生きたまま眼球を失うというのは古今東西、拷問以外ではまず有り得ないほど異常な怪我だ。しかも奪われたのは複数の無人IS相手に大立ち回りするほど実力があったはずの男。
(あの狂戦士を押さえ込むほどの実力者が居たということなのか?)
もしそうなら状況はより厳しいものになる。おふざけや遊びなしで戦えば学園トップクラスの実力者が戦力低下し、敵にはそれよりも強い相手が残る。
また殲滅や破壊が目的ならともかく、強奪だけのために最大戦力を投入する組織は普通ではありえないと考えると、敵には更に強大な戦力が温存されていると想像がつく。
彼なしでも学園を守れるのか?
「・・・再生治療で、治せないんですか?」
「時間は要しますが治療できます。ただ彼自身がそれを拒否していますので私達にはどうすることも出来ません」
「そうですか・・・」
再生治療を用いれば例え半身を失っていても完治出来るので千冬としてはすぐにでも治療ポッドに放り込みたかった。しかし彼が望まない以上、裁判でもしないかぎりそれは許されない行為。
千冬はそれを聞かされた時、ある決意をした。
眠ぼすけの相棒を起こす決意を。
そして今度は私が学園を守ると・・・。